AI時代の学び方の変化
おはようございます。コーヒーでも飲みながらゆっくり考える時間の朝の言葉ラジオパーソナリティ-タカーシーです。
今日は、AI時代の学び方というテーマで考えてみたいと思います。
繰り返しになりますけど、今日のテーマはAI時代の学び方です。
このAIがある時代に学ぶってどういうことなんでしょうね。
なんか最近こういうこと考えることありませんか。
わからないことがあれば検索できるし、AIに聞けばすごくわかりやすく説明してくれる。
要約もしてくれる。整理もしてくれる。
何なら勉強の計画まで立ててくれたりするわけです。
そうなるとふと思うことがあるんですよね。
昔みたいに一生懸命覚えることってまだ意味あるんだっけって。
多分その感覚が正しいと思うんです。
学び方っていうものは確かに変わってきている。
でもここで気をつけたいのは、学ばなくて良くなったわけじゃない。
学ばなくて良くなったわけじゃないということです。
むしろ逆で、何をどう学ぶのかが前より大事になっている。
少し前までの学びって知識を増やすこと、覚えることに重きが置かれていましたよね。
もちろん今もそれは大事です。
でもAIがある時代には知識へのアクセス、本当に膨大なる量の知識にアクセスできて、
知識へのアクセス自体はかなり開かれている。
だから知っていることそのものよりも知識をどう使うか、何をつなげるか、何を問うのか。
これらの方がずっと重要になってきている気がするんですね。
問いから始まる学び
じゃあ具体的にどうすればいいの?っていう話です。
まず一つ目のところとして、覚えるところより先に問いを持つところから始めるということです。
何かを学ぶとき、つまり情報を集めて終わるんじゃなくて、
なぜこれを学ぶんだろう?これが分かると何が見えるようになるんだろう?
自分はどこで引っかかっているんだろう?そういう問いを先に持っておく。
すると同じ内容を読んでいても入ってき方が変わります。
人って、問いを持っているときに初めて知識を自分のものとして受け取り始める気がするんですよね。
ただ眺めていた情報が急に意味を持ち出す。あの感じです。
だからAI時代の学びって、情報収集より先に問いの設計というのがあるのかもしれません。
外部に預けるものと内に育てるもの
二つ目は、全部を自分の頭に入れようとしないこと。
本当にそれでいいの?逆説的に聞こえるかもしれないんですけども、
AIがある時代に大事なのは全てを覚えることじゃなくて、何を自分の中に残しておくべきか。
それを見極めることだと思っているんです。
すぐ調べられること、AIに聞けば出てくること、
そういうものはある程度外に、外部に預けてもいい。
でもその代わり、何度も使う考え方や自分の軸になる問い、判断の基準、世界を見る視点、
こういうものは自分の中に育てていく必要がある。
つまり何を外に置いて、何を内に育てるか。
これを選ぶ学びっていうこと、そういうことが大切なのかもしれませんね。
そして、内に育てるというものは単なる知識だけじゃない。
考え方、比べ方、疑い方、問い直し方、そういう思考の型のようなものですね。
AIは答えを返してくれます。
でもその答えをどう読むか、どこを疑うか、何が前提になっているのか、
そこを見る力っていうのはやっぱり人間の側には必要です。
だからAI時代に学ぶということは、知識を集めること以上に考えるための型を身につけることでもある。
そういうふうに思っています。
学びにおける「遅さ」の重要性
3つ目。3つ目はですね、ちょっと視点が変わりまして、遅さを残すことです。
なんちゃらほいって話ですね。
っていうのも、AIって早いじゃないですか。
ようやくも早いし、比較も早いし、説明も早い。
だから学びもつい早く終わらせたくなる。
その気持ちってよくわかるんです。
でも本当に大事な学びって、すぐわかった気にならない。
そういうところにあることが多い気がするんですよね。
読んだけどまだ腑に落ちない。説明はわかったけど自分の中ではまだつながっていない。
その少しもどかしい時間、このもどかしい時間の中で学びって深くなっていくんですよ。
だからAIに説明してもらった後で、自分の言葉で言い換えてみる。
AIに整理してもらった後で、自分で順番を組み直してみる。
AIに答えをもらった後で、本当にそうなのかって、もう一度考えてみる。
このひと手間の中で知識は情報じゃなくて学びになっていく。
心がとても大切になってくる。
学ぶっていうことはただ知ることだけじゃないんですよね。
知ったことが自分の見方を変えること。
世界の輪郭が少し違って見えること。
その変化まで含めて学びなんだなっていうふうに考えます。
AI時代に求められる主体的な学び
だからこの時代に必要なのは、全部覚えることでも、AIに全部任せることでもなくて、
AIを使いながらなお自分で考えられるようになること。
そういうことなのかもしれません。
今日は、AI時代の学び方というテーマで考えてみました。
まとめると、AI時代の学びは、知識をため込む学びから、
問いを持ち、選び、考え直す学びへと重心が移っている。
重心が移っているというよりも、これ昔から哲学とかはやってきたことなんですよね。
哲学書を読むだけでいろんな知識を知っている。
でもそれって哲学にならないんですよね。
哲学書に書いてあることを、あれ本当にそうなの?と。
これって正しいことを言っているの?って問いを持つこと。
じゃあ自分の立場ならどうするの?っていう選ぶこと。
考え直す。これって本当に大切なのかな?とか。
この人の言っていることをよく聞かれているけど、本当に正しい。
考え直すっていうことをやってきているわけなんですよ。
でも、なぜかAIがあるから、
なんか学生さんたちがAIを使ってレポートを量産して、
そういうふうに使われると、そういうふうにされると困るみたいな感じになってきているんですね。
今大学の世界とかって。
でもそれって問いの出し方が今変わってきているっていうところなんですよ。
出し方っていうよりも見せ方ですよね。見せ方が変わってきている。
そこを教授とか、そういう教える側がどう学習していくかっていうところ。
だから先生たちも学ばなきゃいけないんですよ。
ただ怖がっているだけじゃダメなんですよ。
そこをね、今度研究会で話していこうかなと思うんですけども。
学びの重心の移動
何を覚えるかよりも何を問いとして持つか、
何を知るかより知ったことを自分の見え方にどう繋げるか。
そこが前よりずっと大事になっているんだと思います。
ということで、今日はこの辺りで終わりにしようかなと思います。
またコーヒーでも飲みながらゆっくり考える時間を一緒に持っていたら嬉しいです。
朝の言葉だとパーソナリティ高しいでした。
それじゃあね、またね、バイバイ。
今日は日曜日だからあんまり会社に行く人いないかもしれないけど。
いってらっしゃい。
それじゃあね。