2024-02-07 40:52

#13-1 アイをとりもどせ!「〈私〉を取り戻す哲学」について考える

〈私〉を取り戻す哲学について考える(その1)です。YouはShock!


【今回の内容】

ヌルっと始まる/情報の海に溺れる/正反対の感想/〈私〉を取り戻す哲学≒白米FM?/問題意識=情報に意味を与える〈私〉が不在/重要なキーワード紹介/この本の全体構造/動物化=没頭/無意識の前提が埋め込まれている/社会を善くしていきたい欲求が強い/批評とは何か?/善への意志が再起動するまでの流れ/SDG’sは大衆のアヘンである/根拠薄弱/もうやめて!とっくにビジネス哲学芸人のライフはゼロよ!


◆〈私〉を取り戻す哲学

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【パーソナリティ】

とよだ:富士通で働くビジネス哲学芸人。

ショーン:シリコンバレーのテック企業で働くデータの魔術師。


【番組へのお便りはコチラへどうぞ!】

https://forms.gle/zGGArQTnfGuKY6Pj9


※このラジオは、個人の見解に基づくものであり、所属組織を代表するものではございません。


#白米FM #哲学 #私を取り戻す哲学 #愛をとりもどせ #動物化

Summary

「私を取り戻す哲学」という本を読んで、情報の氾濫や自己を取り戻せない状況について問題意識を感じています。この本は、私たちが取り組んでいる問いに近い関心を持つ方にお勧めの一冊であり、私たちのポッドキャストのテーマとも一致しています。哲学に関するエピソードでは、問題提起や動物化、善への意思などの話題を取り上げています。また、デカルトやエポケーといった哲学のテーマもあり、個人や社会における解決策についても言及されています。現代では善や良いことの定義がなくなってしまっていますが、SDGsなどの物語が提示され、他人に提供された善という欲求を満たすことに批判的ですと話しています。

情報の氾濫と私の取り戻し
えーっと、どうやって始めるのか、全然思い出せないんだが。
どうやって始めるんだろう、これ。
今回、最初の起点となる問いっていうのかな、テーマみたいなのがあって。
とよだくんから始めることできそう。
あ、そうだね。そこは俺から言わないと何も始まらないね。たぶん。
そこからじゃあまず話すか。
うん。そうね。なんか最初のきっかけ部分があれば。
はいはい。じゃあちょっとそこから話そうか。
うんうんうん。
これまたなんかその最初にさ、冒頭の何?決め文句みたいなのを作るみたいなこと言ってたけど、結局それも作ってないし。
そうね。
なんかもうぬるっと始まって、またぬるっと終わるしかない。だが、しょうがないのでやりますと。
さっきまで年末年始、12月とか1月あたり何をしてましたか、お互いみたいな話をしてたと思うんだけど、
僕も結構長めの休みをいただいたんだよね。
仕事をおさめをして、また次の仕事が始まるまで結構な間が空きましたと。
で、休みが終わって仕事に戻ってみて、なんか違和感を感じるなっていうのがまずあったんだよね、仕事に戻って。
で、その違和感の元は何なんだろうなと思ったのが、なんかね、情報が多すぎてなんか嫌だな、気持ち悪いなっていう感覚を覚えたんだよね、その時に仕事が始まって。
で、普段やっぱ12月までね、12月末まで仕事をしてたときは、常に情報に囲まれてるから、
あんまり意識してなかったんだけど、仕事からしばらく離れてみて、で、戻った瞬間にさ、そのメールがすごい溜まってるとかさ、
なんか情報がすごい一気にグワって押し寄せてきたときに、なんか気持ち悪いなっていう感覚を得たんだよね。
で、それが何なんだろうなっていうふうに考えてみたら、なんかその自分自身がその情報っていうものを取捨選択してるわけではなく、
一方的になんか大量のものが自分に降り注いでるというか、なんか投げつけられてる感じがして、なんかそれが原因なんじゃないのかなっていうふうに思って、
で、なんかそれを書いたんだよね、会社のコミュニティでやってるそのSNSっていうか、
これ書いて、何だろうな、自分が一体何を求めてるのかっていうのを自分自身をちゃんとしっかり定義しないと、
もう情報に溺れて、なんかすごい嫌な感じになるみたいな文章を書いたんだよね。
それを書いたらそのコミュニティの人が、最近この本読んで面白かったよっていうのを紹介してくれて、
で、それが今回というか今日お話をしたい、私を取り戻す哲学っていう本だったんですよ。
で、この本を紹介してくれたのが、前あの問いのデザインを紹介してくれた人と全く同じ人で、
だから我々のこのポッドキャストでやってる問いを大事にしてやろうみたいなところともかなり近いというか、
同じような興味関心を持っている人がお勧めしてくれた本なんだけど、
で、その本をまず見て、なんか面白そうだなと思って、
で、まだ読んでもないのにしおくんにまずこれを紹介して、次これを一緒に読んで収録しましょうというふうに。
そうだった。
言ったっていうことですね。
っていうので、今回その私を取り戻す哲学っていう本をお互い読んで、
今日話をしてみたいっていう感じなんですけど、っていう前提があって、どうしようかな、感想?
まずしおくんさんこれ読んでみて、どう思った?何を感じた?これ。
まずね、これむずいなって思った。
あー、確かに。むずいと思う。結構むずいよ。
なんかね、結構頭に入ってこない文章が所々出てきたり、
あとは、それ本当?みたいな感じで、この人が書いている一文に、
なんか納得できないことがポッて出てきて、その後が入ってこないみたいな、頭に。
っていうのがたびたびあったりしたり、
本当?っていうのは、要は疑問を投げかけて、
なんかそれ自体をちょっと疑ったほうが良くないとか、
なんかそれ、Givenでいいんだっけ?みたいな、
なんかそういうことを思いながら読んでたから、
なんかこう、すべてを受け取れたっていう感じというよりは、
なんか色々面白いキーワードが散りばめられてて、
今回今日話すためにメモったみたいな感じ。
よく分かんないところは、これってどういうことなんだろう?っていうふうに話してみたいと思ったし、
自分が疑ったところはどう思う?って聞いてみたいな、みたいな。
なんかそういう感じで今回読んだ。
面白いな。
今ね、俺何に面白がってるかっていうと、
難しい、この本を読んで難しいって思ったところは同意で、
俺もたぶん2,3回ぐらいこれ読み直して、
こういう構造ねっていうのをやってようやく理解できたんだけど、
でも、難しいってこれ同じだなと思ってるんだけど、
その後の、なんだっけ、なんかこうしっくりこないというか、
本当にこれそうなんだっけ?みたいなところって、
俺全く感じなかったのよ。
なんていうんだろう、全部がそうだよねそうだよね、
分かる分かるみたいな感じだったんだよね、この人の言ってることが。
そうなんだ。
だから、俺がたぶん見えてない部分が、たぶんしおくんが見えてて、
すごいそれを一緒に話すことで、
なんかすごい広がるような感覚を得たんだよね。
なるほど。でもね、ちょっと期待値を高めちゃったかもしれないけど、
僕は1回読むのが結構精一杯だったというか、
たぶん何回か何周しないと全体像見えないっていう感じはしたんだけど、
ちょっと時間が足りなかった、それをやるには。
本当はアトミックリーディングみたいな感じで、今1周目終わって、
手書きでとか、面白いって思った箇所を自分の言葉にするっていうのをやってみたいなと思った本だった、これは。
でもそこまで回ってない。
なるほどね。
でもこれを話すことによって、その1周分、もう1回分ぐらいにはなるんじゃないかなみたいなそんな感じ。
分かんないところをちょっと表に出してみたり、自分の言葉で説明しようとするっていうことを、
この場でできたら自分としては嬉しいなっていう感じ。
しおくんがこれよく分かんなかったみたいなところをたぶん俺に投げかけてもらうと、
たぶん俺がそれをじゃあ、これはこういうことを言ってこうなんだよみたいな説明しやすくなる気がするなと思った。
で、俺がまた説明するとそれはそれでまた自分の理解も深まるし、なんかいいなと思いましたね。
なるほど。
俺のね、この本を読んでの感想なんだけど、なんかこう、この本は白米FMであるっていう感じになってるね、俺の感想はね。
なんだろうな、我々がこのポッドキャストでやってることを本にしたらたぶんこの本になるんじゃないかなみたいな感覚を得たんだよね、俺これ。
俺たちが、俺たちっていうか俺がやってることなのかもしれない、分かんない。
しおくんはまた別の目的意識でやってるのかもしれないんだけど、なんか俺がやってるのでこの私を取り戻す哲学をまさにこのポッドキャストでやってるのかなっていう感じがしたんだよね。
で、あとね、この前は結構しおくんがさ、今まで結構外発的なものに影響されてて、今は内発的なものっていうのを大切にしてるみたいな言ってたじゃん。
で、まさにでもそれを言ってる本なんじゃないかなっていう感じもしたんだよね。
周りからの影響じゃなくて、まず自分の内側を取り戻しに行けよみたいなメッセージだったと思うんだよね、この本って。
だから、しおくんのためにあるような本でもあるんじゃないかなっていうふうに感じがした、まず。
全体的な感想で言うと。
ちなみにその構造みたいなのを理解したっていうのはさ、なんかそれをちょっとシェアしてもらうことってのは可能なの?
こういう構造なんだよって全体感が僕の中でたぶんまだあんまりつかめてないんだけど、それがあると全体の地図っていうのかな、この本が見えてきてちょっとショートカットができるのかなと思ったんだけど、それはできる。
はい、ちょっとやってみようか。
めっちゃ助かる気がする、できるな。
まずこの本の問題意識としては、やっぱさっき俺がその情報がすごい多すぎて、なんか気持ち悪くなったっていうふうに言ったじゃない。
で、一番最初の問題意識ってたぶん同じかなと思ってて、この本で言ってるのは今ってやっぱSNSとかさ、インターネットに常時接続してると人間は常に。
で、情報が氾濫していて、で他者と簡単に繋がれるようになってますと、今現在がね。
で、そういう状態になった結果、私っていう自分自身ですよね、マイセルフ、ハックマイセルフですよ。
マイセルフが希薄になっているんじゃないかっていうまず問題意識なんだよね。
で、常に情報に囲まれて情報が次から次へと例えばレコメンドとかSNSの通知とか投げつけられてて、それを受け取ることでいっぱいいっぱいになって頭の中のキャッシュがそれで満杯になっちゃってますと。
で、それが満杯になっていると本当に自分が何を欲しているのかみたいのが分からなくなってくると。
で、本当にあるべき姿っていうのは何か自分が目的があって、その目的を達成するために例えば情報を集めるとかっていうのが多分本来の正しい姿だと思うんだけど、そうじゃなくて目的も何もないのに情報が常に投げつけられてて、
で、何かがしたいから情報を集めるんじゃなくてもとりあえずこうスマホ開いてSNSをパパッと見て、なんかこうどうなってるかなみたいの常にこうやっちゃうと。
で、退屈だから情報に触れて、で、なんだろうなそれをずっとずっと繰り返して、でも結局退屈はなくならないというか。
問題意識と共感
で、なぜそうなっちゃうのかっていうと、情報自体が無意味なんじゃなくて、その情報に意味を与える私っていうものがないから、その情報に意味が付与されないのだっていうことなんだよね。
僕もそこはハイライトしてるかも。
情報に意味を与える私がいないって書いてある。
だからまず我々っていうのはその私っていうものを取り戻さないとなんかまずいんじゃないのっていうことを言ってるんだね、まずこの問題は。
それについてはどう思う?
問題意識。
そうだよね。それは共感というか、今現代の結構多くの人が持ちかねない問題かなと思うよね。
どんなソーシャルステータスの人であれ、どんなステージの人であれ、インターネットを使っていたりSNSを使ってる限りは、何かしらそういうプレッシャーっていうのかな、情報がめっちゃあって周りに置いてかれたくない。
それは日本だけじゃなくて多分アメリカでもあって、fear of missing outっていうのが置いてかれちゃうんじゃないかってことに対する恐怖とか、そういう捉え方をして必死に毎日SNS見ちゃうみたいなのがよく言われてる気がする。
なんか前あれだよね、ChatGPTが出てきたときに、しおくんがそれのことばっかり考えちゃうみたいなこと言ってたよね。
あーそうそう、それも毎日ニュースがあるから、それを追いかけようとするともうキリがないから、どっかでシャットアウトしないと、時間決めてもうやめよう、それを追うのやめようってしないとこれは自分がパンクするなーみたいな、なんかそういう感覚はあったよね。
っていう問題意識はみんな持ってるんじゃないかなってことだよね。
複雑なキーワードと新しい答え
で、ここまでは多分ね、分かりやすいんだけど、ここから先やると結構ね難しいというか、なかなか理解するのが難しいんじゃないかなって思う部分なんだよね、この後が。
この後出てくるキーワードとかが、動物化とか、善への意志とか、構築主義、相対主義、ポストモダンとなんだっけ、そんな感じ?
あとは、判断留保、エポケーとかネガティブ・ケイパピリティと、あとはポスト・トゥルースって。
あーポスト・トゥルースも出てきたね。
なんか出てきたね。あとは、なんだっけな、そうね。
まあでもそんな感じじゃないかな、だいたいキーワードで言うと。
うんうんうん、そうだね。
どっからこれ入ればいいんだろうな。なんか今出てきたキーワードでさ、なんか気になる部分とか、なんかこれについてまず取っ掛かりとして話したら良さそうみたいなのってなんかあったりするかな。
この人の答えを要は、この本としては、なんか本ってさ、3つに分類できるみたいな話したことあるじゃん。
新しい問いなのか、既知の問いに対して答えなのか、既知の問題と既知の答えでリマインドなのかっていう話があったと思うんだけど、その枠組みで言うとこれは新しい答えでいいのかな。
問題としてはみんな知ってるというか、まあなんか馴染みのある問題ですと。
まあそうだね。
それに対して、新しい認知の仕方とかアプローチの仕方を提供してるっていう。
そうね、そうだね。
でその答えを、これ4章にわたって説明してるってことなのかな。
第1章はどっちかというと問題なのかな。こういう問題起きてるよねと。
第1章のデフォルトの私、動物になるかいい人になるかで、動物化今みんなしてるよねっていうこととか、その善へ、なんか結構みんな走りがちだよねと。
なんか思考停止して、ちょっと飛びつきやすくなっちゃうけどちょっとそれでいいんだっけみたいな。
問題提起と善への意思
なんかそこらへんは問題提起とか、普段こう自分たちが接してることとちょっとリンクさせてくれてる章なのかなこれは。
うん、そうだね。
で、その後どうやってこの人が解を展開してるのかちょっと全体像がわかんなくなってきたんだよね。
なるほど。まずさっき言ってくれたその動物化、動物化しちゃうとか、なんかその良い人になりたいと、善への意思が今求められているのねとかっていう話がやっぱ問題提起ですと。
さっき言ってたその情報が多すぎてみんな困っちゃってると。
で、それをもうちょっと深掘りするとこういう問題があるよねって言ってるのがその動物化とか善への意思みたいなところ。
で、その後にそのデカルトの話が出てくるんだよね。
で、そのあたりから回だね。デカルトの話、エポケーの話、フッサールの現象学の話あたりで回答かな、それに対する回答としてはこういうやり方があるよっていうのを説明していて。
で、自分個人に対してはそのやり方で解決できるでしょうと。
でも社会、社会に目を向けてみると今その陰謀論とかポスト・トゥルースとか真実なんかないと。
人それぞれその見てる世界が違うんだから、絶対的な真実なんかなくて、人それぞれが見てる世界を生きていくしかないみたいな、そういった社会情勢になってるんだけど。
それに対してその社会的な情勢に対しても、さっきの回答を使えば、共通認識っていうのかな。
みんな別々の世界を生きてるんだが、その別々の世界生きてるんだけど、その中でも共通してる部分を見出して共有できるはずだと。
共有して普遍的な価値観みたいのがそこから導き出せるはずだ。
で、それをやるために大事なのがネガティブ・ケイパビリティと対話であるみたいな流れかな。
第2章は個人での対処法、解の話。それを社会に拡張するって感じ、3章で。
そうかな、そうかな、たぶん。たぶんそんな流れだと思う。
あ、でも3章は社会での問題かどっちかというと。
で、それを4章で社会でもどうやったら解決するかみたいなってことなのか。
そうね。
かなりハイレベルだとそういうことか。
うん、そういうことですね。
じゃあそのさっき言った動物化とか善へ行ってしまうみたいなところだけど、
結構動物化はなんとなく確かにそうかもと思ったんだけど、
動物化ってこれもう一回どういう意味か説明してもらっていい?どういうふうに捉えた?
動物化っていうのは他人がいなくて自分一人だけで充足できること。
自己中な感じで。
自己中?
自己満みたいな。
お前、暇と退屈の倫理学でさ、何だっけ、ダニだったかな、ダニだったかノミだったかの話があったじゃん。
社会に対する解決策
環世界のやつ。
そうそう環世界。で、自分だけの環世界に閉じて、もうその中で満足できる。
でも没頭だよね没頭。動物化=没頭だ。
他者との関係性じゃなくて特定の自分の世界だけに閉じたものに没頭して満足するっていうことが動物化ですね、これ言ってんのは。
で、人間は、最近の人間は動物化して自分の興味っていうのかな、自分の興味を突き詰めるだけになってしまってるっていうことが多分言ってる問題意識として。
これは何が問題なんだっけ?
えーと、だからあれじゃないかな、多分動物化して没頭して、他者と何か共通のものを共有しようとかいうのがなくなっていくってことだ。
とりあえず自分の欲望というか満足を満たすことだけに集中しちゃって、自分の人生をそれだけのために使ってるみたいな感じ。
だから結局自分の人生には自分しか出てこない。自分をいかに満足させるかっていうことでしか自分の人生を見れないみたいな。
それを多分動物化っていうふうに言っている。
で、それがダメとは言えないんだけど、本当にそれでいいんだっけ?みたいなことを問題意識として持ってるんじゃないかな、この人は。
そうそう、1個思ったのは、この人の中での良い悪いっていうのが確定的にどこかで埋め込まれてる感じがするんだよね、この話をするときに。
確かに確かに。
しかもそれは、別にこの人が哲学者じゃなかったらいいと思うんだよね。
この人こういうこといいと思ってるんだとか悪いと思ってるんだってわかるんだけど、それを言葉にせずにそうだよねっていう前提で話がここら辺されてるときがある気がしたのね。
あとはそもそも動物化っていう言葉自体とかにも、ネガティブさを感じるというか批判的な感じする。
でもこの人の言葉じゃないか、これは。
これは元々誰だっけ?東さん?
誰だっけ?引用してるんだよね。
日本人の哲学者の話なんだけど、でもニュアンスとしては、これでいいんだっけっていうか、ある程度批判的に問題として捉えてる感じがして。
あとは例えばデータベース消費が最近行われてるっていうふうにもどこかで書かれてた気がするんだよね。
映画とかアニメとかを例えば見るときに、ある人はこういうキャラクターがいて、こういう属性の人がいるからそれを好きっていうふうに人はもう見るようになっていて、
その作品全体を過去の似たものと比較して文学的にいいかどうかを評価してないんだみたいなことを言ってたとこがどっかにあったと思うんだよね。
なんだけど、何だろうね、批評とはこういうものであるっていう、なんかこの人の中に決まりがある感じがしたのね、それを読んだときに。
批評とはこうあるべきである。で、現代はそれと違うっていうふうに聞こえたり、
動物化した人間って今は評価されてるけど、例えば明治時代とか戦後もそうだし、結構変わんないんじゃないかなと思うんだけどね、
ある目標に向かって歩いて、その人は目の前の欲望とかインセンティブに向かって一生懸命動くみたいな。
それって広い意味で結局人間は動物であって動物化してたんじゃないかな、元からとか思って。
あんまり今に始まったことじゃないような気もしたんだけど。
今言いたいこととしては、それをしれっとこれって自分はいいことと思ってることを言わずに彼の言葉の中に込められてる気がしたんだよね。伝わるかな。
分かる分かる。俺も多分そういうとこあって、自分がこれがいいよねみたいなのが無意識の中に埋め込まれてて、それ前提で話を進めちゃうみたいなのが多分俺にもあって、
多分この人もそんな感じになっちゃってるのかなと思った。俺は自分もそうだからそこに対して何の違和感も感じてないわけよ。
分かる分かる。うんそうだよねみたいな感じになってて。で、しおくんはそこに対して本当に?みたいな。それ前提にしちゃってるけどいいんだっけみたいなところに多分今感じてるんだろうなって思った今聞いてて。
もう一回ちゃんと言うと、前に引いた場所があって、批評に関しての部分なんだけどね。これ引用すると、普通このアニメから何らかの世界観やメッセージを読み取ろうとするだろう。
例えば私なら執事や貴族と自由恋愛の間で生じる葛藤や他人の心の深い不可解さなどなどのテーマを抽出し、同じようなテーマを使った同時代の作品と比較した上で、仮想の作品Moonが表現としてどう優れているかを論じるかもしれない。
ロミオとジュリエットなどの文学作品と参照することもできる。これが作品の良し悪しを表現するということだって書いてあるね。だからこの人の中で、作品の良し悪しを表現するとはこうであるっていうのがもうガチっとある。
で、それから外れているものは、いや違くないみたいなことを言ってるんだけど、僕の中で別にその作品の良し悪しの批評の仕方なんて、そもそも考えたことのない人からすると、まあそれも一つの評価の方法かもしれないけど別にそうじゃないのも評価方法2であって、僕にとっては別にどっちが良いとか悪いとかないんだけどなと思っちゃったり、そうなのかなみたいな。
分かる分かる。
っていうのがなんかしれっと入ってるわけよ。だからそういうとこでハテナが浮かぶと、なんかこの人の論の展開の仕方って、なんかスタート地点がなんか見えない前提がたまにあるなーみたいなのがあるよね。
この人が言ってることは俺すごいわかるんだけど、たぶんね、結構エリート思考っていうか、なんて言うんだろうな。社会を動かすとか社会を良くしていくみたいな意識がたぶんあるんだよね。
なるほど。
で、そんなことを全く考えてない人とかいると思ってて、たぶんそういう人の存在をあんまり意識してない。人間とはそういうものだよねみたいな。
ふうに思って喋ってる気がしていて。
何て言うんだろうな。その批評?批評に対しても、僕の理解だと、何らか作品があって、その作品を見て、その作品から人類として学べることは何なんだろう、その学びを抽出しようみたいな動きが批評だって、たぶんその人は言ってるんだと思うんだけど。
で、動物化してる人間はそんなことはしなくて、その作品を見て自分がどう萌えられるかとか、どう気持ちよくなれるかっていうことだけを考えてますと。
で、それは動物化してて、本来の人間のやる行為としては低レベルというか、何て言うのかな、だよねみたいな。
そこに高低をつけてる感じ。そこに勝手に尺度が入ってる感じがして、そっちは良いけどこっちはダメみたいなのが、しれっと入ってる感じするよね。
わかるわかる。そうなんだよね。わかるよ。俺もたぶん入ってるんだよな。
で、哲学者だったら、そこを何かこう、これをそういうふうにするって定義した上だと、それが成り立つよねみたいな展開をしてほしいなとか思っちゃったっけよね。
はいはいはいはい。
そうだよねって言われても、そこを別にまだ合意してないけどみたいな感じで。
確かにね、確かにそこはわかる。その批判は俺に対する批判でもあると思うんだよね。
わかるよ、すごいわかる。
俺も反省しなければいかないなと思った。
あーなるほど。
いやだからそれが一例一例で、何かねちょくちょくあるんだよねそれが、たぶん。
いいですね。こういう感じで批判というか否定してもらうと、やっぱ自分が見えてなかった部分とか、自分がもう当然のごとくしていた部分みたいなのが浮き彫りになるから、なんかいいですね。
こういう対話をやれっていうのがこの本のメッセージなんだよね。
あーまあね、そういうことを、この本で体現してるんであれば別に目標は達成できてるのかもしれないけどね。
人がこういうふうに反応することも想定してるというか。
そこの部分は非常にわかりますね。
あとは、どこから行けばいいの?
もう一個のキーワードとしては、善意に飛びつきたくなるよねみたいな話だと思うんだけど、これもどう思った?
これってのは僕の解釈では、なんかそのデータベースか、この属性すごい萌えるなみたいな風に飛びついていくっていうトレンドと、
もう一個としては、社会全体に対して何かいいことできたら、自分は気持ちいいよねみたいな。
だから、そういう風に飛びついているトレンドもあるよっていう解釈であってるのかな?
そうじゃないかな。
僕の理解だと、もともと封建的な社会でありましたと。
上と下みたいなのがあって、偉い奴と偉くない奴みたいなのがあって、偉い奴は好き勝手やってるけど、偉くない奴は自由を抑圧された社会みたいなのが長らく人類の社会は続いていたんだが、
ここ何十年かで、ポストモダンとか相対主義だよね。
全てを相対化していくというような流れがありましたと。
それがあることによって、大きい物語が解体されたって言ってたんだよね。
大きい物語って何かって言うと、多分、社会とはこうあるべきで、こういう方向に進んでるんだみたいな多分、社会全体を規定していた流れというか、方向性みたいなものが相対主義が発生することによって解体されましたと。
そのおかげで、自由というか、みんな違ってみんないいよねみたいな雰囲気ではなったんだが、
それをなった結果、終わらない日常と動物化が始まったっていう風に言っていて、
そうすると、その終わらない日常、だから、自分の人生の意味みたいのを大きい物語に投じて、自分の人生に意味付けをしていく。
例えば日本とかだとさ、昔戦争。戦争が多分一つの大きな物語だったと思うんだよね。
戦争、日本国っていうのを守るんだとか、そういう物語があって、そこに自分の人生を投じて生きていくと。
で、その自分の生きる意味みたいのをそこに見出して生きるみたいなのが多分あったんだけど、そういうのがもうなくなりましたと。
なくなったら、もう自分の人生っていうのをどこに投じればいいかわからないと。
っていう日常、もう常にその終わらない日常っていうのが始まって戦後。
で、そういう世界だともう人間は自分を充足させることしかもうやることがないと。
だから、動物化していくとだんだん、自分のことしか考えないというか、自分をいかに充足させるかっていうことだけに気持ちがいってしまうと。
で、そうすると、善の意志がなくなるっていうふうに言っていて、
だから例えば多分その昔戦争とかの時は、日本、アメリカと戦って日本を守ることが善なのであるみたいな、多分そういった物語みたいのがあったんだが、そういうのが全部なくなって、
善への意志と人間的関係的欲望
なんていうんだろうな、良いことっていうのかな、善っていうのが一体何なんだろうみたいなのがなくなってしまっているのが今現在ですと。
で、そういった時に、みんなが共感できる、例えばSDGsとかいう物語がまたどこからか差し出されてきていて、
で、それを本当に自分が納得してそれに自分の身を投じていくのはもちろんいいんだけど、
お手軽に、なんかこれがいいよねみたいなのを他人から差し出されたものにお手軽に飛びついて、自分の善への欲求というか、善への意志を充足させようとしているところに批判をしているんだね、この人は。
ちょっとすごい長々しい説明になっちゃったんだけど、分かったかな、今の。
あともう一個、ちょっと分かった分もあるんだけど、半分そうじゃないかなと思ったのもあって、一個またハイライトしたとこは、この意思は動物化の欲求と対になる欲望、
すなわち自分と社会にとって良きことを成したいという人間的関係的欲望を支持するって書いてあるね。
で、欲望がさ、二つこれあるような気がして、良きことをしたいっていう、成したいっていう欲望と、人間的関係的欲望ってあるから、
なんかその動物化って自分、人間と関係を、人間の関係を求めないものに走ってました、それと対になるっていうのは、人間の関係を欲望するものですと。
で、その人間関係を欲望、なんだろう、それを欲望するために良いことをしようとしているっていうのを批判しているのかなって思ったんだけど。
あ、っていうか説明しようとしているのかな、批判とは限らないけど、ただ現象を説明しているだけかもしれないけど、そういうわけじゃないのかな。
で、あとはもう一個、これなんで線引っ張ったかというと、なんかこの人の、こういう現象あるよねって言った時の根拠がよくわかんないというか、
なんか当たり前のようにこれ観察できるよねって言ってくるんだけど、言わんとすることはわかるけど、なんか本当にそれ全部だっけとか、
なんかこれだけだっけ、もしくはこの人と僕の見てる現実ってそんなに同じことなんだっけみたいな、なんかそういうふうにこういうのを読む時に思っちゃうんだよね。
他人から提供された善への欲求への批判
まだそれも別に共有、前提共有できてない気がするんですけどって思っちゃって。
そうね。でもおっしゃる通りかなと思うね。
だから多分そういうのを説明されなくても、多分なんとなく感じている人にとってはわかるわかるっていう感じなんだけど、
それが普遍的にみんながそう感じているわけじゃないよねっていうことよね。
そうそうそうとか、ここで言っている社会って日本社会のこと言っているのかな、世界全体なのかな、他の国でもそうなのかなって思った時に、この人は本当に同じような世界を見れているのかなとかね、思っちゃう。
いいですね、いいですね。
社会って日本社会だと思うこれ。
さっきの動物化とか、東さん、東浩紀の言説とか宮台真司とかの言説を出しているところは日本社会のことを述べているような気がしているんだが、
善への欲求、善への意思とか、動物化しているっていうのは多分全世界的な潮流なんではないかなとは思ったけどな。
そうなのかっていう感じだよね。
確かにね。
本当かなっていう感じがしちゃうんだよね。
そんなに二大潮流みたいなのが流れているのかなって。
例えばSDGsとか、あれって誰かが良いことをしたいと思って始めたのかなとかさ。
何も持っていない善へのトレンドって言っているかもさ、あんまり書かれていない気がして、例としてね。
なんとなく自分が思いついているそれっぽいことを示しているのかなと思うんだけど、その確証が得られないまで進んじゃう感じがするんだよね。
いやーそれ難しいね。だからそれを説明、多分一個一個説明してよと思うと多分、本じゃ多分入りきらないくて、それを説明するの難いね。
そう、だからこれさ、本当は対話だったらさ、これってこういうことですかって聞きながら進めるんだけど、その何か一個一個につまずくから理解がしにくかったんだよね、すごい。
なるほど。
だし多分回答が得られないんだよね、この本だけだったら。
そうだね、そうだね。
だから、すごい消化不良のパーツがどんどん積もっていく感じがしてね、すごい、そういう意味でも読みづらいっていうか難しいと思った。
いやー、いやでもいい指摘ですねー。
いやそうですよね。ちょっと何も言えねえなって思っちゃったな。
何も言えない。
いやそうだよねって思っちゃったね。
なるほどね。じゃあそこはとよだくんは共有できてたと、で、そこは何だろう、まあ何だろう、Givenとして進めた感じだね。
そうだね、俺の中でもGivenだったね、それは。
なるほど。面白いな。
面白い?
うん、面白い。
次回へ続く。
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