はい、では前回からの続きです。今回はハンブルクのフリカデレの話します。
ハンブルクのフリカデレ。
ハンブルクという町の名物となったフリカデレという料理ですね。
ドイツね。
このフリカデレが後にハンバーガーステーキと呼ばれるようになっていきます。
ということで、港町ハンブルクってどんな町かなーっていうところからまずいきますね。
今回ハンブルクの紹介で終わるかな。
ハンブルクの紹介で終わる。
とりあえずハンブルク紹介していきますね。
ハンブルクって町はドイツで2番目に大きい大都市です。
ドイツで2番目。
現在ね。
EUでも6番目に大きい大都市ですね。
かつドイツ最大の工業都市だそうです。
そうなんだ。
結構大きいんだよね。
で、あのね、デンマークのある半島あるじゃん。
あのツケネッコあたり。
ツケネッコあたり。
西側のツケネッコあたりで少し内陸に入ってるんだけど、川が流れてて、エルベ川っていう川が流れてるんだけどね。
そのね、大きい川で上の方にこう川上に登っていくと支流がいっぱいあるじゃない。
その合流地点あたり。
だからいろんなところに川を伝って船で物を運べるような感じなんだよね。
最終的にここ港町として大きくなっていって、ドイツあたりのいろんな都市から物資が集まって、ここからエルベ川を下って、で海に出て貿易をするってそんな感じ。
ライバルはアムステルダム。
アムステルダム。
そういう感じの町なんですよ。
あとリューベックとかね。
ああいう後にハンザ同盟を結ぶような大きい商業都市になってきます。
まあその1号店になるのかなここはね。
集落としてすごい古くて、もう石器時代ぐらいから人が住んでますよ。
石器時代?
もうわからん。
石器時代はだいぶ前だね。
もう縄文時代とか言ってる場合じゃないからもっと前だからね。
そのぐらいから人が住んでます。
ゲルマン系の人たちですね。
元々はこの辺フランク族とか住んでたし、ここから少し北に行ったところはデンマークの半島のところだね。
そこにねアンゲルン半島っていうちっちゃい半島があるんだよ。
アンゲルン半島?
そこがねアングロ族の出身地。アングロサクソンって言うじゃん。
いるね。
イギリスの人たちのこと。
アングロ族とサクソン族が混結してアングロサクソンになってるんだけど、
そのアングロ族の出身地はこの辺りなんですよ。
ハンブルクから北にずっと行ったところね。
この隣あたりハンブルクっていうのは州で行くとホルスタイン州になります。
ホルスタイン州?
ホルスタインといえば?
ホルスタインといえば牛?
そうですよ。
今我々がホルスタインと呼んでる牛いますよね。
白黒ブチのやつ。
あれって正式名称ホルスタインフリーシャンって言うんですけど、
ホルスタイン州の牛がオランダのフリーシャンところに行って品種改良されたやつ。
ホルスタイン牛がフリーシャンにいてホルスタインフリーシャンって言われていて正式名称では。
日本人は略してホルスタインって呼んでるし、
ヨーロッパの特に北欧の人たちは略してフリーシャンと呼んでます。
正式名称はホルスタインフリーシャンね。
どっちも略したらダメなんですよ。
本当はね。だから最近はちゃんと正式名称ホルスタインフリーシャンで言いましょうねっていうのは国際的には言われてることだそうです。
そうなんだ。
ともかくホルスタイン州っていうのはハンブルクのある州ですよね。
というのはホルスタインの原種がいたあたりですねここは。
っていう感じです。
でちょっと簡単に街の歴史行きましょうかね。
9世紀くらいに都市が形成されますね。
それ始める。これねフランク王国の時代なんでローマ帝国の次くらい。
ローマ帝国の次。
ローマ帝国が東西で分離するじゃん。
で東ローマ帝国が崩壊してくるじゃん。
フランク王国っていうのがゲルマン系の国でできないでっかいのが。
でこのフランク王国が3つに分かれて今のフランスドイツイタリアになるみたいなね。
その大元になってるフランク王国の時にちょっとずつこのハンブルクあたりが都市形成をしていくわけですよ。
ちょうどね東側からやってくるスラブ系民族とかゲルマン系民族の防波堤みたいな感じね。
でそこからさらに時代は一気に下って12世紀1100年頃になってくるともう新生ローマ帝国時代になってるんだけど都市がだんだんと大きく発達してきます。
でここに新生ローマ帝国領だから今のドイツは全体あたりね。
のところからいろんな人が入植をしていきます。
植民地になっていくんだね。
で植民地じゃないなそこに人が入ってきて人口が増えてきますって感じかな。
でそこにやってきたのがホルスタイン伯アドルフ3世。
ホルスタイン伯。
そう伯爵だね。
ホルスタイン州を治める領主としてアドルフさんという人が新規で入ってきます。
この人が何で名前が出てるかっていうとこの人皇帝から特権をもらうんですよ。
スラブ系民族との戦いをいろいろやるための防波堤を築くんでそのための都市計画都市建設をしますと。
だからその代わりにバーターとして何かメリット頂戴ってなるわけじゃないですか。
でもらったのがエルベガワ下流域の関税なしで船舶を運航できる権利。
だからそれまでは関税をかけてたんですよね。通商税みたいなの取ってたんですけど。
このハンブルクから海に出るところは関税なしでどんどんどんどん自由に無料で船通していいよっていうことになったんですよ。
いろんなとこから物が集まってくるって買います私は関税かからずに税金払わずに貿易ができるで儲かりますっていう感じですよね。
これで港町としてのベースができました。
そこから100年も経たないうちに防衛機構としてむちゃくちゃでかくなります。
超一気にでかくなって人口も数十年で倍とか2倍3倍くらいのペースで増えていくんだよね。
これがどんどんどんどんでかくなってくると商業都市ってのはこれ面白くてさ、国王領主よりも権力持ち始めるんだよね。
お金貸してるのは誰よみたいな話になってくるじゃん。
誰がこの町守ってるのよ、誰がこの町の産業を支えてるんですか?領主様?ってなるじゃん。
そうするとだんだん商人集団とか貴族集団みたいな人が出てきて、当時は貴族も商売やってたりするから半分商人なんだけどさ、
そういう人たちが力を持ち始めてついに自治権くれって言い出すんだよ。
自治権。
国王に従う、領主に従うのではなくて、俺たちグループ作ります。
三次会っていうグループ作ります。その中から市長を選びます。なんかちょっと民主主制っぽくなってきたよね。
確かに。
三次会都市長っていうのを作って町の運営を始めるんですよ。
ここで一回君主、領主からの自由を勝ち取りますよね。
ちょうどこの時代あれですよ、アインベックビートが有名になったあの時代ですね。
ドイツ北部のビール醸造がすごく盛んだった頃、ハンブルクもゴタブーに漏れず大量のビールを生産してます。
これをオランダとかベルギーとかイギリスとかに輸出して利益をバンバン上げ始める時代ですね。
このくらいでどんどんどんどん大きくなっていく。そうすると結局金持ちが牛耳る社会ができるじゃないですか。
これは歴史がどこの時代でも陰を踏んで繰り返すことなんですけど、ある特定のゾーンが力を持ち始めると、
だいたいその次のレイヤーの人たちが俺たちもって言い出すんですよね。
これはね、手工業者、職人さんたち。
なんでお前らみたいなものを右から左に流してるだけの奴らが牛耳ってんだよ。
大半は俺たちが作ったもんじゃないかよ。俺たちの方が人数多いんだぞって言って、
手工業者が集まって集団作ります。
あのあたりのつんふとって言って、平田くんと手工業ギルドですよね。
これを形成してこの中の代表者が三次会に入っていくようになる。
もうついにね、町の市民の大半が行政に携わるような、政治に携わるようなことになっていくんで、
ますます独立感が強くなっていくわけですよ。
なおかつこの時代っていうのはね、海賊がぼっこしてる時代なんですよね。
その話もあったね。
もう北海、バルト海、海賊がばっこしていて大変なんですよ。
なんならデンマークとかスウェーデンとかあっちの方からリューベックみたいな、
いろんな海賊集団が動いてますからね。ノルウェーノとかね。
だからその人たちからも守らなきゃいけないので、自分たちも自衛するんですよ。
海賊の対抗拠点として自分たちも戦闘しながらビジネスをするみたいな感じになって、どんどん強くなっていくんですね。
ついにもう完全なる独立都市化していくんです。
で、1241年、これは記念すべきところなんですけど、ハンブルクはリューベックと防衛同盟を組みます。
防衛同盟。
もともと、前回の話でも出てきましたけど、戦争をするのは国王領主の仕事じゃないですか。
その度に基本的には部下もいるけど傭兵を雇ってきて、それで戦うってことをするんですけど、
もうそんなのいりません。だってうち国王いませんから。私たちのことは私たちがしますから。
って言っても一都市ですからね。厳しいじゃないですか。州じゃない。
なので、同じことをやってる人と仲間になる。
そういうことね。
リューベックっていうのは、デンマークのあるでっかい半島の反対側の付け根っこ。東側の付け根っこなんですよ。
西側と東側の付け根っこをハンブルクとリューベックで抑えるって話だね。
そうなのよ。
これが後に拡大していって、ブレーベンとかいろんなところと同盟を組んでいくんですよ。アインベックとかも入ってきますよ。
いろんなところが同盟を組んで、これが後にハンザ同盟になっていくんですね。
ハンザ同盟。
昔ビールのシリーズの時に出てきましたね。
ドイツ、北部とかポーランドとかバルト3国のあたりのいくつかの都市、有力な都市が都市国家化していって、それぞれが同盟を組む。
商業としても同盟を組むし、防衛、軍事力としても同盟を組む。これをハンザ同盟と言います。
これの大元になるのはこの辺から始まってるんですね。
へえ。
この頃になるとハンブルクというのは、北欧最大の最も重要な荷物の積み替えをする場所になっていきます。
最初言いましたけど、ライバルはアムステルダムってこういうことなんですよ。
ああ、そういうことなんだ。
どうしても名前がアムステルダムの方が有名になっちゃうのは、オランダの、オランダってそんなに大きくないので、ドイツに比べるとね。
だから有名な都市って言ったらアムステルダムとかフロー人間とかそんな感じぐらいしか出てこないじゃないですか。
ドイツは他にもフランクフルトとかいっぱいあるんで、ベルリンとかブレーメンとか。
なんでちょっと埋もれがちなんですけど、ハンブルクってすごい街なんですよ。
この時点で、1200年代で。
1200年代か。
このタイミングでね、実はなんでリューベックと同盟を組んだかというとですね。
この都市にモンゴルが攻めてきてるのよ。
モンゴルが攻めてきてる?
モンゴルってどこだかわかりますか?
ということで、モンゴルの話に舞台を移しましょう。
モンゴル。
なんでここに急激にモンゴルが出てきたかというとですね、モンゴルがひき肉の文化を持ってくるからなんですよ。
ひき肉の文化を持ってくる。
はい。もともとステーキというのは塊で食べるものなんですよ。
もしくは丸ごと焼いてスライスして食べるものなんですよ。肉っていうのはね。
ミンチ肉って概念があんまり定着してなかった。
ないわけじゃないかもしれないけど基本的にやってない。
むしろモンゴルではミンチ肉が当たり前。
そういう文化があるので、それがやってきたことがすごく大きいんですね。
これミルクのシリーズちょっと思い出してほしいんですけど、モンゴルのミルク文化やりましたよね。
彼らの食文化は赤い食べ物と白い食べ物でできている。
ああやったね。
やりましたよね。基本的にはミルクを元にした乳製品か肉です。
で、ちょこっと穀物食べます。奪ってきたり買ったりします。
まあ遊牧だからね。
でほとんど野菜とか果物はほぼ食べません。そういう生活をしています。
だから彼らは肉食をしているんですよ。
で、遊牧民だから羊飼ってたり、特に北のほうは牛もあるかな少し。
あと馬乗ってるんで馬がいますよね。馬乗ってるのに馬食べるんだから。
食べるの?
食べるぞ。そりゃ年老いてきたら食料になっちゃうでしょ。
まあまあそれはそうか。
走れないもん。という感じで馬も食べます。羊も食べます。牛も食べますっていう食文化圏なんですね。
この人たちがなぜかこんな遠くまで来るんだよね。すごいよね。
なぜ?
1206年モンゴル帝国が建国されます。初代後手は誰ですか?
チンイズハン。
おおさすがそこは分かるね。
クラしか知らん。
二代目が?
二代目は知らない。
二代目じゃないよね。オゴタイって言うんだけどさ。
オゴタイ。
オゴタイっていう人がいてこの人がトップになるわけですよ。
この人はわりと周りの空気読めてみんなのバランサーみたいな人なんだけどさ。
この人の背下でお兄ちゃんの息子のバトゥーっていう人が将軍でいるんですよ。
バトゥーのお父さんジョチューだったかな。確かジョチの息子にバトゥーっていう将軍がいるんですよ。
とにかくチンギスの息子たち全員強いんだよ。嘘でしょっていうくらい強いからみんな。
そうなんだ。
この人たちがあっちこっちに遠征に行くわけですね。
っていうのはもう何でだろうね。原因はあるんだけど。
オゴタイからするとこのバトゥーっていう将軍は周りからあまり認められてなくてさ。
お父さんがあんまり認められてなくて喧嘩してチンギスよりも先に死んじゃったりなんかしてて。
バトゥーってあんまり立場がない人だったんだよね。お役子なんだけど。
みんなからバトゥーなんかダメだよあいつはって言われてたんだけど。
オゴタイって割とその辺ちょっと空気読むというかそういうタイプの人なので。
一回チャンスやるよ。何もなしでお前迫害されてるのかわいそうだから。一回チャンスやるよ。
失敗するか成功するかはそれはお前次第だから。一回チャンスやるから行っといでって言って。
わかりました。行ってきますって言って西に向かって領土を拡大に行くんだよね。
1230年代後半ぐらいにパーっと急に行き始めてあっという間にキエフ大公国を征服するんだよね。
キエフってあれだよ。ウクライナの首都のキーフだよ。
あそこらへんキエフ大公国って当時ロシアよりもでかいからね。
それをペシャンって。わずか1人でペシャンってやっちゃうんだよ。
すごくない?ウクライナだよ。
モンゴルからずっとワシスロード、ワシサバンナロードかな。
シルクロードの砂漠とかを突っ切ってウクライナを壊滅させてその勢いでポーランド行くんだよね。
遠いな。
当然だけど間のモスクワもクシャっとされてるけどね。
そういうことだよね。
モスクワクシャってポーランドもウワーって行くんだよ。
そこでポーランドがやばいから、ポーランドと今のドイツって同じ民族じゃない。
だから当時そんな国もはっきり分かれてるわけじゃないからさ。
連合軍みたいなのを作って戦うわけ。
それが有名な1241年ワールシュタットの戦いって言うんだけど。
ワールシュタット。
これすごいよワールシュタットって。
そうなの?
もうね、絵画にも残ってるけど、もう死体の山だから。
ワールシュタットの戦いって普通なんとかの戦いって言ったら町の名前かなんかつくじゃない。
町の名前はリーグニッツだからね。
一応台本の地図にちょろっとポーランドの下の方に書いてあるけど、リーグニッツって町なのよ。
リーグニッツの戦いとも言われるけど、通称ワールシュタットって言われてて、
ワールシュタットって死体の町って意味だからね。
そんな意味なの?
そのぐらい大虐殺されるぐらいヨーロッパ系はボーボーにされるわけよ。
で、このまま行くとバトゥー将軍もっと行くんだよ。
普通に彼のパワーだったら、だって物資持たなくていいんだよモンゴル人って。
兵短がいらないの、現地調達だから。
もともとはね。
何なら家畜も連れて走ってるし、馬潰したら食えんだから。
で略奪しちゃいいわけでしょ、そういう人たちだから。
行けばいいんだけど、なんとこのタイミングで皇帝のおごたえがなくなってしまうんだよね。
ほう。
指示出した人がいなくなっちゃうんだよ。
そういうこと?
うっと、あれ俺行くの?行かない?行くの?行かない?行くの?行かないか。
止まる?
とりあえず止まろう。とりあえず止まろう。行くかどうかの判断できない。一回止まろう。
で止まっちゃったんだよね。
へー、そんな理由なんだ。
で帰んないんだよね。
帰らない?
だって帰ったらせっかく広げた領土がまた押し返されちゃうじゃん。
あーまあ確かに。
だからそこ守んなきゃいけないからとりあえずいるんだよね。でそのまんまいるんだよ。
へ?
そのまんまそこにいるの。
そうなの?
そこで国作るの。
ほう。
キブチャクハンコクっていう国作るの。
キブチャクハンコク?
うん。
モンゴル帝国っていくつかの国が中にあってさ、キブチャクハンコクとか、あとはイルハンコクとか、あとはチャガタイハンコク?
うん。
あとは元だよね。
はい。
これ全部合わせてモンゴル帝国なんだけど。
あーそうなの?
このバトゥーっていう人はポーランド、今のロシア平原だね。ここを中心にしてキブチャクハンコクっていう国を作っちゃうんだよ。
うんうん。
でね、ここに居座るもんだからそこにモンゴル系の植文化が定着していくってことになるわけ。
うん。
これあれだよ、タタールの首切ってやつね。
へー。
タタールはモンゴル系の遊牧民族、騎馬集団のことをヨーロッパ人が呼んでるんだけどさ。
うん。
ギリシャ神話のタルタロスっていう、地獄のモンバーいるじゃん。あれみたいに怖いからタタールって呼んでんだけどさ。
うん。
このキブチャクハンコクの支配体制が、自分たちがトップにいて税金取るときに、モスクワ対抗国にやらせるんだよ。
ほう。
で、彼らが地元の人たちから徴税してくる。で、モスクワ対抗国の地の今のロシアの人たちは、徴税感やってるから当然嫌われるよねって話。
うんうんうん。
それがずーっと根強く残ってて、その例えばポーランドの南部の方とか、あとハンガリーの人とか、あとはベラルーシとかウクライナとかあの辺の人たちはずーっとロシア嫌いなんだ。
うーん。
なんでか。ずーっと歴史上代々嫌いなんだよ、この時から。
この頃からずっと嫌いなんだ。
へえー。
で、本当に特にウクライナなんかわかりやすく、ずーっとこの後戦い続けるからね。
はいはい。
いう話の元になってるやつね。で、ここに持ち込まれたモンゴルの食文化っていうのが肉食なんだけど、彼らは戦争で遠征するときって馬食べるのさ。
名前もほとんど似てますよ。
っていう感じね。
ちなみに生肉のタルタルステーキ、西行ったらタルタルステーキなんだけど東にも拡大するんだよ。
東にも。
モングル帝国ってさ、コークリも倒すじゃん。朝鮮半島。
だから朝鮮半島にユッケがあるでしょ。
あれここのルーツですよ。
でも中国にはあんまり効かないでしょ。
なんでかっていうと元が滅びた後に民が出てくるんだけど、官民族の国が出てくるんだけどね。
あの時にあんまりにも元が嫌いすぎて、元っぽい文化のものをとにかく意識的に排除してったの。やめてったの。
だから結構消されててあんま残ってない。
そういう理由で?
だけどそれ以外の地域は残ってるっていう感じですね。
そうなんだ。
まさかの東のユッケ、西のハンブルグみたいな。
まさかハンバーグとユッケが一緒っていうのはわからなかったね。
大元肉とルーツはそういうことらしいですよ。
一応これ諸説ありだけど、今んとここのモンゴル民地肉説が最有力です。
まあ確かにね。
ヨーロッパの一部の人たちで違うって言い張ってる人いますけどね。
そうなんだ。
でも僕はねどっちもどっちだなと思ってて、いや確かに違うかもしれないけど、
あなたモンゴル軍に攻められた歴史を認めたくないんでしょっていうのも一体あると思う。
まあまあ確かに。
今でもだってロシアの人たちさ、かつてモンゴルにやられたっていうのを根に持ってるじゃん。
そうなの?
そうだよ。
今だって言ってるもんプーチンさん。
プーチンさんが言ってる。
たまに歴史を控えに出してそれ言ってたりするからね。
まじか。
そんなもんですよ歴史なんて。
長いな。
長いね。
これが話戻してハンブルクで名物になっていきます。
フリカデルがね。
そのためにはまずもう一回ハンブルクという街の発展に戻らなきゃいけませんね。
街の発展。
16世紀に証券取引所が設立したと言いましたけど、なんでそんな急激なる商業の爆発的な勃興があったかっていうその背景ですが、
人がたくさん集まってくるんですよ。
特に商売に長けた人たちが集まってきます。
その理由は戦争や改革やそういったものですね。
まず一つ目1529年ルターによる宗教改革が起きます。
プロテスタントがここで生まれるわけですね。
そんな中でルター派の中にカルバン派っていうのが出てきますね。
プロテスタントの一派でいわゆる北欧のビジネスの原動力になったって言われてるやつね。
予定説とかいうの。
細かいことはもうやめましょう。
その人たちが改革をしたことで逆にカトリックからの弾圧を受けることになるんですよね。
弾圧を受けるっていうのは当然ですけども、
ハプスブルク家が鬼のようなカトリックマンだからなんですよ。
ハプスブルク家。
カールもそうだし、フェリペもそうだし、もう絶対カトリックだみたいな人たちじゃないですか。
そうすると権力持ってる人とか強い人たちはいいんですよ。
領主とかね。
そうじゃない人たちはちょっとやってらんねえなって。
特に商人とかもやってらんねえってすぐなるわけですよね。
だから自由なとこ行こうって言って行った先がオランダとか自由都市ですいわゆる。
オランダもそうだけどそれ以外にもハンザ同盟に組み込まれていくような都市っていうのは
国王権力はねのけてますから比較的自由なんです。
だって商売が命だから。
宗教の違いなんかよりもとにかく商売なんで。
ウェルカムどうぞってことになりますよね。
そっから1618年、もう100年ぐらい経ってますけど
30年戦争っていうのが起きるんですよ。
30年戦争。
これはね当時の神聖ローマ帝国今のドイツあたりで
いろんな領国がありますね領宝が。
でその中でプロテスタント派閥とカトリック派閥で揉めるんですよ。
プロテスタント派がなんか反乱を起こしてカトリックが叩いて
じゃあプロテスタント側に味方がついて。
で気がついたらなんかフランスとかデンマークとか
なんかいろんな国巻き込んで国対国の戦いになっていくんで
でっかい戦いになるんですよね。
結果またプロテスタント特にカルバン派はいるところがなくなって
やっぱり自由都市に集まってくるんですよ。
これ2段階目ね。
でこの時に商人だけじゃなくて労働者もいっぱい集まっていくんだよね。
労働者。
いかに大都市とはいえですね
そんなでかい戦争を30年間もされたらですよ
街が荒れるじゃないですか。
荒れたら復興しなきゃいけないですよね。
江戸の大化の後には職人が集まるわけですよ。
同じ現象がここでも起きています。
商人と労働者が集まります。
そして3回目1685年フォンテーヌブローチョクレー
これは聞いたことない人の方が多いんじゃないかな
フォンテーヌブローチョクレー
そうこれはねフランスのナントのチョクレーの破棄っていう方が
歴史詳しい人は分かると思うんですけど
元々フランスではナントのチョクレーっていうのが出てて
チョクレーって王様の命令ね
でその時にはカトリックでもプロテスタントでも
もうその辺は差別しないでみんな平等にいきましょうよっていう命令が出てたんですよ元々
それをこの段階で破棄するんですよ
だからそのカルバン派の人たちは
いられなくなっちゃうね
急に迫害対象になっちゃう
だからやっぱり逃げたいので
北へ北へ逃げていってベルギーオランダを越えて
オランダドイツポーランドのあたりのいろんな都市に逃げていく
みたいな感じでさらに商人たちがまた集まっていくんですよね
でこの宗教的な対立カトリック対プロテスタントなんだけど
こういう対立が起きるとどさくさに紛れて被害を受けるのがユダヤ教徒なの絶対に
そうかユダヤ教徒大変だね
カトリックから見ても敵プロテスタントから見ても敵みたいな
お互いにキリスト教の中でお前はダメだお前はダメだったらあれよく見たら
お前もっとダメだろみたいな話になっちゃう
と居場所がなくなるんで彼らも集まっていくみたいな感じですね
そうすると何が起こるかハンブルク周辺に豊富な資金力のある人たちと
労働力がギュッと集まりますさあこれ何かに似てませんか構造的に
何かに似ている
江戸ができる時って全部こんな感じなんですよね
で商業がバンバンここから拡大していくでしょ
で港町でしょさらにでかくなっていくんだよね
まさになんだよそうすると大消費地になっていく
で食料が必要になるでどんどん名物みたいなものが出てきて
いろんな人が美味しいっていう何だろう人気が集約されるものが
ポツポツポツポツと出てくるわけじゃないですか
江戸で言えば握り寿司とかそばとか天ぷらとかうなぎとか
ああいったものですよ
だから庶民にとって労働者向けの食文化みたいなのも当然花開いていくわけですね
でその中で人気が特に高かったのが
比較的手頃な値段で食堂の定番料理となっていたフリカデレなんですね
ここでフリカデレだ
なぜこれでフリカデレが名物になっていくかはこれが一つなんですけど
もう一つはやっぱりホルスタインがいることなんですよ牛が
ここでホルスタイン
そうつまりこのタイミングにはすでにどのタイミングで買ったかわかんないですよ
もうこの頃にはすでに肉は馬や羊ではなくて牛に代わっている当たり前です
ホルスタインがいるんでそもそもヨーロッパでは馬乗るものなんで食べませんからあんまり
牛はその辺に濃厚で使われたりミルクのためにいっぱいいますからね
確かに
そしたら基本は牛と羊になっておいしいのは牛だねってことになって
なんならホルスタイン州なんで牛だねってどんどん牛肉になっていくわけですね
これがまずフリカデリが名物になっていく一つの流れです
でここに17世紀の後半1600年代の半分より後ろから1700年代くらいになってくると
どういうわけかこのオランダのアムステルダムっていうのがちょっと衰退していくわけですね
もうお国事情とかイギリスオランダ戦争みたいなのの影響ですよ落ちていくと
そうするとイギリスロンドンと北欧の取引の窓口がアムステルダムじゃなくて
お隣のブレーメンとかハンブルクに行くわけです
そうするとブレーメンよりもハンブルクの方が都市国家機能が強いので
商業都市のパワーが強いのでハンブルクに集約されていきます
結果としてイギリスと最も太いビジネスのパイプを持ってるのはハンブルクになっちゃうんですね
アムステルダムって途中で落ちてくるじゃないですか
これは佐藤の歴史でやったのかなっていうのは実はこのタイミングなんですよ
ロンドンが強くなってきますよニューヨークが強くなってきますよっていうところで
一方で北欧ではハンブルクも強くなってたんですね
ここで前回お話にあった船の貿易をやり始めるんですが
一個大きいのはこのハンブルクという都市がロンドンとつながっていたってことなんですよ
イギリスロンドンとの取引量がすごく増えてたってことなんです
それはアムステルダムとつながっていったビジネスのパイプがハンブルクに付け替えられたからなんですけどね
そうするとイギリスの技術や文化も当然行き来しますよね
これをルックにして例えばイギリス式の概要船
遠くまで行ける船の造船技術を入手したりだとか
これによってハンブルクの人たちはロンドン経由して自らニューヨークに行くようになるんですね
なぜかというとイギリスロンドンの人たちは新大陸ビジネスっていうのをやってましたよね
三角貿易だったりとか一対一の貿易とかもやってましたけど
それに目をつけるんですよ
この人たちも参戦するって言ってこれによってハンブルクからニューヨークまでの航路が開拓されていく
前回ちょっと話しましたけどハンブルクアメリカ有線会社というのが設立されて
3月革命とかウクライナの民族主義だとかシオンの賢者の議定書という陰謀書とかポグロムとかの影響があって
ドイツ系の人たち言い換えるとフリカデレを知っている人たちが行くんだ
でアメリカに渡航しますこの人たち渡航するときに全員じゃないけど結構多くの人たちがハンブルク港から出港するんですよね
でも当時の海運っていうのは何時何分に出ますとかっていうことはできないわけですよ
風が吹いたら出れない嵐が来たら出れない雪が降ったら無理って言って場合によっては1ヶ月待たされたりするわけ
そうするとハンブルクの街に住むしかないじゃん
そうするとそこそこハンブルクにも愛着なりなんなりを持つようになるわけですね
旅行先でも僕らそういうことありますよね短期留学とかでもそういう感覚を持ってるのが一つ
でももう一つは多くの人たちが地元でもフリカデレを食べていたっていうことですよ
フリカデレの中心地ハンブルクに自分は1ヶ月いました
自分の故郷にももっと田舎の故郷の味としてのフリカデレをあります
この人たちがニューヨークに行くんです
だからハンブルク風ステーキって言われた時にアイデンティティをそこに感じるんですよね
だからフリカデレはハンブルクが代表格になったっていう感じですかね
そういう流れなんだね
なんとなく繋がってきましたか
そしてこれが後にニューヨークを中心とした東海岸中部あたりでエスニック料理になる共同料理になっていって
そしてフィラデルフィア万博で一気に全国に普及する知られていく
ほんの数年間で全国各地アメリカの全国各地のレストランで食べられるようになっていくという感じなんですよ
ここまでがハンバーガーができる前の土台です何せハンバーグの話してますから
はいまだハンバーガーは出てこない
次回からハンバーガーが登場するところに向かっていきますよついに