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「悔しい」などの感情って、「自分のもの」ではない場合もある!?
2026-08-24 15:45

「悔しい」などの感情って、「自分のもの」ではない場合もある!?

#腸心セラピー
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サマリー

本エピソードでは、腸心セラピーを通じて、イライラや悔しさといった感情が、必ずしも自分自身の過去の経験に由来するものではなく、親や過去生から受け継いだものである可能性について探求します。腸を介して感情を癒すことで、これらの感情との距離を置くことができ、現実の捉え方が変化していくことを解説しています。

腸心セラピーの学びと感情の紐解き
みなさんこんにちは。心のケアサロンココケアのボブことまさるです。
今日はですね、すごく配信ができておりませんでした。 気づけばもう1ヶ月配信してなかったんだと思って。
すみません、もう忘れられちゃったかもしれないんですけど。
心と腸だったり、介護のこと、いろいろ繋がってるなって感じていますので、その気づきを皆さんに発信していきたいなと思っています。
昨日がですね、僕が腸心セラピーっていうのを今やってるんですけども、そのセラピストの勉強会に行ってきて、代表の方と、
今回すごく少人数でですね、熊本の地震があったので集まりが悪くて、ただ逆に言うともうみっちり少人数でお互いセッションしあったりとかですね、気づきのシェアをできたんですけど、
そこでちょっとね、面白かったのが、今のストレスとかイライラとかそういったのって、気づかれとかもそうですけど、全部過去の感情が紐づいてるんだっていうことを読み解いていくんです。
それが腸心セラピーで、そこの読み解いた後に、溜まってるその感情っていうものを癒していくっていう、そういうことができるんですね。
もう何やら怪しく感じる方もいるかもしれないですけど、いろんなセラピーとか見てると、やってることって本当にみんな共通していて、
やっぱり大事なことっていうのが、セラピーを生むんじゃなくて、過去に抱えてきた感情、心の傷、何かショックな出来事とか嫌な出来事とか、そういったのが引き金になって、
自分のその時の感情をもう味わいたくないから、蓋をしたりとか、味わいたくないから別のものに変換したりとかして、自分の中の当たり前っていうのを作っていくんですよね。
自分の中の作り上げた当たり前が、今の判断、全ての判断基準になっていて、そこでその判断基準に外れるとイラっとしたりとか、感情が湧くんですよね。
自分の良しとしてきた判断基準に合致してれば、それが良いことだっていうふうに自分の中で判断したり、この人はいい人だみたいな、そんなジャッジをしてしまうようになってしまうんですね。
でもこのやり方だと、ずっと人をジャッジしたり自分をジャッジしたりして、本当の自分の望みには気づかずにですね、人をさばいて自分をさばいてやっていっても、結局のところ自分は満たされないままになるんですよ。
それは切り捨てるからなんですね。人を切り捨てたり、自分の嫌な見たくない部分を切り捨てて、見ないようにしようとする。だからなんですけど、本当は嫌なものも良い部分も、自分の良い部分も、イケてる自分もイケてないダメな自分も、どっちもあって当たり前なんですよ。
インとヨーがあればインヨーを合わせて一つなんです。なのにインの部分は、自分はダメとしている部分は見ないよとした途端、バランスが崩れるわけですよね。
それによって、自分の不都合な嫌な出来事を起こすことで、自分にこのインの部分見てよ、ちゃんとそこを見つめるんだよっていうメッセージとして起きてくれているのに、
嫌なことが起こった、また見ないふりをしようとか、もう何か一時的な対処をして先延ばししよう、そんなことをして今僕たちって過ごしてるんだよなって思ってるんです。
じゃあどうしたらいいのかっていうと、やっぱりそのインの部分、嫌な部分、この嫌な上司とか嫌な旦那とか、なんかね、そういう嫌な部分っていうのにしっかりスポットを当てて、自分の心の傷から生まれたものなんですよ、過去の。
で、それをちゃんと見つめて、自分こういう感情を持っていたんだな、そしてその感情、その嫌な、今の嫌な出来事って今のこの人のせいじゃないんだ。
過去に自分が種を蒔いて自分が作り上げたものなんだなっていうことを、なんか腑に落ちるところまでやっていくと、途端にその現実っていうのが変わっていくんだっていう、そういうことなんですよね。
で、それをちょっとこう物理的に、物理的にというか、腸を介してやっていっているのが腸心セラピーということなんですね。お腹にちゃんとそういう負の感情っていうのは出てくるんです。
で、その感情と脳って結びついているので、脳で意識したことがお腹にちょっと針として出てきたりとか、いろんな部分で現れてくるんです。そこをセラピーある方法でほぐしていくというかね、もみもみするわけじゃないんです。
ただ触れるだけっていう感じなんですけど、そういう風に施術をしていくと、そこの溜まっている感情の部分が取れるんですね。で、それをやっていくと、どんどんどんどん自分の今までだったら反応してたイラッとする反応っていうのが、
あれ?なんか今日は全然なんかいつもこんなこと言われたらイラッとしてるのに、なんかどうでもよくなったなぁとか。なんかあのすごく近い感情だったのが、とってもなんか距離が離れたような感じがする。そういう風になっていくんですね。
「自分のものじゃない」感情への気づき
まさに昨日、僕がたっぷりこう1日かけてですね、セラピーをしてもらう中で、それがあったんですよ。悔しいという気持ちがすごくあったんですね。何やっても釣りも下手だし、魚釣りですね。リールが壊れたりとか、なんかうまくいかないことばっかり起こる。
で、何やっても何やってもなんかこううまくいかない。一生懸命頑張るんですよ。一生懸命頑張ってやるのに、あるところまで来たら絶対何かうまくいかなくなる。
で、なんかもうちょっといけるのに、もういけそうなのに、でももう中途半端で終わって、自分ってなんか中途半端だなぁ。なんかもうやっぱりできないのか。そんな感じで、なんか自分にがっかりするとか、できない過程でもう超ムカつくわけですよ。
で、昔だったらちっちゃいときは、こう頭をグーでね、自分の頭をガンガン叩いてたりとか、壁にね、頭突きしたりとか、なんかね、そんなことやってたんですよ。で、もうイラッと、自分にイラッとしたときが一番厄介で、で、人にはそんなにイラッとしないんです。
でも、物に当たったり、自分に当たったりするんです。で、これ何なんだって、もういっつもこういうことで、なんかうまくいかない上に誤解されたり、本当はこう言いたいのに、そういうふうに伝わらなかった。
いや違う違う、そうじゃないのに、これも悔しいんです。自分が、なんかこう、誰かにね、良かれと思って言っても、それが良い方向に伝わっていかなくて、で、自分が怒られたり責められたりして、違う違う違う、ずっとそんなことが溜まってたんです。
でも、こうセラピーやっていく中で、その悔しいがどんどん距離が離れてきた感じがするんです。ちょっと待てよと、なんかこの悔しいっていう感情、自分のものじゃないぞっていうふうに感じたんです。
で、それをちょっと試しに、自分のものじゃないような気がするっていうので、セラピー受けている最中にポロッと離していくと、またお腹の反応が変わってきて、そこのお腹の反応をまたセラピーしてもらう中で、あれ?もともとですね、これ父親との関係で悔しいとかいう気持ちが出てきてたのが、
次は母親。母親に何か関係するんじゃないかなっていうふうに、なんか自然と思うんですよね。これなんか自分のものじゃないぞ。で、父親から受け継いだのかなと思ったら、いや、なんか母親な気がするみたいになってくるんですよね。で、不思議なことに。
で、試しにですね、自分のお腹に、お母さんのお腹の中にいた時の自分ってどんな感情を持ってたのかなみたいな感じで、試しに、いや、生まれてきてよかったんだよみたいな。
未熟児で生まれて、結構生まれるとき大変だったそうなんですよ。超未熟児で、当時は珍しかったそうで。で、その時に、なんかいろんな親からの感情とかが、もしかしたら、3歳ぐらいまでの子供って、
自分と他者の境目が曖昧で、潜在意識的には結構広く、他の人の記憶とか感情まで自分のものと思ってしまう部分があるそうなんですね。
で、この悔しいとか申し訳ないっていう気持ちもいろいろ出てきてたんです。悔しいとか申し訳ない。人に助けてもらったり、未熟児でね、なんかこう弱いし、ちっちゃいし、なんかね、助けられてばっかりだったっていうのがまた辛かったんです、僕としては。
ありがたいって素直に受け取れずに、なんかもう情けない、一人前じゃない、そんな感じがあった。で、それがもしかしたら、これ、生まれたばっかりか、生まれる前か、生まれた後の状況、3歳までの間に、
親から受け継がれてきた、親の感情を自分の感情だと勘違いして、ずっとその感情を持っていた、という可能性があるんだ、ということなんですね。
でもそれ、すっごくなんか、そうだってなぜか思ったんです。それはね、代表の人にね、言われたんですよ。そういう可能性あるけど、なんか、こう、どう思う?みたいな感じで言われたら、お腹もその時、言われた途端反応するし、
すごい、そうだと思うって、腑に落ちるんです。だから、もしかしたら、今、自分が思っててコントロールできない、どうしても毎回出てきてしまう。頭ではこうしようと思っても、そうならない。
その時になったら、ブワーッと自然と出てきてしまう感情というのは、自分が持ってた感情じゃないのかもしれない。周りの親とか、むしろ過去生とか、そういったところから引き継がれてきた感情もあるんだよっていう風にね、教えられて、それも本当にピンときたので、
もしかしたら皆さんも、なんかこう、どうしてもね、これに関しては怒りが出てしまう。自分ではもうコントロール不能だっていうようなものがあるとしたら、もしかしたら、自分の人生の生きている中で、自分が作り上げた種じゃないのかもしれない。そういうのもあるんだなあっていうのが一つね、学びとしてきのうありました。
感情の捉え方と人生への応用
今後ね、こういう心とか潜在意識の学びや気づきっていうのをシェアしていきながら、本当はですね、これって応用していけば、本当に介護の問題だったり子育ての問題っていうのは、本当になくなっていくんじゃないかなって思うんですよね。
これ、もう自分がどう捉えていくか。自分の起こる出来事っていうのは、自分に必要があって何かメッセージを送っているものなんだっていう風に本当に思ったときに、介護の問題とかって今みたいな形じゃなくなってくるかもしれないなって思うんです。
なんか悔しい、僕の思ってた悔しいっていう気持ちも、悔しがらせるような出来事が起こらなければ、自分の中に悔しいっていう感情があるって気づきようがないわけです。
だから、必要があってこの悔しいという感情を自分の中にあるよっていうことが分かるためにいろんな出来事が人生の中で起こってくる。その中で感情が揺さぶられる体験っていうのは必ず自分に必要なメッセージなんだよねっていう風に思うわけです。
そういう目線で介護を普段の介護だったり子育てを見たら、見方が変わると思いませんか。それに対してこういう風にやっていったらいいんだっていうのが分かってくると、もしかしたら自分の人生をどんどんより良くしていくための一つの出来事ツールとして、この子育てや介護の問題っていうのがあるのかもしれない。
これは何もこれだけに共通することじゃなくて、仕事においてもそうだし、人間関係、友人関係においてもそうだし、家族関係においてもそうだし、いろんな面で当てはまるわけですよね。
ここをもっともっと応用して、いろんな場面で役に立てるようになりたいなと思っています。ではではご視聴ありがとうございます。
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