2025-06-14 41:25

vol.117 自然資本 × デザインの本を書いてます -自然は怖いが怖くない-

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サマリー

このエピソードでは、高橋さんと奥田さんが自然資本をテーマにした本の執筆について語ります。特に自然資本の重要性や森林ディレクターとしての視点に焦点を当てています。また、日本人の自然観とエコ意識について考察し、環境を守ることが自己犠牲ではなく生活の向上につながるべきだと論じています。さらに、自然に対する恐怖心が環境へのアプローチに与える影響についても触れています。加えて、自然に対する恐れとその克服の方法、自然資本の重要性に対するデザインの視点からのアプローチが探求されています。滝行や山登りなどの体験を通して自然との関係を深めることが述べられています。

本の執筆過程
自然と生きるを考える? 自然資本論〜
この番組は森で働くことを愛する高橋と奥田が、マーケティングやデザイン視点を持ちながら、森、海、里など自然資本を巡る話を面白おかしくしていく番組です。
はい、高橋です。
はい、奥田です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今日は高橋さんと2人で話しましょう。
久しぶりかな?
久しぶりな気がします。
そうですね、確かに。
はい、元気ですか?
元気です、元気です。
本当ですか?
僕もまた色々ありそうなので、どこかでご報告はしますけど、奥田さんの方は大変そうですね。
なんか今、本書いてるんですよ、僕。
僕、奈良ヤマトワのメンバーシップで動画、YouTube。
ビデオポッドキャストね。
そう、ビデオポッドキャスト。聞きました。
なんか宇宙飛行士の方とも話をしたりする。大変そうですね、本格の。
びっくりした、びっくりしました、マジで。
今はまだ作業中ってことですか?
5月の、今20日なんですけど、中旬ぐらいに一回ざっくり書き上げて、ただまだ事例とかを入れていくんですけど、それが手についてないんだけど、一回編集者さんにお願いしますって。
とりあえず一回投げてたってことですか?
一回投げてて、本当に連休前からヤバいなこれって思ってて、一応連休明けに一回出しますって話をしてたんですけど、書き始めたらめっちゃムズくて。
最初多分は、ちょっと内容どういう内容かわからないけど、高校生みたいな形でショーだって多分するじゃないですか。こんな内容を書こうと思って、みたいなところからスタートして、そこから多分中身を入れていく感じですよね。
そうそうそう、そう思うじゃないですか。
そう思う。
多分それ正しいやり方なんでしょうね。
でも一旦、やっぱり数万字というかね、結構な文章量を書かないといけないじゃないですか。
ですよね。
だからとにかく、なんだろう、書いてかなきゃなみたいな感じで。
で、一旦構成案も出してたんですけど、去年の年末ぐらいに。
結構早くなってるですね。
そっから何もやってなかった。
で、その構成案出して、いいと思うので一回書いてみてくださいって言ってもらって、よっしゃいいんだみたいな感じだったんですよ。
でもその構成案って結構なんだろう、今まで考えてきたことを並べて見て、その中で伝わっていくといいなとか思ってたんですけど、書き始めていくと、同じこと言ってたりとか。
なんかあれですよね、同じ話に帰結することあるもんね。
そうそう。見出しは違うんだけど、あれちょっとね、これちかしい話になってるなみたいな。
終わり方がね。
あとは読んだ人が、言ったら僕なんて全然無名のプレイヤーだから、僕の思想がどうかっていうことよりも、どういうふうに考えていったらこうなるよみたいな話が大事だと思うんですよ。
なるほど。
創造的な作業と苦労
その自然資本を生かしていくためには、こういうふうに考えていくことが大事なんじゃないかみたいな、順序立てが必要だと気づいたときに、もうめちゃめちゃ大幅に書き直しというか。
いやそうだよね、確かに。だってね、何ページの本書きになるのかはちょっとわかんないけど、一冊を通してどうメッセージ使っていくのかってめちゃくちゃむずいよね。
いやほんとそうなのよ。だからそれに気がついて、しかも読み直すのにもう数万字また読み直さないといけないじゃないですか。
ですね。
だからもう一貫性あんのかなとか、すげーどんどんわかんなくなってきて。
でもその辺やるのが編集者じゃないの?本当は。
まあそうかもしれないけど、でもやっぱり編集者さんもそんなに作家さん一人一人にそんなにコミットできないじゃないですか。
まあまあいっぱい持ってるとね。
だし、言ったら僕なんて一番こう、新人というかね、ぺいぺいだから、まずは書いてみてくださいっていうことだと思うんですけど、
確かに。
だからそれで下手なもん出せないじゃないですか。
そうですね、もう訳わかんねえなって思われるとちょっと大変だよね。
そうそう、あらーみたいな、直し大変ですねーみたいになったらもう立ち直れないからさ。
そうですね。
っていうのでゴールデンウィーク中めっちゃ書いてたんですよね。
うーん、なるほど。
でもそれすげー楽しくて、なんか文章書くの楽しいなーと思って、
それが楽しすぎて5月のその2週目ぐらいまで引きずってたんですよ。
あーその楽しさを。
楽しさというか、もうちょい直したいみたいな。
文章本当に直す作業ね。
そうそうそう。夜ほんと僕、マジでファミレス行きすぎて、
いつもいるスタッフさんがいるんですよ、お店に。
ホッタさんっていうおばちゃんが。
はいはい。
マジで本書けたらホッタさんにプレゼントしたい。
毎回いるなあいつって絶対思ってるでしょ。
そう、毎回いるなあだし、いつも優しいんですけど。
そうなんだ。
そうなんですよ。僕が11時過ぎぐらいに帰ろうとすると、
今日早いんですねって言われて、もう早いんですかみたいな感じで。
すげーな。
お仕事頑張ってますねみたいな感じのニュアンス。
だからすごいありがたくて。
そうですね、そうやって見守っててくれると。
別の、結構ファミレスをはしごしてるんですけど、
別のファミレスだとちょっと迷惑かけてませんよみたいな。
奥田さん側がね。
そうそうそう、感じしてるんですよね。
なるほどなるほど。
その本が書いてて楽しいから書いちゃってたら、
普通の仕事の方もやんなきゃいけない。
両立がほんと難しくて。
だからやっぱり一気にやっていかないと、
ペース乱れるというかやっぱり難しい。
集中力というかね。
とかこれについて書いてるとか忘れちゃうじゃないですか。
まあそうですよね。
だから一気に書く場合はほんと一気にやるしか。
会社員とかだったらまだ夜の時間に書くとかが切り替えられると思うんですけど、
むしろ昼打ち合わせ、夜処理みたいな感じだから。
でさあそこから書くかの体力がないんですよ。
なるほど、まあ確かにね。
そうだから連休中めっちゃ楽しくて、
すげえよかったんで皆さんぜひ楽しみにしてほしいなと思うんですけど。
それはいつ頃あれなんですか。
順調にいけばいつ頃。
いつなんだろう、秋ぐらいじゃないかなと思ってるんですけどね。
来週打ち合わせがあって、そこで相談するのかなって想像してます。
なるほど、それはヤマトワのこと書いてるっていう感じ、中心としては。
えっとなんだっけな、
森林ディレクターとしての視点っていうのを中心にしながら、
ヤマトワでやってることを事例として紹介するみたいな感じの立て付け。
なのでヤマトワの創業物語とかでは全くなくて。
じゃあどっちかというと森の見立てをどう変えていくのかっていう話の中で出てくるっていう感じなんですね。
そうそう、まさに。
そこにフィンランドの林業が先進国として取り扱われてるけど、
日本の先進性について目を向けた方がいいんじゃないかみたいな話とかいろいろ書いてて。
それで書くことですごい頭まとまったのと、ちょっと足りないとこ調べたりしてて。
そういう意味でやっぱいいですよね。
そうでしょうね。何万字書いてるのかちょっとわかんないけど。
ノートで1記事書くのと全然違うからね。
読者に影響を与える本
そうそう、でもノートの気持ちになっちゃうね最初。
書き始めというかね。
直し始めてクオリティが上がっていったんですけど、
なんていうんだろう、書いててこれについて詳しく書こうとすると文字数が増えるなっていうのと、
構造的に書こうとすると結構難しいなっていうのが思い浮かんじゃうと、
結構飛ばしたり簡単に書いちゃったりしてて、面白くないことになってたりするんですよ。
そうなんだ。
そこが何ていうんですか、その作業量が見えるって多分いろんなことをやっていくとそうなるじゃないですか。
これ多分こんぐらい時間かかるなとか、これをやろうと思ったら2時間かかるなとかっていうのって、
物作りでも企画でも何でもそうだと思うんですけど、文章においてもこの道に行くと時間かかるみたいなのが見えちゃうから、
それをショートカットしようとして結局遠回りになる人も。
そうだよね、全体が長いからね。
やってた。
なるほど、大変そう。
でもそうか、そう考えると今は書籍の方も書いてて、シーズではマガジン作ってみたいな感じで。
そうですよ、シーズマガジンもようやく販売開始して。
めっちゃ面白かったです。
読んでくださってありがとうございます。
いやいや、あれも結構長くかかって、取材があちこち取材して書かれてる感じだったから、あれはあれでまとめるのも大変だったろうなっていうふうに思うけど、
でも書籍を作るのとはまた全然違いますもんね。
全然違う。
そうだよね、しかも自分で書いてるわけじゃないパターンもね。
一応シーズマガジン編集長っていう肩書になってるけどさ、皆さんが一緒に取材行って、僕はどっちかというとインタビュアーをやって、一緒に行ってるメンバーが書いて、それを確認してみたいな感じだったんですよ。
なので、しかも雑誌一冊の中でいろんな意見があるから面白いみたいなところもあるじゃないですか。
そうですね、確かに。
だからなんか一貫性、個人の主張の一貫性とかじゃなくていいから、すごくその素材が集まってくると何とか形になってくるみたいなのがマガジンなんで。
うん、なるほどね、確かにね。なんか一つの方向性はある程度あるもののまとまりきる必要はないっていうところですもんね。
多分そうだと思うんですよね。やっぱり雑誌ってそれが良さであったりとか、脈絡があるようでなかったりないようであったりするっていうのが、どっからでも読める面白さだと思うんですけど。
まあそれでヒップシーズマガジンは割とテーマに沿った雑誌になってるんですけど、それでもなんか全国一緒に旅するような感覚でスケールについて考えようみたいな感じだったから。
そっちの方がやっぱり構成もしやすいし、みんなでチームでやるぞみたいな感じだったんで、すごい良かったです。孤独で。
確かに確かに。読み終わって思ったけど、やっぱり初めから多分読んだ方がシーズマガジンは多分すんなり入ってきそう。
うんうん、確かに確かに。
うん、その、まあ旅してるっていうところももちろんあるんだけど、内容の作り方とかも頭から読んでった方が、なんだろうね、考え方とかがいろいろスムーズにインプットされていくっていう感覚はあるかもしれないですね。
シーズマガジンはまさにちょっとそういう本っぽさがあるよね。
そうそう、一個一個もちろんね、語っている方も別々だし、全然内容も違うんだけど、それでもそういうところはあるかもしれない。
結構多分取材の順番も近いんですよ。台割りの、目次の順番と取材順も、全部がそうじゃないけど結構つながってるから、自分たちのアップデートがちゃんと反映されていくっていうのはあるよね。
なるほど。
いや、そうなのよね。なのでちょっとだいぶ、僕は何屋さんなんでしたっけ?
今日、書籍の話しかしてないからね。
そうですね。でもそれも自伝子本とデザインについての本を今書いてるんで、なんかそうですね、たくさんの人に読んでほしいし、その中で誰かのヒントとか行動の助けになったらいいなっていうのをめっちゃ思ってて。
はい。
僕も20代の時に、今思い浮かべても3冊ぐらいの本がキーになっているというか。
そういうのあるんですね。
そうなんですよ。考え方とかの点で、わりとこの3冊にめっちゃ救われたなみたいなの、わりとあるんですけど。
へー。
そういう本になりたいというのはおこがましいとしても。
はい。
なんかそうやって、自伝子本と一緒に生きるってありえるんだなみたいなのとか、わりとの仕事のあり方って結構考えられそうじゃんみたいなのが、何人かでも繋がっていくとめっちゃ嬉しいなと思って。
いやーそうですよね。あとはいつも言ってるけどね、それで実際自分は何したらいいんだっけ問題がね、あとは出てくるし、どう行動したらいいかのところにどう紐づいていくかがきっと重要だから、その場作りをしていかないといけないんでしょうね、でも実際は。
確かに。
いやこれ難しいですよね、なんか制度とか政治の話になると、もうお手上げ?
自然との向き合い方
自分たちがコントロールできる領域じゃないところですね。
そうそうそう。で、じゃあその自分たちができる範囲でやることにどれぐらい意味があるんだろうみたいに思ってしまうっていうのはすごい理解が、理解するというかわかるっていう感じなんですけど。
うん。
いやでもそうだよな、なんか考えてると不思議な気持ちになりますよね。毎回思うけど、もうあのウルフルズの明日があるさじゃないですけど、どうして俺は頑張ってるんだろうっていうこともありますよね。
まあまあ確かにね、世の中はよくしたいものの。
あれ何でだっけみたいな。面白いからかみたいな感じだと思うんですけど。
まあそうですよね。最終的には多分やっぱりそこが重要じゃないですか、面白いからっていうところと、あとは多分自分のためっていう、他人軸にならないっていうか、人のためになることも多分めっちゃ重要だと思うんですけど。
自分がどう思えるかみたいなところとか、自分ができるのかみたいなところが結構重要な気がしてるんですよね。
いやめっちゃそうですね。いやそれみんなに届くといいな、それ。なんか考え込めば考え込むほどわからなくなりそうな問いなんですよね。
うん。
そういう自然と共にみたいなやつとかって。で、僕そのちょっと最近思ってることがあって、なんかヨーロッパで、例えばエコの話とかでさ、環境に配慮した暮らしっていうのが、
海外ではむしろこう、自分たちの暮らしを良くするものであるっていうふうに答えるアンケートが多くて、アンケートで答える人が多くて、で日本だとエコとか環境保全みたいなのはむしろ我慢とか不便とか、
そういうふうに思うみたいなのが、あのエモリセータさんとかが、よく気候変動の講演とかでしてたんですよ。
あーそうなんですね。アンケート調査した結果がそういうふうに出てるってことですよね。
だからそういう環境配慮型の暮らしとかってどう思いますかみたいなのをアンケートしたときに、欧米ではヨーロッパではそれは自分たちの未来を良くするものでむしろその快適性をつくるものであるみたいな回答をするのに対して、
日本では何割だったか忘れちゃったけど6、7割の人たちがむしろ不便我慢を強いられるものであるみたいな、そこの考え方を変えていくの大事ですよねみたいな話をしてくれてたんですよ。
でそれを結構たくさんのそういう環境に対する環境のことをやってる人たちは聞いていて、で日本人ってなんでそうなんだろうみたいな感じの感想というかそれを引用して、
普通の会話の中でその話をする人とか、ディスカッションの中でその話を持ち出す人結構その時多くて。
そうなんだ。 多くてって言ってもそんな大したことじゃないけどね。
でまぁその時は本当そうだねみたいななんか環境に良いことみたいなのを不便なものじゃなくて楽しいものに変えるにはどうしたらいいんでしょうねみたいな議論が結構あって、
それはなんかその時納得感あるしあったけど、最近あの思っているのがなんか自然に対する感覚の話なんですけど、
あのコテンのさ深井さんが弥和坂を書いた井上新平さんって元ニュースピックスの編集長の人と対談してるやつを見てて、
日本人、明治以降に日本に個人とか人権っていう感覚が海外からもたらされたけど、結局僕なんか日本人にとって個人っていうのは半分ぐらいしかインストールされてないっていう話をしてたんですよ。
もともと家族のつながりみたいなのが強く、中断みたいなのが強いからってこと?
まあ多分それもあるし、東洋哲学とかのその新明Pのさ、自分なんてないからっていう本がバカ売りしてるんですけど。
僕その本は存じ上げませんでした。
これだから東洋哲学でそのブッダが何言ってたかみたいな話のことを東大卒業にとか考えたら、なんか自分なんてありませんでしたみたいな。
でもその、そういう教えじゃないですか。どこまでが自分で、どこからが世界なのかっていうのが、自分が思い込んでるだけで、じゃあこの服は自分なのかとか、石に座った時に石は他人なのかみたいなことを東洋哲学ってずっと問いかけているわけじゃないですか。
そうなると確かにどちらかというと個人と社会っていうのを切り分けるっていうよりは、一体感、一体化するみたいな話だと思ってて。
で、なんかその時に大事なのが、個人、英語で入ってきた、外国語で入ってきた言葉を日本語に翻訳して個人とか人権みたいなことを当てていった時に、ネイティブじゃないからちゃんとは理解できないみたいなのが。
ありそうですね、それは確かに。
あると思うんですよ。
うん、そうだから、自面では意味はわかるけど、感覚としてのニュアンスはそのカルチャーがそもそもそこにないから、理解しているわけじゃないってことだよね。
そうそう、で、しかもさ、なんて言うんだろう、フランス革命で、フランス人っていうか、欧米の人たち、ヨーロッパの人たちは人権を獲得してるじゃないですか。
そうですね。
そう、虐げられてきた奴隷から、奴隷的なものから、いや俺たちだって人間なんですけどっていうことを勝ち取る歴史があるからこそ、人権に対するこう、なんだろう、深い理解とか感謝みたいなのが多分あって。
うん。
で、それをなんか僕たちは頭で人権大事だねっていうのを言ってるし、僕らも個人個人の人間として、そのプライバシーとかプライベートとか、そういうことがあるんだけど、頭ではわかるし大事だねと思うんだけど、体には半分ぐらいしかインストールされないっていうのが、めっちゃそうかもって思ったんですよね。
なるほどなるほど。
で、そうやって考えた時に、東洋の自然観と西洋の自然観ってそもそもめちゃめちゃ違うじゃないですか。
うん、だからどういうふうに違うのかちょっと僕はいまいちわかんないけど、西洋の自然観ってどういう感じなんですか?
えっとね、多分征服的なものだと思うと言うと怒られるかもしれないけど、自然はこうコントロールできるみたいな、コントロールできるのはちょっと言い過ぎかもしれないですけど、
例えばフィンランドとかデンマークで、対話が文化として根付いているのはなぜかみたいな話を聞いた時に、心理的安全性の話をしてくれたんですけど、その心理的安全性を持って人と人が接することが大事だみたいな話の時に、
で、北欧的ワイド家具とかの国でもあると思うんですけど、地震がないんですよね、地震、壊れない、地震がないし、あと熊みたいな人命を脅かす危険動物がいないっていうのを言ってて、
え?そうなんですか?
うーんって言ってた。
意外?
北極圏も行ったら北極熊いるかもしれないけど、
だから一番怖いのって多分人間なんですよ、バイキングの世界じゃないですか、海賊だし、隣はソビエト連邦だし、みたいな感じで、
確かにね。
だから自然が脅威っていうよりは人間が脅威だったんだと思うんですよ。
うーん、なるほど。
それに対して日本とか東洋って自然がめちゃめちゃ脅威?
うん、そうですね。
毒ある虫もいるし、狼みたいなやつは熊みたいなやつもいれば、自然の征服力じゃないですけど、植物とかが生えてくる速度が異常に速いみたいな感じで、
買っても買っても草がなくならないっていう中で、そもそも多分日本人は自然が怖いんじゃないかって思い出したんですよ、最近。
でもそういうところから多分山岳の信仰とか、そういうのもあれも原因であり、脅威を肌で感じたりしているから生まれているものですよね、多分。
恐れとか異布とか、祈りとか信仰とか、もう人間の力はどうしようもないから、願うとかその態度として表すみたいなことが大事だと思うんですけど、
だからなんかこれはめっちゃ仮説なので、あまりそれ違うだろうみたいな言わないでほしいんですけど、聞いてくださってよかったら、自然が怖いからこそ環境を守ろうって言った時に、
なんか環境を守るって何みたいな、その人間を守ろうじゃないのっていう感覚が根付いていて、だから自然を守るっていうよりは自然の方が圧倒的に強くて人間の方が弱いから、守るってことが馴染まないみたいなのがあるんじゃないかみたいなちょっと思い始めて、
文化と恐怖の関係
面白いですね、なるほどね。
で、なんかそれの一個としてさ、僕は日本人がゴキブリ怖がりすぎだろうってすげえ思ってるんですよ。
いや僕も怖いっす。
で、それはなんか人工物の家っていうものに突如現れる自然だからなんじゃないかって。
そうね、なんかもう異質なものがいきなりそこに現れちゃったっていうところはあると思いますね。
広原村にいた時って普通にゴキブリ結構、家の中にも出てたけど、外にもやっぱりいたっていうか、別にその、なんかやっぱりそうだよね、外にいるゴキブリなんて多少自分に近くにいようが何とも思わないじゃないですか。
そうっすね、そうそうそう。
家の中に入ってきて何か動かれた途端に恐怖を感じるっていうか。
ここは安全だと思っていたのにみたいな。
環境要因だと思うんだけど本当にね、守られた自分たちの安全なその、確かに空間っていうふうに捉えすぎてる感じがするね。
だからなんか家っていうものの意味が、自然と隔たりを持って安心する場所っていうのがあるから、なんかそういうなんだろう、ゴキブリ怖いのめっちゃわかるし、あんまりその言い方をするとすごくそれだけで嫌な人もいると思うんですけど。
なんか潔癖すぎるほど嫌がるなーっていうのはずっと思ってて、CMとかでも。
なんでこんなに怖いんだろうみたいなのずっと思ってたんですけど。
なんかそれが、ヨーロッパでは自然っていうものがより人間の方が強い存在として存在してるから、だから守らなきゃいけないよねっていうことを言われたときに馴染むんじゃない?みたいなのちょっと思ってて。
で温暖化に対する恐怖心で、15年前ぐらいに20年前ぐらいにイタリアかどっかですげえ熱波があってヨーロッパですげえ人が死んだみたいな話があって、その原体験があるからだみたいに言われてたんですよ。
でああなるほどなーってめちゃ普通に思ってたけど、まあもちろんその原体験熱くなると熱中症で人は死ぬし、山火事は増えるし、なんかリアリティもってやべえみたいなこともあると思うんですけど、でもそれって日本でも山火事あるし、
なんか熱中症で毎年すげえ人死んでるけど、なんかそんなにこう感覚として温暖化やばいよねーとは言ってるけど、危機感はないっていうのはなんか、いやだって自然のが強いから、どうしようもないし、
そうあったとして、いやその感じ面白いな、だからそれが深井さんが言う人権を半分しかインストールできないみたいなこと、個人っていうのをそれぐらい全部がこの頭ではわかるけど入らないっていうことと、じゃあ自然も多分そうだわみたいなちょっと思い始めて、
ナウシカの教え
僕ら生まれた時から自然遠かった世代に入ってるけど、それでもやっぱりこのなんだろう、身体制みたいなものは簡単に切り替われないみたいなのがあるのかみたいなちょっと思ったときに最初の話に戻るんですけど、
環境にいい行いをするってことは暮らしを良くするっていうヨーロッパに対して、不便我慢だと思う、自然を守るというよりはそれはちょっと自分たちにとって不利益なことであるって思っちゃう私たちっていうのがいたとして、
じゃあどうやってヨーロッパのように考えられるかっていう問いじゃなくて、その自然を恐れている僕たちが自然のことを正しくもう一度怖がるにはどうしたらいいのかというか、愛せるようになったらいいのかっていうのを考えると、めっちゃナウシカじゃね?って思ったんですよね
めちゃくちゃいいっすね確かに
そうなんかナウシカってずっと最初の何でしたっけ、なんか猫みたいなやつが誘われて、あいつにもあいつがいきなり噛んできて、ナウシカ怖くないよって言うし、オウムに対しても怖くないよって言うじゃないですか
言いますね
あれは僕らに言ってるんだと思って、自然は怖いけど怖くないよって、まずそんな怯えなくていいよっていうことをハヤオは伝えてたのかみたいなのを
そうかそういうことだったのか
思って、オウムを自然としてみて、オウムに怒らなくていい、静まってっていう視点ももちろんあるけど、オウムはなんか人間みたいなもんで、だから僕らに自然は怖くないよって言ってるというなんか反転した見方もありそうだって思った時に
ありそうだしね
めちゃくちゃありそう
本当そうですよね、どう付き合うかっていうことを考えた時に、極端に怖がってたらそれは付き合えないわなっていうところもあるし
だからって言って別に不便って感じる必要もおそらくないんだけど、どういうふうにしたら付き合いながら楽しく付き合えるのかっていうことの方がきっとずっと重要だし
自然との向き合い
本質的に言うと多分日本人は縄文時代からずっとそういうこと続けてきてるわけだから、遺伝子的には多分インストールされてるから取り戻せなくはきっとないんだろうなっていう感じはするよね
いやそうなんすよね、だから結局そういう自然って怖くないよって思う体験とか経験とか、もちろん怖いんだけど許せるっていうのは大事なんだけど
怖くないけど怖いっていうのと怖いから怖いっていうのでは全く違うじゃないですか
この人普段は懐深くておんわなんだけど怒ると怖いんだよなって、何か尊厳、自然への尊厳というか順番として大事じゃないですか
あの人はもう怖いからねって言っちゃったら終わりだから、関係性終わりだから
そうですね、なんかでもそうだよね、まつりとかそういう法上の祈りとかって全部その順番だもんね多分
基本的にやっぱりその敬意を払った上で自分たちがその捧げ物とかもしつつ、今年も1年安全で豊かに暮らせますようにっていうその祈りを牙を剥かないでくださいっていうふうなことだもんね
そうですね、そういう感じがいいなっていう、直しか、やっぱ直しかだったわって思ったんで
まあでもそうですね、それはすごい僕の中では大きな気づきとしてあって、やっぱりまず怖くないというか、ちゃんと向き合うっていうことをしていってほしいなと思うし
まずは自然を楽しむことからでいいと思うんですけど、その上でこの懐深い自然が守られていくにどうしたらいいんだろうなっていうような感じ
っていうのじゃないとどんどん富士山は噴火します、南海トラフは大型の地震を発生させますみたいな感じばっかりだと、自然にクーターらしくなってくるよね
まあそうだよね、それは本当そうだよね、しかもそれを助長するようにね、そういう報道ばっかりされると、ただただ怖がって備えないといけないみたいなモードになっちゃう、精神的には
本作りと自然体験
でもそれってさ、なんか映画とか漫画で考えたら明らかに悪臭ですよね、なんか悪いって言ったよね、結局なんか向き合わなきゃダメだったんだみたいなことなんだけど、どんどん固くないなっていくってさ、大昔からやっぱり良くないこととして取り上げられてるのになーみたいな感じで
いや本当だよね
だからみんなであれしよ、あのフミヤさん、山本フミヤさんと滝行行ったり、本滝で、やっぱり多分そういう山節の人たちと話しながらね、山登ってみたりすると全然見え方変わりそうなんで、今年は僕もやりたいなと思いますけどね
いやーそうだな、僕も滝行は6月ぐらいに行きたいですって去年宣言してたから、それをちょっと乞いかけに行こう
どこに?
山本さんに
6月…寒いね
寒いよね、そうそう、何も考えずに何となくそのぐらいの時期を指定してた気がするんだけど、絶対寒いよね、滝
寒い
だってもうめっちゃ雪溶け水だもん、6月
そうだよ、まだね
むしろ本滝はまだ雪あるもんな
いやそうだよね、そりゃあ寒いわな、まあまあでもそういう時期にもきっと山節の方々は皆さんやっていらっしゃるんでしょうから
いや本当すごいわ
まあ、そんな感じで、ちょっと僕の気づきと、本作りは楽しいぞっていう話も今回お伝えしましたけど
いやーでも本当に出た時にはね、まずシーズンマガジン読んでもらうといいんだと思うんですけど
本出た時に少しでも共感してくれる人が増えるといいですよね
たぶん一個でかいツールにはなると思うんで
頑張ります
まあこっからっすよね、やっぱ山登りってさ8号目からがきついからさ
そうですね、まあ本書き終わったところが8号目なのかどうかよく分からないけどね
いやー今もう絶賛8号目ってか7.5号目ぐらいですよ、こっからですよ
こっからだよね、そうだよね
いやいやそれはでも楽しみにしております
ありがとうございます、じゃあ今日はこんなところで
ありがとうございました
最後までお聞きいただきありがとうございました
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