若手のCFO会みたいなのがあって、のきなみ起業し行った。 レアなクラスターですね。
自分で起業するって選択肢もあるんだ。 またやっぱシリーズA,BぐらいのスタートアップのCFOって、実は何でもやというか、
自分でも事業できるかもなーってのサースバブルみたいなところもあって、やっぱ同世代がだいぶ躍進してたんですよね。
何かに強烈に熱中して事業を成長させるってのがあって、眩しく見えたというか、
自分の今まで培ってきたスキルセットとかを考えると何だろうって中で、M&A×東南アジアというところに最終的に追いついて。
声で届ける起業家の物語、スタートアップNOW、MCのお稲荷です。 本日のゲストは株式会社リデルタ代表取締役の国井大地さんです。
リデルタさんは、東南アジア特化型のM&Aデータフォーム、リデルタM&Aを提供されるスタートアップでして、
2026年の3月、シードラウンドで総額1.2億円の資金調達を発表されたばかりとなります。
国井さん、本日はよろしくお願いします。 国井 大地 よろしくお願いします。
ここで番組を応援いただいているスポンサーのご紹介です。
1社目は、忙しいビジネスパーソンのための超伴奏型英語スクール、90English。
高天的に英語を習得した日本人バイリンガルコーチが、言語学をベースに徹底サポート。
僕も受講しておりまして、最近バーさんとのスピーキングスコアが少しずつ上がってきました。
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いつもサポートいただき、本当にありがとうございます。
気になるサービスがあられた方は、僕宛てにご連絡をいただくか、概要欄に記載の各種サイトより直接お問い合わせください。
それでは本編に戻ります。
本日の配信では、国井さんの人生の物語をぜひ紐解いていきたいなと思うんですけれども、
その前にリデルタさんが仕掛けていらっしゃる事業についても、1、2分ぐらいで簡単に教えてもらえますでしょうか。
弊社リデルタは、東南アジアのM&Aに特化したデータベースと、実際にその後のエクセキューションというところのサービスを提供しております。
最近は東南アジアだけでなくて、もうちょっと広い、アジア全域というところでデータベースを提供している会社となっております。
データベースというのは、若干聞きなじみがない部分があるんですけど、それはM&Aに使うためのデータベース?
そうですね。日本企業さんが海外のアジアの会社を買いたいという時に、海外の会社というところを探すためのデータを提供しているというような会社となっています。
ありがとうございます。その辺りの事業の深掘りだったり、よく日本で聞くM&Aのプラットフォームとかもあるんですけど、それとの違いだとか、ちょっとまたいっぱい聞かせていただけたらなと思います。
そもそも、なぜクニーさんがそういった事業を着手するに至ったのかみたいな背景を、クニーさんの人生とかもたどりながらお伺いしていきたいなと思うので、それこそまずはご出身だとか、ご家庭環境とか、その辺りからどんな感じだったかとか教えてもらえますか?
僕は出身は茨城の未当なんですけれども、生まれたのがオランダで、小さい頃は3歳か4歳ぐらいまでオランダに住んでました。
幼稚園ぐらいのタイミングで日本に帰ってきて、そこからは父の仮業を継ぐという関係で、茨城の未当っていうところに中学まで住んでました。
そこから先は東京に来て、東京歴の方が長いかなというような。
ありがとうございます。オランダはそもそも何でいたんですか?
それも父の仕事の関係で、父が会計士なんですけれども、当時いたファームが、本社がオランダなのかな。それでオランダに赴任していたというような背景でオランダにいました。
会計事務所をご自身でやられてたというよりかは、そういった大きなファームにいらっしゃってみたいな感じなんですか?
そうですね。
で、帰ってこられて、それも同じ会社でやられてたってことですか?
そうですね。帰ってきて、祖父も会計事務所をやっていたので、そこを継いだという形で。
そういうことですか。
じゃあ、未当では会計事務所、継がれたものをお父様がやられてらっしゃってみたいな。
そうですね。
それはお父さんとかおじいちゃんとかが会計士の仕事をしてるっぽいっていうのは、何かいつぐらいから気づくものというか、意識するものなんですか?
でも、小学生ぐらいのときには、もう何かそういう仕事があって、何か修行みたいなものがあって、それをしてるんだっていうのは、もう何か認識はしてましたね。
会計事務所が、いわゆる何か社長みたいな見え方になるんですか?どんな感じなんでしょう?
何かそこ結構曖昧で、当時は社長というか、まぁ所長、ある種会社の社長みたいな感じなのかなと思ってたんですけど、
とはいえ、何かお医者さんを社長と言わないじゃないですか、そこに近い感覚はあって、社長ではないけれども、何かその一応何て言うんですかね、何か取り仕切ってるなみたいな、
っていうのは、何ともその大人になったら何か分かる感覚ではありつつ、今当時は何か社長ではないけど、何か社長っぽいみたいな、っていう何か変な感じでした。
おじいちゃんの代で継がれてらっしゃってってなると、それこそ国産も自分もいつか継ぐのかなみたいなことを意識するときとかってあったりするんですか?
それは明確になくて、結果的に私自身が会計士になったっていうのはあるんですけれども、ただ一度もその祖父にも父にも継いでほしいと言われたことはなかったんですよね。
で、僕自身はずっと何か医者になろうと思ってたので。 医者ですか?どうしてですか?
そうなんですけど、その父がお客様で結構医者がたくさんいて、やっぱりこう、医者ってすごくこう、まあいいっていうのをすごい言われてたので、かつ何か僕は当時小学生のときに白い魚刀にはまっていて、白い魚刀の財銭ごろを見て、医者になりたいって当時思ったんですよ。
なんで何か医者になると思ってたから、継ぐっていうことを本当に考えたことはなかったんですよね。
医者の夢はいつぐらいまで追ってたんですか? 医者は高校に入るまでは思ってたんですけれども、結構長い間医者になろうと思ってたんですけれども、
その内部進学で内進点足りない。医学は絶対いけない。 めっちゃリアルな理由。 無理だと思って、医者は諦めました。 じゃあ附属校に入ったのは高校ですか? そうですね、高校から附属校に入って。
慶応の附属でしたっけ? そうですね、慶応式っていう埼玉にある、意外と企業化界隈、慶応式が多いっていう、安里さんとか、あと入門の青柳さんとか、実はかくれ慶応式生みたいな、みんな言わないですよ。
あとテラスの江口さんとか。 それはどういう意思決定で慶応式に入ろうってなったんですか?
中学生の時に、いずれにせよ大学受験をしたくないので、とにかく総計どっちかの附属校に行こうっていうところがあって。 大学受験したくないはシンプルにちょっとスキップしたいなみたいな気持ちですか?
勉強したくないの一心で、附属校に行こうと。全然東大に行きたいとこなかったんで、とにかく受験しなくていいところ。
うち親が慶応っていうのもあって、みんな慶応に行けと言われて、慶応に行ったんですけど、いくつか受かってて、その中でその慶応式を選んだのは、男子校が良かったっていうのが一つ。
珍しいですね。驚愕がいいって人はいそうですけどね。 男子校の、一切人の目を気にしなくていいというか、
あと文化祭がやっぱ衝撃的だったんですよね。中学生の時に文化祭に遊びに行くんですけど、女子高生がすごいんですよ。めちゃめちゃ来てると。
僕クレープ買いたくて、クレープ並んでたんですけど、クレープくださいって喧嘩って言ったら、クレープ売り切れたよって言われて、ごめんねって言われて、ああって言って、後ろのJK二人がクレープくださいって言ったら、はいって言って。
やべえ、これ辛いんだけどな。でもめっちゃ楽しそうで、そういう勢いで含めて。俺も絶対こう行こう、みたいな。
っていう、本当にしょうもない球で、結果的にすごい楽しかったんですけどね。
っていうので、ノリっていうか、すごい見ててイキイキしてるなっていうのが、すごい印象的で、男子校の方が楽しそうだなって思いました。
高校時代は、それこそ部活も熱心にやられてらっしゃったっていうのがガッツさんですけど、どんな感じだったんですか?
本当に高校の3年間の間は、もう部活に尽きるなと思って、本当に僕らテニス部が18人いるんですけど、本当にずっと一緒にいて、たぶん365分の、330ぐらい一緒にいたんですよ。
かなりですね。
本当にめっちゃ厳しくて、本当にきつかったんですけど、あんなに打ち込んだのはなかなかないなって思うし、だから今の日すごく仲いいですし、本当に泥臭い、厚い青春の思い出みたいですね。
慶応式のテニスは強いんですか?
結構強いですね。もちろん、スポーツ推薦校があって、そういったところには勝てないんですけど、そういったところを除くと、その次ぐらいには来るぐらい強かったですね。
国井さんはテニスをずっとやってたわけではないっていうのが。
違うんですよね。テニスをずっとやってたわけじゃないんですけど、小学校の時ちょこちょこテニスやったりしてて、
そういうのでも遊び?
遊びですね。ただ、やっぱり、公立の中学って公式テニスがないんですよね。
確かに、何式はちょっとあるぐらいですよね。
あるんですけど、っていうのもあって、できなかったと思ったんで、やりたいなと思ってて、高校に入ったら部活、テニスが強いやろうと思ってたのがあって、とにかく打ち込みましたね。
それまで部活自体は流行ってたんですか?
部活自体は流行ってました。
競技は?
競技は卓球やってたんですよ。
あ、卓球なんですね。
じゃあ、もう高校それやりきって、大学は受験がないわけですよね、そのまま行かれていらっしゃって。
それで、でも高校で部活、そんだけ打ち込んでたら、割と大学入ったら羽伸ばしたくなりそうな気もしますけど、大学1年とか入学してからっていうのはどんな感じだったんですか?
大学1年生は、順当にテニスサークル、テニス部だったと思って、テニスサークル入ったんですよね。
で、まあ1回その体育会に入ろうが結構悩んだんですけど、いかんせんその慶応の体育館の体育会ってめちゃくちゃ強くて。
もうガチすぎるってことですか?
本当にインター杯の優勝、準優勝ぐらいが集まるので、もうその確実にレギュラーにはなれないなみたいな。
で、ついに男子校選んだとはいえ、やっぱ男子校じゃなくて女子がいるみたいなところもある中で、ずっと坊主にして球拾いするのもちょっと違うなみたいな。
という中で、まあじゃあとりあえずサークル入るかっていうので、サークル入ったんですけど、結構僕は何かに打ち込むのが割と好きなタイプで、高校は本当部活に打ち込みました。
中学の時は受験、まあ打ち込んだって言っていいのかわかんないですけど、まあ一応受験勉強頑張りましたみたいな時に、
なんかこう、やっぱりずっと本気でテニスやってきた身としては、まあサークルはサークルで楽しいんですけど、やっぱりなんかこう、そんな打ち込むものでもないというか、
っていう時に、まあなんかこう、こうなんて言うんですかね、切な的な楽しさはあるんだが、こうなんか、こうなんか何か熱中できるわけじゃないなーっていうところで結構もやもやしてて、
で、まあちょうどなんか一つそのメンバーっていうなんかそのちょっとテニス上手い人たちが出る試合みたいなのがあって、まあそれが12月ぐらいで一区切りしたんですよね。
っていうところもあって、まあかつなんか当時サークルで好きだった女の子が先輩に持ってかれて、このサークルいる意味ねえなみたいな。
それがじゃあ真の理由ということで。
まあかもしれないです。
っていうのがあって、じゃあなんか何かしたいなーって。
ただ僕経済学部だったので、まあ放送の道を目指すのはないわけですよね。
まああるっちゃあるんですけど、まああんまない中で、どうするかなーって思った時に、
まあ結構そのやっぱ内部進学した友達ってみんな部活やってるやつが多かったので、
そうするとやりきった感があるから運動じゃなくて次は勉強しようみたいな人が多いんですよ。
そうなるんですね。
で、ダブスクしてるやつがめちゃくちゃ多かったんですよ。
だから僕ら高校時270人いるんですけど、100人ぐらいが弁護士か会計者なんですよ。
そうなんですね。
結構異常って言われてるんですけど、結構みんなダブスクしてて、
まあそれ見た時になんか俺もやってみようかなっていう結構本当に適当な理由で、
まあ会計士の試験の勉強始めたっていう。
周りが意外と勉強してて、ダブルスクールしてて、まあじゃあ自分もしてみるかみたいな。
そうですね、なんか本当に仲いいやつがみんな会計士試験のその呼び込み書いてたっていうのもあって、
俺もやってみようかなーって本当に軽いノリで始めました。
軽いノリで始めて、でも会計士の勉強ガチで大変っていうのはよく聞くんですけど、
どんぐらい大変なんですか?
えー、実際やってる時はしんどかったですね。
なんか本当に、何だろう、試験の前とか本当、まあ1日18時間ぐらい勉強したかな。
18、すごいですね。
なんかストップウォッチで測ってたんですけど、まあ賞味大体試験直前のまあ5、6ヶ月前からは、
多分盛らずに14時間か15時間はその勉強してる時間みたいな。
ただ、なんかその前の1年間とかは結構なんかよく遊びに行ってましたし、
今思うとなんか呼び子生活もそれはそれでみんなでワイワイして、
なんか毎日真っ暗くお泊まりつつ、なんか部活みたいなもんになるんで、
なんか校舎にこもって昼飯食べ行ってみたいな。
っていう意味では意外と楽しかったなって、今思うと。
やってる当時はまあ自信そうでした。
それこそサークルの友達がどんな感じで過ごしてるかとかも片隅には見えるわけじゃないですか。
見えますね。
それとかどう思うんですか?
辛いっていうか羨ましい。
なんかなんで俺呼び子を通っちゃったんだろうみたいな、もう後悔みたいな。
なんかいいなみたいな、みんなリア充してるな、なんか俺もあっち行きたいなみたいなのは結構ありましたけど、
まあでもなんかきっとこの果てで何かがあると信じて、
なんか勉強してましたね当時は。
試験は4年生の時に受けてるんですか?
そうですね、4年生の時に、
何か会期試験って1時と2時があるんですけど、
まあ1次試験を3年生の終わりと、
12月と5月にあるんですよ1次試験が。
1次試験がめっちゃむずくて、
で、3年生の時1次試験落ちて、
で、4年生の5月で受かって、
で、2次試験の論文っていうのを4年生の時に受けてますね。
それで受かったんですか?
そうですね、厳密に4年生の8月に落ちて、
その翌年に受かって会期試験になってますね。
そういう受け方をしてると、いわゆる就活とかってどうするんですか?
なんで、3年生までに、
1年生から勉強してると、4年生、3年生の時に受かれるんですよね、最短で受かると。
そういう人はたまに就活するやつがいて、
野村の合意日行ったりとか、
仲とかが意識いく人とかいるみたいな。
僕は結構、
それは就活が始まるのが当時4月1日内定会期なんで、
3月の末ぐらいか、12月か。
12月からスタートで、ちょうど試験が落ちたぐらいの時で、
就活をすると結構選択を迫られてたんですよね、確か当時。
ただ、僕はしないって決めて、
もう落ちたら一生にと、みたいな。
っていう対応を立つっていう選択を僕は当時しました。
それはもうじゃあ、維持というか、やりきりぞっていう覚悟って感じですか?
中には、やっぱ受かんなくて、
その試験の勉強をやめて、就活しちゃう子もいましたね。
別に決して悪いことではないというか、
全然、結構な割合でいきそうですよね。
そうですね、やっぱそんな、みんながみんな受かる試験でもなかったので、
結構それでやめてっちゃう人もいて、
結構ずっと一緒に勉強してた友達とかでもいたので、
ちょっとその時は寂しいなっていう気持ちもありつつ、
当然だよなって気持ちもありつつ、みたいな。
あとは、留学も行かれたってお伺いしてたんですけど、
それはタイミングはいつですか?
それは日試験を受かって、
ちょっと特殊で、11月に合格発表があって、
入社が僕ら2月なんですよね。
2月1日に入社なんですよ。
あんま新卒を想定してないで会計して、
っていうのもあって、
僕は試験終わった翌日から、
合格発表の前日までボストンに留学しました。
すごいじゃん、タイトにというかもう即スポット、最長で。
そうですね、最長3ヶ月とかで。
なんか親にも全部準備しといてもらって、
そこは本当親にも見たかったんですけど、
みんなもう普通に同期とかは働いてたんです、そのタイミングって。
最後にできる何かって思った時に留学はしたいなと思ったので留学しました。
ボストン留学はどんな体験でした?
すごい楽しかったですね。
語学学校行って、一部大学の講座も受けたりして、
みたいな感じだったんですけど、
ずっとそれこそ、
実は言うと会計試験の勉強をするか、
交換留学に関してそれ悩んだんですよ、当時。
やっぱ交換留学もしたいなと思ってて、
でもどっちかしかやっぱ選べないので。
っていうのがあったので、すごい留学というか、
海外のアカデミックな感じというか、
そこにすごい憧れが漠然とあったので、
本当楽しかったし、やっぱり、
日本って単一民族、単一言語の社会の中で、
いろんな人種がいてみたいな、
そういうのってなかなか味わえないっていう時に、
やっぱサウジの人とか、
中東からもいれば、ヨーロッパからも人いれば、
中国とかの人もいればっていうのは、
なんかすごい、今振り返ってもいい経験だったなって。
繋がってるものですね。
新卒は結果的にはどこに入ったんですか?
関西法人の東松、デロイトって言われるとこに入りました。
それは何年ぐらいいて、どんな仕事をしてたんですか?
3年いて、3年ぴったりいたのかな。
僕は総合奨賞者の監査を希望してたので、
幸いにも自分の希望してるところの部署に行けて、
大手の4代の奨賞者と、いくつか複数のクラントを持って、
監査っていう仕事をしてたんですけど、
なんかすごい、
奨賞者見たかった理由が、
奨賞者に興味があったってのもありますし、
結構グローバルのチームっていうところは有名だったんですよね。
っていうのもあって、
いずれは僕最初は駐在っていうところを考えてたので、
駐在に行きやすいチーム、
かつ優秀な人が集まるっていう部署に行きたいなと思って、
総合奨賞者の監査チームを希望していきましたね。
具体の実務でいくと何をするんですか?
なんかすごい会計者の仕事ってイメージしにくいと思うんですけど、
本当に一言で言うと、
監査報告書っていうペライチを出すっていう仕事なんですけど、
毎期毎期上場企業さんが決算して、
それをIRでよく出してると思うんですけど、
あれが適正かどうかっていうところに、
お墨付けを与えるっていうのが僕らの仕事で、
でも実際には本当に、
大きい会社と無限に小会社があって、
世界中にお客さんがいない小会社があるので、
それらを最終的にこっち側で取りまとめて、
全ての世界全体の連結数字で見たときに、
それが正しいかっていうのをジャッジしていくっていう。
実はその中にM&Aのディールが本当にこれでいいのかとか、
減損すべきじゃないかっていうところの判断だったりとか、
そういうのは結構実は今に繋がってる部分が結果的になったなっていう。
結構膨大かつM&Aは、
でもそれこそ規模の大きいディールとかが発生してるわけですよね。
それをじゃあ間近で実務含めてやられたっていうのが、
その後に過程になってると。
そうですね。
厳密に言うと僕らは実務はやってなくて、
出てきたものが適正かとか、
この案件も減損しないかとかを評価してるだけでは実はあるんですけど、
結構そういった意味でいろんなものを見れたっていうのはすごい良かったですね。
3年に出て割と短いというか、
もうちょっとその先のキャリアもありそうですけど、
それを辞められたのはどうしてだったんですか?
そこは結構僕も当時は悩んだんですけど、
結構そもそも監査法人って半分が辞めるって言われてる世界なんですよね。
やっぱり会計士とか事業の人って比較的独立思考が強かったり、
資格があるから別にどうとどうなると思ってみんな結構転職するんですよね。
なんとなく僕も10年ぐらいはいようかなって思ったんですけど、
いずれにせよどっかで辞めるだろうなぐらいに思ってたんですよね。
僕が結構悩んだタイミングは、
ちょうど次の年にトレーニーで海外に行ける年で、
僕のチームは本当海外に行きやすかったので、
僕もたぶん順番的に回ってきて英語もできたんで行けたんですよ、チーム的には。
待望のチャンスですね。
しかもオーストラリアかシンガポールっていう結構良い条件で行きたい。
ただ行ったら2年間辞められないって縛りがあったんですよね。
当時25とかで、
まあ帰ってきて27で2年辞められなかったら、
帰ってきてからさらに1年は行ってねってことなんですね。
2年間行って2年間辞められないんで、30まで辞められないんですよね。
30までキャリア縛られるのかと思った時に結構悩ましいなって思って、
で、どうしようかなって時に、
まあ海外に行くっていうだけで残るのは判断として違うなと。
自分のその20代残り使うっていう意味では。
別に海外に行こうと思ったら、
なんか他のファームでも行けるし、まあ違うところでも行けるし、
って時にじゃあ、
同性間差の業界にいないんだったら早く辞めた方がいいんじゃないかと思って、
まあ2年目の終わりぐらいからもうなんか違う道に行こうと思って色々探してましたね。
結果的にスタートアップに転職ですか?
そうですね、スタートアップに行きました。
どういう意思決定ですか?
それは本当にご縁の世界というか、
もともとは僕はそのコンサルに行こうと思ってたんですよね。
で、コンサルに行こうと思ってて先輩に色々相談してたら、
なんかまあコンサルもいいけど、
まあスタートアップ、
当時ってその会計士でCFOみたいなポジションの人が2017年はまだ全然いなかったんですよ。
今でこそそれこそ外人のCFOとか当たり前になりましたけど、
当時はそもそも20代とかでそのスタートアップに行く人も少なかったし、
まだ圧倒的にその供給が足りてない時代で、
で、その時に先輩にスタートアップもすごい良いよと、
で、すごいニーズあるし、
まあ特にそれなんか上場準備回りとかが分かっている人って少ないタイミングだったので、
まあそこも選択肢入れてみたらって言われて、
ああなるほどなって思ってそっから結構スタートアップを見始めたっていうのはありましたね。
どういう会社さんでどんなこと結果的にはしてたんですか?
それは不動産テックの会社だったんですけど、
結果的に今M&Aでエグジットしたんですけれども、
不動産テックのSaaSを提供している会社にCFOとして入りました。
で、僕がメインの業務は基本的にその上場を結構目指しているっていうタイミングでもあったので、
上場準備とか管理面ものの構築というところがメインではあったんですけれども、
一方で資金調達とかもやってたタイミングでもあったので、
ファイナンスというところは当時はそんなに詳しくはなかったですけど、
スタートアップファイナンス、エクイティファイナンスの部分ですね、
を結構やったりしてましたね。
それはエグジットまではいらっしゃったんですが、それともその前に抜けてるんですか?
結果的にエグジットより前に僕は辞めたんですけれども、
なので最終的にそのエグジットの部分は僕は見届けることなく終わっちゃったんですけど。
そこがちょっとずつ見え始めてたぐらいとか、それなりに伸びてたんじゃないかなと思うんですけど、
それをじゃああえて辞めて、それでも起業ですか?
そうですね、そこで辞めて起業しました。
何が後押ししたんですか?
いくつか理由はあるんですけど、
一つは僕の同期、仲良いスタートアップ業界に入ってから、
若手のCFO界みたいなのがあって、4人のグループなんですけど、
そのうちみんな全員起業したんですよね。
軒並み起業していったっていうのがあって、
レアなクラスターですね。
なかなか変わったクラスターなんですけど、
CFOの界がみんな起業していったっていうのは一つ大きくて、
僕はCFOとしてやっていったら、他のところでもCFOやっていくみたいな、
仮に上場しても、じゃあ2回目で違う企業のスタートアップのCFOをやる、
みたいな感じになるのかなと思ったんですけど、
意外とそういうわけでもないなみたいな。
やっぱりその周りを見ていると。
意外と自分で起業するって選択肢もあるんだっていうのが一つ思った。
周りが変えてくれた一つのあれと、
またシリーズA、BぐらいのスタートアップのCFOって、
実は何でもやというか、
ファイナンスだけやってるわけじゃなくて、
COOがいれば別なんですけど、
COOいなかったんで、
結構マーケティング的なこともやったりだとか、
何ならちょっと商談をする機会もあったりとか、
結構COOとCFOが兼務することって多いのかなって思っていて、
実際自分がそういうロールをしていた中で、
ビジネスを作るというか、
そういう営業だったりとか、
収益をどう作っていくかっていうところをやるのも、
意外と自分面白いし、
意外と営業性に合うなっていうところが見えてきた中で、
あれこれ結構自分でも事業できるかもなっていうのを思ったタイミングで、
M&Aの実家は私会計事務所なんですけど、
その会計事務所のところでうまくやっていくと、
M&Aの中階、国内のM&A中階の中では結構デカいものを作れるのかもしれないなって思って、
事業のアイディアと自分のやっていく能力と周りの環境の掛け算で結果的に起用したっていう。
会計事務所とM&Aの要素を混ぜていくっていうのは具体的にはどういうことですか?
結構今の事業に至るまでピポッとしている部分もあるんですけど、
一番最初考えたのは、今でこそロールアップが流行ってますけど、
会計事務所をロールアップしていくっていうのを僕は考えたんですよ。
めちゃめちゃ先駆けてるじゃないですか。
そうですね、2019年なので、
今思うとだいぶ志向を攻めてるなって思うんですけど、
当時は会計事務所も今もそうなんですけど、
後継者なんが結構あって、
実家の家業のお客様の中でも事業生計課題があるお客さんがいっぱいいたので、
そこで最初M&Aをしてたんですよね。
事業生計マンで。
ときにこれって会計事務所ってストック収入なんで、
会計事務所を買収すればお客さんもついてくるし、
ストック収入も増えるし、
だいたいその年売法って言うより売り上げの何倍とかで、
3倍とかで結構買収するんですけど、
結局それって積み上げの収益も取れてお客さんも取れて二度いしいから、
会計事務所ひたすら買収すればいいじゃん、
っていうとこで起業しようと思って始めたんですよ。
それを最初やり始めてひたすら会計事務所に電話して、
あと手紙DM送りまくって、
今でこそ当たり前ですけど、
2019年はそんな当たり前じゃなかったんでやりまくってたんです。
結構お客さん取れて話はできたんですけど、
そこに検証していく中で壁が当たったのは、
結構会計事務所の所長さんって生涯現役しそうなんですよね、基本は。
引退っていう概念がない。
確かに祖父を思い返すとギリギリまで仕事してたみたいな。
父ももう60過ぎてますけど全然仕事してますし、
資源の良さでもあると思うんですけど、
やっぱそういう世界観なんで、
リードタイム半端なく長いみたいな。
だから保険と近くて、
MA全部そうですけど、
辞めませんか?売りませんか?って言っても、
生涯現役だから終わっちゃうんですよね。
結構これむずいなって思って、
CVしないなみたいな。
ってなるとロールアップはうまくいかないというか、
かなり不確定要素がでかすぎると思って。
結局そこのビジネス辞めて、
ひたすらMA中華が国内でしてたっていうのがあるんですけど、
ただ国内MA中華だけだと、
単発で決まってはいくものの、
自分一人生きていく分には全然困らないんですけど、
スケールしないなみたいな。
本当に悪く言うと、
地方にあるパパママ不動産と一緒で、
年間数件決めとけばどうにかなるみたいな、
そういう拡張性がなく、継続性がない、
マグロの一本釣りしてるみたいな、
っていう感じになっちゃうのも、
20代の自分の時間を捧げるにはちょっと違うなって思って、
事業をきぼっとしました。
それこそ周りのスタートアップ企業家との比較とかも
しっかりなんですかね。
そうですね、そういうのが眩しく見えた時期は当然やっぱりありましたし。
とはいえそこからグッとスタートアップに舵を切るって、
結構難しい気もしていて、
それは具体的にどういうタイミングでそうしたのかとか、
どうやってやったのかっていうとどんな感じですか。
なんかスタートアップ的にやろうと思ったのは、
そうですね、多分その国内のエマンデイをやって、
多分2年ぐらいのタイミングだったと思うんですけど、
ちょうどコロナ、2019年起動して、
なんかちょうど20年、1年経ったぐらいにコロナ来たんですよね。
で、その時に結構飲食店のお客様とか、
畳むってタイミングとかでエマンデイやってて、
その時はグルグルグルやったんですけど、
あの時スタートアップのサースバブルみたいなところもあって、
すさまじく調達が旺盛だった時代もあって、
やっぱ同世代がだいぶ躍進してたんですよね。
それを見ている中で、
俺多分そこよりは収益上げてるけど、
20代捧げりにしたら本当それこそ、
なんていうんですかね、
もったいないというか、
俺進んでるのかと思って、
前に進めてるのかなみたいなふうにすごい思ったタイミングがあって、
やっぱり何かに強烈に熱中してやるっていうか、
事業を成長させるっていうのがあって、
すごい眩しく見えたというか、
本来他の会社との比較軸で考えるべきじゃないと思うんですけど、
これでいいのかなと思った時に、
もっと伸びる事業、もっと成長する事業をやりたいなと。
ただ今の国内のMAだって考えると、
MAセンターさんとか、
当時本当に多分MA総研が上場する手前ぐらいだったんだな、
タイミングとかで、
このマーケットで自分が勝ち筋見出せるとはちょっと思えなくて、
じゃあ自分の強みを生かしつつ、
けど自分が勝てるマーケットを探そうと思って、
いろいろ探し始めたのが本当に2021とか2位ぐらいだった気がしますね。
今2026なんで、4,5年経つわけですけど、
そのじゃあスタートアップ化するぞでも初手で、
今みたいなデータベースみたいな構想ができたのか、
でいくと何かどういう。
実はここに至るまでには、
CM系アプリに1回横道されたりとか、
何かありましたよね。
結構その何か点々とした時期があったんですよね。
迷走というべきなのかもしれないんですけど、
何かそういった迷走した時期もありつつ、
でも結局やっぱり自分のその強み、
自分の今で培ってきたスキルセットとかを考えると、
何だろうって中でM&Aかけるクロスボーダーというか、
東南アジアというところに最終的に追いついて、
今3年ぐらいこの事業をどっしりやってるという感じですね。
ちょっとだけ触れると2Cは何が起こったんですか。
2Cはそれこそコロナの前、
何かそのM&Aで設けたお金で、
何かその開発みたいなのをしてて、
ちょっと何か今思うと筋は悪くないんですけど、
クラブハウスが流行ったじゃないですか。
クラブハウスの本当に流行る半年前ぐらいに、
音声のアプリを仕込んでたんですよ。
そうなんですね。
実際結構ユーザー取れて、
何かミクシーの音声みたいなものを、
各大学のファミリーで作っていこうというのを最初考えて、
それちょっとアプリ作って検証してっていうのをやったりしていて、
ただ、かつ何かクラブハウスってものがあるっていう情報も一応リサーチをしたんですけど、
言語の壁的に日本と相性悪いと思ったんですね。
アメリカのアプリとか。
勝てると思ってやってたんですけど、
クラブハウスが爆死したっていう。
明確に。
明確に死んだ。
あ、これは想像しなかったぞってなって、
その時C向けは違うなってやっぱり。
自分のやっぱり誰でも考えつくものというか、
C向けってやっぱり結構自分の現代圏とか日常の生活の中から、
アイディア考えたりインサイト見つけると思うんですけど、
俺以上にインサイトするやつが5万人いるから、
絶対向かうわって思って、
その辺からやっぱ2Bだなって切り替えていったっていう。
2BでM&Aは明確に強みじゃないですか。
東南アジアが出てきたっていうのは何なんですか?
MAっていう軸を持ちながら、
じゃあそのドメインを変えるってなると、
どこがあんのかなって思ったんですよね。
スタートアップのMAに特化する。
これも一つの当時考えてましたし、
ただこれって結構小型案件というか、
今でこそMA仲介さんも結構力入れてますけど、
ここは大手が入ってきやすいなっていうのがあったんですよね。
どこだろうどこだろうって見ていった中で、
海外っていうのは結構件数は少ないし、
まだ大手もそんなにやってないなと。
なんでだろうっていうのを探してた中で、
いくつか余裕もあるんですけど、
そもそもそのMA仲介で結構営業が強みなんで、
国内の不動産会社とか保険会社とか、
営業強い人いっぱい集まるんですよね。
ただやっぱり英語を喋れない人がほとんど多いと。
やると、やっぱりエクセキューションする人の壁っていうところが一つあるな。
あとは、やっぱり現地案件をソーシングするのがすごく難しいっていうのが二つ。
あと結局インセンティブ構造の問題が実はあって、
それもできないようになっている。
ってことは、やりにくい。
だから三人衝撃あるな。
でも、じゃあなんか自分だったら
そこの部分クリアできるかもしれないなと思って検証を始めたのがきっかけではあって、
東南アジアに絞った理由は本当にたまたまで、
まあ手っ取り早くいろんな国に知り合いないか探してみて、
まあ結構本当に、それこそ高校の同期が半分近くその修行って言いましたけど、
のきなみ現地のインドネシアとかベトナムのローファームとか海域の中にたまたま駐在しているやつがいっぱいいたんですよ。
なんで、まあ試しに行ってみるかと思って行って、そこで人どんどん紹介してもらって、
案件取れるかなーって試しに行ったら、意外といけるっていうところから始まりましたね。
現地にツテがあったから、まあその現地案件取ってくるって壁は意外と最初は。
そうですね。
そこがなんか結果的に突破できるその入り口というかネットワークがあったっていうのが本当に偶然の産物かもしれないですけど、大きかったっていう。
それをあったし、にいずまりそうだしっていうことをですね、だからアメリカとかはそもそも前からなんですか、
旧号旧号とかもいそうな匂いがあったのか、シンプルにツテがなさそうだったのかみたいなとか。
アメリカとかに関しては、まあもう明確に参入する内はないって僕は思ってたんですよね。
なんでかっていうと、やっぱり結構大型案件が多いんですよ。アメリカとか特にその北米ヨーロッパっていうのが。
だからここは大型案件が多いと、まあ投資銀行とかビッグフォーとか既にもう参入してるんですよね。
まあ自分もそのそこにいたからわかるんですけど、もう明確にヘッドクォーターがあると。
ってなると、まあ入る余地はない。
まだ今あんまり開拓されてなくて、そこそこ件数がちょこちょこある。
で、まあみんな力を頂いたところってなると、まあ今振り返ると消去法ですって結果的に必然なんですけど、東南アジアが圧倒的に多かった。
そのプレイヤー、東南アジアにプレイヤーが少ないっていうのはまた障壁の話もありますけど、場合によってはそもそもまだ日本の企業が東南アジアに見向きもしてないとかもあったんじゃないかなと思うんですけど、
そのあたり当時の感覚とかないしは今の感覚、なんで東南アジアの会社は今のときにすべきなのかみたいなってところっていうのはどうですか?
なんかマーケットは多分あったんですね、前から。
前からあったんですけど、やっぱりそのMAの文化がまだそこまで欧米ほど進んでなかったっていうのが結構大きくて、
やっぱりアメリカとかはMA先進国ですし、まあ欧州とかも結構MAの出てて普通に昔からある文化なので、結構そこに行こうっていうのは昔からあった。
ただやっぱりそのコロナの後とかで変わらず経済成長率が高かったのは結構東南アジアっていうところもあって、
で、そこにはまだM&Aがそんなにすごく起きてる、まあ今結構起きてるんですけど、まあ4,5年前とかでそんなにまだ盛んじゃなかったっていうところで送信もしにくかったし、
文化というかその土壌もできてなかったっていうのは、なんかその他のプレイヤーがそんなにゴリゴリ入ってなかったっていう理由の一つなのかなと思っていて、
ただ当然大型案件とかは現地のFuzzとかビッグフォーとか、まあIBDではやったりしてるので、変わらずその大きいディールっていうのは昔から大手でやってるんですけど、
僕らはそのミッドサイズ以下っていうところ、まあいわゆる国内で言うとこのMA仲介さんがやるようなサイズっていうところを僕らはフォーカスしてやってるんですけど、
ここにはまだやっぱ参入するプレイヤーが全然いなかったっていうのは理由としてはある。
それでいくとある意味、単価感が下がっちゃったりみたいな話ではないんですか?
単価感は確かにその大型ディールに比べたら下がるんですけど、でもじゃあ国内のM&Aのディールと変わるかっていうと、そこは変わらないんですよ。
むしろそこらちょっと高いくらいなので、そういった意味では金額的なそのマーケット感はあるかなと。
ただまあ先ほど見たとおり、難易度は当然上がるので、制約する確率っていうのはやっぱり国内では落ちるんですよね。
そこがまだ国内M&A市場よりもまだマーケット感としては小さい理由としてはあるかなと。
またそこの海外の会社を買収するようなカルチャーが日本でも増設してきたら、そこではもうある意味先行者有利もあるわけですし。
あとは冒頭におっしゃっていただいたような、データベースって表現あえてされていらっしゃるかなと思ってたんですけど、これは何なんですかっていうのを改めて聞いてみますか。
僕らが提供しているデータベースっていうのは、僕らがその案件を獲得したものを帝国データバンクみたいな形でお金を払って、一部無料なんですけれども、お金を払っていただけたらすごい詳細なリッチな情報を提供しますよという形にしていて、
これは国内のMAのプラットフォームも若干同じ課題を抱えていると思うんですけど、両社間の自由なマッチングみたいにすると、情報があんまり精度が高くないものがどんどん登録されてしまう。
かつ、やっぱりマンデータ、ある程度人癖の高い情報なので、ある種そこに掲載していく案件って、あんまり良い案件じゃないものが集まってきてしまうっていうのが国内のMAのプラットフォームでも起きていることなのかなと。
東南アジアだと、なおさらそれが加速しちゃう。
なので、僕らが実際に提携している現地のアカウンティングファームとか、エージェントから吸い上がった情報を、僕らがちゃんとスクリーニングして綺麗にしたものだけをデータという形で共有しますよというのが僕らの言ったデータベースという形なんですよね。
なので、今あれは日本の会社が東南アジアの会社をマンデーしたいとか思ったときに、それを探す元数がなかった。
けど、僕らはそこの部分のインフラを提供しますよという形で、データベースというのを提供しているというような事業をやっています。
ビジネスモデルとしては、そのデータベースを有償で売るというのみなんですか?
それともそこに対して実際にエクセキューションのところも入り込むみたいな話なのか?
まさに僕らはそのデータベースを提供して、M&Aを検討する入り口を作る。
そこの部分に一定のお金をいただきますし、実際にそれでディールを進めたいとなったら、そこはやっぱりプロフェッショナルサービスが絶対にないとうまくいかないので、
そこの部分のディールのエクセキューションの部分も我々提供しますよというところで、
こっち側がやっぱり圧倒的にエクセキューションの部分が圧倒的に単価としても高いですし、
僕らのメインの業務にはなるんですけど、その入り口としてデータというところを安めに、
割とフレンドリーな価格で、かつアクセスしやすいような形で提供しているというようなサービスを提供しています。
そういう意味では今後の成長戦略みたいなところでいくと、そのエクセキューションとかまでやれるような人材をしっかり用意をして、
ディールの数を増やしていくと。
内社は国を増やすとか、何かそういう話とかもあったりするんですか?
そうですね、今国は結構拡大していっていて、最初は我々インドネシアとベトナム、マレーシアのこの3つ結構メインでやってたんですけれども、
最近は結構お客様からのニーズも多くて、シンガポールとインド。
この2カ国は結構力を入れて案件をどんどん増やしていってますし、
一部お客様からニーズを頂く中で、逆にヨーロッパとか南米とか取れないのって話とかも出てきて、
そこは一部提携できるところを増やしていきながら案件を集める部分を増やしているので、
最終的には本当にアジアに絞らないで全世界に持っていけたらいいなと思うんですけど、
あとはやっぱりリソースに限界もあるので、まずはアジア全域っていうところを目指してますね。
ありがとうございます。
あと最近によってか、まさかこのトピックでいくとやっぱりAIとかあると思いますけど、
これデータベースの領域かけるAIっていうのは何か可能性はあったりするものなんですか?
そこは結構僕らも悩んでいて、AIで最適化できる業務プロセスにはすごくAIを使ってるんですけど、
やっぱりM&Aの案件を取ってくるとか、そこの非公開な情報を取りに行くっていうのは、
やっぱりAIとそんなに相性が良くなくて、
逆にここは本当にそのネットワーク、人的なネットワークと営業力みたいなところっていうのが、
逆にそのAIに駆逐されない差別化にもなってるので、
そこはあんまりデータベースかけるAIがワークしてるかっていうと現状そんなにワークはしないかなっていうふうに、
どちらかというとディールのそのエグゼキューションの部分にAIを最大限効率化するっていうところを僕らは力入れてますね。
そこは活用の余地がかなりあるんですか?
そこはめちゃくちゃ活用僕らもしていて、
実際に多分普通にやったら、
例えば10日かかるところを僕ら2日とかで終わらせて、
お客様にすごい早く提案したりとかできてるなと思うので、
結構やっぱお客様にこういったところ探してますっていう時に、
探すのには一定のコスト、時間みんなかかるんですけど、
資料作成みたいなところはめちゃめちゃ僕ら早くて、
提案できる速さは全然他の会社より早いのかなと驚かれたりしますね。
ありがとうございます。リデルタさんとして何を成し遂げていきたいのかとか、
こういう群れに向かってやってますみたいなところを最後にいただけますか?
僕らミッションを日本の資本で世界を開くっていうミッションにしてるんですけど、
やっぱりグローバルにいくことが絶対の正解ではないと思ってるんですけど、
やっぱりこれからの時は当たり前に海外にサービスを展開していくっていうのは、
これから自然の流れかなって考えた時に、
海外に事業を展開していくためのインフラっていうところを僕らは提供したいなと。
それがM&Aっていう形でもいいと思ってますし、
一部提携みたいな形で販路を広げていくっていう形でもいいと思うんですけど、
どういうふうな形で日本の企業さんが海外進出を狙うかはさておき、
一つまずM&Aっていうところでは僕らが情報がブラックボックス化してるところを提供してあげて、
かつ実際にそのディールを成立させるのはすごい大変な中で、
そこの圧倒的に一番いいサービス提供できるのは僕らっていうところを実現できたらなというふうには思ってますね。
ありがとうございます。
事業の戦略とか会社の成長性みたいなことを話していただきましたけど、
これ一個人として国さんがどんな人生を歩んでいきたいかみたいな、
これ会社に重ねてもいいですし、個人でもいいんですけど、
どうありたいかみたいな、そういうのってどうですか?
それで言うと僕らリデルタっていう会社名なんですけど、
デルタってのはサブンっていう意味を持ってて、
僕らがある世界線と僕らがいない世界を見た時に、
そこに大きいサブンを作りたいなっていうのが会社の名前の由来でもあって、
それを繰り返していくっていう意味でリーって付けてるんですけど、
これ多分どの企業もそう思うんですけど、
僕らがいることで少しでも日本のグローバルに事業を行っていくっていうことだったりだとか、
僕らがいることでよりM&Aの数を増やしたとか、
より世界にいいサービスを届けることができたとかっていうことができるような、
そういう存在というかことができたらなっていうふうに思ってますし、
結果的にそういう会社を作ることが僕の意義でもあるのかなと思ってるので、
そういう10年、20年を築けたらなって思ってますね。
ありがとうございます。
じゃあ最後に是非ここまで聞いてくださった方々、
またはM&Aのトレンドに興味あるか、リデルタさんに興味あるか、
クニさんに興味あるかみたいな方だと思いますけど、
何か届けられそうなメッセージとかありましたら是非。
僕らはM&A×海外っていうところで、
ちょっとニッチというか、
少し専門性高そうな事業ドメインで張ってはいるんですけれども、
グローバルに興味があるっていう方だったりだとか、
もしくはM&Aに興味があるでもいいと思ってますし、
今僕らが話した会社のミッションに共感してくださる方でもいいのかなと思ってるんですけど、
そういった方が是非一人でも多く増えて、
それのミッションに共感して、
うちで一緒にそういう世界線作っていきたいなっていう人が増えてくれたら、
是非ご連絡もらえたら嬉しいなという風に思ってます。
ありがとうございます。
概要欄にフォームと言いますか採用のサイトとかも載せさせていただいて、
ご確認いただければなと思いますし、
加えて是非今回の配信気に入っていただいた方は、
スタートアップナーのチャンネルとか登録していただいたりだとか、
あと一緒にこのSNSも拡散していただけたらとても嬉しいなと思っております。
長尺になりましたが、フリンさん本日はありがとうございました。
ありがとうございました。