ちょっとね、今回復習的な話でやっていくんですが、幻想学、何かっていうと、これもね、すごい難しい、到底ね、一言では言えないんですけれども、
えっと、すっごいざっくり言うと、要は、自分が捉えた世界っていうものを、そこから世界っていうものを語っていきましょうというか、考えていきましょうみたいな、
すっごいざっくり言うとそういう感じなんだよね。つまり、さっきの時に、全ての学問の基礎を基礎づけるみたいな、そういう話を当時したんですけれども、
要は、学問の基準みたいなものとか、何でもいいんだけれども、外部に基準があるものって、その基準が変わると、それ自体も影響を受けるじゃないですか。
例えば、世界が神様とか宗教を大事にしてれば、その宗教でいいけれども、でも宗教がうまくいかないってなった瞬間に、じゃあ次、何で正しさを保証すればいいの?みたいなさ、それが分かんなくなりますねと。
はいはいはい。
うん、いう時に、ある種、フッサールはその一番根本におけるものとして、やっぱり自分が今見えてる世界ってどういうものかとか、
例えば、いきなりじゃあそれを目の前にマイクがあってっていうと、マイクっていう概念を使ってるからそれもうダメで、
目の前に見える黒くてちょっと、黒とか丸いっていうのも概念だからとかって、そこまで行くわけなんだよね。
なんかもう、そういう話した気がしてきた。
そうそうそうそう。
で、それをね、エポケ、カッコネとか判断流法とかって言葉を使って、ある種ある物事の既存の概念ではない、自分が1からとか0から世界を見出していくっていう、そこを発想して考えていきましょうっていう、そんな風な手法なわけです。
すごいざっくりとね。
はいはいはい。
で、これフッサルが言ってて、原子力学系ってやっぱ面白いのが思考性っていう概念なんだけれども、思考性ってあの、心指すに向かうかなっていうもので、要は何かを考えるとかっていう時に、あらゆる思考は何かについての思考であるっていう、
あまり対象のない思考はないんだっていうような、そういう話をするんですよね。
うん、これどういうことかっていうと、例えばじゃあその、リンゴって言った時に、やっぱりこう何もないリンゴ、なんかその、何の、何とも関係しないリンゴを考えるって、たぶん僕らって無理なんですよ。
つまりその、リンゴを考えるようと思っても、そのリンゴがある空間とかさ、色とかさ、あるいはそのリンゴを考えている自分とかさ、そういうものはやっぱ排除できなかったりするわけじゃない?
っていう風な話があるので、やっぱあくまでも物事を捉えるっていうのはやっぱり自分を起点にして、世界を意味付けていくっていう風な、そういう風な働きなんだよね。
はいはいはい。
うん。なので、やっぱりこう世界の地上が、まあ当時ね、第二次世界大戦の前後とかってぐちゃぐちゃなわけですよ。
戦争があったね。っていう時に、やっぱりその自分の意識っていうものから始まって、世界をある種理解していって、地上を立てていくっていう、新たな時代を作るっていう発想自体は、
うん。
我が家レビューナスからするとやっぱりすごく強力なツールに見えたわけなんだよね。
はいはいはい。すごくあの、何だろう、使えるなみたいなとこも含めてね。
そうそうそう。そしてやっぱり哲学として、やっぱり新しい時代を作るなっていう、そういうとこがやっぱり見えてきますと。
なるほどなるほど。
そう。で、ただね、これ前回も言った通り、レビューナスは他者、他人っていうものを考えていくんですけれども、
このフッサンにとっての他人、もっと言うと原子力によっての他人っていう問題っていうのがめちゃめちゃ難しいんだよね。
ああ、そうだっけ。そうだっけ。
そう。で、これも当時やったかな。要はその、えーとね、要するにその原子力的な捉え方をこれも共有してるとか、
あとその世界っていう概念を共有してるとかっていうもので、確か他者っていうものを定義というかね、結びつけたはずなんだけれども、
普通に考えると前回話したみたいに、カンノハヤトが捉えたカンノキョウスケさんって、
カンノキョウスケさんそのものってよりも、あかまでももう一人、自分が理解した限りでのカンノキョウスケさんなんだよね。
うーん、そうなるね。
そう。つまり、そのある種、どこまで行っても他者そのものじゃなくって、私カンノハヤトさんという存在が入っていくから、
前回それってやっぱ前回やったのは帝国主義、やっぱ自分という存在が世界に広がっていくっていう、それだけでしかないっていう感じなんだよね。
あー、なるほど。
うん。そうそうそう。なので、やっぱりこの主観、自分から始まって世界を理解するっていう動き、やっぱこれ自体がやっぱりあんまり良くないですね、と。
うんうんうんうん。
そういうことに気づいていく。もっと言うと、この何かを理解しようとか、なんだろうな、知り尽くそうという働き自体が、
これ前回も言ったけど、やっぱめちゃめちゃ暴力的なものとか、他者っていうものをないがしろにする行為なんじゃないかっていう、そういうことをちゃんと気づくんですね、リビナスは。
なるほどね。だし、世界を知り尽くそうっていうのと、いわゆる帝国主義的な世界を征服とは言わないけれども、
自分たちが面倒見てやろうみたいなものは似てるよねって思っちゃったわけよね、リビナスは。
そうそうそうそう。で、結構この20世紀において、やっぱり知とか、知って知識とかっていうものが、権力と結びついてるって話は結構大きなテーマで、
これいつかちゃんと風光でやりたいと思ってるんですけれども、やっぱりこう、ある種、歴史上、知識とか知恵っていうものって、やっぱ基本的には優れてるものが尊いもの?
むしより良き知恵っていうものを、フィロソフィーね、知恵を愛することだから、やっぱりそれに向かうっていうことは良いことだみたいな、そういうふうな発想が特に哲学とかではあるんですよ。
でもこの20世紀とかに至って、いや待ってよ、知って本当に良いものなんだっけみたいな、それこそ漫画の知もそうだけどさ、知りすぎたら殺されるとか、
あるいは知っているということにどういうふうな価値を見出すかっていうことも当然歴史上あるわけなんだけれども、
それがより悪いものというか、それをすごく知っていう知識とか知恵とかっていうものが、世の中に対していろんな良くない影響を与えてるわけで、そういうことを分析したものがいろいろあるんですよね。
へー、そうなんだ。
そう、で、なんかね、おそらくレビナスもやっぱり知るっていうことは暴力性に結びついたよねとか、何か世の中を知り尽くそうっていうことを兄貴がやってくれたように、すごくこうなんだろうな、まさに侵略しようみたいなこと。
だってそうじゃん、ある種西洋社会がさ、未開人だって言ってさ、アフリカとかに入って行って、こんな野蛮な奴らは人間じゃないとか言ってさ、追い出すとか、もっと西洋的な生活をしろって言ってその習慣を変えていくとかさ。
教育してあげようみたいなね、例えばね。
そうそう、これまさに帝国主義なんだけれども、明らかにやっぱり暴力じゃないですか。
まあそうかね、そういうことをやっぱり、もっと概念的なレベル、知恵とかそういうレベルではやってるよねっていう話なんだよね。
なるほどし、まあ今、暴力だよね、そうだよねみたいな話したけれども、確かにね、その感覚素で持てるかみたいなところは結構難しいかもしれないよね。
ああ、そうそうそう。
うちらはもうその時代をさ、通ってそれはダメですよって言われてるから、無理矢理誰かを教育してあげようとかさ、それ良くないよってなってるけど、確かにそこをゼロから考えるっていうのは結構難しい話なのかもって思うね。
そうそうそう、だしさ、まあもっと身近に言うと親子関係とかもそうだけれども、やっぱりその自分の子供だとした時にさ、なんか言ってない?
いやもっとこんな風にしなさいとかさ、こんなことしちゃいけませんとかさ、なんでこんな子供わかんないのみたいな。
うん、あのこぼすなみたいな、親がこっちに置いてって言ってるだろうみたいな。
そうそうそう、これもやっぱりともすると、やっぱり親からこういうのは暴力かもしれないよね。
はいはいはい、そうね。
うん、そう、っていうようなことがあるので、やっぱこれって終わった問題でもないし、やっぱりもっと自分に引き付けて考えることもできるような問いかなと思いますと。
うんうんうん。
っていう風な話があるんだけど、まあこういったところを終わるとふっさわるから受け継ぎつつも、乗り越えようとしたというかね、そこの、なんだろうな、そこにはらめる問題点を見出しましたよっていう風な話なんだよね。
うんうんうん。
はい、で、次がハイデガーっていう感じなんだけれども、前回も言った通り、そのハイデガーが無視するっていうものがあるし、公に指示していくわけなんだけれども、
えっとね、ここからはすごく難しいのが、その、ハイデガーの立つ悪くって何かって、これもね、到底一言、まあ一生かけても言えないぐらいなんだけれども、
でもおっきく言うと、やっぱりこう、存在するとはどういうことか。もっと言うと存在とは何かっていうのは、やっぱりこう、向き合ったことだし、
うん。
で、あとはやっぱりその歴史だよね。やっぱりこう、今までこう僕らが生きているってことに対して、この今、この瞬間をやっぱり切り取ることってできなくって、
うんうん。
いろんなね、過去からの繋がりとか、歴史的な背景とかがありますよっていうときに、これもちょっと閉流とかもそうなんだけれども、構造で捉えると、
中にいる一人一人人間っていうものがあるしその、何だろうな、付属物というか、
うーん。
システムが先で、その中にいる個々の人って、あくまでもその、何だろうな、エラーというか、
うーん。
例えばね、幸せな人もいるわ、不幸な人もいる。でもそれって世界がもうそういうものだからしょうがないじゃんみたいになるわけなんですよ。
はいはいはいはい。
でも、やっぱり僕ら生きてて知りたいのは、じゃあ自分が不幸だと思うときに、なんでこの自分は不幸なのかとか、どうすれば幸せになるのかっていうことじゃないですか。
そうね、うんうんうん。
ね、そこに対していやいや、世界っていうのはね、幸と不幸が半々ぐらいで、あなたはたまたまその半分になっちゃっただけだから、しょうがないよって言われても、何も嬉しくないみたいなさ。
そうね、何も解決しないしね。
そうそうそう。っていうふうになったときに、やっぱりハイデンガーはその存在の仕組みってものを解き明かそうとしたがゆえに、やっぱりこの、いわゆる現世に生きてる人そのものとか存在、その存在について考えてるのに、
その目の前の存在に対する視点が欠けてるみたいな、そういうことをレビューナンスはやっぱり考えるんですよね。
おー。うんうんうん。
で、ハイデンガーっていうのはやっぱりその光みたいな器具も使いながらその存在っていうものがその世界を照らすというか、光がこう輝いていくんだって話を言ってるんだけれども、
でも当然光があれ、当然光があれば影があるみたいな感じで、影っていう方はやっぱり向いてなかった。
なのでやっぱり前回のアーリア人の話、ナチズマの話をしたけれども、要はアーリア人が偉大な国を作るっていう光だよね。
歴史上最も優れた例えば人種であるアーリア人が最高の国を作るんだっていうふうな話と、
でもその裏にはユダヤ人っていう種族っていうものを根絶やしにするっていう圧倒的な闇があるわけじゃない?
でもこれもある種ハイデンガーの哲学を応用すると、いやいやそれは光があってそれはまばやく輝くんだったら、
闇があってもしょうがない。歴史というのはそういうシステムなんだみたいな、っていうことを言えてしまうよねと。
だからこれっていうものは、やっぱりさっきの知識とか知恵っていうものの暴力性っていう話をしたんだけれども、
まさにこれが世界っていうものを一つの理論に解き明かそうとすると、そこから漏れたものを排除するとか、
そんなものがなかったっていうふうに蓋をするみたいなやっぱりそういうことが起きますねっていうことと、
ある種本当に似たようなものが隠れてるねっていうふうに考えるんですよね。
ある種レビューナスからするとハイデンガーってやっぱりものすごい哲学者なんですよ。
前回言った通り、もう一回ハイデンガーやろうと思ってるんだけれども、
そういうふうに存在っていうものに対してすごい迫った、ある種恩師だよね、自分の。
なんだけれども、それがひっくり返ると、そうやって知の暴力性っていうものをやっぱり行き渡らせて、
他者っていうものをある種ないがせようにした、
そういう憎むべき存在?
味方だと思った人が実はラストボスでしたみたいなさ。
そういうふうになっちゃってるわけなんだよね。
そういうふうな話があって、やっぱりフッサイとかハイデンガーっていう当時の第一線、第一球の哲学者、
直接学んだことってめちゃめちゃ大きかったわけなんだけれども、
同時にそれがやっぱり良くないというか、自分が経験した捕虜になるとか、
家族、大事な家族が殺されてしまうっていう状況において、やっぱりどう考えてもおかしい。
しかもフッサイとかハイデンガーの哲学ではそれを否定するどころか、むしろサポートしてしまう。
っていうことに、やっぱりレビューネスは気づくわけなんですよね。
いやー、なるほどね。その共通点ね。
そうそうそうそう。
すごいね、よくぞっていう。
ね。これも言われたら確かに思う部分もあるけれども、普段考えないというか、そんなこと想像もしないじゃないですか。
そこまで抽象化できないよね、お互い。
そうそうそうそう。
どっちもね。
でもね、さっき子供の例とかでも言ったけれども、やっぱり僕らはやっぱり無意識的に、
これも本当に言葉通りの無意識だと思うんだけれども、やっぱりこうあるべきだとかさ、
こうしたいって欲求があって、それをやっぱり自分よりも弱いものとか、
自分からしてこいつ足りてねえなみたいなことを思った時に、その人にやっぱり押し付けるっていう。
よくあるじゃん、アドバイスって言いながら押し付けちゃうみたいなさ。
はいはいはい。パワハラと指導の違いみたいな。
そうそうそうそう。
で、いうのがあった時に、やっぱそれって僕らはさ、普段じゃあそれって受け手の問題だよとか、
セクハラとかパワハラも受け手側が思ったことが大事よって言葉では言うけれども、
それってなんでとか、なんでそういう受け渡したものと受け取ったものがずれるのみたいなさ、
そういう話ってやっぱり掘り付けることって少ないと思うんだよね。
いやだし、でもあれでもね、今さ、ちょっとずれちゃうけど、小学校のいじめの定義?
多分ハヤトも小学校、子供いるからさ、聞いたかもしれないけどさ、
子供たちにどう教えてるかって見たら、あれだっけもんね、やっぱり受け取った側がいじめだと思ったらいじめなんだって。
ああ、そこでもそうなってるんだ。
だから例えばなんだっけこれ、学校のやつで見たんだか、もうあのインスタとかで見たんだか忘れたけど、
なんだ、例えば友達が勉強してます、すごい悩んでそうだったから、
例えばヒントを出してあげました、みたいなことがあったときに、そのヒントを出された子が泣いちゃいましたと。
うーん、なるほどね。
これはいじめでしょうかどうでしょうかってときに、ハヤトどっちだと思う?これは。
うーん、僕の中ではいじめではないと思いたい。
うーん、これ今の定義からするといじめなんだって。
なるほどね。
自分の力で解きたいと思ってたのに、ヒントなり答え言われちゃったから、それができなくなっちゃったと。
うん。
で、それ泣いちゃった。これはいじめですね、になるんだろうね、みたいなさ。
だから今回の話と少し通ずるかもなと思って、ちょっと楽しみになってきたね。
そうだね。なんかね、これはね、すごい難しいというか、僕がやっぱり違和感があるのは、
いじめだってやっぱり概念に落とし込んだ瞬間に、やっぱり応答可能性が減るなって思うんだよね。
あー、面白い面白い。確かに、そのいじめだっていう概念を誰かがわしづかみにしたから?
そう、そこに落とし込んでしまったが故に、僕だったらね、その、言われたのが嫌だったから、
次からやらないでほしいとか、泣いてしまうのはもちろん仕方ないとしても、いじめだっていう風に定義するよりも、
なんでそれが嫌だったのかとか、何がしたかったのかっていうことを言われて、
あ、そうだったんだ、ごめんねっていうところまでを、やっぱり子供たちには頑張ってほしいなって思うのよ。
うん、私大人はそれをサポートしてほしい。大変だけどサポートできたらいいよねっていうね。
理想としてはね、もちろん全部できるのはわかってるんだけれども、そこでこれはいじめでした。
丸々くんが丸々さんをいじめましたとかってなった瞬間に、それ以上のやり取りが起きないじゃん。
いや、そうなんだよね。だから怖すぎて、ちょっと違うかもしれないけど、歓喜上そっちの方が楽だよね。
応答が起きなければいじめも起きないから、コミュニケーションが少ない方がいいよねって子供たちは怖いから、
誰かへの関わりを減らすよね、みたいなさ。
そうだよね。
減らさざるを得ないよねっていうね。
やっぱりそれは僕からすると、教育っぽくないなって感じがするんだよね。
何様だって話なんだけど。
そうね、だから確かにレビナスの話はそういうところにも通ずるというか、むしろ源流にあるんだろうなと思う。
おー、はいはいはい。
話かな。
これ、レビナスはいろんなことを言っていて、次回以降ちゃんと言ってくるんですけれども、いわゆる同じと違う、異動だよね、異なるってことと同じってこと?
っていうものもすごく言っていて、さっき言った帝国主義的な話っていうのは、染め上げるとか一つにするって言ったけれども、
世界を同じものにしていくって話なんだよね。
はいはいはいはい。
つまり、オセコで言ったら全部を白にするみたいなさ。
あー、そうね。
っていう風な話なんだけれども、そういう世界においてはさ、もし1個黒があったらどうなるかっていうと、そんなのすぐに白にせよって話じゃん。
そうね。
議論の余地もなく。
つまり、さっきのいじめみたいな話も、やっぱりこういうことはいじめであるから、いろんな現象があった時に、それはいじめではありませんっていう風にして、
1個を定義にして、同じような基準に当てはめていくと、世界は治ったように見えるんだよね。
まあ、治るよね。
そうそうそう、かなりしやすくなるんだけれども、でもじゃあ本当に、世界ってそんなに単純に同じにできるんでしたかって言うと、当然できないわけじゃないですか。
つまり、異なるもの、異っていうものがどうしてもあって、その異なるものとどう関わりますかっていうことが、このレビューにするところの倫理なんだよね。
へー、そうなんだ。
つまり、前回ね、これはちょっと冒頭で言ったんだけれども、メルノポンティはやっぱり共通の体とか肉っていうものを立てましたと。
世界っていうものは一見治らったように見えるけれども、根底では繋がってるんですっていう、その発想も別にありだと思うのよ。
でもやっぱりレビューナスは、そもそも人は知恵とか認識をはさらかせて、世界を白に染め上げようとしてますねと。
はいはいはい。
同じにしようとしてますねと。
うん。
そういうふうに見えるから、それをやっぱりやるってことは暴力的だし、支配だし、それを防がなければなりませんねっていう、そういうふうにやっぱり発想が強いなと思うんだよね。
おー、はいはいはい。
うん。なのでやっぱりちょっと抵抗するとか、あとはね、もっと言うと責任とかってちょっと前回も少しだけ言ったんだけれども、
その責任っていうのは相手からのはさがけに対して応答する責任なんだけれども、やっぱり無視できないんだって話をするのよ。
つまり、関係を断ち切っては自分は知りませんとか、関係ありませんとか、そんなはさがけを受けてませんとかっていうことはできないよねっていうことを語っていくんだよね。
うんうんうんうん。
なんか欲も悪くも、そういうある種ドロドロしたものというか、その違いを見せつけられているその中でどう生きていきますかみたいな、そういうことをやっぱり考えていく。
おー。
うん。じゃないとやっぱりね、なぜやっぱユダヤ人だってことに答えられないじゃないですか。
うん、まあそうだよね。前回のメルロポンティの感覚スタートだと難しいかなって感じだよね。
そうそうそうそうそう。
だからあれか、哲学を哲学で例えるのは悪いかもしれないけど、なんかあのホップスとかのさ、社会契約論とか、ロックとかの時にやった、その万人の闘争状態みたいな、結構そういう殺伐としたところからスタートみたいな感覚なのかな。
別にね、もうちょっと言うと万人の闘争がある種平等性があるんだよね、全員が闘争状態だから。
その1対1対1対1みたいな話ね。
そうそうそう。なんだけれども、やっぱりこのより、思ってると主観客観の図式においては、自分っていう主観を持ってる存在があるし王様なわけよ。
うんうんうん。
で、幻想学においても、その自分というものから世界を形作って構成していくから、やっぱり基準はないとはいえ、自分が見たものが基準になってるんだよね。
うんうんうん。
で、もちろんそれが独善的にならないように、他の人がやっても同じようになるのかとかって手続きはあるんだけれども、
うん。
それはやっぱりどこまで行っても自分を基準にしたっていうことはやっぱり消えないわけだよね。
うんうんうん。
だからポプズの闘争状態は、どっちかというと第三者的に見てはみんな闘争してんだみたいな感じだけれども、レビナスだと問題するのは、あなたがあなたを特権化しているっていう、そういうふうな感覚?
ああ、そうなんだ。
だと思うんだよね。
ほうほう、あなたがあなたを特権化。ほうほうほう。
レビナスがいる時のあなたね。
うんうんうん、わかるわかる。
だから他の人からすると自分が自分を特権化しちゃってるよねっていうね。
そうそうそう、そういうことすること。
うーん、ああそうなんだ。ほうほうほう。
どう?この感覚なんか伝わるかな。要はもっと言うとね、これも難しいと思うんだけどさ、メルロポンっていう時にも言ったけれども、
うんうんうん。
はい。どうかな、ハイデカーのこととかそういう風にしたこと、ちょっと思い出してきたっていう、そこまで説明しないけれども。
でもなんでルビナスがそういう、何だろうな、他者とか主観っていうものから始めちゃダメだっていうことに、こんなにこう、何だろうな、こだわったか。
うんうんうん。
ところが伝わったら嬉しいなと思うんですけど、どうですかね。
いやー、そうね。だから前回も話してた通り、このルビナスが持っている違和感っていうのが、この先制であるハイデカーとかフッサールに限定したものじゃなくて、
うんうんうん。
そもそも西洋哲学の多くだよね。前回ハイトが言ってたけども、デカルトもだし、プラトンまでみたいなところが、
やっぱりその、自分が何かを掴むみたいな、正解があって、それをやっぱり掴みに行くんだ、みたいな。
もしくは、正解に向かって世の中が良くなっていくんだ、みたいな。
うーん。
個人も社会も、みたいな。やっぱりその危うさっていうものを、やっぱり間近に見たし、モロに経験したし、みたいな。
うんうんうん。
レビナスの感覚だよね。自分が理解するんだ、静かにしていくんだ、の危うさだったりとか、これちょっと違くね、みたいな。
それこそ、いわゆる現象学的なさ、学問とは何かみたいな、真理みたいなものだよね。
何かって言った時に、その自分出発点で何かを掴んでいくっていう、もう2000年も3000年もやってきた。
うんうん。
言語化され続けてきた感覚が違くねって思った、みたいなのって、確かにレビナスやばい人だなって思うよね。
うんうんうんうん。
ね。
なので、やっぱりこれ自体はね、その実学のアップデートでもあると思うし、
次回以降はね、これよりレビナスと話をしていくんですけれども、当然その新しいものを考えようとなると、今までのことが使えなくなるので、どんどん不安になるというか、
要は、これまではさ、ぬくぬくした部屋の中にいたけど、突然追い出されて、自分の意思だけどね、飛び出ていって荒野に行きますみたいな、そんな感じなわけなんですよ。
はいはいはいはい。
なので、やっぱりレビナスさんの思考を理解しようと思うと、なんかもう全然わからんとか、ちょっと想像ができないってこともあるかなとは思うんですけれども、
その感覚も含めてね、含めてみんなでこう、一緒に学んでいくというか。
うんうんうんうん。
レビナスがどこに向かおうとして、何にたりつこうとしたのかみたいな、そういうところをちょっと次回以降ちゃんと、なんだろうな、やっていきたいと思ってます。
っていうか、そんな感じなんですよね。
はいはい、なるほどね。ちょっと前回と今回のね、この感覚を元に、どうあれだね、レビナスの話を理解していくかっていうところだね。
そうだね、そうだね、はい。
という感じですね。ちょっと今日は短めではありましたけれども、ちょっと導入第二回みたいな感じになっちゃいましたが。
うんうんうん。
はい、でもこのベースがあると、なんかね、理解しやすいんじゃないかなというか、結構僕がやったときに、なんでレビナスがそこまで他者っていうものにこだわるのかとか、
何を乗り越えようとしたのかって、やっぱりわからないまま読んでたとき、やっぱり全然入ってこなかったんだけれども、
一定ね、こういうベースがあると、もちろんこれがなんだろうな、レビナスの正解ですとか確率というわけではないんだけれども、一定の補助線にはなるかなと思うので、
はい、ちょっとお話しさせていただきましたという感じですね。
なるほどなるほど、わかりました。
では次回ですね、ついにレビナスの中に入っていくというところで楽しんでいきたいと思います。
では引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。