ポッドキャストの更新と体調
どうも、鈴木げんとくです。
まあ、ポッドキャストがね、だいぶん放置されてしまっていて、
まあ、別に2回しか更新してないのかな。
それで、最後に更新したのはいつかな。
今日がね、10月9日の23時45分なんですけど、
たぶんね、もう3ヶ月くらい前なんじゃないかな。
に、最後の投稿をしたっきりで、更新ができてなかったんですね。
深夜のカラアゲ定食ね。
結構ね、いいタイトルだと勝手に思ってるんですけど。
3回まで上げたのか。
10月22日って書いてあるから、6月22日ですね。
えーと、3ヶ月以上前なんですが、
まあちょっと、なかなか自分の体調もね、
今年ね、体調がすごい整わない年なんだよね。
なんか1月の年明け1発目の仕事を、
インフルエンザがなんかにかかって休んで、
で、その後、1ヶ月後くらいには焼き鳥のレバーにたぶん当たって、
カンビルファクターでお腹とその熱がドカーンってなって、
で、それでまた仕事も休んで、
めちゃくちゃ迷惑かけちゃって申し訳なくて。
で、まあそのポッドキャスト撮ってた時期、
5月6月くらいは、たぶんまだ調子良かったのかな。
で、それからね、7月8月とかっていう辺は、
自分のね、パートナーのマスターが調子悪かったりとかしたんですよね。
で、ポッドキャスト撮りたいな撮りたいなって思ってたんだけど、
9月くらいから今度は自分が体調というかメンタルがね、
珍しく久しぶりにすごい悪くなっちゃって、
なんかめちゃくちゃ仕事の方でも、
気にしいな自分の認識
自分が直接ひどいこと言われたとかそういうわけじゃないんだけど、
自分の周りの人が組織から離れていったりとか退職しちゃったりとかっていうのが、
今年入ってから結構続いてて、
そこにいろいろ思うところがあったりとかもして、
そこを喋っていかないとポッドキャスト的には面白くないのかなっていう気もするんで、
ぽつぽつ喋っていけたらいいのかなとは思いますけど、
自分で働いている会社がやっぱりものすごく優秀な人が多いんですよね。
特徴として言えるのが中途採用の人がすごい多い。
中途採用っていうのはどういうことかっていうと、要は即戦力なんですね。
スケット外国人みたいなもんですよ。野球でいうね。
だからそれなりのキャリアがあって、それなりの実力があって、
今の自分の会社に求められる人材像みたいなやつに当てはまっていて、
っていうところで来ている人たちが周りにいっぱいいて、
自分は一応その人たちに認めてはもらっているらしいけれども、
自分にとっては自分より仕事できるって思っている人とか、
自分よりも人間として成熟しているなと思うような人。
そういうリスペクトを持っている人たちっていうのが、
やっぱり自分が見えないところでいろいろあるんだろうけど、
軽んじられていたりとか、
あ、お風呂は来ましたね。
このね、お風呂湧いた時音楽をね、結構有名じゃないですか。
お風呂が湧いた時ソングみたいな感じでアレンジされてたりとかっていうのを、
高校生ぐらいにツイッターで見たりとかしてたんですけど、
でもね、これね、あれなんだよな。
自分の実家のお風呂にこのBGMが実装されてなくて、
それで全然なんのこっちゃよくわからんみたいな感じで、
思ってた記憶があって、
ここに来てから初めてこの音楽を聴いた時に、
あの曲だ!ってなったっていう、
クソどうでもいいエピソードがありますね。
で、話を戻さないといけないんだよな。
まあそうなんですよ。
自分のリスペクトしてる人が軽んじられてるという風に自分から見えてるとか、
そうなった時に自分の気持ちっていうのは、やっぱり良くはないわけですよ。
どちらかというともっと言うと、
なんか自分じゃなくて良かったって思っちゃうんですよね。
それはどういうことかっていうと、
まあ明日は我が身かもしれないとか、
そういう類の話で、
自分ってやっぱりすごく人のことを気にする。
まあ本当に関西人でこの言い方をする人がどのくらいいるかわからないですけど、
気にしいなんですよね、いわゆる。
気にしいなんですよ。
周りのこと、周りの人のことを気にしがちな人間なんですよ。
その傾向が強いっていう自覚は結構昔からあって、
だからなんか、
まあそれはつまり言い換えれば自分に自信がないってことでもあるし、
まあそれがもともとあったんで、
周りを気にしながら仕事をやってきた。
し、そういう傾向が自分の根っこにズドンと根っこを生やしてるから、
自分はその、なんだろう、
自分のやりたいことをやってる人っていうのにすごい憧れを感じる。
こういう人になりたいと思う。
だから自分は自分で自分のやりたいことをやろうって思って、
実際やることもある。
それはそうなんだけど、
やろうと思ったけどできないとか、
やろうとすら思えないっていう時間の方がよっぽど長くて、
っていう風な感じで、
メンタルが落ち込んでいたんですよね。
要はすごく自分が自分に対して否定してしまう気持ちっていうのが、
自己否定な気持ちが、
人との関わりとメンタル
ちょっと久しぶりにすごい強かったかなっていう感じで、
今もまだそんなに抜け切れてはないんですけど、
やっぱり自分の課題っていうのは、
あんまり自分の課題っていう言い方をしない方がいいんだろうなって思いながら言うと、
もっと自分を楽にするには、
もっといろんな人と話した方がいいって、
これずっと言ってるんですよ。
自分がメンタルの調子を崩す半年から、
8ヶ月、9ヶ月くらいの周期かな。
で、メンタルの調子を崩して、
復活するたびに思ってるんですけど、
なかなかうまくいかない?
別に、8ヶ月、9ヶ月の周期でメンタル崩すくらいの感じだったら、
十分うまくやってるよっていう話もあるんですけどね。
それは実際そうかもしれない。
けどやっぱり、みんなそうだと思うけど、
メンタルが落ち込んだときはしんどいし、
やっぱり、死にたくなるっていうと、
なんかちょっと違う気がするけど、
仕事辞めたくなるとか、
やっぱり何か、
自分がいる場所に自分がいるべきじゃないような感覚がするとかね。
そういうのはね、
やっぱり、なるべく避けたいわけで、
この間、人と話す機会を儲けさせてもらって、
甘えさせてもらって、
だいぶん楽にはなりつつも、
自分って本当なんていうか、
人付き合いが苦手?
苦手なんだと思う。
やっぱね、なんか、
それは結局なんでかっていうと、
自分が気にしいだからなんですよ。
相手は気にしてない可能性が高いことを、
自分は勝手に気にしているので、
勝手に傷ついたりとか、
勝手に今の発言、相手を傷つけちゃったかなみたいな、
そういう状態に陥ることが多いので、
それがね、ちょっと一人の方が楽だなって、
ずっと思ってるね、そこは。
それはね、自信持って言えるね。
パートナーと一緒に生活してても、思うよね。
それは自分がずっと一人でいたいっていう意味じゃ全くなくて、
自分が自然に楽に流れて生きていこうって思ったら、
そうなるって感じ。
もっと一人の時間欲しいなって思っちゃうんですよね。
で結局ね、一人でずっといたら、
なんだろう、自分の中にやっぱり溜め込んでいっちゃうし、
それでも抱えきれなくなったら、
結局誰かに話して、
誰かに自分の気持ちを受け取ってもらうっていうのを
まとめてやってもらわないといけないし、
そういうもんなのかもしれないですけどね。
そういうことがありましたし、
そういうことに今後も定期的になるんだろうなって思いながら、
でもやっぱりね、話せるってことは病んでるんですよきっとね。
今の自分の喋りを聞いて皆さんどう思ったかわからないですけど、
僕はあんまり話せてないんですよ、今の話ね。
自分の悩んでることとか、メンタルがこんぐらい病んでますよっていう、
そういうディティールの問題。
今の話って自分としては全然ディティールは話してなくて、
それはね、要はさっき言ったように、
こないだそういう人に話してちょっと元気になったんですよっていう、
こないだ話したときに結構話し切ったんだろうなって思うんですよ。
だから多分ちょっと上向いてきてるんだろうなっていうのはそこは抜けたって感じ。
そんな感じだったわけです。
でもなんか、難しいなと思うんですよね。
自分をいじめてはいけないって、
自分の、要はツイッターとかで見てる人ですね、
自分がリスペクトしてる人がそういうふうに言ってて、
そうだなって思うし、その言葉で実際救われてきたって思いつつ、
やっぱり心のどこかで、
やっぱり自分の弱さから逃げてるんじゃないかって思っている。
前は弱さを受け入れていくみたいな、
弱さを受け入れることと、自分の弱さに対して見て見ぬふりをすることは違うだろうなと思っていて、
自分との向き合い方
自分は昔から自分と向き合うっていうことを、
自分の強さに対して見て見ぬふりをすることは、
自分の弱さに対して見て見ぬふりをすることは、
自分は昔から自分と向き合うっていうことは大事にしてきた。
それはできてたかどうかっていうのは置いといて、
要はそういうスタンスのことなんですよね、向き合うっていうのは。
要は正確に言うと自分と向き合おうとするっていうトライの姿勢、
要はパンチはしなくてもファイティングポーズはとるっていうことなんですよね、ボクシングでいう。
パンチする勇気はなくても、なんとなく敵っぽいものの方向に向いて、
両手を顔の前に持っていくことはできるかもみたいな、
それが自分にとっての向き合うっていうことなんですよ。
それはかつての自分としてそれなりに意識してやってきたつもりではある。
それも一気に全部と向き合おうとしないっていうのはすごく意識してて、
要は今は自分のこの部分からは逃げるって決めたら逃げる。
でもこの部分に関して、要はなんとかしたいなと思うわけですよ。
っていうときにその部分に対してのみ向き合う。
向き合う、要は生活上で意識する回数を増やそうかなとか、
ちょっと考えてみたいなっていう。
そのときの考え事のテーマにそれを持っていくくらいのものだったと思いますけどね。
あんまり行動レベルでああしようこうしようみたいな、
そういう感じじゃなかったと思いますけど。
それは今こうやって喋ってても、自分は大事だなって思う。
でもそれをもう一つ深くというか、
要は自分と向き合うっていうことについて考える。
自分と向き合うっていう言葉に対して、
その営みに対して向き合うっていう、
そういう時期が来てるのかもしれないなと思ったりしますね。
要はメタ向き合いですよね。
あんまり自分、メタ認知とかのメタですけど、
そういうのってあんまりピンときてなかった方なんですけど、
たぶん今みたいな話なんだろうなって喋ってて思いました。
向き合うっていう行為に向き合うという、
一個上の次元なわけですよね。
そんな何か交渉そうなことを考えて、
あれこれするのが偉いとか、そういうわけじゃないと思うけれども、
やっぱり自分なりに正しくいきたいんでしょうね。
ここでやっぱり正しさとか、正義みたいな言葉を持ってくるのって、
自分にとっても違和感のあるワードですけど、
違和感っていうか、やっぱりみんなっていうか、
たぶん自分ぐらいの世代の人だったら、
そういうこれが俺の正義だって振りかざしてる人見たら、
やっぱ嫌悪感抱くじゃないですか。
それと同じものが自分にもあって、
それにすがりついて生きようとしているし、
生きたいと思っているのかなっていうことですよね。
でもそれは、それこそ気にしいで、
周りの人の評価とか、そういうのだけにしがみついて生きるよりかは、
やっぱりいくらがマシだと思いますよ。
自分の中でこれが正しいとか、
価値判断の基準とか、
そういう自分の思想心情を作るっていうことですよね。
要は一番大事なのは、それがアップデートされ続ける。
アップデートって言い方も悪いな。
やっぱり変化し続けるっていうことなんでしょうね。
それが一番大事で、
それがもう何にも変わらないっていうこともないと思うんですけど、
やっぱり変えたくないって思って、
自分の本当の気持ちと変えたくないっていう気持ちが混在して、
混在するのはいいんだろうけど、
自分の中で収集がつかなくなったときに、
たぶん人は周りに迷惑かけちゃうと思うし、
自分もたぶん苦しいと思うんで、
それがないようにいきたい。
それが自分が今思う、
生の、生きることの正しさかなと、
思いますね。
気にしいな性格の理解
話がとっちらかった気がしますけど、
こんな感じでね、
ぽつぽつ増田とまたポッドキャストをやるまでのつなぎで、
一人喋りも録音してみようかなと思いまして、
そういうご挨拶の回です。
ほぼノープランで回して、
喋るようにしようかなと思っているので、
何話すのか全然わかんないし、
本当にとっちらかっていくような気がするんですけど、
今日もお風呂沸かしている最中に、
録音しようって思って、
めちゃめちゃお風呂が沸いた音楽が乗るっていう、
そういうチンジも起きますが、
実際これ音入ってないのかな?
入ってないのにボロボロ喋ってたら、
そっちの方が恥ずかしいけどね。
まあいいんですよ。
結構自分って、
固い話をするし、
文章を書いたらそれこそ固いし、
なんかやっぱり一人喋りだったときに、
いろいろこねくり回しちゃうタイプだとは思うんですよね。
もともとね、やっぱり人と喋ってたりとか、
仕事してても喋りながら喋ってたりとか、
言い方を変えてもう一回言いたくなったりとか、
まあね、やっぱり人文書を読む傾向にあるから、
そこにやっぱり引っ張り合うタイプだったりとか、
言い方を変えてもう一回言いたくなったりとか、
あれこれ、その一文が長くなったりとか、
なんか言い方を変えてもう一回言いたくなったりとか、
そういう傾向にあるから、
そこにやっぱり引っ張られちゃうっていうのもあるんだろうけど、
多分思考の癖がそういうタイプなんですよね。
別に人文書を読まなくても、読む前から。
そういう意味ではちょっとオタクっぽいところもあって、
ある意味一人喋り向きなのかもしれませんけど、
だからこうやってバラバラ喋ってて、
聞いてる人が言いたいことを受け取ってもらえてるのかっていうのがめちゃめちゃ気になる。
要はこういうところが気にしないわけなんですけど、
それはそれで案外受け取ってもらえてることも多いっぽいので、
やっぱり自分は気にしないんだなと思いました。
まあ、一人喋りで自己紹介パートという感じではいいんじゃないでしょうか。
ではまたそのうちお会いしましょう。