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#451 自分が他人を理解するのは「暴力」?20世紀の哲学者レヴィナス
2026-08-23 44:46

#451 自分が他人を理解するのは「暴力」?20世紀の哲学者レヴィナス

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00:11
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。 よろしくお願いします。
よろしくお願いします。 このラジオは、身近なテーマをきっかけに、哲学について楽しく学んでみようという番組です。
哲学好きの弟と、哲学に馴染みのない兄の兄弟二人でお送りしていきたいと思います。
改めまして、兄の観音恭介です。 弟のハヤトです。よろしくお願いします。
はい、お願いします。さあ、今回からレヴィナスに入っていくという話でした。
はい、レヴィナスさんですね。この方、20世紀のフランスを代表するような哲学者という形なんですけれども、どのぐらい知ってますか?
いや、何も知らないね。
久々に、でもそっか、ベルクソン以来ぐらいかな、多分兄貴が全く知らない人。
そうだね、名前すら始めてみたいなのはそうだね。
そうですよね。やっぱり歴史とかもそうと思うんですけど、昔の日本も縄文時代とか弥生時代とかは知ってるけど、
意外と明治とか知りませんみたいなさ、大正とか昭和とか。あるじゃん、その授業が最後駆け足になっちゃってやらないみたいなさ。
哲学もそういうとこあるかなと思ってて、ソクラテスとかさ、21世とかは知ってるけど、レヴィナス誰ですかみたいなとかさ。
メロポンって名前は聞いたことありますけどみたいなさ、なんかそういうのあると思うんですよ。
いやー、そうはね、確かに確かに。
僕自身もレヴィナスってほとんど知らなくて、なんとなくキーワードとして顔っていうのを言った人ではぐらいの感覚でしかなかったんだけれども。
肉の次は顔なんだね。
肉の次は顔です。これはね、結構明確な理由があって、ベルクソンぐらいから割と自分とか私みたいな話。
フロイトやったり文人っていう話もしたと思うんだけれども、やっぱりその自分っていうものをどう捉えるかっていうことが結構つながってる人たちだなと思って、今テーマにしてるんですよね。
はいはいはい。
で、メロポンティに関してはさ、前回に聞いてる方は聞いてない方いらっしゃると思うんですけれども、結構メロポンティは自分と他者、他人とか、自分と世界が結構根底でつながってるみたいな、そういう話をさせていただいたと思うんですよ。
03:02
そうだよね、なんか共感みたいな話したよね。
そうそうそうそう。で、そこが体とか肉っていう概念だと思うんだけれども、このレビナスさんはですね、結構むしろ自分と世界とか自分と他人は断絶してるみたいな、
もう絶対にまるし分かり合えないというか、分かり合うということの暴力性というか凶暴性というか、そういうこともテーマにした人なんですよね。
あ、そうなの。他人とだけじゃなくて、周りの世界全てにおいてって感じなんだ。
まあそうだね。ちょっとその辺はね、どういうことを言ってるのかっていうのは、今回レビナスさん回答して伝えていきたいテーマなんですけれども、
なのでこれまで結構自分とはとか、そこが見た他人とはというところ、あるいは世界とはってやってきたところのまるし一つの区切りとして、
もちろんいろんな人いるんですけれども、一回そのテーマとしてはレビナスさんやって、次はちょっと東洋を一回挟んで、
次西洋のもう少し社会とか、こういったある種人間が作った構造みたいな話をするっていう大きな流れでやっていこうと思う、今日はレビナスさんがいいですよという感じなんですよね。
そうなんだ。だから全く知らないんだけれども、このレビナスは、もう哲学界というか、この20世紀とか19世紀とかの中ではかなり有名人ではあるのかな?
そうだね。何本の指に入るかって言ったら難しいけど、5本とか10本とかそういう風に入るんじゃないかな。
そうなんだね。
という風な人なんですけど、第1回はざっくり経歴をお伝えしつつ、やっぱりどんな人が、どんなことを言ったかってわかりにくいと思うので、
大きな全体観を触れながら、レビナスさんのテーマでこういうことやってくんだな、みたいなことを今日お伝えしようと思っているんですよ、という風な感じなんですけれども。
まずこの早速レビナスさんのことを話していくと、何かさんづけしちゃったな、レビナスさん。この方は1906年に生まれてまして、亡くなったのが1995年ですね。
ああ、そうなんだ。かぶってる。かぶってるね。
かぶってるんですよ。
うちは生きてる時にかぶってますね。
僕が90年生まれなので、生きてた人は結構珍しいかも、ソ連鉄ラジオの中では。
いやー、だいぶ最近の人だね、そうなると。
そうそうそう、という風な人なので、完全に20世紀の人ですよ、と思いで。生まれたのがリトアニアなんですけれども、当時で言うとロシアになるのかな、ソ連か。
06:09
ああ、はあはあはあ。
うん。もう生まれた人ですよ。ユダヤ人なんだよね。ユダヤ系の家系の方なので、後で話すんですけど、やっぱりドイツ、特にナチスとの関係ってめちゃめちゃある人なんですよ、というようなところなんですよね。
結構ね、普通に優秀っていうか、それこそロシアに生まれたって思うんだけれども、若い時からドストエフスキーを読んでました、みたいなさ。
ロシア文学でね、最高校だと思うんだけど、そういう風な家庭で育って、割とそういったものを授業しながら生きてきたっていう人なんですよね。
はい。で、十何歳かな、あの時に大学に入りまして、そこで哲学科に向き合って学んでいきますよってところなんだけれども、
やっぱりユダヤ教、ユダヤ人っていうのもあるので、いわゆるヘブライだよね。ユダヤ教的な教えっていうものと、哲学っていうものの2つの伝統を抱えながら、自分の思考というか、そういった発想をしてきた人なんですけれども、
この人が哲学をどういうふうに深めていくかっていうと、実際フランス大学に入るんだけれども、そこから哲学をより深めようと思ってドイツに留学するんですよ。
当時ドイツ何がすごかったかっていうと、当時ときめくフッサールとかでハイレガーですね。こういった人たちがいたので、直接そこから学んでるんですよね。
なるほど。フランスが哲学のメインみたいな感じだけれども、やっぱり隣のドイツでこういう人たちが生まれてたわけだ。
そうそうそう。っていうところがあるので、やっぱり当時最先端っていうものを学びに行きましたよ。そこでやっぱりハイレガーにめちゃめちゃ浸水するというか、やっぱりすごいわけなんですよね。
もう直接会ってるのかな。
そう、直接会って直接講義を受けて学んでるっていう感じなんですよ。
そうなんだね。
そうそうそう。で、実際にその白紙論文としてもこのフッサールのことを書いていて、この原子学っていうものがフランスで出版されることによって、ドイツからフランスに原子学が紹介されていきましたよみたいな。
はいはいはい。
そういう第一人者としてのレビナスっていう話もあるんですよね。
すごいね。だからフッサール自身が書いたものがフランスでバズったとかじゃなくて、レビナスによって広まったくらいの感じなんだ。
09:09
そうそうそう。もちろん他の人もいるんだけれども、その一番先駆者の一人だよみたいな感じで原子学っていうものに深めていくんですけれども。
これが結構難しいんだけれども、ハイデガーの時に覚えてらっしゃるからなんですけど、ハイデガー自身がナチスドイツを支持してたというか、
そこにむしろだいぶ活動として参加したみたいな話って覚えてます?
あーだっけか。覚えてないね。そこだっけか。
そうそうそうなんですよ。結構ね、これ今でもというか、ハイデガーの哲学と当時の活動っていうものをどう評価するかっていうのってあったりするんですけれども、
レビナスからすると、いわゆる自分の師匠だよね、哲学の。この人はすごい、こんな哲学ができるなんて本当に天才だみたいに思っていた人が、
ナチスドイツを支持するっていうふうに宣言したわけなんですよね。ただ単純に活動を裏手したとかじゃなくて、ある種公にナチスドイツっていうものはいいというか、支持するっていうふうに言っちゃいますと。
なるほど。当時支持するのがメジャーだったとして、とはいえレビナスから見た時に、こんな哲学、いわゆる物事の本質というかね、物事について突き詰めて考えられる人が、
ナチス支持するんだ、この党を支持するんだみたいなのは、レビナスから見て言えばちょっと疑問だったんだね、だいぶ。
疑問というか、もっと言うと単純に、さっき言ったレビナスはユダヤ系なわけですよね。ユダヤ人を排斥するとか迫害するとか、そういうふうな思想なわけじゃないですか。
もうそういうのを言ってる段階から、もう支持してるというかね。ここも含めてね。
ところが、やっぱりどうしても馴染まないというか、おかしいというふうに最初は思うわけですよね。
実際、レビナスはフランスとの関わりがあって、当時第二次世界大戦にも参戦しているんだけれども、フランスの兵士として出てるんですよね。
なので、フランス軍として出るんだけれども、ドイツ軍の捕虜になるんですよ。ユダヤ人だったんで、それこそ収容状況になりそうだったんだけれども、
フランス軍なので、所属が。で、一応捕虜ぐらいで助かったみたいな。ただ、当然リトアニアその祖国にいた自分の兄弟とか、家族っていうものは本当にもうみんな殺されてしまって、
12:17
そう、ナチスによってやっぱり家族が奪われたみたいな、そういうことになってるわけなんですよね。
なので、もちろんそれは後の話なわけだけれども、ナチスドイツを支持するってことは、そういうことに繋がるっていうのがわからないわけがないんですよ。
まあそう言ってたからね。
そうそうそう。なのにハイデガーがそれを支持しているとか、ハイデガーって個人だけじゃなくて、まさに存在とはどういうものかみたいな、それとも突き詰めれる人が、なんでそういうことをしてしまうのかっていうことも、やっぱりルビナス化すると疑問というか、何かがおかしいっていうふうになってたわけなんですよね。
いやー、そうだね、それは。
そう。やったときに、やっぱりこういう経験しているので、なんで自分は生き残ってしまったんだとか、ある種自分と他のユダヤ人っていうものを分けたものって何かとか、そういうことを捕虜って言っても、かなり過酷な環境には5年ぐらいいたらしいんだけれども、
そうそうそう、っていうふうな状況なので、やっぱりこう、ある種哲学っていうものが、なんとなくって言ったらあれだけれども、まさにこの世の根源は何かとかさ、万物の根源は何かみたいな、そういうふうに刑事上学に行くんじゃなくて、
やっぱりこの現実に生きる自分とか仲間とか、そういう人たちっていうものがどういうふうに生きるのかっていうところに結びつかざるを得ないわけなんですよね。
うん。なので、そのちょっと冒頭でもお伝えしたんだけれども、やっぱり人が根本で繋がっているというよりも、それこそユダヤ人とドイツ人って何が違うのとか、もっと言うとユダヤ人とフランス人っていうみたいなことも含めて、やっぱりそういう違いとか、そういったものを考えざるを得ないような状況もあったと思うんですよね。
いやー、そうね。人間みんな同じみたいなアマチュアなこと言ってんじゃねーよって思ってもおかしくない経験とかね、ことが起こってるからね。
そう。もちろんそれだけじゃないというかね、あんまりユダヤ人だからうんうんっていうわけではないんですけれども、やっぱりこういった経験があったからこそ、やっぱりそこについては深く向き合うし、深く考えざるを得なかった。彼の哲学っていうものがそこと重なっていったっていうのはあるだろうなと思うわけなんですよね。
15:07
なるほどだし、あれにことが起こるというか、その前からナチストの言っている話だよね。主張には反対してたっていうところから、事件が起こる前からっていうのはあったってことだもんね、そもそも。
そうそうそう。というふうな感じなんですけれども、その後第二次世界大戦後で行くと、それこそフランス、コレイジド・フランスという有名な哲学の学校があるけれども、そこで講義を行ったりとか、論文を書いて教授になって、パリ大柱大学かな?とか、そういうところでいろいろ教えましたよみたいなところがあります。
で、亡くなったのが89歳とかなので、結構長く生きた方かなとは思うんですけれども、やっぱり基本的にはフランスですね。そこで哲学の論文を発表したり本を書いたり、いろんな活動をしながら、哲学者としての活動を深めていきましたというふうな感じでございます。
具体のところはまた次回、次次回以降お伝えしていくんですけれども、ざっくりレビナスの哲学がどういったものを目指しているのかという話なんですけれども、
これは次回ももう一回ちょっとフッサールとかハイデガーの話をしながら、復習しつつ話したいと思ってるんですけれども、ある種大きな枠としてレビナスの哲学って何っていうと、彼は倫理ですね。倫理。
いわゆる道徳とかって近いものだと思うんだけれども、これっていうものをすごく重視した哲学者なんですよ。
で、いわゆる第一原理というか、例えば哲学の原理でいうと、禅のイディアみたいなすごい形状的なものとか、あとは宗教というか神様だよね。
そういった絶対の第一者みたいなものがあって、そこからいろんな世界とか、あるいは人間の概念とか理性とかそういうのが生まれてくるっていう話があると思うんですけど、そうじゃなくてレビナスは倫理っていうものを根本に置きましょうと。
大事哲学とかって言ったりするんだけれども、すべての哲学の根本には倫理というものがあって、その倫理から始めましょうということを言うんですよ。これってピントが来ないと思うんですけれども、ある種おかしいことを言っていて。
18:02
まずなら、例えばその善とか悪みたいなのがあったときにさ、仮に倫理を善悪で分けるとしたときにね。僕ら人間という存在とか、そういうものがあって初めてこれをするのは良い悪いとかさ、あるいはこれをしてはいけません、これをするのが良いことですよっていうものが出てくるっていうふうなイメージだと思うんですよ。
そうだね。自分という主体がその善悪を判断しているのだという順番になりそうだよね。
そうそうそう。まさに自分という存在とか、そういったものが先にあって、そこから倫理が生まれてくるっていう発想、これが元々ある形状的なとか、あと存在論、存在するとは何かとか、あるとは何かとかね、やっぱりそういうテーマっていうものに基づくのがこれまでのっていうか、レビナスが批判しようとした。
もっと言うとフッサールとかハイデガーがやっていた哲学だっていうふうに考えるんですよね。
そうだ、そこを伸ばしたっていうよりはそこから飛び出してるんだ、レビナスは。
もちろん受け継いでいるんだけれども、それを批判していくってもそうだし、この存在論的な考え方っていうのは、それこそさっき言ったプラトンとか、ギリシャ哲学の根本くらいまで起源があるものだから、
そういった2000年くらいの歴史の哲学っていうものの根底が間違ってたんだっていう、そういうことを言っちゃった人なんですよね。
やばいね、なかなかね。
やばいでしょ。だからやっぱりその哲学者、特に偉大なって言われる人は、過去のいろんな常識的なものとか、発想っていうものを乗り越えていく、迷路ポンティもそうだと思うんだけれども、
やっぱりフッサルが始めた原子学っていうものがある種強力だったからこそ、それを乗り越える迷路ポンティとかレビナスっていうのが出てきて、レビナスはその存在論としての哲学じゃなくて、倫理っていうものを土台にした哲学っていうものを作ろうとした、作り上げたんですよっていうふうな話が、大きな彼の流れなんですよね。
そうなんだね。
21:01
なので、僕らが例えば、今座ってたり立ったり歩いたりしてるところから世界を見たときに、自分の近くから遠くにいろんなものがある。よくマイクがあって、ノートパソコンがあって、スマホがあって、うんぬんって話があると思うんですけど、これって全部自分の主観の中に世界があるっていう感覚だと思うんですよ。
そうだね。
例えばそれを僕がさ、兄貴も別にスマホとかマイクと同じで、自分の世界に現れた一個のものだというか存在だみたいな、そういうふうに捉えることももちろんできますと。できるんだけど、そういうのがやっぱり兄貴としてはちょっといい気がしないというかさ、いや俺物じゃねえしってならない?
まあまあ、物呼ばわりされたらそうだね。
そうそうそう、嫌じゃん。そういうときに、やっぱりそのものとしての扱いを拒むとか、もっと言うと主体に対して客観として捉えられることを拒む。
うんうんうん。
そういう存在、そして他者っていうものってあるよねってことをレビューナンスも考えるんですよね。
なるほど。やっぱ他人って存在は面白いんだね。
そうそうそう。どこまで行っても、他のものとは違うけど、でも自分からするとものにしか見えないこともあるみたいな。
うんうんうん。
深く掘り下げていくのがレビューナンスなんですよ。で、さっきその倫理っていう話をしたんですけれども、要は倫理って何に対するかっていうと、やっぱりこう、他人とか他者とかさ、やっぱり社会に対する感覚じゃないですか。
うんうんうん。
もし世界に自分一人しかいなかったらって倫理とか考えなくても良いというか。
うん、そうね。
別に好き勝手生きてれば良いと思うんですけど、やっぱこう、相手がいるからこれはやって良いとかダメとか、これはやり過ぎとか、色んなことが出てくるんだけれども、
この倫理っていうのはね、さっき兄貴が言ってくれた通り、自分がいて他者がいて、その関係において倫理が湧き上がるとか必要になるみたいな話。
24:08
これは従来型の発想ね。
はいはいはい。
うん、なんだけど、ビビナスはそう考えないんですよ。
考えないで、どう考えるかっていうと、そもそも僕ら人間っていうのは、産まれた瞬間から他者と共に、要はもう母親なら母親と共に存在するじゃないですか。
どう頑張っても。
まあ分かんない、悲しいけど捨て子とか、そういうことはちょっとまたあれだけれども。
産まれた瞬間、瞬間はね。
その瞬間はね。
確かに。
そうね。
でも会った時に、要は常にどこかで他人とか、世界と出会ってるんですよね。
うんうん。
っていう時に、さっき物は客かなって言ったけれども、当然物も自分に語りかけるっていう風な、これもね、前回迷路本でちょっと話したけれども、そういう風な作用がありますと。
っていう時に、その他者からの呼びかけに応えるっていう、この運動って絶対ありますよねと。
うんうん。
で、その自分が自分であるっていう主観的な意識と、その他者に対して応えるっていう、働きっていうこれを突き詰めた時に、
もしかしてその他者に応えるっていう方が、むしろ先にあるんじゃないっていう、そういうことをルビナスは言いたいんですよね。
ああ、面白そう。
つまり、自分というものを認識して、自分が他者に応えようっていう順序じゃなくて、
そもそも他者が働きかけてくるから、それに応えるというものが、要は自分という意識を生み出すみたいな。
ちょっとこれルビナスが言ってることとも違うんだけれども。
わかりやすく言うと、そういう順序なんじゃないかと。
はいはいはい。
自分が先か、他者からの働きかけが先かっていう、ここに目を向けたんですよね。
へー、はいはいはい。
どう?なんかこの捉え方。
もう既に、既にというかね、全然違うね。確かに自分があって、他者と関係してやってるんだというか、感じじゃなくて。
やっぱ外からの何がしかの、働きかけが自分にあることで、自分が形作られるみたいな話でしょ。
そうそうそうそう。
なんかそれもすんなり入ってくるというか、なんかそういうのある気がするよね。
ね、そうそうそう。そういった呼びかけに応えるっていう、この動きをある種広く倫理みたいに捉えるんだよね。
27:09
へー、そうなの。それが倫理なんだね。
まあ、ちょっとそれがって言っちゃうとまだまだ説明足りないから、倫理とは何かっていう話は今回しっかりお伝えしていくんだけれども、
いわゆる単純な、さっき言った善悪とか、良いこと悪いことっていう風な言葉の倫理というだけじゃなくて、
他者に対する応答、責任とかって言ったりするんだけれども、そういうものを持っている。そもそも人間というか、そういう存在がね。
そういったものを広く倫理という風に捉えたりします。これを大次元理、物事を考える根本に置くのはどうですかっていうことをオリビナスが考えていくわけなんだよね。
なるほどなるほど。だいぶまたあれだね、世界観が違うね。自分があって世界がある他人があるじゃなくて、向こうからの問いかけがあって自分があるみたいな世界観ってことはね。
だからあれでしょ、これは迷路ポンティよりも先にいてというか、迷路ポンティはあくまでも主体的なところから出発しつつ、それを分けない。時間と客観を分けずに繋がりを作っていくっていう話なんだけれども、オリビナスはむしろ周囲が先。他者、相手が先というか、そっちに割と主導権を渡している感覚もあるんだよね。
いやーそうね、またちょっと違う。良気性とかだよね、確か。
そうだね、良気性とか過虐性だったね、迷路ポンティは。
それとまた違うんだね。
そうそうそう、というところがあります。でもどっちも主観客観という樹式とか、主観の方が圧倒的に強い。問題の反省というものはどちらも持ってますという感じなんだよね。
うんうんうん。
これですね、オリビナスが明確に批判をしていて、結構存在論的な帝国主義みたいな、そんな言葉で批判してるんですけれども、
帝国主義ってさ、それこそ戦争の時代に、植民地とかをどんどん作っていって、自分の領土を広げていきましょうみたいなさ、覇権を握りましょうみたいな、そういうふうな発想だと思うんだけれども、
つまりこれって、例えばイギリスなら世界がイギリス化するとか、世界をイギリス一色で染め上げるみたいな、そういう話なんですよね。
そうねー。
うん。で、それを踏まえた上で考えた時に、いわゆる僕らってさ、さっき言った通り、世の中のことをいろいろ捉えるじゃないですか、マイクがあってパソコンがあってみたいな、
っていう時に、世の中のことを知ろうとするんだけれども、この何かを知るとか理解するっていう動きって、実はめちゃめちゃ暴力的なものなんじゃないかっていうことをオリビナスが捉えるんですよ。
30:11
ほー、そうなんだね。
これはね、フランス語で理解するっていうのはcomprendre、ちょっとごめん、発音がわかんないんだけれども、言葉の語源をたどっていくと、わしづかみにするとか、ある種ちょっとぶんどるみたいな、そういうふうなイメージの言葉らしいんですよね。
へー、はいはいはい。
つまり、物事を理解するというのは、相手のことをふんふんって理解しながら受け取って、相手をそのまま自分に入れ込むんじゃなくて、自分の理解の枠組みとか認識に相手をある種当てはめるっていうふうな、そういう行為だよねと。
あ、そうなんだね、なるほどなるほど。
というふうにルビナスは考えますと。
なのでさっきね、兄貴が、僕が兄貴を見たときに、兄貴ってこういう人だよねとか、そんなに物と変わんないじゃんって、もしかしたら言うとしたときに、
あれは、兄貴の兄貴性っていうものを全部なくして、自分が見たお兄さん、自分が見たカンノ・キョウスケしかないわけなんだよね。
なるほど。
すると、要はそれって、カンノ・ハエトという存在が、カンノ・キョウスという存在を掴んだとか、勝手に理解した気になってる、それ以上でも、それ以下でもありませんみたいな。
すごく脱なことをやってるんじゃないかっていうようなことを考えるんだよね。
ああ、はいはい、面白いね。
そうすると、兄貴からすると、自分はそんな人じゃないんだけどって思ってても、カンノ・ハエトからすると、お兄さんこんな人だとか、そういうことになってしまって、
結局は自分の主観を世の中に広げていくっていう意味で、さっきのイギリスが植民地を広げたっていうのと同じことをやっていると。
つまり、世界ってものを自分で染め上げている。それが主観客観図識における物事を理解するとか知るってことなんだっていう、そういうことを言うんですよね。
はいはいはい。
で、これってさっき言った、例えばハイレガーのナチスドイツへの加担もそうなんだけれども、
つまり、優秀な民族されるアーリア人が、世界を統一というか支配すべきだとかありあったとしたときに、
これって要は、自分という主観が世界というものを理解すくせるとか、理解すくすべきだっていうものと、構造としては一緒なんじゃないかっていうことを考えるんですよ。
33:03
まあ、そうだね。はいはい。
つまり、さっき僕がリビナスからすると、ハイレガーがなんでそんなことをしているのかわかんないとか、
それってなんで優れた地蔵庫を考える人が、実際のそういった悲劇を生み出すところに加担しているのかって話があるんだけれども、
実はそうじゃなくて、ハイレガーとしているのは、やっぱり存在するとはどういうことかみたいな、より世界の根源というものを捉えにいった思考じゃないですか。
うんうんうん。
そうすると、存在そのものっていうのは理解が深まるんだけれども、今目の前に存在している人の喜びとか悲しみとか、そういうものって消え去っていくじゃないですか。
はい、まあそうだね。
うんうんうん。
とか、仮に存在とかゴモアとした時に、その存在に当てはまらない人は、やっぱりまだ存在として未熟だとかさ、足りてないんだとか、そういう風に片付けることができるじゃないですか。
でなると、もしかしたらハイレガーの思想そのものがナチスっていうものとすごく同じような構造を持っているのか、
あれはある種、むしろ分かちがたく結びついていたんじゃないか、みたいな、そういうことを考えるに至るわけですよね。
わー、なるほどね。そっかそっか、あんなすごいことを考えられる人がなんでじゃなくて、考え方の根底は一緒だったねっていう風にレビナスは気づいてしまったというか、考えたんだね。
だからこそやっぱりレビナスは、自分が尊敬するフッサラだったりハイレガーっていうものの哲学っていうものを批判しなきゃいけない。
そんな風に自分の、あるいは特権的なとか、そういう人たちの思考で世界を理解し尽くすとか、それで他者っていうものを飲み込んで、すべてを同じような価値観で染め上げようとする。
これまさに帝国主義じゃん。これをやっぱり防がなきゃいけないっていう、そういう風な思いがあるわけなんですよね。
なので彼に言わせると、そういう風に勝手に主観で相手のことを捉える、他人のことを捉えるっていうのは、もうある種、倫理的な殺人に等しいんだと。
物理的に人を殺してるわけじゃないんだけれども、その人のその人らしさとか、ある種レビアスに言わせると絶対理解しない他人っていうものを理解した気になるっていうのは、相手の相手らしさを殺すことだから、これは殺人に等しいよねっていう、そういうことまで言うわけなんですよね。
なるほどなるほど。面白いね。確かにこれが、たぶん百歩譲って、生き物じゃないものというか、
36:08
例えば、石を見せて、これは石だねっていう風に理解するのは、まあまだ許せるというか、ダメだけど被害は少ないというかね。
ただ人に対して、勝手にラベル付けというか、意味付けみたいなものを一方が勝手にやってしまうっていうのは、そんだけ暴力的な話ですよっていうことはね。
そうだね。だし、ちょっとこれ僕まだ読み切れてないので、後半どうなるかわからないんだけれども、例えば今の石に石ころだと想像すると思うんだけれども、これがさ、いわゆる鉱山とかでさ、
じゃあこの鉱山も全部自分のものにしてがっつり掘り尽くしてやろうとかって言ったときに、当然、いわゆる自然環境とか地球環境に影響を与えるわけじゃないですか。
じゃあそれって本当に鉱山って掘り尽くしていいんですかっていう問いは出てくるはずなんだよね。
なので、やっぱりこれは人かものかに問わず、やっぱり自分の主観で相手というか、存在っていうものを勝手に意味付けるとか勝ち付けるとか、
そういうことっていうものも批判してるんじゃないかなと思うんだけれども、ちょっとこの辺は僕も今学ばなきゃなと思ってるんで、一旦ちょっとそういうことは補足しておきますと。
なるほど。レビナスがどこまで想定していってるかって話だね。
そうだね。
応用はつくかもしれないけど、レビナス自身がどこまでいってるかって話ね。
あ、そうそうそうそう。ほいっていう話なんだけれども、とにかく兄貴が言ってくれた通りで、やっぱり他者っていうものを大事にするので、レビナスのメインというか重要な概念としての顔っていうものが出てくるわけなんですよね。
顔ってね、少なくとも生き物。特に動物かな、植物の顔ってちょっとイメージが、できる人もいるかもしれないけれども、難しいとしたときに、やっぱり顔ってあるじゃないですか。
これっていうのは、さっきね、自分の視界に他人が入ってくるって言ったんだけれども、その中でやっぱり顔っていうものってまさに自分を見つめ返してくるとか、自分っていうのはやっぱり働きかけてくる、やっぱりちょっと特別な部分だと思うんですよ。
っていうときに、顔っていうものがある種、自分を殺すなと。さっき言ったような、自分っていうものを勝手に解釈して主観で切り刻んでくれるなよっていうふうな、そういうことを訴えかけてくるんだというふうにレビナスは考えるんですよ。
39:08
これが冒頭言った、他者との相入れなさというか、ある種主観で相手を理解するっていうことは間違っているし、共感ならいけるかっていうと、それでもやっぱり相手には組み尽くせないものがあるはずだと。
それが本当にあるかどうかはわかんないが、レビナスはそう考えるんだよね。という意味で、この他者との分かり合いなさとか、他者からの派生掛けに対して応答する在り方っていう、こういったものを突き詰めたのがレビナスの手伝くなんですっていうふうな感じなんだよね。
なるほどねー。質問としては早いかもしれないけど、他の人に応答するのが倫理だよって言った時にさ、ただただ逆の話。
だから他の人が自分を勝手に、今回でいう理解したつもりになるというかさ、自分をわしづかみにしてることに対して応答するっていうふうになっちゃうんじゃん。ような気がするんだけど、ただの裏返しではないのかな。
ということはね、お互いにどうあるのかって話だよね。
だからレビナスが、人は倫理で、他人からの、自分が誰かをわしづかみにするんじゃなくて、誰かからの働きかけに対して応答する、なるほどってなるんだけど、その働きかけが誰かから自分をわしづかみにされるっていうことにしかならないんじゃないかな、みたいな。
そうすると負けた気にならないか?みたいな。ただただ負け犬じゃないのか、それはみたいなさ。
はいはいはい。やっぱりそこが倫理っていう話なんだけれども、やっぱり最終的にやっぱり互いに互いを大事にする、分かり合えないからこそお互いに大事にし合えるっていう、そういうところを語ってるわけなんですよね。
そうだったときに、サルトルみたいにお互いがお互いを殺し合うというか、主導権を握り合うみたいな、殺伐として世界というよりは、それを一歩越えて、だからこそお互いに理解しつくせないということを分かった上でどう生きるかとか、どういうふうに共にあるかみたいな。
そういった世界観を、やっぱりレビュースが考えてくるんだよね。
あー、なるほどなるほど。
だからお互いにつかみ合うんじゃなくて、応答し合う。お互いがお互いに当然、二人が出会ったらさ、それぞれが働きを受け取るわけじゃない?自分だけじゃなくて、相手も受け取るから。その受け取ったものをまた渡して受け取ってっていう、この応答を繰り返すような動き。これが大事なんだっていうことは言ってるみたいなんだよね。
42:23
あー、なるほどなるほど。分かるとかね、理解するとは確かに違いそうな世界観だね。
そうそうそう。
なるほどなるほど。
なので、今回は駆け足でどういった人物かというところと、ナチスト入りがいなところと。
あとね、大きなレビュースの思想の倫理とか、第一作として存在じゃなくて倫理を置きますみたいな話とかをちょっとしてきたんですけれども。
次回以降はね、もちろん掘り下げてそれぞれ話していきますよと。
でもどうかなんか全体感というか方向性として、なんとなくこういうふうな話をするのかなーみたいなのって、なんかちょっと見えてきたかな。
あーそうね。私結構このソレテツラ城としては珍しい構成だなと思って。
あーそうね。なんかね、思ったらやっぱり難しいというか、なんでレビューナスがそういう顔とか他人っていうのをテーマにしたかっていうのがわかんないと、なんか入ってこないなって僕自身が思ったのよ。
あーあまりにもゴール地点分からなさすぎてというか。
そうそう。私やっぱり迷路ポンっていう時にもね、皆さんも感じてたと思うんですけど、僕らあまりにも主観客観っていうものでもようやく捉えてるから、それを批判したんですか、それを乗り越えたんですって言われてもやっぱりわかんないんだよね、僕自身も。
なので、今回次回はですね、レビューナスのことを話す手前のフッサールとかハイデガーの話をちょっとしようかなと思って。ちょっと簡単な復習って感じになるかなと思うんですけれども。
フッサールの現象学ってなんだったんだっけとか。そういったことをちょっと話した上で、次回、その次の次ぐらいからレビューナスの話をより深くしていこうと思ってますっていう感じですね。
おー、わかりました。ではですね、次回は一旦フッサールとハイデガー復習施設、その次ですね、レビューナスの中身に入っていくということで楽しみにしていきたいと思います。では、引き続きよろしくお願いします。
おねがいします。今回もありがとうございました。
44:46

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