日本料理の美学
たべものインテグラル。前回からの続きです。
どんどん入ってくるんじゃないかなという気がしています。
レシピの捉え方も変わりそうですよね。
強引に一つ付け加えるとすると、レシピっていう発想自体が、実に西洋的だなっていう感覚を僕は持ってるんですよね。
あんまり和食の、今というわけじゃなくて、歴史をさかのぼって見ていくと、基本的にメモで、アイディアブックでしかないんですよね。
すごく遊び心にあふれてて、それ本当においしいのかどうかわからないものまでたくさん載っていて、
それにインスピレーションを受けて、自分なりにアレンジして、何十種類もレシピが生まれちゃってるんですけど、その記録は残ってないみたいなね。
そういう感じだと思うんですよ。
で、それの根底に流れてるのはもちろん、大体の人が料理をした経験があるからレシピとして成立してるところがあるのと、
あとね、こういうのがいいよねっていうおいしさだけにとらわれない美学というか、何をいいとしてるかっていうのが共通理解がある気がするんですよ。
宗教みたいなものでも何でもいいんですけど、哲学でも。
例えば、自然の風景見てここ綺麗だよねっていう人もいれば、ただ雑然としてるだけじゃんって思う人もいるし、
絵でもアートでも何でもそういうのってあるじゃないですか。
で、わりと日本の、特に江戸以降の文化が普遍した後の話ですけど、なんとなく時間を切り取る感覚が良くて、
わびさびじゃないけど落ち葉が落ちてる風景もいいよね、桜が散ってる風景も満開の時より綺麗だったりするよねみたいな理解があって、
その美学の上に全部料理みたいなものが発露として出てきてるんだと思うんですよね。
僕は生成AI系のレシピを作る人と立ち話をしたときに、
武藤さんだったらどんなプロンプと考えますか、どんなデータ読み込ませますか、やっぱり歴史の昔のレシピブックですかっていうから、
僕が一番最初に言ったのは古今和歌集入れますねって言ったんですよ。
確実に古今和歌集とか、食戦シリーズ全部入れたいなと思いますね。
和歌とかに流れる日本料理の精神世界の根幹ね。
これを読み込ませた上で調理技術を得たら何が出てくるのかっていうのを、
僕らは実は知らないうちにやってるはずなんですよ。
特に和食で料理をやってる僕らよりもはるかに上のレベルの方々多分やってると思うんですよね。
生成AIの可能性
なんとなく。そういうのをAIに読み込ませたらどんな答えが出てくるのかなとか。
それはヨーロッパ社会でもそうだしアメリカ社会でも同じことなんで、
文化をしっかり読み込ませてちゃんと理解して返してくれるっていうのは、
今は感覚ベースでしかも専門職の人だけがやってることなんだけど、
AIに読み込ませたらそれぞれの地域に合わせてうまく出してくれるとかね。
そういうのがあると面白いですね。
せいせいAIっていうとなんかすごいこう漠然としがちだけど、
結局前の回かどっかの回でも言ったけど、
カセーフさんっていう捉え方をした方が分かりやすいよなっていうのはこの間も編集してて思って。
カセーフさんのレシピってなんだっていう話で、
勝手にやってくれてる人がいるっていう人間の代わりではあるので、
結局その人物がどういう思考、僕らのその使う側の思考を理解して好みを理解して、
こういう傾向を持つのかとかどういう文化を持っているのかによってだいぶ変わるんですけど、
今のそのレシピの開発とかそのせいせいAIを使うって話になってくると、
世界全体の話をしちゃってるので、
なんかふわっとしてなんとなくこう気持ち悪いなと思ったのはそこかなっていう、
その人として捉えてないので考え方は。
でもさっき兄ちゃんが言った結局レシピってそもそもメモだったっていうのを考えると、
結局その人の趣味思考が反映されたものがそのレシピというメモだったはずなので、
偏りがある何かを作らなければならないなっていうのは一つ思う。
だってさ、人間って偏ったものの方が楽しくない?見てて。
そうだね。統一感がないっていうのは気持ち悪いんだよね。
結局僕ら日本料理をやっています。
フランス料理のレシピがありますとかイタリアのレシピがありますとかあるけど、
家庭料理のレシピって結局漠然としすぎてて。
何を軸に考えたらいいかわかんないから、結局いろんなものできちゃうよねっていう。
日本にあるもので作ろうと思ってるけど、それは一体何が出来上がるんだっていう話になっちゃうからさ。
その辺はこういう人物っていうのがそのうちできるのかな、レシピを提案するAI側に。
せっかくなんだよね。
禁止通貨とは違う方向、多様性を担保していくような方向に広がっていくといいなと思いますよね。
レシピの進化
結局は時短レシピ研究家のAI版とか普通にできるんだろうね。
確かにな。
それはそれであっていいし、そうじゃない場合もいっぱいあっていいっていう感じかな。
私一番最初にこのレシピの進化で最初は本だったものがインターネットってデジタルっていうところでテキストとして共有されて、
次に動画になったって言いましたよね。
動画になった後、家電がネットにつながってその家電に直接レシピを送るっていう話になった時に、レシピって5行のものが500行ぐらいのプログラミングのコードになったっていう話を聞いていて。
確かにそうか。
そうそう、その電子レンジがどのタイミングで何度まで上げようかとか何度に下げようかみたいなことをやるって全部ある種プログラミングのコードとしてあるわけで、
そうすると普通の5行の文章が500行とかっていう風プログラミングの言語になったっていう風に聞いてたんですよね。
で、それは一般の人にはとても読めないレシピだけども、機械は読めると、それを。
確かに。
で、その次AIが来ましたっていう話をしたんですが、今太郎さんが古今和歌集を読み込ませたいみたいな話を聞いた時に、
なんかもうそれってプロセスの話じゃないですもんね。
はい。
手順の話ではなくて、そもそもの考え方というか、さっきも太郎さんも軸は何にしたらいいかわかんないっていうか、この軸がめちゃくちゃいっぱい実はあるんだっていうことに今気づいた。
だからその文化というか、何を大事にして今料理しようとしているのかっていうところが、賞味期限、ロスを減らしたいっていうことかもしれないし、ちゃんと歴史に沿ったものっていうことかもしれないし。
そうですね。人によって軸が違いますもんね。何を重きを置くかって。
そうそうそうそう。
そうなのよ。あのね、これ日本の大和言葉のほんと古語になっちゃうんだけど、今僕らが使ってるうまいっていう言葉、うましって出てくるんだけど、
うまし。
うましって味がおいしいことだけを指す言葉じゃないのよ本来。
そうなの?
なんとなくいいねっていう意味なの。
いいねか。
うましくにっていい国って意味なの。
へえ。
だって古事記に出てくる一番最初の原初心の中にさ、最初の三柱の神々の中に、うまし足かび彦寺って出てくるんだよ。
うましが名前についてるの?
そう、名前についてるうまし足かび彦寺という一柱の神様がいらっしゃるんですよ。
彦寺っていうのはイケメンのお兄さんみたいな男の神様って意味なのね。
足かびっていうのは植物の足とカビなんだよ。
足とカビなんだ。
日本の神様っていうのは生まれるんじゃなくてなるのね。
なる。
おなりになるの。
それはどういう思想から来てるかっていうのは、大体説としてはこれで決まりだと思うんだけど、
日本は植物を見て暮らしてたからカビとか足みたいなものが急激に入ってくる、突然現れる。
これってなるってことなんだよね。
身がなるみたいな感じ。
神様は突然なるものなの。
その中のうましもの。
これが原初心の一柱にいるんだよ。
だから僕が言いたいのは美味しいっていうことは、味が美味しいことだけじゃないよっていうのを古代からずっと僕らの根底に入ってると思った方が豊かで楽しいと思うんだよね。
僕はこれが全てだよなけど、そういうぐらい広く捉えた方が世界は面白いんじゃないっていう、僕からの提案に近いかなこれは。
レシピって捉えると、何か作らなきゃっていう気持ちになるよね。
でも実際、リンゴ丸かじりみたいなのを別に食べるじゃない。
普通に切って食べるだけっていう。レシピはないじゃない。
レシピって言った瞬間、そういういろいろゴニョゴニョ作らないといけないっていうイメージがすごい今あるんだなっていうのが。
今の話で思い出した。僕が20代の頃にある海石料理屋さんで働いてた時のことですよ。
当時まだ築地が元気だったんで築地でね、僕がいつも行ってる八百屋さんでみかんを一箱もらったんです。
これ安いからいつも来てくれてるから兄ちゃん頑張りやーって言ってくれたんですよ。
持って帰って、親方に報告して、じゃあみんなで食べるのと半分ぐらいは加工してお客さんに出そうと。デザートとして出そうってなったんですよ。
AIとレシピの関係
で、厨房でね、みんながずらーっと並んでて、まかないを食べるときにみかんばーっと並べて、親方がみんなに一言ずつ聞いたわけです。
これでおいしいレシピなんか考えられないか、なんかアイディアないかってバーンと出したんですよ。
僕を含めたほとんどの人間が丸ごとボーンと言って、はい、できました。
どういうことだ、皮むいて食べる以上ですって。親方が食べて、うまいな、そうだな、このままが一番うまいって。
これレシピじゃない?言ったら。そういうことだね。
だったらAIもさ、レシピ提案するときにいじらないでくださいっていう答えがあってもよくない?
そうだね、なんかね、今のレシピっていう捉え方をしてるとそこの提案抜けちゃうよね。確かに。
加工ありきじゃん。加工ありき。
この加工ありきっていうのが実に西ヨーロッパ的なのよ、発想が。
はいはいはい。
これあの深く話すと長くなっちゃうんではないけど、中世ヨーロッパから続く伝統文化なのこれ。
伝統文化なんだ。加工しないと野菜固かったりするしね向こうはね。
だいたい途中でいかに違うものに変えたかっていうのが良い料理の基準値になった時代が長く続いたからね。
日本は真逆だから、その辺。いかに変えないかが美学だから。
まあ確かに。混ぜすぎて原型なくなったらこれは何を食べてるんだってなるもんね。
そう。でも結果どっちもおいしいじゃん。
おいしいおいしい。
だからどっちの提案があってもいいんじゃない?
確かに。特に家庭なんかそうだよね。
適当に全部突っ込んで最後味噌入れたら味噌汁になるから。で、だいたいおいしいから。
もうこれ言っちゃうと先生がいらなくなっちゃうんだけど。
そうなんだけどね。そう考えるとレシピもそうだけど、結局その先家政婦さんってよりかは助手が欲しいんだよね。
家庭でのAIの役割
火をつけておいてくれるとか、冷蔵庫の中何が入ってたっけって聞いたら全部答えてくれるだけとか。
玉ねぎか何かあったっけ?玉ねぎはないけど長ねぎなら入ってますよとかね。
そういう回答があるとだいぶ楽よね。いろんなものが。
そうね。
お湯沸かしといてとか。
本当に時短のための助手がいると僕ら料理には非常に助かるよね。
それこそかつらむきするっていう作業の時間がゼロになったら僕らは助かるんで。
その分もっとクリエイティブなとこに時間使えるとか。それが家庭でも多分一緒だよね。
そうだね。火の加減とかね。ちょっと止めておいて今手離せないから弱めてくれるとかね。
逆にそのせいせい愛だから言語理解してくれそうだしね。
そうですね。
確かにね。あれだ、車オートマになったおかげでハンドルの操作技術上がったみたいな感じ?
そうそうそう。
クラッチのこと考えなくてよくなったとかね。
ダブルクラッチの技術いらなくなったからね。
そういう方向性もあっていいし、遊びの部分。さっきタクが言った家政不散的なので、
これベストのように見えますけど、あんた最近野菜食べてないからこれ入れた方がいいよって叱ってくれるとかね。
確かに。
これって家政不散やるじゃん。
いろんな方向にいって、結果レシピ本になって売れるんじゃない?逆に。
レシピを作るせいせいAIのためのプロンプト集みたいな本が出てくるんじゃない?
教育本だね。
マイコン通信に戻るよこれ。
データでそのまま送ったら複製されそうだけどね。
そうだね確かに。
でも家電がそれぞれです。AI実装したら面白いのにな。家電一つずつが。
面白いですよね。
自己AIみたいな形で、こっちはこういう性格、こっちはこういう性格っていうのを組み合わせていくみたいな。
で、統合して会話ができて、お互いに一つじゃないけど、データの入れ替えはネットで返してやるみたいな。
たまに揉めるっていう。
AIなのに。
揉める。
お前早くそのやつで起こせよ、冷蔵庫のやつって。
もうそこまで言ってくると、お茶用一呼んできたくなるね。
あの人だったらどう考えるのかな。
確かにそういう世界だよね。
キッチンOSプレイヤーっていうのが2015年ぐらいからいて、
彼らはいろんな家電っていうのを一つに統合するオペレーションシステムとしてワークするっていうことをずっとやってきていたんですよね。
今でもWindowsとかMacとかその上にいっぱいいろんなアプリが載ってるわけなんですけど、
キッチンOSっていうのはそのOSの上にいろんな家電が乗っかったり、それこそいろんな加工食品みたいなものが乗っかっていく。
でもそのアプリさえ使っていれば、両方を直接つなげることはできないけれども、OSを返せばお互いが会話できるというか。
こっちのオーブンレンジとこっちの換気扇っていうのは直接会話できないけど。
ちゃんとそのOSの上だったら電子レンジとかレンジが回り始めたら換気扇もオンになるとか、そういうことを想定しながら、
彼らは自分たちがGoogleマップのGPSみたいな感じになればいいっていうふうに言っていたところがあって。
その料理っていうのはある種ジャーニーというか、ある地点から最後ゴールまでたどり着く道筋っていうところなので、
そのアプリさえ持っていれば、そのステップをフォローしていけば必ずそこに着くっていう、そういう哲学というか方針で作っていたっていう人たちがいて、
今でもキッチンOSプレイヤーっていうのはいて、彼らがやっぱり生成AIっていうものが入ってきたときに、
インターフェースがプロンプトベースでかなり自由にユーザーが質問投げかけられるようになるっていうような、そういう進化を今遂げようとしているかなと思うんですよね。
料理の楽しみ
だから、ちょっとそこの未来っていうのは、今日本の多くの人たちはまだあんまり経験していないところかもしれないんですけど、
こういうなんか生成AIのような話が来たときには、あまりそういうことを意識しなくても自然にそういうふうに、
ある種なんか生成AIありきの料理の仕方みたいなのには、やっぱり変わっていくんでしょうね。
たぶんね。
生成AI、今ふと思いついたのは、生成AIによって複製された誰か料理人の人格というか思想プラス技術。
ありそう。
を丸ごと、今日はこの人の二次AI君を買ってきて、この家にはこの人が実装されて、その人が聞いたら全部答えてくれるみたいな。
だったら面白いよね。この料理人のやつの思想をそのままコピーしてきたんだっていうのは。
確かに。
ボーカロードみたいにね、ガクト君とかね、そういう個性があったり、うちの親父の武藤和夫のAIがあって、
それを買ってきたら、そこにその人の全部答えてくれるっていう。そうするとその人の料理になるしっていうのが面白いなと思った。
それがレシピとして売られるというか。
バーチャル先生やね。
バーチャル先生よね。
確かに。
お父さんに入れたら、すごいざっくりなレシピ返ってきそうだけどね。
それが面白いんでしょうね。
確かに。
意外とそれこそ高島茂雄さんみたいな擬音語が多いので、父の話は慣れないとわかんないんですよ。
厨房にいると。こうだって言ってるのに手は違う動きしたりしますから。
ただ、その方が僕には伝わるんですよ。
へー、そうなんですね。
下手に父がこれが何グラムで何体何体何でっていうのは僕数字信用してないですもん。
ふわっと言ってくれたことの方が明確に伝わる。
そういうのはあるかもしれないですよ。これから先。
そうですね。
さっきちょっと例に出しましたけど、滝沢カーレンさんが出したレシピブックなんかまさにそれだと思いますもんね。
下手に数値で出されるよりも感性に訴えるような表現の方がわかりやすかったりしますし。
だからあれなんですよ。これ生成AIがレシピの分野に入ってくる、キッチンの分野に入ってくるときに、もちろん時短効率化失敗しないっていう方向性は一つあったほうがいいと思うし、
多分この先黙っててもいくと思うんですよ。
ただ、これいっぺん当にいくと結果として料理をする作業そのものの楽しみも奪いかれないので、
これ誰が書いてたんだっけな。
今チャットGPTのおかげで文章苦手な人もブログ書ける時代になったじゃないですか。
適当に突っ込んで何回か音声でやりとりすればそれなりの形に整えてくれます。
それはそれで価値なんですけど、一方で書くのが好きな人、小説書いたりとかエッセイ書いたりするのが好きな人はそれやっちゃダメなんですよね。
何でかっていうと書くことそのものが楽しいから楽しみをわざわざ渡す必要はないわけで。
それは自分で保持してなきゃダメなわけじゃない。
AIと料理の重要性
そこを潰さないように反対側のいわゆる人文的な意味とか心の豊かさ的な意味の部分も片手ではちゃんと見ておくっていう姿勢が必要な気がしますよね。
あれ思い出したんですよ。
フードスコープスの時に先生がバーベキューの話に言及したことあったじゃないですか。
バーベキューにはちょっと宗教っぽいような神聖性とか祈りみたいなものが行為の中に込められていると。
あの祈りの部分ってとっても大事なので、バーベキューをオートメーション化したらそのコミュニティとか祈りの時間が全部消えてなくなるじゃないですか。
実は料理って調理という活動を通して自然や食と触れ合うタイミングでもあるので。
それをより豊かにしてより感じやすくしてくれる補助的なAIは欲しいなと思うんですよね。
それ潰されちゃうとなんかこの先が心配になってきちゃうので。
でもあれですね。今のお話でちょっと思いついちゃったんですけど、今ずっとレシピっていうことだけ話をしてたんですが、
生成AIって結局全部に関わる話だから、
例えばちょっとリラックスしたいなって言ったときに、
冷蔵庫にこれがあるから料理してみたらリラックスできるかもみたいな、
なんていうか他の目的の方から料理に入っていく。
それいい。
そういうこともできそうだけど、そんな賢いAIにするには一体どうしたらいいのかわからないんだけど。
だいぶ監視されてないと無理ですね。
そうそうそう。
今の話AI関係ないかもしれないな。
でもなんかそういうことのような気がしました。今の太郎さんの話を聞いてると。
確かに。面白いですね。
僕はAIがキッチンの世界に入ることはウェルカムなんですけど、
リスクもあると思ってて、ただこのリスクを認知すると、
僕ら人間側の方が次のステージに行けると思うんですよ。
食体験の未来
AIのおかげで行けるっていう風にしないと、なんかせっかく出てきたのにもったいなくて、
AIのせいで潰された、あんまり見たくない世界かなと思ってます。
本当そうですね。
確かにね。
使い方はね。
使い手側の問題というか、周りの作り手がどういうデバイスを持って人と関わらせるようにするか。
だいぶ世界変わりそう。
機械がAmazon Echoとかも置いておくと会話ができるようになりましたっていうのはだいぶいい傾向だなと思ったり。
やりすぎてないじゃないですか。会話するだけだから。
っていうのとか音楽かけるとか電気つけるっていうのは結局人間が言って代わりにやってくれてるっていうレベルだから面白くて。
ただ家電もなんかああいうメニューをバージョンアップするだけとかだと作らせてるだけで、人間の楽しみではないよねとか。
そうですね。
どういう連携を取って人間とのコミュニケーションをAIと取らせるかに、
そのハブになる機械をどういうふうに作るかによって、だいぶそのキッチン周りというか職に関わる人たちの考え方変わっちゃうんだろうなと思いました。
そういう意味では生成AIって絶妙な言葉ですね。
なんか自分が生成するのか、これはAIが生成しているものだけど、
誰が生成してんのっていう。
確かに。
使い方によってはあれだよね。
AI側が人間に料理をしたくなるようにちょっとずつハックしていくっていう。
家電メーカーは作らせたいからそういうハックできるようなAIを開発していく種類。
確かに。
ただ加工品を食べさせたいこの企業は、
どちらかというと加工品で楽できるよっていうふうに仕向けるAIを作るだろうし、
その辺がまたAIのハック合戦が始まるのではないかっていう。
それがどういう家電にどういうAIが搭載されるかによって多分違うから、
結局人間また同じような世界をもっと高度な域でやるっていう。
そうね。
怖いよ。
怖い世界に行かないために僕が必要だと思っていることです。
あくまで僕個人の考えですよ。
それが郷土料理なんですよ。
郷土料理。
伝統文化にもう僕らは嫌悪なく。
このお話は次回へ続きます。