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ニュースレター『STEAM NEWS』からQ&Aを抜き出してお話してみました.このエピソードでは「空港で一番テンパったのはどんなときですか?」について,個人的ワースト5をご紹介しています.

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いちです。おはようございます。
今回のエピソードは、【ショート編】ということで、
僕が毎週メールでお送りしているニュースレター、
STEAMニュースからQ&Aを抜き出してお届けしようと思っています。
お送りするのは、STEAMニュース第164号のQ&A。
どんな質問をいただいていたかというと、
空港で一番テンパったのはどんなときですか?というね、ご質問でした。
空港で一番テンパったのはどんなときですか?
白状すると、僕はよく空港でテンパっています。
というわけで、そのテンパったエピソード5つを順位付けして、第5位からご紹介していきたいと思います。
第5位。関西空港で荷物が重量オーバーしたとき。
飛行機乗るときね、スーツケースとか大きなカバンとかカウンターで預けると思うんですが、
重量制限がありますよね。
大抵は20キロまでというところがね、多いかと思うんですが、
これはですね、エジプト調査のために、
当時ね、関西空港からエジプト回路まで直行便があった時代なんですが、
男3人で機材を運んでいて、
関西空港のエジプト航空のカウンターに行って、
荷物これだけありますって預けていったんですね。
1人20キロまでとして、3人で60キロまでが無料枠で、
それは超えるだろうとは予想してました。
プラス100キロぐらいは超えるかなと思ってたんですが、
荷物をね、次々とカウンターに運んで足し算していってもらって、
どのぐらいかなと思って、最後ね、ワクワクというかドキドキしながら聞いたんですが、
カウンターのね、方から、
お客様、お荷物が1トンほど超過しております、言われて、
初めて聞きましたよ。カウンターでトンなんて単位。
実際に約1トン超過してました。
さすがにこれどうやって払うんだろうって思いました。
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その時のね、男3人のうちの1人が、現在ね、
世界不思議発見でおなじみのエジプト航空工学者川江ゆきのり先生だったんですが、
2人で顔を見合わせて、
どないしようっていう風にね、思ったんですが、
一応荷物はね、超過するよというのは、
エジプト大使館からレターをもらっていて、便宜を測ってくれっていうレターを持ってたんですが、
それでもね、効力はプラス100キロぐらいまでかなと思っていたので、
1トンはさすがにね、カウンターでもどうしようもないって言われて、
もうわかったと。とにかくカイロまで行かせてくれと。
カイロで支払い交渉するからということで、なんとかね、カイロまで行って、
カイロまで行った時にちょうどね、エジプト航空省と話がついていたので、
そのままね、機材は特別な荷物ということで、
支払いは多少はしたんですが、1トン丸々分ではなかったです。
まあなんとかなったというお話でした。
第4位。カイロの国内線ターミナルのセキュリティゲートで暴動が起こった時。
これはエジプトのカイロ国際空港で国際線から国内線に乗り継いで、
エジプト南部へとね、向かった時の話なのですが、
飛行機ってね、出発時間決まっていますから、乗り遅れると、
次の便をね、待たないといけないというか、チケットも買い直しになってしまうんですね。
ところが国内線のセキュリティゲートがすごく混んでいて、
数百人待ちだったんです。すごく長い行列ができていて、
行列の先頭はね、金属探知機のゲートがあるじゃないですか、
そこでボディチェックとかもしていて、みんな辛抱強く待っていたんですが、
僕たち乗り継ぎ時間がね、30分とか結構短い時間しかなくて、
エジプト人ともね、一緒にいたんですが、これ待ってたら絶対乗り遅れるし、
これ乗り遅れたら多分翌日まで待たないといけないんじゃないか、
これはちょっと待てないなということで、
ほら、国際線だと優先レーンとかね、お金払っていたりとか、
マイレージの上級会員だったりとかすると、優先的に搭乗できる、
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あるいはセキュリティゲートを通過できるプライオリティレーンというのがあるじゃないですか。
国内線もあるんですかね。
そのエジプトの回路、空港の国内線ターミナルにはもちろんね、
そういうプライオリティレーンがなくて、みんな辛抱強く数百人が一つの行列を作っていたんですが、
僕たち間に合わないからということで、自主的なプライオリティレーンを作って、
セキュリティゲートを抜けたんですね。
その直後についに並んでいたエジプト人たちがブチ切れて、
逆の立場だったら僕もブチ切れると思うんですが、暴怒が起こったんですね。
さすがにもう僕はもはやこれまでと思いました。
数百人のエジプト人が突進してきたので、もう人生終わったと思ったんですが、
男性も女性もいましたけれども、彼ら彼女らはどこを目指したかというと、
この順番を抜かした僕たちではなくて、警備員に向かったんですね。
こんなセキュリティチェック意味ないだろうって、なぜこんな待たせるんだって、権力に向かっていった。
ここがエジプト人のメンタリティーの僕のすごく尊敬するところで、
エジプト人に耐えるぐらいなら権力と戦うっていうところ。
命拾いはしたんですが、かなりテンパりました。
第3位、エボラ出血熱に気をつけろと言われた時。
こちらはリスボン空港での出来事なんですね。
リスボン空港でやむを得ずベンチで一泊したんですね。
なぜこんなところで野宿みたいなことをしてたのかというと、理由は後でご説明したいと思うんですが、
このリスボン空港の空港内のあちこちに、
各国語でエボラ出血熱に注意しろというふうに書かれていたんです。
リスボンというのは歴史的にアフリカ大陸の玄関口でもあったりとか、
北米南米との玄関口でもあったりとか、ヨーロッパとヨーロッパ以外をつなぐ窓口になっていますから、
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エボラに限らずいろんなウイルスであったりとか、病原性の菌であったりとか、
集まっているのかもしれないんですが、エボラ出血熱ってヨーロッパにも来るんだと思って、
そのベンチの上で寝てしまうまでは結構テンパっていました。
そのときの写真、ベンチで寝ているときの写真もあって、
これはクオラというQ&Aサイトに載せているんですが、
気になる方はスティームニュース146号、違った、スティームニュース164号にリンクを貼っていますので、
Q&Aの第3位のところからたどっていただければと思うんですが、
体重が今よりも20キロあったときなので丸々とした写真が写っています。
これ本当に怖かったです。
なぜこんなリスボン空港で一夜を過ごさないといけなかったかというと、
時差の関係で、確かこの時間に電話につながらないといけなかったんですよ、日本からの電話に。
どこからかかってくる電話かというと、
その時、事情があって、家庭裁判所のご約会になっていたので、
電話に出られないと、余計に期日がかかるということで、
他に調整しようがなくて、リスボン空港で一夜を明かしました。
で、次の日ね、ローコストキャリアに乗って違う島へと行ったんですが、結構怖かったです。
で、それから結構寒かったです。
周りもね、人いなくてね。
いや、夜の空港ってね、滞在する場所ではない気がします。
夜の空港といえばね、これも関西空港での思い出なんですが、
関西空港って一応建前は24時間空港じゃないですか、
24時間ね、飛行機が立着、陸空できるわけなんですが、
そのね、交通もが24時間ではないので、
深夜便に乗ろうと思うと、終電で関西空港に行かないといけないわけですよ。
23時とかに関西空港に着いて、出発便がね、朝の2時とか3時とかだったりするわけなんですよね。
12:05
で、これ僕の思い出で言うと、
カンボジアに向かう時の便で、
このバンコク経由してカンボジア、シムリアプへ向かったんですが、
もうこれね、20年ぐらい前の話なんですが、
そんな時間の便があったんですね。
いやー、夜中にね、23時とか23時半とかに関西空港着くじゃないですか、
もう空港ね、真っ暗なんですよ。
で、唯一の明かりが、ほんのり明かりはついてるんですけれども、
あー、これぞ明かりというのが、外務省特効情報ターミナルでしたっけね、
海外情報を画面に呼び出して読むことができる端末が空港に置いてあって、
それをポチポチ押すと、今アメリカはこんな状況ですよとか、
出てくるわけですよね。
そんなアメリカとか調べても面白くなくて、
当然これから行くカンボジアについて調べるじゃないですか。
寄せばいいのに。
そうすると、当時ね、ネガティブな情報ばっかり出てきたんですよ。
20何歳女性、頭部をドンキで殴られ重傷とかですね、
30何歳男性、自動車を運転中に拳銃で撃たれるとかですね、
ちょっと待って、今から行く国これかよと思って、
当時カンボジアはね、内戦が終わった直後で、
市民がまだ武器を持っていたりとかした時代なので、
非常にね、大変な時期だったんですね。
真っ暗な空港で、僕一人で心細い思いをしていました。
しかもね、これはカンボジアの遺跡の調査チームだったんですが、
現地集合というか、泊まる宿も名前だけ聞いたけど、
これどこかわかんないぞっていう状況で、
とてもね、夜の空港には心細いというか、
てんぱった思い出しかなかったりします。
次行きましょう。
これは東京羽田空港の穴のカウンターでのことなんですが、
これ結構ね、てんぱったんですよ。
どういうことかというと、
15:00
少しね、乗り継ぎの多い国際線に乗るところだったんですね。
穴でチェックインができて、
マイルを登録してもらおうと思ったところ登録できなくて、
カウンターの方がね、ちょっと調べていただいてくださって、
お客様、生と名が逆になっているようですというふうに言われて、
確かにチケットのね、生と名が逆になっていたんです。
これExpediaで発見したフライトで、
後で調べたところExpediaあるあるだったようなんですね。
チケットの発見ですから、かなり慎重に生と名、
ファミリーネームとギブンネームっていうのを、
しつこく調べて発見したのですが、
どこかで入れ替わったんでしょうね。
ネットで後で調べた感じでも、
Expediaではたまにそういうことがあるようで、
生と名が入れ替わっちゃうということがあるようで、
最終確認画面では、
反転していることがわかるような状態にはなるそうなんですが、
そこを見落としたんでしょうね。
空港で初めて気づいたというもので、
カウンターでですね、
この最初の便に関しては本人確認が取れているので、
お乗りいただけますと。
ただこの先の乗り継ぎは保証できませんと、
乗り継ぐたびにカウンターで交渉していただくことになります、
というふうに言われました。
実はこの時のフライトの乗り継ぎが、
それなりにあったんですね。
まず東京羽田からロンドンヒースローへ飛んで、
ロンドンを拠点に、
いくつかちょっと荷物とか持ち込んでたんですが、
一旦半分ぐらい荷物を置いて、
そこからフランクフルトへ飛んで、
ドイツですね、ドイツフランクフルトを経由して、
エジプトのカイロをですね、
カイロで世界遺産の調査に加わって、
その後ですね、今度はオーストリアのウィーンを経由して、
デンマークのコペンハーゲンへ行きまして、
デンマークの国内線を乗り継いで、
オールボルグというね、
デンマークの北の方の小さな町へ移動して、
そこでオールボルグ大学で仕事をさせてもらって、
再び国内線でコペンハーゲンへ戻って、
オーストリアウィーンを経由して、
ロンドンヒースローへ行って、
ロンドンで最後仕事をして、
18:02
その後またドイツフランクフルトを経由して、
東京羽田へ帰ってくるというね、
フライトだったんですね。
これどっかで乗れませんと言われたら、
もうこの先おしまいだなということで、
どうなるんだろうというふうにね、
若干楽しみでもあったんですが、
無事最後まで一周できました。
この時はね、荷物とか服とか大変でした。
ロンドンではね、
スーツを着てネクタイを締めてする仕事だったので、
当初ね、もうこれ菓子商屋さんにお願いしようかなと思ってたんですが、
ナショナルホリデーと国民の祝日と重なってしまって、
菓子商屋さんがお休みだというのがわかったんで、
日本からね、結構古くなったスーツを持って行って、
ロンドンのNPOで、
ホームレスの方とかにスーツを寄付することで、
就職面接に行けるようにという事前団体があるんですが、
そこにスーツをクリーニングして預けて、
これは、多分対角的には僕と同じアジア人の方でね、
着てもらえる人がいたらという事で、
そのNPOに預けて行ったんですが、
それでね、エジプトの調査服はユニクロの、
もうこれ、このシーズン終わったら捨てようと思ってた、
ボロボロの服を持って行って、
確かにボロボロになったんですが、
だんだんね、愛着が湧いてくるんですよね。
ボロくなればなるほど。
それは着たまま、今度はデンマーク行って、
デンマーク行くとね、やはり寒いので、
地元のスーパーに行って、
デンマークというか、北欧はそうしてなんですが、
消費税がめちゃくちゃ高いんですよね。
これは外国人で、僕は外国人で、
この後出国するんだというパスポートを見せて証明すると、
日本の免税と一緒ですね。
デンマークの免税があって、
消費税分が安くなるんですが、すごく安くなりました。
もう税金高いんだなというのを感じて、
そこで防寒着を買って、
その防寒着はね、ピカピカの防寒着ですから、
もったいないですからね、
ちゃんと日本に持って帰って、今でも着ています。
服装もそうでしたし、
エジプト調査の機材とかも、
デンマーク国内持ち歩くのが嫌で、
結構あったんですよ。
コペンハーゲンの空港で、
コインロッカーとかにね、
21:01
コインロッカーじゃなくて、
あれはなんていうんですかね、
ロッカーサービスですね。
預かれるような大きさではなかったんですが、
空港の職員さんに交渉したら、
多分ね、闇のバイトだったと思うんですが、
空港職員さんが、「わかった。
俺のオフィスで預かってやる。」
っていう風に言ってくれて、
妥当な額は支払いました。
妥当な額を支払って、
何日間ここで預かっておいてくれって言うと、
よし、わかったって言って、
空港オフィスの一角に、
彼のデスクのところに置いておいてくれました。
デンマーク戻ってきて、
デンマークというかコペンハーゲン戻ってきて、
荷物回収して、
またロンドンに向かうというようなこともしました。
去年も、去年はロンドンで、
僕テデックスの、
テデックスデジマスタジオの撮影で、
ロンドンで行って、
その後ね、オクスフォードに行ったんですが、
ロンドンに機材預け、話にしていたんですが、
割と僕あちこち、
荷物預けることをしています。
多少ね、お金かかるんですが、
この機材持ってだって、
20キロとか30キロとかになりますから、
それを考えるとね、
置いていった方が、
結局は安上がりだなということで、
よく預けています。
今のところね、
トラブルはないですかね。
壊れたりとか言うことは、
今のところないです。
今、うすうす気づき始めていたんですが、
喋りながらうすうす気づいていたんですが、
このエピソード、
ショート編のつもりだったんですが、
レギュラーの18分より長く喋っている気がします。
まあ、でも一応もうショート編ということで、
冒頭で言ってしまったので、
タイトルもショート編にしておきます。
では、第1位いきますかね。
第1位、
ポケットにどら焼き事件の時。
これ、空港で僕がテンパった中で、
最高にテンパったのがこの事件。
ポケットにどら焼き事件の時だったんですね。
搭乗ゲートの直前ですから、
チェックインしてセキュリティーも抜けて、
さあ、いよいよ搭乗するぞという時に、
ポケットの中を見たんですね。
ポケットをちょっとこう、
僕はその時パーカーを着ていて、
24:01
ポケットが膨らんでいたので、
お財布ここに入っているだろうと思ってたんですよ。
いつもお財布を入れるポケットが膨らんでいたので、
お財布入っていると思ってたんですが、
ふっとポケットの中を見たというか、
手を突っ込んでみたんですね。
お財布あるかなという確認なんですかね。
ちょっと無意識に手を伸ばしたんですが、
お財布じゃなかったんです。
なんと前の日に買ったどら焼きだったんですよ。
ポケットからどら焼きが出てきた。
お財布どこってなるじゃないですか。
飛行機の登場が始まっていて、
これ逃したら長崎帰れないし、
これ羽田空港だったんですが、
長崎帰れないし、
でも乗ったら乗ったで、
財布をどっか空港とかで落としてたら、
もう拾うチャンスないし、
究極の二者卓一だなと思って、
すぐどら焼きの写真を撮って、
なぜかネットにアップしたんです。
今ポケットの中の財布がどら焼きだったんですけれども、
飛行機乗るべきですかみたいな、
わけのわからないことをして、
結局乗ったんですけれども、
着陸するまで、
これどうやって空港から家帰るんだろうって悩んでました。
っていうのも空港着いた途端に、
現金持ってないってなったことが、
過去2回あったんですね。
一つ目は海外で、
カナダに着いた途端に財布をどうも落としたらしくて、
すごい大変な目にあったんですね。
一人だったんで、
お財布ないとどうしようもなくて、
ホテルは取ってたんですよ。
空港出たけれど、ホテルに行く手段がないと。
ホテル予約はしてた。
行き先も分かってた。
ホテルの名前も分かってた。
しょうがないので、
空港でタクシーと交渉して、
とりあえずホテルまでは連れてってくれと。
ホテルでコンシェルジュにお願いして、
ルームチャージということにして、
タクシー代出してもらうから、
その交渉するから、
とにかく乗っけてくれというのでお願いして、
それが合法なのか違法なのか、
ちょっと僕は分からなかったんですが、
とにかくホテルまで行って交渉して、
その初日はなんとかしました。
ホテルで同僚と合流したので、
別に持っていたクレジットカードがあるので、
27:05
そこで支払いは僕はクレジットカードでするから、
あなたの負担分は現金でくださいねというので、
現金を少しずつ貯めていくということをしたんですが、
2度目は関西空港帰ってきたときに、
何か計算間違いしてたのか、
日本円をほとんど持ってなかったんですよ。
電車とかバスとか乗れるのかなと思ってたんですが、
ちょうど帰ってきた前の日か前の前の日に、
南海電鉄ラピートという特急があるんですが、
それはタッチするタイプの、
関東で言えばパスモに相当する、
関西ではピタパというのがあるんですが、
ピタパに対応したので、
ピタパを持っていたので、
それで帰れたというようなことがありました。
当時はJRと関西しての互換性がなかったので、
ピタパが使えるかどうかというのは、
結構大きいファクターだったんですが、
それで無事に帰れたということがあったんです。
そんなことを思い出しながら、
長崎駅の飛行機に乗ってたんですが、
空港に着いて落ち着いて、
カバンの中を探すとお財布が出てきました。
本当にお騒がせしましたということだったんですが、
それで無事自宅まで帰ることができました。
当時は長崎空港に着いたら、
船とタクシーで乗り継いで家に帰るという、
ちょっと偏僻なところに住んでいたので、
現金が必要だったんですが、
それでなんとかなったという記憶、
一番テンパった時の記憶でした。
そういえばですね、
乗っていた飛行機が火事になったとかですね、
飛行機移動に関しては、
そこそこトラブルは経験しているんですが、
空港でテンパったベスト5、いやワースト5は、
こんな感じかもしれません。
お話ししている間に、
あれこれまた思い出してきたんですが、
そういえば、これも空港ですね、
ボストンの空港で丸裸にされたこととかですね、
もありましたね。
30:00
丸裸はちょっと言い過ぎかもしれないな。
パン1ですね。
航空券のチケットにSSSSって書かれていて、
航空会社の言い分はランダムに刻印している
ということなんですが、
絶対ランダムじゃないだろうと思うんですね。
このSSSっていうのが特別検査という意味で、
そのワンランク上のS4つっていうのを
食らったことがあってですね、
これは別室です。
セキュリティを抜ける前に別室へ連れて行かれて、
オフィスにやっぱり金属探知機が置いてあって、
そこをくぐってみろって言われて、
くぐるたびに1枚ずつ服を脱がされるんですね。
警備員がいて、脱げって言われて、
服を脱ぐとまた脱げって言われて、
最後、次脱いだらパンチだって言ったら
いいから脱げって言われて、
本当に靴下も脱いでパンチで
セキュリティチェックを通ったことがありましたけれども、
その時は飛行機は待ってくれるかなと思ってたんで、
そこまで焦ってなかったんですが、
そんなこともありました。
特別のセキュリティを抜けて、
飛行機の入り口まで歩いていくと、
そこでアラブ系の人たちが、
さらに直前のボディチェックを受けさせられていて、
明らかにアラブ系狙い撃ちしてるんですよね。
911があったからというのもあるんでしょうけれども、
ボストンですしね。
僕は日本人だから、
横目にチェックかわいそうって言ってすり抜けようとしたら、
空港職員にお前もじゃって言って引っ張られて、
そのアラブ系の人たちの一番後ろに並ばされて、
僕もボディチェックを受けてから飛行機に乗るっていうこともありました。
そんなこともあったんですが、
それも語彙には入ってないかなと思いながら、
ちょっと思い出しながらお話をしていました。
何分喋ってるんでしょうね。
ショート編のつもりだったんですが、
結構長いこと喋ってしまいました。
このスティームニュース、
メールでお送りしているスティームニュースでは、
時々長めのQ&Aも書かせていただいていますので、
ぜひメールの方もお楽しみにしていただければなと思います。
というわけで、
このエピソードも最後まで聞いてくださってありがとうございました。
最後、Steam FMはやっぱりこの曲で締めたいと思います。
33:01
Look at us now.
Never gets old.
Whatever I do.
I won't let go.
Look at us now.
Our moment.
We own it.
No doubt.
There's nothing that's holding us down.
You and me.
As good as could be.
Living this dream that we found.
Look at us now.
Oh, look at us now.
There's so much waiting before us.
We've yet to find.
34:21

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