KDIグループに会社をイマンドしましたので、良かった点と、やっぱり良くなかった点というのが、まず自爆でいうとうつぶになりました。
スタートアップのファウンダーを後押しする、投資ではダメだと、その人たちが成功することを支援する事業が心から震えるんですよ。
君の事業ってタム小さすぎると言われまくりました。関係ねえってそんなものは。正解にしていくのが起業家なんで。
声で届ける起業家の物語、スタートアップNow、MCの大稲荷です。
本日のゲストは株式会社StartPass代表取締役CEO 小原雅重さんです。
StartPassさんはスタートアップのエコシステムプラットフォームを提供されているスタートアップとして、
2025年の11月、プレシリーズエラウンドにて総額2.2億円の資金調達を発表されたばかりとなります。
小原さんどうぞよろしくお願いします。よろしくお願いします。
そして番組を応援いただいているスポンサーのご紹介です。
1社目は、スタートアップがオフィス移転をするなら一歩。
通常のオフィス探しから稲木物件の紹介。廃墟の支援まで手厚く伴奏。
実はこのスタジオも一歩さんにご紹介いただきました。
2社目は、決まる商談が増えるイメディオ。
問い合わせ直後や資料を読んでいるホットなお客と画面上で商談を自動で設定。
電話をしなくてもアポが取れる有効商談オートメーションです。
そして番組スタートアップNowからもお知らせです。
企業家の物語をより遠くに深く届けていくために、こうしてスタジオを構えて映像化にもチャレンジしております。
ぜひチャンネル登録拡散を通じて応援いただけたらとても嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
そうしましたら、本日は小原さんの人生の物語、ぜひ迫っていきたいなってことを思っております。
いいんですか、そんなこと言っていただいて。
自分ではなかなかやらないですからね。
いや小原さんでも書籍書かれてますからね。
ただ出てないところも含めて、ぜひ説明いただければと思います。
よろしくお願いします。
その前にぜひスタートパスについて簡単に1、2分くらいですかね。
どんな事業をされていらっしゃるのかってみたいなところも教えてください。
日本をスタートアップしやすい国にしたいという思いを天命だと思って取り組んでいるのがエコシステムプラットフォームであるスタートパスということになりますね。
全国だと今1万社しかいないと言われているのがスタートアップですね。
全体では350万社という説もあるし、法人が400万社という説もあるんですが、
とにかくエクイティ調達していって、エグジット上場ですとか、M&Aとかを経営プロセスでやっていくという会社は、たったの400万分の1って考えると0.25%ですか、めちゃんこ少ないというところでして、
私自身が2013年にスタートアップ、外部のエクイティ調達しながら2016年にKDIグループに会社をM&Aしましたので、これは素晴らしい経験をしたなと思ったんですよ。
やっぱり働く仲間が成長していって、アップブレード活動会社なんですけども、その時年収300万ぐらいから入った人が、
転職する時には800万ぐらいになったので、エグジットスタートですね。すごい良いなと思いましたし、良い経験もされていらっしゃいましたし、これは日本に広げたいなと思って、仕組みであろうというふうに今トライしている、そんな感じの会社でございます。
そのクラウドに関しましては、私どもに対してわざわざこういう経営課題があるよというふうに伝えていただくよりかは、そのクラウドの中で目標の設定ができるんです。
そこに例えばですけど、来年の3月までにプレバリュー5億円で1億円調達するみたいな目標を記入いただいてですね、そうすると我々の方に飛んできますので、そうすると我々の方でも伴走に入れるという話ですね。
あとはそこのプラットフォームの中でも結構TKサービスがたくさんあるみたいなところも。
おっしゃる通りです。
これも少し教えてもらえますか。
ありがとうございます。
一番使われるのは弊社と一緒にやっているんですけども、インクさんですね。
インク社。
何かと言いますと有志支援と言いますので、初めての生産金融庫さんからの借り入れだったりとか、その時にどうしていいのか分かりませんというところで、じゃあインクの若林さんに会うといいですよということだったりですとか、○○だったら○○、○○だったら○○みたいなものが取り添えられていると。
それが300個ぐらいありますね。
例えば初めてのクラウドサーバーだったらAWS使った方がいいし、AWSさんに関しましてはスタートパスユーザーであれば1万ドル分無料でリソースが提供されます。
あとは初めてクラウド会計使うと思った時にはフリーが3年間無料になる。
めちゃめちゃでかいですよね。
そういったものが200から300個ぐらい並んでいると考えていただければ。
本当にスタートアップを理解し尽くして、スタートアップがあまりにも好きで、企業も理解もしてというところだと思うんですけど、その現体験というか小原さんはいつから小原さんなのか。
おいたちの部分から遡りたいなと思っておりまして。
まず生まれは東京なんですが、父親も母親も九州出身なんですね。
父親はめちゃくちゃ堅いお仕事でして、警視庁、警察官だったんです。
そして母親は銀行にも勤めていたという形で、めちゃ堅い家庭なんですよね。
意外ですね。
ゆえに反骨精神なのかな、逆の方に触れていったという感じだと思いますね。
かなりスパルタな教育というか。
よくそんなマニアックなものを見られましたねって話なんです。
父親は責任感が非常に強い方でしたので、一番最初は成人するまではめちゃくちゃ厳しく育てるぞという社会の役割を果たしてくださったというふうに、今だと言えますね。
当時はめちゃくちゃ嫌だったんですけど。
文言だったりもそうでしょうし、あとは30年ぶりに思い出したんですけど、NHKラジオのソロ版教室だったりとか、そういうものもやらないと殴りつけてくるみたいな感じで。
小学生の時も3キロから5キロ前にチャッシュされたりとか。
小学生でそんなにいけるんですか?
そうなんですよ。
それで全国各地のマラソン大会に親子マラソンで出たりでした。
全く持って行きたくなかったんですけど、朝4時ぐらいに起こされまして一緒に行くと。
行ったら行ったでしっかりやるんですけども、すごい憂鬱ですよねというのがあり、
つまり例えば時間の縛りですとか、やりたくないかやらされるみたいなこととかっていうのを小学校を中心にやらされてましたので、これに何の意味があるんだろうかというふうに自問自答する小学生だったと思います。
かなりやらされてる部分も欲しかったんじゃないかなと。
めちゃくちゃそうですね。
逆に小原さんが能動的にこれに熱中してたなとか、こんなことやってたなとかそういうのってあるんですか?
やっぱり本を読むのは好きだったと思いますね。物語も当然読みますし、
空想を書き立てられつつ、本当はこういう人生だったらいいよなみたいなことだったりとかをいろいろ妄想するようなものがその当時は本だったので、
能動的にやっていたってことは図書館に行って本を読むって、そんな感じでしょうかね。
じゃあそのまま中学校とか高校とかどんな感じで?
中学校はですね、人生の一番どん底になりましたね。
小中高一貫の学校だったんですよ。
何がどん底かっていうとですね、好きだった女の子が中学校で振られまして、
振られた理由というのが、その当時は外見みたいなものは結構重要なわけですよね。
小学校の頃は陸上で開発されてたので、めちゃくちゃ運動できたんですけど、
背が低いから振られるって言われたんですよ。内面より外見の方に行っただけですね。
グッときますねそれはね。
そうなんです。持てないコンプレックス抱えたということになりますので、
何やったかと言いますと、男子校に行ったってことなんですよ。
ソリューションが明確ですね。
そうなんですよ。もう女性とかじゃないっていうことで、
そこでちょっと企業の減退系になるんですけれども、
自分でお金を稼ぐっていう楽しさを学んだのが高校時代だったんですよ。
バイトとかじゃなくてですか?
そうなんです。バイトではなくて、フリーマーケットで物を売り買いするってことだったんですよ。
高校生で。
はい。そうなんです。
それは何かと言いますと、さっきの通り本読むのが好きみたいな話でもあってもするので、
雑誌を読んで、なるほど、こういう人数高く売れるんだなというのか、
例えば赤耳っていうものだったりとか、ゴーマーレッシュのXXとかそういうものがあったりするんですけれども、
そういうルールが分かってくるんですね。たくさん読むと。
その時、情報の流通って全然しないわけじゃないですか。ネットがなかったんですからね。
そうすると、たくさん雑誌を読んで、ムスタル・ボイスクスに読むと、
普通の古着の人にも詳しくなっちゃったんですよ。
すごいですね。
その結果どうなったかと言いますと、
今だとメルカリとかで売り買い普通にできると思うんですけども、
朝5時くらいに良いコーナー、フリーマンに行き、
何やったかって言いますと、
インターンしたんですよ。
その時に就活がリアルなので、
就活媒体とかっていうよりかは、
生きた情報を手に入れようで、日経新聞とか読んでた時に、
その時にエティックっていう団体が、
国内で初めてベンチャー経営者と学生のマッチングフェアみたいなものを
やりますよというのを見たんです。
それが97年かな?
その時代からそういう取り組みがあったんですか?
そうなんですよ。
97年の時にインターンしまして、
それがオプトという会社でインターンしました。
オプトさんですか。
オプトさんはその当時デガレックスという会社から
オプトという名前に変えたばかりで、
まだ10名ぐらいの会社だったんですよ。
オプトって今でこそ8000人ぐらいの会社、
累計8000人の会社になられたらしいんですけど、
その時オプトの八峰社長って、
メディアにも出てた人だったんですよ。
メディアにも出てる人も10名程度の小さい規模で、
やってることって飛び込み営業してるんだったら、
僕と変わらなくないですかと。
じゃあ僕もできそうですねって思ったんですよ。
それがやっぱり良い錯覚ですよね。
確実に間違った錯覚なんですけど、
でもやっぱりそれで短いになったんですよね。
自分たちで事業を作っていく。
その当時オプトはファックス開拓君っていうですね、
ファックスを半径300メートル以上の飲食店に送りますとか、
いろいろそういうファックス規定で、
データを飲食店限定とか、
飲食店かけることの300メートルとか、
不動産業かけることの1キロとか、
あるいは従業員数500人以上の会社の総務部とか、
そういうファックス番号とファックスDMやってるみたいな形での事業やったんですけど、
でもその時ちょうど97年って言いますのは、
ヤフージャパンが96年とかできたと思ったんですが、
インターネット例明義だったんですよね。
で、八峰さんは一番最初はモリビルという会社から出て、
モリビル32で創業したと思ってるんですが、オプトという会社からですね。
で、一番最初はファックスDMみたいなのやったんですけど、
でも時代だというところで、
ちょうどインターネットかける広告の事業にシフトしようとしたんですね。
めちゃめちゃ先駆者。
先駆者だったんですよ。
そこにはまって入っていったんですけど、
なのでインターネット波が来てる時に、
インターネットの広告事業の会社に入り、
でも中見るとインターネットの広告どころかファックスDM行ってるっていう、
謎な状態だったんで、
いやなんか面白いな、こんな感じなんだなみたいな、
外見と中見全然違うねみたいな感じだったんですよ。
つまり自分ができるってことなんですよね。
そんな感じで学生起業しまして、
東大中大社エンジニアの社長の方と私とで創業した会社がありまして、
一緒に創業したとはいえ、
実態としては僕は全然副社長とかCEOみたいな感じではなくて、
学生で何も分かってなくて、
僕とでインターンしたことがあるんでとにかくやる気がありますみたいな感じで、
知り合った方と創業したんで、
年齢は3歳しか考えてなかったんですけど、
天と地と差があるような感じのチームではありました。
その事業はどれくらいやられてる?
その会社1年目がですね、
めちゃくちゃしんどかったんですよね。
全く泣かず飛ばずでした。
パソの壁紙をカレンダーにしましょうっていうソフトを作ってた会社なんです。
1年目はですね。
全く泣かず飛ばずでして、
真っ赤っかな会社だったんですよ。
で、1年経った時にその社長から呼び出されてというか、
今年ダメだったら畳むと。
なので新しいことをやることにしたと。
僕から提案したんじゃなくて、
その社長が新しいことをやるぞという風に言って、
僕が突き従ってたっていう感じなんですね。
社長が言うんだったらやるかと。
その当時、携帯電話が急激に伸びてたタイミングだったんですよね。
いわゆるフューチャーフォンが出たタイミングでして、
フューチャーフォンのアプリケーションを検索するメディアを作る会社に変わったんですよ。
大胆に変わりましたね。
PCのカレンダーソフトではなくて、
伸びている携帯電話端末のアプリケーションの検索メディアを作るような事業をピポッとしたっていう。
そうしたらバカ語りしたんですよね。
やってるのは2人です。変わりません。
1社目はPCのカレンダーソフトで泣かず飛ばずで苦しい。
2社目って2つ目の授業は同じメンバー、2人のメンバーにも関わらず、
初日からバカ語りしたんですよ。
iApplyっていうですね、ドコモさんの携帯電話のアプリケーションだったんですけども、
iApplyっていうものを検索するものだったんですね。
端末がバンバンに映すわけですから、iApply対応端末がバンバンに映するんで、
ビッグカメラでもドコモショップでもiApply対応端末が売れてるので、
もう完全にタムがでっかくなるわけですよ。急激にタムが多くなってきてるんで、
その中でせっかくiApply対応端末をゲットしたとすると、
消費者というか僕としてもですよ、1ユーザーとしても、
まずやるのはiApplyを検索するようになるんですよね。
そうすると我々の当時のサービス、アプリゲットっていうバイターだったんですけども、
アプリゲットが一番使われるんですよ。一番最初にやったんで。
その社長のすごい才能があって、
どこよりも最初にiApplyの検索サービスをやったものですから、
その先行したメリットで検索で一番上に表示され、
もう唸るようにユーザーが入ってくる世界だったんですね。
これがやっぱりスタートアップの素晴らしさを感じたタイミングだったんですよ。
やってるメンバーが一緒なのに市場を選びて全然違うんだ。
そこから2001年にその授業をやったんですけども、
そこから2008年くらいまでその会社のお世話になり、
めちゃくちゃ伸びたんですよね。
というのがすごく楽しかった時代ではありました。
それでもずっとそのままいらっしゃるとかではなく、
辞められたってことですね?
腐って辞めました。
そんな終わり方だったんですか?
めちゃくちゃひどい辞め方でしたね。
まず2001年から2004年までは、
僕はめちゃくちゃ価値発揮できたと思いますし、
やる気があるし突破力があるわけじゃないですか。
だから失うものがないんで。
例えばヤフーさんとの業務提携とか、
Jフォンさんとか現ソフトバンクの業務提携ですとか、
我々携帯電話のアプリケーションを検索するサービスをやってるんで、
そこの入り口っていうのは、
ヤフーだったりとか、
あるいはJフォンの端末だったりとかの、
手に取った瞬間検索する場所をいかに押さえるかなんですよ。
Googleで検索するときに一番上に出てくるのはアプリゲットですね。
席を取ってるわけですね。
そうするとあとは押されるべきチャンネルは、
ヤフーさんですとかのポータルサイトとか、
携帯電話端末の会社のポータルページだったりとかで、
そこを押さえにかかっていきまして、
無事全部押さえたんですよ。
携帯電話アプリケーションを検索する人たちは、
接触する媒体ナンバーワンだったんですよね。
それを2004年までにやったので、
それは私だけの力では当然ないです。
プロダクトを作ったのは社長だったし、
ただし怖くもなくどんどん提携したりとか、
バンバン広告メニューを作って売っていく、
みたいなことに関しては、
それは私はしっかりやりました。
はい、それがアップブロードキャスト。
アプリを多く配信していく、
いろんな場所にブロードキャストをしていくっていうですね、
というようなネーミングでもあり、
とにかく社名に関しては省略にこだわりまして、
ABCというふうに呼んでいただきやすく、
ABCさんというふうに言ってもらって、
可愛がってもらうということを、
いかに可愛がられるかを軸で考えたときに、
かつ、そしてアップブロードキャストという、
アプリを流通させるためのミッションを背負っている会社で、
ABCという会社を作りまして、
それが多少うまくいったという感じなんですよね。
3年3ヶ月でエグジットするって、
相当早いなと思うんですけど、
そこは振り返るとどういう?
やっぱりそれ原理原則通りやったということなんですよ。
自分がクリエイティブなわけがないっていうのは、
自分の中では誰にもよかったわけですよね。
つまり、何やったとって、
誰かの真似をしてやってた仕事ではあります。
ただし、真似をすることに恥ずかしさを感じないようなところもありました。
だから、2001年から2004年までは、
とにかく業務提携バンバンしていって、
いろんな配信先、チャンネルを抑えればいいということに対して、
愚直にめちゃくちゃやるということで、
なるほど、そういうふうにやればいいんだということが体に染み付いています。
ですので、スマートフォンの波が来たときには、
全く同じことをやればいいって話になりますよね。
何やるかと。
もう勝ち方は分かっています。
だってもうガラケーのときに一回勝ったことがあるので、
抑えるのは面を抑えればいい話なんですよ。
それをやるものだけが勝つので、
やるのはキャリアを抑える話ですよね。
だから、KDDIさんと業務提携したんですよね。
KDDIの端末に自社のメディアをプリセットしてもらって、
どこにも早く流通させたということなんです。
完全に同じような語る。
完全に同じなんですよね。
つまり、伸びる市場で自分の画を出さずに、
勝つやり方をやっただけの話なんですよね。
そうしましたら、400万人に使われ、
3年3ヶ月でエグジットしたということなんです。
それでエグジットされて、ロックアップ3年とかですかね。
それはどんな過ごし方だったんですか?
それは良かった点と良くなかった点が、
自分にとって自爆する点がありますね。
まず自爆でいうとうつぶになりました。
なぜうつぶようになったかというと、
やはり自分の進め方というのは、
とにかく決めたことをガリガリやっていくスタイルであり、
それは自分の中で見えている景色を正解にしていく仕事なんですよね。
なので、背中で見せればいいので、
その意味では、説明を巻き込むべき人に対して、
説明というのはすごい苦手だったんですよ。
すごい勘違いしていたことがあって、
分からない人に説明しても仕方ないと思ったんです。
というのが自爆理由で、
とにかく結果を出せるので、
説明しなくてもとにかく結果を見てくださいというスタイルでやっていったんですけども、
それができなくなっちゃったんですよね。
できなくなったという環境の話をすると、大原さんのパフォーマンス的にですか?
両方ともです。
まずできなくなった一番の理由というのは、
チームプレイにシフトしていった時に、
先ほど言った通り、自節な仕事の仕方をしていたので、
全く社内説得ができなかったんですよ。
そうすると、巻き込むことができなくなり、
巻き込むことができないということは、やっぱり仕事って一人じゃできないわけですから、
結果が出なくなっちゃうんですね。
結果が出なくなってくると、自分は今まで結果を出してきて、
人をついてきてもらったのに、
誰もついてこなくなるってことなんですよね。
一言で言うと、指名疎開になりました。
指名疎開になったのは自分が自爆したからですという因果関係なんですけど、
因果関係がどうあれ、薄暗になったってことです。
ただし、ケイデグループは非常に良い会社で、
そういうこともあろうよと。
めちゃくちゃ優しい会社だと思います。余裕がある会社だと思いますよ。
なので、今でも思えてますけど、
うつ病になった後に、
メディーバという会社だったんですけど、
メディーバの社長と2人で話をして、
まあ、復帰するか、
うつ病だったんで休職したんです。
休職した時に、もう辞めるつもりのまんまだったんですよ。
だってもう、指名疎開で戻る場所もないし、
戻っても死ぬだけ。よし、やめようと。
でもロックアップはあるなと。
究極ですね。どうしてなんでしょう。
気持ち的には懲役って感じだったんですね。
なので、もうどうしよう、懲役中だと。
でも、買ってくれた恩はあるという状態で、
人として、俺ヤバいやつだなと。
でもどうしよう、冷や汗出るし、朝からビール飲んで、
なんか人からすごい見られてる気がして、
なんか一人しかいないはずなのに、
すごく人の目が気になるみたいな、ヤバい状況なわけですよ。
まあ、その中で買ってくれた、
これはいい話だけなので、
海本さんという方の名前、個人名出させておきますけど、
メディーバの社長、KDDIから出向し社長をやってた方ですね。
メディーバをよくしたいと思って、
メディーバって、KDDIのAUのポータルだったりとか、
その当時、AUスマートパスっていうサービスの
地方自治体のスタートアップの方々、
資料の先生とか、スタートアップの方々たくさんいますよね。
それらが一番集まっているのがIBSだと思うんですけれども、
集まると1万人くらいいるんですが、
集まる場所がバラバラになってしまっている。
欲ぐしメディアは絶対ないと困るなと。
そうじゃないとスタートアップの人たちが大企業の人たちに対して
ロゴ集めしようと思った時にも、
シードとかプレイの時とかってあまりツテもないからアクセスしないと思うので、
サイネージのメディアを作って、大企業にもパネルを置こうと。
VCの方々にパネルを置こうと。
もちろんスタートアップの方々にも置いていただきたいんですが、
すべて全部無料ですからね。
置いていただいて、無料だから置かない理由ないよねと。
そこにスタートアップの情報もゲットできるよねと。
大企業側も嬉しいじゃないですか。
そのメディアを通じて、バンバンスタートアップの情報を
発信したいなと思っているのが1つですね。
ひとまとめにしていって情報のハブになるというのが1つです。
もう1つは、働いている人たちを応援したいんですよ。
スタートアップのファウンダーとかは、
カンファレンスに行きますと。
でも、iOS含めて社員の方が行くかというと、
そんなに多くないです。
ICCBダッシュにおいては、社員なんて行けないです。
最初から。ひどいじゃないですか。
排他的じゃないですか。そんなんでいいのかと。
でもやっぱり、さっき言った通り社員の産発名になっているので、
夜の2次会、3次会でディープに被るとの圧力の話とか、
あとは社内のCXO人材の話とか、
めちゃディープな社員の産発名を脱却するための場所ではあるので、
ファウンダー同士でやるのは意味が分かりますと。
働いている人たちがいないと、スタートアップって当たり前になりたたない。
しかも働いている人たちが、ネクストスタートアップファウンダーじゃないですか。
僕もその1人ですと。
アップブロードキャストという会社で働いたときに、
その創業でイグジットした人たちがファウンダーになっているんですよ、どんどん。
社員30人くらいの会社でも、うち3人がファウンダーになっているんですよ。
そういう錯覚で、働く人たちがスタートアップファンになるわけですよ。
働く人たちを応援したいじゃないですか。
大企業のスタートアップ向けの人も応援したいですね。
これ3つ目の話になっちゃうかな。
でもとにかくスタートアップ応援したいという人たちは、
KDIの中でも異端なんですよ。
レガシー産業の中でスタートアップを応援したいと思っている人たちとか、
私業の先生もスタートアップを応援したい人たち、異端なんですよ。
その業界の中でつまみ物扱いされているものですよ。
孤独そうですね。
孤独ですよ、めちゃくちゃ孤独なわけですよ。
でもその人たちに支えているじゃないですか。
そういう人たちを応援したいですよね。
これネットのメディアとかだけじゃなくて、
サイネージってめちゃくちゃチャンスあると思っているので、
もうぶっこむしかない、そんな感じなんですよね。
中長期にもうちょっと展望的なところを改めてもらってもいいですか。
社連の発明が終わることによって、スタートアップファウンダーが生まれやすくなり、
スタートアップファウンダーが生まれることによって循環が生まれ、
循環が生まれるとスタートアップしやすい国になっていく。
なぜなら身近にスタートアップファウンダーがいるので錯覚できるからなんですよね。
400人中1人しかいないってことじゃないですか。
400万社中1万社ってことは。
1学年下手したらいないわけですよ。
そんな世界にスタートアップ飛び込もうと絶対ならないわけですよ。
身近にスタートアップのファウンダーがいて、
イグジットしてもらって、そしてイグジットした人たちの会社のメンバーが、
私たちの会社もそうですけど、10%とか起業していくみたいになっていけば、
みんな錯覚が循環するんで、
で、錯覚循環した企業者たちが社連の発明をするのがやっぱり許せないって、
もったいないわけですよ。
そこをしっかりと埋め切りたいってことなんで、
一個一個の機能を作り込みたいとかっていうのは、
あくまでもそれはその時の社連の発明を何してるのか次第によって変えるべきであって、
もう野心としてはスタートアップ社席にするために社連の発明を終わらせたい。
もうそれに尽きます。
スタートアップNOWだと最近、個人っていうベース、企業家に対して、
これからどんな物語を紡いでいきたいかとか、
生き方したいかみたいなことを聞いてるんですけど、
小原さんもかなりニアリーコールになってきてるんですかね。
完全に一緒です。
もう売るつもりがないっていうか、
売っても売ったらこれができなくなっちゃうんで。
スタートアップ挑戦する人たち、ファウンダーもそうだし、
スタートアップで働いてらっしゃる方々が錯覚してもらって、
スタートアップしてもらって、
そうしてエグジットしてもらって、
そうですね、一社目は僕はM&Aがむしろいいと思ってるんですよ。
しっかりと通行量があるところで、
戦い、極力ハックしてると言われても構いません。
投資家はそれも応援してくれますと。
一社目エグジットはM&Aでいいと思う。
即期に3年3ヶ月でエグジットでいいと思う。
二社目は天命の授業やりましょうと。
二社目天命の授業をやるときにはタムっていうよりかは、
本当にずっとできる授業をやったほうがいいと思います。
ミックさんみたいにタムが小さいとかっていうことを言わず、
あなたが本当にやりたいんだったら、
絶対にそれはあなたにしかない甲斐があるからこそ。
あなたにしかない甲斐があるってことは、
独占できるってことです。
ピーター・ティールが言うところの話ですね。
あなたにしか見えない真実でやったほうがいい。
コントラリアンとしてやらないと結局、
金融的な利点も出ないって話を、
ミックさん自でやってるだけだと思うんですよね。
なんでそういう投資家も当然おられますと。
だからこそ、
第一、私もタムが小さいから調達難しかったです。
これ事実なんですけど、
ドシートのときは、
創業して2ヶ月で調達してるんで、
バリエーション4億で1億調達してるんで、
やっぱり2社目は強くて、
ニューゲームできるとできるんですよ。
なので、
1社目のエグジットは今までまずやり、
2社目は低迷の事業をやり、
そうしてしっかり事業を活かしながら、
要は1社目で失敗してるわけなんで、
人作りとか事業作り失敗してるからこそ、
2社目の反省も低迷なのでやりきれていって、
そうするとめちゃくちゃ大きい事業が作れていくんで、
いいIPOができていって、
キャプテンゲームも大きく株主も開始できると。
それで錯覚してる人たちがまた起業していくっていうことになるために、
このスピードをいかに上げるかが、
自分が今人生で取り組んでることになりますね。