1. たべものラジオ 〜食を面白く学ぶ〜
  2. #132(s17-2)【料理「様式」の..
2022-10-19 55:09

#132(s17-2)【料理「様式」の起点】テーブルと椅子があの時代からあった!?大饗料理(たべものラジオ)

中国文化ブームがあった!?台所の語源!?ほか。

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00:04
たべものラジオ、掛茶料理のむとうたくろうです。
むとうたろうです。
どこから行こう?
テストを変えて、毎回冒頭を入れようかなと思って。
特に話すこともない。
何話くらいで今回終わるようなイメージ?
ごめんなさい、いつもイメージで。
7話か8話は行きたくないなと思っているんですけど、
どうでしょうね。このペースで行くとどうなるか。
危ぶな、危ぶな。
8時くらいかかっちゃうってことね。
そうすると、週1配信だと2ヶ月いっちゃいますね。
そうだね。リスナーさんもゆっくり考える時間があるってことでいいんじゃないかな。
ということですね。
じゃあ早速本編いきますか。
次回からでいいんで、オープニングトーク考えてから入ろうか。
そうね。
マジでワインのしんちゃん、本当オープニングうまいから。
雑談というか、この間こんなことがあって触るから入るんだよね。
それがいい感じなのよ。
言っても毎回本編の内容俺全く知らないまま入るから。
繋げようがなくて。
大体、「で、今回は?」って俺聞いてるからね。
本当の意味で。フリとかではなくて本当に知らなくて聞いてるから。
いいじゃん。一応シーズンのテーマは今回だったら日本料理って決まってるわけなので、
日本料理にまつわる話をしましょうよ。
日本料理にまつわる話ね。
普段日本料理食べますか?
普段日本料理?
牛丼、ラーメン、回転寿司。
ずいぶん明治以降の意味での日本料理ってやつですね。
そうだね。子どもがいると雑誌機みたいなとこがあって、
パッと出てくるようなとこじゃないと時間かかりますから。
そうですね。僕ら普段仕事してるときは確かに食べるんですよね。
煮物も食べるし、いわゆる焼き魚とか味噌汁も食べるんですけど、
休みの日は行かないですね。
行かない?
僕は避けてるところがある。
でも俺もあんまり行かないかもしれない。
まだ定食屋さんとかだったらいいんですけど、
いわゆる様式を持ったところ?解析料理とかね。
ああいうところに行くとスイッチ入っちゃうんですよ。
わかる。考えながら食べちゃうんだよね。
03:04
素直に楽しめないの。
これ醤油もう少し足したらこうなんのになーとか、
うわーこれはすごい、どういうこんだてでどういう味付けしてんだろうなーとか、
この香りは一体とか考え始めちゃうでしょ。
しかも聞かれない。奥さんとかに。
聞かれる。
聞かれるでしょ。
この香り何?とか言われる。
料理に集中してるといえばある意味集中して食べてるんだけど、
ベクトルが違う。料理人として食べちゃうから、
作り手に回っちゃうんだよね。
そうなのそうなの。
この料理に合う酒は辛口のいやでももう少しパンチのある濃くなるやつがいいな、
そういう日本酒ないですかとかね、そういう話をしてしまうわけですよね。
最近なかなか選べない料理は刺身。
うちの方が美味しいって言われちゃう。
奥さんにね。
俺じゃないよ言ってるのは。
ありがとうございます。
しっかりね寝かしてね。
だいたい白身なんかは寝かさないと全然味乗らないじゃん。
そうですね。
だからさ、まんま新鮮なやつ出てくると薄いなって感じちゃうね。
ちょうどね、ちゃんと経典に合わせてないので。
経典。そうね。旨味の一番ピークね。
そうですそうです。
そんなことを考えながらだと和食なかなかいけないのが料理人の宿命と言いますか。
こういうのはね、僕らだけじゃなくて職業病であると思うんですよね。
それは色んな職業もあるよね。
イベントに行くと音響気になってしょうがない人とかね。
いやーわかるー。
そういう人いますから。
俺ですらそうだからね。
なるほどね。
マイクどのメーカーだろうとか。
嫌だ、ライブの時にマイクのメーカー見てる人嫌だ。
見ちゃうんだよ、マイクの距離とかこんぐらいで撮ってんだとか。
どうやって音被りしないように処理してるんだろうとか。
すごい見ちゃう。
やっぱりそういうのあんだね。
そういうのも色んな業種の職業病みたいなのね。
こういうのも聞いてみたいですね。
そうだね。本当に職に関係なくても色々あると思うからそういった意見も聞いてみたいね。
そうですね。
ということで本編いきますか。
いきましょう。
では前回からの続きです。今回は。
日本料理の様式の起点、代経料理。
様式。
そうなんです。いわゆるテンプレートというかフォーマットだね。
そういう型が決まったものの日本における一番最初と言われているのが代経料理ですね。
06:00
前回出てきた代経料理ね。
代経の経一文字で主席お酒を伴った料理という意味があるので。
そんな感じなのこれ。
そうなんですよ。
共同料理の経に食っていうのか。
合という字か。
上半分が里という字に似たような感じですね。厳密にはちょっと違うんですけど。
なので影響の響響くという字の下が音じゃなくて食食べるに変わっている。
この一文字で酒と食を設けて人をもてなすことという意味を持ってますね。
これに代がついてるから。
よっぽどすごいんだろうね。
よっぽどすごいんです。でマジですごいんです。
そうなんだ。
この料理は奈良時代から平安時代に関連して作られています。
この料理は奈良時代から平安時代にかけて特に貴族を中心に流行した式典料理です。
貴族中心。
なので貴族というと毎日これを食べていたわけではなく儀礼に合わせて食べていた。
儀式。
例えば天皇家と一緒に食事をする時のおもてなし料理。
そういうことなんだ。
平安時代も後期になると絶大なる権力を振るった藤原家とかね。
藤原道長みたいな人たちが大臣になった時の任大臣大経って言って大臣になりました。
すげえ噛みそうだ。任大臣なんだ。
大経。任大臣の任は任じるという任命の任の字ですね。
大臣に任じられてそれでお祝いをする大経。
すごい名前だね。
大臣になった本人が宴を催すんですね。
本人がいるんだ。
この人が主になってその自分の配下というか下の位の人たちを呼び集めてお祝いの席を設けるとか。
で、こんだてが記録に残っているのはずいぶん後の方なんですよ。
そうなの?
平安時代後期になってからのものが記録に残っていて。
一応それ以前、奈良時代ぐらいからあるはあるんですけど文字になって残ってないです。
出た。文字になっていないパターン。
そこまで食のこんだてを残すという文化がない。
そうなんだ。
あんまり気にしてないんですよ。
あと文字がそこまで普及しきってない。
なんで貴族が自分で自分の料理のこんだて残すってありえないじゃないですか。
確かに。
使用人とかが残すことが多い。
後の時代になるとこの代行が重要な意味を持ち始めるので位のある貴族が自分の日記に残すようになっていく。
そうなんだ。
っていう変遷があるのでこんだてが残っているのは本当終わり頃。
より長とかそういう時代ですね。
09:00
これ分かる人だけ分かればいいです。
藤原のより長という内大臣をやったような権力を振った藤原家の党首がいるんですけど。
本当終わり頃なんですけどね。
そのくらいの時代になってくるとやっと代行の中身がちゃんと描かれてくる。
ちなみに何年前になるの?
800年代。
終わりがね。
スタートが700年代。
約200年近くの間、儀式で用いられた料理の形式です。
1400年くらい前か。
平城京から平安京にかけてですね。
最近何年前を噛み締めるようになってきた。
1400って何代くらいかかるんだろうなと思って。
今までのジャガイモとか豆腐の歴史に比べれば近い。
あそこまで行くと考えるのはやめるね。古すぎて。
ジャガイモ12000年前行っちゃったからね。
そんな感じではないですね。
まず大きな特徴は三部構成だということです。
代行とはいえ料理だけがメインじゃなくて儀式が中心で、そこの中の料理って感じなので。
食事自体も大きな儀式の中に組み込まれてるんですね。
ずっと食べて飲んでるんですよ。この三部の間。
そうなの?
食べ方が第一部の食べ方、第二部の食べ方、第三部の食べ方っていう感じ。
一次会、二次会、三次会みたいな?
そんな感じ。一次会の前のゼロがあって一次会があって二次会みたいな感じかな。
めちゃくちゃのんびりじゃん。
長いのだと半日以上やってますね。
半日以上?すごいな。
そんな感じなんですよ。
まず第一部が酒礼。酒の礼儀の礼って書いて酒礼。
いきなり酒つくんだ。
冒頭にまず一杯やります。
第二部が縁の座と言うんですけど、これは宴会の縁に座敷の座で縁の座と読みます。
いわゆる食事会ですね。
それが終わると縁の座。
おんびんの縁に座敷の座で縁座。
いわゆる二次会ですね。
これが二次会なんだ。
この三つがセットになって大経です。
儀式って言われるにはただののんびりのための宴みたいな?
見えるじゃないですか。ちゃんと意味があるんですよ。
あるんだ。
この第一部の酒礼。これは酒獣関係の強化のために行われる酒を用いた儀礼です。
前言った儀式に近いものがあるね。
日本酒の会を聞いた方だったらちょっとピンとくるところがあるかもわかんないですね。
12:03
まず主人、主君ですね。真根宮が大臣になったら大臣になった人。
藤原家みたいなね。この人が主君ですよね。
主君が飲んだ酒を下司する。下の人に与えるみたいな感じで回していくんですよ。
その人にまた酒を注いでその同じ酒で飲んでずっとぐるっと一座を回っていくと。
これは同じ酒を飲む教職の感覚で俺たち仲間だぜって。
というのと上の人から下に賜るっていうので上下関係わかってるよねっていう。
なんか神仙とかそんな感じじゃなかったっけ。
まさにこれもともと神様とかやってた話なんですけど。
これがまず最初にある酒礼の儀ですね。フォーマットとしてはこれを3周するんですよ。
3周。
1周のことを1コンと呼ぶんですね。
1杯ずつ飲むじゃないですか。
これ1周回って1コン。2周目で2コン。3周目で3コン。
この3コンが終わると酒礼はおしまい。
ここにお膳がちゃんとあってちょっとした軽いつまみはあります。
3コンやるっていうのが後々本善料理の時代になって式3コンと呼ばれるようになってより形式化していくんですよ。
これが実は現在にも名残が残っていて、例えば居酒屋さんで飲んでる時に遅れていくと駆けつけ3杯だ。
ここから来てるんです。
酔わせるためじゃなくて本当に意味あったんだ。
あるんです。なので一番最初に教職の儀式としてまず3コンやろうって。
俺たちも3コン終わってるから。お前遅れてきてまだだろ。駆けつけ3コン。
そういうことか。
言葉が3コンじゃなくて3倍に変わってますけどね。
あとは酸酸苦度なんかもそうですよね。
やっぱ酸酸苦度はそうなんだ。
やっぱりここから来てるそうですね。
こういうお酒にちなんだ儀礼というのがもうすでにここに組み込まれています。
これが終わると教宴に移るわけですね。宴の座。
この料理ちょっと軽く説明しようかと思うんですけど、すごいんですよ。
なんか細かく書いてあんな。
まず飯とよぐさの器っていう調味料があってそれ以外におかずが20品並ぶんですね。平面展開です。
前回言った平面展開ね。
時間展開じゃなくてこれが全部いっぺんに並ぶんですよ。
これ一回で並ぶの?
一回で並ぶんです。
もちろんメインのお客様とか主人は20品あったりしますし、ちょっと格が下だと13人なったりとか。
その中でも分かれるんだ。
あと使用人とかも教職の意味があって結局藤原家の屋敷の中でも使用人も主従関係があるじゃないですか。
15:07
一応教職するんですけど位によって8品だったりとか3品だったりとかそういうふうに分かれているそうですね。
大雑把に言うとまずご飯があります。これが外れないのがすごいよね。
外れないんだ。
必ず飯はある。
あるんだね。
多分この時代は飯になってるのか飯なのか。
お米のシリーズでできたね。
多分蒸し飯の時代だと思いますね。
うんうん。
この時のご飯の盛り方がちょっと特徴的で円筒形。
円筒形?
水筒でも茶筒でもいいですよ。あの形。
えっご飯を?
固めて。
茶碗とかじゃないんだ。
茶碗ではないです。茶碗ないです。
ないの?そうなんだ。
茶碗はお茶がブームになって広がってからなんで。
ああお茶って言ってるもんね。
そういうことか。
この時代まだ平皿に近いですね。
これに円筒形にご飯を固めて盛る。これが正式なご飯の盛り方です。
そうなんだ。
例えば中国とか朝鮮半島、日本でもまだ原型のことを知っているのは
大きな神社の神戦、神様に捧げるご飯だったりとかはだいたいこの形ですね。
面白いのが正式な作法でここに箸を突き立てる。
正式で?
正式で。
仏前にお供えをする、それこそ神戦みたいな扱いだけど。
あれなんで立ててるかというとそれが本来の正式な作法だから。
そうなの?
今やったらめちゃくちゃ怒られますけど、当時はこれが正しい作法だそうですね。
なんで刺したんだろうね。
特徴的なのはさじがあるんですよスプーン。
さじはあるんだもん。
でも消えるんですこの後。江戸時代とかスプーンないの。
ないの?
まともに日本の料理に登場してくるのは明治以降ですね。
だいぶ飛ぶね。
平安時代はあった。で鎌倉時代あたりになくなって、ずっとないまま来て明治時代に復活するみたいな。
謎だね。
不思議だなと思ったの。明治以降に入ってきたんだったらスプーンはスプーンのまま覚えればいいじゃない。でもさじって言葉があるじゃん。
これは平安時代にさじがあったからですね。
ああそういうこと。
消滅するんですけどこの後。この時代はまだちゃんとありました。
あともう一つ特徴的なのは味付けをしていない。ほとんどね。
味付けをしていない。
全部味付けしていないわけじゃないですけど、とても薄味か味付け自体をしていないものが多いです。
どうするかというとご飯の横によぐさの器って言って4種類の調味料置いてあるんです。
18:04
塩、酢、酒、非塩。
酒はもっと甘いんですね。昔のことなんで。
塩味、酸味、甘味とまた塩味かな。
これが4つ並んでいてよぐさの器と言うんですが、これで持って自由に味付けをして食べる。
この話どこかで聞いたね。
しましたね多分ね。
ちょっとどこのシリーズか忘れたけど。
どこかで知ってます。
味付けしてないんですよって話をした。
全くゼロではないですよ。
この当時の調理っていうのは味付けをする。いわゆる調味ではなくて食べやすくするという概念が強いですね。
食べやすくする。
例えば火物だったら水で戻したりとか炊いたりして柔らかくするとか。
で形の大きいものは包丁して一口大に切るとか。そこまでが調理なんですよ。
ああそうなんだ。
ただその生物も登場してるんですけど、この時代のことなので生物そのまま食べたら本当に食当たりを起こしますから。
まあそうだろうね。
なので基本的には生酢ですね。
ああ生酢ね。
これは味付けのためというより保存のためという意味が強そうですね。
ああそういうことか。
生酢ですね。
やっぱり生酢は入ってくるね。
あと火物がオキアワビ、タコ、鳥、スワヤリがなんだかわからない。調べるの忘れた。
スワヤリね。
あと漬物系がモムキがなんだかわからないんだけど、クラゲとかホヤとかカワハリとかいくつかわからないのがあるんだけど。
この時代もホヤはちゃんと食べられてるんだ。
そうなんですね。これ窪つき物って言って窪みのある器に入れられてるんで窪つき物っていうらしいですね。
へえそんな器があったんだね。
基本的に平たいものが多かったので少し窪んでるものじゃないと汁が出るようなものが漏れないですから。
そういうことか。
そんな感じですね。あとサザエがあったりとかカニがあったりとかウニもあるしトコロテンもあるしと。
すごいな。
あんま美味しそうじゃないんだよね。現代の味のしっかりした料理から比べるとね。
確かにこれがちょっとずつ盛られてるって考えたらまあまあね。
あと20品中8品は菓子類です。
菓子類。
まず4種類は菊菓子。梨とかね。
干した夏芽とかあと桃とかね。
あいったものが並んでるし。
興味を引くのはね左上に4つ並んでるって何のこっちゃらわかんない天聖とか圭心とかかっことか平とか書いてあるんですけど
これ唐菓子って言って中国の唐王朝ですね。の唐の菓子という意味で唐菓子。
21:00
だからね一個一個の意味はわかんないですけど特徴としては小麦粉を使っていて練り込んで油で揚げたものが多い。
唐って本当に中国のお菓子なんだね。
そうなんですよ。だからねやっぱりね唐の影響を大きく受けて登場したのが大響ってことになりますね。
さっき言うの忘れてたんだけど味付けをしないって話ね。切るだけとかそういうの多いじゃないですか。これ実は現代でも残っていて。
残ってる?
その文化の名残はちゃんと残ってますよね。ほらお刺身。食べやすくするため。
確かに。
であそこまでが調理なんですよ。一口大に切ること。舌触りを良くすること。だから日本の料理っていうのは包丁が第一番にくるんですよね。切ることが一番大事。
そういうことか。
ただ日本料理はその文化が色濃く残っていてそのための舌ごしらえとか包丁技術っていうのを究極まで極めるっていう動きをしましたけど
実はこれ海外にも見られる現象ですね。例えば今のアメリカ合衆国だったらテーブルにケチャップの瓶が置いてあってポテトは酢揚げに近い状態で自分で味付けて食べてねとか。
ヨーロッパ行くと卓上にオリーブオイルと塩が置いてあってお酢も置いてあって自分でサラダにかけて食べてねみたいな。
確かにそうだね。
こういうのは調理の原点と言えば原点ですね。そんなような感じなんですよ。
これがね中国の影響をめちゃくちゃ受けてるのがやっぱり理由があってですね。
時代的に奈良時代ちょっと前くらいまでは日本と朝鮮半島との交易が盛んだったんですよ。
朝鮮半島ね。
後クリとかクダラとかね。中国大陸は唐とか隋とかの時代ですよね。その前か。ぐらいの大帝国がある隋の時代ですよね。
日本は朝鮮でクダラという国を支援して戦ってたんですけどクダラが負けちゃうんですよ。後クリ国で統一されるんですね。
日本は負けてるから行きづらくなりますよね。朝鮮半島との交易がやりづらくなる。
朝鮮半島の有力なところが負けるみたいな。
日本が同盟国だったクダラって国があるんですよ朝鮮に。そしたらそのクダラ負けちゃったのね。
敵国のエリアになるわけじゃないですか。こことここを結びなおすっていささかめんどくさいじゃないですか。
なんなら日本軍も行って戦ってるんで。どうするかっていうとそのまま真西に行くと東があるんで隋と東と直接やり取りをするようになるみたいな。
その流れざっくりですごい大雑把にやるわけですよ。あまり認識されてないんですけど平安時代ってちゃんと国際交流やってるんですよ。
24:01
異国文化を入れたりとかお礼をもらって貿易をやったりとかしてるんですけどこの国際交流をやる中で
ヤマトという国は野蛮な未開の人たちではなくてちゃんと文化を持った対等な国ですよってことをアピールしなきゃいけないんですよね。
対等だよって。ということは文化水準を示す必要がある。
そうなると日本の独自文化だけを言っていても他の国の人たちは理解をしてくれない。だから彼らの文化に合わせるんですよ。
明治時代の日本も同じことやってるんですよね。文明改革とか明治時代の中期から大正時代にかけてやだらと西洋文明を無理やり入れるじゃないですか。
政府の主導でどんどん西洋文化入れろって。
宮廷郎もてなし料理もそれまで大経とか裕足とかってやったんだけどもう外国人来るからもう全部フランス料理だみたいな風に無理やり切り替えるんですよ。
そうすることで俺たちは西洋列強と対等だぜ。お前らの文化のこと分かっててちゃんとここまでできてるよ。
なぜならば彼らは我々の文化のことを理解ができないので蛮族だと思うと攻めてくるじゃないですか。
だから対等だぜって見せなきゃいけない。
まあ同じものも作れるぜっていうことか。
で同じ言語を話してて同じ漢字使ってたら党の人たちだってもうやるじゃんみたいになるわけですよ。
対等に公益をしてくれる。
そういうことなんだ。
全然対等じゃなくても認めてくれるっていうのが必要になるので中国文化をめちゃくちゃ入れるんですよ。
この時に遣唐使で中国に渡ったのが西張空海じゃないですか。
空海が当時中国で大流行していた、陸軍の茶卿によって大流行していた茶文化を日本に持って帰ってくるんですね。
定着しなかったけど平安時代にはちゃんと朝廷でもお茶が飲まれてる。
でこれね文献調べきらんかったんですけど僕お茶のシリーズの時に日本でこの時代にはお茶の栽培ができなかったと。
で英才の時代になってやっと茶の実が入ってきたよって話をしたんですけどそういう文献がほとんどだったんで。
ところが今回読んだ本ではね一瞬出てくるんですよ。朝廷の内側ですね。
で少しだけお茶の栽培があったっぽいようなことが書いてあって。
へえそうなんだ。
これはねもう一回調べ直しだなと思って。
確かにそれだとだいぶ変わってくるよね。
ただ言われてたのはその後消える。
なぜかというとこの後ちゃんと話しますけど唐との交易止めるからなんですね。
止めるんだ。
だから別にそんなに中国中国言わなくてよくなるしブームも去っちゃうっていうのとそもそも当時はまだ緑茶ではなくて暖茶。
暖茶。
暖茶になったのを削って飲むっていうやつだったのでこれがどうやら口に合わなかったのかなっていう憶測。
27:06
そういうことね。
あとね牛乳を飲むようになるしこの時代も牛乳飲んでるからね平安時代の人たち。
もうあるの。
牛乳飲んでますよ。
あそうなんだ。
で牛乳を煮詰めてずっと練っていくとソっていう和製チーズみたいなやつができるじゃないですか。あれ中国から来てるんですけどあれを食べてる。
そうなんだこんな早いんだね。
漢詩を編参した漢詩の本を作ったりとか音楽も中国のものをバンバン取り入れたりしてどんどん中国文化を取り入れる結果中国文化大ブームみたいになるんですね。
へえ。
すごいんだよ。
そんな時代があったんだね。
日本人が炒飯って言えば炒飯はわかんねえなこれはな。そういういろんな外国のブームがやってくることがあるじゃないですか近代現代でもこれのむちゃくちゃでかい中国文化大ブームが奈良時代平安時代くらいにあった。
ああそうなんだ。
でこの影響を受けて入ってきたのが大京。でこの大京の原型になったのが大阪料理と呼ばれる中国の料理。
大阪料理、中国なんだね。
そう元がだからだからさっきあの糖菓子があるんですよ。でこれ気づいたかどうかわかんないですけど今我々が作ってる日本料理って皿数基本奇数じゃないですか。けど中国は偶数なんですよ。
ああそうなの。
だから大京が8とか12とか20とか。
ああそれでか。
全部偶数なんです。
ちょっと不思議だなと思ってた。
そうなんですよね。で一応偶数に合わせるんだけどこの乗り切らない別の料理一応あるんですね。
まだあるの。
これ以外に出てくるんですよ。面白いのがね今平面展開してるじゃないですか20種類。20種類平面展開してるのにここに時間展開追加であるの。
ああそうなんだ。
ここにね温かいやつ厚物汁物っぽい煮物みたいなのが1コンに合わせて出てくる。お酒の1コンに合わせてちゃんと1品ずつ出てくる。
ああそういうことね。
やっぱ温かくて柔らかいやつ欲しいじゃん。そっちはちゃんと味付けがそれなりにされている。そんなような感じですね。
そうなんだ本当に混ざってんだね。
でね今さらっと何度も20品20品って言ってますけど20品乗るんだよ。
乗る。
よう考えてくださいよ。本膳料理とか想像してくださいね。お膳じゃん。お膳に20品同時に乗るわけないじゃん。
ないね。
じゃあ20品お膳並べたら何膳並べなきゃいけないの。なるでしょ。違うんですよこの時代テーブル使ってるんで。
えっテーブル?
そもそも中国の大阪料理の大阪ってテーブルって意味ですから。
えっお膳じゃなかったんだもん。
じゃないの。
ええテーブルそんな早い。
30:01
早い。
いや衝撃だね。
1メートルかける2メートルっていうね。
でか。
だいぶでかいでしょ。これに2人がけ基本はね。
おおなんか現代のテーブルと大して変わらないでしょ。
大して変わらないです。
そうなんだ。
だからこれに小皿20品並ぶことぐらいはできますよと。
テーブルがあるということは当然椅子がある。
当時はねゴッシと呼ばれてましたけど。
だいばんとゴッシっていうのはテーブルと椅子って意味です。
ええそういうこと。
これで儀式的にこの大経を食べると。
はあ。
これはですねやっぱ中国がそうだからなんですよ。
ああ中国はもうテーブルだったんだ。
そうなんですよ。
藤原より長の時代なんでもうほんと11世紀ぐらいだから1000年代かな。
平安末期ぐらいの人なんですけど。
その頃になるとテーブルの足の長さだいぶ短くなってましてね。
短くなるの。
47センチ。
低いね。
椅子もだいぶ低い。
初期の頃はどうやらもっと足長かったっぽいんですよね。
徐々に徐々に低くなっていってる。
退化してるみたいなイメージになっちゃうけど。
なんでかって話ですけどね。
面白いですよね。
そんなことあったんだね。
ちなみに藤原の長者、てっぺんの人たちは朱黛板つって朱色に塗り固められたでかい黛板を一人で占有する。
へえ。
藤原一族のてっぺんなんで。
御座席じゃないですけど、当時床の間ないですけど、神座の一番いいとこに座って朱色の黛板をバーンと置いて俺が主だみたいなね。
中国の歴史に出てくる国王みたいなイメージだね。
そうなんですよ。実はこの時代の記録に残ってるのが、後史とは別に遺志っていう椅子が出てくるんですね。
この遺志は何に使われてるかっていうと王座です。
王座。
意識的に王たる天皇は椅子に座っている。
本当に中国の国王って昔のやつ見ると朱色の豪華な椅子座ってるよね。
玉座ですよね。同じことをやってる。
そうなんだ。
完全に隋唐王朝の真似っ子ですよね。
本当に真似だね。
そうなんです。なかなか面白いでしょ。
すごいね。結構衝撃なんだけどテーブルと椅子がそもそもこの時代に使われてたっていうのは。
ちなみにこのテーブルと椅子消えます。
そうだよね。だってこの後武士が使ってるイメージ全くないから。
消えると言っても一部ちょろっと残ってたっぽいんですよ。
例えば武士が腰掛ける折り畳みの将棋とかね。
ああいうのは残るんですけど、じゃあ江戸時代の江戸の町の居酒屋さんみたいな料理屋で椅子とテーブルがあったか。ない。
33:00
ないんだ。
よく時代劇で椅子とテーブル見かけるじゃない。
見かける。
あれは客食です。
そうなの?
ありません。
座敷に上がるか。もしくは庭にでっかい台を乗って腰掛ける。今時だと観光地で赤い毛線を引いたでっかい台あるじゃん。椅子みたいな腰掛けるやつ。あんな感じで食べ物を横に置く。
ああ峠の茶屋みたいな。
そうそう。
あれしかないんだ。
はい。基本お膳なので。
そんな感じなんだ。
ないんです。
ずいぶんイメージ変わっちゃうけど。
日本で再びテーブルが一般家庭にまで普及するのはどのくらいだろうな。明治でもまだ茶部台、昭和に入ってまだ茶部台の方が普及率高かったんで。
でも茶部台はあったんだね。
そうそう。だから座る文化なんですよ。床に座る文化なんですよ。椅子じゃない。
椅子じゃないんだね。
そうなんですよ。
そうなんだ。
この後消えていくっていうところちょっと軽く話しますね。894年平安の後期に入る頃ですね。894年に検討誌が廃止になります。
これは菅原道真がね。梅干しの会にちょろっと触れましたけど菅原道真がもうやめたらいいよって提案してやめるかって。
あああったね。
白紙に戻す検討誌って学校で覚えたかもしれませんけど。
その思い方覚えてない。逆に覚えてないわ。
律令制とか中国からいっぱい文化入れてるじゃないですか。もういいかな。大体入れたしみたいになってくるんですよ。もう200年くらいやってるしいいんじゃないみたいなのもあるし、そもそも東欧庁が情勢が不安定になってくるんですよ。国内情勢が。もう潰れそうになってる。
東欧庁が国を治めきれてないから盗賊とかもバンバン出るし海賊もバンバン出るしそもそも日本から中国に船行くのって危険じゃないですか。そもそも航海は危険じゃないですか。そこに賢い人たちを送るんですよ。
すごいリスク。
で、海賊はいるし盗賊はいるしなんですよ。もうやめたらいいんちゃうって。
そうね。わざわざそこまでリスクを犯していく理由もないよね。
で、やめる。それはもうそうだ。いいよ。やめよ。で、やめた結果何が起こるかっていうとこれ共感書には国風文化というふうに記載されてますね。
国風文化。あったっけ。
日本独自の文化をね。これはどこから僕抜粋したのか忘れちゃったけど本に書いてあった文章そのまま読みますね。日本風の上品で繊細で自然との調和に根差した文化へ転換する。
36:01
あれなんかユネスコの無形文化の時にこんな文言じゃなかった。
ちょっと似たような文言出てきますね。要は外国からの文化の輸入を止めたことで日本が一回ガラパゴス化するんですよ。日本独自の魔界像を始めるんですね。この時代に生まれてくるのが金文字。
金文字ね。
マナに対してカナね。漢字のことは真実の真の名前の名でマナ。真に対してカリの名でカナ。
そういう成り立ちなのね。
そういう意味でカナなんですよ。カリがあるってことは真があるんで必ず。その真が漢字なんで。そういう意味で金文字が出てくる。金文字が出てきたことで有名なのがほら紫式部が書いた。ほら。
紫式部が書いた源氏物語。
源氏物語ですね。で青少納が書いた枕草紙とかね。
そうね。どっちかどっちか若干あれだったけど。
こういったものが国風文化の特徴の一つで出てくるし和歌が登場しますね。
和歌。
これまでの歌といえば漢詩だったんで。漢文で書かれた詩だったわけですよね。これが和歌になる。
和歌が編参されて一番有名なのが小倉百人一首とかね。古今和歌集とかそういったものがだんだんと登場してくる時代に移っていきます。
この国風文化の中で一つ特徴的なのが建築スタイルが大きく変わるんですね。
建築スタイル。
神殿づくり。聞いたことあるでしょ。神殿づくりの前がどうだったのかとちょっと比較しながら話しますね。
大経が大流行していた東欧町の影響をめちゃくちゃ受けてた時は東風様式建築。
東風様式。
東っぽい。東の風の様式ですから。
本当に東風ってそういう意味か。
そうそうそう。
音がややこしいんだよこれ。
この間まで東風やったから引っ張られちゃってるイメージが。
東風様式どんな様式だっけ。
分かってるんだけど、最近東風東風ずっとやってたから引っ張られました。
空の道ですね。東風様式建築。これはもう基本的に天井板ないんですけど天井めちゃくちゃ高くて。床板がないの。
床板がない。
ドマにタイルですね石板をビシッと敷き詰めた造り。
確かに。中国の宮廷みたいな所の家っていうか。
皇帝が玉座に座っている所ってさドマみたいになって石のタイル貼り詰めてる。映画とかで見ると思うんですよね。
貼ってある。
ああいう作り方をしてたんですね。現存してる所で有名なのは例えば奈良の大仏がある東大寺。
そうなんだ。
東大寺のそれこそ奈良の大仏さんが鎮座してる場所って足元石じゃないですか。当たり前ですけど大仏さんがいるくらい高いですよね。
39:08
高いね。
ああいう作りなんですよ。あれが他にもあって薬師寺とか東商大寺とかにも今でもその東風様式建築っていうのは残ってますね。
へえ。
で重厚でちゃんと壁があって門を閉めればビシンと密室になるというような作りをしてたんですけどこれが神殿造りになると豪華絢爛なんだけどめちゃくちゃ開放的になるんです。
へえ。
特徴言いますね。まず床板が登場します。
床板ね。
笑うけど普通僕ら当たり前にあると思ってるけどなかったんで。
ああそういうことね。
そもそもそれ以前の庶民も地べたに板を置いてるとかむしろしくとかだったのが床下ができて床板が張られるようになる。
えっそれまで普通の一般家庭もないんだ。
ほぼないと言われてますね。一部あったかもしれませんけど。
まあそれはね。
であと縁側ができるね外側に濡れ縁がね。縁側ができて。
であの軒がビョーンと伸びて濡れ縁のところまでカバーするような日差しが長い屋根になりますね。で壁がない。
壁がない。
基本的に壁がない。
まあ確かに日本の家屋ってふすまというか障子だよね。
障子とかそんなのばっかりじゃないですか。で雨の時だけ寝る時とか雨の時だけ窓閉めるわけですね。
閉めるね。
入口は扉ですけどしとねって言ってどっかで見たことあるかな。
しとね。
古いお寺とかに残ってるところは残ってるんですけど上から板がぶら下がってるんです。ちょっとイメージしてください。
この板が上下に2枚に分かれてます。だから開けると真ん中で折れますね。
ほうほうほう。
外に向かってで蝶都街みたいな金具とかで吊るんですよ。そうすると開くじゃないですか。こういう感じなんですね。
なんか見たことあるかも。
時代によっていろんな形があるんでしょうけど基本的には開けっぱなし。
ああそうなんだ。
日本画で平安時代の絵っていうのは例えば教科書とかで出てくるじゃないですか。外から見て全部見えますよね。
見えるね。
あれリアルにあんな感じです。
なんか中が透かしてるとかではなくて。
ない。
ない。外から丸見えです。
中の空間も部屋ごとの仕切りがないので、まだ襖とか出てこないですか。登場する前なんで。
ああそうなんだ。
だからもう柱しかない。ただのだたっぴろい部屋なんですよ。個人のパーソナルスペース欲しいじゃないですか。
なのでそこに屏風とかついたてとかミスって言って上から当たらすすだれですよね。あと貴重とかね。いわゆるカーテン用のものとパネル状のものを置いてこの空間に精神的な空間の仕切りを作るわけですよ。
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ああそうなんだ。
なんでこんな風に変わったか。めちゃくちゃ単純な話で東風様式は日本の気候に合わんのよ。東は日本よりもちょっと乾燥してるんですね。
うんうんうん。
下北とかね今の中華の真ん中辺って中間あたり乾燥してるからあれでいいんだけど日本のような特に京都ですよ。湿気の多いあの京都ですよ。でドマじゃないですか。タイルじゃないですか。もうね大変なのしけっちゃって。
だろうね。なんか結露したりとか。で泥のまま入ってきたら最悪だもんね。
ですよ大変じゃないですか。しかもしっかり締め切っちゃうと風が通らないじゃないですか。なので床下を上げてその床の下に風が通るようにする。だからすだれみたいなのをやると風がすだれにあたって風は下に降りますよね。
あと床の上がやっぱり風の通り道になるんで床を挟んで下と上の両方に風の通り道ができるわけですね。こうすることでこの床はカビない。湿気らない。
ああそういう作りの変えたんだ。
そういう風に進化していったんですよ。でも中国の真似する必要ないんで独自に快適なようにどんどんリノベーションしていくわけですね。そうすると風の通り道って床面近くじゃないですか。立ってるとその風の涼やかな恩恵受けられないじゃないですか。座るんですよ。
そういうことなんだ。
だって座った方が快適だもん。
いやまあ確かにそうだよ。
だから座っちゃうんだよね。
へえじゃあ今あのうちの古民家だけど畳の上で寝転ぶのが気持ちいいのは一緒なんだね。
そういうことなんです。座りだす。昔から日本って大きな家具がないのよ。
ああそうなんだ。
だってパネルですらさ屏風っていうのは移動式なわけですよ。みんなどけられるように自由に変形できるようにできてるわけですよ。だからお膳とかも移動するわけなんだけど。
だいぶ邪魔なのよ案内。1メーターかけ2メーターのやつ10個置いてごらんなさいよ。
確かに。
飯食う以外ギレやる以外にその部屋使えなくなっちゃうんだから。
そうだね。折り畳みとかなさそうだしね。
なので邪魔なんです。やめるんです。
そんな利便性の単純な理由なんだ。
そうなんです。台板がなくなって台板の名残が唯一残ったもの。台所。
もともと調理場所は昔からあるんですよ。調理する専用の部屋っていうのは久芸の屋敷にはもっと以前からあったんですけど名前がなかったんです。
台板を使ってご飯食べたりしてたじゃないですか。台板に料理を持っていくわけですよね。台板所って呼ばれたんですよ。
で縮まって後に台所になって今でも台所と呼ばれてる。
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そういう由来なんだね。
なので唯一台板の名残が残ってるのはそこだけ。
確かに台所ってよく考えたら意味わかんないよね。
そうなんですよ。
俺キッチンに食事スペースが一緒にあるところが多いからそういう関係かと思ったけど全然そういうイメージはなかったんだね。
台板所つまり台所は調理と配膳をする場所。なのでうちの厨房も台所ということですね。
神殿づくりがもたらした影響はここから発祥していくんですよ。座るじゃないですか。だって座った方が快適だから。
だから後期になってくると国風文化はさっきの一番最初に説明した主礼、縁の座、恩の座っていうのが表記されてる時代っていうのは
藤原より永の時代なんでもう1000年頃の話なんですよ。ってことは国風文化が出来上がってくる頃じゃないですか。
ギリ名残で台挙がありましたみたいな感じなんですね。この後消滅するんですけど。まだあったギリの時代。
でこの恩の座ね、おもろいのが台板から離れるんですよ。
離れるの?
その椅子座って食べるスタイルじゃなくてくつろぎたいじゃん。短いだもん。
やっぱくつろぎたいとかあったんだね。
だって短いだもん。もう短いからが無礼講なんで楽しみの時間なんですよね。義礼から外れて。
だから座を移してお膳持ってきて、当時はちゃんと四つ足のお膳じゃないんですけど高月っていう膳なんですけど
それを床に置いて、今でいう座布団みたいなむしろの編んだやつを置いて
そこに車座になってみんなで座ると。
車座で輪っかになって。
輪っかになって縁になってとかみんなで集まって座布団に座ってで宴会始めると。
もう現代と大して変わらないというか。
下に座る方が快適だからってのは国風文化によって神殿造りになった後のことなんで
だから地べたに座りたがるんですよ。だから台板もどんどん足短くなるのよ。
確かに高い理由は全くないからね。
それで女座二次会の時には飲み会なんだけどこの時にはほんとつまみしか残ってなくて。
縁の座の時二重品目がいっぱい並んでるのも食べきれなかったら下牧というか疲れてる人たちにみんな配っちゃって
残りも全部食べていいよって上げて自分たちは小さいお膳につまみを三品ぐらい乗っけて
お酒を飲みながら楽器とか歌とか舞。当時の久芸さんっていうのは楽器できない人ってほぼいないんで。
基礎教養なんで。歌読めって言ったら即興で読めるんで。
で歌が解釈できない奴はちょっとお前は野暮だなーって。いやーほんと僕は楽がないもんだからみたいなこと言ってるわけですよ。
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じゃあ僕は舞ができるんでとか僕はちょっと笛が得意なんで笛やりましょうか。歌ダメだけどみたいなことをやって。
それで夜通し行くわけだ。下手すると夜が明けるまでやってるわけ。
そうなんだ。
でこの台橋長いって言ったじゃない。スタートね昼過ぎが多い。
昼過ぎ?
午後2時くらいとかが多いみたいな。
早いというかよくわかんないよね。
そんなに明かりのある時代じゃないんだけど。でもそれが夜通し行って翌朝行っちゃうこともあったみたい。
すごいね。
まだこの時代からこっから先はもっと長い時代がやってくるけどね。
もっと長い時代が?
本然の時代行くともっと長い時代があるからね。
それはまだまだ先の話ですね。
ノンベイだなみんなな。
こうやって皆さん床に座るのが心地いいよっていう時代になるじゃないですか。
距離が器と口までの距離が遠くなるんですよ。
遠くなる?
床に近いとこにお皿とか料理が置いてあるわけですよね。そこから自分の口までに行く距離遠くなりますよね。
確かに。
この距離サジですくって持ってくのきつくないですか。めっちゃこぼしそうじゃない。
だからサジじゃなくて器持ち上げ出すんですよ。
そういうことか。
そもそも日本って木の食器の文化がかなり早くからあったので軽いから持ち上げられるじゃないですか。
なので持ち上げて直接汁物とか厚物とか吸えるようになるんでスプーンいらなくなってこれでスプーン消えるんですよね。
そういう理由ね。
実はもう一つ面白いことがあってサジを使っているとちょっとした移動距離があってしかもちょっとずつの量になるじゃないですか。
口に運ぶ量がね。そうすると厚いものも少し冷めますよね。で心地いい温度で食べられる。
ところが直接持ってくるとさ熱々のまま来ちゃうわけ。
そうだね。
で発達したのがすするという行為。
えーそういうこと?確かに日本特有だよねすするという行為が。
これが登場したのが平安末期。
へーそうなんだ。
だいぶびっくりでしょ。
びっくりだね。ちょうど京一だわこれ。
なんかね京一ってこれ一本だからそんなだろうけど。
でもね国風文化が出てきて唐の影響を受けなくなって神殿作りになって床に座るようになってで結果的になぜかサジ消えるしすするし。
なんかもうイメージしてた日本料理の編成もうすでにもう枠出ちゃったよ俺の中で。
ここが起点なんでまだ。
じゃあそういうことでね。
ここから次に本禅に向かって走っていく。
こっから本禅だもんね。
武士の料理が来てお寺の料理が入ってきてまた中国の影響をもう一回受け直してで本禅になって解析が出て解析になって即席になってで現代料理になっていく。
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すげーな結構壮大でしょ。
壮大だった。僕もね勉強してておーってなった。
これは伸びるわ。
伸びる伸びる。
面白いよね。
日本人一番こうなじみのある和食だね。
今回ねこのシリーズの中で語らないけど一応カットしたところがあってもし興味があってリクエストがあったら本編で出すか番外編にするか限定の方に回すかっていうのを一応ね何をカットしたかだけ言いますね。
サジはいつから日本にあったんだっていうね。
なんかさっきざっくりカットしたって言ったもんね。
中国から来たのか古代からあったのかっていうのと箸いつからどういう形で使われてたっていうのとね。
めっちゃ気になるところだね。
あとね椅子って日本にどのぐらいのタイミングから使われてたんだろうねっていうの。
埴輪に椅子出てくるからね。
ちょっと深く語らないです。
であとこの時点で台板使ってんのになんで大皿使ってないっていう謎ね。
確かに大皿出てこない謎だ。
で日本って食器が俗人なんですよ。
俗人?
米茶碗当たり前じゃないですか。
お父さんのお茶碗お母さんのお茶碗決まってますよね。
決まってる。
そんな国ないから。
ないの?
ないから。
箸なんかも普通の家庭今ちょっと違う家庭もあるかもしれないけど基本的に誰の箸か決まってるでしょ。
決まってる。
そんな国ないからね。
え?
だってじゃあヨーロッパ行ってごらんなさい。
誰のスプーン決まってるって想像つきますか。
確かにないね。
湯飲みも決まってるでしょ。
決まってる。
あー向こうないわ。
とかその辺の話ね。
いやーそうなんだ。
これはあのこの俗人についてはこの後のシリーズでちょっと触れますけどそのルーツについてはちょっと今回長くなりそうだってオールカット。
オールカットねしました。
そうね確かにあの日本料理だけでだいぶありそうだしね。
ちょっとだいぶ最近長くなりがちなんであのせめてサポーターさんの方の今流したいなと。
あとねこの時代にねクゲがね趣味で料理作り始めるとかね。
あるんだねやっぱね。
そういうのももうそれだけで長いんでそれだけで市場流にたどり着いちゃうんで。
市場流ね。
ほっちょらしきとかにたどり着いちゃうんですよ。
あーそうなんだ。
趣味から放送式まで行くの?
うん。
全然イメージが。
わかないでしょ。
わかない。
おもろーと思いながら読んだんだけど原稿書き起こすところからもうこれいらんかなと思って書くのやめちゃった。
でもあの僕の読書ノートには書いてあるんで話せって言われたらまあざっくりで良ければねいつも今からでも喋れるんで。
そしたらそれでまたどこかで。
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じゃあもうざっくりの部分はとかねちょっと伏線じゃないけどだいぶそれる話はあの全部サポーターさんの方に聞いていただいて。
しますかね。
でいいかな。
まあ本筋の方は本筋だけで十分楽しめる内容かなと僕は思ってるのでそっちをやっていく予定ですね。
そんな感じで。
はい。
わかりました。
ということでこの流れでサポーター募集しておりますので。
それさ俺煽ったっぽいじゃんそれじゃん。
でもねあのサポーターさんのコミュニティというか中のこの音源公開はもう完全にただ兄ちゃんが吐き出したい場所なんで。
そうね。
せっかく勉強したんならね俺もちょっと聞きたいから。
はいはい。
カコつくって言ってるだけなんで。
なるほどねはいわかりました。
ということで今回はこの辺で終わりたいと思いますありがとうございました。
ありがとうございました。
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