1. たべものラジオ 〜食を面白く学ぶ〜
  2. #268(s29-10)アメリカ全国に..
2025-09-15 51:01

#268(s29-10)アメリカ全国に広まるハンバーグステーキ〜ドイツ系移民から広まるハンブルクステーキ〜

ドイツ系移民によってアメリカ全国で広まるハンバーグステーキ。ハンブルクでフリカデレだった料理は、アメリカに行くことでハンブルクステーキに。そこまではわかるが、ではなぜ全国に広まることとなったのだろうか。

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サマリー

このエピソードでは、アメリカにおけるハンバーグステーキの歴史が探られ、ドイツ系移民とその食文化の影響が紹介されます。フィラデルフィアの発展や独立宣言も絡めて、アメリカの食文化の成り立ちが語られます。アメリカのハンバーグステーキは、ドイツ系移民の影響を受けて広まり、アメリカ独自のアイデンティティを形成する過程で重要な役割を果たしました。このエピソードでは、二カ国語論争やフィラデルフィアが首都だった時代の背景により、食文化がどのように進化していったのかが探究されます。 また、アメリカに広まったハンバーグステーキの起源がドイツ系移民とハンブルクに結びつけられ、それがどのようにアメリカ文化に融合したのかが検討されます。フリカデレからハンバーグステーキへの名前の変遷や、異なる文化との交流も語られます。ハンバーグステーキはドイツ系移民によってアメリカに広まり、特に東海岸地域で定食料理としての人気を博しました。料理の起源や、ハンバーガーステーキが他の料理とどのように関係しているかについても掘り下げられています。 アメリカのハンバーグステーキには、ドイツ系移民によって広まった歴史があります。現代では、移民の影響とインターネットを通じて、他国の料理との接触が容易になり、食文化の変化が進んでいます。

ラジオの紹介とハンバーグステーキの始まり
食べ物の世界を探求する食べ物ラジオの掛茶料理むとう、むとうたくろーです。
むとうたろうです。
このラジオは、少し変わった経歴の料理人兄弟が、食べ物の知られざる世界を、ちょっと変わった視点から学んでいくラジオ番組です。
9月の21日。
9月の21日、はい。
日曜日。
うん。
東京の大観山にある蔦谷書店。
ありますね、蔦谷書店。
はい。あそこでベースフードという完全栄養食を展開しているところの会社さんの代表である橋本さんとトークイベントをします。
ふーん。
ふーんて。
そうなんだ。
知ってるよね。
はい。
大観山の夏祭りみたいなイベントがあるらしくて、その中の一つのステージとしてベースフードさんが出展されて、その中でトークイベントということで、21日の11時から約1時間半離します。
1時間半ね。
はい。
だからちゃんとトークイベントとだけとして呼ばれるのって初めてかもね。
ああそうかもですね。しかも尺長いですね。
尺長いね。
はい。珍しい。
珍しいよね。
うん。
お近くの方はお越しいただければと思います。
はーい。
参加費は無料だそうなので。
まあそうですね。
はい。
夏祭りですから。
まあそうね。
はい。
ぜひお越しください。
はい。
じゃあ本編いきますか。
フィラデルフィアの成長と独立戦争
はーい。
はい。ということで前回からの続きです。で今回は。
全国に広がるハンバーグステーキ。
全国に広がるハンバーグステーキ。
はい。全国ってあれですよ。
はい。
日本じゃないですよ。
あ、違うんだ。
いや違うんだって。そりゃそうでしょうよ。
これまでずっとアメリカの話をしとんね。
ああアメリカだね。確かに。
前回ね、ハンブルクドイツの辺りの話しましたけど。
じゃあ今回ドイツの話ではない。
ドイツの話ではなくアメリカの話です。
アメリカね。
はい。ちょっと長くなってきたので前回のところまでを軽くざっとおさらいしておきましょうかね。
はい。
大まかにハンバーガーではなくアメリカの初期の段階で
いろんな地域にエスニックフードそれぞれの郷土料理的なものが出てきましたよと。
はい。
そういう話ですね。
はい。
でその中の一つである東海岸チューブ。
東海岸チューブ。
ニューヨークとかペンシルバニア州とかその辺りの食文化について少し深めに掘り下げてお話をしているという状態ですね。
はい。
でその東海岸チューブ地区のエスニック料理としてハンバーグが出てくるんですけど
そのルーツはドイツ北部のハンブルク。
ハンブルク。
この地域で発祥したフリカデレという料理。
はい。
ドイツについて前回実はモンゴルの影響があったんだよとか
ホルシュタイン州の中にあるハンブルクという街だから
もう近隣がねラクノウというか牛を飼っているのが当たり前の環境だったから馬じゃなくて牛になっていったんだよとか
あとは生肉からタルタルステーキから焼いて食べるとそういった文化が出てきましたよという話をしてきました。
はい。
これがついにハンブルクアメリカ有線会社などの交通機関が発達したことによって
移民が大量にハンブルクからニューヨークへ移動することになったので
その人の移動とともに食文化も流入してくるとそういったことをお話ししてきましたね。
はい。
なんかもう前回だとモンゴルのタルタルとユッケの話がインパクト強すぎてほとんどそっちしか覚えてない。
そうなの?
いやハンブルクの話なんでフリカデレを覚えてくださいね。
ちょっとそっちのほうが薄いのよね。
いや今回ハンバーガーだから。
ハンバーガーだから。
だってお尻の下だよ肉。
そうね。
お尻の下に肉引いてミンチにするってすごいことじゃない?
そうねこれ何でだろうなと思って調べようとは思ったんですけどあまりにも記録がなさすぎて無理でした。
遊牧民の記録ってなさそうだよね。
そうなんですよねあんまり深い記録というか当時の記録の明確なものってあんまりないらしくて
もちろん考察されている遊牧民、遊牧騎馬民族などの文化について研究した論文とか書籍ってのあるんですけれども
いまいちこのタルタルステーキについてはよくわからないという感じでしたね。
そうなんだ。
3冊ぐらい本あるんですけど途中で読むの諦めました。
そうなんだ。
多いよ3冊は。
3冊か。
厚さも今想像できてないからね。
270ページかける3冊はちょっとしんどいのでやめました。
薄くはなかったんで。
薄くはないですね。
普通のサイズですね。
ともあれアメリカ合衆国内の話をしましょう。
フィラデルフィアの街のお話ですね。
フィラデルフィア。
フィラデルフィアについては少し前にお話をしましたね。
覚えてますか。
あんまり。
クエーカー教本人たちはフレンズ会と言ってますけども
一般的にクエーカー教と呼ばれる宗教集団が入職しましたと。
ウィリアム・ペンという人がそこに植民地を作りました。
しかも借金の方にチャールズ2世というイギリス国王から
広大な土地を受け取るっていうね。
めっちゃ安く買ったやつか。
そうですね。
そこにどーんと作って
フレンズ会クエーカー教徒が大量入職したのが1682年です。
1682年。
これすごいのがここから100年も経たない間に
このフィラデルフィアという町がとっても大きく発展するんですよ。
100年で?
はい。100年かからないですね。
遅くとも1750年までには北米最大の都市になります。
これ以前の最大の都市っていうのはボストンなんですよ。
ボストン?
なんだっけ?
ハリーポッターじゃなくてさ
なんちゃらビースト
なんちゃらビースト?
えっと
ファンタスティックビースト?
そう、なんで出てこないんだ。
ファンタスティックビーストとかああいうので
イギリスの国王域があるところっていう
港町がいくつか登場する
ああいう時代感ですよね。
もうちょっと古い時代だと
やっぱり13植民地っていうのは
東海岸でも北の方に集中してますので
主にやっぱりボストンが一大都市になるんですね。
だから古い文化として今でも
ボストン大学とかがあるような
古い街並みが残っていて
で、古都みたいな扱いをされてるんですよ。
古都?
古い都ね。
で、フィラデルフィアがどんどん
新しく発展していくことによって
ボストンを抜いて
第一の都市になっていきます。
第一の都市?
はい、一番大きくなるんですね。
これなぜかと言いますと
フィラデルフィアっていうのは
もちろん大きな街づくり
大規模な街を建設するという計画があって
その通りに行われたっていうのも一つありますし
それによってベンジャミン・フランクリンとか
そういう人たちが生活の基盤を
人工的に作っていくんですね。
きちんと整えていく。
インフラ整備とかですよ。
一つはね、あと交通の
交易の要所になっていったっても
すごく大きいんですね。
交通交易?
主に船ですね。
船ね。
一番港として栄えていたのは
ニューヨークの港だったりするんですけど
マンハッタン島とかね
あの辺りなんですけども
やっぱりフィラデルフィアっていうのは
デラウェア川の河口にあるので
そこから内陸に物資を送ったり
逆に内陸のものを持ってきて
輸出したりと
そういったことでも発展していったというのが
要因としてあるそうです。
ついに
イギリス県内っていうのかな
イギリス文化圏
大英帝国的なね
あの中ではフィラデルフィアは
ロンドンに次ぐ第二の都市になると
そのぐらい発展したそうです。
そうなんだ。
この
二十数年後
ついにボストン茶会事件が
起きましてですね。 ティーパーティー。
覚えてますね。これは覚えてますね。
まあちょっと衝撃的すぎるからね。
ボストン湾が
しょっぱい紅茶になるという
あの事件ですよ。
つまりはこの後アメリカ
独立戦争が勃発をします。
独立戦争?
この時にやっぱり中心になったのは
当時の首都である
ニューヨークだったりボストンだったりが
中心になっていくわけですね。
首都だってまだ独立じゃないので
首都とは呼ばないんですけれども。
1776年
7月4日
7月4日
有名な独立宣言が行われた日ですね。
アメリカの?
アメリカ独立宣言7月4日
今でも7月4日はインディペンデンスデイ
ということでお祝いされてますよね。
英語のやつね。
あれはエイリアンからの独立で
引っ掛けてるだけで
インディペンデンス自体が
独立という
ディペンドから離れていく
そういう意味ですね。
というのが
1776年
独立戦争の
スタートが1775年
1775年
76年に独立宣言をして
戦争が終わって独立を勝ち取ったのが
1783年
なんです。
完全勝利するよりもはるか前に
とっくに独立宣言をしてしまうんですね。
そういうことね。
実は独立戦争はいろんな国々
世界中で
あったわけですけれども
基本的に独立宣言というのは
戦争に勝ったから宣言するものではなくて
独立宣言をしたことによって
戦争が起こるという方が
基本なんですよ。
独立宣言が先?
勝手に独立宣言するから
総主国が
何言ってるの?ってなるわけじゃないですか。
そこから武力衝突が起こるわけですよね。
そのドタバタの中で
当時首都機能的な
ことをやったのが
ニューヨークであったり
フィラデルフィアであったりといったような
状態になっていました。
ここで大陸会議と呼ばれる
会議が行われたりして
各州の
有力者
州知事に当たるような人だったりとか
後に建国の
父と呼ばれる人たちですね
50人ぐらいの大義士が集まって
会議をしたりとか
そういったことが行われていました。
その場所がフィラデルフィアなんですよ。
独立宣言も
フィラデルフィアで行われていますので
アメリカという
国の文化
精神的象徴としてフィラデルフィアというのは
非常に重要な場所なんですね。
アメリカの国家形成と文化
独立宣言が終わった
ここからアメリカという
国家をですね
合衆国という国家の形を
整えていかなければならないと
できたと言っても
大体革命が起きた後というのは
何のインフラもできてないし
何の仕組みも整ってない
という状態に近いわけですよ。
じゃあ作りましょう。
明治維新の
初期明治政府も同じことやってますよね。
国がバラバラですからもともと
これを日本という
統一国家にまとめるために
いろんな法律を作ったり
憲法も作って議会制度を
作ってとかそういったことを
やらなきゃいけない。これはアメリカでも
同じです。
時代的には明治維新よりもアメリカの方が早いけどね。
そんなことが
起きましたと。
この整備をしていく中で
僕は非常に面白いなと思った
ことがあるんです。
面白いこと。
1795年
アメリカのアイデンティティ形成
独立宣言から
20年後のことです。
ちょうど整備をしている途中ですね。
アメリカ合衆国という国は
皆さん分かっていると思いますけれども
伝統的に
昔からある国というか
文化集団あるわけではないですし
その国で
どんな言葉が喋られてどんな文化があって
それを引き継ぐみたいなことができない
わけですよ。
人工的に新しく作る国なので。
あーそういうことか。
移民国家が出来上がる。
移民がたくさん集まってきて
俺たちはアメリカ人
って名乗り始めるわけですよ。
生まれは
今のドイツであったりとか
今のイタリアであったりとかイギリスだったり
お父さんは
南米ですとか
いろんな人たちがいるわけですよね。
その人たちがアメリカ人
という新しいアイデンティティを
確保する。この中で
二カ国語論争というのが
起きるんですよ。
二カ国語論争。
これは何をしているかというと
国家の公用語を
何にしましょうかというので
議論をされるんですね。
日本は長らく
ずっと国境が
揺るぎにくい環境にいますからね。
島国ですから。
ずっと
今と少し形変わってきて
はいますけど、やっぱり日本語
というものをベースにしているからそんなに
悩まなくていいわけですよ。
せいぜい標準語を定めましたという程度ですね。
確かに。
だから中国大陸とか見ても
そうですが、大陸で
異民族が混ざっているところというのは
これを公用語にしますと
きちんと政府が指導しないと
コミュニケーションが取れない。
だいたい政府の発表が
何言っているかわからないとかね。
そういうことかね。
新聞が読めないとかね。
もう困るじゃないですか。
実際インドはそれで大変なことになってますよね。
インドはかなり
言語が分かれているらしい。
基本だいたい2000
くらいあるって言われてますし
公用語はもちろん英語とヒンズ語
ってことになってますけど
あれはバチンと決めてあげないとね
難しいわけじゃないですか。
国内で言葉通じないのは大変だよね。
そうなんですね。
そこでアメリカはどうしましょうということで
主に
ニューイングランド植民地を
ベースにしてできた国ですから
当然イギリス語を喋っている人も
かなり多いわけですね。
だから英語にしようか
ってなったんだけど
この二カ国語論争っていうのは
英語だけを公用語にするのか
英語とドイツ語の
二つを公用語にするのかで
論争が始まるんですよ。
ドイツ語も候補にあったの?
あったんです。
つまり何が痛いかっていうと
ドイツ語話者が
ものすごいたくさんいたってことなんですよ。
確かに。
全部で割合が100%
とかいう計算ではないですけど
例えば英語話者6人に対して
ドイツ語話者4人いるとかね。
なるとドイツ語を話す人たちは
多いからドイツ語も公用語に
したほうがいいんじゃないっていうことに
なりますよね。
これですごく
揉めてしまうんですけども
最終的に我々は
そもそもバラバラである。
だからこれから
一つにまとまらなければならない。
とにかく一つにまとまることを
しなければ
当時の西洋列強
西ヨーロッパ諸国とは渡り合っていけないよね。
団結が一番大事だよね。
って言ってる中で
言葉を二つに分けるのは
ナンセンスである。
っていう議長の一言で
強烈な演説があり
投票を行った結果
ギリギリ僅差で公用語を
英語のみにするということで決まったそうです。
僅差なんだね。
みたいですね。
結構世界変わってるよね。
そうですね。
二カ国語を使うということになるので
アメリカの公用語が
英語プラスドイツ語
みたいな形になってた可能性もある
ってことですね。
食文化の進化
そうするとですね
ハンバーガーという名前が
果たして
世界に広がったかどうか分かんないですよ。
だってハンバーグって英語発音
ですから。
ハンブルガーっていうの方が
ドイツ語的じゃないですか。
そうだね。
ドイツ語だったらハンブルガーと
言って広めないのかもしれないけど。
かもしれないですね。
別の意味合いを持たせたかもしれないですね。
あんまなんか
ジャパニーズみたいな料理をそのまま
広めるとは思えないもんね。
日本人自身がね。
どちらかというとフリカデレの名前が
広く使われるようになった可能性も
あるわけですね。
僕はこの辺を読んで
ちょっと面白いなと思いましたね。
なんとか英語を中心とした
僕は個人的には英語というよりは
アメリカ語だと思ってるんですけど。
だってブリティッシュと相当違うからね。
発音も
ところどころ単語違ってるし。
確かに
比較の動画とかあるよね。
YouTubeでちょろっと見て笑っちゃったら
どうでもいい話なんですけどね。
イギリス系の
現代の人がアメリカに
行ってマクドナルドか何か
ドライブスルーで注文してるんですよ。
そうすると
サンドウィッチとかって言うわけですよ。
フライドポテトのこと
フライドポテトって言いますからね。
イギリスでは。アメリカとフレンチフライとか
って言うじゃないですか。
その辺の注文をしてると
店員の
アメリカ人の学生さんとかなんでしょうけど
出てる方は
クスクス内側で笑っちゃって
お前はイギリス人か。
こいつ英語変だぜって
バカにしてるんですよ。
いやいやちょっと待てよって思いません?
もう確かに。
本拠はこっちのイギリスの方ですけど。
そうだよね。
国と国のプライドのぶつかり合い
みたいなのがYouTubeで見てとれて
面白かったですけどね。
英語の発音聞いてても
ブリティッシュイングリッシュ
ブリティッシュ英語
あんま聞き取れないんだよね。
そうですかね。慣れでしょうね。
僕も
その傾向は強いんですけど
日本の英語ってアメリカ英語が
中心で使われてますから
発音も英語とはいえ
アメリカっぽく
習いますからね。
ドイックでイギリス英語の
音声問題
苦戦した記憶がある。
そうだと思いますね。その辺はアメリカの国力の
強さが強く出てるんだろうな
という風には思いますけどね。
はい。
話をぐるっと戻しまして
フィラデルフィアの話ですね。
この二カ国語論争が
起きている頃というのは実は
フィラデルフィアはアメリカの首都です。
アメリカの首都。
アメリカの首都って
2回移動してるんですよ。
そうなの?
独立宣言は
フィラデルフィアで行われました。
独立した後に首都どこに
しましょうかって言ったら
当然ですけど当時の
外交であったり海外とのやり取りができる
外交がしやすいという意味で
ニューヨークになったそうなんですね。
それでニューヨーク?
マハンタットの辺りが中心地になるんだ
と思うんですけど
その後、移動しよう
新しく首都を
作ろうということで
ワシントンDCの建設が始まるんですよ。
特別都市として。
その建設期間中の
10年間フィラデルフィアが
首都になってます。
そうなんだ。
首都の先頭を考えると
ニューヨーク、フィラデルフィア、
ワシントンDCと
いう感じの流れですね。
で、首都が
DCに移った後
ニューヨークが最大都市
になっていきます。
フィラデルフィアが抜かれて第二位になるんですね。
移った後?
これ何でかわからないですけどやっぱり貿易しやすかったのが
大きかったと思います。僕は。
やっぱり
ニューヨーク、ニューヨーク、
有線会社みたいなのがあって
ニューヨークってのは
大西洋のメインゲートみたいな
ところがあるので
確かにそんな感じはするよね。
当時の経済っていうのは
貿易を中心に行われていましたので
西ヨーロッパ諸国と
やり取りもしやすくて
かつ金融害があった。
いわゆる今のウォール害ですね。
あれを持っていたニューヨークがどんどん
伸びていくということになります。
ここにドイツ系の人たち
イタリア系の人たち
東欧の今のウクライナやロシア系の人たちが
うわっと入ってくる。
その中にもともとすでに
金融のパワーを持っていた
ユダヤ系資本家と呼ばれる人たちですよね。
あの人たちもニューヨークに
ドンと入ってくると。
ということで1835年に
ニューヨークがついに
フェラデルフィアを抜いて
アメリカ最大の都市に成長すると。
いう感じなんですね。
こんな背景です。
つまり
エスニックフードが各地で
勃興したという中でも
東海岸中部地区っていうのは
都市文化なんですよ。
都市文化。
大都市の食文化って感じになります。
東に
集中してるからね。
南部の方はやっぱり農村が
ベースにありますので
農村で食べられる食事が
ベースにあります。
米球みたいな話になるんですよ。
モーストンの方は
本当にイギリスのコピー
みたいな感じですからね。
北部はね。
一番最初の植民エリアですから。
南部とか
南西部とか行くと今度はメキシコとかの
影響が入ってきます。
こっちも農業地帯っていう感じなんですよね。
庶民の食文化なんだけど
同じ庶民であっても
ニューヨークとかフィラデルフィアっていうのは
都市文化の影響
都市生活者の
食文化になります。
これピンときてますか?
なんとなく。
日本人にとって分かりやすいのは
これ歴史が分かる人には
ですけど、江戸だと思ってください。
江戸。
江戸幕府できますよね。
火事があったりなんかしても
建設ラッシュが起きますよね。
どんどん都市化していくじゃないですか。
そこで生まれた江戸独特の
郷土料理っていうのは
日本各地の郷土料理とはちょっと
毛色が違うわけですよ。
ファストフードみたいなやつも。
そう、職人のため。
肉体労働者は今でいう
ホワイトカラーの人のための食文化っていう形が
中心になりますね、どうしても。
ボテフリとかもそうだもんね。
農業者のためというよりは
ビジネスマンのための食文化
みたいな形になるわけです。
その土台が今お話した流れの中で
生まれてきましたよっていうことが
一つ。それともう一つは
そのベースになった
人たちはイギリス系の
人たちだけではなくかなり大量の
ドイツ語話者がいたということが
重要なんですね。
つまり、ものすごく
ドイツ系移民とエスニックフード
大きなドイツ人外がある
と思ってください。
人口の何割か
わかんないですけど3割とか
3割弱くらいかなが
ドイツ語話者なんですよ、当時。
すごいですよ。
東京に置き換えてみてください。
今何万人いるんですか、東京って。
東京って1000万人とかっていうね。
1400万人とかね、いますよね。
そのうちの仮に2割と
しましょうよ。
えげつない数ですよ。
確かに。
それがコミュニティを形成するわけです。
200万人とか
こうやってくると、もう静岡県
300万人だからもうまあまあ近いもんね。
まあそうですね。
そんな感じのが
例えば東京都の中で言ったら
新大久保にありますとか品川にあります
新宿にありますみたいな
パツパツパツパツあるわけですよ。
当然ですけど言語が通じる
っていうのはコミュニケーション取りやすいわけですから
お互いに文化交流があると。
ということで
ここでドイツ系の
エスニックフードというのが
人気になるわけですね。
ドイツ系のエスニックフード。
そのドイツ系のエスニックフード
これは
バーベキューが南部から入ってきました
みたいなもんで
ドイツから入ってきたものがそのまま
現地化されていくわけですよね。
フリカデレからハンバーグへの変遷
それがフリカデレなわけです。
フリカデレが来るんだ。
これは前回お話ありましたけども
ハンブルクを出港するときに
長ければ1、2ヶ月滞在している
とかね、そういったこともありますし
そもそもフリカデレと
ほとんど同じような
似たような料理というのが
当時の
北の方、北部ヨーロッパの
ハンブルクの周辺地域
ですね。
に似たような料理があるわけです。
例えばポーランドにもフリカデレっぽい料理が
あるんです。
地域近いからね。
ちょっと南の方に行ってもやっぱあるし
っていう感じなんですよね。
だからそこら辺の人たちが
全部アメリカに渡るときに
ハンブルク港に
集まるわけじゃないですか。
そこでフリカデレを食べて過ごすわけですよ。
安くて手軽で
美味しいから。
思い出の料理の
集積地みたいになってるわけです。
しかもですね
ハンブルクっていうのは
牛の名産地なんです。
ハンブルクは牛の名産地?
そうですね。ホルスタイン州
ハンブルクですから
なんて言うんだろうな
今で言うところの
ブランド牛みたいなイメージ?
もう神戸ビーフみたいな感じ
ですよ。
ハンブルクビーフが
それが
フリカデレという名前として
1回ニューヨーク辺りに
入ってきて
ニューヨークの
ドイツ人コミュニティの中で
食べられるようになっていく。
ドイツ系移民の間で
食べられるようになるんですね。
共同料理として。
日本人が
カリフォルニアに移住しました。
日本人外ができます。
リトル東京に
日本人が食べたいから
って言って定食屋さんができたりとか
ラーメン屋さんができたりとか
するわけじゃないですか。そんな感じで
広まっていくんですよ。
その時に面白いのが
名前が変わるんです。
名前が変わるの?
フリカデレではなくてハンブルクに変わっていくんです。
ここでハンブルクになるの?
そう。ハンブルクビーフに変わって
いくんですよ。
つまりですね、フリカデレって
伝えて
パッと分かるのはやっぱドイツ語圏の
人たちなんです。
ポーランドにしても
ロシアの方から北にしても
似たような言語圏じゃないですか。
東ヨーロッパ系のね。
その人たちにはフリカデレの方が
馴染みがあるんですけど
アメリカってそうじゃないので
ごちゃ混ぜ文化ですから。
だんだんと
名前が英語化していくんですよ。
英語化ね。
英語も英語化するんですけども
命名の仕方も
英国文化圏から
見たらこう見えるよっていう風に変わって
いくんですね。だから
フリカデレじゃなくてビーフステーキ
の方がピンとくるんです。
そういうことね。
もしかしたらこれ想像ですけど
ドイツ人コミュニティの中では
ずっとフリカデレだったかもしれない。
ですけど
そのうちにイギリス系の人や
フランス系の人たちもご飯食べに
来るようになるんですね。
僕も経験あるんですけど
リトル東京のラーメン屋さんとか
居酒屋さん、日系の居酒屋さん
のお客さんの
大半はやっぱり日本人なんですけど
その中に時々
やっぱ白人でも黒人でも
アメリカ生まれのアメリカ育ちの人たちが
食べに来るようになるんですよ。
で、わざわざ日本に行かなくても
自分の住んでる隣町に
ジャパニーズフードが
あるならば
旅行感覚もあって
楽しみとして食べに行くようになるじゃないですか。
これがやっぱハンブルク
名物のフリカデレを
食べたいってことでやってくるんですね。
そうするとハンブルクではなくて
英語圏の人たちに
分かりやすいように
ビーフステーキってことになるんですよ。
でもビーフステーキって
違いますよね。
骨つきでティーボーンステーキ
みたいのがあったりとか
今でいうサーロインステーキみたいのがあったりすると
そうすると
ミンチで作られたこれはなんだってことになるので
フリカデレではなくて
ハンブルク風の
ビーフステーキだよってことになってきます。
日本の料理もあれだよね。
アメリカ文化への統合
アメリカ行くと
ジャパニーズスタイルとか
ジャパニーズなんとかっていうもんね。
おっしゃる通りです。
これでだんだんと名前が変わっていって
ハンブルクを英語読みすると
ハンバーグになるので
ハンバーグビーフステーキ
間のビーフがストーンと抜けて
ハンバーグステーキ
という名前で徐々に売り出されるようになっていくと。
これは
このハンバーガーシリーズの
第1話で僕はお伝えしていますけど
参照として
もしよかったら
寿司のシリーズも聞いといてねって言いましたよね。
構造的によく似てるんですよ。
似ている。
名前の付け方がね。
お寿司が江戸前寿司みたいな
形になるわけじゃないですか。
握り寿司ではなく。
一緒なんですね。
江戸で起きた新しい寿司スタイル
っていうのが
大正から昭和にかけて全国に広がって
いきますよね。
江戸の郷土料理だった江戸前寿司が
全国に展開される
みたいな感じで
なった時に
どこもおかしくも江戸前寿司
という名前に変わったわけですよね。
みんな握り寿司って言ってないんですよ。
言ってないね。
江戸のあの食文化だよ
っていうブランド価値を
持って江戸前寿司っていう
名称になっていったように
あのビーフの名産地
ハンブルクの
ビーフステーキだよって言った方が
ブランド価値高そうですよね。
もともとある料理名を
使った方が分かりやすいもんね。
そうなんです。
実はこれ何でこんなことが
はっきり名言できてしまうかというと
ヨーロッパの各地には
やっぱり
ハンブルク風パティのレシピが
伝わっていってるんです。
フリカデレは
例えばイギリスでは
ハンブルク風パティとして
例えばチョップドビーフパティとか
ミンスドビーフパティとか
ミンスド?
ミンスっていうのは
後に日本で生って
ミンチになるんですけど
ミンスとビーフパティ
細切れのビーフパティってことですね。
あとビーフケーキとか
ソーセージミートケーキとか
っていうような名称で
レシピに書かれてます。
でもアメリカに来た時にビジネスですから
それは
ブランド力の方が高くて
キャッチーなハンバーグの方が
いいわけですよね。
ここが僕が言ってるノーソンで
発展した郷土料理と
都市型で発展した郷土料理の大きな
違いなんです。
自分たちが食べるために
自分たちが分かればいい
愛着のある名前だけではなくて
売れるキャッチーである
ブランド力があるってことが
やっぱり商業的に大事になってくるんですよね。
まあこの頃から
やってるんだね。
これはね他の食品でもやっぱり
同じで
海外のものがやってきていて
それを食べられるっていうのは
なんとなくこう
ちょっといい感じなんですよね。
いい感じ?
ネーミングとして。
まあまあ
外から来たっぽい感じの方がいいよね。
日本でも
キムチ食べてたりとか昔からやってますけど
ハンリューってついたら
ちょっといい感じに聞こえたりとかね。
まあまあね。
古く言ったら
東風のっていうのは辛ですよね。
中国風のっていう意味で
唐なんちゃらとか唐もろこしとか
唐辛子みたいなのをつけると
ちょっと人気が出るとか。
ような感じで
ドイツ風のなんだけど
ドイツ全体のというのではなくて
各都市のっていう感じになっていって
その一つが
ハンブルクビーフステーキだったり
ハンブルクソーセージ
フランクフルターソーセージ
ウィンナーソーセージ
っていう感じで広がっていく。
ソーセージの中でも
いろんな地名でいくんだ。
そうですね。
前にも言ったよね。
ちょっと気持ち悪いんだよね。
ウィンナーね。
ウィンナーってちょっとってなるじゃないですか。
確かにソーセージがないもんね。
江戸風としか言ってないようなもんだからね。
本体の寿司言ってないみたいなもんだから。
じゃあもうソーセージの中で
ウィンナーが一人勝ちだったな。
日本では特にそうですね。
そういうことね。
特にこれは
楽能の牛の名称でも
ちょっと言いましたけど
ホルシュタインフリーシアンっていう牛の品種を
略して
頭のホルシュタインしか言わなくなるみたいな。
日本人特有の
頭だけ取る癖があるんで。
頭だけ取る。
言語的にね。略すときに
苗字と
名前の頭文字的に
漢字を取るパターンもあります。
キムタク的な組み合わせもあれば
面倒くさいから苗字しか呼ばないみたいな
感じになるわけですよね。
そのパターンでウィンナーだけ取っちゃったら
よくわかんなくなっちゃったっていう。
ハンバーグステーキも
ステーキ消しちゃってハンバーグしか言わなくなっちゃった
みたいな。
どっちも都市名しか言ってないんだけどね。
都市名だね。
ここで言うハンブルクステーキ
っていうのは
ハンブルクのビーフステーキって
ハンブルク自体がビーフのステーキ
であるっていうことで
ビーフがハンブルクに入ったってこと?
うん。
ハンバーグステーキの起源
バグったななんか。
街が丸ごとビーフステーキになっちゃったな。
ハンブルク風のステーキっていうのは
そもそもビーフであるってことは
前提条件みたいな。
だからビーフってあえて言わなくても
わかるよねみたいな。
やっぱりね、当時の表記を見てると
ハンブルクステーキ
ハンバーグステーキか
ハンバーグステーキまで書いてあることが多いですよ。
そうなの?
なぜならばハンバーグソーセージがあるから。
ハンバーグソーセージがある。
そう、ハンブルク風のソーセージっていうものが
別に存在しているので。
その元。そっちが先だから。
なんなら
フリカデレよりも
ソーセージの方が上位扱いなんですよ。
え?
調味をして
蒸したりするわけじゃないですか。
それを手抜きで乾燥化したやつが
フリカデレだから。
だからさっきも
ヨーロッパ内のレシピでこんな名前があったよ
って言ったのがソーセージミートケーキ
っていう話をしたじゃないですか。
ソーセージミートケーキ。
ソーセージに使う牛肉を
ケーキ状に固めたものって意味ですね。
はい。
つまり先にソーセージありきなんですよ。
ああ、はいはいはい。
ミートケーキは後からできた
お茶食料理ぐらいの扱いなんですね。
ああ、そういうことね。
この辺も握り寿司っぽくないですか?
確かに。
押し寿司を省略して乾燥化した結果握るだけで
良しにしたみたいなね。
ハンバーグ自体がもはや
寿司の編成に近いところを持ってるんですよ。
だから
ミートケーキじゃなくて
今ミートパイってあるんだね普通に。
ニューヨークにおける広まり
うんうんうん。
ミートパイって
日本だとあまり言わないじゃん。
日本で
ミートを詰めたパイみたいな
感覚ないんだけどさ。
海外行くと割とミートパイって
日常的に食べるものっていう。
古くからありますからね。
どの国行ってもミートパイあるからさ。
本当に歴史が長いので
もう
まだ白いパンが普及する前から
パイは浄飾してますからね。
その中にいろんなものを突っ込む
っていうのは普通の話です。
やっぱパンから来てるのかな。
多分そういうことだと思いますね。
器に包んだみたいな。
その話すると本当にパンのシリーズが始まるので
全部割愛します。
割愛されるんだ。
そして語れるほど調べきれてないです。
だいぶ広いからね。
私は一冊軽く読んだだけなので
メモも取ってないですしね。
軽く軽くですね。
やらないと無理だってハンバーガーなんだから。
パティの他にも
いっぱい構成要素あるからね。
とにかくこれで
ハンバーグステーキが広まりましたよと
しかも高級レストランとかではなくて
ドイツ系の定食屋さん
みたいなところで
庶民的な料理として広がっていって
徐々に徐々に
他の民族の人たちが
来店するようになっていくと。
そのうちにですね
あまりにも人気が出るので
例えばニューヨーク市内
フィラデルフィア市内の
イギリス系のレストランでも
なんかハンバーガーステーキを出すようになるんですね。
どこって?
イギリス人のやってる
イギリス系レストランっていうのも当然
同じニューヨークの中や
フィラデルフィアの中にありますよね。当たり前ですけど。
その店は
本来ハンバーガーステーキ売ってないんですね。
イギリス系だから
そうです。だって和食店で
なんだろう
スパゲティとか
ピザとか置かないでしょ。普通
まあそうね。中華料理も置いてないね。
っていう感じなんです。
イギリスの人たち当時は
特にですけども
本格ステーキといえばサーロインとか
ウォーターハウスステーキが
当たり前なんでね。
ロンドンで流行ってた。それがもう
イギリス文化圏の中では
一番上の肉の食べ方なんで。
へえ
ウォーターハウスって聞いたことないな。
ないんですか。
検索してもらったら画像出てくるんで
ああこれねって感じだと思いますけどね。
これは産業革命時代に
ウォーターと呼ばれた
エールが飲まれてた
ああいう感じの時代ですよ。
エールハウスとか
ああいうところで提供されたりとか
もう少しハイブランドなレストランで
提供されている
僕らが知っている
ステーキってこういう
肉の塊だよねみたいなやつ。
そういうことね。
っていうのがガンって出てるのがこれが
ディナーのメインになりますとか。
そんな感じなんですね。
こういうものを出してる店で
ハンバーガーは
基本出さないんです。
まあまあそうか。
潰した肉だもんね。
そうなんです。当時のイギリス系レストランとか
イギリス系の人たちから
肉の食べ方を
ランク付けするとしたら
てっぺんにサーロインが来て
ポーターが来て
少し離れたところに
ソーセージ系が来て
だってミンチだからね。
それをさらに乾燥化した
貝にハンバーガーステーキがいるわけですよ。
高級店では
出さないんですね。
貝石料理屋でサンマの塩焼き定食
出しづらいじゃないですか。
出しづらいね。
出してなかったんですけど
ついにニューヨーク市内で
そのハンバーガーステーキを
ランチで提供し出す人たちが出てくる。
これはね
今でも
レストランそうですけど
ディナーメインでやって
それの余り食材をはけさすために
もしくは宣伝効果を狙って
休めにランチやるじゃないですか。
その位置づけにハンバーガーステーキが
出てくるんです。
そういうことね。
骨の周りにこびりついた肉ってさ
料理に出しづらいでしょ。
ああまあまあそうね。
だってステーキにならないもの。
ステーキにならないね。
僕らの世界でいくと
お刺身の手くずってやつですよ。
両サイドの端っことか
これどうしようってなるわけじゃないですか。
でまかないで食べるかなとか
出しを取るための
スープを入れるか
みたいな話になりますよね。
マグロのすき身とかね。
マグロのすき身をババババって叩いて
でなんか
加工すれば料理になるじゃないですか。
これ丼に乗せたらランチで安く売れますよね。
ああまあそうね。
コースの中に出すには
ちょっと微妙な感じがするけれども
ランチで
丼物として出すにはいいよね。
っていう感じで
東京や大阪やどこでもいいですけど
高級な寿司屋さんって
ランチにマグロの叩いたやつの
丼物とか売ってますよね。
ああ売ってるね。
不揃いな刺身がバーっと乗ってるやつとか。
ああはい。海鮮丼。
あんな感じ。
海鮮の漬け丼とかね。
今までは違うでしょうけどもともと
あれが出てきたのっていうのは
食材の端数の部分
端の部分をうまく活用して
料理にして安く提供して
励さすっていう
そういう見合いも強かったですからね。
確かに前の
今のなんか書いてるんであんまりなさそうだけど
軍艦ね
よくあったよね。
色んな魚で日ごとに
持ってる魚の漬けの
持ってる魚が違うみたいな。
あれ美味しかったのにね。
あれは本当にこのハンバーガーと同じ扱いで
端っこをうまく活用した料理ですよ。
レストランのオーナーも
その方が便利だし
で、ハンバーガーステーキ
割と巷で人気だし
これをランチに出しとけばいいんじゃないって言って
だんだんと
料理付けコミュニティの外にも
ハンバーガーステーキが広がっていく。
これはただもちろん全国区ではなくて
東海岸
ニューヨーク
ペンシルバニア州界隈の話ね。
まあまあ近いところから広がるよね。
そうあくまでもこれは
東海岸中部地域の
郷土料理としての
ハンバーガーステーキの広がり方なんですよ。
食文化の受容
これが
1876年
独立宣言からちょうど100年後に
爆発的に全国へ
広がっていくと。
100年かかったんだね。
そういう話ですね。
結局入ってきたのは
どのぐらいなの?
ドイツ系として入ってきたのは。
料理ですか?
移民とともに。
で、イギリス系とかは
いろいろなところまで使うようになって
認知されてたってことでね。
美味しいということは。
そうなんですね。
100年か。
これ食文化に限った話ではないと
思うんですけど、
移民を受け入れるってこういうことなんですよ。
つまりは
移民がやってきて、我々は
アメリカ人だから、イギリス系の
文化圏だからイギリスに従いなさい
ってことは、どんなに
法律に縛ってもやりようがないんですね。
それはルールは
その国の法律に従いなさい。
それは当然の話なんですけど、文化は
止まらないですから。
だから今の
ヨーロッパ諸国が移民問題で
大変なことになってますね。
その議論は今日本にも
ちょっとずつ入ってきて、いろんな
主張が出てますけども、
移民を受け入れるということは
文化を受け入れる覚悟をしなさいよ
ということと同義のように
聞こえます僕には。
これを見る限りは。
そういう感じですね。
それを食文化で見て、これは
日本の食文化が壊れると
捉えるのか、多様なものが
入ってきて、より豊かになったら
面白いなって捉えるのか、それぞれの
価値判断かなと思いますね。
確かに。
あれでもね、最近ブラジル料理とかさ、
よくその辺で食べれるようになってきたからさ。
特に
静岡県西部地区はそうですね。
もともと結構数が
結構の人数いたけど、
最近よく県庁に
増えたというか。
増えましたね。
そういう店が
その国の方がやってる
店が増えてきたりとかして。
でもやっぱ安い
料理から始まってるから
ちょっと気軽にいってみようかなみたいな。
やっぱりあれですよ。
ハンバーガーと一緒ですよ。
労働者向けになりますからね。
安いしやっぱり現地の人が
作ってるから全然日本の
味付けと全く違って面白いんだよね。
僕は大歓迎です。
嬉しい。
美味しいよね。
アメリカのハンバーグステーキの歴史
違う国の料理を食べるっていうのは。
いい人も多いし。
僕はそういうのも
歓迎する覚悟を
持って文化と
向き合おうと思ってますけど。
この辺は人それでも
価値観があるでしょうから、これ以上言ってもしょうがないですけど
そういうもんだよということですね。
歴史を見る限りはね。
ちょっと思ったのがさ、
この時代はなんか移民が
今僕らも周りで
移民が入り出して
っていう感覚で増えてるけど
結局インターネットというものが
できてまだわからないじゃない。
どうなるか。
情報がいろんな国からの
一般市民の
情報。
現地人の気軽な情報が
回って日本語でも
見れるようになったわけじゃん。
だからその文化の影響を
受けやすくはなってるかなと思ったり。
輸入しやすくなったじゃん。
情報がデータになったから。
飛行機も割と気軽にみんな
乗るからさ。
食材も流通も良くなったからさ。
ってなると移民として
受け入れなくても結局
いずれは
入ってくるもんなんだろうね。
個人の習慣
あまりぽっと消すというのはあれですけど
個人的にはこの流れは
止めようと思っても止まらないとは思ってます。
緩やかになることがあったり
速くなったりすることがあっても
止まらないと思ってて
食文化なんかは特に
顕著に現地化していくので
それはもう確実に進むでしょうね。
そうだよね。
新しいものってやっぱ
ちょっと試してみたくなるもんね。
割と
政治的思想がどうのこうのとかっていうのは大きいですよ。
実際に一緒に住んでる
人たちにとっては食べ物が美味しければ
それはそれで受け入れちゃいますから。
今たっか言ったように
インターネット上の文字情報
だけで判断をすると
ちょっと僕は片手落ちな気がしていて
実際その彼らが
彼らと会う
彼ら彼女らと会うこととか
彼らが作っているご飯を
一緒の環境で食べるとか
っていう体験の方をやっていくと
ある程度理解が
進みやすいんじゃないかな
っていう直感的な感覚ですけどね
そういう風に思ってます。
でも現地に行ってさ
なんか話し方に
それるけど
現地に行って食べた料理が美味しかったら
そのレシピ検索できちゃうじゃん
簡単に今。再現しようと思ったら
その同じよう
国の同じようなもの
調味料とかを普通に
輸入雑貨店とかで買えば
普通に手に入っちゃったりするから
そうすると
自分が一回食べた人だったら
割と高確率で再現できるんじゃないかな
っていう気がしてるんだよね。
今までそれのモチベーションが
薄かったのが
人が移民として入ってきたことによって
ボリューム増になって
あれを食べたいなっていうのを
自分で再現するのではなくて
あれを食べた場所の人が
そこにいて作ってくれるんだったら
食べたいみたいな感じの
流れがハンバーガーで起きてたんじゃないですかね
そういうことね
と思いますよ
ということで
次回全国区に広まっていくところの
お話をしたいと思っております
ということで
移民と食文化の変化
今回はこの辺で終わりたいと思います
ありがとうございました
直近のお知らせです
食べ物ラジオのロゴマークを
描いてくださっている
西村さんのアート展が
行われております
場所はJR
名古屋高島屋11階
美術画廊で
会期は9月17日から
23日まで
セラミックアート展 祈りの着物
広島の土とさまざまな陶芸技法で
現代語の
庭土偶を創作するという
コンセプトの立体アートです
古来より人々の祈りとともにあった
建築や
これは随住っていうものかな
ここ数年は
祈りの着物を
中心テーマにさまざまな動物
人を世に思いを馳せる
日々年度を積み上げています
静かに佇み世界を
見つめている動物たちは
心にそっと寄り添い
遠い物語を語りかけます
二度目の開催となる
JR名古屋高島屋での
古典会場にて
史上をくすぐるひとときを
お過ごしいただければ幸いです
ぜひともご覧いただきますよう
ご案内申し上げますというメッセージが
書かれております
これ見事ですね
あの
中国の絵に出てくる
青獣キリンであったりとかね
青獣キリンなんだ
あとこれ猫を模してますけどタイトルが
太鼓簿の日ということで
セラミックアートで猫が
座ってるんですけどもその背中に
なぜか船に乗った
ネズミが描かれてまして
そのネズミが釣りをしている
釣りと太鼓簿と言えば
釣りですからねそういったのだったり
真珠
龍ですね雲龍の像があったりとか
まあいろんなものが見られる
そうですこれは
僕今写真で見てますけれども
現地行った分
本物を見ると立体感があるんだけどね
また迫力が変わってくると思いますから
ぜひぜひお近くの方は
行っていただけると良いと思います
改めて開催期間は9月17日
水曜日から23日
火曜祝日までとなっております
最終日だけ
午後4時で閉場いたしますので
ご注意くださいとのことです
こんにちは
食べラジサポーターの岡田です
食べ物ラジオでは
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