1. 近藤淳也のアンノウンラジオ
  2. #43 今楽しいと思えるかどうか..

今日のゲストはUNKNOWN KYOTOリピーターのめちこさん。自分のスタイルの中で自分のやりたい仕事をすることや、人との縁に対する考え方について話しました。


ゲスト: めちこさん(リピーター)


【ホスト】

近藤淳也

株式会社OND代表取締役社長、株式会社はてな取締役、UNKNOWN KYOTO支配人、NPO法人滋賀一周トレイル代表理事。トレイルランナー。ときどきカメラマン。

2001年に「はてなブログ」「はてなブックマーク」などを運営する株式会社はてなを創業、2011年にマザーズにて上場。その後2017年に株式会社ONDを設立し、現在もITの第一線で働く。

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://ond-inc.com/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠



【UNKNOWN KYOTOについて】

築100年を超える元遊郭建築を改装し、仕事もできて暮らせる宿に。コワーキングやオフィスを併設することで、宿泊として来られる方と京都を拠点に働く方が交わる場所になっています。

1泊の観光目的の利用だけではなく、3泊〜1ヶ月以上の長期滞在される方にも好評いただいています。

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【おたより募集中】

メッセージや質問などを募集しています。こちらからお送りください!

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Summary

近藤淳也のアンノウンラジオには、夜行列車と音楽活動を楽しむめちこさんがゲストとして登場し、「単純に遊びに来た」と話しています。高校時代、映画館に一人で行ったり、自転車旅行に行ったりして楽しんでいたことを話しています。その後、専門学校に進学し音楽業界の仕事をしたが、男尊女卑の業界環境に嫌気がさし、インターネット業界に転じる決意をしました。彼女は、20代のベンチャー企業での経験やソーシャルゲームの時代の仕事について話しています。エピソード43では、めちこさんが大阪出身でネット業界で働くこと、地震をきっかけに仕事を辞めて旦那の会社で働くようになったことなどについて話しています。彼女は無理をせずに続けられることが大事で、自分のスタンスやスタイルを大切にし、仕事も楽しくやっています。彼女の自由な生き方は会社員向きではなく、地震をきっかけに自分の幸せを見つけて生きていくことを決めました。ポットキャストは彼女の人生の大きな節目となり、自粛することでバランスが取れるようになりました。彼女は自分の生活の中で新しい展開があり、ユーザーとの繋がりも広がっていると感じています。彼女は自分と近藤ジュニアのリッスンのご縁を不思議な一縁だと思っており、20年前からの縁が続いていることを実感しています。彼女はインターネットを通じた温かい人のつながりの重要性を感じています。京都でのリッスンの集まりも面白いコミュニティを形成し、日本の真ん中での活動を楽しんでいます。

アンノウンラジオへの滞在
近藤淳也
近藤淳也のアンノウンラジオ。
こんにちは。
めちこ
こんにちは。おはようございます。 おはようございます。アンノウンラジオです。アンノウンラジオです。
今日のゲストは、めちこさんに来ていただきました。 こんにちは、めちこです。
ようこそ。パチパチパチ。 来ちゃった。また来ちゃった。
はい。アンノウンの滞在は2回目ですか? 2回目です。はい。
ようこそです。はい。 お邪魔します。
近藤淳也
そして、今回は2泊? 2泊ね。
めちこ
ということですけど、めちこさんは、実は前回はポッドキャスターとして、リッスンの方で。 そうですね。
ポッドキャスターインタビューをさせていただいて。 2回目いつ来るんですか?
近藤淳也
え? 2回目誰かいらっしゃいましたっけ? ポッドキャスターインタビューは続いてますよ。
続いてるか。この前。 この前もじゅんじゅんさんとか続いてますし。
めちこ
よかったよかった。 はい、やってますけど。 寮地にならなくてよかった。
近藤淳也
一応、かいさんと小田陣さんもポッドキャスターインタビューのつもりです。
めちこ
あ、そっか。 はい。
近藤淳也
はい。 まあ、ちょっとそれはリッスンの方の話ですけど。
めちこ
アンノウンの滞在も2回目ということで。 私はね、はい。
ちょっとね、今日もめちこさん1人に。 はい。
アンノウンラジオとして、いろいろ聞きたい。 アンノウンラジオには初ということで、お邪魔します。
ということで、よろしくお願いします。 よろしくお願いします。
近藤淳也
はい。今回の滞在はどういう滞在ですか?
めちこ
今回は、もう単純に遊びです。遊びに来ました。
あの、前回滞在したときに、9月に、ライブのついでに来たんですけど、
そのときに、近藤さんに歓迎会みたいなものを開いていただいて、
そのときに来ていただいた、お集まりいただいた方とちょっと仲良くなっちゃって。
で、「また一緒に遊びましょうよ。」みたいなお話をしていた流れがあって、
年内、もう一回行っとくかってなって、来ちゃいました。
近藤淳也
いいですね。遊びに行く場所ができるっていうのは。
めちこ
もう、でも一回来ると、心的ハードルが下がるというか、もうなんか、なじみが出てきました。
近藤淳也
はい。もう友達ですから。
そう。ありがとうございます。
めちこ
友達がいたらね、尋ねに行くもんでしょ?
そう。だから、別にほら、地理的には難しいところにあるわけじゃないから、
近藤淳也
もう駅から地図も見ないで歩いてこれちゃったし。
もう、第2の。
めちこ
ちょっとホーム感出てきましたよ。
近藤淳也
第2の家みたいに。
めちこ
そうそうそうそう。
近藤淳也
はい。また来てくれて嬉しいですけど。
ほんとですか。ありがとうございます。
めちこ
じゃあ、ちょっと自己紹介してもらっていいですか?
近藤淳也
めちこさんとは。
めちこ
えっと、ポッドキャスターじゃない方ですよね?
近藤淳也
はい。
めちこ
えっと、めちこ、一応、実名じゃなくていいですか。
めちこと申します。
仕事は、何をしているか。
ウェブのディレクターとか、ライティングとかをメインにやっています。
はい。
えっと、仕事の形態は、夫の会社から業務委託で案件を受けているのと、
あと、昔から世話になっている方が1人いて、
音楽への情熱
めちこ
その人の会社に一応席を置いて、そこの仕事をしているというかたち。
半分、半分みたいなかたちで、自由にやっております。
近藤淳也
席を置いてというのは、社員さん?
めちこ
あ、一応、社員なんですけど、
もう、その会社がオールフルリモートっていうんですか。
オフィスもなくなっちゃったんで、基本的には家で仕事してます。
近藤淳也
なるほど。
じゃあ、2つの会社の仕事をやっているウェブの仕事のかたって感じですね。
めちこ
やれることは何でもやるみたいなかたをしてます。
近藤淳也
はいはいはい。
はい、そんなめちこさんですけど、
あのアンノウラジオ聞いていただいたことあるかもしれないですけど、
だいたい昔からさかのぼって、どんな人生を歩んできましたか?
めちこ
どっから話そうかなって感じですけど、
みなさんどこから話されてるんでしたっけ?
近藤淳也
いや、もう生まれた瞬間の方もいますよ。
それはいないか。
かなり幼少期の方も。
めちこ
結局、自分を作っていったのがどの辺が影響してるかみたいなのが大きいと思うんですけど。
近藤淳也
そっか。
めちこ
別に仕事に特化してる感じじゃないんですかね。
近藤淳也
うん、別に何でもいいです。
めちこ
人生。
うん。
近藤淳也
どちらですか?ご出身は。
めちこ
静岡です。
近藤淳也
静岡。
めちこ
静岡の清水。
清水。
近藤淳也
ちびまるこちゃんのところです。
ああ、サッカーの。
めちこ
そう、あそこです。
近藤淳也
はいはいはい。
めちこ
まさに、老後にいいですよ、あたかくて。
近藤淳也
富士山も見えるし、魚もおいしいし。
めちこ
ほんとに、のんびりしてて。
近藤淳也
東海道線も通ってるし。
いや、ほんとに、のんびりしてていいところです。
はいはい。
めちこ
はい。
清水で生まれて、清水で育って、18までいたんですけど、
私を作ったもの。
音楽がちっちゃい頃から好きでしたね。
近藤淳也
へえ。はいはい。
めちこ
あの、ポッドキャストのほうでも話してたんですけど、茶芸を聞いたりとか。
こう、自然に浴びてた音楽を楽しみながら、みたいな感じで。
ずっと音楽が好きで、何なんでしょうね。
もう、農耕ついたときには、東京出るって思ってたんですよ。
近藤淳也
あ、そうなんですね。
めちこ
ここじゃないっていう。
え、音楽好きになったら何歳ぐらいからですか?
10歳になるかならないかぐらい。
近藤淳也
じゃあ、小学校ぐらいから。
めちこ
うん。もう、聞こえてたのが楽しかったし、聞くのも好きだったし。
リハーサル的に聞いてたわけじゃないんですけど、
親が聞いてたりするものを自然と浴びて、それが楽しかったし、好きだったんでしょうね。
近藤淳也
はいはい。
めちこ
で、やっぱね、中学ぐらいからの頃ですかね。
音楽イコール芸能界、自分の中では、そういう認識があって、
それってやっぱ東京だよねっていう考えが単純にあって、
いずれは東京出るんだって、もう思ってたんですよ。
近藤淳也
あ、じゃあ音楽を仕事にするつもりだったっていう。
めちこ
そう、音楽業界のほう、音楽っていうか、芸能界のほうに行きたいって思ってたんですね。
近藤淳也
はいはい。
めちこ
でも、それってやっぱイコール東京だと思ってたから。
音楽業界というか、芸能界への憧れみたいなのだったのかな。
近藤淳也
それはなんですか、自分がもう、アーティストとして活躍するみたいなのではないの?
めちこ
そうではなく、たぶんスタッフというか、
そこの業界に関わりたかったっていう意識が一番大きかったと思うんですけど、
ただ自分が演者になるっていう意識というか野望みたいのは感じたことはなかったですね。
それでその、見た目がすごい良いわけでもないしとか、
人前で歌いたいとかそういうわけでもないしみたいな。
近藤淳也
見た目良いですけど。
めちこ
本当ですか?ありがとうございます。嬉しい。
近藤淳也
歌、でも音楽好きで、歌ったりはしなかったんですか?
歌ったり演奏したり。
めちこ
あー、それはね、でもやっぱね、演奏するのって、やっぱ好きみたいで演奏というか、
中学時代は吹奏楽部にいたんですよ。
近藤淳也
はいはい。
めちこ
ラッパ吹いてました。
近藤淳也
えー、何ですか?
めちこ
ラッパのニフォニアムっていう楽器があって、
ラッパも高い音から低音までベース、チューバーあるんですけど、
中音ぐらいの。
近藤淳也
えー、ユーフォニアム?
めちこ
ユーフォニアムっていう。
近藤淳也
うーん、どんな形だろう。
めちこ
チューバーって分かります?
近藤淳也
はいはい。
めちこ
チューバーの半分ぐらいのサイズのやつです。
近藤淳也
おー。
めちこ
そのまま半分ぐらいの。
近藤淳也
片つぶりみたいなやつですか?
めちこ
そうそうそうそう。
近藤淳也
なるほど。
めちこ
その、ただ、チューバーをやってた子が辞めちゃったから、
ユーフォーをやってた私がスライドしてチューバーをやらなきゃいけなくなって、
似てるから楽器が。
もっと低い音になっちゃうんですけど、
結構、私も別に体は大きいわけじゃないけど、
一人で、一人というか頑張ってチューバー吹いてました。
近藤淳也
えー、あのなんかこう、出口から手入れるやつ?
めちこ
あれはホルンです。
近藤淳也
あれホルン?
めちこ
あれはホルンです。
近藤淳也
違った。
すいません、いろいろ外した。
めちこ
ホルンはホルンで、鼻型でかっこいいんですけどね。
近藤淳也
へー。
めちこ
やっぱそれが、その、水素楽の活動はやっぱ楽しかったし、演奏すること自体。
近藤淳也
うーん。
めちこ
本当はもしかしたら、楽器の演奏する人とか向いてるのかもしれないんですけど。
青春時代の活動
近藤淳也
うーん。
ジャンル的には、それも好きな。
めちこ
あ、好きです、好きです。
近藤淳也
水素楽部でやってたんですか?
めちこ
水素楽部でやる。
ただ、演奏することが楽しかった。
ああ。
ジャンルというより。
近藤淳也
はいはい。
めちこ
うんうん。
もしかしたら多分、本当は演者向きなのかもしれないんですけど。
近藤淳也
それを何?
めちこ
ミュージシャンとか、そういうの。
近藤淳也
何で辞めちゃった?
バンドとかやらなかったんですか?
めちこ
やんなかったですね。何でやんなかったんだろうな。
で、高校行って、水素楽は続けなかったんですよね。
うーん。
で、高校行って、バンド活動とかやろうっていうのもならなくて。
ああ、高校の頃は、一番遊びほうけてた時期で、
アーティストの追っかけみたいな。追っかけというか、ライブとか行くほうが楽しくなっちゃって。
近藤淳也
へー。
めちこ
行ってたんですよ。バイトして、ライブ行ってみたいな。
そのためにバイトしてみたいなことをしてたから。
近藤淳也
それ、学校行ってます?ちゃんと。
めちこ
あ、行ってます。行ってます。ちゃんと。
学校はちゃんと行ってました。
近藤淳也
バイトして、そのお金でライブ行って。
めちこ
バイトして、お金でライブ行って。
結構、もう高校の頃からね、オタクっぽい活動してましたよ。
昔、ムーンライトながらっていう夜行列車があったんですよ。
あれ乗って行ったりとかしてました。
夜行乗って大阪まで行ったりとか。
近藤淳也
あ、大阪に。
東京大阪間のやつですかね。
めちこ
そうそうそうそう。
近藤淳也
ありましたね。
めちこ
ありました。分かります。知ってます?
近藤淳也
分かりますよ。分かりますよ。
僕はそれに自転車乗せて移動してたタイプなんで。
めちこ
あれです。ああいうオタ活をしてたんです、私は。
大阪のライブ行って。
やっぱお金がないから、なるべく交通費を削りたいわけですよ。
近藤淳也
青春18きっぷとかね。
行ってましたよね。
めちこ
夏になると青春18きっぷ買って、
ながらは乗れるから、夜中に乗って行ったりとか。
だから夜行でやっぱ帰ってきたりとかして、
ながらじゃないけど別の夜行で帰ってきたりとかして、
で、夜中にもう静岡駅に着くのが何、3時とかそれぐらいで、
チャリで家まで帰ってくる間に歩道されるっていうのは。
近藤淳也
こんな時間に何やってんねんよ。
めちこ
そうそうそうそう。ちょっと待ってって呼び止められて。
近藤淳也
止まるんや、ちゃんとその静岡。
めちこ
あ、それは止まりましたね。その夜行は。
大阪から帰ってくるやつ。
近藤淳也
3時に帰るんですね。
めちこ
そうそうそうそう。
近藤淳也
で、歩道されて。
めちこ
歩道されて。
近藤淳也
ライブ帰りたいですね。
めちこ
そう、ライブ行ってきましたって言って。
近藤淳也
大丈夫でした?
めちこ
そう。家どこ?ってすぐそこですって言って。
近藤淳也
家の目の前で歩道されたんですけど。
めちこ
そんなこととかしてましたね。
それでも同じ高校にそういう友達はいたんですか?
いないですよ。
あの、すごい新学校でしたけど。
あ、ちょっといた。
その、アーティストのライブすごい熱心に行っちゃうぐらいの人がちょっとだけいました。
でも同じアーティストではいなかったんで。
結局その、おたかつもソロ活動みたいな感じでしょ、ソロソロ。
近藤淳也
高校の中では。
めちこ
うん。でも自分もそれが楽だったから。気楽だから。
だから誰とも特につるむ人もいなかったし。
近藤淳也
その学校の友達と遊んだりとかじゃなくて、そういう一人のほうが多かったんですか?
めちこ
ほぼ一人だった。
近藤淳也
へー。
めちこ
あの、だからその、ライブに行ってるばっかではなく、映画も好きで。
近藤淳也
その、バイトしてるから多少ね、お金がありますから。
何のバイトしたんですか?
めちこ
焼肉屋さん。地元の。地元の焼肉屋さんで。
そのときはね、そのときは、その当時で考えたらちょっといい時給だったんですよ。
近藤淳也
へー。いらっしゃいませーっつって。
めちこ
そうそうそうそう。個人刑の。
近藤淳也
ご注文は何しますか?って言って。
めちこ
焼肉屋さんだったけど。
ちょっとお金があった、余裕があったから。
近藤淳也
あの、一人で静岡の町に行って、映画を見に行くのがすごい好きで。
それも一人なんだ。
高校時代の楽しみ
めちこ
一人で。
今みたいなシネコンじゃなくて、映画館がこう集まってるエリアがあって、なんとか座とか。
ああいうところに行って、今何やってんだろうってこうやって見て。
当時ネットもないから、映画をやってるのがわかるのが、新聞ぐらいしかないんですよ。
近藤淳也
そうでしたね。今何言ってるかなってね。
めちこ
あれ見て、今この映画やってんだって言って、フラって行って、実際見てチケットくださいって言って、一人でフラフラっていう遊びがすごい好きでした。
そこも一人なんだ。
近藤淳也
デートとかはないんですか?
めちこ
なかったですよ、高校時代は。
あ、バイト先で知り合った人と年頃になりましたけど。
近藤淳也
でも、一人で遊んでたのすごい楽しかったかな。
なるほどね。
めちこ
高校時代は。
近藤淳也
なんか近いもの感じますけど。
めちこ
本当ですか。
近藤淳也
僕も高校時代、一人でそれこそ自転車で旅行行ったりとかして。
めちこ
高校の頃から行ってたんですか。
近藤淳也
高校の時に三重県の高校でしたけど、東京まで自転車で行って帰ってきて、それこそ清水とか静岡とか通って帰ってくるみたいな。
めちこ
通って、国一通って。
近藤淳也
多分清水私立図書館とかも行ってますよ。
宿題がいっぱいあったんで、昼間は図書館で宿題しながら。
宿題っていうか、夏休みの勉強しながら。
めちこ
あんなところにいらしてたんですね。
近藤淳也
そうですね。
めちこ
向かいにね。
専門学校での音楽業界
近藤淳也
静岡県立図書館も行きました。
めちこ
へー。
昔って要は、図書館みたいなスペースがちょっとコワーキング的な役割あったんでしょうね、きっと。
そうです。
自習っていうか、勉強する場所ってそれぐらいしかなくて、図書館を全部調べ上げて行く前に。
場所ね。
近藤淳也
休館日とかも調べて、で、ちゃんと予定を組んで。
めちこ
それちょっと楽しそうですね。
近藤淳也
で、夜は野宿して。
めちこ
野宿。
近藤淳也
公園で野宿をしまして。
めちこ
だから多分、どっか清水とかでも寝てます、僕。
でもそれ楽しそうだな。
近藤淳也
はい。
でも僕もそうやって一人でいろいろふらふらしてたんで。
めちこ
あー。
近藤淳也
なんか親近感がありますけど。
そうですか。
めちこ
一人は気楽だし、自分で決めてみたいな。
縛られないのが好きだったなって感じですね。
近藤淳也
で、どうなったんですか?
めちこ
それでですね、東京出るっていう意識は変わってなくて、で、ほんと新学校あったんですよ。
半分普通に国公立行って、あ、半分じゃないか。
え、もう比率忘れちゃったな。
でもほんとみんな、まず普通に大学進学は当たり前みたいな。
近藤淳也
でもそこに入ったってことは結構正式良かったってことですね、めちこさんも。
めちこ
正直良かったです。
正直。
ほんと中学までは正直エリートというか、トップぐらいにはいたはずです。
近藤淳也
おーすごい。
めちこ
でも。
近藤淳也
結構じゃあ真面目に勉強するタイプ?
いや、なんかちょっとね、今の風貌はちょっと今日は緑色の髪の毛でピアスいっぱいついて。
めちこ
めちゃめちゃ真面目でしたよ。
近藤淳也
えー、あ、そうなんですね。
めちこ
やろうと思えばちゃんとできたタイプなんですよ。
はいはい、思えばね。
で、高校のときも基本的にあんま勉強、勉強に遊びが楽しくなっちゃってたからもう高校のときには。
勉強もすごい適当にやったんだけど、ものすごい真剣にやった世界史のテストあるとき、
普通に学年2位とか取ったときに、おー、私やるじゃんとか思って、そんなときがあったけど。
でも結局そんなに熱を入れなかったんですね、勉強に。だからやろうと思えばたぶんできたんです。
ただ自分の中でちょっと挫折を感じたところがあって、結構理数系の高校だったんですよ。
近藤淳也
でも私文系だから、数学はやっぱりちょっと苦手なのが、ちょっと挫折感はあったんですけど。
めちこ
もうね、クラスが理系のほうのクラス、理数科が1つあって、そのあと残りの3クラスが文系っていう感じになってて、私は文系のほうにいたんですけど。
理数科は、もうほんと清水のトップの連中が集まってるから、東大とか、それこそ京大とか、いくらの人たちがいて。
私はポンコツだったんで。
近藤淳也
でも別に文系だったら数学できなくてもいいんじゃないですか?
めちこ
まあそうなんですけど。
近藤淳也
なんか立場が弱いみたいな感じなんですか?
めちこ
もう全然、その高校は基本的に理系の高校なんで。
近藤淳也
理系の高校ってあるんや。
めちこ
うちはもう理数科があるぐらいだから、理系が強い高校だったんですよ。
でもね、その理系とか文系とか関係なくて、結局私がちゃんと勉強して、大学に入るっていう気がなかったので、その学年で一人だけ私専門学校行きました。
近藤淳也
へえ。
めちこ
あ、専門学校行きますね。
インターネット業界へ
めちこ
私は専門学校行って、一人だけ就職した子がいるけど、それ以外はみんな浪人か大学進学してるはずです。
近藤淳也
うーん。
めちこ
どうですかね?
まあそれが普通のあの高校だったんで。
近藤淳也
まあ新学校。
めちこ
そう、新学校ですから。
近藤淳也
はいはいはい。
めちこ
で、その後、その専門学校行こうって決めたのも、家の事情もちょっとあって、親が別れたりとかしてて、私は高校、在学中に。
なんかもうあんまりお金かけたくないみたいな、だったら国公立の大学行けよって話なんですけど、今思えば。
で、さっさと社会に出たかったっていうのも一つあって、で専門って2年だから、早く社会出れるなみたいな感じで、結局その選んだ専門学校も音楽業界用の専門学校あるんですよ。
に行って、試験とかなくて、もう学校は適当にこう推薦状みたいなの書いてくれて、それでもう決まっちゃったんですけど。
近藤淳也
行くと思えば入れるってこと?
めちこ
そうそうそう、誰でも入れるぐらい。
近藤淳也
何勉強したんですか?
めちこ
それはね、あの、そのコース、そのコースか、その専門学校も面白くて、いろんな部門があるんですよね。
放送のほうとか、音楽系のほうとか、舞台寄りとか、なんかジャンルがあるじゃないですか、その芸能界のほうにも。
私はその専門学校の音楽系のところに入って、その中のさらに、音楽業界の裏方さんの仕事のための知識とかを学ぶような音響専門学校ってところに行ったんです。
近藤淳也
そうなの?じゃあ、これ収録とかプロなんじゃないですか?
めちこ
いや、そっちじゃないです。
近藤淳也
そっちじゃないんですか、音響って言うけど違うんですか?
めちこ
うん、違います。
近藤淳也
何ですか?
めちこ
技術的なほうではなく、私は、あの、何だろう、もっと、あのね、パブリッシュ寄りというか出版寄り?音楽のライティングをするほう。
近藤淳也
ああ、そういうことですか。
めちこ
音楽の雑誌とか。
近藤淳也
ああ、そう、アーティストの活動を知ってもらうには、みたいなこと?
ああ、そうそうそうそう。
めちこ
マネジメントとか。だから、あの、著作権のこととかも一通りもうその時に勉強してるから、著作権っていうのがあってねとか、著作隣接権っていうのがあってねみたいなそういう。
まあその、音楽の仕事するってなると、やっぱり著作権とかは知ってなきゃいけないぐらいの当たり前のものなんで。
近藤淳也
まあね。
めちこ
そうそう。そういったところの知識を学びつつ。
ライティング志望だったから、いずれは音楽で文章を書いて食べていけばいいなと思ってたから、そういうライターのノウハウみたいなのを学びつつ。
だからその、仲が良かった先生とかは、あの、オリコンって雑誌分かります?ランキングです。
あれの初代の編集長の人がいたりとか、臨時で、臨時というか、非常勤で、結構すごい人たちがいてて。
近藤淳也
すごいじゃないですか。
めちこ
結構面白かったですよ。
近藤淳也
結構まっすぐ進んでますね。音楽が好きで。
めちこ
でしょ?
近藤淳也
はい。音楽の専門学校行って、ライティングで。
まっすぐ進んでたのに、ですよ。
どうなったの?
めちこ
そこです。
に、ただ、中で、いつのタイミングか、あ、オーディエンス側にいる方が楽しいって気づいちゃったんですよね、やっぱり。
裏方に入っちゃうより、その業界に実際入っちゃうより。
近藤淳也
音楽聴いてる側の方がってこと?
めちこ
一番その時は幸せだって気づいちゃって。
近藤淳也
専門学校が面白くなかったんですか?
めちこ
そんなことはなかったんですけどね。
一番遊んでた時期だと思うし、人生でも。
近藤淳也
そっち側に行くのが、ちょっとためらってしまった。
めちこ
せっかくその学校に行ったにも関わらず、辞めちゃったんですよね、途中で。
近藤淳也
あ、学校を辞めたんですか?
めちこ
じゃなくて、志がなくなっちゃったんですよね。
近藤淳也
就職しなかったってこと?
めちこ
そう。
で、実はただ、その専門学校に行ってた期間に、私はインターネット人間になったんですよ。
近藤淳也
出た?インターネット。
ちょうど2002年ぐらいなんですけど、
めちこ
PC持ってたから、ネットにつなぐのが楽しいし、
そこで発信することが楽しくなったんですね。
だからホームページ自分で独学絵作って、
HTMLとかCSSとかがりがり自分で書いて、手打ちして。
それが楽しくなっちゃったんですよね。
なるほど、なるほど。
近藤淳也
はてな創業の頃ですね。
めちこ
そう、まさにあの頃。
近藤淳也
はいはい、2001年。
めちこ
で、ほんと就活もしないで。
で、一応卒業したんだけど、じゃあどうする?って言って、
一回地元に帰って、地元のプロモーターで仕事したんですよ。
プロモーターってわかります?
近藤淳也
わかんない。
めちこ
あの、近藤さんMieの方ですよね。
サンデーフォークって聞いたことあります?
近藤淳也
わかんないです。
めちこ
あの、東海県、愛知とかMieとか、あと静岡あたりの工業、ライブとかを仕切ってる。
近藤淳也
そういう業者が地元にいるってことですか?
受け側で。
めちこ
あいますよ。
ていうか、どこにもいるんですよ、地域。
だから、その愛知のあたりを仕切ってるのがサンデーフォークっていう。
近藤淳也
仕切ってる。
めちこ
仕切ってる。
近藤淳也
縄張りみたいなのがあるんですか?
そう、ありますありますあります。
別に会場は独占ではないんですよね?契約的には。
めちこ
そうじゃなくてですね、工業を全部取り仕切ってくれるんですよ、そこに頼むと。
会場抑えるとか、チケット捌くとか、宣伝するとか。
未だにそのシステムは変わってないんですけど。
だから愛知とか、ほんとMieの方もそうだし、静岡の工業を取り仕切ってるのがサンデーフォークっていう会社があって。
一回地元帰って、そのサンデーフォークで仕事をし始めてるんですけど。
近藤淳也
じゃあ一応音楽業界、一応入ってるじゃないですか。
めちこ
一応入ったんですけど。
近藤淳也
専門の生きるところに。
めちこ
これね、悪口になっちゃうから言いたくないんですけど、入ったのはいいけど、20年ちょっと前の話ですよ。
まだまだ男尊女卑が強い、今でもそうなのか分かんないけど。
あの、労働基準なんとかとか全然合ってないようなもんだし、やっぱ芸能界ってそんなもんなんでしょうね。
近藤淳也
何があったんですか?
めちこ
いやまあ、仕事も大変だったし、女はあんまり人間としては使われないぐらいの。
男が偉くて当たり前みたいな業界だし、普通に酷い言葉を真正面から投げつけられたりしましたよ。
近藤淳也
そんなこと言うみたいな。
馬鹿野郎みたいなことですか?
めちこ
いや、もっと酷い、もっと酷い。
近藤淳也
一応言わないんですけど、ここでは。
めちこ
それくらいもう、なんか知らないけどね、男尊女卑がまかり通って、やっぱ業界的にそういうところがあるんでしょうけど、もしかしたら今改善してるかもしれないですよ。
近藤淳也
まあ変わってるでしょうけどね。
めちこ
まだ20年前は全然あって、それで。
で、私も私で、嫌だってなって、そういうのに、言語しないんで。
近藤淳也
嫌だって面白いな。いいっすね、正直で。
そうそう、結構正直なんですよ。
めちこ
で、やめて、何ヶ月かいたんですけど、やっぱめっちゃあって。
で、その後ね、やっぱ、結局じゃあ何がやれるかな、やりたいかなって思った時に、ネットだよって思ったんですよ。
近藤淳也
なるほどね。
めちこ
趣味レベルだったけど、独学レベルだったけど、自分が一番フィットするんだろうって分かってたんですよ、そこが、インターネット業界が。
まだ当時って、信仰のベンチャーとか出てきてるような時代だったじゃないですか、あの頃。
で、適当にこう、求人サイト見て。
適当に求人サイト。
近藤淳也
渋谷の、当時あれですよ、まだガラ系の時代で、公式サイトとかがあるような時代の、その公式サイトの運用のバイト募集みたいなのが出てて。
人足りてなかったと思うわ。
めちこ
そう、あの頃です。
近藤淳也
経験者とかいないし。
めちこ
そう、経験者いないから、そう。
近藤淳也
全員がプロみたいな、プロっていうかね、同じスタートラインって感じですよね。
めちこ
そうそう、同じスタートライン、そうそうそうそう。
だから、私、全然経験とかないけど、もうここだと思って応募して、趣味でホームページとか作ってましたとか言って。
ベンチャー企業での仕事
めちこ
で、一応音楽の専門学校とか出てるんで、一応そういう方の知識ありますぐらいだったけど。
でも、ああいう時って結局、愛情なんでしょうね、採用する方って。
気に入ってもらえて、私のその、実績なんてないに等しいから、私のそういう人柄みたいなのを気に入ってもらえて。
その時入ったモバイルの部署が、私以外みんな男の子だったけど、若い、同い年ぐらいの。
でも、仲良くやってましたよ。
近藤淳也
その時何歳ですか?
めちこ
21とか。
近藤淳也
若っ。
ちなみにどんな格好してたんですか?
めちこ
私、全然覚えてないんですけど、この間、私の仕事の仲間の陽子さんとやってるポッドキャストの方で、あの当時の私どうだったっていう話をしたら、ギャルだったよねって言われて。全然覚えてない。
近藤淳也
ギャルですか?
めちこ
ギャルって言われて、全然記憶がない。
近藤淳也
全然驚かないですけど、ちなみに髪の毛の色はどんな色だったんですか?
めちこ
あの頃でも、今みたいな奇抜な色はしてないんですよ。
近藤淳也
そうなんですね。
めちこ
ちょっと明るく、でもだいぶ明るかったと思いますけど。
近藤淳也
茶色ぐらい?
めちこ
うん、明るい茶色。
近藤淳也
あ、じゃあ今のほうが。
めちこ
今のほうが全然気持ちいいですよ。
近藤淳也
さらに色が。
めちこ
今はだってシルバーと緑ですからね、今日は。
近藤淳也
シルバーとね、しかも2色染め?
めちこ
そうそう。これフレーミングカラーって言うんですけど、この輪郭。
近藤淳也
縦髪みたいなもんですか?
めちこ
そうそう。これちょっとやっていいですかって言われたから、いいよって言って入れてもらいました。
近藤淳也
会うたびに色変わってますもんね。
めちこ
楽しくないですか?
近藤淳也
面白いですよ。今回何色で来るかなって思ってますからね、最近。
めちこ
自分も楽しいし、そうやって楽しんでもらえるならいいですよ。
近藤淳也
そうかそうか。じゃあそれに比べたら大人しい色だけどギャルだったと。
めちこ
ギャルだったらしいです。
じゃあギャルが来た、男しかいない職場にギャルが来たぞって。
なるほど、どっかで聞いたような話が。
本当ですか?
近藤淳也
いや、ハテナもそういうことがあって、前に。
めちこ
そうなの?
近藤淳也
はい。そういう出会いがあった。
まあまあ、それはそれで。
めちこ
その私が入った会社が、当時南平台の会社だったから、近くにハテナさんがあって、だから近くにいたんですよ。
近藤淳也
ですよね。
めちこ
そうです。
近藤淳也
その時八山だったんで、もうすぐ、1キロもないですね。
うん、もうご近所ぐらいの感じだったと思います。
めちこ
もしかしたらね、ハテナに応募してた可能性がありましたけどね、当時募集してたらね、何かね。
近藤淳也
本当ですね。え、2000何年ですか?それ。
めちこ
2001、あ、2。
近藤淳也
2002年?
めちこ
あ、ごめん、3。3でした。
近藤淳也
2003年に、あれ?2004年に渋谷に行ったのかな?
めちこ
あれ?本当に?
近藤淳也
2003年か。そのぐらいですもんね。
めちこ
ちょうど2003年。
近藤淳也
じゃあ、結構かぶってますね。
めちこ
そうです。
近藤淳也
じゃあ、ご近所さんで。
めちこ
そう、ご近所さんだったんですよ、実は。
で、そこでしばらく、モバイルの公式サイトのお手伝いをしてたんだけど、
やがて、着歌が流行り始めた時代に、着歌のサイトを任されて、その音楽の知識もあるから、
あと、モバイルサイトって、HTMLちょっとわかっていれば作れるみたいなところありましたから、自分でもサイトを作って。
近藤淳也
でも、AUとなんとかでって言って、ちょっと絵文字が違ったりとかして、大変じゃなかったですか?
めちこ
そう、それもやってた。
近藤淳也
それぞれ手でやってた?
めちこ
うん、やってたやってた。
近藤淳也
僕はプログラムで絵文字コンバーターみたいなの作ってました。
めちこ
あー、ありましたね。
近藤淳也
どこでもいいですけど。
めちこ
あったあった。
近藤淳也
ちょっとモバイルサイト作る仕事があって。
めちこ
うんうん、あの頃です。
近藤淳也
ねえ、大変でしたね。
めちこ
サインキャリア、別でページ作ってたっけかな?
多分コンバーター的なシステム入れてた気がするけど、
1枚のページで済むようにとかやってたはずですけど、もう覚えてないな。
でも、ちゃんとそう、絵文字ここに入れてみたいなこと、手打ちで作ってましたよ。
近藤淳也
着歌売ってたんですね。
めちこ
着歌売ってた。
近藤淳也
どれくらい売ったんですか?
めちこ
いや、私でも売る方ではないから、あれ、歌を売るというより、
当時公式サイトって、月月空課金で続けてもらうのが一番おいしかった時代なんで、
ユーザー何千人とかしかいなかったけど、登録してもらってなんぼ?
だいたい会場を忘れるんで、みんな。
それを狙うっていう。
近藤淳也
でね、キャリアの課金でチャリンチャリンと落ちていくっていう。
めちこ
そうそうそうそう、あの時代です。
近藤淳也
めっちゃいっぱいなかったですか?着歌サイト。
めちこ
めっちゃいっぱいありましたよ。
近藤淳也
何個くらいあったんやろ、あの頃。
めちこ
めちゃめちゃあった。
だから、私が作ってたのは、バッタモンみたいなサイトですから、
別に公式じゃないから、本物の歌売れないんですよ。
扱えないから。
近藤淳也
あ、そうなんですか。
めちこ
そう、だからカバー局みたいなやつ。
近藤淳也
ああ、大元のオリジナルじゃなくて。
めちこ
オリジナルは扱えないから。
近藤淳也
カラオケ屋さんみたいな感じですか?
そうそうそうそう。
それなら売っていいんですか?
めちこ
そう、売っていいっていう、そういうのがあったんですよ。
近藤淳也
あ、じゃあ収録とかからやってたってこと?
めちこ
収録は、やってるか、その本業作ってる箇所は別にあって、そこと提携して、みたいな。
近藤淳也
じゃあ、それを買ってきて。
めちこ
そうそうそうそう。
近藤淳也
のディレクションをやってたってことですか?
めちこ
ディレクションと、ページも作ってっていうのをやってましたね。
更新してとか、やってたやってた。
近藤淳也
どうですか?面白かったですか?
めちこ
まあ、楽しかったですよ。
それをやってたんだが、
近藤淳也
うちの会社がですね、モバイルの部署が譲渡されちゃったんですよ。
なかなか動き激しいですね。
バッタも売ってて、譲渡されて、売られたってことですね。
めちこ
モバイル事業が、私当時サイバーエージェント系のその会社にいたんですけど、
サイバーのCAモバイルっていうモバイル系の会社に、事業ごと譲渡されちゃったんですね。
で、私はそのCAモバイルの方に行かないで、
近藤淳也
行かなかったんですか?
めちこ
そう、会社に残って、じゃあ次何しようってなった時に。
近藤淳也
なんで行かなかったんですか?
めちこ
え、でもほとんど行かなかったな。
近藤淳也
セルリアンタワーに行けたんじゃないですか?
セルリアンタワーに移動できたんじゃないですか?
めちこ
いやー、行きたいと思わなかったんですよね。
今の会社の、そのモバイル以外の部署の人とかも仲良かったし。
この会社にいたいっていうのがあったから。
近藤淳也
そっちの会社は出さない方がいいんですか?
めちこ
ん?
近藤淳也
そっちの会社は出さない方がいいんですか?
めちこ
出さない?
近藤淳也
名前は。
めちこ
あー、あの当時、私が入った時はアクシブ.コムっていう会社で、
その後株式会社ECナビになりました。
近藤淳也
うさみさんの。
めちこ
そうそう、うさみさんの。
今はボヤージュグループ、あとなんか。
近藤淳也
カル、カルタ?
めちこ
そうそうそうそう、今ね電通系になってるんですよ。
近藤淳也
そうですね。
めちこ
すごーいってなって。
見てるだけですけど、私はそこには思いませんけど、うさみさんのとこです。
近藤淳也
じゃあ、そこの会社のみんなが結構よく好きで。
めちこ
そうそう、仲良かった。
はてなさんもそうだったと思うんですけど、みんな若いし、当時ね。
若くなかったですか?
近藤淳也
まあ、若かったですね。
めちこ
でね、仲良くやってたんですよね。
事業部とか部署違っても、わきあいあいというか。
あの頃、なんかあの頃のベンチャーって、大学のサークルの延長戦みたいな、それぐらいのノリとかなかったですか?
確かにな。
近藤淳也
20代、社長が20代とかですもんね。
めちこ
そうですよ。だって、近藤さんもそうだったでしょ。
近藤淳也
そうですね。その時はまだ20代ですよね。
めちこ
で、うさみさんも30手前とかだったと思うし。
あれ、ちょっと、ちょっと行ってたか。
で、まあこれは余談なんですけど、だから旦那と出会ったのもその会社で。
近藤淳也
おお。
めちこ
そうそうそうそう。
近藤淳也
余談じゃなくて本題にしてくれてます。
めちこ
そう、本題です。
私が入った時に、二次市で入った時、彼営業3人いて、30ぐらいでしたけど。
近藤淳也
そこら辺の年代の人がぐちゃーっているから、社内婚とかめちゃくちゃ多くて。
え、じゃあ10歳ぐらい違うってこと?
めちこ
あ、そうですそうです。
9上です。だから近藤さんより年上ですよ、旦那。
へー。はい。で、向こうから声がかかったんですか?
あの、これも多分あるあるだ、当時ある、今よりあるあるだったと思うんですけど、
タバコ吸ってたんですね、お互いに。
喫煙所に行くと、自分と違う部署の人とやっぱ会うじゃないですか。
そのコミュニケーション結構楽しくて。
で、そこで会って、なんか趣味があったから、息とおごうって感じですかね。
音楽の話とか。
近藤淳也
はいはい。えー。
めちこ
えー。
近藤淳也
じゃあ喫煙所からね。
めちこ
そうですそうです。
近藤淳也
仲が深まって。
めちこ
いやー、あの頃よく会った気がする。
同じ部署というより、喫煙所とかでのコミュニケーションが発展みたいなのがあったと思います。
なるほど。
近藤淳也
じゃあ半量見つかって。
そうそうそうそう。長いね、もう20年ぐらいとか一緒にいますから、長い。
そうか、すごいですね。
近藤淳也
続いてるなと思いますけど。
えー、で、どうなったんですか?仕事は。
めちこ
あー、そうだ。それで。
モバイルサイトのライティング
めちこ
尺歌はじゃなくなったんですね。
もう、もう譲渡されちゃったから。
その後、そのECナビがちょっと始まった頃で、ECナビのメディアに行ったんですね。
で、結局、モバイルの仕事はもうしなくなっちゃったんですけど、まあ文章は書けるねっていうことで、
ライティングの仕事だとメインに、そこではしてたんですが、メルマガ書いたりとか。
サイト上のタイアップページとか、企画のページのライティングとかをずっとしてたんですよね。
何年かやってたな。
で、その後、何年かそのライティングをやってたんですけど、
モバゲーとかが流行った時期わかります?
2010年のちょっと前ぐらいかな。
近藤淳也
ソシャゲー。
めちこ
そうそう、ソシャゲー、そうそう、あの頃グリーとか。
近藤淳也
またね、新しい何千億の市場が新たに生まれますみたいな、すごい、すごかったですからね。
めちこ
うん、あったじゃないですか。
近藤淳也
ミクシーのなんとか牧場ぐらいから。
めちこ
あ、そうです、釣りのやつとか、モバゲーのなんかあったの、モバゲーはなんだっけ、ありましたよね、なんか、もう名前忘れちゃったけど。
いや、すごい、もうソーシャル書けるゲームはすごいんだみたいなので、大騒ぎ、大騒ぎしてた時代。
ソーシャルゲームの仕事
めちこ
そこに、うちの会社も、乗り遅れるなっていうことで、
ソシャゲの部署がまずできて、いずれ会社として作ってましたけど、そこに呼ばれたんですよ。
近藤淳也
あ、呼ばれたんですか。
めちこ
あの、ほら、前にモバイルやってたから。
近藤淳也
あ、そっかそっか。
めちこ
モバイルサイト作れるよねって言って。
技術的にはそんな変わってないんで、表側は。
近藤淳也
そうやけど、いろいろ、あの時代の流れをすごい翻弄されてるというか、あれですね、いろいろ面白いですね。
めちこ
あ、本当ですか。
近藤淳也
いや、まあまあ、だって、最初その音楽配信やってて、ね、ECやって、次はゲームですか。
めちこ
またソーシャゲ行って、だからその時に私ができることをやってるだけっていう、別に翻弄されてる意識はないんですけど。
近藤淳也
どうでした、ゲーム。
めちこ
それはそれで楽しかったですよ、まずページ作ってとか。
近藤淳也
ゲーム作ってたんですか。
めちこ
ゲーム、システムは作ってないけど、一応ゲームのプロデューサーみたいな人が何人かいて、私は主にそのページ作るとか、更新のほうとかやってたんで。
近藤淳也
あ、じゃあゲーム考えたりするわけではなかった。
めちこ
まあ、それはあんまりやってなかったですけど、まあアイデア出しぐらいはしてましたけど、プロデューサーとしてやってたみたいなことはしてなかったな。
でも楽しかったですよ、あんまり覚えてないですけど。
近藤淳也
それは儲かりましたか。
めちこ
いや、儲かってないはずです。
近藤淳也
そうなの。さっきからそんなにあれですね。
めちこ
うん、あの、別に成功はしてない気がする、どこにいても。
近藤淳也
めっちゃこれがヒットしてみたいなの、なってないの。
めちこ
なってないですね。
その、結局その、そしゃげ中心の会社。
ネット業界での働き方
めちこ
こんなこと言ったらちょっと怒られちゃうかもしれないけど、多分最終的には中瀬飛ばだったんですけど。
近藤淳也
なんか、2台、3台プラットフォームみたいな感じですかね。
めちこ
あ、そうです、そうです、グリーとモバゲート。
まあ、ミクシートとかですか。
ミクシートと、そう。
近藤淳也
大きかったんですかね。
やってた、やってたんですけど、結局あれもなんて言うんですか、パイの食い合いというか。
めちこ
もういかにそのゲームのランキングの上にいって、ユーザーを獲得して、その、何、ガチャとかいう。
モバコイン買ってもらうかみたいな、そういうところだったんですけど。
なんかIT系の集まりとかに行くと、近藤さんなんでやらないんですか、みたいな感じでした。
近藤さんとかもやったら面白いの作れると思いますよとか言われて。
あんまり興味なかったですか。
近藤淳也
いや、興味っていうか、だからゲームってどうやって作ればいいか、あんまりしないんで、全然わかんなかったですね。
めちこ
別に無理にやる必要なかったと思いますけど。
近藤淳也
だからまあそれでよかったと思いますけど、なんでしょう、そんな誰でも簡単だよって感じで言うから、そうなのかって思ってましたけどね。
めちこ
じゃあやっぱバブルでしたよね、あれは。
近藤淳也
ですかね。
めちこ
だったと思う。
近藤淳也
実際何千億の市場はできたと思いますけどね。
それは元々のゲーム業界だったのかもしれないですけど、今だって、今だってそのゲームの、そのスマホのゲームの売り上げ全部足したらすごい額ですもんね。
めちこ
それが今の、その流れが今のスマホのさ、なんて言うんですか、ゲーム。
近藤淳也
そし上げじゃ言わないですよね。
ソーシャル要素がもうあんまりないし。
めちこ
そうなの、ほぼない、そうそう、あのガシャガシャいっぱいあるゲーム。
スマホのゲームは私あんまりないんですけど、つながってるんだと思うんですけど。
でね、結局やっぱその授業もな、数飛ばずで、私も別に数字とか見てたわけじゃないんですけど、
あー息苦しいなと思ってた頃に、ちょうど東日本大震災が起こった。あの時。
で、やめよって思ったんですよ。
地震で?
結構ちゃんと仕事してたんですね、それまで。
2003年に入社して、2011年まで、8年とかですか。
8年か、はい。
近藤淳也
毎日ちゃんと会社に通って。
めちこ
通って。
近藤淳也
遅刻もせずに。
めちこ
遅刻もせずに、10時とか、9時とかまで。
近藤淳也
髪の毛の色もまだ。
めちこ
髪の毛の色もまだ、少し変えつつ、仕事はちゃんとしてたんで。
近藤淳也
はい、スーツは着てないですね。
めちこ
うんうん、そうなんです、全然自服だったけど。
でね、その、あの地震が来た時に渋谷にいたんですけど、あ、死ぬって思ったんですよ。結構揺れたから。
あの時どこにいました?
近藤淳也
京都です。
めちこ
あ、京都にいたのか。
近藤淳也
ん?
めちこ
もう京都に。
近藤淳也
あ、京都ですね、はい。
めちこ
結構揺れたんですよ、渋谷。
はいはい。
その、耐震構造だったからっていうのもあるんでしょうけど、結構揺れて、あ、死ぬって思った時に、まあ、死ななかったですけど、
あれを経験した時に、あ、明日死んでもおかしくないんだ、何かでっていう、ちょっと意識が切り替わって、
だったら、こんな毎日仕事ばっかしてるの、ちょっと馬鹿らしくない?ってなったんですよね。
ほんと、あんまり自分のことに時間使えてなかったし。
近藤淳也
何歳ですか、その時。
めちこ
その頃、2008年、あれじゃない、2011年か。
うん。
え?2011年。
2003年から何年後?8年後?
近藤淳也
8年後。
めちこ
8年後、30手前ぐらいですか。
近藤淳也
あ、まだ20代。
うん。
めちこ
でも、すっごいみっちり仕事してた時期があったので、ちょっともう、緩めてよくない?って思って、
6月ぐらいにやめたんですよ、その後。
やめますって。
近藤淳也
何て言ってやめたんですか。
めちこ
えっと、なんかこの事業部も、ゆまいちっぽいですし、私ちょっともう生き方変えたいと思うんで、やめますって。
近藤淳也
領収してくれたんですか。
めちこ
してもらいました。
近藤淳也
意味わからんのにならなかったですか。
めちこ
なかなかあったです。
近藤淳也
次の仕事もないのにって。
めちこ
うん。なかなかあったです。
で、実は、その時の、その掃除上げの実際会社、会社内にあったんですけど、
その人が今の私のいる会社の社長なんですよ。
近藤淳也
あ、そうなんですね。
めちこ
で、私がすごいかわいがってくれていて、
で、その、もう今この会社しんどいですよね、みたいな話を私がして、
あ、まあ実はそうなんだよね、っていうような話もしつつ、
ちょっと私はお荷物なんで、そろそろやめますね、とか言って、やめたんですけど、
それは2011か。
で、結局その頃に、その後ですけど、その社長もう独立しちゃって、自分で会社やるって言って、
それで声かけられて、今まで一緒にやってるんですけど。
近藤淳也
あ、そっか。じゃあ長いですね、結構。
めちこ
長いです。もうずーっと、まあその時からの付き合いなんで。
で、その頃に、旦那も旦那で独立というか、会社を辞めまして、自分でちっちゃいウェブコンサル的な。
近藤淳也
もう結婚してたってことですか?
めちこ
あ、もうしてました。
近藤淳也
じゃあもう会社にいるときに、社内結婚。
めちこ
あ、してました、しました。
で、旦那も旦那で、自分で小さい会社を立ち上げて、ちょうどみんながこう、解散みたいなところです。それぞれの。
だからその旦那の会社で、私は業務委託するようになって、そのもともと私がお世話になってた人の会社に、とりあえず席を置いてるみたいな感じで、そこで始まった感じですね、今の生き方というか。
なるほど。じゃあ結構、あれなんですね。めち子さんって意外と長くやりますね、一個のこと。
あ、でもやってる仕事は様々なんですよ。
ですけど、意外と最初に行った渋谷の会社に8年いるし、その次の会社の仕事を今もやってるわけじゃないですか。
近藤淳也
なんかすごいあちこち行ってそうなイメージですけど、意外とその。
めちこ
あちこちは開拓してないだけですね、別に。
近藤淳也
なんか長いんやなと思って。だからそっから2011だったら12年間今の仕事を続けてるってことですよね。
めちこ
そうですそうです。
近藤淳也
そうなんですね。
めちこ
ただ、案件がどんどん変わっていくから、いろんなことやってるっていう感覚なんですよね。
近藤淳也
それはそうですけど、その人の繋がりみたいなところでそんなにコロコロ変わってない印象を受けたんで。
変わってないです、変わってないです。
だから最初の渋谷の会社の人付き合いが、いまだに続いているってことでしょ。すごいですね。
めちこ
本当ですか?
近藤淳也
はい。ちょっと羨ましいです。
めちこ
そうですか?
近藤淳也
はい。いろいろあったんだなって。
めちこ
いろいろあったな。
近藤淳也
かっこ遠い目みたいな。
地震と仕事の転機
めちこ
そうなんだ。
はい。
そうなんだ。
近藤淳也
うん、気がする。だってそのネット業界の荒波にはも生まれてるじゃないですか。
めちこ
生まれてる、うん。
近藤淳也
だけど人間関係は全然変わってないじゃないですか、あんまり。
めちこ
変わってないですね。
近藤淳也
なんかそれがすごいなと思って。
めちこ
本当ですか?
もちろんその一時的に付き合いがあってなくなったって人はいますけど、
そうですね、ベースの人付き合いは変わってないかもしれない。
近藤淳也
ですよね。そこ何ですか?結構ガッチリもうホールドするタイプなんですか?なんか。
めちこ
えっとね、私からどうこうしてるというよりは、運命なんだと思います、その人たちがもう。
ちょっともう家族ぐらいの感覚があるんですよ。
そうなんですよ。もちろん身内じゃないですけど、一緒に生きてくのが当たり前みたいな感覚の人たち。
近藤淳也
へえ。それ何です?何でそうなった?
めちこ
何でそうなんですよね。一緒にいて心地いい相手みたいのいません?
まあね。
気が合うなとか。たまたまそういう人たちが集まっちゃってるだけなんですよね。
近藤淳也
そうかもしれないけど、それ維持するのも結構難しかったりして、どんどん仕事が変わってったりとか会社が違うようになって、
そういうのになったりとかって多いと思うんですけど、
あとは好奇心で、もっと面白い会社があるのかもとかって人間環境を一回リフレッシュしてみて、
継続する人間関係
近藤淳也
なんかもっと違う出会いを求める時とか、若い時だったらあったりとかもあると思うし。
めちこ
それしなかったですね。
近藤淳也
なんか割とここでいいやみたいな感じで、ずっと続いてるんだなと思って。
ずっと続いてる。
それはあれですか、気が合うなと思ったらもうずっとそこにいたいっていう気持ちが強い?
めちこ
いや、帰る必要ないよねみたいな感じ。仲いいしみたいな。
近藤淳也
いやなんか世界は広いじゃないですか。
広い広い。
めちこ
何十億人もいて。
近藤淳也
いるいるいる。
もっとなんか気の合う人がいるかもとか、もっと一緒にいたら面白い人いるかもとかちょっと思っちゃったりしません?
めちこ
思う時もありますけど、多分そういう時は私結構流れに任せるので、そういう人に出会う時は出会うんだろうぐらいの感じでいます。
近藤淳也
あえて自分から環境をガラッと変えたりとかあんまり。
めちこ
あんまりしないですね。
近藤淳也
そうか、なるほどね。そういうとこが落ち着くのかもしれないですね。
なんか一緒にいて落ち着くなって思うし。
本当ですか。
なんかゆっくり話してくれるじゃないですか。たっぷり時間とっていつも。
なんかそういうのとかがすごい嬉しいなって思うんですけど、
必ずしもそうできるわけじゃないんで、誰とも。
めちこ
そうなんだ。
近藤淳也
まあそうじゃないですか、なんか忙しい人も多いし。
めちこ
そうですね。
近藤淳也
はい、なるほど。
めちこ
あんまり私、仕事とか趣味とかは、近藤さんもそうかもしれないんですけど、区別というか1000匹余していなくて。
5円はでもその代わりいっぱいあるんですよ。
やっぱX、ツイッターの時代だったんでしばらく。Xに繋がった人めちゃめちゃいっぱいいて。
近藤淳也
会ったりもします?
めちこ
しますよ。別に仕事に繋がらなくてもいいんですよ。ただ繋がってることが大事っていうか。
年に数回とかしか話さなくても。最近どうみたいな。
結局、カッパさんもそうです。同じじゃないですか。ちょっといきなりカッパさんの話し始めちゃったけど。
近藤淳也
カッパさんっていうのは、今一緒にポッドキャストをやってる相方さんですね。
めちこ
相方さんです。で、もう出会ったんだから2005年とか?さんをついて出会ったけど。
それがびっくりですけど。
繋いでいただいたんです、5円を。一回繋がったら、私はそこで切ることはしないんですよ。
その気がないというか、5円は。ずっと生きてるイメージがあって。
だから、自分の中では固定した人の中で生きてるというよりは、いろんな人との繋がりは実はいっぱいあるんだよっていう意識はあるんですけど。
ちょっと広がってるよっていうイメージはあって。
仕事面じゃないけど、本当カッパさんとポッドキャストやり始めたことで、ここ1年でものすごい広がったと思ってるんで。
それはなんか楽しんでますけどね。
結局その中から、ちょっと仕事に近いようなお話とかが出てくる可能性とかも全然あるから。
近藤淳也
そうですよね。
その円は別に切れてないっていうか、繋がってる感覚っていうのは、誰に対してもそうですか?
めちこ
うん、誰に対しても基本的にそうです。
どんな人でも?嫌な人でも?
切れる円も全然あると思っていて、向こうが、向こうがというか、相手の方がさっといなくなったら、あそこまでだったんですね、ぐらいの感覚です。
近藤淳也
そういう感じなんだ。
めち子さんから切ることがないってこと?
めちこ
ないですね。
基本的にはない。
切ろうと思わないです。それが本当ツイッター一つで繋がってるもんだとしても。
近藤淳也
それ、そういうふうな円の感覚あるってことですね。
めちこ
ありますあります。
近藤淳也
なんとなく繋がってるんだっていう。
そういう感覚なんだ。
じゃあそれがどんどん増えてるから、利益はどんどんあるよっていう感じですね。
めちこ
そう、自分の中では固定されてる人の中にいる感覚ではないんですよね。
なるほど、そう言われてみれば確かになんで入れ替える必要があるんだって気になってきたけど。
近藤淳也
なんでしょうね、リセットしたがる人もいますよね。
めちこ
いると思いますよ。
それはなんなんでしょうね。
たまたま私は本当に若い頃から人に恵まれてたんですよ。
旦那にしろ、私の今の会社の人にしろ、
私って結構自分がやりたいようにしたいんだよねっていうわがままな素質があるっていうのはわかっていて、
うちの旦那さんもうちの会社の社長も共通していることは、私を好きにさせてくれるんですよ。
近藤淳也
なるほどね。
めちこ
こうしなきゃいけないとか。
無理をせずに続けられる生き方
近藤淳也
めちこさんがあんまり無理してないから、そのまま続けられるのかもしれないですね。
めちこ
そうなんですよ。
近藤淳也
ここにいる自分っていうのが、もう無理になったら捨てるしかなくなるだろうけど。
めちこ
そう、離れちゃうかもしれないですけど、私のスタンス、スタイル、生き方、その中で仕事してくれればいいよっていうやり方をしてくれるので、両方とも。
だから私がすごく生きやすいんです。
近藤淳也
さっきのいきなり辞めますって言い出したりとか。
割と自分をちゃんと大事にされてるっていうか、自分はあんまり偽ってない感じがありましたよね。
めちこ
偽れないんですよね。
近藤淳也
それがいいんでしょうね。
たぶん。
だからずっと付き合えるんでしょうね。
その状態で付き合ってた人と。
めちこ
そうだと思います。私はもうそういうものだってわかってるから、どっちもね。
その中で私のスタイルで仕事してくれればいいよっていう人たちとしかいないから。
近藤淳也
なるほど。
めちこ
そうそうそうそう。
近藤淳也
そうか、それちょっとヒントだな。
めちこ
私がだからフリーダムすぎて扱いわからんっていう人はたぶん一緒にやれないんですよね。
近藤淳也
フリーダムすぎるって自分でもそうは思ってるんですよ。
めちこ
わかってます。
近藤淳也
それは会社とかにいても感じます?
めちこ
普通の会社にいれないんですよ。
もう新緑って。
近藤淳也
普通の会社ってその。
硬い。
めちこ
いた会社違うんですか?
いるかったですからね、やっぱIT系なんで。
近藤淳也
若いIT企業だったから許されたってこと?
めちこ
そうそうそう。
近藤淳也
例えばどのとこがフリーなんですか?
めちこ
ん?
近藤淳也
ん?って。
めちこ
そのスタイル的なところとか。
近藤淳也
服装とか?
めちこ
服装とか髪型もそうだし。
でもその会社にいたときは一応ちゃんとね、9時半に行って何時までっていう働き方をしてたんですけど、
もうそれができなかったんですよね。
近藤淳也
毎日9時半に行くのが。
めちこ
そう、もうきつくなっちゃって。
もう電車に乗りたくないって思ったから。
近藤淳也
なるほど。
めちこ
今最高なんですよ。
家で自分のやりたいときにやればいいから仕事。
近藤淳也
すっごい遅い時間にオンラインになってますもんね。
なんか5時とか。
めちこ
やってたりしますよ。
近藤淳也
やってたりしません?ですよね。
めちこ
あと仕事自体は嫌いじゃないから、
アンキーン来たらもう土日編集でやるよみたいなことも平気でするんで。
近藤淳也
別にやる気がないんじゃないけど。
肩にはめられるのがちょっとっていう。
めちこ
そうそう、ほんとまさにそれで。
近藤淳也
会社員向いてな。
めちこ