雑談会の始まり
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、前回で働くことと哲学シリーズ終了ということで、今回は雑談会やっていきたいと思います。
はい、ありがとうございます。今回ですね、お便りいただいたので、それをですね、最初に紹介したいと思っておるんですけれども、もう言っちゃっていいかな?
うん、お願いします。
はい、ラジオネームえとまみさんですね。ありがとうございます。
はい、おめでとうございます。
はい、初めまして。いつも面白いラジオをありがとうございます。
はやとさんの個性に共感しながら、きょうすけさんの個性に憧れながら聞いています。
年末雑談会、どうしても聞いてみたい疑問が生じ始めてお便りします。
生きることは苦しく、この世に生まれたことは間違いだったのでは?という思いに、時に苛まれるはやとさんが、苦しいこの世に新たに自分の子を生み出す選択をしたことには、どのような理論、論理があったのでしょうか?
生きることは幸福、あるいは少なくとも普通ではないと感じる人が、こう思うことは理解できます。
ぜひ聞いてみたいと思いました。
失落とはずれますが、どうしてもお話を聞きたく、よろしくお願いします。
というお便りいただきました。ありがとうございます。
子どもを持つことへの葛藤
はい、ありがとうございます。
すごい質問だね。年末雑談会だから、はやとが何で今こんな活動をしてるとか、これからこうしたいみたいな話をしてた回だったと思うんだけれども、
たぶんその中で、はやとがずっと生きづらさとか感じてたよね、みたいなところからの質問というか、ことなのかな。
ちょっとね、この話で言うと、そういうことを思っている人が、ある意味結婚して子供を産むということ?
だからそういう、辛いこの世に新たな命を生み出すことに対して、どう考えてますかって話だよね。
そうそうそう。
えっとさ、こんなこと考えたことなかったんだけどさ。
はいはい。
はやとはね、こういうことって考えてんの?
考えないわけがないでしょ。
考えないわけがない。ちゃんと考えて子供を産んだんだ、はやとは。
だからね、これは12月31日にいただいて、たぶん公開してすぐいただいたんだと思うんですけど、
めちゃめちゃ嬉しくて、もちろんお便り全て嬉しいんだけれども、
本当に自分が言ったことを絵とめて考えて連絡いただいたんだと感じたんですよ。
はあはあはあ。
なのでやっぱりすごい使いたいなと思って、実はずっと温めてた人もいたんですけれども、
おっしゃる通りで、自分が産まれてるの間違えたとかさ、ずっと苦しかったっていうときに、
子供を産むってなんでってやっぱり、どうなんだろうな。
そういうことを思わずに産む人が逆に多いんだっていうのが僕は意外だったんですよね。
なんかタイミングとかだよね。年齢とか。
ライフプランニングぐらいの感じ?
だからこの世に産むのが変なカルマを背負わせるんじゃないかみたいなさ。
はいはいはい。
そういう考え方をしたことなかったね。
本当に。ちょっとごめん、この話長くなっちゃうかもしれないんだけれども、
ちょうど10年前ぐらいで25歳とかで結婚してて、26、27ぐらいで子供を産むかどうかみたいな話が出たんだけれども、
うちの場合は全体の奥さんが結構子供が欲しいっていう人だったんですよ。
奥さんは自分の人生設計を結構作ってて、何歳までに子供が欲しいとか。
そういうことを考えてるタイプだったんですよね。
聞いてたからうーんとか言って、いつかねとかってはぐらかしたんだけれども。
はぐらかしてる理由としては今の話なの?それともなんとなくなの?
今の話は向き合いたくないんだよね。
だから感覚的に子供を産むことの違和感みたいなものはあったけど、まだちゃんと考えてなかったみたいな。
そう考えてなかったし、向き合いたくなかったんだけれども、ちょっといよいよな、今でも覚えてます。
当時埼玉県の川口市とかに住んでて、川とか橋があって橋を渡ってたんだけれども、
奥さんにそろそろ本気で子供のことを産みたい、欲しいって話を言われて、
なるほど、わかったと。半年くれって言って。半年で向き合って考えるからって言って。
何を考えるんだよって思うよね、奥さんからすると。
そうだよね。奥さんも結婚してくれるぐらいの人だから。
わかってるよね、早いと。
ある程度ね、そう。わからないけどもそういうことを言うやつだってのはわかってくれてるから、
まあいいよって言って、夏ぐらいだったかな、そう言いました。
それはまさに、この奥さんが言ってくださったことで、
なんで自分がこの世に生まれるのが間違いだったとか、生まれるのが苦しいって思っているこの世に、
新たな命を生む必要があるんだって、めっちゃやっぱ思ったの。
はいはいはい。
だって別に、まあ今ね、少子化とか言われてはいるけれども、世界的に言ったら人口も増えてるわけじゃんとか、
まあそういう世界とかってやっぱりことになっちゃうんだけど、
世界的に人口が増えてる中で、自分が一人の人間をプラス1することに意味があるのか、むしろないというよりも、
それって別にやる必要がないことなんじゃないかって思うわけよね。
はいはい、わざわざこんな辛い思いをさせる命をね。
命をね。
当然ね、もちろん授かれものだよとかさ、当時はもちろんわかってなかった。
そういうことを実際に子どもが欲しいと思ったらやっぱりなかなかできないとかさ、
ちょっとやっぱりうまく座らなくてっていうことも経験してるから、
この経験の中で、そんなに本当にできるもんじゃないよなとかさ、
子どもって別に欲しいからもらえるものではない。
当然周囲にもいろんな人がいるからっていうことが、その後に初めてわかっていくんだけれども、
当時の自分からすると、やっぱりそうやって言って自分のコントロールとか判断できる範囲、
欲しいか欲しくないかって言って、意思は入るじゃない、そこに。
そうね。
そうすると、その意思を持って自分の子どもを産むのだ。
この世に新たな命を自分が産み出すのだっていうことに対する落とし所が必要だったんですよ。
それは結構半年悩んだりとか、やっぱり本を読んだりして、
なんで人って子どもを産むんだろうとか、なんでこの世に生まれる人があるんだとかっていうのをいろいろ考えてたんですよね。
最終的にやっぱりその当時、10年前だけ至ったのは、少なくとも結婚して相手がいることにおいて、子どもは一人では産めないじゃないですか。
そういう時代がいろいろあるけれども。
その時に、この世界で子どもは毎年何千人とか産まれるかもしれないけれども、
この目の前の人の子どもを一緒に産めるのが自分一人しかいないんだなっていうことに落ち着いたのね。
なるほど。
つまり、この相手が子どもが欲しいというのが叶えるのが自分だけだとするならば、それを叶えることには意味があるなって思ったのね。
つまり子どもを産もうではなく、自分の結婚相手の願いを叶えるっていうことに自分の腹の落とし所を作ったのよ。
なるほど。
だから今でも思ってるんだけど、子どもを産んだことはもう自分のエゴでしかないし、
もし仮に将来子どもに、なんで産んだんだって言われても、
ごめんなさい、お母さんが欲しいって言ったし、僕もそれやりたかったからなんだよねとしか言えないなって思ってるのね。
なるほどね。そこを考えてそう決めたからね。ごめんねって。
そう決めたから。
もし言われたら。
もし言われたらね。
というふうに答えを出しました。
その質問に答えると、生まれてくる子どもではなく、目の前にいる奥さんに向き合った結果でした。
子育ての現実と反省
ただね、これは実はめちゃめちゃ良くない判断だった。その後に分かるんだけれども。
えー、そうなの?
何が起きるかっていうとさ、これは本当にひどい話なんだけど、子ども産まれるじゃん、ありがたいことに。
大変じゃん、子育て。
大変だね。
そういった時に、俺が望んだことじゃねーしなっていう思想がちらつくのよ。
あー、なるほど、あれか。だから、いわゆる父親になるまでの、今度はあれだよね。
自分はこの子の父親になるんだろうかっていうところを決めるまでちょっと大変だったみたいな話。
そう、そこに2、3年かかるのよ、生まれてから。
長ぇな。
本当にひどかった、当時本当にひどかった。これは謝罪しても仕切れないことなんですけど。
あー、でも面白い。どんな感じだったの?だからちょっと人ごとというか、どんな感じだったの?最初それ。
いや、でも本当に言葉を選ばずに言うと、だって産みたいって言ったじゃん、がやっぱり時々出てくるのよ。
本当にひどい話だよ。本当にひどい話で、要は人の命だと思ってたってことなんだけど。
いや、人の命とあと奥さんどう思ってんのって、そこにある、どういった形の愛があるんだって話だよね。
だから、愛がなかったよ、当時の自分には。
嫌いとか嫌いとかってことじゃなくて、やっぱりどこか、さっきも言ったけど、要は奥さんの願いというか、そういう希望を叶えるのは自分だけだっていうのも別に自分が叶えたいじゃなくて、
そういう構造のもとを自分しかできないことなら、そこには意味があるっていうふうな落とし方をしてるから。
ちょっと一言なわけよね、当然。
生まれてしまえば、ひたしたら自分の役目も終わったぐらいの感じでしょ。
そうそう。だから、いわゆる子どもが欲しいっていうのも、冷蔵庫が欲しいとか宝石が欲しいとか、そこまでは言わないけれども、
そういうものとカテゴリーにやっぱり近づいちゃうわけよ。
あー、恐ろしいね。なるほどね。
恐ろしいでしょ。
そうなると結局子育てとかも、なんでもっとあなたの子でしょって言われても、別に俺が産みたいって思ったわけじゃないしとかって平気で思ってしまったりするわけですと。
はいはいはい。
もちろんわかってて、頭ではそのこと言わないし、思っちゃダメだとか、それは自分の親としての至らなさだとかっていうものもあるんだけど、
根底にそれがあるから、それをもう一回乗り越えないとダメっていうことがあって。
なるほどね。そこもちゃんと落とし所を見つけないと、本当の人間の不正の獲得にはいたらなそうだぞっていうことがわかってるんだね、自分で。
いや、そこまでわかってなかった、当時は。
わかってなかったんだ。なるほど。
わかってなかったけど、なんかそこにうまくいかないとか、もやもやするとか、なんでこんなに大変なんだとかっていう苦しさに目を向いてしまってて。
はぁはぁはぁはぁ。
で、一回家庭が崩壊して、全部自分、全部というのは奥さんが倒れてしまって、その家事とか子育てとかを寝かしつけとかをいって全部、もちろん全部ではないけど、自分が病になったときにやるしかないと。
はいはいはい。
親子の絆の形成
そのときよく思わせたの。家族3人いて子供はもちろん何もできない。2人いてもう1人もできなかった人がやるしかないじゃないですか。
うんうんうん。
だからやるっていう、それでしかなかったよね、当時。
はいはいはいはい。
そこにもじゃあ愛があるのかって言われたら当時たぶんそんなになかったなと思うのよ、不正とかね。
まあまあ、いろいろいっぱいいっぱいだよね。仕事もあるし。
うん。で、それをやり続けたときに子供が意思を持つじゃないですか、3歳4歳と、まあ2、3歳ぐらいで。
うんうんうん。
というときに、これは前ちょっと言ったかもしれないんだけれども、そこで初めて娘が本当の意味で可愛いって思ったんだよね。
うーん。
つまり、もっと言うと、やっぱそれまではもう自分は自分、まさに前回のところの反応があるんだよね。
子は子であって、別に切り離せるものはと、別に親子の絆であろうが夫婦のものであろうが別に離婚届をするとかさ、そういうことも含めて別に解けるものだってやっぱ思ってたよね。
はいはいはい。
で、実際みんな解いてるんじゃないかって思ってたんだけれども、やっぱりその、奥さんにとっての自分は唯一無理だっていう以上に、やっぱ子供にとっての自分って本当に一人しかいないんだなっていうことがわかったのよ。
ほうほうほうほう。
それまではもうこれも言っていいのかなぁ。ちょっとダメだったらカットして。もしさ、子供が産まれて、例えば亡くなったとするじゃん。
はいはいはいはい。
やっぱりもう一人産んだらいいって思ったのよ、普通に。
あー、そうなんだ。えぇー。
だからその2歳ぐらいで自分が親なんだって思うまではってこと?
そう、までは。
うーん。
やっぱりどこかに取り替え可能なものだとか、子として1っていう感覚で見てるんだよね。
えぇー、はいはいはい。
そう。
そうすると何かがね。
ね、やっぱちょっとおかしかったなと思う。おかしかったというか、当時の発想はそうなんだけど、今はもうそのこと口が下げても言えない?やっぱり自分の子供、この子はこの子でしかないし。
よくあるじゃん、いろんな文脈の中で、親が子供を産むだけじゃなくて、子供も親を選んでるんですよみたいな。これって言い方によってはすごく厳しい言葉にもなるけれども。
うん。
やっぱりそういうね、さっきさ、僕はさ、子供はその親が産んだか産まないかを決められるって言ったけれども、実は子供の側も選んでるんですよっていうのも仮にあったとしたときに。
はいはいはい。
それもなんかあるかもなぁ。この子ってやっぱり自分とその奥さんの間にやっぱり生まれるべくして生まれた子なんだなって思った瞬間があったんだよね。
うーん、ふんふんふん。
うん。やっぱり今では、なんていうのかな、その、やっぱりこの子供、この子が産まれてきてよかったと思うし、ちゃんと改めて子供の奥さんも愛しているなと言えるんだけれども、その経験がなかった頃はやっぱりなかなか言えなかったなぁって思う。
子育ての選択と価値
なるほどねー。いやー、でも今の話で言うとさ、ちょっともうちょっとちゃんと聞きたいのが、まず子供を産まないの選択のとこはまず分かりましたと。
うんうんうんうん。
で、なんだろうその、子供とある意味ちゃんと認識した?
はいはい。
瞬間?2、3歳くらいって言ってたけど。
うんうん。
そこ、なんなんだろう、ふと。ふとだったのそれは。あとさっき話してた奥さんが倒れちゃって。
うん。
その自分の関わりがいわゆる増えたから。
うんうんうん。
それまで逆に言うと、それまでどんな感じだったの?2歳くらいまでのその、関わりで言うと。
まあでもそれで言うと、まあ多分、一貫的に見ると、なんだろうな、やってるって言って何もやってない段だみたいな、長屋みたいな感じだったと思う。
まあお仕事をやっぱり、仕事の方が結構スタートアップでバリバリやっていた自分みたいなのがあって、
その中では、例えばその寝かしつけに帰るとか、なんだろうな、そういうことをやりたつもりでは当時はいたんだけれども、やっぱり全然足りてなかった。
それこそ家具あげたり、持ち替えはするとか、そういうのは。
ぐらいはしてるけどっていう。
やってるけどみたいな?たまに言われたら、奥さんにやってって言われたらやってるぐらいの。
まあまあ一応それは状況見て、状況見てたからね、あ、サイエンスは子供が今気づいてるなとかっていうので、自分で気づいてやるぐらいまではやってたけど。
はいはいはいはい。
それもやっぱり常にやってるよりは、あくまでも奥さんが主で自分は自由だよねとか、やっぱり自分の役割は稼ぐことによってみたいな、やっぱりそういうふうな訳を勝手にしてた気がする。
あーはいはいはいはい。
うんうん。
うーん。
って感じかな。
そこそこ。じゃあそこからある程度嫌顔なしに、それどれくらいの期間だったの?奥さん倒れて、ある程度人に回すというか。
3年ぐらいかな。もちろん本当に辛かったのは1年ぐらい、5歳ぐらいまで。
あ、ちょっと間違えた。本当にその後の4歳ぐらいまでだけど、そこから保育園出るぐらいまでは、結構やっぱり子供と一緒に寝るのも多くだったし。
うん。
もちろんご飯作ってもらうとかは奥さんにやってもらってたけれども、結構子供のことはそれぞれ半々ぐらいと言っても差し支えないぐらいだったとは思う。
はいはい、なるほど。
うん。
その割合の変化で自分の心持ちも変わってきたぐらいの感じなのかな。
本当ね、もうちょっと言うと、まず当然やっぱ感謝が出てきますと。
ん?何が出てきます?
感謝、感謝。
あー、ほうほうほうほう。
うん。さっき言った通り、1、2歳ぐらいの頃ってやっぱり主従が自分の中で何かしらだけできてたから、やっぱり子育ては奥さんがやるもの、自分は仕事をしてきて稼ぐものみたいな、やっぱりそういうのが何かあったんだよね。
はいはい、なるほどね。そういう役割担当的なのがちょっとあったわけだ。
そうそうそう。だからもちろんありがとうみたいな言葉は言うけど、本当の意味で感謝してなかったら多分やってなかった、してなかった、できてなかったんだよね。
うんうんうん。
で、そこから職場までも多分80、90ぐらい自分が育てやりますと、ある程度ね。
で、ちゃんと子供と意思疎通をする中で、この子って本当にかけがえのない存在なんだなぁと。
ただの1っていう人じゃなくて、この子の存在っていうものって本当に自分と切っても怪我はしないんだって感じ始めたときに、
やっぱりお世話をしているっていうよりは、ちゃんと自分と一緒に生きている感覚だったりとか、
なってきたり。だからそこね、奥さんがちょっとずつ元気になってきて、
自分が80、90だったところが70になり60になりっていったときに、やっぱりこういうふうにやってくれるってなんてありがたいんだとか、
こうやって一緒にちゃんと子育てができているというふうに、お互い認識ができてきててよかったなぁとか。
そういう感覚にやっぱり自由になってきたよね。
人生観と働き方の影響
うーん、なるほどね。
そこで気づけたから本当に良かったねっていう感じかな。
うーん、なるほど。面白いね。だから何個か段階があるんだね。
ある。
今のハヤトの話聞くまで、ちゃんと認識してなかったけれども、
だからまずは子供を作るかどうかっていうところにもあるポイントがあり、
生まれたとして、その親になるかっていうところも、だからハヤトみたいに考えてると、
結構お父さんなのかもしれないね、そこも。
そうだね。ちょっと他の方がどのくらい、逆にどうやってちゃんと子供を大事にしようとか、
この子と人と人として触れ合おうって思うのかがわからんと思っている、今でも。
はいはいはい。
なるほど。確かにね、その部分って結構バタバタだから、
ちゃんと考える時間もないまま過ぎていくと思うし、
人とそこについて深く話すってのもないから、意外といろんな話が聞けそうで面白いかもしれないね。
いやー、そうだと思うな。もちろんみんな葛藤とかで大変そうを抱えながら過ごしてるんだろうなとは思うけれども、
今でこそ僕も、これ話せるのは奥さんが、多分9年くらいたら本当の意味で、
ちゃんとお父さん頑張ってると思うよって言ってくれたりとか、
パートナーとしてちゃんと感謝しろって言ってくれるから、今はこうやって事後としているけど、
それまではもう言えないよね、恥ずかしくてとかさ、申し訳なくて。
っていうぐらい自分の取り方が変わったかなと思うので、
最近ちょっと生きてるのが幸せになってきたかもねとか、
この世に生まれたことは間違いだったっていう感覚が薄れてきてるところが深いのは、
そういった自分の中で変化があったからなんだけれども、
そういう人はやっぱり10年前とか、自分が生まれるべきではなかったとか、
所詮人間というのは取り替え可能で、別に自分が生まれてなかったとしても他の誰かが生まれていただろうしとか、
そういう発想で見てた世界と今とはかなり違うかなとは思うね。
面白いね、そことか。
お兄さんはどうだったの?お兄さんは子育て、わりとスキンなタイプに見えるんだけど、
もともと好きだからみたいな感覚もあるのか、別にそれはそれでってどんな感じなのかな。
あんま深く考えてたかどうかはわかんないけれども、
たぶん自分の人生観みたいなところとは繋がってる気はしてて、
自分の仕事観というか生き方みたいなところも、いわゆる資本主義というか、
がっつり働きますみたいな、今回の労働社会とか非兵社会のカウンター的なところがあるんだよね。
ああ、ありそうだよね。
だから、計らず仕事というか早いと思うんだけど、
父親の働きがあんま楽しそうな仕事をしてないってところが、たぶんスタートだと思うんだけど。
ああ、そうだね。
そういうところで、
なんかやっぱサラリーマンは良くないみたいな、つまらなそうだ。
まあ、思っちゃうよね。
これはもうほとんど洗脳とかステレオタイプみたいな感じになっちゃうんだけど、
そうはならないぞっていう意味での自由みたいなものを求めたときに、
どうしてもカウンターっぽくなっちゃうんだけど、
そうすると、その小さい頃生きてきた世界観っていうのが、
マセイ・ハヤトが言ってた、男の人が働いて洗脳主婦みたいなのがまだ多かった時代。
だから、そうはならないぞっていうところが大きいのかなと。
ああ、なるほどね。
家庭で言うと、朝起きたら父親がもう行ってきますって言って、
夜寝たら帰ってくる。もしくは寝る頃、寝た後に帰ってくるから朝しか会わんみたいなさ。
だから、そうじゃないみたいなところで、
なんか知らんけど父親ずっといるんだけど、みたいな。
家族の働き方について
多分そういうのが、見させられてたのかもなとは思うよね。
なるほどね。
今だと、むしろうちの子は、お父さんいつも家にいるよねみたいな。
まあそうだよね。
いつも家にいていいよねみたいなぐらいの感じ。
だから多分普通と逆だよね。逆というか、自分が昔思ってたのと逆。
母親の子が外に出て仕事して、なぜか父親はずっと家で仕事をしているようだって。
母親が保育園迎えに行って帰ってくると、父親がご飯を準備して待っているみたいな。
はいはいはいはい。
なんかカウンターなのかもしれない。
面白いね。今面白いことは2つあって、
1個は、自分も病院にはいたんだけれども、仕事の調整なんてできてないから、
お昼ご飯の時間とかに急遽ミーティングが入って、
部屋ではできないから、マッチラインのベンチとかで仕事をしてたんですよ。
一応病院に許可を取って。
ただ当然その子供は亡くし、でも奥さんは出血作業でまだ不整っていう状態で、
あいつ仕事してるんだけどみたいな。
いるけどいないとか、物理的にはいるけど役立たんみたいな、そういう感覚から始まってるんだよね。
そっかそっか、はいはいはい。
実は当時の自分は、でも一緒にいるだけいいじゃんとか、できるじゃんって思っていたところの、
やっぱりギャップがあったっていうのに後から気づいたって話は1個と。
はいはいはい。
ごめんごめん、これ勘のけな話で申し訳ないんだけどさ。
おめきがさっき朝には寝て、夜帰ってくるって言ってたじゃん。
うん。
一応父親の姿を表現してるよね。
そうね、幼稚園ぐらいだから、まだ生えていなかったかも、生まれてなかったかもぐらいのか。
そうだよねそうだよね。僕が親の働き方をイメージして一番出てくるのは、
自分よりも遅く出て、5時半ぐらいには帰ってきて酒を飲んでる一緒の姿なの。
あー面白い。
これは多分、兄貴が出てった後、5年ぐらい差があるから大学出てたじゃない。
多分その後に、そういう動き方に変わってるんだよね。
そうだね。
だから、自分は高校生で、自分の方が遅く帰ってきた時に、
他の人は、それこそお父さん家にいなくてとか、仕事をこうやって頑張っててとかって言ってんのに、
なんかうちの親、いつも帰ってきて酒飲んで、なんかすげえクザ巻いてんなみたいな。
お母さん大変そうだなみたいな。
そう、そっちのイメージなのよ。
あーなるほどね。
だから、同じサーリーマン、仕事を楽しかった父親っていうところは同じなんだけど、
イメージというところは違うから、そこで答え方とかも変わってんなってちょっと思った。
やりたいことリストの重要性
確かにそういう意味ではそうだね。5年早く生まれてる分、
昔父親が東京で働いてた頃、
はいはいはい。
千葉県の浴び越しって、千葉の一番北の茨城側に住んでた時に、
もう通勤時間、たぶん2時間、3時間みたいなさ、そういうこと。
3時間はいつにか。電車で毎日みたいな。
あーそうだよね。
団地でさ、いわゆる住んでみたいな。
だからその大変さも見てるし、
あと森岡に行ってからの、そこを捨てた、そこを捨てた万年平でいいっていう父親の、
会社客ねーって言って、遅くにはね。
早く帰ってきてもお酒飲んでる、どっちを見てるから。
はいはい、そっかそっか。
そうなのか違うのかも、ゲーム風景が。
あーそうだと思う。
いやー面白いなー、なんかやっぱ兄弟でも違うねっていうのはね、非常に。
ちょっとかなりね、すいません、個人のっていうかね、普通の話でしたけれども。
うーん、でも、それちょっとお便りからだいぶ話してしまったんですけど、
本当にね、このお便りいただいてもすごく嬉しかったのが、
やっぱり前回、人生しんどい、生まれてこなきゃよかったとかって結構出すときに言って、
大丈夫だったかな、これってちょっと思っていたのよね。
おーほいほいほい。
でもちろんね、そこからこういうこと今はやろうと思ってですって話は繋げたけれども、
なんかそこってどう受け止めていただいたんだなとか思ったときに、やっぱりこのお便りいただいて、
やっぱりこの苦しいことのようにあなたに自分の子供を選択をしたって、
どうしてですかって聞いていただいたってこと、やっぱりそこに何か感じていただいたか、やっぱり共感いただいたとか、
もしかしたら自分自身もそういうふうなことを思ったことがあるとか、
そういったことがあったとしたらすごく嬉しいなって思ったんですよ。
もしかしてお便りも書いていただいてたもんね。ハヤトに共感してっていう。
そうそうそう。個性に共感したっていう。
どこまで、どこにって流れたもんだけど。
確かにどの部分。
そういうところがあるとやっぱり自分も救われるというか、
そういった自分も、もちろん自分の中では間違いじゃないし、
そういう自分がいたからこそ今の自分があるとは言えね。
っていうのが役立つというか、面白いと思ってくれれば嬉しいなと思っていたので、
ちょっとお便りとして読ませていただいたのも、もちろんいただいたから紹介ともあるんだけど、
今回ちょっと長く話しちゃったのはそういった部分もあったかなと思っております。
なるほど。でも自分からするとそういうこと考えたこと、
たぶんみんながみんなそれぞれ違うっていうのはあると思うけど、
なかなか知らない考え方だったから面白いね。
それを選択したから逆に今、ハヤトがそこ丸くなったというか。
そうね。
丸かもしれないしね。
間違いなくそうだよ。めちゃめちゃ大変だったし、
なんでこんなにって毎日思ってたけど、それを乗り越えたことで、
やっぱり人として一歩、乗り越えた感じかな。
それも難しいもんね。どっちがいいとかじゃないからね、それについて。
そうそうそう。
そういう面白くて。
成長って何か一直線の持ってるような、何か人としてのハードル以降乗り越えたかなみたいな。
そうね。成長って言っちゃうとね、その前の方がダメみたいになっちゃうから、
そういうわけでもないもんね。
人としてはダメだったと思うんだけど。
いわゆるこの属性の人間としては。
属性の人間として、現世の人と人と生きていくっていうのとしてはやっぱり良くない。
この今の社会システム上ではっていうね。
そうそうそう。
でもそういう感じですかね。
だいぶ喋っちゃったな。
雑談なのでってありつつ、一個だけさ、普通に雑談してもいい?
はいはいはい。
新年なのでって話もあって、1月中に入れたかったんだけど、
一個これやってみてめっちゃ良かったって思うのがあって、紹介したいんですけど、
これも奥さんとなんだけども、年末年始のお休み、ちょっと今年長かったんですよ。
なんかやろうねっていうときに、やりたいことリストとかってあるじゃないですか。
100個出そうみたいな。
ほうほうほう。
っていうのをちょっとやってみたのよ。
奥さんと2人でどっちも?
奥さんと2人で、一緒に考えて、一緒にっていうかそれぞれ考えて見せ合おうよってやって。
結局僕は今36個で泊まってるんだけど、出てこなくって。
つまり奥さんは今104個ぐらいかな、多分あって。
100個超えたんだよね。
最初もスラスラ出てきて、やりたいこといっぱいあるわって言って、結構50個60個ぐらいまでパーって出してて。
自分はなんか20個ぐらいで、なんかあるかなって思って。
やりたいことっていうのも日々考えたら出てこないんだなっていうのがまず1個気づきだったのよね。
はいはいはいはい。
っていうのが面白かったのと、それをお互いに見合ったときに、こんなことが言いたかったんだとか、
これって一緒にできるじゃんとか、そういうことが見えてくると、
これやるんだったら、例えば夏に海に行くとかっていうときに、これって泳ぐってこと、そしたら見に行くってこととかって言って、
泳ぎたいよねって言ったら夏に行く予定に立てようかとか、そういうことを話せるんだよね、自然に。
なるほどね。
お互いの予定になっていくしとか、自分の中で一個はバーに行くって書いてあるんだよ。
へー、そうなんだ。
結構一人のときとかってバー、好きって言っても本当にフラット入って1、2杯飲んでるぐらいしかやんないんだけど、
空気が好きで行ってたんだけど、子供は前だから行ってなくって。
ちょっと言いにくいじゃん、寝るときも寝返し付けとか本読んだりするから。
夜いないっていうことの抵抗感があったんだけど、
バーに行くとかって書いたら、いいじゃん行ってきなよとかって言ってくれて、それこそ新年行ってきたんだよね。
あーもう行ったんだ、へーすごい。
むしろ休みのときのほうがいいからみたいな感じで。
そういうのもあって、あ、リファイト実現できるんだみたいな。
なるほど。
そういうことも含めて、やっぱりまずやりたいことにちゃんと向き合って書こうとするっていうことの良さと、
それを共有して、全然これやろうよとか、これ一緒にできるじゃんとか、これだったら私もこれやりたいわとか、
そういうふうなコミュニケーションを取るっていうことがすごいね、なじんだというかしっくりきたんだよね。
なるほど。
それを見てる子供とかも、え、海行けたら釣り行きたい、釣り行きたかったの?みたいなとかさ、
これをやりたいとか言ったら、それをやりたいと思ってたんだ、確かに半年前とか言ってたよねみたいな。
それなんか年始に、これまではさ結構抱負みたいな、やっぱり子に問じてた、自分が何をするかみたいな感じだけだったんだけど、
そういう家族とかみんなが何をしたいかを共有するっていうことのパワーがあるなと思って。
もちろん一人の人でも使えるし、やっぱりそれを壁に今張ってるんだけど、
これやっぱりやりたいって書いてあるからやろうとかっていうふうになったりもするし、
家族とか人がいれば、そういう人と共有することで見えてくるものもあったりするし、
これめっちゃいいじゃんって思ったんだよね。
ポジティブな体験の共有
楽しそうね。
楽しい、そう。結構ポジティブ。
ほら、自分なんかあんまりほら、抱負って言われてもピンとこないけど、やりたいことって言われたら書けそうな気がするし。
いいね。
そうそうそう。いいよ。僕一番目にジンゲス缶食べ放題って書いてるんだけど。
お腹減ってんの?
ジンゲス缶が好きなのよ。でも普段なかなか食べれないんだよね。
まあまあそうだよね。
そう。で、例えばそう書くと調べるじゃん。なんか周りやってんのかなみたいな。
はいはいはいはい。
そしたらなんか一応、自転車で15分くらいどこにジンゲス缶屋さんがあって、
行けんじゃん、食べ放題できるかわかんないけど、それとも行けんじゃんみたいなことが見えてくるみたいなさ。
あーなるほどなるほど。
ね、やっぱそういうのがあるんだよね。
あーいいかもね。
なんか、その抱負だと抽象的なところからスタートしそうなイメージだけど、
具体から、両方から攻めれそうでいいね。
ね、そうなんです。すごい細かいことはもちろんいいしとか、
たぶん100個ね、やっぱ出てこない。100個作ろうと思うと結構大変。
あーそうなんだね。やったことないからわかんないけど、そうなんだね。
自分は36位って諦めてるんだけど、
たぶん別に書き足してもいいからさ、1円を割ったときに、
どうなら50個くらいいってるかなみたいな。
それも含めて日々の中に自分のやりたいことをイメージしておくとか、
それを書き留めることは別に誰も困らないから、
そこまでやってみるっていうのは、すごいね、今の自分にとって良かったんだよ。
これが3年前の自分とかだったらちょっとわかんないなとか。
これももっと前回までの話に絡むんだけどさ、
前回もハンナアレントと宮沢賢治みたいな人を話してさ、
結構活動とか農民芸術とかっていうふうに、
周囲の人と関わり合いながら美とかさ、言葉を交わしてましょうとかって言ってたじゃん。
あれって、今の僕からするとうんうん大事大事って言えるんだけど、
それでスカフェとかもやろうとしてるぐらいだし、
たぶん5年前の自分からすると、しゃらくせえって感じなんだよね。
そうなんだ。
あれは一人で本読んだりとかゲームしてる方が好きなんだみたいな。
その際に自分の言葉が評価される必要なんてないんだみたいな。
結構そういう価値観なのよ。
だいぶ頑固なラーメン屋さんみたいな感じだね。
シャルバッグおかわりみたいな。
美味しいならいいけどさ、美味しくもないわけよ、当時の自分で言うと別にね。
危険性があるよね、どうしても。
逆に言うと、人に評価されるのが怖いっていうのもあるし、
でも本当に評価される必要はなどないとも思っている、
強がっているという状況の人からすると、やっぱり響かないだろうなと思うんだよね。
あー、まあそうか。
たぶん今回のやりたいリストの話もそうで、
やっぱり別にそんなの考えた人もいいじゃんとか、
研究する人ないじゃんっていうのは、たぶん3年前の自分だったらそう思っていたと思うんだけど、
どうせ叶わないしとかさ、そんな時間ないしみたいな。
たぶん今少し子供が小学生になってとか、奥さんもちょっと元気になりつつあって、
なんか自分の時間ちょっとできそうだみたいな時に、
やっぱり考えることの意味とか、
それを書いたからこそ見えてくるチャンスとか、
そういうのがあるんだなーって思ったんだよね。
うーん、なるほどなるほど。でもいいね、それは。
うん、おすすめ。
ぜひお兄さんもやってみてほしい。
ほとんど食べ物とかいないそうで、寿司食べたい、焼肉みたいな。
そうそう、でも全然いいといい。
食べたいものが20個もある素敵みたいな、ほんとそんな感じだからさ。
チーズケーキ食べたい、アップルパイ食べたいみたいな、
それでやっぱり20個くらいいきそうだよなー。
美味しいもの食べたいみたいなさ。
すごいなんか、逆になんかさ、
面白くて僕それ出てこないんだよ、逆に言うと。
あと福田パンをせっかくだから、
あと5種類くらい新しい味試してみるとかさ。
あと森岡のソウルフードと言われるね、福田パンね。
食べ物系は僕シンギスカンだけなんだよ、それで言うと。
あー、そうだね。
で、なんかそれはやりたくないかどうかっていうよりも別に、
なんだろうな、自分の中にハードルがある。
やりたいことではないみたいな、別にそれ。
だからそこでまたちょっとコジラセ感が出てるんでしょう。
やりたいこととは何かみたいな。
そう、自分でやりたいとは何かみたいな。
このゼロから100まであったときに、
やりたいのが50超えてないと書いちゃダメみたいなさ、自分の中で。
そうなんだよね。
ほんと100個別に気にして書けばいいんだけど、
書いたところでやっぱりなっちゃうから。
例えばね、今目の前にあるんだけど、
それこそなんだろうな、
誕生日をちょっと気合い入れるとか。
おー、ほうほうほう。
誕生日ってどんどん今も長くなるじゃん、自分の誕生日とか特に。
そうね。
でもちょっと気合い入れたい気持ちがあって、書いてみるとか。
あとは個等品を買うとかね。
えー、個等品。
そう、なんかやっぱり今はさ、
やっぱり物価高いって大変じゃん、だから日用品も高くなるからさ、
節約とかするんだけど、でもやっぱり無意味なもの欲しいわけよ、常に。
なるほど、ほうほうほう。
そう、なんかよくわかんない置物を、
干からびたウニとかあるんだけど、今目の前に。
そうなんだ、うん。
そう、やっぱりそういうのが欲しいのよ、なんか。
うーん。
やっぱり自分は資本主義とか経済に捉われてないぞ、みたいな感覚でさ。
それをでも、金出して買ってるでしょ、それを。
金出して買ってる。別にそれは何かの価値を買ってるんじゃなくて、
そういう、なんだ、何か家に、部屋にあったら豊かになるかなとか、
そういうことを含めて買うみたいな。
はいはいはい。
そう、そういう意味での高品とか、価値とか意味では還元しきれないものを欲しい。
もしかしたら自分で作ってもいいかもしれないけど安いものね。
あーはいはいはい。
とかっていうのを書いてるんだけど、これはちょっとやっぱりやりたいことに含まれるんだよね。
なるほどなるほど。
うん。
はいはい。
その、そうはね、確かにその、なんていうの、その。
位置が。
位置が高いんだろうね、多分。
多分そうです。
ハエトの中の書いていい、悪い。
まあね、なんか本当に良くないね。本当に100個100個どの方が多分大事なんだろうけどね。
うーん。
うん。まあそんなことをやりまして。
あの、これはね、なんかいいかもって思った人には本当におすすめです。ちょっとオックなんだけど。
うーん。
でも全然やり始めたらやっぱ楽しいし。
はいはい。
ね、調べながらこんなのセーブあったとかね、お気にブックマークとか見返したらさ、
こんなの残したとか写真撮ったとかってやっぱあったりするじゃん、スマホの中に。
うんうんうんうん。
そういうの見返すだけでもね、めちゃめちゃいい時間になったりするんで。
うんうんうん。
だから良かったら是非やってみていただきたいなっていうおすすめですね、これは。
はいはい。なるほど。いやー楽しそうだな、それは。
うん。ね、是非是非。
はい。そんな感じです。
本当に雑談でしたが。
はい、ということでね、今回はですね、いただいたお便りと、ちょっとね、自分のおすすめしたい、
やりたいことリストを作るっていうところをお話したんですけれども、
次回はですね、前回ちょっとお伝えしたより、ショーペンハワーをですね、やっていこうと思っておりますと。
哲学者ショーペンハウアーの影響
で、この人がやっぱね、どういうことを考えたのかとか、どういうふうにその後の手探しで影響を与えたのかというところが結構大きい人なので、
それをお伝えしていくというところで、またヘーゲル以降の哲学ということをやっていこうと思ってますと。
で、これもちょっとね、お伝えしたいことがあるんですけれども、おそらく今年はね、この18世紀、19世紀、20世紀に哲学した哲学者を取り上げるということが多くなるかなと思います。
古代に戻るっていうよりは。
うーん、そうなんだね。はいはいはい。
それはやっぱり、現代っていうのを捉えようとするときに、この2、300年がやっぱりめちゃめちゃ基礎だよねと思って。
そこに対しても、これまで400回近くやってきた中で、結構入り組んでいったりとか、どんどんテーマがトップしていくんだよね。
哲学の中でも、科学哲学とか政治哲学とかさ、そういった領域にどんどん配分化していったときに、
これって政治の話をしているけど、でも実はプラトンとかのことを踏まえてるねとかさ、
これってカントとかヘーゲルってあれだよねってどんどん出てくる。むしろそれが土台になってるんだよね。
あー、なるほどね。はいはいはい。
そこがちょっと難しいなと思っていたんだけれども、政治哲学はもう丸4年近く立とうとしていて、400回やってきたので、
結構そこ行ってもできんじゃね。これは皆さんが僕がね、僕がちゃんと台本作れんじゃねとか、
言ってちゃんと、これはこの人のカントのこういうところを踏まえているんです。それはちょっと復習するとねっていうところで、
なんか行けるんじゃねっていう気持ちにもなっていて。
なるほど、そっかそっか。だから、なんとなくやっぱり今に繋がるとかさ、
現代哲学への接続
より生き方だったりとかさ、そういうのに繋がるっていうのは、現代の哲学者の方がいいんじゃないかなーとかって思ってたんだけど、
そういう難しさがあったのか。
そうそうそう。
単独で取り扱うと踏まえているものが多すぎて難しいっていう。
そうそうそうそう。この議論からしなきゃいけないから、
はいはいはい。
なんか例えばね、ウィトゲンシュタインやりましたときに、その手前のまずはヘイゲルで3回分みたいな、
よくわかるようになってしまうなって思うんだよね。
ガチでやりすぎると。
ガチでやるっていうよりも、ウィトゲンシュタインはやっぱり理解しようとか、ある程度でもちゃんと掴もうと思ったって感じだね。
なぜなら、逆に言うと僕らにも近いから、僕らの感覚で捉えようと思えば捉えられちゃうんですよ。
あー、そっかそっか。それも危ないって話か。
危ないってか、やっぱやっちゃダメじゃない?それって。
うんうんうん。
なるほど、そういうことね、わかるわかるって終わらせたらすごくもったいないから。
うんうんうんうん。
そういったことを思ったときに、やっぱちゃんと、やれたとは言えないけれども言ってね、
コザエもなんとかやりましたとかさ、カント、ヘイゲルも2回やりましたとかさ、
うんうんうん。
っていう蓄積があるからこそ、そこに踏み込めるみたいなものがあるんじゃないかなと自分の中で思ってて。
はいはい、まあそうだね、確かにやろうと思えば復習も可能だからね。
働くことと哲学の考察
そうそうそう、言ってね。
ちゃんとちょっと聞き直して、でそのたとえ聴牌歯が効いたら2回深まるぞみたいなところが可能になってきたっていう話だね。
少しずつね、うん。
うんうんうんうん。
って思ってるのがちょっと今年のね、僕のチャレンジでもあり、やってみたいことでもあるっていうのもありますね。
はいはい、わー楽しみだね。
そうするとでもね、なんか自然と過去の人の復習にもなりそうだし、なんか面白そうだし。
あーそうそうそう、ね。
はい。
という感じでね、今年も引き続き、ちょっと前回今回は漁師利客とか働くっていうところでやって、今後こういったテーマ切りもあるとは思うんですけれども、
まずはね、ショーペンハワーっていうところを軸にですね、この西洋哲学っていうものをより、なんだろうな、
あー、短いのは問題かもしれないけれども、ちょっとね、引き続けながらやっていけたら嬉しいなと思ってますっていう感じですね。
はいはい、わかりました。
次回ですね、ショーペンハワーを見ていくというところで楽しみにしていきたいと思います。
では、引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。