1. Startup Now-スタートアップ起業家の物語
  2. 10年越しの再挑戦で社食を変え..
2026-01-27 55:21

10年越しの再挑戦で社食を変える起業家の物語/株式会社みんなの社食 代表取締役CEO 齋藤武仁さん

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「同じ釜の飯で、日本のGDPを上げる」みんなの食堂 齋藤さんが『Startup Now』に出演🎙️

学生時代、生活費を稼ぐために始めた法人向けフードデリバリー「くるめし」のコールセンターでのアルバイト。自らの提言で、創業社長の石川聡さんと事業を立ち上げ成功するもコロナで断念。

10年の時を経ても課題が変わらない衝撃から再挑戦を決意した齊藤さんの物語。ぜひご視聴ください🎧

▼タイムスタンプ
行列店の味をオフィスへ届ける「有名店社食」の概要
5歳で両親が離婚、ミカン箱をテーブルにした生活
母が寮母になった警察署での生活
母の再婚と家庭の不和、居場所を求めたダンス部時代
実父への謝罪と和解「充実の欲求を生きなさい」のメッセージ
慶應大での留年と「くるめし」での原体験
新卒でメガバンク、そして未経験でVCへ
イスラエルでの「専業主夫」生活と、戦争による緊急避難
大手町で感じた「ランチ格差」と、10年前の事業への確信
かつての上司を取締役に。10年越しに立場を変えての再始動
導入率0.3%・1.4兆円の社食市場で、社食を持たない99.7%の企業を救う
三方よしの仕組み:10時集荷・盛り付けなしで飲食店を支援
オフィスに店舗を再現するプロジェクトの全貌
同じ釜の飯で、日本のGDPを上げる

▼ご出演者様の各種リンク
-HP
https://minshoku.jp/
-採用情報 https://www.wantedly.com/companies/company_8921722
-資金調達プレスリリース https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000164511.html
-齊藤さんX
https://x.com/minshoku_taketo

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①決まる商談が増える 有効商談オートメーションSaaS「イメディオ」
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-immedio浜田さんX
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②スタートアップがオフィス移転をするなら「IPPO」
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-おいなり(稲荷田和也)X
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-Startup Now公式X
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-特設サイト
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Startup Nowでは、出演起業家さんを募集しています!収録調整のため、資金調達を発表する1ヶ月以上前からお声かけください。VC経由でのご相談も可能です。

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▼Startup Nowへのお便り
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サマリー

株式会社みんなの社食のCEO、齋藤武仁氏は、社食を通じて生まれたアイデアの重要性や市場の可能性について語ります。また、彼の幼少期からの苦労や家族の影響を受けた人生の歩みが明らかになり、現在の事業を立ち上げるまでの経緯を探ります。彼の物語では、高校時代の苦悩や大学受験を経て起業に至る経緯が描かれています。自身の経験を通じて社食環境を改善するための取り組みを行い、お客様の喜ぶ姿を見届けることにやりがいを感じています。齋藤武仁氏は、過去の企業経験や新たなチャレンジを通じて社食ビジネスの変革を目指す物語を語ります。コロナの影響で一時的な事業のクローズを経験した後、メガバンクで得た学びから転職を経て、独自の理想を持ち続ける姿勢が描かれています。彼は、大企業における社食の豊かさと中小企業のランチ環境の格差に衝撃を受け、自ら起業することを決意しました。このエピソードでは、社食のビジネスモデルの改革と健康的で美味しい食事を提供することの重要性が語られます。齋藤武仁氏は、企業向けの社食サービスを通じて従業員の食事体験を向上させることを目指しています。飲食店との協力を通じて新しい食文化を提供し、会社の生産性を向上させるビジョンを持っています。また、彼は社食の重要性や日本社会における民職の役割について語り、個人の生きざまや社会貢献への思いを共有しています。

社食ビジネスの背景
GmailもGoogle Earthも、社食から生まれたアイデア。
ローンチして1年半ぐらいで、ARRに3億ぐらい。
コロナでクローズですね。
ランチ並み問題があったからこそ、伸びてたにも変わらず、
10年経っても何も買ってない。
その場で総裁に電話して、
10年前は、彼が社長で僕は学生インターン。
だけど10年越しに、僕が社長で彼が取締役。
社食って0.3%の企業しか持っていない。
にも関わらず、実は健在市場だけで1.4兆円の売り上げなんです。
そうなんですか?
社食を持っていない99.7%の企業を対象にしたら、
どれだけマーケットがあるんだと。
声で届ける企業化の物語、スタートアップNOW、MCのお稲荷です。
齋藤さんの幼少期
本日のゲストは、株式会社みんなの社食、
代表取締役、CEOの斉藤武人さんです。
みんなの社食さんは、有名店社食サービス、
みんなの社食を提供されるスタートアップでして、
2025年の12月、シードラウンドのファーストクローズにて、
1.2億円の資金調達を発表されたばかりとなります。
斉藤さん、本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
ここで番組を応援いただいているスポンサーのご紹介です。
決まる商談が増えるイメリオ。
問い合わせ直後や資料を読んでいるホットな顧客と、
画面上で商談を自動で設定。
電話をしなくてもアポが取れる有効商談オートメーションです。
スタートアップがオフィス移転をするなら一歩。
通常のオフィス探しからイヌキ物件の紹介、
待機の支援まで手厚く伴奏。
実はこのスタジオも一歩さんにご紹介いただいた物件になります。
忙しいビジネスパーソンのための超伴奏型英語スクール、
9T English。
高天的に英語を習得した日本人バイリンガルコーチが、
言語学をベースに徹底サポート。
実は僕自身も9T受講しております。
本日は斉藤さんの人生の物語、
あとはみんなの試食さんのこれまでの歩みとかも
肝といていきたいなと思っているんですけれども、
新たな挑戦と成長
まずはその前にみんなの試食さんのサービスについて
簡単な概要を1、2分ぐらいで教えてもらえますでしょうか。
みんなの試食はですね、
先ほどご紹介があった通り、
有名店試食と銘打ってサービス展開をしておりまして、
この食べログで100名店に選ばれていたりとか、
あと食べログの評点も3.2とかじゃなくて、
3.7とか3.8とか、
絶対に並ばないと食べられない、
みたいな有名店の料理を熱々のビュッフェで
試食として会社にお届けするというようなサービスをやっております。
いわゆるツーシートというか、
食べる側の体験としては最高だなと思いつつ、
斉藤さんがなぜそれを提供するに至ったのかという人生の歩み、
ぜひ迫っていきたいなとは思っておりまして、
ご家庭環境とかどんな子だったとか、
なんかその辺りも少しずつ教えてもらえますでしょうか。
千葉の市川っていうところで生まれて、
5歳の頃に両親が離婚してまして、
なのでそのタイミングで私は母方についたんですよね。
で、東京に来たんですけれども、
どうやってシングルマザーとして、
僕を養っていくかっていうところをすごい苦労して考えたらしくて、
最初はまずこの一緒に住んでいる家を出なくちゃいけないですよね、
離婚したので。
で、本当に絵に描いたようなボロボロのアパートにまず引っ越して、
今で覚えてるんですけど、
みかん箱の段ボールがテーブルで、
母はとりあえずコンビニの深夜バイトをやって、
そこでコンビニの廃棄弁当とかを持って帰ってきて食べるみたいな。
離婚したてだから私5歳。
母は多分まだ30代のはずなんですよね、多分。
なんですけど、当然30代の母の方が食べる量多いじゃないですか。
にも関わらず、やっぱり子供を思う気持ちなのか、
自分はお腹空いてないから、
唐揚げ5個ぐらいあったら、4個食べていいとか。
なんか今思うと涙くましい。
でも本当に感謝していて、みたいな貧乏生活を過ごして、
でもそれも数ヶ月ぐらいのはずで、
で、もともと母は松下電機、今はパナソニックですかね。
にOLをやってた頃があって、
その頃の知り合いに、離婚して大変なんだけどみたいな相談をしたら、
警察署で両方さんのポジションがあるみたいな。
警察署で、はい。
すごいニッチな仕事ですね。
ニッチな仕事で、実は今はだいぶ変わっちゃったんですけれども、
昔は警察署の中に若いお兄ちゃん向けの寮が併設されてて、
で、そこに寮の中で食事を作る寮母さんっていう職種がいて、
そこで若いお兄ちゃんたちの大量調理を、4,50食ぐらい作る仕事があって、
下谷警察署っていう、台東区の浅草の方なんですけど、
のところは、すごい100何年とかの歴史がある警察署で、古くて。
で、そこにそのポジションがあるから、そこだったら住み込みで、
住み込みで、はい。
だからすごいんですよ。もう、保育士の免許と、あとは調理士免許を持ってたんですよ。
すごいですね。
だから、そこだったら調理士免許を活かせて、かつ家賃ゼロ。寮母さんが。
この住み込みの部屋があるから。
っていうことで、そのために私5歳の頃に東京に来て、
そこなので、私5年6年間、警察署に住んでたんですよ。
そこに対する影響とか、受けたものとかっていうのはあるものなんですか?
いい思い出しかなくて。
警察署の若いお兄ちゃんたちが、遊び相手になってくれて、かわいられてくれた。
あとみんなね、警察署の方々優しくて、小学校から帰ってくると、ランドセル署って家に帰るんですけど、
本当は裏口から入らないといけないんですよ。
表から入ってくるとやばいじゃないですか。台マンとかって、何?みたいな感じじゃないですか。
裏口から入ってこいとかって毎回怒られながらも、お調子者なので、正面玄関から入ってただいまって。
みんなと仲良くして、警察署の中をきくぼうで爆走するみたいな。
中でそれはすごいですね。
やんちゃな。なんですけど、かわいがってもいただけて。
かつ、お金に不自由しなくなったんですよ。
今どうかわかんないですけど、母子家庭、子女っていう国からのお金も結構出たらしいし。
その稼ぎもあるし、家賃もかかんないし。
で、養育費もあったので。
もちろん貧しい生活ではあるんですけども、食っていくのに困るみたいなレベルじゃなくて。
小学校5年生の頃に、下屋警察署が両方さんという仕事を廃止すると。
もうそのタイミングで行っちゃったんですね。
どんどん業務委託にしていく流れだったので、そこの仕事がなくなったので。
次は板橋だったら、警察署の近くに寮があって、そこでの両方さんの仕事がある。最後の一つ。
で、そこに移ったんですよ。
ただそこの寮の中もまた住み込みの部屋があったんですけど、めっちゃくちゃボロくて。
もうちょやばいみたいな。
だからさすがにこれ住めないねみたいになって。
板橋の志村坂上ってところだったんですけど、その近くで古いアパートを借りて住んだんですけど。
でもせっかくその両方さんの部屋余ってんだったら、俺一人暮らししたいわみたいな。
それ小学校の時の話。
小学校の時の話ですかね。
で行って、日居転生かじゃないですけど、みたいなことをしていて。
ただ一方で板橋に移っても転校したくないと。
思ったら転校しないといけないんですよ。
ですけど校長先生に頼み込んで電車通学を。
1時間くらいかかるんですけど。
できるんですね。OKって言ったんですね。
多分今だとダメなんでしょうけど。
任長というか、その校長先生にも感謝してますけど。
1年ちょっとくらい電車通学して台東区の小学校通って。
ただ一方で中学になるとさすがにっていうのがあって、地元の中学に行こうってことで板橋の中学に行って、そこでサッカー部に入って。
今でも地元の集まりがあったりとか仲いいんですけれども。
そこで3年間過ごし。
で、高校受験をして都立の高校に行って。
次の天気が訪れるのがたぶん高1の秋冬くらい。
母が再婚するっていう。
大きいですねそれは。
母が幸せになるならっていうところと、金銭的にもなかなかっていうのもあったので賛成。
あっという間に同棲することになり、
相手は当時高3、大1くらいと大3、4くらいの男の子2人連れ子がいて。
で、そこと共同生活を始めるようになり、
で、次は練馬に引っ越しながら、その後が大変だったんですけど。
何があったんですか。
ある日、再婚相手の方が僕の部屋に入ってきて、
もうなんか本当にお母さん愛してると。
結構厳しいものがありますよね。
高1くらいの男の子からすると。
高1か。
そう、高1なんで。
4、50代の方がお母さんマジ好きだよみたいな。
結構厳しいじゃないですか。
だけれども、そうかと。ありがとうございます。
で、絶対幸せにするからお母さんと再婚させてほしい。
僕としてはさっきも言った通り賛成派。
本当に嫌だったっちゃ嫌だったんですよ。
やっぱり高校1年生まで自家ができてると、
なかなか新しいお父さんって受け入れ難い。
そうですね。
やっぱりこの5歳の頃に離婚した父とはすごい仲が良かった。
あるんですよね、記憶がね。
なので、なんか受け入れ難いし、
で、なんか人との共同生活っていうのもね、
兄弟っていうのはいたことなかったので、
上に男の子2人。
急にね、確かに。
なんですけど、結婚ただね、
母が幸せになるならと思って、
ぜひこちらこそよろしくお願いしますと。
大人ですね。
この絶対に二度と離婚しないと約束するのであれば、
いいみたいな感じでちょっと上から目線で。
というのは、やっぱり5歳の頃離婚したのが僕にとってすごい辛くて、
母からは父の悪口を聞いていたし、
で、父からは同じように母のでも聞いていて、
やっぱりこの父が家を出て行った日のことが今でも覚えてるんですよ。
映像とともに。
この引っ越し業者のトラックが来て、
お母さんは泣いていて、僕にしがみついてみたいな。
無有病って聞いたことあります?
夢に遊ぶって書いて無有病。
だから寝ながら歩き回って、
なんか泣くらしいんですよ。
に一時期なったらしくて。
ぐらい自分にとってはショックだったんですよね。
私、やっぱりお父さんがいないみたいなコンプレックスとか、
自分はちょっと貧乏だみたいなのもあったりとかしたので、
二度とそういう辛い思い、みじめな思いはしたくない。
だから、そうしないんだったら、ぜひってことで。
絶対しないと。
幸せにすると。
だけれども、すぐうまくいかなくなるんですよ。
あんなに誓ったのに。
3ヶ月ぐらいすると、すぐまたお互い喧嘩が始まって、
で、サラオが飛び交ったり。
で、切れたサイコン相手の方がドアを蹴って、
ドアに穴開いたり。
やばいっすね。
寝起き痛みたいな。
家にいたくないなってなるじゃないですか。
当時僕、中学まではサッカー部だったんですけど、
高校から都立の高校で、
僕ダンス部に入ったんですね。
そっからはもうチャラい高校生活が始まり、
で、当時ダンスって結構大学生と一緒にやることとかも多くて、
だから深夜に練習することも多いんですよ、ダンスって。
だからあんまり家帰りたくないから、
高校時代の苦悩
夜遅くまでダンスの練習して仲間とつるんで、
寝るためだけに帰るみたいな。
いう感じの生活が続くようになりましたね。
勉強とかも一切しなくなりました。
そのままダメになっていきそう。
高3の夏飽きとかもひどいですよね。
下から数えて、スーパーめみたいな。
全く勉強しなきゃいけない。
その時期でそれだったら大学受験きつくないですか?
きつかったっすね。
大学行かないと思ってました、最初は。
どうやって慶応に入ったんですか?
高3の頃に親と大喧嘩して、
それが何かっていうと、
再婚したにもかかわらず、
再婚してることをお父さんに隠せって言われてて。
海のと言うか。
なぜかというと、
養育費がもらえなくなるからと。
それおかしな話じゃないですか。
だし、僕からすると父も大好きなわけであったし、
どっちも嫌なので、嘘をつきたくないわけですよ。
けど隠せって言われてて、
しばらくそうしてたんですけど、
お父さんと久しぶりに会ったりすると、
本当は練馬に住んでるのに板橋に住んでるていにして、
そっちに帰るみたいな。
一回板橋の方に電車乗ってから降りて帰るみたいな。
今もそうなんですけど、
昔から父は正義感が強い、
ちょっとめんどくさいタイプで、
それおかしいでしょみたいな。
そういうことを言って、
そしたら出てけみたいな。
じゃあ出てくわって。
高3で家ですね。
高3の夏、秋ぐらいかなに、
自分はダンスで生きていくわみたいな。
全然自分はフリーターでやっていくみたいな。
感じだったんですけど、
出てったときに、
ちょっと親父に連絡したんですよね。
泣きながら電話して、
実はちょっと謝んなきゃいけないことがあるみたいな。
僕が泣きながら電話するのは初めてなんで、
親父もどういうことだと思って、
平日の日中にもかかわらず駆けつけてくれて、
今どこみたいな。
ちょっと待ってろみたいな。
実は僕斎藤じゃなくて、
これこれなんだよね。
嘘ついてて本当にごめんみたいな。
感じで言ったら怒られるかなと思ったら、
全く怒らずに、
抱きしめてくれて。
本当に申し訳なかったと。
こんなに苦労していたなんて俺知らなくて、
武人にはすごい負担をかけてしまった。
もう全部大丈夫だから、
そんな自暴自棄になるなと。
人生には大事なことが2つあると。
1つは、
自分の損になる選択だけはするな。
2つ目は、
安楽の欲求よりも、
充実の欲求を生きなさいと。
ちょっと待ってろみたいな言われて、
3分くらい席を外し、
彼はフリーペーパーを
構ってきて、
じゃあお前これやるのかみたいな。
選べる幅は結構少ないぞって。
何かやりたいことがあるなら別だけれども、
だったらこういう仕事とかもやらなきゃいけない。
もちろん、
それが悪い仕事って言ってるわけではなくて、
お前やりたいのかやるのかって言った時に、
僕はうってなったわけですよね。
だろうと。
だからまずやりたいことがないんだったら、
せっかく、
武人は頭がいいんだから、
大学受験頑張ってみたらと。
だから一人暮らしするお金も、
家も、
予備校も全部俺が出すと。
あっちはあっちで腹違いの妹がいるって、
さっき話したと思うんですけど、
再婚して家庭悪いわけですよ。
もかかわらず全部出すと。
大学生活とアルバイト
高3から僕は一人暮らし生活を始めた。
はい。
お父さんすごいですね。
そうなんですよ。
その時に肝骨死もすごいやって、
一人暮らし、
家で出たわけなんで、
お母さんとかからしたらブチ切れなわけですよ。
だから携帯も止められるわ。
あとインフルになっちゃったんですけど、
冬なんで。
で、病院行こうとしても、保健所を取りに行きたいみたいに言ったら、
いや、無理みたいな。
家でして、
どこにいるか教えなさいみたいな。
どこにいるか教えたくないみたいな。
これは自分で自分の人生を
決められてないなみたいな。
未成年っていう理由で、携帯も契約できなければ
病院も行けないみたいな。
これはやっぱり、
自分で自分を養うというか、
独立しなくちゃいけない。
みたいなことをすごい感じて、
そのためには当時何も解像度が低かったんで、
やっぱりいい大学に入って、
いい年収を経て、
稼げる立派な人間にならなきゃいけない。
最初は青学行こう。
青学行こうと思ってたんですけど、
勉強してたら、
全然もっと上行けるみたいに言われて、
で、行って、
めっちゃ頑張って、
そしたら、
KO、一応僕すごい心配してましたよね。
今もそうなんですけど。
KO4つと、早稲田3つと、
あと明治と青学
を受けたんですけど、
結果的に全部受かって。
だから、本当に運が良かったですね。
あらゆる意味において。
めちゃめちゃ遊んでた高校生活と、
スイッチが入って、大学受験やりきってからの、
大学入学するとどうなるんですか?
1年目から留年。
行かなくていいって勘違いしてて、
文系は大丈夫だよみたいな、
女の先輩に言われてて、行かなくてみたいな。
あ、そうなんだ、みたいな。
素直ではありますね。
バカなところを埋めちゃった、私。
1年目取得単位、
5単位か10単位ぐらいで、
で、留年して。
ただ、欲期に
90単位ぐらい取ってますよね。
めちゃめちゃ、2年分ぐらい取ってないですか?
2年分ぐらい取って、で、復活して、
4年でストレート卒業したんですけど。
なので、大学入った途端に、
勉強は、
また一切しなくなり、
ただ、一方で、
生活費稼がなくちゃいけなかったので、
働かなくちゃいけなかったわけですよね。
全部自分でやって、
全部上学院だったので。
って言った時に最初、
くるめしのコールセンターのアルバイトに、
クラッと申し込んだのが始まりで。
コールセンターのアルバイトなら、
座ったままできるから、
楽じゃんみたいな。
実験もちょっと高いし。
っていう理由で、くるめしに入って。
一応、くるめし知らない方もいるかもしれない。
どういうサービスなのかと。
すいません、くるめしは、
ロケ弁とか、会議用弁当とか、
法人向けのお弁当の、
デリバリーのプラットフォームサイト。
出前館とか、
UBERの法人版みたいな。
そこで、
お電話ありがとうございます。
くるめし弁当の斎藤です。
どこに何個どのお店を、
注文でしょうか。みたいなことを聞いて、
話して打ち込む。っていうのを、
1年くらい最初はやってて。
ずっとフルタイムで。
ずっとバイトしてるみたいな感じで。
最初半年くらいは楽しいんですけど、
半年くらいすると、やっぱり私の性格で、
同じことずっとやってるっていうのは無理なので、
飽きてくるわけですね。
あったかいお弁当がいいとか、
あとスープ付きだと嬉しいとか、
あと健康的なものだといい、
みたいな要望がすごいくるわけですよ。
毎回、1日絶対に2回3回くる。
電話の中でも。
コールセンターの上長に、
こういう要望があるから、
なんとかそういうことできないですかね。
相談してみると、
うちはそういうのやってないから、断りなさいと。
言われて、
ケツが青い僕は、
は?みたいな。
いやお客様が望んでるんだから、
なんとかして叶えるべきなんじゃないのか。
でもそれは当然の話で、
なぜかというと、
お弁当とかって基本あったかく持っていけないんですよ。
食品の衛生の問題で、
危険な温度帯っていうのがあって、
細菌が繁殖してしまうからこそ、
あったかいのは絶対ダメなんですよね。
持っていけない。
だからお弁当は長時間保存するものなので、
冷めた状態じゃないとダメなんです。
だからよく考えると当たり前なんですけど、
いやでもこれお客様が言ってるのに、
その断りなさいって違くない?
と思った僕は、
ご飯ジャーとかスープジャーとかって、
ホテルの朝食部屋行くとあるじゃないですか。
でかいずんどうみたいな。
あれごと持っていけば、
いいんじゃない?みたいな。
それも急に思いついたんですか?
なんかで、
思いついたんですよね。
脳筋チックですよね。
事業アイディアが。
それを、
今の今回の共同創業者が石川っていうんですけど、
当時久留米市の社長だった人間で、
創業社長ですね。
彼に、
インターンしたいみたいな話を達成して、
バイトのこの職種じゃなくて。
じゃなくてもう飽きたと。
ちなみに僕はこういうアイディアがありましたみたいな。
って言ったら、
でも一応いいじゃんみたいな。
俺もそういうのやろうと思ってたんだよなみたいな。
じゃあ一緒にやる?みたいな。
石川と二人でそれを立ち上げた。
それが大学二年生の頭ぐらい。
でもう3年間ぐらい
社食事業への挑戦
ずっとみんなの食堂にお熱でしたね。
でもある意味、
社内企業みたいな感じですね。
アイディアを生み出すところから。
そうですね。
当時久留米市っていう主力事業があって、
あともう一つシェフコレっていう、
ケータリングの
プラットフォームサイトがあって、
でもそっちは伸びてたんですけど、
絶対10年後、
数年後ミスをやると頭打ちになると。
だから第三の事業として
何かやりたいっていうのがあったので、
彼も石川も7割ぐらいのリソースを
新規事業に当ててて、
それをずっとやってた。
どういうポイントで熱中してたんですか?
大学生にも関わらず、
ビジネス立ち上げちゃってる俺。
いいっすね、いいっすね。
日本中で言うと、
そういうのから有利、優越感が
当時10年以上前なんで、
何でもやれるのが楽しかったんですよね。
でも自分今でもそうなんですけど、
何でもやりたい派なんで、
何でもやれるっていうのは楽しいし、
一番楽しかったのは、
お客さんが喜んでる姿を
目の前で見れるっていう。
働く時のランチ環境が
すごい悪いので、
熱々のものを持っていくと、
みんなわーみたいな、すごいな、
うまっみたいな、めっちゃ喜んでくれるんですよ。
で、それを
チームでみんなで
頑張って協力してやったものが、
持っていって、
目の前で喜んでくれている。
目で見れるっていうのが
一番のやりがい。
だからもう本当に土日もずっと
考えて、早く月曜日にならないかなと。
それでも今の事業アイディアと
事業の変革と影響
だいぶ近いっていうか同じ
ぐらいなんですか?
ほとんど一緒ですね。
当時も伸びてたんですよ。
ローンチして1年半ぐらいで
ARR2、3億ぐらいで、
かなり順調に成長遂げてたんですけど、
いろんな完成点もあった。
ので、かなりビジネスモデルも
サービス内容も、かなり実は
根本的に変わってるぐらい変わってるんですけど、
表面的には一緒です。
ご飯ジャーごと社食として持っていくっていうところ。
そのみんなの
食堂と今みんなの社食なんで、
会社体は別で、みんなの食堂の
中でやってたそのスープジャーとか
持っていくような事業っていうのは最終どうなっていったんですか?
角川さんみたいな
伝統的大企業から
ZOZOや
CYBOSみたいなプライム上場している
デカい企業。あとは
WANTEDLYさんとかRAISEさんとかいわゆるスタートアップ系。
あとは
スラックとか外資系ですね。
のき並み入ってますね。
のびってたんですけど、コロナで止まっちゃって。
そういうことですか。
で、やっぱり来る飯も上場準備入っちゃって、
赤字掘る授業できないし、
かつやる人もいなくなっちゃったし、
って感じで
そのままお蔵入りになっちゃって。
クローズして。
コロナでクローズ。
メガバンクでの経験
その後斎藤さんはどうしていったんですか?
今年は新卒としては
メガバンク銀行に入って
すごい選択じゃないですか。
企業家みたいなところから
メガバンクはなんでですか?
いやー、なんでなんですかね。
理由はあったんですけど、当時。
今と振り返れば意味がすごいあったな
と思うんですけど、尖ってたなって思うのは
すごい
石川総さんというのですけど
総さんからも
初めて新卒として入んないかと。
民植の事業部長やんないかと。
熱烈オファーをいただいてたんですけど
いや、みたいな。
っていうのは何かというと
新卒切符ってすごいなって
思っていて
新卒って何も能力がないにも
関わらず、ポテンシャルだけで
大企業に行ける。
しかも幸いなことに
慶応だったので
かなり選びたい。
なので
スタートアップ、僕すごい大好きだったんですよね。
当時ベンチャーが。
なんですけれども、すっげえ特殊な業界だと思うんですよ。
世間一般からすると
超ニッチ。
せっかく新卒切符で色んな企業行けるのに
そういった世界を見ない?
っていうのがすごい偏った人間になっちゃうなと思って
やっぱりベンチャーに
絶対僕は戻ってくるんだろうけれども
せっかくだったら色んな世界を見ておいた方が
いいはずだと。
で、週刊作は全然ほとんどやってなかったんですけれども
ベンチャーばっかり
やり去ったので。
3時間くらいのインターン行くと内定もらえるみたいなのが
当時あったじゃないですか。
で、
商社とコンサルと銀行の
3つだけ行って
そこで内定をいただけたときに
どこに行こうかと思ったのかというと
商社コンサル行きたかったんですよ。
行ってそうですよね。
行ってそうじゃないですか。
楽しそうだし、かっこいいし、人収高いし。
ただ一方で
友達とか色んな人に
自分が一番行かなさそうなのは
どこだみたいな話をすると
銀行って言われたんですよ当時から。
ってことは銀行だなって。
なんですか。
自分が知らない世界を見たい
っていうのが
軸としてある中で
一番真逆の存在を見るっていうのは
自分の視野を広げるのに
大事なんじゃないか
っていうのと、あともう一つは
お金が分かんなかったんですよね。
今は数字大好き
なんですけれども
当時苦手意識あって
みんなの食堂、授業何でも作ってきたんですけれども
唯一PLとかよく分かってなかったんですよ。
だからお金の勉強もできるし
真逆だろうし
行ってみるか。
10ヶ月でやめちゃいました。
はっかりの速度で。
そこはあんまりはまらなかったというか
面白さが感じられなかったって感じなんですか。
すごいお世話にもなったところなので
すごい今は反省してるんですけれども
当時何が辛かったかっていうと
慣れない
土地技だったんですけど
初めての地方で慣れなかったりも
ありますし苦手なことも多かった
事務作業が僕すっごいできなくて
すごい努力したんですよ
何回も間違えて何回もできない
THE EDHDみたいな
っていうのもありますし
当時から新しいことがやっぱり好きだったので
新規事業の部署に行きたいとか
あと
SNBCベンチャーキャピタルに移動したい
って言ったんですけれども
いくら頑張っても
自分にコントロール権がないわけですよ
要望は聞いてくれるけど
いつ行けるのか本当に行けるのかは分からない
それが多分
昔の経験を
フラッシュバックしたんですよね
つまりこの幼少期の頃
自分の人生を自分でコントロールできない
っていう辛さを経験したので
それはちょっと違うなみたいな
思って
でもやっぱり新しいことに関わりたい
っていう気持ちは変わらなくて強かったので
じゃあ転職だと
イスラエルでの生活と戦争
っていうところでVCに
って感じですね
今野さんもVCって感じだったんですか?
転職だと思った時に
自分何がしたいかなって思った時に
曹さんと昔ランニングしてる時に
竹人はVC向いてるかもね
みたいな
ことを学生時代に言われたのを思い出して
その時はVCの文字も知らない
へーみたいな感じで聞き流したんですけど
そういえばと思って
みんなの食堂を一緒にやっていた
その方も元々企業家で
VCから出資受けてて
その方にVCってどんな感じ?
みたいな話を聞いてみたら
めっちゃ合いそうと思って
そっからVCにお熱で
なんてすごい仕事だな
超楽しそうだな
でもとにかく調べまくり
いろんなキャピタリストの方に会いに
週3、4ぐらいで東京行って
あそこ栃木にいたから
栃木にいたから
いろんな方に会いに行って
いろんな話を聞いて
VCめっちゃ行きたい
そっから地獄でしたね
なんですか?
VCって日本はちょっと異常ですけど
海外とかだと
専攻経て
IBD経て
MBA経て
やっと30過ぎぐらいで
入れるのがVC
ぐらいのハイキャリアなんですよ
アメリカとかイスラエルとかだと
日本でも一定その要素があるので
転職エージェントにVC行きたいですと
いや無理ですと
だってまだ23歳ですよね
経歴が弱すぎるみたいな
だから相手にしてくれないわけですよね
入りたくても入れないと
た時に
けど諦めが悪かった僕は
自分を採用すべき理由みたいな
パワポのアウトプットを作って
50社ぐらいに
お問い合わせフォームに全部置いて
そこで
話を聞いてくださったVCさんが
いくつ書いて
そこでご縁があって
サムライインキュベートに拾っていただくと
ちゃんといいところ入られましたね
本当にサムライインキュベートは
本当に会社自体も
上司たちも
同僚自体も本当に恩師というか
本当にそこで結構変わった
本当にいい経験させていただきました
何年ぐらいそこはいたんですか
3年ぐらいですか
結構ちゃんと初めてというか
地に足つけてやってたんですね
そうなんです
すっごい楽しかったんですけれども
自分はパートナーになるみたいな
時劇巻いてて
絶対10年やるんだみたいな
とはいえまた色んな状況が変わったり
とかして
自分はずっとVC
魅力的な仕事で
本当に転職だなと思っていた一方で
悩むこともあって
次どうしようかなみたいな
悩んでるタイミングで
結婚しまして
当時のパートナーが
海外駐在行くと
なんか婚約し2ヶ月ぐらいで
ある日家帰ってくると
私2ヶ月後から
2、3ヶ月後から
イスラエル駐在だから宿寄ろうみたいな
えーみたいな
まだ婚約したてじゃんみたいな
ってことになって
当時のパートナーは総合省舎で
CVCの担当者だったんですよね
新卒から
イスラエルのVCに執行すると
で、ただまあ
家事とか料理が
あの
苦手なタイプ
99%僕だったんで
イスラエルどうすんのみたいな
家事とか料理みたいな
ついてくるし
僕自身も
ずっと海外に住んでみたいな
憧れはあったし
キャリアもちょっと悩んでるタイミングだったし
やっぱりこの
妻をサポートしたいなっていう思いで
サムライインキュベートは続けられなかったので
ビザの関係で
なので本当にすいませんというところで
退職して
専業主婦としてイスラエルに渡ったと
しかも専業主婦なんですね
そうですね
一応半分ぐらいはフリーランスとして
スタートアップさんとか
VCさんとかのお仕事を
させていただいたりっていうのはあったんですけど
メインは専業主婦ですね
イスラエルで滞在はどんな感じだったんですか
カオス?
歯ブラシが一本800円するぐらい
外食ランチ
3、4千円
本当に無理なので若い夫婦だったので
3食自炊ですよね
お弁当朝
6時ぐらいに起きて妻のお弁当を作り
犬を散歩して
ウンコ拾って掃除して
中妻界隈みたいなのがありまして
そこのランチピクニック会とかに
社交的な
こともしながら
ちょっと会計師の勉強をしたりとか
次のキャリアを模索したり
フリーランスしたりみたいな生活でしたね
帰ってきたきっかけとか
どんな感じなんですか?
戦争ですね
タイミング的には
2、3年前に
ハマスとの間で戦争が起きて
結構ニュースにもなってたじゃないですか
軍用機で日本人を非難みたいな
ニュースになってたと思うんですけど
当時
しょっちゅうミサイルは送ってくるし
しょっちゅう近くでテロは起きるし
最初はビビったんですけど
人間は恐ろしいもので慣れちゃうんですよ
だったんですけど
あの戦争の時は
明らかに規模が違う
それで軍用機で
初めて
結構焦りましたね
命の危機を感じるというか
命からから非難してきて
今はですね
帰ってきて
帰ってきてからの職もないわけじゃないですか
次のキャリアは
Cファンドかな
CFを目指すためにこうかな
社食との出会い
って言ったんですけど
途中で
スモビジで起業しようってことに
キャリア感がガラッと変わり
スモビジの準備をしてたんですよ
入浴剤の
OEMして売るみたいな
ちっちゃく2、3000万くらいでグジットしてやろう
みたいな
ローンチ手前くらい
イモッチ身が入らなくて
やりたい度合いで言うと6割くらい
やる気で言うと
なんかモヤモヤしてるタイミングで
たまたま
とある大企業の社職に
本当にたまたま誘われることがあって
行った時に
この事業、民職やりたいなと思って
起業したわけですね
昔やってたわけですもんね
ふつふつと蘇る何かがあったんですか
私こういう大企業の社職行くのが
初めてだったんですけど
そこすごくて
大手町のよくドラマでも使われる
一等地の
超高層ビルの最上階
1フロア全部社員職だったんです
東京タワーもスカイツリーも富士山も
全部見渡して
超広くて
常時10何種類あったかいメニューが
1食3、400円で
本当に感動して
お登りさん状態ですごいって言って
満足して帰ろうって思った時
なんですけど
まずエレベーター降りるだけで
2回目送ったんすよ
5分10分かけて地下に降りて
大体この大手町とかって
駅ビル直結なんで
地下の飲食店街とかで
駅に行くみたいな
地下の飲食店街着くと
そこでの光景に
衝撃足した
どこも行列でごった返し
っていう
しかも
居酒屋のランチ定食
結構メインだったりするので
ミックスフライ定食とかで
茶色くて
お世辞にも超おいしいとは言えない
地下の影響で1200円1300円当たり前
どこも並んでる
コンビニ
行ってみてもコンビニですら超倒れそう
それを見た時に
逆だなって思っちゃって
何が逆かっていうと
大企業の人こそ
大企業だから年収が高いわけですよね
中小企業に比べて
人数も多いから
働き方に余裕があるケースが多い
一方で社職を持っている企業って
多く見積もって0.3%
超大企業しか持てない
社職を持っていない
中小企業の人たちは
大企業よりも年収が
劣るケースが多いし人数も少ない
からこそ
すごい忙しい
中でも大企業の社職を持っている人たちは
並ばずに
温かくて健康的で美味しくて
安いものを並ばずに食べられる
中小企業の人たちは
年収も劣って時間もないのに
並んで高いものを食べなくちゃいけない
何なら時間もお金もあれだから
お昼を抜く人すらいたり
コンビニでカップ麺
おにぎりすましちゃう人もいる
でも働くときのランチって
週に5日もあるわけですよね
どこの会社で働いていようが
働くことの尊さは一緒
そこに格差があるって
社会として間違ってるな
そういう意味において逆であるべきだと思った
大企業の人こそ時間があるし
収入も高いんだから
1時間かけてゆっくり並んでランチすればいいのに
って思っちゃって
しかもランチ難民問題なんて
言ったりするんですけど
これが10年くらい経っても何も変わってないんだと
衝撃を受けたんですよね
前に安田から少し知ってた部分もあり
そうですそうです
そういうランチ難民問題があったからこそ
すごい喜んでいただけてて
伸びてたのにも変わらず
10年経っても何も変わってない
友達の方に衝撃を受けて
起業の決意
その場で宗さんに電話して
今日飲める?みたいな
辞めた後も
僕より1週くらい上なんですけど
10年くらいずっと
友達的に仲が悪くて
今日飲める?みたいな
いいよみたいな
飲み誘おうと思ってたんだよね
今日飲むか
かくかくしかしかで
みんなの食堂を復活させたいと
くるめしちゃうとどうせやらないでしょと
だからこれは
絶対社会にとってあるべきだと
自分は起業なんて考えてなかったけど
それでもやりたいから
僕にやらせてほしいと
いやマジか
ちょうど俺もさみたいな話をされて
資本政策の方針を変えて
去年くるめし社は
かなり大型の規模で
PEファンドさんにエグジットしたんですよね
MAして
自分も子育てに専念するからこそ
くるめしの社長も退任するし
会社も売却するし
一方でみんなの食堂にずっと
自分も未練があったと
だからフルタイムではできないけれども
やっぱりやりたいなと思ってて
竹人にやってくれないかなってずっと思ってたんだよね
ビジネスモデルの変革
マジ?みたいな
じゃあやる?みたいな
10年前は彼が社長で僕は学生インターン
10年越しに
僕が社長で彼が取締役
っていうちょっとエモい
起業したって感じですね
じゃあ実際そこで2人で起業するってことになるんですか
そうですね
そこじゃもうその電話から
本当にトントン拍子で
売却した翌週くらいの時したのかな
曹さんから出資もしていただきながら
みんなの食堂
時代とみんなの社職で
例えばどんなところが変わるんですか
まず一番大きな違いで言うと
モデルが変わっていて
当時はセントラルキッチンで
大量に作って
それを仕入れて売るっていう
モデルだったんですね
でその時の一番の課題が何かって言うと
需要がすごいある
引きはめちゃくちゃあると
なんですけれども供給サイドが追いつかなくなっちゃって
1日2000食くらいが
セントラルキッチンだと作るのが限界だったんですよ
へー
だからつまり供給がボトルネックになって
伸び悩みの時期が来てる
って言った時に
それがあるからこそ
出前館とか来る飯と同じように
飲食店様で
作っていただくモデル
理論上は供給を無限にできる
っていうのでビジネスモデルを変えて
あとはとにかく
一人だけで立ち上げられるように
ロンジマで一人で行ったんですけど
配送も食事店営業も
いけるように
とにかくシンプルにする
Bシンプルっていうのを意識して
それをかなり変えたので
みんなの食堂時代は
管理用事が監修した
健康的な素朴なメニュー
大手屋みたいな感じ
ですけど今回は有名店射食って言ってる通り
いろんな有名店のカレーから
ラーメンからサラダから
麻婆豆腐からを届けるっていう感じ
そこにビジネスモデルによって全部サービスの価値とかも
結構変わっていった
へー
食べログに着目したというか
そこにこだわったのはどうしてなんですか
どの企業を始めるくらいから
出社回帰がすごい
アフターコロナで増えたじゃないですか
という時にどの会社様も
正直
出社してほしいのは本音なんですよね
いろんな意味において
だけれどもなかなか戻ってきてくれない
じゃあイロンマスクみたいに
出社しないとクビだとか
できたらいいですけど
そういうことを強制しようとしたら
次は転職されちゃうわけですよ
だからどの企業も悩んでいる中で
カレーっていうのはすごい皆さん探されている
タイミングの中で
じゃあカレーはカレーでも
チェーン店のカレーも
もちろん美味しいんですよ
学校給食で出てくるようなスキー越えで食べるような
カレーももちろん美味しいんですけど
それがオフィスに届くから
出社しようとはならない
それはならないですね
けれども食べログで100名で選ばれてたりとか
並ばない食べられないあのお店が来る
であると
これもちょっと行きたいなってなる
昔学校給食あったじゃないですか
小中学校
こんだて表みたいなのありましたよね
この日は揚げパンで
フルーツポンチャーはこの日みたいな
ちょっと楽しみになったじゃないですか
みたいな形で
だからこそ出社させるためにも
本当に喜ばれる
顧客体験のものっていう点において
そこにこだわったというのがありますね
お金的なところ
社職ってやってない人からすると
本当に指示はあるの?
みたいな話もあると思いますし
そういう意味でのビジネスモデルってどうなってるの?
みたいなところがあると思うんですけど
これはどういう風にご説明されますか
ありがとうございます
社職は本当に魅力的なマーケットだと思っていて
私もともとVCだったからこそ
常に市場規模
どのマーケット
どのボールパークでプレイするのか
っていうのをすごい常に意識していた
僕は絶対自分企業しないって思ってた
にもかかわらず
このマーケットが魅力的だと思ってやってる
のにやっぱり理由があって
実は社職って
0.3%の企業しか持っていない
にもかかわらず
実は日地層に見えて
県財市場だけで
1.4兆円の売り上げがある
そうなんですか?
そう
例えば社職代行会社さん
Mサービスさんって
1社だけで2000億円くらいの売り上げがある
だから
0.3%で
1.4兆円の市場規模がある
ってことは社職を持っていない
99.7%の
企業を対象にしたら
どれだけマーケットがあるんだ
ただ一方で社職って言うと
層ね日地層みたいな感じで思われますけど
もっと私は広く捉えていて
オフィス外で
働く人のランチと捉えてるんですよね
オフィス外で働く人のランチ
なのでオフィス外で
働く人たちのランチっていうのが
オフィス街の方か
オフィスは外
都心部のオフィスが
ランチ並みエリアで派生しない
って考えるともう本当に何十兆っていう
巨大な市場破産財産
しかも
代替品がない
やっぱり社職って
なぜ大企業しか持てないかっていうと
作るだけでも工事費で
1億円とか内装費も
かかるし市会社も作ろうと思って
ランニングコストもかかる
スペースも規模もすごい必要
持ちたくても持てないのが社職なわけですよね
だからこそ
いろんなお弁当だとか
あと着方社職とか
いろいろ導入しやすいいいサービスたくさんあるんですけれども
本当の意味で
この
いわゆる社職っていうのはなくて
そこにイノベーションを起こすことができれば
かなりの市場規模があると思っていて
かなり魅力的なマーケット
社食のビジネスモデル
かなりユニークなマーケットだと思ってますね
B2B2Cっていうビジネスモデルも含めて
あとじゃあこの
供給側
お店側っていうのは人気店なわけじゃないですか
めっちゃ忙しいと思っていて
なんでタッグ組むんですか
有名店100名店だともう
集客に困ってないでしょと
言われてたんですけれども
逆に最初にPMFしたのは
飲食店側で
供給したいんですね
例えばどうやってアップロードしようかと思った時に
手書きの手紙を
50店舗分書いたんです
お家前なのでサービスサイトすらない
登記した6月くらいに
書いたんですよね
普通飲食店向けの
DMとかのチラシあるじゃないですか
返信率0.何%とか
50つ送って
15店舗から返信があった
超多いですね
心動く部分もあったし
ニーズとかはまるものがあったんですかね
そうですね
僕の思いに本当に
ありがたいことに応援してくださる方
一方でビジネスなんで
ビジネス的なメリットがすごく大きい
それが何かというと
Uber Eatsとか出前館とかだと
忙しい時間帯に
オーダーがピロピローンと
タブレットから入って
手を止められて
盛り付けして
1日数注文みたいな感じ
にも関わらず僕らって
朝10時に集荷するんですね
ランチのオペレーション邪魔しないんですよ
オフタイムを活用できる
しかも10時に集荷して
それが毎日100食とか200食を
毎日買い上げる買い切り
なのでランチ営業の
2倍から3倍ぐらいの売り上げが
朝10時に確定してから
ランチ営業スタート
お客さん座らせる必要もないから
本当に買ってってくれるわけですね
その束でね
しかも盛り付けがいらないっていうのもかなり大きくて
このご飯じゃ
スープじゃとかホテルパンに
突っ込むっていうと乱暴ですけど
そういうのも入れておけば
あとは従業員がホテルのセルフブフェ
盛り付けは従業員で
だからこそ盛り付けがいらないっていうのもまた大きくて
やっぱり
あったかいまま
食べてほしいんですよね
料理人の方々っておいしいもの
あったかいまま届けられるっていうのも
含めてすごいお引き合いをいただけました
その意味ではお店で
出す価格よりも少し安く提供できたり
とかもしたりするんですかね
お店で食べるのと同じ
かちょっと安いくらいの価格で
1食あたり企業様に販売して
ただ一方で
週1回の企業
とかだと会社が全額買い上げて
従業員無料で食べられる
っていう会社様もいますし
一方で社食として利用されている会社さんは
従業員がワンコイン500円で
食べられるように一部を会社が負担してあげる
みたいな感じもあるので
店で食べるよりも安い
みんながウィンウィンになるような
散歩をよしになるような
っていうのを集め意識してますね
飲食さんからすると
とはいえランチ
1食分の食事で
どれくらい売上げが上げられるのかってことは
思ってましたけどやっぱり
何十とか何百っていう単位で
何社にも提供できるようになるとそれはもうかなりの
規模になってくるってことなんですね
顧客体験の重要性
だから今後の展望のところで
結構そのラインナップを拡充させていく
みたいなところが一見して
50店舗にしていくとかあったんですけど
あれはどういう理由で
楽しませたいみたいな意味なのか
やっぱ供給をとにかく増やすっていう意味で
店舗をするみたいな話なのか
どういう戦略なんですか
どっちもで
まず一番あるのは楽しませたいっていうことで言うと
唯一の弊社のバリューが顧客体験
という言葉なんですよ
とにかく顧客体験を主語にして
意思決定をする
最初はカレー中心に始めたんですけども
仕事って
当然楽しいことだらけじゃないじゃないですか
なる大変なことが多い
って言ったときに
それがね働くときのランチが
毎日カップ麺とかお昼抜くとか
じゃなくて
もし毎日いろんな有名店の
いろんなメニューが熱々で
ラーメンもあればサラダもあれば
カレーも麻婆豆腐も
カオマンガイもガパオもあって親子丼もある
毎日毎日食べられたら
めちゃくちゃワクワクしません?
します
午後からまたちょっと頑張ろうという活力になる
と思っていて
行ったときにはやっぱりメニュー数を増やしていく
そういうワクワクを増やす
っていうのはすごい大事な要素
だからこそそこにしっかり本気で取り組んでいきたい
っていうのが一つと
それをやることによってビジネスとしても
かなり魅力があって
最初は週1回だけの
サービスから始めたんですよ
週1回だけだから
カレーだけでよかったんですけれども
最近はもう週5で100食とかの
受注が増えてきていて
なんとくるとカレーだけで
毎日ってきついじゃん
逆にメニュー数を増やすことができれば
週1じゃなくて週5の
受注を増やすことができる
アープが5倍に上がるんですよ
サースでもなかなかアープを
5倍に上げられるポテンシャルがある
プロダクトってなかなかないじゃないですか
だからそこはかなり魅力的ですし
そこで収益が閉鎖が増えれば
よりそれを顧客体験に還元できるようになる
その得た収益を投資できるんで
斎藤さんのXかなんかで
見たのが
店舗を作ろうとしてるみたいな
今それっつってやりたいんですよ
それですよねテーブルを2つ
揃えられればそこにも持ち込んで
置いてデリバリーします
そこの中で構えるみたいな
あれは本当の話なんですか
みんなよくわかんないって言われるんですか
僕はめちゃいいコレヤバプロジェクト
って呼んでいて
ノットワホテルさんをすっごい尊敬してるんですよ
やっぱりノットワホテルさんとかって
説明がないんですよね
サービスに対して
もちろんあるんですけれども
サービスサイトとか見た瞬間とかに
貸切のサウナがついてて
10泊分使えて
この建築家がやっててとかじゃなくて
見た瞬間に
ヤバいじゃんこれめっちゃいいじゃんみたいな
そういうようなプロダクトを目指してるんですよね
だからこそ
今ってダサいんですよ
ビュッフェデザインが
とりあえず机2つ並べて
ランチをテーブルクロス引いて
ご飯ジャーどんどん並べて
だから例えば
カリガリさんっていう有名店の
カレーがあれば
カリガリさんのものが
ご飯ジャーの中に入って届いたって感覚
ですけど僕が作りたいのは
このカリガリが
オフィスにある
お店がオフィスの中にある
どういうことみたいな
そのためにも
しかも僕らのバリューって有名店であることもそうなんですけど
同じくらい大事なバリューが
違わりで店舗が変わっていくんですよ
毎日毎日
違う店舗がオフィスの中に出現する
よくわかんないけどめっちゃすごいじゃないですか
確かにやっぱり
僕らって飲食店様っての
弊社なので飲食店様の魅力を
伝えきれてないっていうのが一番
危ないんですよね
その店舗の魅力を伝えていくためにもそうですし
やばいっていう
インパクトを与えるためにも
オフィス内にお店を再現できるような
ビュッフェデザインっていうのを
JK事務所さんが入れて
ガチでやってます
毎回仮設しなきゃいけないわけですもんね基本的には
だからやっぱり
私貧乏からしかイノベーションは生まれない
って思っていて
つまり制約があるからこそイノベーションが生まれる
だからこの設置
社会全体への影響
展示会みたいに
数時間かけて設営できるんだったら
いろいろやれることありますけど
僕ら5分10分でやらなきゃいけない
その中でどう再現できるか
っていうところがまた面白いところで
今試行錯誤してるので
ちょっとお待ちいただければ
ありがとうございます
もっと言いたい今後の展望とかどんな風になっていきたいか
ビジョン的なところでもいいんですけど
その辺りとかあったらまた教えてもらえますか
この事業を通じて何が成し遂げたいか
みたいな話で言うと
本当に僕もともと
起業なんて考えてなくて
別に今もこの事業じゃなかったら起業しないんですよ
ぐらい
この手段としての起業だった
っていうぐらいこの事業のミッションに
やりがいを感じていて
それがなぜかっていうと
先ほど申し上げた通り
みんながみんな楽しいことだらけじゃない
仕事って
私ってやりたいことやれてるからこそ
起業家なんてやっぱり楽しいことだらけじゃないですか
本来は
その自分ですら
楽しいことだらけではない
ってなってくると
スタートアップってみんなやりがい持って働いてる方が
多いんですけれども
一般的な会社ってそうじゃない方もすごい多い
意識高くいる必要なんてないですし
高い仕事なんで
大変なこともすごい
ノルマが足りないとか
いろんなハラスメントがあったり
いろんなことがあるわけですよね
本当に美味しいものが毎日熱々で食べられたら
また午後から頑張ろうっていう
活力にもなりますし
前向きに仕事できるようになる
しかもそれが
一人でデスクで食べるんじゃなくて
私たちのコンセプトって同じ釜の飯
なのでみんなで食べるんですよね
だからこそ一緒に
楽しいっていう勝ちも生まれるわけですよ
コミュニケーションで
みんな前向きに仕事できるようになると
会社として成果が上がるわけじゃないですか
会社としての成果が
集合体が社会としての成果なので
社会すら良くすることができる
僕は
本気で
民職が広まったら
日本のGDP上がるんじゃないかな
みたいな
イノベーション?
前回のエピソードで
GmailもGoogle Earthも
社職から生まれたアイディア
グループに
美味しい社職があるからこそ
社食と民職の重要性
緊急度は低いけれども
重要度が高いアジェンダについて
雑談的な話が生まれるわけですね
だからこそ
イノベーションを生むためには
社職ってすごい大事だと思って
そのためにも民職が広まるということが
日本社会にとってすごい意味があること
だと思っているので
私たち一人じゃできない取り組みなので
かなりステークホルダーが
多いんですけれども
いろんな方々と一緒になって
取り組んでいけたらなと思っている
個人の価値観と生きざま
ありがとうございます
民職さんとしての話もお伺いしたんですけど
スタートアップナウでは
どんな価値観をもとに生きてきているのか
来世はこれからどんな物語を
紡いでいきたいと思っているのか
より斉藤さん個人にグッと言った形で
生きざまみたいなものも
聞いたり宣言してもらったりしてるんですけど
そのあたりで思いつく部分とか
ありますか
これがですね
正直に申し訳なくて
なんか
なんでしょうね
世界を変えてやるんだとか
歴史に爪痕残すんだとか
テストステロン高い系の
起業家じゃ私ないんですよ
だからお恥ずかしいことに
自分はこういう人生を生きていきたい
っていうのが
まだ自分が未熟だからこそ
なんですけれども
自分に
与えられた役割
っていうものを全うしていきたいな
って思ってるぐらいですかね
なので自分には
すごい苦手なこと不得意なこと
たくさんあるんですけれども
一方で自分が
他の人より相対的に
ちょっと得意なこととか
これがやりたいって思ってるだけでも他の人と違う
それって必ず
何かしら神様からの
意味があると思うんですよね
よく人生に意味がない人生
なんてないみたいなことを
聞くことも多いですけれども
絶対僕もそれを信じていて
だからこそ
自分はこういうことが
得意でこういうことをやりたいと思っているのであれば
それは社会にとって期待されている
ことだと思うので
それを役割を
全うしていきたい
そのために自分がどうとか
とかっていう欲はあまりなくて
どちらかというと
社会
福沢彦先生は
人間関係と訳されてますけど
人間関係とか社会
そうした人のつながりにおいて役立てるように
頑張りたいときれい事みたいになっちゃいましたけど
本当にそう思ってますね
ありがとうございます
サービスとして興味を持った方もいれば
場合によっては斎藤さんのチームに興味を持った方もいらっしゃるかと思いますので
いろいろ各種サイトとかも
概要欄に記載させていただきますので
聞いてくださった方も
今日はありがとうございました
ありがとうございました
55:21

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