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2025-07-31 14:12

【介護374】苦手な事は席を譲って、得意な事の席に座る椅子取りゲームの社会へ

#ばあちゃん喫茶 #ばあちゃんビジネス
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サマリー

このエピソードでは、【ばあちゃん喫茶】という地域コミュニティにおける高齢者の役割について語られています。おじいさんやおばあさんはそれぞれの得意なことを活かし、協力して店を運営しています。「ばあちゃん喫茶」では、高齢者と利用者の関係を見直し、互いに支え合う社会の重要性が伝えられています。また、介護の現場の疲弊を踏まえ、柔軟で優しい支援のあり方が求められています。

ばあちゃん喫茶の魅力
どうも、ボブです。今日はですね、【ばあちゃん喫茶】についてお伝えしたいんですけれども、
今まで何度かお伝えしたことがあるんですが、この【ばあちゃん喫茶】っていうのが、
おばあちゃんが、例えば、とんかつがとっても作るのが好きで、
いつも息子さんに、とんかつ美味しいから、栄養満点のもの食べさせようと思って、
力つけさせようと言って、とんかつを食べさせるんだけども、
息子はね、結構大人になって、毎回とんかつ作られても困るよっていうようになってるんだけども、
でも、やっぱり得意なのはとんかつ。
昔、スナックかな、お店をやってたんですよね、その方が。
だけど、今やっぱりお店を一人で経営できるほどのお体、歳も重ねていって、
できなくなった。
だけど、料理のこの部分、とんかつ揚げるぐらいだったらできるよ。
そういう方がですね、この【ばあちゃん喫茶】を利用することによって、
自分はとんかつを揚げるだけ、揚げて切って盛り付けるだけ、それはできる。
他の人は手分けして味噌汁をついで、ある人はご飯をよそって、ある人はサラダを作って、
配膳とかをする人はまたいて。
自分の得意なことに専念すると、他にも自分のできない部分が得意な人がいたりとか、
手伝おうっていう人がいたりとか、協力するよっていう人がいて、
お店が成り立つ。そしてちゃんと給料がもらえる。
そういう風な仕組みになっているのが素晴らしいなって思って、
もう大ファンになっちゃって【ばあちゃん喫茶】にですね、通ってるんです。
コミュニティの協力
月に1回はね、仕事中の一応昼休みの時間だということで抜けて食べに行ってるんですよね。
今日も取材の方が来て、いろいろね、実際ケヤマネさんから見たらどう思いますかっていうので、
取材を受けていろいろお話をさせてもらいました。
ただこの自分の得意なことを無理なくやって、
みんな得意なことをやり合うっていうのって、これからの社会とか地域とかにすごく大事なことかもしれないな。
僕たち働く、バリバリ働く元気世代ですらこういうのって大事かもしれないなって感じるんですよね。
皆さんどう思いますか。ある佐藤光郎さんっていう方が言ってたのが、
イストリゲームの話をしていたんですよね。
みんなが好きなことをやれば、本来はもしかしたらうまく回るかもしれない、経済は。
だけど今、自分が得意じゃないことを無理にやっている人って多くないですか。
自分これ全然やりたくないんだけど、自分は全然得意じゃないポジションなんだけど。
でも得意じゃないこともやってみるとすごい面白かったり、やっぱり可能性って人間分からないんだけれども、
それでもやってみたけどどうしても合わないってことありますよね。
子供とかでも習い事やったけど、ある親は、これも考え方いろいろですけどね。
絶対に続けなさいと。くじけるんじゃないみたいなね。
ちゃんと決めたことは最後まで続けなさいよってそういう教えもあるかもしれないんですが、
本当に嫌なことは無理しなくてもいいんだよ。また次の好きなことを見つければいいじゃん。
そういう考え方もあると思うんですよね。
僕が思うにはですけど、これからの時代って今まで自分が嫌なんだけど席に座っていたこのポジションを開けてあげることが
もしかしたら大事かもしれないなって思うんですよね。
一人ゲームで嫌だけど座っているポジションを開けて誰か好きな人がそこに座ってあげると
本当にピシャッとパズルのピースが合うように今の世の中経済が無駄なく効率的に
しかもみんなが無理なく楽しんでやっていけるような世界ってもしかしたら作れるかもしれないよって思うんですよね。
これがいろいろね、自然経営とか自然に即した経営の仕方を提唱している方がいるんですけど
微生物とか自然界って無理なことやってないんですよね。
みんななんか自分の色とか特色とかそういう自分の特性があってそれをただただ全うしているだけ。
それでちゃんと調和が取れて循環していっているっていうそういうサイクルが自然界は出来上がっているのに
人間界だけはうまいこと言ってないんですよね。
それって無理なことを無理な量やっているから、そして自分の特性じゃないことを無理にやっているから、そうかもしれない。
ある仮説としてね、そうだとしたらそれを本気で実証するっていうことが今なかなか仕組みとしてできてないですよね。
ただこのバーチャン喫茶で一つヒントなのは本当にその自分がやりたいっていうこととかできそうだっていうことをやって
そして今デイサービスとか施設って一生懸命高齢者の方喜ばせよう楽しませようってやっていってるんだけども
やっぱり人の喜びって受け身、やってもらうだけじゃやっぱり本当の本当のそこからの喜びってなかなか得られないんじゃないかと思うんですよね。
自分が何か誰かの役に立つとか自分が何かをして提供して喜ばれる。
それによって本当に幸せを感じるんじゃないかなって思うんですよね。
それがなかなか今の介護保険の中の制度ではどうしてもやってあげるやってもらうということでこっちがありがとうっていうことばっかりだと思うんですよね。
でもこのバーチャン喫茶では本当に美味しいものを作って得意なことで本当に生き生きした楽しんでやってくださってるそれを食べて美味しいと思うんですよね。
素敵だなーって思うわけです。
ここの雰囲気が全体のね。
なんかこうただ味だけじゃない満足感が得られる。
それで本当に美味しかったよですありがとうございますっていうことでありがとうって言われるんですよね。
デイサービスとか施設って本当にありがとうって言われることってどれだけあるんだろうって思うんです。
でもこういう仕事をして本当に心からありがとうって言われてこっちも提供した実感があるわけだからすごく嬉しいわけですよね。
それがエネルギーになると思うんです。
こういう環境ができていることが本当にありがたいなーっていうのと
あと介護保険の制度の中でこれが実現できているっていうのがすごいなーと思うんですよね。
これを取り組んでいる施設の方がすごいなと思います。
ここに目をつけてでこういうことできるんだこういう外出レクデイサービスの外出レクみたいな感覚で
そのばあちゃん喫茶っていう場所でお仕事をするそういうね人員もそれだけ割いてますよね。
職員さんは多分大変だと思います。
でもそれでも周りの評価周りはすごいねって思うわけですもんね。
それで励みになってますって職員さんも言ってました。
多分ね色々とあのやってる側って大変だとは思うんです。
でも同じ大変だったらどっちがいいんだろうなーってそのこの利用者さんも利用者さんじゃもうないんです。
ばあちゃん喫茶の意義
もう多分定員さんなわけですよね。もう利用者さんじゃなくなる。
これがなんか素敵だなぁと思うんですよね。
今介護施設とかでもちょっとこう見下したような利用者さんを見下したようなちょっとあのまあ
慣れ慣れしくというか悪気はなくね人間関係コミュニケーションだと思って慣れ慣れしく話したりするんだけども
でも本当はあのもう大先輩なわけですよね。目上の方なわけですよね人生すごい人生生きてきた。
でもなんか介護施設の中では閉鎖的な中ではなんか感覚ずれてしまうようなそういう時があるかもしれない。
でもこういうばあちゃん喫茶とかで普通のおばあちゃんとして定員さんとして接していると
なんかもう利用者さんじゃなく僕らから見たらなんかね普通のおばあちゃんだっていう感じがするんですよね。
実際そうなんだけどなんか制度の中では目が曇ってしまうかもしれない。
そういうのを目を覚ましてくれるのがこういったばあちゃん喫茶だなぁと思って
もうあの今もねこれからもいろんな挑戦をしているんです。
次はカツカレーをしようかとかですね。ピザがまがあるからピザを作ろうかとかですね。
いろんなことやってます。で仕掛け人はいるんですよね。
仕掛け人は浮気派の宝っていう大熊さんという方が仕掛け人としてやっていってるんだけれども
何か高齢者をビジネスに使おうみたいなそんなんじゃ全くないなっていう風に
実際お会いしてやってる雰囲気を見て思いますね。
僕はこういうばあちゃん喫茶続けて行ってもらう中でたまに今日は疲れたのでお休みします。
そんな日があってもいいんじゃないかなと思ったりするんですよね。
無理にもう頑張って頑張って毎回始めたんだから続けないとじゃなくても
ちょっと今日はなんか疲れたから今日は行かんどこか今日はちょっとお休みしようか
それが許されるようななんか世の中地域っていうのもありじゃないかなって思うんですよね。
それが許されるこの消費者側というかねお客さん側がそういう感覚を持つっていうことってこれからとっても大事かもしれないなこれから人不足ですよ
これからもうどんなになんかお客様神様じゃあもうないわけです
そうじゃなくてお互いがもう同じ人同士でお互いがいろんな生活があるわけですよね
自分の家庭を犠牲にしてまで提供するそれがその提供したものは本当に幸せを与えるものなんだろうかなって思うんですよね
自分が幸せでそしてようやく相手にも幸せを与えられるっていうおっさわけができるんですよね
でも今はなんか介護の現場ももう疲弊してるんです訪問介護さんとか特にもう自分たちの生活とか家庭とかを犠牲にして夜遅くまで残って
でサービスに行って体を酷使してで他のヘルパーさんのお休みが出たらそのカバーを職員さんがして
いつこの人たち帰ってるんだろういつその書類とかをねやってるんだろう家に持って帰ってもしかしたらやってるかもしれないとか
そんなやってる時間ないよねそういう風にねもう監査の前とかに夜中までねやってるような人もいたりとか
そんなまでしないといけないのここまでこの仕事ってしないといけないの
何が一体大事だったんだろうって思ったりするんです
だからこういうねばあちゃん喫茶も一つのねきっかけとして何かこう福祉だったり高齢者でも子どもとか全部含めてなんですけど
社会のあり方仕事のあり方支援のあり方っていうのがこれからもっと幅広く柔軟に優しく柔らかくなっていっていいんじゃないかなって思うんです
今まではガチっとこうしなければばっかりの時代だったと思うんですけどちょっとこれから時代が変わっていくんじゃないかなって思います
すごいねあの素敵な取り組みだなぁと思ってこれからも応援させていただきたいなと思いました
介護現場の課題
ではご視聴ありがとうございます
14:12

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