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2022-05-18 42:14

#84【番外編#13】『家庭調理』が『家庭料理』に?(たべものラジオ)

かつて家庭では『調理』されたものを食べる、が日常であった。
しかしいつの間にか "複雑な調理" をする『料理』に変わっていったのはなんで?というお話。
「#83番外編」の後編。 

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00:02
はい、では前回からの続きです。で、前回からの続きで家庭料理だっけ?
そう、ちょっとね家庭料理について、ほら、冷やすシリーズの中でちょっと家庭料理について触れたことがあったじゃね?
あーあったね。覚えてる?
家庭という熟語と料理という熟語がもともとバラバラにあって、まあ家庭は家庭だよね。で、料理ってそもそも何を指してたかっていう話だよね。
あーあったね。
で、料理っていうのは例えば料亭でね、こんだてをかいてストーリーを作ってもてなすとかいう意味が強くて、家庭で行われてるのは基本的には調理。
あー調理ね。
今風に言うと。当時はその調理という言葉もあんま使われてなかったらしいんだよ。煮るとかね、炊くとか、切るとか、焼くとか、そういう作業が言葉が個別に存在をしていて、それを包括する単語っていうのは基本的になかった。
はいはい。
あっても使われてなかった。
で、料亭でやるような料理っていう単語と家庭というものは全く異質なものなんだけど、これがガッチャンコすることでそこに面白さとか真新しさみたいなのがあって、これからの社会は家庭料理というものが主流になるべきだみたいな論調で明治から大正にかけて出始めて。
一回戦争の時にその流れは落ち込むんだけど、戦後になってもう一回盛り上がってきて、高度経済成長期にかけてそれが定着していくっていう流れがあったわけじゃない。
この家庭料理って何をもたらして、前回の話の家庭における食事とコミュニケーションにどういう変化を与えたのかなっていう気はするんだよね。
あー家庭料理。
それまでの家庭での食事、例えば明治以前ね、基本的に毎日だいたい同じものを食べるわけじゃん。
今でもフランスなんかそうだけどね。
晴れの日だけちょっと手のかかったものだったりとか、外食を楽しむっていう感じじゃない。
日本では家庭料理というものがブームとして出てきて以降は、家庭の料理が晴れ化していくわけだよね。
これの功剤はあるんじゃないかなと思ってるの。
家庭料理が晴れ化するっていうのは結局外食みたいな食事になっていくってこと?
だと思うよ。
例えば元々日本の料理っていうのは基本は一重一歳がベースにあって、そこに副歳が一個つく二個つくみたいな感じで一重二歳っていうぐらい変えるでしょ。
今日昼飯どこ行く?って。
例えばサラリーマンでランチが常に外食の人たちだと、昨日は和食だったから今日は中華かなとか。
そんなことある?みたいな話なんだよね。
そうだね。当時、昔の人から考えたらかなり多様化しちゃったよね。食事が。
そう。だから長い歴史の中で言えば現代が得意点。
03:01
そうだね。
変なんだと思うんだよ。
変だろうね。毎日違うものを食べるっていうのは。
だって俺はもう言うもんね。昼肉食ったから夜は肉いらねえなとかさ。
言うね。
カレーなら3食食えるぜって自慢げに言う人いるじゃない。俺も食えるけど。
でも米と味噌汁は365日毎回食えるもんね。
そうだね。
それがデフォルトだったわけだよね。
別に特段味の変化が大きいものでなければ、淡々と食べろと言われれば別に苦痛なく食べるんだよね。
多分ね、お米の飯ってそれがクリアできる食材なんだよね。
うーん。
だからパンにしてもさ、お米にしても味が淡白なんだと。
ああ、そっか。
毎日菓子パンで、例えば毎日ソーセージの入ったパンですとか言われたらちょっときついかもしれないよね。
ああ、それはきついね。
ね。
いわゆる食パンとかさ、ああいうベーグルとか、あれシンプルなのだからいけるんじゃない?
そうだね。ジャム変えたりね、飲み合わせのフルーツジュースとか変わったりとかさ、そういうところで変わっていくもんね、ちょっとずつ。
味噌汁だってそうじゃん。毎日味噌汁だけど、ちょっと具が変わればいいわけでしょ。
そうだね。
今日は豆腐がメインですとか、豆腐と大根とわかめに油揚げが入ったりとか納豆になったりとかさ、いろいろ変えればいいわけじゃん。
まあそもそも入れる野菜が時期ごとに変わっていくからね、勝手に。
ああ、そうだね。
強制的に変わるじゃん。なくなれば次が出てくるっていうのを繰り返したからさ。
そうだね。
だし、そのタイミングで出てきた食材の方がおいしいんだよね。体に合ってるじゃん。
そうね。発物じゃなくて盛りの食材ね。
そうそうそう。そういうの入れてるから別に秋というか旬で食ってるっていうところがあるよね。
かもしらんね。そうだね。確かに春先にじゃあキノコは今年中出回ってるからあれか。
まあ出回ってるけど椎茸なんかやっぱ味の差はすごいよね。冬場の椎茸と夏場の椎茸じゃだいぶ違うし。
ああ、そうね。
やっぱり冬の方がおいしいなって思っちゃう。
秋の味覚、秋から冬だもんね、もともとは。
そうそう。
じゃあ春になったら菜花使うとかね。
そうだね。ちょっと苦味が入ったりね。ちょっと水っぽくなったりとか酸味が効いてきたりしてまた甘くなっていってって繰り返したからさ。
そうだね。だからあれじゃない?毎回味噌汁で辛いなっていうのは毎回同じ出汁で統一しちゃうからいけないんじゃない?
出汁に関してはぶっちゃけ一緒でもいいもんね。野菜で出汁が変わるっていう意味で。
そう、野菜で出汁が変わればいいって感じ。
具が変わっていけばさ、別に1種類だろうが5種類入れようが、野菜10種類ぶっこんで豚肉も入れてさ、魚も入れたら普通の味噌味の鍋だよ要は。
そうだね。インスタント食品でさ、味噌汁あるじゃん。あればっかりだと本当に同じ味だから。
06:02
ああ、そうだね。
チューブのやつもあるんだよね。一食のチューブのやつとか。あれも確かに飲んだけど、あれに毎回違う野菜というか余った野菜をぶっこんでいけば味が全然違うものになるんだけど、そのチューブから出たままのものだけでお湯でといて飲んでると飽きるかもしれない。全く変化がないから。
あのね、もともと俺もちっちゃい時そうだったけど、前の晩の食材の余りがだいたい朝の味噌汁に入ってるっていうパターンね。
合理的で本当に。
非常に合理的。しかもあれだよ、例えばビタミンCみたいに水溶性の栄養素、スープに溶け込むわけじゃん。
そうだね。
加熱したら確かに弱いけど、水溶性のものをスープ飲むことでみんな取れるみたいな。
そうだね。なんか下手に炒めるよりかは効率的だよね。
確かにそれはそうだ。ちょっと今米と味噌汁の話しちゃったけど、お米のシリーズの時にね、圧倒的主役感みたいな話したじゃん。
そうだね。
パンとかと比べて。でもね、あれずっと考えてて今繋がったなと思うのが、日本料理における主役ってお米だけじゃないんじゃないかな。
お米だけではない。
米と味噌汁とかね。主食と汁物っていうこのコンビネーションが主役なんじゃない。
そうかもね。なんか炊き込みご飯でも赤出汁だったりとかね。味噌汁だけどちょっと違うだけで。
このセットが主役でバーンっていて、で副菜としておかずがある。おかずってそもそも副菜の意味だからね。
やってたね。
西洋料理だとメインディッシュってあるじゃん。うちらのお客さんに今日のメイン何ですかとか言われるけど、いや和食にメインディッシュの概念ないっすよみたいな。
シーといえば米っすかねみたいな。
そうだね。ちょっとずついろんなものだよね。
例えばご飯とお味噌汁のこのセットで日本料理はもう完結。コンプリート。
ここにいろんなオプションが1個2個付く副菜として今の時期だったら味が上がったんで味を焼きましょうとか。
ほうれん草を浸しましょうとか。これが数々並ぶと贅沢だね。おかずだねみたいな話でしょ。
トータルしてメイン。
トータルしてメイン。俺のイメージはご飯と味噌汁が例えばガンダム本体で焼き魚とかお浸しとかっていうのはオプションでウイングが付くとかバズーカ持つとかさ。
そんなイメージがあってウイングが付いて飛べるようになりましたっていうのとキャノン持ちましたバズーカ持ちましたってどれが主役ですかメインですかってなくね。
みんな特性違うから。フラットにいろんなオプションが並んでいくのがおかずかなみたいな。
でも結局パーツと考えたら母体というかその本体体じゃなくてその装備も含めた戦闘機は全部だよね。
09:07
全部だね全部だね。
ひっくれめて一個を完成させる感じだよね。
ああそうパッケージングされてね全部ね。マーク2になったみたいな。
そうそうパッケージ変われば名前も変わるしみたいな。
俺なんでガンダムにしたんだろうな。
わかんねえ。俺もそんなにガンダム詳しくないからな。
ああそう。世代かな。
俺ガンダムあんま見てないんだよね。アムロ行きますぐらいしか知らないから。
まあ遠い記憶だけどね俺もね。
養殖だとさパン自体がそのサブっていうのがあったじゃん。
ああそうなっちゃったんだよねもともと。
日本で言うおかずの立ち位置がパンじゃない?感覚的に言うと。
補足的な感じかもしれないね。
ああ補足か。
うん補充するみたいな。足りない要素を補充するみたいな感じに見えるね。
まあなんかざっくり言うとそのメインっていうのがその日本で言うご飯とか味噌汁にあたって、
そのサブの中に逆に養殖の場合はパンが入ってるけど日本の場合はそもそも米がメインディッシュみたいなところがあるから、
それでトータルコース料理が構成されてて、日本の場合は米を中心にコースを作ってる。
解析はバラバラ食べるけど普通の一般家庭というか家庭料理で食べる分にはご飯を中心にカスタマイズしていくみたいな。
だから日本のパン食はパンを中心にカスタマイズしていくからバラエティがすごいんだよねきっと。
ああ確かに。
何とかパン何とかパンって中身を入れ替えて一個を完成させようっていうのは多分ご飯に対して考えてる考え方と一緒なのかもしれない。
どうなんだろうな。
家庭料理だとだいぶ遠くなってきたけどね。
なんかでドイヨシハル先生の一十一歳の説明みたいな本あるじゃない。
あれちょっとさっと読んだんだけどもう本当にね激しく肯定。
俺もこうやって食べ物ラジオやってて一十一歳で完結。
さっき言ったメインディッシュは一十一歳ですバーンって決まりがあってそこのサイドに複数がちょんちょんちょんってあってあってもなくてもいいけどあったら豊かよねみたいな感覚のようなことを書いてる風に俺は捉えたのね。
和食ってそうなのかなって。
これねちょっと家庭料理に無理矢理つなげるとね。
今の家庭料理っていうのは家庭料理が生まれたさっきの言葉が生まれた時の流れで料理をしちゃってるわけじゃん。
料亭のような。
いかに手をかけるかいかにいろいろ変えるかみたいな。
特に西洋料理が入ってきてから素材の味を生かすよりもいろいろ変えることに力をかけるようになってきた。
たぶんこれキッチンカーとかそういう時代背景もあるのかもしれないんだけど。
そうなるとしんどいんよ。
副菜作るのが。
キッチンカーで調理法を普及させて回ってたんだよね確かね。
彼らはそっち一種で細くてパン食ってるだけだから。
本当かどうか知らんけどそこらへんは。
12:02
彼らの感覚はちょっとわからんけど。
もしそれが日本人が受け取った感覚とずれてて。
したらいいんだよ。
昭和高度経済成長期なんかは専業主婦が家にいるのが当たり前の時代があったわけじゃん。
女性が閉じ込められているんだけど一方で女性が家庭料理というものとかをつかさどってくれていた。
けどこれが今ないわけじゃん。
みんな一緒に働いてみんな社会に出てます。
時間ありませんという中で手のかかった家庭料理をやらなきゃいけないんだとか。
美味しくなきゃいけないんだみたいなプレッシャーあるんじゃない。
そうだね家の代表みたいなところでね。
もてなした時に料理があまりにも貧相だとそこの主人とか招いた人の評価とかにもつながってくるから。
高めなきゃ高めなきゃで情報共有レシピ本いっぱい出ますってことはみんなも相対的にレベルが上がります。
どんどん上げるしかなくなっていつの間にか調理と家庭料理が同じレベルまでいっちゃった。
あれだね人を招くときはある種晴れだからそこは手のかかったものを出すっていうのはもてなしの精神でいいと思うんだよね。
家族だけで食べるときってさよくない?
そうなんだよね。
例えばさ秋になりましたじゃあスーパー行ったらサンマンが出てました美味しそうなんで買ってきました焼きましたでも十分おかずとして成立するわけじゃん。
あれこれなんか調理しなくてもまあ俺はサンマン一番美味しい食べ方は塩焼きだと思ってるから塩焼きにすりゃいいし。
それもそんなにめんどくさい話じゃないじゃん。
塩パッと振って家庭用のグリルにポンと突っ込め話なので。
そこらへんをあれこれと手をかけすぎなのでは?
でもなんでかけるかって言われるとなんでだろうね。
多分ねもともとは本に書いてあった話ね大正時代の書籍みたいなのがあってそれに書かれたのは家庭料理というものを成立させると家の料理が楽しくなるよね食べる側が。
だから外で働いてくる旦那さんだったりとか家族をお母さんがもてなしてあげましょうそうするとみんな少しでも早く家庭に帰ってくるようになって家庭の絆が強まりますよ。
というのが主婦の友がそういう雑誌に出てたんだって記事が。
そういう趣旨で誕生したらしいんだよね。
逆にそれで仲が悪化するところもあるもんね。
せっかく頑張って作ったのに帰ってこないっていう時は反動で。
そうかも。初めの頃は多分良かったんじゃない?三丁目の夕日みたいな時ね。
良かったんだと思う。だから俺が生まれた頃とかまだ袖だったしさ。
外食するっていうのはレアケースだったもんね。
これが平成ぐらいになってくるとみんなさんさんごご外食するようになっちゃって揉め事のタイになっていってる。
15:00
なんならみんなお母さんも普通に主婦じゃなくなってね。
働くじゃん。じゃあなんで私ばっかりそんなめんどくさいことしなきゃいけないのって。
あんたもやりなさいよって。
じゃあその手のかかった凝った料理やめたらいいと俺は思うよ。
だからおいしくすとかが売れるんだよね。手間をあまりかけないけどクオリティーを担保できる。
日本の料理っていうのはみそぎの文化に近いとか引き算の料理とかって言われるじゃん。
あれでいくとさ手をかけなくてもちょっとだけ手をかけて引き算してあげれば素材のパワーでおいしくなるよっていう考え方がベースなわけじゃん。
もしかしたらあれじゃない?素材がおいしくなくなった。だから取り繕うしかなくなった。
痛いなそれは痛いな。相談かな。でもあるかもな。特に都会とかはそうかもしらんね。
この辺でもさスーパーに並ぶ別に作ってる農家さんが言い悪いとかではなくて単純に流通距離が伸びたじゃん。
そうだね。 効率化するために。
流通の時間がかかると野菜はどうしても味が抜けていってまずくなるし苦味出てくるしとかも。ほうれん草なんかかなり味変わるじゃない。
確かに。 一週間とかだよ。下手したら食べるまで。
それをスーパーで高い金払って買ってくるじゃん。もちろん物流コストが乗ってますからそうなっちゃうけどね。
それを食べたらアクだらけで苦いわけじゃん。 確かにそうなるわ。
じゃあどうする?水で必死にアク抜きしますとか。
抜けた味をどう拾う?じゃあ何を入れます?だしの素とかペーストとか。
足りないから肉入れよう。他に辛味入れようとか味噌入れようとかなっていくうちに多分そうなってくるんだけど。
そうか。俺子供の頃のほうれん草の浸しってだしじゃないもんね。
まんまでしょ。茹でてあとは醤油で混ぜるとか。
醤油かけてちょろっと鰹節振るかどうかぐらい。ごまバラってやるとか。
物によって今食べれないじゃん。そんな状態で。
そうなんかもう。
ってなるといたしかたなし。
なるほどね。そうなると最終的に地産地消みたいな話になってくるのかな。
でも結局値段が野菜も場所によっては上がってきちゃってるから。
別に上がって悪いってわけじゃないんだけど。
もう美味しい野菜を知らないから。
判断できないんだ。
判断がそう。良い悪いとかどこで買ったら美味しいのかとか。
もう多分疑問に思ってない。そこしか買えないから。
都会の方は俺ちょっとあんま住んでないからわかんないけど。
行った限りだと近所のこの辺のスーパーで買うしかないんだなっていう。
そうかもね。
感覚じゃん。
この辺だったら農家さんがいたりとか知り合いからもらったりとかするけど
この野菜美味いなって。このきゅうりめっちゃ美味いからって思ったら
結局味噌ちょっとつけるなりして子供たちはかじって喜んで食べてるわけよ。
だから次の日も同じきゅうりが出てきても誰も文句を言わないじゃん。
18:02
美味いもんね。
美味いから。まんま食え。むしろ今そのきゅうりを今すぐ食わせろって感じじゃん。
確かに。
けど多分ちょっと品見たきゅうりをマインして出されたら
ちょっと加工しようか。
そうだ確かに。もう40年近く前の話だけどさ
俺おやつきゅうりだったもん。
今うちの子供たちがそう。きゅうりまだできないのかって言って。
ね。
言う感じでは言わないけど。まだ3歳だしさ。
けどきゅうりはって言われる。
そうか。
去年食べたきゅうりが忘れられないみたいでさ。
そうか素材のパワーが落ちてるか確かにそうだな。
多様化というよりかは野菜自体のものが
時間が経ったものしかなくなってきてる。
冷蔵庫の進化もあるかもしれない。逆に言うなら。
逆にね。コールドチェーンが発達したからこそだね。
そうそうそう。
なるほど。今ちょっと思いついた。
今の状況って近代化始めたばっかりの頃の
いやそれ以前のかのヨーロッパ
特に西ヨーロッパ諸国の状況そのものだね。
そうなんだ。
ざっくり乱暴に言うとヨーロッパの料理っていうのは
いかに原型から違うものに変えるかっていうのが
主眼に置かれてるって言われてるんだよね。
それはもう年中同じものを使わなきゃいけない。
一年中じゃがいもと玉ねぎをベースに
使わなきゃいけないみたいな野菜が豊富に取れない環境だから。
そういう食文化に発達していって結果ソースで
いろんなバリエーション作るっていう流れがあったわけじゃん。
そうだね。
それがここで起きてるってことだよね。
そうだね。
そういうことになるね。
でコールドチェーンができて産業が発達して
ヨーロッパはその状況だったから
アメリカ大陸やオーストラリア大陸から
いろんな野菜を入れられるようになったから
彼らにしたバリエーションが増えました。
けど野菜大国大国でもないけど
菜食主義国だった主義でもないけど
菜食に収まっていた日本はそこそこバリエーションを持ってた。
というところがコールドチェーンによって遠隔化したら
逆に落ちていって質がね。
で世界が均一化したかもしれない。
そうかもね。
他の国は野菜豊かになったかもしれないけど
日本ももちろん入ってくる部分がかなり多いじゃん。野菜。
だけどそれに押されてカボチャなんかニュージーランドが
大覇になってきたりとかして
そんだけ遠方から持ってくるとやはり味は落ちるし
地元で作ってないから体にちょっと合わない。
国内でも結構距離あるからね。
美味しかったらカボチャなんか
蒸してとか茹でてそのまま塩でもつけて食べて
だって美味しいわけじゃん。
そうなんだよ。
実はカボチャって。
種もさ別にそのまま出汁として使えるじゃん。
だけどねスーパーでスーパーの悪いわけじゃないけど
21:03
輸入されてきたカボチャの種とかは
あまり使えない。
全然美味しくならないから。
そうか。
さっき副蔡そんなに手かけんでもいいんじゃないって話をしてるときに
その文脈から頭の中に浮かんでたのは
佐藤のわびさびの感覚だったのよ。
物の哀れというか。
その引き算の感覚も例えば庭に一輪の花がパッと咲いてますと。
これをあんまりゴテゴテといじるのはよろしくない。
わびさびの美しさから外れてしまう。
その引き算というのは何かというと
その花に葉っぱがかかっちゃってちょっと見づらいと。
だから全部取るんじゃなくて
ちょっと葉っぱがかかってる周りの雑草ちょっとだけ取ってやると
その花が綺麗に見えるよっていうのが
多分日本料理の引き算の感覚だなっていう話を思いついてたんだけど
今の流れでいくとその花自体が若干枯れてるみたいな話でしょ。
そういうことだね。
引き算してもこれかよみたいな。
引き算できない。
仕方なく調理してるところもあるかもしれない。
どうかわかんないけど本当に。
ただ野菜が美味しければ
特に凝った料理を作んなくてもまんま美味いじゃん。
毎日食べても別に苦痛とかならないじゃん。
むしろ美味しいじゃん。
やっぱり毎日美味しいじゃん。
その差は多分選択肢を迫られた時に顕著に現れる。
確かにな。
冬場の美味しい白菜をいただいた時
あれ3日間同じもん食ってたもん。
茹でて軽く水切ってポン酢かけて食うっていう。
そうだね。
3日間4日間なくなるまで毎日同じパターンで食ってたもんね。
足りねえよむしろって思うよね。
あれまた食べたいなって思うし。
じゃあ今スーパーとかでしなびた白菜買ってきて
ひとたま使い切れるかあったら無理なんだよ。
確かに。
苦みたいな。
今回スカスカとかね。
たまに当たりはもちろんあるよ。
運よく近場から来たりするとかね。
物が良かったとかあるけど。
だから多分1分の2カットか4分の1カット。
確かにそうか。
だから食料受給率というか
人口総数の生命維持活動をカバーするための量を担保してるのが
今の社会になってきていて。
その代わりちょっと質を犠牲にしてるみたいなね。
作る人が悪いというよりは流通の関係でどうしてもしょうがないみたいな感じなのかな。
そうだね。
それとある程度効率化して農業をやらないといけないから
一極集中化して
どの時期でも日本列島下から順番に取れるものが
同じものがずっと上に上がっていって
1年を通して割と同じものが食べられるみたいな
っていうやり方を割としてる気がしていて。
24:01
買う側の問題ないよ。
売る側ももちろん儲けなきゃいけないから作らなきゃいけない。
じゃあなんでそうなるのかっていうと地元のものだけを買ってくれないから
スーパーに行って県外とか遠方のものを買うから
価格競争で負けるんだよね。
ローカルで不作だったら高くなるじゃんその不作のものが。
けどローカルで大量に出れば安くなるわけじゃん。
行くと別に地元の中だけでお金が回っていれば出ていかなければ
そんなに生活に困窮することはないはずなんだけど
それが全国に分散してしまってて流通にコストを取られてるから
結局農家が一番儲からなくなってくるよね。
これさ資本主義の原理原則のところから話せなあかんくなってくるよ。
そうそうね。ちょっと大きな話になっちゃったけど
どの仕事が悪いとかではないんだけど
お金の流れがあまりこうよろしくない方向に動いてしまったっていうのが
たぶん資本論的なところだよね。流れがちょっとおかしいんだろうなっていう。
それが野菜をおいしくする方向の流れではない。
これまたつんどく立ち読み系だけどさ。
鎌倉資本主義。面白法人火薬の代表の柳沢さんだっけ?
あの方が資本主義とは何ぞやみたいなのを考えたと
その中の一つで俺が確かにって思ったのが
GDPという指標があると。
このGDPを上げるためには無駄遣いをすればいいんだっていうくだりがあるのね。
言ってたね。
遠方から物を運んでくれば輸送コストがある分だけGDPは絶対上がるよねと。
地産地消するとGDP下がるじゃないって。
ここに決定的な課題を抱えてるんじゃないかみたいなことを書いてあるとこだけちょろっと読んだわけ。
他のポッドキャストとかテレビとか見てさ
いやこの人超面白いこと言ってんなでもすげえなと思ってさ。
それと今の話ってかなり似たような話でね。
それこそ地元資本だよね。
地元の人たちの職を支える農家さんだったり
食産業を支えてる市産業の方々。
この方々が生きていけるようにローカルでどう資本を回すのかみたいなのを考えないと
最終的に自分たちが困ったりする。
美味しくないからその分手をかけて
副作用を一生懸命加工しなきゃいけません。
大変だから半加工品とかレンチンするだけの加工済みのやつを買わざるを得ません。
高くなります。
どんどん生活コストが上がります。
その分稼がなきゃいけません。
GDPがどんどん上がっていきます。
幸せってなんだっけって話だね。
そういうことになるね。
高知にいたときにさ、前に言ったかもしれないけど
飲食店の減価率が
普通の料理店って30%くらいで計算するのが業界あるあるだけど
27:00
高知の人は割と50%くらいいくんだよね。減価率って。
すごいよねそれね。
県外産の野菜ってあんまりないのよ。
普通悪いから。
そもそも持ってくる方コスト高いし、農家さんが結構多い。
まだまだ。
だから出店とかもわりとシンプルな料理が多い。
高級店っていうのはたまにもちろんあるんだけど
数える程度しかなくて
どこの居酒屋に行っても美味いのよ。
安くて美味いのよ。
物がいいけどね。
物がいいから。
野菜の力が強すぎる。
食材の肉とかキノコも全部そうだけど
力が強すぎて
確かにそんな加工せんでもええやんっていう。
そうかも。
家庭料理に出てくるのが野菜炒めとかお浸しとか
普通のものが多いかな。
いいとこ唐揚げとかは作ったりするのね。
もちろん中高生の子供がいるところは作ったりするけど
わりかし鍋とかは冬はみんなやってる。
ずっと鍋やってるとか。
いいんだもん。野菜突っ込んで食べば美味しいんだもん。
それさ、例えば引き合い出したらヨーロッパの人に怒られるけど
ヨーロッパってのはアジアとか熱帯の人たちに比べると野菜の量ってのは少ないわけだよね。
地中海沿岸はいいけどちょっと北行くと厳しいみたいな環境あるじゃない。
だから加工しますという話をひっくり返していくと
あの人たちさ、肉の最高の食べ方はステーキなんだよね。
そうだね。
しかもソースじゃなくて塩が最強みたいなこと言い出すわけじゃん。
ってことは肉だけはいいものを手に入れられるみたいな感じ?
そうだね。
かもしれないね。
多分そういうことだね。もちろん冬場になったらダメなんだろうけどさ。
加工していかないと。昔の修正だっけ?
冷蔵の技術がないときはもちろんどんどん腐敗していくからね。
調味料やら香辛料やらベタベタに胡椒の回でもあったけどさ。
胡椒めっちゃびっしり付くみたいな。
そんな話もあったぐらいで。
物美味しければ胡椒とかも向こうでそんな金の価値ほど上がらなかったと思うんだよね。
そうだね。
いらねえもん。肉美味しいんだから。
これはどういうことだ?
日本の縄文文化なんかもまさにそれだもんね。
そうなの?
弥生文化が入ってくるじゃん。西のほう、南のほうから。
最終的に東北のあたりで縄文文化とぶつかるみたいなところがあるんだね。
縄文人っていうのは結構嫌がったんだよ。稲作とかね。濃厚社会を。
なんでかっていうと、別に縄文人って原始人じゃないから、文明人だからちゃんと海外の情報を仕入れていて。
濃厚すると武器ができたりとか冷えられる武器ができて、戦いが起きる、争いが起きるっていうのは知ってた。
だから嫌だって。
そういうことか。
一方で当時の東北地方って今みたいに寒くないから。
30:01
温かい時期だから。
もう獣はいるし、穀物はいっぱい採れるし、ほっといても。
野菜も果物もそこら中で採れるから。幸せなのよ。
幸せだね。
めっちゃうまいし、そもそも。
畑耕して定住して争いの種作っていらんわみたいな話をしててさ。
そうなっちゃうね。
それの名残が何年くらい前だったか忘れてたけど、本読んでると出てくるのはね。
赤道近辺、赤道直下はもう暑くて食料がそんなに豊富じゃないんだけど、ちょっと離れたあたり。
ジャングルの中でいくらでも採れるわけじゃん。飼料採集で。
だから濃厚やる意味がない。
豊富すぎて、うますぎて。
そう考えると、対外ができる理由がそれなんじゃない?
可能ね。
冷蔵できるほど電気安定してないじゃん。各家庭に一応電気あるけど冷蔵庫基本なかったじゃん。
保存できないから朝昼晩全部屋台で買うわけじゃん。
ってことは食材を毎回仕入れてくるじゃん。一日に一回ずっと。
毎日朝一冊からね。
だから美味しいから料理自体がすげーシンプルじゃん。大量にいって。
別に凝ったのってなくない?これとこれ組み合わせたやつみたいな感じの言い方じゃん。全部料理の名前が。
それでいいんだもん。ずっと年から年中採れるから。
そうか。
シンプルなんだよ。すごく。味のバリエーションはあるけど、どこ行ってもそんな感じだったよね。
そうかも。日本の古い家庭料理もそうだもんね。
その宴会料理とか宮廷料理みたいなやつ。貴族のだけは、いわゆる晴れの料理だから、特別に手をかけましたみたいな感じだもんね。
ちょっと置いといてぐらいの。
それは特別編だからみたいな感じだよね。
あとは家庭料理が晴れ化していったのは、一方で食材が、まあことはあるけど質が低下していったせいで、晴れ化させるような動きをしないと満足できんと。
それが電気が安定して冷蔵庫が普及したせいなのか、そもそも食材がまずくなる流通の何かが起こったのか。それとも人の思考が変わったのか。
情報が簡易的に取れるようになった。いろんな調理方法がシェアできるようになったとか、もっと生活水準が上がって安定してきたから、
コミュニケーションの中で上げなきゃっていう、自分の地位とか、そっちで上がっていったのか、さあどれっていう。
本当、もうシーソーゲームになってるよね、完全にね。
さっきの、じゃあ11歳でも美味しいものは取れますという時代に一気に戻ったとしようよ。
代わりに流通をちょっと捨てて食材がちょっと減りましたと。
なったら江戸時代の状況を見ればわかる通り体格は小さくなるわけだし、平均寿命も短くなる。
33:03
それはスタイルの問題じゃなくて食料需給の問題じゃん。そもそもが。
だから体格はね、肉食わなかった、魚食わなかったっていうのはもちろんあるんだけど、
11歳が原因で体が小さかったわけではなくて、そもそも食料需給の問題じゃん。
そこに戻すわけにはいかんわけだよ。
まあそれはね。
これバランス取るのめっちゃむずくね。
そうだね。かなり難しい。
そう考えると料理はやるのに都会じゃなくて田舎でよかった。
って思うよ。
儲からんけど幸福度は絶対高いよね。
高い。だし別にそんな手掛けてなくても味とバランスをちゃんと取って、
ちゃんと適切に調理してあれば、ちょっと都会じゃないけど、
都会で高級な料理を食べてる人から来てもうまいって言われるじゃん。
素材の底力がある。
もう野菜蒸して塩つけるだけでめっちゃうまいもんね。
蒸し野菜のおかわりされると思ってないからね。
されるんだと思って。
近所の人でも普段おいしい野菜を食べてない人たち、
スーパー料理になってる方たちは野菜なんでこんなにおいしいのって言われる。
けどそれは自分で選んでるし自分で作ってたりとか、
知ってる農家さんから信頼してる人から買ってるってだけで、
だと大量にもらう。
そうね。田舎あるあるね。
使ってって言われる?
そうだなぁ。魚にしたってね、
うちの場合はだいたい地元だよね。
近いからね。
たまに県外産混ざってくることあるけど、
基本的には浜中田、尾前崎田、清水田みたいな、そんなんだもんね。
いいとこ愛知側だよね。
ハムアーツと愛知の境目ぐらいだから、
あんまり静岡じゃないって言われても、
隣っていうか続いてますしね。
隣だからね。円周などだからね。
その程度だよね。
半径100キロ以内で全部収まるから。
収まるね。何でも取れるしね、静岡の周りって。
むしろ取れないものを無理やり使う必要ないなと思ってる。
じゃあ静岡県でホタルイカを食べましょうって言ったら、
いやそれは北陸に行きましょうよって話じゃん。
そうだね。こっちでホタルイカはダメだろうね。
良いものは良いであるよってそういうのを出してるお店ももちろんあるけど、
うちの場合は他にもあるから、
それはそちらの地域にお任せをして、
あるもので美味しいものを食べたらいいんじゃないって。
あと思うのは、走り、盛り、名残っていう概念あるじゃん。
日本料理だと初月を見たら走りものね。
盛りの時期、一番油が乗ってっていうかね、
旨味の強くたくさん取れる時期。
36:01
名残、終わりがけね。
この味わいもね、日本人ならではだなと思うんだよ。
そうだね。魚でもそうだし。
やっぱ野菜も和製とかね。
中手とか奥手とか表現するものね。
和製、中手、奥手だと、
その出来たタイミングが盛りになるのかな?
そうだね。
俺のイメージは魚とかの方がしっくりくるんだけど、
和製も和製で、玉ねぎなんかは、
和製は新玉で生で食べるようなもので、
中手の初めぐらいまでかな。
新玉で食べたりとか。
大きさも形も種類も多分変わってくるからね。
それによって調理法変わってくるからね。
お茶もそうだもんね。
うん。
新茶や手摘み1番と2番と。
そうだね。
そんな感じだもんね。
究極、いいものだけ食えよって話だったら、
全部盛りに揃えたらいい話なんだけど、
日本人ってそうじゃないんだよね。
走りは走りで、ちょっと荒々しいけどいいよね。
味わい深いよね。
桜満開じゃないけど、この五分咲き加減が何とも言えないよね。
だったりとか。
名残は名残で、ちっちゃって半分葉桜だけど、
この葉桜がまた味わい深いじゃないかと。
葉桜という単語があるくらいだからね。
そうだね。
このグラデーションを、
うまいの絶対値じゃなくて、
季節の移り変わりも含めて楽しむみたいな。
そうね。
波があるっていうのが前提なんだろうね、感覚。
それが、1個の食材はそうだけど、
Aという食材、Bという食材、Cという食材があった時に、
みんなちょっとずつずれるから。
3品並びましたら、
これは走り、これは盛り、これは名残みたいな。
実は混ざっていることで、
季節の移ろいをグラデーションにのだらかに感じていくっていうのが、
日本料理なのかな。
これ、湿落ちたら崩壊すんだよ。
これ湿ありきだからね。
そう。
だし、冷凍して取っておかない前提だからね。
そうだな。
食べる側も、やっぱ時期は意識した方がいいかもね。
体のためにも、農家さんというか作り手のためにも。
それはあると思いますよ、確かに。
冬場にウリ系食べて体冷やしてもしょうがない話。
そうなんだよね。
冷やす食べ物だからね、体をね。
真冬にキンキンに冷やしたメロン食べますって、
いや、一応冷やしそうで怖いんですけどって。
風邪ひくわ。
ただ冷やし系なんでね、水分多くて。
そう、ちっちゃい子食べたら完全にお腹ゆるくなりますよ。
そうだな、いろいろとバランス難しいな。
実際に時期ガイデット作って商売してる、それこそイチゴみたいなね。
クリスマスケーキのイチゴとかっていうのもあるんだけど、どこまで許容するかよ。
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そうだね、確かに。
最近の小学生とかイチゴの旬は冬だと思ってる子もいるらしいじゃない。
だと思うよ、あんだけイチゴ出てたら。
よく考えてお花が咲かないとイチゴできないのよ。
イチゴの花が咲くのは春なのよみたいな話じゃん。
そう考えたらあれかもね、家庭料理もメリハリがなくなったのかも。
食材がずっとあるから、今まで冬場は偏りが出るじゃん。
夏場は夏場で偏りが出るじゃん。
けど今までなかった食材、冬場に取れなかったものが入ってきちゃうじゃん。
カボチャとか。
普通にニュージーランドから入ってくるわけじゃん。
そうね。
冬場はカボチャですって言うけど、そもそもあれ夏にしか取れんけどね。
美味しいけどちょっと品種違わんかいっていう。
そうね。
っていうのになっていくと、体もびっくりするよね。
そうだな、どう捉えていいんだろう。
どう捉えていいんだろう。便利になって美味しさを年中味わえるとポジティブに捉える反面、
季節感だったり体とのバランスだったりが輸送懲りが長くなった分だけ質が低下しつつある。
妥協すべきなのかもね。100点は取れんけど、どっかで70点とか80点で納得する。
そうなると、さっき言った11歳プラスアルファの家庭料理ってこれはどうなんだ?
ワンプレートぐらいの考えでいいかもしれない。
11歳でもっとシンプル化したいけどできるか。
悩ましいね。ちょっと土井先生はどういうふうに判断するのかとか、
これこそこれを聞いていただいているリスナーの皆さんどういうふうに考えるのかっていうのはね、ちょっと聞いてみたいですね。
今回は結論出ないっていう。
出ないです。話が壮大すぎる。
そうだね。
どっちだかって。
まあそろそろ時間なんで。
だいぶ喋りましたね。今回はちょっと盛り上がっちゃった。
途中から収録を忘れて普通に喋るっていう。
普通に喋ってた。いつもの厨房でこんな感じなんで。
こんな感じだったね。完全に忘れとった今途中で。
今時間見てなかった。
でしょ。俺も時間見てヤバいと思って。
そうか。
だいぶ長くなりすぎたんで。
すいません。うまくカットしてください。
データ編集負荷上がるやつ。
カット難しいんよ。考えの文脈で行くから。
文脈があるからなかなかいい。どんどん長くなるから終わりますよ。
今回はこの辺で終わりたいと思います。
皆様考えてみてください。ありがとうございました。
ありがとうございました。
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