ページビューについての考察
松浦シゲキの、それでもメディアは面白い。
この番組、それでもメディアは面白いは、メディアコンサルタントで
コミュニケーションプランナーの松浦シゲキが、
ありとあらゆるメディアの器をこねくり混ぜながら語り尽くします。
さて、今回のテーマは。
はい、皆さまこんにちは。松浦シゲキでございます。
今日はですね、ページビューについて語ってみようと思います。
きっかけなんですが、NodeのCXOである深津さんが書いた
なぜNodeは、ページビュー、市場主義と戦うのか、という記事です。
はい、概要欄に貼りますので、ぜひそちらもお読みください。
まあ見る限りですね、かなりたくさんの方々に読まれていて、
いいねも多くついているかなという感じですが、
まあ今日はですね、深津さんの記事にですね、
なんていうのかですかね、共感するとかそういう立場では話さない感じですかね。
自分はメディアコンサルタントっていうね、立ち位置もありますので、
この話をですね、メディア設計の問題として正面からちょっと整理してみようかなと思います。
まず私の立場なんですけど、まあはっきりさせますと、
自分はね、ページビュー自体を否定しているわけではないです。
はい、通常みたいにメディア運営なんてね、現実的ではないですからね。
ただし同時にですね、ページビューをですね、最重要の指標としてメディア設計すること自体はですね、
ずっと強い違和感を持っています。
はい、これは別に最近の話でも何でもなく、もう10年以上前からですね、
私はまあちょっと言葉悪くて、ページビューなんて知らんと言い続けてきましたと。
はい、そんな感じです。正確に言うとね、ページビューに意味がないまでは言わないんですけど、
ただ価値判断の軸にしてはいけないという立場でございますと。
で、なぜかというとですね、まずちょっと伝えての話からひもと言っていきたいかなと思うんですが、
デジタルメディアの変化
ふかつさんはね、ノートのCXOなので、なぜノートはという言い方されていますが、
別にこれノートだけの話ではないかなと。プラットフォームの話ですね。
私の言葉、定義で言えば伝えてですね、コンテンツを伝える機能になる部分のところです。
で、まずはそこからひもといていこうかなと。
で、昔々ですね、デジタルがなかった頃、テレビ、雑誌、新聞ラジオ、
そこでの数字っていうのはね、視聴率であり、部数であり、とにかく大きな数字が正規でしたと。
1日20時間という時間の制約があったり、氏名や枚数という枠の制限がある中、
この制限された中でいかに多くの人を集めるか、だからまず数ありきだったと思うんですよ。
で、かつですね、その集めた数に対して今のように広告を自由に出し分けできる仕組みはありませんでした。
で、とにかくね、多くの人を集めてそこに広告を当てるというやり方でしたと。
デジタルの初期も同じですね、たくさんのページビューを集めればまずはそれでいいと。
中身のユニークユーザーなんてあんまり見てこなかったというのが初期の実情でしたと。
ただ今はですね、プログラマティック広告があり、この人が見てるからこれ、あの人が見てるからあれという形で、
一人一人にですね、合わせた出し分けができるようになりました。
そんな状況の中で、ページビュー市場主義でメディア設計すると、ほぼ確実にですね、3つの歪み生まれますと。
まず一つ目はですね、コンテンツがですね、反射神経型になるんですよ。
ページビュー、所属がすべてですね、サムネイル、タイトル、重要ですよ。
重要なんですけど、その結果強い言葉とか強いね、表現でタイトル作っちゃったりサムネイル作っちゃうとします。
タイトルで煽っちゃいます。単純な構図にしてしまうんですよね。
分断を生みような表現にしてしまう。なんだそれをと反射的にクリックされる。
で、これ別に確定の質の問題ではないんですよね。
あくまでもメディア設計の問題かなと。
ページビューをね、最重要指標にした瞬間、考えさせるコンテンツよりも反応させるコンテンツの方が増えます。
これはね、ほぼ避けられませんね。
新聞、テレビ、雑誌などでもね、本当に掴みが大事なのは同じなんですけど、
デジタルだとね、その度合いがね、極端になりすぎます。
で、2つ目。限りの目線がですね、読者からアルゴリズムに移っちゃうんですよね。
誰に届けたいかではなく、これは伸びるのか、みたいな感じで書くようになっちゃうんですよね。
想定しているのは人じゃないんですよ。
はい。人格ターゲットではなく、数字ターゲットになっちゃうんですよね。
こういう仕組みだからっていう形で書いちゃうんですよ。それは良くないと。
この状態で続くと、本当に書き手はですね、疲れ果てちゃいますし、
メディアっていうところのですね、そういう意味で作り手がですね、ちゃんと作らないとね、空洞化しちゃいますからね。
はい。
で、3つ目。信用が積み上がらなくなると思います。
ページビューは瞬間法則ですから、信用は本当に時間の積み重ねでございます。
ページビューが多いすぎると、信用が積み上がる設計がですね、後回しになるんですよ。
そうするとですね、積み上がることもあるんですけど、失うこともあります。信用はね。
今後のメディアの展望
で、それはね、ページビューでは取り戻せないんですよね。
これはもうね、デジタルメディアの現場で何度も私見てきました。
で、もちろんビジネス側、広告の側からもね、変化起きてますと。
先ほど言いました通り、昔はたくさんの人に見られれば広告価値ありました。
でも、今は広告を出す側もですね、それが最終的に買ってもらえるのかどうか、もう追いかけてると。
もちろん、たくさんの人に当てて認知が取れるという、認知目的の広告ならまだ分からなくもないんですけど、
だけどですよ、煽り立てているコンテンツに対して、良い広告がつくかどうかで言うと、今はね、なかなかつかないかなという感じですね。
はい。で、プラットフォームの設計思想で言うんであるんだったら、プラットフォーム側もね、そういう意味では多くの人を集めて、
多くのそういう意味、視聴率、ページビューその他諸々で、煽り立てるようなことも含めてやってた部分がありますと。
はい。伝えたいなファンクションとしてのプラットフォームは、NOTEさんがそうですし、Xもそうですと。
で、ただですね、Xももちろんシュラの国ではあるんですけど、一方で長文コンテンツがよく読まれるように設計したりという感じで、次回のUberAIをですね、
という観点で動き始めているところもあるかなと、私は見ています。はい。
まあ、Yahooもね、プラットフォームでYahooトピも煽り立てる設計と、そうでね、設計の間行ったり来たりしてましたけど、私の目からすると、
今のYahooトピはですね、再び守りに入ってきているかなというような雰囲気も感じます。はい。
そういう意味でね、プラットフォーマーは全体的な設計思想を絶対にちゃんとやっていかなきゃいけないんですよ、最終的に。ビジネスやるんだったら。
煽って数字だけ煽っていればいいかって言ったら、広告的にそうはならんのです。結果的に。はい。
ふかつさんのね、記事の中でもね、プラットフォームの設計思想はそのまま社会の空気を作りますと書かれていますと。
はい。ノートの空気、Xの空気、やさのクイズ、空気、空気。
噛みましたね。はい。まあでもここもそうです。フェイスブックもそうです。インスタもそうです。スレッツもそうです。
それぞれにですね、確かに空気設計されております。はい。プラットフォーマー、ユーザーに継続して使ってもらわなきゃいけないというのがありますが、
それがネガティブなやり取りや見せ物小屋的なインプレッションでどうにかなるかというと、今ね、どんどんどんどんね、広告的にはどうにもならなくなりつつあるかなと。
まあ最終的にね、そこがチキンレースになっているというのは各社はわかっていることです。はい。
規制やルールが入ってくる可能性ありますし、自主規制も含めてその必要性、私はあると思っております。
ネガティブな煽り立てばかりの手段の国たるプラットフォームに人が居つくかどうかって言うんだったら、私はゼロになるとは言いませんけど、最終的にはまあ
ひどいこっちゃになるかなというふうに思っています。それを見てね、楽しめる人しか残らないところに何の広告の価値があるのか。
その先のですね、例えば何の課金があるのか、私はないと思っている派です。
で、ノートがですね、こういう距離を取ろうとしているのは、まあその先ほど言った3つの歪みから状態化することかなというふうに思うんですよ。
ページビューの問題点
はい、改めてノートさんはですね、ページビューを見るなと言っているわけではなく、ページビューでしこてしするなと言っているかなと。
数字があるから考えなくていいという状態こそがメディアにとって一番危険だからかなと。
なぜ読まれたのか、誰に届いたのか、どんな意味が残ったのか、この問いを飛ばして数字だけで評価が終わる設計っていうのは
よろしくないと。ここがまあページビュー市場主義と戦う理由になるかなとね。
だからページビューで数字をかけていくというのは、伝えた側も考えなくなってくるだろうし、コンテンツ作る側もまだページビューと言っているのかと
大変してくると古いですよという話だと私は思うんです。
はい、自分はですねそれこそ12年前ハッポスト日本場所代編集長をやりまして立ち上げやりましたけど
それ以降、それより前からも言ってるんですけど、まあかかってきたメディアで一貫して重視してきたのはもうページビューではありません。ユニークユーザーです。
本当そういう話しません。パスポットの時もそうですし、スマニュの時も中ではちょっとそういう話しましたけど
表側でもとにかくユニークユーザーしか言いませんし、私も個別のページビューとかですね全然見てこなかったかなみたいな感じですね。
まあね当時12年前とかもね、あれこれ言われましたページビューの話をなぜしないのだと。でもねページビューなんてね本当その意味で必要かって言われたら
私自身はユニークユーザーも人を見るというところを大事にするというメッセージが強かったのでそれを言い続けてる次第です。
ユニークユーザーを集めてそのユニークユーザーに最適にコンテンツが取れているのかどうかっていうところが私は見るべき数字だと思いますし、そこが芯を食った話だと思います。
なのでまあそこの芯を食った話、自分が最重要だと思っている主要で言うのはやっぱ時間ですよね。
滞在時間、接触時間、消費された時間。多くの人がねそのメディアを読んだり消化してする中でどれぐらい時間使ってくれるのかと
そこがよっぽど大事。プラットフォーマーも広告本の人も本質的にはそこを一番見てると思います。
各社の媒体周辺見ていただければわかりますがユーザーの滞在時間を皆さん気にしてますとそれで言うと。
それは伝えてのプラットフォーマーもそうですし、作り手のプラットフォーマーだってね書いてるところちゃーんと書いてありますからね。
一人当たりの滞在時間がどれぐらいあるのかそれを絶対取っていくべきです。接触時間大事ですからね広告においても。
でそうするとタイトルだけ見て途中で離脱するようなコンテンツは秒数短いです。秒数短いコンテンツを大量に並べてそれで何が残るの?
という話ですよね。あと作るところの話でやっぱり抑えとかなきゃいけないのは生成ですね。
あの生成手段として使うには全然問題です。それで言うと。ただ作った後最終的なチューニングがちゃんと人の手で行われてますかと。
どこまでか。そこがですねやっぱりポイントなんですよ。やっぱり生成AIで99%作っていいと思うんです。
1%はやっぱりそこの引きです。そこの引きがないとですねなかなか途中でこれなんか機械に読まされてるなと思ったら
逃げちゃうんですよね。別に機械が作った文章がダメって言ってるわけじゃないんですよ。引き付ける引力で言うんだったらやっぱり元ネタの
企画力もそうですしアウトプットの切り出し方っていうところも大事だと思うんですよ。そこを生成AIに任せず最終的に生成AIは99%やってるかもしれないんだけど
そこの思想っていうところ作るところの思想っていうところがちゃんとやらないと引き付ける引力も生まれないと言う
だと思うんですよね。時間が止まらないコンテンツはですね結局信用にもビジネスにも繋がらないかなというふうに思います。
まとめますとですねノートがやっているのはページビューという便利な趣味を使いながらもそれ 以外の半田事故を残すという設計ですね
理想論ではなくメディアが長く続くための極めて現実的な選択かなと ページビューは見ますよ。だがページビューですべて決めない。その面倒な態度を捨てなかったこと
そこにページビュー、市場、市議と戦う理由があるかなというふうに思いますしね。
コンテンツ制作の重要性
今時ですねそういうところを重視していくメディアじゃないとそういうところっていうのは ユニークユーザーとか時間とかね
重視していくメディアじゃないと報告もしっかり書きもしっかり難しいかなと 引き続き私はですねそういうことを啓蒙していければいいかなと思いますし
自分ごとにすればですねだから私としてもこのポッドキャストが刺さる人に刺さっていれば そういう意味での視聴数とかは気にしていません
どれぐらい長い時間聴いてくれたのかみたいなのが大事かなというふうに思っております
デジタルメディアのビジネスに関わる皆様とか私自身 松浦茂樹という個体にですね
演技を感じていただいている皆様にきっちりと刺さる内容で大体時間なりで撮れているので あるならそれで構わないと思いながらこのポッドキャストをですね
喋っている次第でございはい今日はページビューについてお話ししてみました今後とも こんな感じでやっていきますのでよろしくお願いします
それではまた松浦茂樹でしたまた来週です