こんにちは、小説家の岩井啓也です。 ニュースコネクト文化欄のお時間です。
前回に引き続き、小説家の王谷晶さんを ゲストにお迎えしてお送りします。
今回は、10月5日に発売された王谷さんの新刊 『令和元年生まれ ルリカ50歳』を中心にお話を伺いました。
既存のジャンルでは説明しきれない 王谷さんならではの作品です。
また、王谷さんの創作スタイルについても伺いました。 それでは本編をどうぞ。
ゲストは小説家の王谷晶さんです。 よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
先ほどね、ちょっと休憩時間にタトゥーの話をさせてもらってたんですけども。
これ、どれくらい今両腕ですかね?
今のところ両腕だけですね。
どれくらいの期間かけて入れられたんですか?
結構40歳過ぎてから入れたんですけど、
最初はそもそも20代の頃に自分で入れた落書きみたいな。
そうやって自分で、え?自分で?
自分で縫い針に墨汁つけて。
すごい!
本当にプリズンタトゥー、刑務所で掘るタトゥーみたいなやつを。
自家製タトゥーだったんですか?
自家製で入れてたんですけども、
それが40近くになってくると、
さすがにこの年で落書きみたいなの入れてるのはちょっと恥ずかしいなってなって。
その時にたどる道はタトゥー除去するか、
ちゃんとプロにカバーして、その上に綺麗なのを入れてもらうか、
校舎の方を選んで、綺麗なタトゥーをタトゥーアーティストの方に入れてもらって、
それが気に入ったんで、1個入れると他が隙間に見えてくるんですね。
まだかけてないキャンパス。
皮膚が。なんか1個だけ入れてるのもバランス悪いしって思って、
どんどんこの隙間を埋めてったらちょっと両腕がビッチリしてる。
左手終わると今度は右手も空いてるような。
こっちだけ入れてるのもバランス悪いしなっていう感じでどんどん。
やっぱ止まらなくなっちゃうんですね。
そうですね。
かっこいい。
ありがとうございます。
後編はですね、10月5日に刊行されました、
新刊令和元年生まれルリカ50歳を中心にお話を伺っていきたいと思います。
この本私も読ませていただいてすごく面白かったです。
ありがとうございます。
ただですね、あらすじを説明するのがものすごく難しい。
一応ですね、ここに刊元の公式ホームページから持ってきたあらすじがあるんですが、
これを一応読ませていただきます。
首都が埼玉に移転した近未来日本。
大手派遣会社で清掃員としてつつましく暮らしていた下村ルリカ。
50歳の誕生日を迎えたその夜、
親友でルームメイトのユアから現在の定年制度を破壊するための集まりだという怪しげな集団と引き合わされる。
さらに夜中2人の部屋に突入してきた警察官らしき男たちから逃走する際、
ルリカは右腕と右足を失うという瀕死の状態に。
昏睡から目覚めるとドクター天才と名乗る男の手によって、
オルガンマシン増持機械と融合し異形の姿へと改造されていた。
波風立てず穏やかに誰よりも普通に生きてきたルリカ。
国民の義務である定年まで元気で過ごすそれだけが最大の幸福であり望みだったのだが…
ということでございますが、これで説明できた気が全然しない。
まあでも一応この通りのことは起こるんですけれども。
本当のことは間違いなく起こりましたね。
定年というのはカッコつきの定年ですね。
そうですね。
だからまあはっきり言うと今の社会でいう会社の定年するという意味とはちょっと違う。
そうですね、ディストピアものというか、そういう設定の近未来、若干SFの入ったという話ですね。
そうですね、ジャンル的に強いて言えばSFアクションとかボディホラーとかみたいな感じになるんでしょうけど、
なんかねやっぱこう、僕はもっと大きい感じたのは、僕は大西さんは神話を書こうとしたんだなって思ったんですよね。
神の誕生を書こうとしたんだっていうのをすごく思って、神話としか最後までの時に言いようがないなと思って、
それこそ作中でもルリカが神ともしかしたら勝負されるんじゃないかって思わせるような描写がありますけど、
でも本当にそうだなと思って、最後まで読んだ時にこれ神様の話だったのかもなと思って、
日本誕生みたいな話なのかなって思ったんですよね。
これはまあ先ほどの前編でも少し話しましたけど、結構長い期間かけて書かれたんですよね。
そうですね、小説スバルに月間で連載で始めさせていただいたんですけれども、
最終話の一個手前ぐらいで完全に脳みそがストップしてしまって、最終話を上げるまでにものすごい間が開いてしまって、
2年くらいかかりましたかね。
もうこれは何がしかの制裁が加えられてもしょうがないと思うような。
終焉者から。
それでも本当に2年くらいぐちゃぐちゃだったんですけど、頭の中がようやく書けるっていうのが何かのタイミングできて、
でやっと終わらせることができたっていう形ですね。
でも本当にこの話のラストってすごい難しいなと思ったんですよ、僕も書き手として読んでると。
難しかったです。
もうあと本当に10ページくらいしか残ってないけど、これどう決着つけるんだろうっていうのがすごい難しかったんですけど、
こうなっていくのかっていうのを読んでやっぱり僕は神話なんだなってすごい思いましたね。
めちゃくちゃいろんなパターンを考えたんですよ、終盤に近づく道でどうやって終わらせよう。
どうしたらその主人公の下村瑠璃香に今までこの終盤まで付き合ってくれた人が納得するだろう。
もしくはその下村瑠璃香っていう主人公が自分の中でも納得した人生を会いませられるだろうっていうことを考えてだいぶいろんなパターンを書いてあげて書いてあげて、
しかし最終的にこれこそが下村瑠璃香の人生だって思うものが引き当てられたんでそれを書いたっていう感じですね。
すごい最後まで瑠璃香に寄り添ってくれたなっていう、そこがあるのが多分太谷さんの他の作品も含めて、
安心感って言ったらいいんですかね。多分その感覚だけは裏切られないだろうなって思って読むことができるんですよね。
太谷さんは絶対に主人公に最後まで付き合ってくれるというか、最後まで主人公の味方で多分いてくれる書き手なんだろうなって思える、そこの安心感がなんかある気がします。
それはでも言われてみて確かに味方というか、最後まで見届けるぞって気持ちではいつもいる気がしますね。
いいことになってもひどいことになっても、とにかく主人公とは最後まで付き合うのが義務というか勤め書き手としてのっていうのは多分意識してるかもしれないです。
だからこそ途中どんなにドライブしても絶対に最後まで連れて行ってくれるっていう安心感があるので、それはすごく太谷さんの作品を出て素晴らしいところだなって思いますね。
ありがとうございます。
最後まで付き合うって本当に結構難しいことだなって僕も最近思ってて、なんか突き放そうと思えば多分どこででも突き放せちゃう。
そうですね、やれちゃう。
その方が多分作品としてもしかしたらなんかね、今って紙もすごく高くなってるじゃないですか。
だからもう編集者と会うともう短くしてくれ短くしてくれって言われるんですけど、そういう事情とか考えてもだからある程度のところで本当は突き放しちゃった方が
もしかしたらまあいろんな意味でもなんかいいのかもしれないけど、でも多分太谷さんはそれをしないだろうなっていう最後まで絶対付き合ってくれるだろうなっていうところがあるので
これは多分口で言うよりも結構難しいことをやられてるんだろうなってすごく思いますね。
そもそもこの作品を書こうとなった経緯とかってちょっと聞いてもいいですか。
何だったかな、だいぶ前になってしまったので。
もうちょっとスケールのデカい話というか、SFファンタジーな要素の入った、通常では起こり得ないものは起こることが書きたかったんですね。
ババヤガとかそれまで書いてきたものって比較的この突拍子もないことはあっても現実で起こる範囲内の話だったんで、もうちょっと超自然的なものが書きたいなっていうのと、あとおばさんが暴れる話を書きたい
っていうのがあって、
50歳ぐらいの女性が主人公の話って意外とそこまでない。
ないですよね。
これがおばあさんとかになるとまたちょっと違うジャンルあるんですけれども、おばあさんって結構ブルーオーシャンだなと思って。
ブルーオーシャンだと思います。しかも不倫とか恋愛とかそういうのじゃなくて。
お仕事系でもなく、おばあさんが強大な力を持って大暴れしたらどうなるだろうっていう、本当になんかそういうヨタ話みたいな発想から書けるなと思って。
しかもいい人のおばあさんですもんね。
そうですね、本当に普通のどっちかっていうと気が弱い感じで、何か野心とかそういう人をしのけて何とかしようっていうタイプでもなく、もうどっちかっていうと地味で目立たないタイプの人っていう。
そういう人が不本意の部分もありつつ暴れることになるという小説ですよね。
ババヤガンは戦おうと思ってる人が戦う話で、もうそれは結構自分の中でガッツリ書いたので、今回は戦おうと思ってない人がものすごい力を手にしたらどうなるっていうのをちょっと書いてみたかったっていうのは
ありますね。
かなり長い500枚以上多分あると思うんですけど、結構借り込んでね短くするタイプだということなんですが、今回は多分最長ぐらいですかね。
今までで最高に長いです。
切り詰めて切り詰めてもやっぱりこの長さが限界だなっていう印象なんですかね。
単行本化にあたってだいぶ削ったんですよ、連載の時よりもさらに。
連載っていう形式もあったので、結構長くかけてしまうっていうのがあったのかなと思うんですけれども、この風呂敷閉じるまで、開けて閉じるまでこんぐらいの枚数はいる話だったのかなとも思いますし、
でもババヤが読んだ方からこれを読んだらだいぶこの、私別に読み飛ばすの悪いことだと思ってないんで言っちゃうんですけど、読み飛ばせるような部分が多い文章になってるなとは感じられるかなと思いますね。
なんていうか緊密、もちろんババヤが読むのも緊密な文章ですけど、ルリカはより一般文芸っぽい文体というか。
そうですね、なんか意識の流れじゃないですけど、基本その主人公下村ルリカの視点で綴られてる話なので、その下村ルリカの混乱であったりとか、なんかこの考えが脱線していくところとかそこも含めてアクション小説
に取り入れたら、面白くなるかどうかわからないけどちょっとやりたいことではあるなっていうこともあったんで。
ババヤ画の慎太郎寄り子に感情移入できるかといったらなかなか難しいですけど。
めっちゃソリッドな人なので。
でも下村ルリカは多分多くの人にとって自分もこういう面あるなっていう人なんで、そうなるよなーみたいな感情移入のしやすさみたいなところもすごくしやすい、読みやすいのかなと思いました。
結構直しも入ったんですか?連載も結構借り込んだということは。
借り込みはしましたね。大きな変更とかはそんなにないんですけれども、また表現をちょっとマイルドにしてくださいっていうようなことを言われた部分はいくつかあって。
ディストピアものなので、最悪の状況を描きたくなるわけじゃないですか。そういう作家って。
チンタラを描いているうちにリアル世界の方がどんどん最悪になってきてしまって、もうここは今回の本に限らずあらゆるフィクションを作っている人が今最も困っているであろう悪役を描くのがむずい。
そうなんですよね。
現実がめちゃめちゃ過ぎるっていう。
このルリカ50歳には明確な一個人としての悪意を持って悪をなす悪役みたいな人って出てこないんですけれども、
そういうふうになったのもやっぱりそういうザ悪役を出すのが今めっちゃ難しいと思ったからっていうのもあるんですよね。
だからシステムの悪さをちょっと描こうっていうのは意識しました。
本当にシステムの話だと思うんですよね、今回。
やっぱりシステムの話なんですけど、これも結局現実のシステムを早期させるものがすごく力としてありますよね。
僕も悪役を描くのが難しい問題っていうのは感じてて、ちょっとイメージ違いかもしれないですけど、
誰を描いても現実世界の誰かとか何かと似てしまうっていうことを絶対早期されてしまう。
それは要は現実世界が今めちゃくちゃになっているせいなんですけど、
でもフィクションである以上そこからはやっぱりある程度は自由になりたいから、そこの距離感がすごく難しいなと思ったんですけど、
今回の作品も読んでいるときすごくいろいろな現実の問題がいろんな意味で早期されるんですよね、本当に。
そこはむしろ多分距離を置いて描かれたいんだろうなと思ったんですけど、結果的には程よい距離感になっているというか。
描いているうちにいろんな精度とか世の空気の流れとかが変わっていって、話したつもりが寄っていっちゃってるところとかがあって、
もうこれはしょうがないな。
向こうが寄ってきたみたいなね。
もう世界がものすごいめちゃめちゃを描いたつもりだったのに、なんか私がやっている不謹慎なことよりリアルの人のやってる不謹慎のほうが結構度合いが強くないですかって思ったりして。
ディストピアになってないみたいなね。
なんかね、ちょっと作家として面目ないなと思うみたいな。
そんなことないですね。
リアルに勝てないという。
でもなんか本当にたまにありますよね。リアルのほうがえげつないこと起こっちゃったなみたいなことって。
全然ありますね。フィクションで描くからには悪いものってある程度筋が取ってないという。
読んで納得していただけないじゃないですか。
でも実際の悪いのを見ると、そうはならんよろみたいなのが。
なんでやねん。
もう本当になんでそうなるのっていう。
筋なき悪意がね。
そうなんですよ。めっちゃがめっちゃがで。
でもそれをそのままフィクションでやるとめちゃめちゃすぎるで終わっちゃう。
でもリアルはめちゃめちゃ。
フィクションのほうが逆に真面目に筋の通った悪を描かねばならないっていう。
交換がもててしまう。
ちゃんとリアルの悪人よりちゃんとしてる悪人を描かざるを得ない時とかあったり。
なんかありますよね。大谷翔平が漫画に出てきたら絶対編集者にダメ出したり。
ピッチャーとバッター両方で成功する奴いないだろうみたいな。
将棋の藤井さんとかにもないないって言われちゃう。
それが悪い意味でも今ちょっと起こりつつあるっていうことだと思うんですけど。
事件物とかでもありますね。
やっぱり小説家として僕も何回か事件を集めたことがあるんですけど。
そのやっぱり真理を知りたいんですよ。なんでそんな事件を起こしたのかっていう真理を知りたくて小説の中ではそういうふうに書くんですけど。
現実の事件って結局最後まで理由なんか全くわからないことの方が大半で。
たまに虚しくなるんですよね。
これって言い訳を与えてあげてる作業なのかとか。
本当に何の論理もない悪っていうのがこの世にある気がするのにそれに対して背景があるんだよみたいなお墨付けを与えちゃってるんじゃないかみたいなことを感じちゃうこともあるんですよね。
そこは自分もなんか犯罪的な恋を書くときになんか葛藤はありますね。
なんか理由があった方がお話としては綺麗にまとまるけどこれこれこういう理由があってこうなっちゃいましたよって納得してもらうことが果たしていいことなのかっていうのは。
なんか悪役の背景を書きすぎること自体がどうなんだろうとか思ったりもします。
ありますね結構それはなんかエクスキューズをつけちゃってるんじゃないかとか。
そういう意味で僕はババヤガの夜でそれこそ鎮人ゆり子が暴力性を持ってるっていうことに強い理由が書かれてなかったのは僕はすごくいいことだった素敵なことだと思う。
ありがとうございます。
例えばなんか幼少期に襲われてとかなんかそういう血筋があってとかっていう理由付けがなくなぜか持ってたっていうのはすごくある種リアルだなって思いました。
そうですねそこは本当に意識して書きたかったところで特に本当に女性がアクションするというとフィクションだとなんか復讐のためとか具体的な理由がないとなんか入り込みにくいみたいなのがあるけど本当に
男性もののアウトロー作品みたいにほとんど妖怪とか怪異みたいにフラッとやってきて暴力を振るって帰ってくるみたいなそういう存在をかけたらいいなと思って。
なので理由は本当に生まれながらになんか納豆が好きなのと同じような感じで暴力が好き。
まさにババ屋が鬼ババですね。
そういうところもすごく、あとやっぱり神官の話に戻るとその前半も少し言ったかもしれないですが全てが必然になってる。
たぶんエンタメとして少しキャラクタリスティックなところもあると思うんですよ。
特にセリフ回しとかはなんとかだわーだったりとか。
そうですね結構それっぽく。
それっぽくたぶんいろんな人がね。
ガレキっていうことも出てきますけれどもその子の喋り方も結構乱暴な感じだったりとかそれは小説のエンタテインメント的なところもあると思うんですけど
そういうキャラクターがただキャラクターとしてあるだけじゃなくて、物語の色付けとしているだけじゃなくて、そのキャラクターだからこういう展開が起こるんですっていう必然性に全部矢印の方向ががっちりかみ合
ってるっていう感じがすごくして
これを確かに500枚以上書くっていうのはすっごい大変だろうなって思いました。
今後もやっぱりこれぐらいの長いものを書いてみたいとかってあるんですか?
そうですね長さは短編の方がやっぱり得意か不得意かで言うと得意なんだろうなと思うんですけども、でも長いのを書く楽しさもなんとなく味わったのでまたちょっと長めのやれたらなっていうのがありますね。
まあエンタメになるのかな、基本エンタテインメントの人でありたいとは思ってるんですけどなぜか文学会さんとか文芸さんとかにもよくわかんないんですよ自分がなんで文学会とかにかけているのか
トリッパーとかもそういう目指しですしね
でも僕も思いましたよこれ文学作品だなって思いましたよやっぱり
それこそババヤがもう少子痛が文芸
そうですね文芸だいぶもうプロットの時点でもう後書きとかにも書いたんですけどこれいいんすか文芸だったんですけども編集者がいいっすよって言ったんでじゃあもう載せたのはそっちの責任という
書いただけですって
でもそこがやっぱり一番の魅力というか僕もあんまりそもそもカッチリジャンル分けすること自体は好きじゃないんですけどやっぱそこすごくもうぶち破ってる感じがするんですよ
軽やかに飛び越えてるとかっていう言い方ありますけど大谷さんの場合は関係ないよってぶち破ってる感じがすごくしてなんかそこへの魅力って僕めっちゃあると思ってて
ありがとうございます
大谷さん作品って絶対何らかの仕掛けがあると思うんですよ毎回その多分エンタメ的な意味でのなのかもしれないですし視点とかいろんな意味合いがあるんですけど
でも最近いろいろこう読んでて思うのは意外と純文畑の作品の方がそういうチャレンジってすごく積極的にしてるなっていうことを結構感じるんですよね書き方とか
そうかもいろんな調節ジャンルありますけれども純文が一番何やっても怒られないっていう本当に何書いても中にはちょっとここはって言われたことある純文の作家さんも大勢いらっしゃると思うんですけど
今のところ内容に関しては原稿遅いとかは別として内容に関しては怒られゼロが純文フィールド
それはやっぱねそう意外とエンタメでやってるとやっぱそのエンタメの編集者の人って結構ねここはちょっとまあこういうセオリーがあるから的なこととかキャラがもうちょっと立ってとか
もっと言うとこういう素材でとかいうこともあるので NGもちょっとあったりしますし
これはちょっとあのあれしてもらわないとあれになっちゃうんでそれがこれであれになっちゃうよみたいな
あれになっちゃうのはまずいからそれにするかみたいな
それこそババヤガとかは僕多分文芸エンタメ系の雑誌だったらいろいろもっと言われてた可能性あると思うんですよ
そうかもしれないでもこれもねあの最初もうちょっとこうグロテスクなシーンも多くてそこは若干全体のトーンの調整でババヤガも少し削ったんですけど
逆にこのルリカはあのグロシーンに関しては何も言われなかったです
素晴らしい素晴らしいのか
結構スプラッターな
結構ありますね
先にちょっと苦手な方もいるかもしれないですけど
人間が真っ二つになったりとか造物がすりつぶされたりとかいうシーンも結構出てきますね
80、90年代に欧米で一瞬流行ったスプラッターパンクっていうジャンル小説のものが結構読み手として好きで
クライブバーカーの血の本シリーズとか今度復刊しますけど
あれでもスプラッターパンクってやっぱり読み手も書き手も結構男性が多かったジャンルではあったと思うんで
それを今現代自分でやれたら楽しかろうなっていうのは
なるほど
スプラッターをやりたいと思って結構楽しく書いてはいました
でもそれこそ復刊の話とかもそうですけどなんか最近ボディホラーっぽい作品ってちょっと増えてますよね
映画でも小説でも結構増えてる気がします
なんかまたそこのサイクルが今一つ入り始めてる気がしますね
僕ももともとそんなにすごく見るタイプじゃないですけど
全然見るのは割と平気なタイプなんですけど
多いなみたいなその痛みとかちょっとワッていうような感じが結構出てくる
なんかテーマとして扱ってる映画はすごい増えたなっていう
特に映画でやっぱ増えた気がしますね
増えてます増えてます
だからそこらへんちょっと話戻るんですけど
なんていうんですかねその仕掛けが絶対あるっていうところのチャレンジングなところが
多分そのジャンル関係ないというかエンタメでもあるし純文学でもあるっていうところだと思うんですけど
僕も何回も言ってますけど君の6月はこれですごく好きなんですけど
この小説もやっぱりすごく仕掛けがある
そうですね
そこのところがなんていうんですかね
ちょうど真ん中のところでやられてるから書ける小説なんじゃないかなって思うんですよね
だいぶ好き勝手やらせていただいてるとは思ってて
各ジャンルの押さ方とかをあんまりちゃんと守ってないから
逆にそのしっかりしたジャンルの場にはあんまりお座敷かからないんですけれども
逆にノンジャンルのところからは結構気軽にお声をかけていただく
最近結構自分で受けてびっくりした依頼は雑誌のアンアン
アンアンのもうすでに刊行されたやつなんですけども
1年で一番売れるらしいという愛とせっかく
短編小説書いてくれませんかって書いたんです
あまりにも予想しなかったお依頼だったので
いいんですかみたいなこちらの直し口とかこういうタイプの書き手ですけど
よろしおすかっていうのを2点もう愛とセックス特集なんで
そのような内容にはしていただきたいですけど組み合わせはどのようなものでも結構です
おーなるほどそうかそうか
キップのいいお返書をいただいたので
横田さんそれ受けたまりますということを書かせていただいて楽しかったです
素晴らしいでもアンアンそうか私はまだ書いてないですね
アンアンをついにアンアンに書くことになったかっていうこのすごいセクシーな表紙の
男性のね男性の
裸体がねちょっとこう
田舎の両親が買ったらしくて申し訳ないこと
申し訳ながらないんだけどそっか買ったかって
応援してくださってね
あの両親とても応援してくれてるので
それこそなんていうんですかね性的なことで言うと前にインタビューで悔やな話以外は
なかなか意識しないと書けないということもおっしゃられてたそうですけど
ルリカもそうですしもちろんババヤガだったり他の作品もそうだと思うんですけど
それはこう意識しているわけではなくもうそうなっていく
そうですねやっぱりその
まあ言い方悪いんですけど男女の関係にあんまり興味が薄いというか
なるほど
私あのスポーツにも非常に興味が薄くて
これは言うと怒る人いるかもしれないんですけどユニフォームを着ている選手って全員同じに見えるんですか
街ではよくコンビニのキャンペーンとかで野球選手の旗があったりとかサッカー選手の旗がいろんな街で見るじゃないですか
もう自動フィルターであれを透明にしちゃってるんです
野球選手という一個の存在に全部なっちゃう
そうですねもうそれとまあそこまでじゃないですけど男女関係って興味のランクがだいぶ下の方で
なので格にしてもまずトップに発想としてアイデアとして湧いてこない
でそのネタを考えているうちに
これはもしかして男女のカップがちょっと話の展開的に必要になってくるんではないだろうか
ってなってから考え始めるっていう感じですね
必要に迫られてって感じですよね
そうですね
だからなんか本当に興味が薄いだけ
それは野球とかサッカーに対する興味と同じ
そういう小説を書かないと同じだということですね
そうですねだから私になんで野球小説書かないんだって言ってくる人はいないと思うんですけど
まあ確かに
書いてほしいとかだったらね
頑張って調べてね
いや書けませんすいません
そっちが
いやわかんないですけどねなんか今後野球物にハマったら書くかも
まあそれは置いといて
まあまあまあ興味がないっていうただシンプルな
まあ薄いゼロじゃないんですけど薄めではあって
なぜ女性同士男性同士なんですかって聞かれるのは
まあまだそういう過渡期なのかなっていうのが少ないからなそういう話がっていう
本来的にはそこって全く理由が必要ないというか
それこそねさっきの話じゃないですけど理由が何かあってなってるわけじゃないから
村上春樹先生になぜ男女の話なんですかって聞く人いないじゃないですか
そうですね
渡辺淳一先生とかになんで男女なんですか
なんで男男でもいいじゃないですか
なんか宇宙人と男とかでもいいじゃないですかって思うんだけど
誰もそんなこと聞きはしないわけで
これもやっぱねエンタメではたまにあることで
僕も前なんだったかななんかまあまだプロット段階だったと思いますけど
これってそのなんかまあ言い方悪いですけど
これってなんで男同士とかじゃダメなんですかみたいな時に
意味がないんだったらそれが読み手にとってはノイズになっちゃうみたいな言われ方をされたことがあるんですよね
そうかと思って
まあよう言われますけどね
その良くない使い方の言葉としてのチェーフォフの銃みたいな
そこに登場したからには意味がなくてはいけないみたいな
でもねなんか意味があってなんかそういうわけじゃないから
まあフィクション全般そうですけど人間が作って人間が受け取るものじゃないですか
リアルワールドでは全然同性愛者とかバイセクシャルの人とか他にもいろんなセクシュアリティとかジェンダーの人がいるわけで
現実はそうなってるので小説のフィクションの世界でもそのように私はいたしますよというだけの
それだけの本当話だと思うんですよね
僕も今のところは書いてないですけどすごく書きたいなと思ってて
一つあるとしたら僕はストレートなのでその気持ちが本当にどこまでリアルに
作家としてできるかどうかっていうハードルは感じますけど確かに
私も男女書けるんでいけますよ
でもそうなんかそれを書かない理由がむしろないよなっていうのはすごく思うんですよね
男女ものをしっかり一回ガッツリ書いてみたいとは
なんかまあネタができたら難しかろうなと思うんですけど
多分その私ホワイトカラーの職場で働いたことないんで
オフィスを書くときにめっちゃ取材をしなきゃいけないんですが
それと同じぐらい異性愛者の人に取材をせねばとすごく思いますね書くとしたら
そうですねそれはどちらにとってもそうだと思いますね
やっぱ取材と調べ物で結構基本はそこじゃないですか何を書くにも
まず調べるのとリスペクトがあれば
やっぱり書く以上はそこはリスペクトを持ってほしいから覚悟がある人いるけど
覚悟を求めるっていうことは結局その対象に対して特別視してしまってるっていうことと裏返しでもあったりする
お行儀良ければいいのかっていうのもまたちょっとフィクションと違う気もするし
もうそこはもう自分でかけ分けかけ分け
仮に何かちょっと間違った方に進んだとしてもそれの責任は自分で取るっていうので
覚悟って言ったらそういう方面ですね
そうですね
どの道に進んでも尻は自分で拭くしかないという
やっぱ小説家って自分で全部尻拭けるのがいいとこです
そうですねそれはあると思います
全責任は著者ですっていうことの方が気が楽なタイプの人がたぶん小説家になってるんだと思う
そういう気質の人がやりやすい仕事なのかも