脱線する習慣の重要性
こんにちは、モロトメ ジョーです。
今日もチャレンジしてますか?
さて、12月を迎えて、
今日は、読書の秋ならぬ、読書の冬ということで、
最近読んで、はっとした一冊をご紹介しつつ、
僕たちの習慣について、少し深掘りしてみたいと思います。
その本というのが、谷川よしひろさんが書かれた、
人生のレールを外れる衝動の見つけ方、という本です。
タイトルからして、ちょっとドキッとしませんかね。
僕たちは普段、いかに効率よく目標を達成するか、
いかに無駄なくタスクをこなすか、
そんなレールの走り方ばかり気にしているような気がします。
でも、ふと立ち止まった時に、
あれ、このレールって本当に自分が走りたかった場所なんだっけと、
不安になることありませんか。
今日は、そんな効率化の呪縛から少し離れて、
あえて脱線する習慣についてお話ししてみようと思います。
著者の谷川さんは本の中で、
僕たちがレールを外れられない、あるいは自分だけの衝動、
これを見つけられない原因の一つに、
分かりやすさやコスパ、タイパーへの過剰な反応、
適応があるんじゃないか、というようなことをおっしゃっています。
これ耳が痛い話じゃないでしょうか。
僕自身、パソコン作業の時短術とか、
午後2時に仕事を終えるための効率化だとか、
そういったことを考えていますし、
効率化自体は大好きです。
でもそれが行き過ぎて、
無駄なことやよくわからないことを、
人生から完全に排除してしまったらどうなるか。
結果として、自分の中に眠っているこれが好きだとか、
これをやってみたいという小さくて、
形が定まらない衝動まで、
ノイズとして処理してしまうことになるんじゃないかと思うんですよね。
以前の放送で、退屈な時間を想像的な時間に変える、
そんなお話をしましたが、
まさにそれに通じる話かもしれません。
効率よく生きることは大切ですが、
効率化はあくまで余白を作るための手段であって、
人生の目的そのものではないはずです。
そこで今日は、
具体的な習慣の提案
この本から気づきをヒントに、
人生のレールから良い意味で少しだけ脱線するための、
小さな習慣を3つ提案してみたいと思います。
まず1つ目は、
検索する前に寄り道する習慣です。
何か知りたいことがあったとき、
僕たちはすぐにスマホで最短の正解を検索しますよね。
それをあえて人に聞いてみるとか、
あるいは本屋さんに行ってみるとか、
少し遠回りをしてみるんです。
検索結果には、
あなたが知りたい答えしか出てきませんが、
人との会話や本屋さんの棚には、
あなたが知ろうとも思っていなかったノイズ、
つまり雑音が含まれています。
そのノイズの中にこそ、
次の衝動の種が隠れているかもしれません。
そして続いて2つ目は、
役に立たないことをあえてやる習慣です。
これは以前お話しした、
すごいねと言われるための運動をやめる、
その話にも通じますが、
これをして一体何になるのと人から言われるようなこと、
あるいは自分でも意味がわからないことまで、
あえて時間を使ってみるということです。
尊徳感情を抜きにしたところにしか、
本当の衝動は宿らないかもしれない、
そんな考えに基づいています。
そして最後3つ目は、
違和感を無視しない習慣です。
レールに乗っているとき、
僕たちはみんながそうしているからと、
自分の小さな違和感に蓋をしてしまいがちです。
みんなと一緒。
でもなんか違うなとか、
もやもやするなという感覚こそが、
レールを外れるための大切なシグナルです。
その違和感を気のせいで片付けずに、
ノートに書き出してみる、
そこから新しい実験が始まるんじゃないでしょうか。
というわけで今日は、
人生のレールを外れる衝動の見つけ方という本をきっかけに、
脱線する習慣についてお話ししてみました。
人生は壮大な実験です。
きれいに舗装されたレールの上を最速で走るのもいいですが、
たまには雑草が生い茂る汗道にフラッと足を踏み入れてみる、
そんな脱線を楽しめる余裕こそが、
僕たちの毎日をより豊かに、
そしてユニークなものにしてくれるんじゃないかと、
僕は思っています。
さて、あなたが今日、
効率や正解を求めて検索する手を止めて、
あえて寄り道してみたいことは何でしょうか。
というわけで、
今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。
この後も良いチャレンジを。
それではまた3日後にお会いしましょう。