1. 現役リフォームプランナーの業界裏話
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2024-12-21 26:26

左右に道が分かれるT字路で、私はなるべく真ん中を行く #276

読売新聞主筆の渡邉恒雄が98歳で亡くなった今、改めて
左翼と右翼について考えてみました。

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お聞きの皆様、おはこんばんちは、現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。
つい数日前ですね、12月19日に、ついに渡辺恒雄読売新聞の主筆ですね、トップの方が亡くなりました。
98歳ということで、今現代は令和なんですけれども、今も昭和が続いているという言い方をする場合もありますよね。
ちょうど今が昭和100年となるとですね、ちょうど本当に昭和を並走した、ほぼ昭和100年を同時に生きていたのが渡辺恒雄だというふうに言えると思うんですよね。
渡辺恒雄に関して私が語るというよりは、たくさんの本もネットの記事もいろいろ出ているので、ぜひ他のそういったものに詳しく見ていただけたらと思うんですけれど、
私はなんとなく、今世の中が左から緩やかに、緩やかというか急激に右に、右左の話はちょっと後でするんですけれども、そっちに傾いてきているんじゃないかなという話をいろいろ私たち界隈でもしていますけれども、
この渡辺恒雄が亡くなったというのはすごく象徴的な出来事だなというふうに思ったんですよね。
何が言いたいかというと、たまたま中村敦彦さんが数日前のボイシーで左翼についての説明をされていました。
まさか私が左翼だという認定をいただいて、確かに否定はしないんですけれど、左右というのはちょっと私なりの解釈でお話ししたいんですけれども、
ずっと発足してから今も、生まれた時から今も変わらずずっと右だった国もまた左だった国も多分ないと思うんですよ。
時代とともに、政局やいろんな時代の流れに合わせて左に行ったり右に行ったりしているものだと思うんですよね。
左か右かという話も、左翼右翼というのも、またこれもネットでWikipediaとか見ていただければ概要は書いてあるんですけれど、
要は簡単に言ってしまうと、左翼というのは民衆、大衆、労働者とかそっちの方に寄っている立場のことなんですよね。
右翼っていうのは体制側、だから政治とか、例えば天皇家とか、権力を持っている側の立ち位置の側だというふうに一応解釈はされてるんですけれども、
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でも右と左の極ですね、一番極端に極右と極左はほとんど一緒なんですよね、実際ね。だから歴史をもうちょっと皆さん見ていただくと本当によくわかると思うんですよね。
だからドイツの一番有名な、近代で一番有名な独裁者の一人、ナチスドイツ時代のヒットラーとソ連のソビエトは今のロシアですよね、ソビエトのスターリンはほとんど同じですよね、独裁者なんですよね。
でも一応立ち位置としては左っていうのは民衆とか農民とか労働者とかそっち側で、右っていうのは体制側っていうふうになっちゃってるんですけれど、やることは独裁国家になったときにはほとんど同じなんですよ。
強力に政権とか一人の独裁者のリーダーが圧倒的権力を集中的に持っていて、その人が全体を支配するっていう形は全く変わらないし、こういう政局とか右翼にしても左翼にしても片方に揺れた場合には極端な方に行くっていうね。
粛清に次ぐ粛清が行われたりとかっていうのもほとんど右も左もやることは大抵同じなんですよね。
なのでどっちがいい悪いでもないし、実は結構いい加減なもんだったりするんですよね。
渡辺恒夫に戻ると、この人は今現在、私たちがこの人が最近近年生きている読売新聞のトップとして威張っていて、政局にもものすごく口出しできる立場にいるこの人を見て、この人がそんな左翼的な人間だっていうふうに見えないと思うんですけれど、実際はこの人は左翼青年だったんですよね、若い時はね。
悲惨な戦争体験も生き残ってサバイブして、絶対にもうこの日本の地で二度と戦争を起こしちゃいけないという強烈な理念は持っている人だったんですよね。
もう二度と戦争が起こっても起こす国にもなってはいけないっていう理念があって、強い国づくりっていうものを新聞記者の立場で政治家のそばについてですね、政治家と結託することによって強い国づくりに一応加担したというか、フィックスしたという人なわけですよね。
あんまり私が渡辺恒夫のことそんなに詳しくないことがばれないうちにね、この辺で話を切り上げたいんですけど、でも概要を言えばそういう人なんですよ。
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だから今のこの人を見たら思いっきり自民党と結託している超保守の、超支配的な威圧的な悪い親父っていうイメージがあるんですけれど、この人はそもそもの出発点は左翼だったんですよ。
左翼ではもうこの国を守れないと、この国を一つにまとめることを立て直すことはできないと考えたときに、自民党と結託してそっちを盛り上げていって、どんどん一回の新聞記者だったのが最終的にはもうこの新聞社の中ですごい力を得てトップにまで上り詰めたという異色の人なんですよね。
だからこのように一人の人間を取り上げてもね、左に行ったり右に行ったりするんですよ。だから一概に左翼イコール弱者に寄り添う良い人でもないですし、もうどれだけ左翼とか極差、究極の左翼が悪いことをしてきたかっていうことはもう歴史にもう枚挙に伊藤間がないぐらいありますよね。
なのでどちらが正しい、間違っている、どちらが権力、どちらが反権力っていうそんな単純なものではなくて、一つの国の中でも左に行ったり右に行ったりする。またこの左と右のイデオロギー自体もですね、時代とか国によって割とね、ばらつきがあるというか変わるんですよね。
例えばアメリカなんかでは民主党と共和党というこの二つの二大政党で交互に政局が行ったり来たりするっていうふうにちゃんと民主主義を守るためにそういう体裁を取ってるんですよね。
ちなみにこの渡辺恒夫はやっぱり日本もこうなるべきだと、二大政党制になるべきだということはずっと思っておられたみたいなんですけれど、残念ながら日本はなかなかそういうふうに与党が育たないんですよね。与党じゃない、野党が育たないですよね。
だから本来なら昔でいう民主党、今は立憲民主になるんですかね。こことかがもっとしっかりすればですね、自民党ともう一つの二大政党のもう片割れということでね、行ったり来たりとするほうがバランスがいいんでしょうけれども、なかなかそういうふうにならないんですよね。
アメリカに話を戻すと、民主党がどちらかというとリベラルで民衆側のイメージがありますよね。共和党のほうは今回トランプがいる党になるんですけれども、こっちのほうが大政寄りというか保守というイメージがあるんですが、実際は全然そうじゃないんですよね。
アメリカの民主党と共和党というのはさらに複雑でして、あまりここでも詳しく踏み込まないほうがいいんですけど、ざっくり言いますと、実際はトランプは、この人はずっと大金持ちでしょっちゅう破産したりしてるんですけど、基本的には大金持ちというか一代で財を成した父親の息子なんですよね。
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一応ずっと実業家という立場でいて、金持ちなんで基本的にはね。この人は民主党員だったんですよ。ずっとね。民主党をずっと支持する側の人で、途中まではオバマさんのことも応援していた人なんですよ。
ところがちょっとしたことでオバマさんからちょっとバカにされたことにすごい腹を立ててですね、共和党の方に行き、自分が大統領になろうと思ったときには、民主党ではなくて共和党の方からの方が入り込みやすいという、ただそれだけの理由で共和党にいるんですよね。
結果的にトランプっていうのはもう右でも左でも共和党でも民主党にも一括りにできない、ちょっとあまりにも良くも悪くも個性のある人物なので、この人はある意味では共和党を内部で潰してしまったんですよね。
だから今もう共和党自体が共和党としての体裁を成していないと、もうただのトランプ党になっているっていうのが実情なんですよね。
民主党っていうのは一見リベラルに見えるのは、これはやっぱりアメリカの歴史を見たときに裕福なユダヤ人がたくさんいるわけですね。
結局第二次世界大戦で行き場をなくしたヨーロッパに住んでいたユダヤ人たちが大量にアメリカに逃げてきてるんですよね。
アメリカにはものすごく力があるユダヤ人たちが実は裏で、自分たちがこれ以上ひどい目に遭わないように、自分たちの身を守るために、さらには自分たちが得するようにどんどん政治も経済も文化も牛耳っている部分があるんですよね。
このユダヤ人たち、裕福な力を持っているユダヤ人たちが民族的な理由で民主党の中にはたくさんいるんですよね。
共和党のユダヤ人ももちろんいるんですけれども、基本的にはユダヤ人たちが支持しているのが民主党だったりするので、すごく民衆とかマイノリティに寄り添っている党が民主党だっていうイメージがあるんですけど、実際はそうじゃなくてですね。
共和党の方はむしろ労働者とか、白人の貧困層とか、そういった人たちに寄り添う党だったりする部分もあるんですよね。
すごく説明が難しいんですけれども、簡単に右と左とは言えない部分があるんですよ。
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だからトランプなんかはすごく上手にですね、こういう貧しい白人層にすごく歩み寄ったことで支持を集めた部分はすごくあるんですよね。
1回目の当選の時は特にそうだったんですよ。
逆にヒラリーさんなんかは、実はヒラリー・クリントン、元クリントン大統領の奥さんで、この人こそは女性初の大統領になるべき人だったと思うんですけれど、
元ビル・クリントン大統領の夫人だったという部分と、この人はものすごい貧乏なうちの実は9学生でめちゃくちゃ優秀だったんで、
頭の良さで、あとビル・クリントンと交際のちに夫人になることでのし上がった人なんで、本当はもっと自分が貧乏な手の人間だったということをもっとより強く言ったほうが、
多分大統領になれたと思うんですよね。
なのに上流の人間だという姿勢を崩さなかったために、貧乏というか労働者階級とか一般大衆の人たちから嫌われたという部分があるんですよ。
例えば今のバイデンさんも大金持ちです。この人こそ新自由主義ですよね。ネオリベの人ですよ。
逆にもちろんトランプもネオリベなんですよ。
ですけれどこの人の方が賢くて、より貧しい人とかラストベルトと言われるような地方にいる労働者階級の人たちにすごく寄り添うようなポーズをうまく見せたことによって、すごく人気が出たというところはあるんですよね。
だからアメリカの右と左というのも単純に左リベラルイコール民主党というわけでも実はなくて、意外に民主党の方が全然ネオリベの人がごっそりいて、共和主義の人たちの方が逆に割と民族的には多様な民族ではなかったりするんですよね。
ややこしいんですけれど黒人とかユダヤ人とか他のアジア人とかメキシコ系の人とかそういった人は民主党の方に多いイメージですけれど、イデオロギーとしてはより左寄りだったりするのは実は共和党だったりっていうすごくややこしいんですよね。
だからやっぱり二項対立で何でもものを見るっていうのはすごく面白いから、左翼対右翼、あれは右だとか左だ、例えば読売新聞は右で朝日新聞は左だとかテレビチャンネルのここはすごく保守だとかって言って、
二項対立にするとすごく分かりやすいし面白いし、そういうふうにやりがちなんですけれど、現実の右と左っていうのはそんなふうに割と簡単には言えない部分があったりするんですよね。
で、私自身の立ち位置がどうかっていう話なんですけれども、私はあんまりここは自己開示、実はすごくしにくくてっていうのが、中村さんは私がすごく制限をかけているっていう言い方をしたんですけど、制限をかけているわけではなくて、すごく人に伝えにくいんですよね。
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でもあえて言うと、私は正直言うとすごいブルジョアなんですよ、家がね。私っていうよりは、私自身の出自がすごいブルジョアのうちの人間なんですよね。
で、ブルジョアって言っても、それこそトランプとかバイデンさんみたいな、そういうネオリベの大金持ちの実業家とか、エリートサラリーマンのうちでは全くなくて、
天才、秀才、凡人理論がありますよね。だからクリエイターとビジネスマンと凡人という区分けを3つにしてるんですけど、私はもう一つアカデミアっていうグループも作ってほしいなと思ったりするんですよね。
このアカデミアって、だから何て言うんでしょう、クリエイターとビジネスマンともう一つね、このアカデミックな層っていうものもあるような気が、あるような気っていうかあるんですよね。で、うちはまさにそこに分類されるんですよ。
うちの家系はですね、旧帝国大学で、そういう意味ではすごく優秀な人が多い家系で、みんな大学教授。私の母親はアーティストというか演奏家ではあるんですけれど、大学で教えたりもする立場になったりしたんでね。
だからすごくアカデミックな家系なんですよ。これがね、私自身が全然優秀じゃなかったっていうことは置いといてね、実際全然優秀じゃなかったんですよ。
本当に今となったら腹立たしいんですけど、小学校の先生にいつも言われたのが、オタクはこんなに優秀な人しかいない家系なのに、どうして神田さんはこんなにバカなんでしょうっていうことを言われ続けたらしいんですよね。
当時私はまだ日本語がしゃべれなかったんで、バカだと本当に思われたんですよね。実際日本語がしゃべれたとしても、うちの家族ほどには全然優秀じゃなかったともちろん思うんですけれど、実際以上にバカだと思われてたんですよね。
こういうことを言う学校の先生たちのことをすごくうちの家族たちはバカにしていて、気にすんなって言ってくれるようなものすごく本当の意味で広い視野の家族だったんで助かったんですよね。
そこでもっと勉強しろとか、なんでお前はもっとこうじゃないんだっていうことは一切言わないうちだったんで、それはすごく助かったんですけれど、と同時にこういう学術っていうかアカデミックな人っていうのは外して左の人が多いんですよ。
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日教祖とかあんまり議論を大きくしたくないんで、これ以上そこに踏み込むつもりはないんですけれど、完全にこの人たちは国家公務員だったりする、国立大学とか小中高の学校、高校関係ないのかな、小中とかは一応これ公務員ですよね、学校の先生っていうのはね。
こういう人とか実際に公務員として働く人とか、そんな人ばっかりなんですよ、うちの家計ってね。みんなだから大勢側の人間なわけですよ、大きく言うと。
大勢側の人間のくせにすごく立ち位置としてはリベラルなこと言うんですよ。弱者に寄り添うようなこと言ったりとかね。もっと弱き人、貧しい人に寄り添った政策しなきゃだめだとか言って、自民党を叩いたりとかね。
当時は社会党っていうのがあったんですよね、土井孝子とかがトップにいた時代とかがあって、そういう党を応援したり、共産党に、うちのおじいちゃんなんかは共産党にいつも入れてましたね。
私は家族をとてもすごく尊敬する部分もあると同時に、自分たちがすごく大勢に守られていて恵まれていて、実は大勢側にいる人にもかかわらず、立ち位置としては左を取るっていうのがすごい疑問に思ってたんですよ。
一方のですね、私の父方っていうのは、うちの両親はちなみに私が2歳の時に別れていて、全然ほとんど接触がない、絶縁してるわけじゃなくて何回か会ったことあるんですけれど、ほとんどコンタクト取ってない間柄ではあるんですけれど、
この父方のほうの関係がどうかというと、うちの母方とは真逆で、こっちは右なんですよ、完全に。
結局うちの母方もアカデミック、でも私はアカデミックっていうのは、むしろ精神的には左を取ってるけど、私は実は大勢派だっていうふうに見てるんですよね、私の解釈では。
でも父方はどうかというと、これがもう某県庁所在地の知事になるような名門のうちなんですけれども、こっちは逆に言うと完全に右翼的というか、右なんですよね。
本当に大勢側なんですよね、本当の。だから左と右、両方の私はハーフなんですね。
ちなみに父は本当にポンコツで、どうしようもない金持ちのボンボンではあるんですけれど、パッパラプーで、でもどうにもならなかった人ではあるんですけど、彼自身の家柄はすごく良くて、父方の祖父っていうのは某県庁所在地でトップに近いところまで登り詰めた名士なんですよね。
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父方のお母さん、だから私にとっては父方の祖母も長がつくお嬢さんだったらしいです。
こっちはだから右の名門、こっちの母方の方は別に大金持ちでもないし、別にすごい家柄がいいわけでもないんですけれど、みんながみんな大学の先生か芸術家か国家公務員がいるっていう、そういううちなんですよね。
だから本当に極端なっていうか、私は別に自分が優秀じゃなかったからっていうだけじゃなくて、もうどっちも嫌だったんですよね。
普通になりたいと、普通っていうのは一般市民のように生きたいっていう強烈な逆コンプレックスがあって、唯一私だけがこの家族の中で、父方の中でも母方の中でもサラリーマンになったのは私だけなんですよ。
だからちょっとものすごく変わった出自なんですよね、私は。わざとサラリーマンになり、普通の会社で会社勤めをして会社からお給料をもらうっていう普通の生活に憧れてこれになりました。
結婚する相手も、私は2回結婚したんですけれども、今は中学を中退したヤンキー出身の大工と結婚して、全くだから自分の家族とは違う生き方を意図的におそらく選んでますね。
別に意識したつもりは若い時にはなかったつもりなんですけど、今思えばですね、親とは違う方に違う方に、うちの家族とは絶対違う生き方をしてやる、してやるっていう気持ちが今につながったような気がします。
だから私はどちらかというとリベラルだっていうのは、あくまでも多様性を一応尊重するし、男女平等であってほしいし、民族的な差別があってほしくないという意味では確かに左寄りかもしれません。
自民党ばんざーいとかっていう気持ちもありません。そういう意味で言ったらリベラルかもしれないんですけれど、じゃあね、全てがフラットで、共産主義の国になればいいやって思うかというともちろんそんなことはなくて、すごく複雑なイデオロギー、複雑でもなんでもない。
要するに良くも悪くもものすごく曖昧なイデオロギーしか持ってないっていうことが言いたかったんですよね。それとうちのように非常に偏った朝日新聞的な、ああいうリベラルは大嫌いだっていうことだけは強く言っておきたかったんですよね。
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なので、もうそんなエセリベラルみたいなものであるぐらいだったら、もう右翼の超保守とかのほうがむしろいい人もいたりするんで、この右とか左とかいうことに人間性はもちろん関係ないし、気が合う人は、仮に私がやや左寄りの人間だとしても右にももちろんいるし、それはね、もう全く右とか左っていうのは人間性とは関係ないし、
一言で言えるものでもない。話を最初の渡辺恒夫に戻すと、このように一人の人間の一生の中でも左に行ったり右に行ったりする。
だから、国も歴史も左に行ったかと思うと右に寄ったり、右に行ったかと思うと左に寄ったりって常に揺れているものなので、その辺の自分は絶対何があっても左だとか、自分は何があっても右だっていうふうに固定しないほうがいいっていうことだけは間違いがないかなと思いますね。
世の中の流れに身を任すって意味じゃないですよ。これは別に自分を持つなって意味ではないし、ちゃんと自分の信念とか自分の考えみたいなものはもちろんないよりはあったほうがいいに決まってるんですけれども、こういうふうに大きなうねりの中ではやっぱり政局を見ていくっていうことはすごく大事で。
渡辺恒夫は最初は左翼青年だったんだけれども、これだけではだめだと思って、イデオロギーを徐々に修正していったんだと思うんですよね。裁判年はどういうふうに思ってたんでしょうね。いろんな日本が変わっていってるところを見ながら憂えていったのか、はたまたもう俺の役目終わったと思ったのかわからないんですけれども、最後亡くなっていきました。
なんかすごくちょうど左右議論と、この渡辺恒夫っていう人が亡くなったっていうことがすごくなんか象徴的だなと思ったので取り上げました。はい、というわけで私はガチガチ左翼ではありませんということで今日は終わります。ごきげんよう。
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