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2026-01-16 15:45

【低音質】 S2E169_s ヨガをしていると自分がなくなっていく?

けんすけの一人配信です。ヨガの実践を続けてきたことで、自我やエゴがなくなってきたけど、なんだか自分らしさもなくなってきたように感じている。という話をしました。

・エゴ ・自我 ・私観念 ・アイデンティティー

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サマリー

このエピソードでは、ポッドキャストを始めた後の変化や無編集での収録に対する喜びについて語られています。また、ヨガのプラクティスが自己の価値観に与える影響についても触れられています。さらに、ヨガを通じて自己のアイデンティティや意見を押し殺すことに関する内面の葛藤が探求されています。自分をなくすことが良いのか悪いのか、そしてその過程で自分らしさが失われることについて考察が行われています。

ポッドキャストの無編集収録
スピーカー 1
ナマステ、てんすけです。こんばんは。今日は1月の16日、金曜日。
スピーカー 2
今日はですね、娘のバレーの送り迎え。今、送りをして、これから1時間、2時間弱ぐらいの時間があるので、その間に今、
スピーカー 1
とりあえず話すことをそんなにちゃんと考えていないんですけど、とりあえずボタンを押してしまえということで、
スピーカー 2
外なので、車の中ですね、iPhoneのボイスメモを使って、ボタンをピッと押して、今、お話しし始めてます。
前回からですね、ひとり語りということで収録し始めたんですけど、前回はですね、結局、編集を一切せずに、
なんと、ポッドキャストを始めてもうすぐ3年ぐらいですけど、本当に編集を一切しなかったのは初めてですね。
編集って言ってもですね、そんなに話すこと自体をこう、つってはってってことはしないんですけど、間を詰めるとか、
噛んで言い直したところの噛んだ部分をカットしたりとかっていう程度なんですけど、それすらも初めて前回しなかったですね。
そうしようと思って収録しても結局、収録のときには、編集するときにはカットしてしまうっていう、やっぱりこれカットしたいなぁと思ってカットしてしまうっていうことがあったので、
本当に無編集、BGMをつけたところと、頭とお尻のところだけボタンを押すまでの時間とか、ボタンを押してから話し始めるまでの時間のところだけカットはしましたけど、無編集で出しましたね。
めちゃくちゃ嬉しかったです。これは伝わらないと思うんですけど、できなかったことができたっていう。
それがね、実は勇気をもらったというか、ああいいかって思えたのは、今まで聞いたことのなかった人気ポッドキャストをちょっと聞いてたら、結構間が空いてたりするんですよね。
沈黙の時間が言うぐらい、今、あえて空きましたけど、このぐらいあったりして、別にやっぱり気にならないんだなぁと思ってしてみました。
なので、編集がめちゃくちゃ楽で、時間が一通り聞き直すというか確認はするんで、話した分の時間は使えますけど、それプラスBGMつけるだけなんで、5分とかそのぐらいで終わったんで、今後もそんな風にしていければと思ってます。
ヨガのプラクティスと自己の変化
スピーカー 2
今日ちょっと話そうかなって思ったことは、少し前から思っていることっていうか、たまに思うことがあって、もちろん自分のことなんですけど、ついこの間も先日、
スピーカー 1
うちのオンラインマイソールの生徒さんとは3ヶ月に1回ぐらい個人面談って言って、Zoom使ってですね、僕と森子さんとその生徒さんで30分から長ければ1時間ぐらいにいろいろお話するんですよ。
スピーカー 2
それはもちろん練習のこととかクラスのことを話したり、ヨガのアーサーなプラクティスのことを話したりとかもするんですけど、それ以外にもオンラインだと特にやっぱりなかなか生徒さんとコミュニケーションを取る時間がないんですよね。
スピーカー 1
他の生徒さんもいるとプライベートのこととかはお話ししないですし、Zoomでひとまとめに皆さん入ってくるので全部話して聞こえるんですよね、練習してる生徒さんに。
だからあんまり余計な話はそこまではできないというのもあって、そうすると僕ら生徒さんのことを知る機会というか時間があんまりなくて、メールとかメッセージで聞けたりとか話せることってやっぱりどうしても必要最低限になってしまうので、そういったお互いをよく知るっていうところで、
スピーカー 2
僕らはヨガで関わってるとはいえ、ヨガの大切なことっていうのは、いかにその練習とかプラクティスの中で学んでること、感じたこととか気づいたこととかを日々に生かしていくかっていうことが大事だと思ってるので、
そうなるとその人の日々の暮らしとか仕事とか悩み事とかそういったことをお話ししてもらえたりとかすれば、そこにどうやってその人の練習が生きていくのかっていうことをお伝えできるので、そのためにもそういったコミュニケーションを取ったりとか。
僕はそもそも生徒さんのこの人普段何してるのかなとか、そういうことにも興味があるので、そんな感じで面談でお話をしたりするんですけど、全然本当は人関係ないのに、話が長いですね、本当に僕は。
まあいいや、しょうがないね、これはね。
その中でその生徒さんが、今回初の面談で、要するにまだ新しい生徒さんなんですけど、とりあえず初期の頃からずっと聞いてくださっていたっていうことなんですよ。
スピーカー 1
その方がですね、言ってくださって、ただコミュニケーションを取ったりとか、やりとりをしたのは先日1月からですね、12月からか、12月からうちの生徒さん申し込みがあったので、まだ1ヶ月ぐらいなんですけど、それまでは全く連絡を取り合ったこともないし、何かでコメントし合ったりとか、
スピーカー 2
SNSでは僕らも存在もよくはっきりはフォローしてくださってたみたいなんですけど、特にやりとりしてないので存在もよくわからなかった方なんですけど、これも聞いてくださっていると思うんですけど、その方に当時と比べて、けんすけさんはめちゃくちゃ変わりましたよねっていうことを言われたんですね。
これ結構僕言われるんですよ。
ポッドキャストを最初やり始めた頃の僕の様子というか、不調とか、まりこさんとのやりとり。
僕らもよく値段にしてましたけど、けっこう喧嘩っぽい雰囲気になったりとか、賢悪なムードになったりっていうことがね、ちょこちょこありますから、そうそうそうって今思ってる方いらっしゃると思うんですけど。
なのでその方もそういうことを言ってたんですけど。
だから僕はポッドキャスト始めた時っていうのは、今もうすぐヨガを始めた僕6年になるんですけど、ポッドキャストを始めたのが3年前ぐらいだから、そうするとちょうど今から半分ぐらいですね。
ヨガを始めて3年ぐらい経った頃ぐらいに始めてるわけです。
その頃ぐらいから僕は、ヨガの練習とか哲学だとか、そういったヨガの恩恵だけが理由ではないんですけど、ものすごく自分の中で価値構造が変わってきたっていうか、いろんな変化が起きてきた頃だったんですよね。
だからそこからの3年、今あと3年前ってなると、本当に考え方とか、普段の表情から立て振る舞いとか、そういうことまで全てがガラッと変わって、ガラッとっていうのはちょっとわかんないですけど、多分他人から見ても自分的にもすごい変わってるんですよね。
それは基本的には僕は生きやすくなったことにすごく関連しているっていうか、生きやすさそのものだと思っているので、とてもいいことだと思って、ありがたいなっていうヨガのおかげだなっていうふうに日々思ってるんですけど。
ただここからが今日の本題なんですけど、自分がその分つまらなくなってるっていうか、なんていうんですかね。
例えば発言一つに関しても余計なことを言わなくなったりとかもしましたし、なったし、あとは余計なことを言わないっていうのが一番ですかね。
自己の内面の葛藤
スピーカー 2
余計なことっていうのは、僕なんかはすごく不満とか誰かを否定したりとか、自分の側が強いタイプなので自分の意見をすごく言うんですけど、そのときにやっぱり誰かを否定したりとか、何かの反対意見みたいのを強く言うことがすごく多かったんですけど。
でもそういうこともやっぱり人を傷つけることにすごくつながるので、言わないようにしたんですよね。
スピーカー 1
それはフォトキャストでもそうです。
スピーカー 2
マリコさんが言ったことに対して、え、それ違くないかって。もちろん今でも言うことはあるんですよ。でもそれは昔であればもう10分の1とかそのぐらい飲み込んでる。
今となっては飲み込んでるというよりかは、あんまりそういうふうに思わなくなってきた。それはその人の見方なんだなとか、マリコさんはそういうふうに思うんだとか、そういうところがマリコさん。そういうふうに思うのがマリコさんだもんね。
僕がそう思うのも、逆にマリコさんからすれば同じようにあれ?って思うようなことなんだろうなっていうような客観性が育まれてきたっていうか、そういうことがあるんですけど、それもあんまり言わなくなったんですよね。
そういうふうになってくると、やっぱり余計なことを言わないからあんまりしゃべらなくなったんですよね。
で、ある意味面白みがなくなったのかなっていうのもそうだし、言うべきことさえも、それは言ってもいいんじゃないかっていうことさえも言わなくなってきた。
ヨガをしていると、これもしかしたら皆さんの中でも同じようなことを思う人がいるかもしれないんですけど、自分がなくなっていく、それが良いことか悪いことかっていうのがわからないし、そこが今日の話題というかポイントなんですけど、
スピーカー 1
ヨガがなくなっていくとかエゴがなくなっていくっていうことと、自分自身のアイデンティティーになることもそうだと思うんですけど、自分らしさがなくなっていくっていうこととはまた別なんじゃないかなと思って。
僕はそういった自分らしさとか、あとは自分の意見、自分の真とか、そういうことさえも押し殺してる。
スピーカー 2
全然苦しさはないので、苦しくないんですけど、もっと発言、言いたいことは言ったりとか、それはもちろん吟味が必要だと思うんですよね。
言いたいことでも、相手がそれを聞いて嫌な気分になったりとか否定されたような、その人自体を否定してしまうような言い方とか内容だったら良くないけども、でもそうではないこと。
スピーカー 1
だから相手の否定にならないこと、それでも僕がそれを言った場合に、それは意見の食い違いなのに、自分が否定されたって思ってしまう人がいるかもしれないし、僕もそういうタイプなんですよね。
スピーカー 2
自分と違う意見を言ったときに、自分が否定されたように感じてしまったりとか、自分の悪いところを指摘されたときに、自分のことを否定されたような気分になってしまう。
これはよくあることだと思うんですけど。
スピーカー 1
だけど、そうではないということにちゃんと自信を持つというか、あれかもしれないですね。
スピーカー 2
もしかしたら、そういうふうに捉えてしまって傷つけてしまうような恐れのある人であれば、言わないほうがいい時もあるかもしれないけども、
そうではない人には自分の意見はちゃんと伝えたほうがいいと思うし、
今話しながら難しいなとは思っているんですけど、
スピーカー 1
自分が正しいっていう前提とか、自分が普通だみたいな相手がおかしいっていうような前提ではない話であれば、
スピーカー 2
話というか意見として言うようにできれば、全然発言していきたいなっていうことを最近思ってますっていうような話でした。
スピーカー 1
まあ難しいことですよね。
スピーカー 2
ちょっと今話して、何言ってんのって思ってる人いるかもしれないですけど、
分かる分かるって思ってくれる人もいると思うので、そういったコメントとかお便りあったらお待ちしております。
だから現時点での結論としては、ヨガをしていくことで自分、私観念とかよく先生は言いますけど、
私観念はなくしていきたいんですけど、自分がなくなっていく、角が取れるのは良いことだと思うんだけども、
自分がなくなっていくってこととは違いますよねっていう、今まだぼんやりした感じなんですけど、
そのふうに思っていますっていう話でした。
自己表現の重要性
スピーカー 2
またこれは自分の中でもうちょっと言語化できるような感じになったら機会があれば話したいと思います。
スピーカー 1
というわけでまた次回お会いしましょう。
ナマステイン。
15:45

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