はい、それ哲ラジオ。今日も始めていきたいと思います。 よろしくお願いします。
よろしくお願いします。 はい、今日はレヴィナスの第4回ということでやっていきたいと思います。
はい、前回ですね、結構ね、あの難しいというか悩みながらね、2人で話したんですけれども、
イリアっていう言葉を出しましたね。 覚えてる?イリアって何だったかみたいな。
いやー、覚えてはいるけど、そうだね、なんかそれよりもこうなんだっけ、存在の…ってどう捉えるんだっけみたいなところ。
だからそれとイリアが繋がったっけかなって今思ってる。あれ繋がったっけみたいな、なんか分かった気はしたけどみたいな。
うん、いやそう思う。前回はね、まさに復讐から入ろうかなとは思うんですけれども、
前回ね、ある種僕ら一般的に生きている人たちで、多分こう存在してるじゃないですかと、生きてるじゃないですかと言う時に、
生きているっていうものは、やっぱりそのいろんな世界にある光とかさ、空気とかさ、前回ハッピーセットみたいな話もしましたけれども、
いろんなものを受け取って享受しながら生きていますよねと。
うんうんうん。
で、そんな時に僕らっていうものはどうしてもやっぱ自分という主観とか存在っていうものが世界に生かされているっていうところから、
なんていうかその世界は自分を生かすためにあるって言うと言い過ぎかもしれないけれども、
ちょっとねでも前回王様みたいな話もしたけど、それ自分が世界を支配してるとかさ、世界の中心にある、
世界っていうものは自分のためにあるみたいな、そういう感覚っていうのもやっぱゼロではないと思うんですよね。
まあまあそうだね、うんうんうん。
そういった時に、やっぱりそういう世界で生きてるんだけれども、ルビアスに言わせると、それは前回言った、いわゆる現実逃避というか、
その危険性が見えないだけだと。
うんうんうん。
で、この危険性って何かって言うと、それがね前回話したような、その存在っていうものの奥には、
実はその存在させられているとか、その存在から逃れられないみたいな、そういうなんか不気味さというか、嫌悪なしのものがあって、
で、僕らはそれを見ると不安になるし怖いから、そこから目を背けて生きてるんだよね、みたいな。
はいはいはい。
で、その目を背けているそのものとか、存在の不気味さっていうものを指して、
ルビアスはイリアっていう、フランスのディア・イーズみたいな、何々があるのを、何々っていうものを全部なくした状態、
抽象的なあるっていうものを、指てたよっていうふうな話をしてたのと思うんですよね。
あー、なるほど。
レビナスというところの存在の、まあ本当到達点みたいなものだよね、原点というか。
それを指してイリアっていう状態というか、感じなのかな。
まあ、それはそうなんだけれども、存在の原点って言っちゃうとさ、なんかその、行き着く先みたいな感じがするじゃん?
とか根源的なものっていう感じがするじゃん?
レビナスに言わせると、それが見つからないというか、存在するものをさ、前回一個一個消していったじゃん?
それでもなんか残っている、これって何?って話だから。
あー、そっち、それがイリア。
そうそう、それがイリア。
これ何がイリアね。
そうそうそう。
だから、それが存在の根源とは言えないんだよね。
なんか知らないけどあるものとか。
確かに、イリアは自分とは違うものな感じがするから。
そうそうそうそう。
根源じゃないか、なるほど。
ある種、根源とかって言っちゃうと理性で突き詰めたものとかさ、人間がちゃんと分析したものっていう感覚があるから、そういうものではないっていう感じなんだけれども。
はいはい。
ここにやっと他者っていうものが出てくるんですよ。
はいはい、なるほどなるほど、そっか。
前回のレビナスの話で言うと、やっぱりレビナス的に存在ってなんだっけみたいな、
で、存在っていうか、イリアが出てきたよ、どうしようこのイリアみたいな話になった時に、やっぱりそこから逃れたいっていうところはあるんだね、ベクトルとして。
そうそうそう、で前回逃走逃げるって話もしたけれども、やっぱりそれを乗り越えないと結局自分っていうものがそのよくわからない不気味さっていうものに包まれるというか、
ある種存在させられているとか、仕方なく存在しているみたいな、仕方なくでもないか、訳もわからずに存在しているっていうことになっちゃうっていうことをレビナスは見るんだよね。
あー、はいはい、そっか、じゃあその気持ち悪さというか、やっぱその不安さみたいなものからは逃げよう、逃げたいっていうね、そこまで含めてレビナスのその考えというかイメージってことね。
あ、そうですそうです。
了解了解、ほい。
であった時に、とはいえ、前回と今回で話した通り、やっぱり自分から始まると逃れるってことは絶対にできませんねと。
うんうんうん。
うん、どんどん自分に閉じこもって閉じこもってって言っても、でもそこからやっぱりその根っこにはイリアがあって、結局自分の存在とは舌上の牢獄のままですねっていうふうになるんだよね。
うんうんうん。
なると、やっぱりうちがダメなら外ってなるじゃないですか、つまり外にこの行き詰まりを壊してくれるものを期待しましょうという時に出てくるのが他者っていうものなんだよね。
はいはいはい。
で、これでちょっとここからが面白いところなんだけれども、前回さ、メルロポンティーやったじゃないですか。
うん。
で、メルロポンティーの話でいくと肉っていうものがあって、体っていうもの、まあ心と体を分けない、主観と客観を分けないという話もあるんだけれども、
っていうふうなものが繋がっている人同士、あるいは存在同士であれば、それっていうのがある種響き合えるんだと。
そういう共通の基盤を持っているから、やっぱり共感というか通じ合えるよね。で、お互いに行き来できるよねっていうふうな、そういう話をしたと思うんですよね。
そうね。
うん。
そういうのもあって、他者と繋がっていたんだけれども、ルピナスはやっぱりここを、そんな生ぬるいもんじゃねえぞって言うんですよ。
うんうんうん。
これも第1回でも言ったかな、アルターエゴみたいな、もう一人の私みたいな話をしたと思うんですけれども、やっぱり自分と相手は似ているっていうのはあくまでも自分っていうものをベースに相手をやっぱり理解している。
うんうんうん。
ということになってしまうから、これはやっぱりわしづかみなんですよね。
はいはい、なんか似てるっていうふうに自分がわしづかんでるよねって話だね。
そうそうそうそう。要はやっぱり自分の、さっきで言うと、思考とか自分の領域に他者っていうものを無理やり引き込んでるみたいな。
だからあれだよね、メルロポンティ的な話で言うと、自分と友達がいたときに、カレーって美味しいよねみたいな話して、相手も美味しいよね、やっぱりカレーは嫌いな人いないよねみたいな、そういう世界観を想像してるんだけど、
お前もカレー好きだよな、好きだよな、みたいな、そういう圧をわしづかみみたいな感じに多分イメージとして捉えてるのかなって思ったのか。
そうね、確かに。これちょっと面白かったけど、私、もっと根本的に言うとね、おい、お前カレーって知ってるよなって、俺が思ってるカレーとお前が思ってるカレーって同じだよな、みたいな。
あー、そっからか、確かに。
そうそうそう、概念を揃えなきゃいけないからさ。
うんうんうん。
俺とお前のカレーって同じだっていうふうにちゃんと理解してるよな、みたいなことから押し付けていくわけだよね。
なるほど、その上で、でもちろん、カレー好きだもんな、みたいな。
そうそうそうそう。
あー、はいはいはい。だいぶやっぱり、そうはね、ジャイアンどころじゃなさそうだね。
でもそれがまさに帝国主義だし、自分の主観で世界を理解していく、もっと言うと自分の世界に外部のものを引き込んでいくっていう話なんですよね。
はいはいはい。
でも繰り返しになっちゃうんだけど、それをやってるといつまで経っても自分はイリアから逃れられないわけですよ。
うーん、あー、まあそうはね。
自分の世界だけで生きてるから。
逃避してるからね。
そうそうそうそう。っていうのがあるので、この迷路ポンってやり方ではダメですねと。
このメカニズムは機能しませんねというふうな話をするんだよね。
ふんふんふん。
で、ここでやっとレビナスの他者、顔なんですけど、このレビナスの顔っていうのは当然ね、いわゆる目とか鼻があってみたいな写真撮れる顔っていうことじゃなくて、
世界からの、なんていうのかな、どうせしちゃったけど、眼差しとかって、これされとるだったかな?
そういうのがあるんだけど、要は自分の思い通りにならない存在なわけですよ。
ほうほうほうほう。
つまり、どんなに静かにしようとしても、本来他者、例えばね、僕がさ、さっきジャイアンみたいにさ、お兄さんちょっとカレー食べたいんだけどさ、みたいな。
俺が思っている最高のカレーを作ってくれよとかって言っても、ずれるわけじゃん。
まあ、だしジャイアンはあれだよね、その俺が思っている最高のっていうのは心の中で思ってるよね。
言わないね。
カレー作れよ、しか言わないよね。
そう、で、何かシーフードカレー作ってきたら、ポーカライン決まってんだろうみたいな感じでブチ切れるみたいなさ。
そういうことが起きちゃうわけですよ。
でも、その意味では、僕がカレー食べたいって時に、兄貴はどんなカレーを思い浮かべるかっていうのは、僕のやっぱりコントール外なわけですね、どう考えても。
本来はね。
本来はね。し、そこで別にカレーじゃなく、スープカレーでもいいし、もしかしたら兄貴は林ライスをカレーだと思っていて、これはカレーですって言って、林ライスを持ってくるかもしれない。
そうね。
これはもう分かんないわけで、つまりそういう自分、僕が持ってる知識とか予測とか、そういったものははみ出していく存在っていうのが本来的な他者ですねと。
こういった存在としての他者っていうものをレビナスは象徴的に顔っていうふうに言うんだよね。
なるほど。
で、これ面白いのが、これも諸説ありますみたいな話なんだけれども、今日と前回イリアって話をしたじゃないですか。
イリアってつまり、存在の根っこにある不気味なものとは捉えられないものなんだけれども、
この他者、今言った意味の他者っていうものは、このイリアっていうものがある種、実際に自分に向かってくるものだ。
もっと言うと、イリアが顔を持ったものが他者だから、それを顔と呼んでるんだみたいな、そういうふうな捉え方があるんですよね。
これはちょっとレビナスってよりはその後の研究者が言ってることみたいなんだけど。
ほうほうほう。
つまり、この存在の根源、掴み所がないものっていう話と、自分にとっての他者っていう掴み所がないものって、要は同じ要素を持ってるねっていう話なんですよ。
はいはい、まあまあまあそうだよね。
うん、あの、なんだろう、わからないって意味ではまあ同じだもんね。
そうそうそう、し、やっぱ自分ではコントロールできないとか、制御できないとか、そう、っていうふうな話なんだよね。
うん、ちょっとだけ、たぶんその、ちょっとだけ具体化したものぐらいの感じ。
うん、そうそうそう。
なんなら同列でもいいぐらいの話ってことだね。
そうだね、ある種自分に向かってくるものって感じ、イリアはそこにあるというかさ、あると言えない、本当は存在するはずだからなんだけどもあるとしか言えないみたいな。
あるとしか思えないっていうかね。
そう思えない。
理想としかイメージできないものみたいな。
うん、なんだけど、その他者とか顔っていうのは自分に向かってきますと。
ほうほうほう。
っていうその、ちょっと矢印の違いはあるんだよね。
へー、そうなんだ、ほうほうほう。
そういうのがあるので、このイリアっていうものはその自分の世界の根本にあったものなんだけど、また根本出ちゃった、ちょっと待ってね。
イリアっていうものはその自分の世界の、なんか知らんけど、その闇としてあるものなんだけど、他者っていうものは自分が作ってた領域っていうものにある種侵入してくるもの。
そうして現れませんって話なんだよね。
聞いてみましょう。
あの、白鳥沢の牛若いるでしょ?
僕はわかるよ。すごく強い高校生プレイヤーね。
左利きのエースがいますと。
でも自分の世界で最強を生きてますと。
もう俺最強、チームも最強。
っていう時に、別のチームの真主人公たちだよね。
日向と影山と出会いますと。
特に日向のことを見て、日向の目を見て、なんか嫌だ、なんか怖いぞ、こいつみたいな。
のが牛若の思ってしまうと。本人も無意識にね、みたいな。そんな感じだね。
今ね、全然違うと言おうとしたんだけど、意外とあってそうで。
意外とあってそうで、よくその例を出したなって今思って感心してしまったんだけど。
ちょっとね、皆さんにもちゃんとお伝えすると、確かにいわゆる漫画とかアニメとかの方が描かれやすいと思うんだけれども、
やっぱりその登場人物の世界が閉じているとかさ、何かものすごい能力があるんだけれども、やっぱり発揮されてないとかっていう瞬間に、
他者からの課題かけでそれをやっぱり乗り越えるとか突破するって確かにあると思うんですよね。
そういう意味では、それを存在レベルでやると、確かに今日の話になるなって思った。
存在レベルでっていうのは、
今日で言うジャイアン存在レベルの話の方ね。
今日の話で言うところの、まさに自分の世界で行き詰まっている。
どうしていいかわからないけど、現実を置きして、まあまあいいかと言って日々過ごしているっていう時に、
その他者の手助けじゃなくて、他者のわからなさ、なんだこいつは、自分の理解できる世界にこんな奴はいないっていう感覚。
じゃあ、あれだ。それで言ったら王様にかけてあれだね。影山がコートの中の王様だったところで、
中学校の時にみんなが離れていく中で、高校生になった時にやっぱり日向がいて、なんだこいつっていう王様を突き崩していくっていうね。
世界に入ってきた謎の奴みたいな。そっちの方がわかりやすいかな。
僕はわかるんだけど。
ごめんなさい。配給しない人は本当にわかるんですけど。
なんで配給でしかたとえないんだってね。
確かに同じ作品のね。
別のものでもいいじゃんみたいなね。せっかく今美版やってるんだから、そっちの方がいいじゃんみたいなね。
でも、本当にそうだと思う。やっぱり自分の世界観が突き崩される感覚。
自分の理解できないものがあるということを知って初めて、そっちに目が向く感覚っていうのはあるじゃないですか。
あるある。
っていうものが、理解できないものを局地としての顔っていうものなんだよね。
だから具体的な存在として誰かじゃなくて、他者のわからなさ、予測しえなさっていうもの自体が僕らの世界を突き崩すんだと。
それがまさに逃走経路突破口になるんです。というふうなお話なんですよね。
というわけでね、今回その第1回でレビナスは他者、顔ですみたいな話で、他者っていうのはわかりあえませんとかってちょっとしたと思うんですよ。
僕も色々調べるまでは、わかりあえないちょっと恐ろしい存在とか、自分と愛入れない存在みたいな、そういうふうに語ってるのかなって思ったんですよ。
で、もちろんそういうふうな語り口もあるんだけれども、色々調べていくと、わかりあえないからこそ自分を救ってくれるとか、
自分の世界観を超えていて、まさに理解不能だからこそ自分のそのわからなさから来る新しい世界への道筋っていうものを示してくれるっていう。
やっぱさっき言った、ジャイアンにとっては恐怖だけど、レビナスにとっては救いであるっていう、この捉え方がめちゃめちゃ大事なんじゃないかなっていうふうに思ってるんだよね。
いやー、はいはいはいはい。面白いね。
前回苦労してさ、イリアとは何かというか、存在の根っこには闇があるって話を一生懸命考えてたじゃないですか。
それがあるから多分今回、他者の顔っていうものは救いだって言われても、なんかちょっとイメージが湧くというか、っていうところがあるんじゃないかなと思うんだよね。
どう?なんか今みたいな突破口が見えたかな?
いやー、うんうんうん。だから、今のような、さっき配給でいろいろ例えちゃったけれども、多分そういうことって、だいぶ身近にも想像できる人は多いっていうか、あるんじゃないかなみたいなことはあって、
それが、なんでもいい、例えばね、ビール等の人にさ、「いや、ウイスキーも美味しいよ。」みたいなさ、そういうのでもいいと思うんだよね。
俺はビールしか飲まんって人に、ウイスキーの瓶見せたらさ、そりゃ顔じゃん、もう。
あー、なるほどね、確かにね。なんだこれはってね。
そんなん別にいらねーし、なんだなんだなんだ、俺はビールだ、みたいな。もうビールに囚われた男がいたときに。
ただ、それが幸せかどうかとかは別として、もう一回レビナスの話で言うと、ビールっていう逃避をしている人に対して、
それが幸せかどうかは分からないけど、事実としてというか、現実としてウイスキーもあるよってことを、やっぱりそれを知った方が、レビナス的には、
ビールの王様、裸の王様でいるよりは、世界をちゃんと知るっていう意味で、絶対その人のためになるんじゃないかというか、
なんならビールの王様は、なんならちょっと他の人にさ、「お前もビールだろ?」みたいなさ。
ウイスキー飲んでる人にもビールだろ、お前みたいな。焼酎飲んでる人にもお前ビールだろ、おい!みたいな。
やっぱちょっと迷惑をかける可能性もあるし、ビール帝国なんて別に作ってほしくないから。
そういう意味でちゃんとウイスキーという顔を見せたり、焼酎という顔が寄ってきて、「ああ、なんだなんだなんだ?」ってさせた方が、
よりレビナスの思う現実というか、断りに近い感覚なのかなって思ってきたかな。
そうだね。今までの話で言うと、とてつもないアルコール中毒者の話みたいな話になっちゃうから、ちょっとあれだけれども。
でもやっぱり本当その通りで、前回まで言ってきたような、いわゆる帝国主義。
自分の認識で世界を鷲掴みにするっていうことを、レビナスはやっぱりやめさせたいですと。
それは行き着く先は、まさにその現実の帝国主義だよね。
自分たちの民族だけが優秀というか、優れていて、他の民族もそういうふうになればいいって、そこにすぐ行き着いてしまうから。
レビナスから見ると、ハイデガーはさっきのビール好きの人だっていう略端があったわけだね。
まあそうだね。ところにやっぱり気づいてしまった。
ウイスキーのことも考えてほしかったって、考えられたでしょ、ハイデガーさんみたいなのがあったんだね。
そうね。そういうような嘆きもあったんだと思うんだよね。
でね、さっきのウイスキーであれば物があるからわかりやすいけれども、顔ですよね。
顔って抽象的な概念でもあるので、これがやっぱり人に、あるいは自分に向き合ったときにどうなるのかっていう話をちょっとしたいんですよ。
で、これもちょっと話はしたんだけれども、
これはこれを他者の顔が語りかけてくるんだけど、
なんていうかっていうと、お前殺すなよって言ってくるって言いますと。殺すなよと。
その顔がね?
顔がね。これはちょっと前に触れたんだけれども、物理的な殺す?肉体的?っていう話じゃなくて、
要はお前の認識で俺を理解するなよっていうこと?
あー、はいはいはい。
なのでさっき迷路ポンって言ったような、いわゆる共通のものはあるかもしれないし、
それなら、ましてやお前の主観だよね。主観で自分を鷲掴みにするっていう風な、
それをしちゃダメだよっていう風に語りかけるんだっていう風に言うんですよね。
おー、はいはいはい。
そうするとレビナスが成し遂げたかった主観が、世界を捉えるっていう風な帝国主義のあり方じゃなくて、
その外部のお前殺すな、お前主観で世界を理解した気になるなっていう、
その要望から始まる存在のあり方っていうのが見えてきます。
これが実はすごい大事で、ちょっと丁寧に言うね、ここ。
前回と今回は、その存在ってところから始まって、イリアっていうのを見つけて、
その存在の居合の無さ、逃れられなさがあったんだけど、それを耐えるしかなかった自分だったじゃないですか。
でもこれが他者にお前殺すなよと、そんな主観で世界を理解した気になるのって言われたときに、
どうなるかっていうと、なるほどと、わかりました、あなたを殺しませんっていう、
このやり取りが生まれてくるんですよね。
つまり、自分の存在のあり方っていうものが、
その存在のイリア、不気味さから逃げることじゃなくて、
他者の顔の呼びかけに応えるっていう、そういうあり方に転換するんですよ。
つまり、他者のためにというか、
その他者の顔の呼びかけに応えるっていう生き方がここに出てきますと。
これがレビナスが発見した突破口というか、自分を乗り越えて他者と繋がる生き方なんだよね。
なので、この存在の根本が今、他者への応答というか、応えることに変わったじゃないですか。
これがレビナスのところの倫理なんだよね。
今の順番でいくと、確かに自分スタートでもないし、他者との共同作業でもないし、
他者スタートだね、これは、確かに。
そう、他者の呼びかけスタート。
顔スタートだわ。
そうそう、顔スタートなんだよ。
そこにこそ、やっぱり僕らが存在している意味が生まれてくるし、
ただ一人でよくわからない視観の世界に閉じこもっているんじゃなくて、
顔という、これもわかんないんだけど、何が呼びかけてくる、その存在に応えるという責任とか義務とか、
そういったものを果たすということのうちに、まさに倫理のうちに、
人間の生き方とか、そういった存在の仕方というものが出てくるよねっていう、そういうことを考えるんですよね。
面白いね。
良かった、ここまで来れた。
なので、他者というものが絶対に自分とは別れてなきゃいけない。
自分と同じというか、そこで繋がっていると結局は自分に吸収されちゃうから、
この突破口がやっぱりなくなっちゃうんだよね。
っていうふうな意味を考えてましたと。
なるほどだし、もし完全に同じとか完全に共感できるよねっていう感覚がある場合は、
いや、それもう逃避してますねっていうふうに基本なってるよねっていう感じだね。
確率論的に、もしかしたら出てきた顔、こっちを向いた顔、こっちに向かってくる顔が、
たまたま同じような感覚?
その殺さないでねって言ってくる顔が、そりゃ殺さんわみたいな顔の場合もあるだろうし、
めっちゃ殺してる、めっちゃ殺してるんだけど、しゃーない殺さないみたいな場合もあるだろうみたいなイメージだね。
いやいやこれは非常に面白くて、なぜならそれってまだ自分の側に選択権があるじゃん。
ある。
殺そうかな、殺さないかなっていう。
考えちゃう。
それじゃないんだよね。
違うの?
殺すなっていうのに対しては、ちょっとこれはまた次回のテーマでちゃんと話すんだけれども、
もう責任を負ってるのよ、それに応答する自分の側ね。
だから自分の側にはもう選択権はないんだよね。
殺すなって言われたら、はい殺しませんとしか言えないっていう。
応答ってそういう意味なんだ。
そうそうそう。
っていうのがあって、なんでここがね、もっとどぎつい責任なんですよ、これって。
あーそうなんだ、じゃあちょっと今の段階で思ってるのと全然違うな。
これはその倫理っていうことは多分問題でもあって、第一回にもそう思うんだけど、倫理って言うと正しいとか間違ってるとか基準があってさ、
それで判断するっていう感覚じゃないですか。
そうだね。
でもこのレビナスの応答責任とか倫理っていうものは、やっぱり他者っていうものがある程度絶対的なもので、
それになんていうのかな、適切な言葉がちょっと浮かばないんだけれども、
法治するとかも違うし、なんていうのかな、従うってわけでもないんだけど、
まさに応答なんだよね。でもその応答が何とか、じゃあここでいう責任って何とか、
改めてじゃあ倫理って何とか、ここからこういった話がここまでをベースにしてやっとできるようになってきましたっていう感じなんだよね。
はいはい、じゃあこの今のわからなさみたいなものだよね。今はさ、向こうスタートなのはOK、そこまではOKで、
それに対してまだこっちの選択権があるっていう意味で、向こうスタートっていう意味で全然言えるなっていう感覚だったんだけど、
やっぱ早いとお話からすると違うっていうところだから、ここからまた次回こそ話に入っていくみたいな感じか。
そうだね、より詳しくやっていきます。もうちょっと補足すると、さっき他者の顔は救いですとは言ったものの、
でも一方でこの他者の顔はイリアなんだよ。つまり不気味で全然わからなくって捉えようないものだから。
なんか日向でしょ、あの怖い目の時の日向ってことでしょ。
そうそうそう、全く理解できないみたいなね、本当に。化け物かみたいに言ってるわけじゃん。妖怪か。
でもやっぱりそういった他者の存在性ってあるじゃん。本当にわからないとか、どう考えても分かり合えないっていう人がいた時に、
なんだろうな、それを現実の特性の人じゃなくって、あらゆる人がそうなんだっていうふうな考え方だから、
そういう時にやっぱりそれは不気味だし、どういうふうにコミュニケーションを取っていいかわかんないわけだよね。
あー、まあそうか。
だからさっき言ったみたいに殺すなって言われてはい殺しません、いやお前は殺しますっていうのは成り立ってるじゃんコミュニケーションが。
あー、そうだね。面白い、そうだね。
でも圧倒的にわかんないんだから、そもそもなんて言っていいかわかんないわけよ、この顔に対して。でも答えなきゃいけないのよ。怖くない?これ。
めっちゃ怖い。
でしょ?
だってさ、なんか言ったら相手がめちゃめちゃブチギリかもしれないし、どこに地雷が埋まってるかわかんない相手が他者全員っていう感覚なのね。
うわー、それは想像できるね。
ね。
怖いね。
だからさっきの兄貴の殺すな殺しませんはまだ自分のコミュニケーション手段とか、相手と分かり合えるっていう前提の応答なんだよね。
なるほど、なんだろうな。この緊張感をどう表現したらいいかって思ったんだけど、そうだね。
例えば仕事とかで言うと、自分が良かれと思ってやったことで超ミスしてしまった時とかに、上司から今回のミスの原因なんだったと思う?って聞かれてる時にどう答えようかぐらいの感じかな。
何言ってもダメそうみたいな。全く今回自分が何に悪いのかもわからんし、かといって目の前で下手したらめっちゃブチギリられる。
どう答えようみたいな、その時の手詰まり感に近いのかな。
まあそうだね、だから上司が何でそれを聞いてきたかもわからないとか、まさにどう答えるのが正解か不正解かもわからないとか、でもまさに問いかけられていて何かを答えないわけにもいかないっていう、そういうシチュエーションはちょっと近いかな。
が全員でしょ。が全員。
が全員だし、兄が言ってくれた緊張感っていう言葉がまさにそれで、やっぱり怖いじゃん。そんなさ、よくわかんない存在と相対さなきゃいけないことって。緊張するしさ、正解もほんとわからないじゃん。
だからこそ倫理が求められるというか、その倫理的な行動というものが大事になってくるって話なんだよね。何が正しいかわかんないんだからさ、でもその正しさっていうものを突き詰めないといけないじゃん。
まあそうだね。
何が正しいかわかんないけど、わかんないのにそれをわかろうとするっていう、そういう営みがここで行われるわけですよ。
単純に倫理を第一実訳の根底に置いたっていう、今あるものを教えたんじゃなくて、その顔と相対する訳のわからなさの中で何が果たして大事なんですかとか、どういうことをするとマナーいいんでしょうねみたいな、そういうことを考えていくって感じなんだよね。