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2026-02-05 36:04

#19 日本人アイデンティティが生む障壁:科学系ポッドキャストの日

今回は科学系ポッドキャストの日企画として、日本人アイデンティティが生む「歴史という名のバリア(障壁)」に迫ります 。

日本では「唯一の被爆国」という記憶が強い一方、欧州では「かつての侵略国」という視点が根強く残っています 。


オランダでの抑留所体験やスマラン慰安所事件、そして今も個人補償を続けるドイツと日本の決定的な差 。


「知らなかった」という沈黙が「無関心」と捉えられる欧州の日常を通じ、私たちが向き合うべき加害の記憶と、歴史の通訳者としての葛藤を語ります 。


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#科学系ポッドキャストの日 に参加しました!

・2月のトークテーマ「バリア」 

・ホストさんは 「ひよっこ研究者のさばいばる日記」

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======科学における女児と女性の国際デー連動!

あなたのアイデンティティに関することが要因で直面した障壁エピソードを特に募集します!

企画説明はこちら🔗https://t.co/7qx2cdwACU

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🌍 『世界から見る日本』は、世界から見た日本はどう映るのか?他国と比べると何が違うのか?

そんな視点から、より良い日本へのヒントをリスナーの皆さんと一緒に考える番組です。


🎧 ナビゲーター:ゆき海外在住歴30年以上/現在オランダ在住

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BGM:トーマス大森音楽工房

サマリー

このエピソードでは、日本人のアイデンティティが生む障壁について探ります。特に、日本とオランダの歴史的背景の中で、日本人がどのように見られ、どのように障害を感じるのかについて考察します。また、スマーラン慰安婦事件に触れ、性暴力のテーマが両国の認識に与える影響について論じます。このエピソードでは、また、日本のアイデンティティとその歴史認識が引き起こす障壁についても探ります。特に、原爆被害の認識と日本の戦争歴がヨーロッパ人との会話に与える影響について詳しく論じます。さらに、日本とドイツの謝罪問題や教育システムの違いについても触れます。日本人のアイデンティティが歴史観に影響を与え、特に戦争の記憶と文化の分断が障壁となっています。

アイデンティティと障壁の探求
世界から見る日本へ、ようこそ!
グローバル社会と言われている今、世界各国との距離が近くなったように感じる一方で、皆さんは日本が世界にどう見られていると思いますか?
この番組では、世界から見た日本はどう映るのか、他国はどうなのかといったことを比較しながら、
より良い日本へのヒントを探り、世界から見る日本といった視点をリスナーの方々と共有していきます。
番組のお相手は海外在住歴30年以上、現在オランダに住み、日本とオランダを結ぶ事業開発サポートを行っている私、ゆきです。
今回は再び企画会、科学系ポッドキャストの日に初参戦しております。
世界から見る日本は、まあ文系ポッドキャストにてかなりアウェー感があり、科学系ポッドキャストのリスナーさん、皆さんのテイストに合う番組かどうかわからないのですが、こんなポッドキャストもあるのねということで聞いていただければと思います。
2月の科学系ポッドキャストの日をホストしてくださっているのは、ひよっこ研究者のサバイバル日記というポッドキャストを配信されているはちさんとちーさんの2人、略してひよけんさんです。
科学系ポッドキャストの日というのは、異なるポッドキャスターさんがホストとなり、共通のテーマで毎月10日ごろ配信するという企画です。
この科学系とは化学ではなく英語で言うところのサイエンスの科学の方ですね。
そして2月11日が科学における女児と女性の国際例ということで、このテーマに連動し2月のテーマはバリア、日本語で言うと障壁ということです。
ひよけんさんはポッドキャスターさんだけではなく、リスナーの方々からも性別、国籍あるいは家庭などであなたのアイデンティティが要因で感じた障壁を教えてくださいませんか?と呼びかけていらっしゃるので、
リスナーの方でも私こんなエピソードがありますと思った方は概要欄のリンクからぜひお知らせください。
それでは今回の配信では、長い海外経験の中で私が感じたバリア、障壁についてお話ししていきたいと思います。
日本とオランダの歴史的背景
私は海外在住歴が30年、中でも今いるオランダに住み始めたから25年も経ってしまいました。
世界から見る日本を初めて聞くリスナーさんのために補足しますと、私はオランダ人のパートナーと国際結婚をしており、17歳と11歳の娘2人がいます。
パートナーとはオランダ語で話し、娘たちとは日本語で話しています。
人生の半分以上、この平坦で広い国、オランダで過ごしてきました。
私は母国語である日本語の他に英語、そしてオランダ語の三カ国語を話します。
オランダ語の会話は何不自由なく、オランダのニュースを読み、聞き、オランダ人の友人と冗談を言い合うというのは私の日常でもあります。
でもふとした瞬間に、自分とオランダ人の間に境界線を感じ、突如として日本人である自分がアウトサイダー、いわゆる外人であることをつけつけられる瞬間があります。
それは悪意のある差別ではありません。もっと静かで、もっと根深いもの。歴史という名のバリアです。
今回のポッドキャストのテーマは、アイデンティティーが生む障壁。
日本人として、そしてオランダ市民として生きる私にとって、その障壁は常に過去の歴史という形をして現れました。
今日は、私が25年かけてぶつかってきた3つの大きなバリアについてお話できればと思います。
皆さんは、日本人が海外でどう見られているかということについて考えたことはありますか?
海外から多くの観光客がにぎわう日本。アニメ、漫画といった日本のコンテンツは世界中にファンを抱え、
柔道などといった武道、茶道、花道といった文化やその雄大な自然など、日本は世界に誇れるものが多数あります。
日本人ですと言えば、そのほとんどの場合が海外からは好意的に受け止められると感じている日本人は多いのではないでしょうか。
特にオランダといえば、昨年度2025年度はニチラン通称開始から250年の年でもあり、
ランガクシーボルトなどという言葉は皆さんもよく知っていると思います。
日本の鎖国時代、唯一西側諸国として日本と貿易ができたオランダは、日本にとって西洋の学問、文化の窓口でした。
杉田原爆の解体心象など、皆さんも聞いたことがあると思います。
医学、天文学、科学と幅広い範囲で日本に影響を与えたオランダと日本は、深い繋がりがある国々です。
このようなオランダと日本のいわゆる信仰がある仲良し歴史については広く日本で普及しているものの、
そうではない、利害対立があった歴史というのは、私の個人的感想ではあるのですが、日本人には広く認識されていない歴史だと感じます。
というのも、オランダの社会に入り、そこに深く根を下ろし生活すると、蘭岳シーボルトといった信仰が深い領国を表す言葉とは、真逆の言葉が飛び出します。
これは日本軍による抑留所を指しています。
多くのオランダ人にとって、日本はかつての敵国であり、自分の祖父母を収容所に閉じ込め苦しめた国であるという側面を持っています。
ここまで話してピンとくる方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。
スマーラン慰安婦事件の影響
えー、日本はオランダを攻めていったことはないでしょう?どういうこと?
それはオランダ領であったインドネシアが関係してきます。
長年オランダという国はインドネシアを植民地支配しており、インドネシア全土実質植民地支配していた期間は140年にわたり、一部を占領していた時期を含めると350年にもなります。
しかしそのオランダ植民地支配も、日本が1942年インドネシアを占領したことから終わりました。
日本は太平洋戦争にてインドネシアの石油などの天然資源確保とオランダ軍の排除を目的にインドネシアに侵攻し、1945年までインドネシアを占領しました。
当時、日本軍統治下にいてインドネシアにいたオランダ人の多くは、その数、民間人9万人、軍人4万人が日本軍に抑留、捕虜として囚われられたと言われています。
ものすごい数です、これは。
食糧不足、病気の蔓延、劣悪な衛生環境など、過酷な状況下での強制労働及び生活が強いられました。
オランダ人には、元オランダ領東インド、現在のインドネシアは、日本軍占領の収容所体験が家族史、つまり家族の歴史として強く残っている人が少なくありません。
私も、それこそオランダに来たばかりの頃、友人の誕生日パーティーに出席したところ、ある年配の男性から、「お前は日本人か?」と言われ、「はい。」と答えたところ、
「俺はヤップカンプにいた。」と告げられたことがありました。
当時の私は、その方の雰囲気で、何か日本人としてまずいことをしたことを指摘されているという感覚はあったものの、具体的にそれが何を指しているかすぐに理解できなかったという過去があります。
このように、オランダと日本という国がどちらの国を直接的に占領しなくても、インドネシアという国を介することで利害対立が起こり、オランダ人は日本人に対して捕虜として抑量所に入れられた記憶があるということがあります。
これだけではありません。私はオランダにてスマーラン・イアンジョ事件の被害者の孫であるオランダ人女性と話したこともあります。
みなさん、スマーラン・イアンジョ事件とはご存知でしょうか。
1944年2月に日本軍占領下のオランダ東インド、現在のインドネシア、ジャワ島スマーランで起きた日本軍によるオランダ人女性の性暴力事件です。
日本軍幹部候補生のショーコラが、軍の公式指示を無視し、民間人抑留所から17歳から28歳のオランダ人女性約35人を看護婦として働くと偽って連行し、
これらの女性はスマラン市内の4つのイアンジョに約3ヶ月間監禁され、強制的に売春行為を強いられました。
連行された女性たちは、自分たちが理解できない日本語の同意書に無理やり署名をさせられました。
事件が発覚したのは、被害者の母親らが抑留所で抗議したため、上層部が欧州人の反発を恐れ、イアンジョを閉鎖。
女性たちは遠隔の抑留所へ移送され、口止めされ、日本軍総司令部は事件を隠蔽しました。
戦後、オランダ側、抑留者の証言が裁判当局に届けられ、1948年のバタビア臨時軍法会議で、この事件が明るみに出ました。
オランダ軍地方では、これを軍令違反の強制売春、合間として起訴。
被告13人、主に実行犯の証拠やイアンジョ経営の日本人業者を審理、女性たちによる直接証言が決め手となり、隠蔽工作を覆しました。
11人の日本人が有罪となり、そのうちの1人は死刑判決、他の10名は最高20年、最低2年の禁告刑が言い渡されました。
死罪判決を受けた1人は判決後、複数の兵士から鳴る銃殺隊が彼に向けて一斉に射撃する総射刑として、1948年に執行されました。
日本政府もサンフランシスコ講和条約で、この裁判結果を正式に承認しています。
皆さん、これを聞いてどう思われますか?
インドネシアでのオランダ人収容所も、スマラン慰安婦事件におけるオランダ人慰安婦についても、私は日本で学んだ記憶がありません。
オランダ慰安婦だった孫の女性は、オランダにいる多くの日本人にインタビューをしている方で、私がスマラン慰安婦事件について認識をしていなかったと知った当時、とても楽談していました。
日本人は朝鮮半島、中国での慰安婦については認識しているけど、オランダ慰安婦については知らない人が多い、と彼女は言いました。
多くのオランダ人にとって、これは教科書の中の話ではありません。祖父母、あるいは親の世代の家族の記憶です。
一方で日本人の多くは、この歴史を学校で詳しく学んでいません。
知らなかったという人も少なくない中、性暴力という重いテーマを日本人として、女性としてどう受け止めればいいのか、迷う感情が彼女と話していて湧き出たのを覚えています。
そのギャップの中で、彼女との会話がふと止まった瞬間がありました。何かを否定したわけではない。でも何も言えなかった。その沈黙は、彼女にはどう聞こえただろうか。
日本では、何も言わないことが配慮になる場面があります。でもヨーロッパでは、沈黙は無関心や否定として受け取られることもある。
日本人アイデンティティのバリア
日本では、インドネシアといえば独立を助けた、親日的というポジティブなナレティブが強く、オランダ人の被害者としての記憶と日本人の解放者としてのイメージのギャップが会話の中で違和感やバリアになるのです。
私はここで、沈黙もまた一つのバリアになり得るのだと気づきました。
このエピソードを聞いている人には、日本だって第二次世界大戦では原爆被害国なんだという被害国認識があると思います。
私たち日本人にとって、原爆は人類史上最大の悲劇であり、日本は広島と長崎という原子爆弾の被害を経験した唯一の被爆国です。
これは日本人としてのアイデンティティに深くつながっている部分です。
日本では、広島、長崎が人類史上初の核攻撃として強く記憶され、戦争被害の象徴として語られてきました。
その結果、第二次世界大戦イコール日本が最も大きな被害を受けた戦争という被害者イメージが一般の感覚としてかなり強くなっています。
子供の頃の教科書やドラマ、平和学習の多くが、空襲、原爆、被爆者の体験に焦点を当てていた記憶が誰にもあると思います。
しかしヨーロッパでは、日本は中国や東南アジアへの侵略を行ったという理解が前提にあります。
だからこそ、日本は原爆の被害者だという文脈だけで会話をすると、ヨーロッパ人は必ず、
でも、先に侵略をしたのは日本でしょ?火害の話を抜きにするのは不公平なんじゃない?という反応が出やすくなります。
原爆被害の記憶が、日本人にとっては戦争反対、反核の大事な土台である一方で、火害の記憶を見えにくくしてしまう側面もあることに気づいたのは、私がオランダに住んでいるからかもしれません。
日本で育った時にはあまり意識しなかった、過外国としての日本が、オランダに住んで初めて日常会話レベルで突きつけられる違和感を経験したことで、
自分自身もオランダやアジアの人と話す中で初めて、自分の中の戦争イメージがかなり被害側に偏っていたと気づいたプロセスがありました。
被害を語れば、過外を相対化しているように聞こえてしまう。かといって、過外の話だけをすれば、被爆の記憶が消えてしまうような感覚になる。
人は同時に被害者であり、過外者でいられるのか、そしてその矛盾を誰が引き受けるのか、
この長いオランダ生活で学んだことは、それは一見矛盾して見えることだけど、矛盾ではなく、2つの視点があるということです。
日本は広島・長崎空襲の点では明らかに戦争被害国。
そしてその一方で、中国・朝鮮半島・東南アジアなどに対しては侵略し、多くの民間人を犠牲にした過外国でもあるという事実です。
だけど、ヨーロッパ人に私が抱えるこの2つの視点を直感的に理解してもらえない孤独感は常にあり、これもまた日本人として感じた大きなバリアでした。
謝罪問題の対比
科学系ポッドキャストの日なのに、なんだか歴史系ポッドキャストみたいになってきてしまいました。
リスナーの皆さん、大丈夫ですか?少し重い話で申し訳ありません。私は日本の歴史認識が甘いとか、ヨーロッパ人が正しいとか伝えたいのではありません。
私は海外生活こそ長いですが、日本人であることを誇りに思っている人間です。
日本を誇りに思っているのに、ヨーロッパで日本の歴史認識について問い正される度、特にオランダ人は議論好きですし、先に触れた日本とオランダの衝突の歴史もあるため、このような話が持ち上がることはしばしばです。
日本のように、相手が居心地悪くなるだろうから、この話はしない、なんて配慮をしてくれることはありません。
当然ながら、日本人としてのお前はどう考えているのだ、何を思うのか、ということを何の抵抗もなく聞いてきます。
そういった議論の中で必ず上がるのが、本エピソード最後の3つ目のバリア。
それは何かというと、第二次世界大戦、日本の同盟国であったドイツの存在。
次はヨーロッパでよく聞かれる比較です。
ドイツ政府は過去の過ちを認め、世界に謝罪し、近隣諸国との和解を成し遂げた。
それに比べて日本はどうなのか。
この問いを投げかけられたことは一度や二度ではありません。
ドイツには第二次世界大戦について国家として謝罪し、記憶を共有し続ける明確な物語があります。
ヨーロッパでは、ドイツは学校教育、政治家の発言、資料館記念碑などを通して徹底して過去と向き合って謝罪してきたというイメージが強くあります。
それに比べて日本はきちんと謝っていないという認識が一般的にあり、日本人としてそれを直接ぶつけられると何とも言えない感情になります。
実際には歴代首相の公式謝罪文の存在があり、村山談話や安倍談話などで深い反省と心からのお詫びを繰り返し表明し、その対象にはオランダも明記されています。
教育を通じた歴史認識の重要性
でもそれは断片的で、世界に共有される物語としては認識されていません。
明確な事実としての日本政府の謝罪声明は存在するのに、それがなぜ謝っていないという国際イメージにつながるのか。
皆さんわかりますか?
長年この問題についてたびたびヨーロッパ人と話してきた中で、私が感じたポイントが3つあります。
まず第一ポイントとして、この議論で必ず上がる数字を把握したいと思います。
ナチス同一によるユダヤ人迫害、ホロコーストの死者数は皆さん知っていますか?
これは一般的に1100万人と言われ、そのうちユダヤ人が600万人と言われています。
一方、日本軍による第二次世界大戦、東南アジア侵略の死者数は2000万人と言われています。
ホロコースト死者数1100万人に対し、東アジア侵略死者数2000万人です。
ホロコーストは意図的絶滅政策の象徴であり、日本は侵略拙走の結果のため、単純に死者数を比較することは危険です。
それがわかっていても、この数字は被害規模の把握といった下で、必ずヨーロッパ人との議論で出てきます。
そして次に出てくる数字が、日本とドイツによる戦後の賠償、保証金額の違いです。
まず気をつけていただきたいのが、これは民間基金のお話をしているのではなく、国費、国から出たお金の日本の賠償、保証金額の総額です。
日本はこれが1兆円であるのに対し、ドイツはホロコースト保証だけで国費から総額8兆円出していると言われています。
日本の1兆円とドイツの8兆円というこの差。
第2のポイントは、日本はサンフランシスコ平和条約1951年、日韓請求権協定1965年など、賠償、保証などにおいて、相手国と条約を結び、平たく言うと、これで賠償、請求権は全部終わりと合意したことです。
条約のルールとして、日本が1兆円を非外国政府に渡し、その政府が国民に分配。
個人、つまり元慰安婦、徴用工などは日本政府への請求はできず、日本政府も国費から直接個人への保証は行わない。
日本政府からの国費での保証は条約上にて法的解決済みと一括決着となっています。
したがってそれとは別に、国費による新たな個人保証は条約違反になると言って日本政府は避けていました。
対してドイツはどうかというと、1952年、ルクセンブルク協定にて、当時のドイツ首相がユダヤ人請求会議と合意。
総額150億マルク、約45億ドル、当時のGDP10%を15年で支払うホロコースト保証基盤を作り上げました。
これはイスラエル政府との枠組みではありますが、実質は個人保証基盤です。
これが日本と異なる点です。国家間条約ではなく、保証合意であり個人に送金するという点です。
その後、1990年の冷戦終結にて、東西に分かれていたドイツが統一しました。
この時点でドイツの戦争状態が正式に終了したということです。
連合国であったアメリカ、フランス、イギリス、そしてソ連が国家間賠償請求権を最終的に放棄。
もう賠償金をドイツに請求しないよということで合意しました。
これらの条約決着後にも、ドイツは国費を出し続け、個人に保証を行い続け、それは現在まで続いています。
1952年、ルクセンブルク協定から80年近く経ったのにも関わらずです。
その対象は、賠償・補修年数がそれぞれ異なるのですが、ユダヤ人だけではありません。
ナチス強制労働被害者であるロシア人、ウクライナ人、ポーランド人といった非ユダヤ人も含まれます。
収容所・工場奴隷労働生存者の遺族なども対象としています。
ドイツという国は、こういった条約決着後にも新たな法律を作って国費での保証を継続し、2023年にも13億ユーロを追加しています。
ホロコースト高齢者・生存者5.6万人に年1,200ユーロを保証しています。
ドイツは国のお金で被害者の銀行口座に直接お金を振り続け、まさに償いは終わりなしです。
2026年の現在もドイツ政府は、ホロコースト高齢者・生存者に向け、年間1,450ユーロ、27万円ほどですね、の振り込みをしております。
想像してみてください。ヨーロッパ人からの目線はこうです。
日本は、被害国政府に、この賠償・保証金を国民に配分してね、と一括渡し、個人の保証は国費からは出さない。
一方ドイツは、あなた個人に政府から直接お詫びとお金を何十年も振り込み、ヨーロッパ人は後者を本気の謝罪・償いと認識するのです。
だからこそ膨らみ続けたドイツの賠償・保証金額の8兆円で、日本の1兆円とは大きい差があります。
第3のポイントは、教育です。
ドイツは、二度と同じ間違いを繰り返さないという理念の下、学校教育、社会教育、あるいはマスコミを通じてなされる報道等によって、
ナーツシスがどのような不法行為、どのような迫害行為を行ったか、教えるということを重視しています。
学校授業も記録映画も資料館などを作り、施設見学を促すなどの活動を行っております。
みなさん、ドイツ全国には、いくつのユダヤ人迫害ホロコーストをテーマにした資料館があると思いますか?
その数は100ヵ所以上です。
みなさんも見たことがある、あるいはその映画の名前を聞いたことがある、
ユダヤ人をナチスの虐殺から救った実在のドイツ人実業家の姿を描いた、
日本の歴史教育と認識
スティーブン・スピルバーグ監督作シンドラーのリストを学校授業に取り入れるよう文部省が勧告しているくらいです。
一方の日本は、アメリカと戦争をして空襲を受け、
広島・長崎に原子爆弾が落とされ、膨大な被害を受けたという被害者意識での教育に主眼が置かれています。
実際、どれほどの日本人が中国や東南アジアへの侵略を行った加害者としての日本を認識しているか、
例えば、大河ドラマにて日本の植民地支配を描いたドラマが過去にあるか、原爆資料館はあっても、
日本は植民地支配を正面から扱う国立資料館はゼロ、在日コミュニティの小規模施設だけです。
これらの空白こそが、ヨーロッパ人から見た、日本は過去と向き合わない、謝罪をしていないという印象の確信なのです。
ヨーロッパ人にとって、歴史とは学校の科目ではなく、歴史は現在の倫理、歴史とは知識ではなく、今現在にもつながっている前提であることを感じます。
日本人にとっての知らなかったは、ヨーロッパでは向き合ってこなかったと聞こえることがある。
それは私がヨーロッパで経験し痛感していることです。
歴史は変えられません。国籍も選べるものではありません。
でも、歴史と国籍のその間に立たされることがよくあるというのが、日本人として感じるヨーロッパの生活です。
私は歴史の専門家でも政治家でもありません。
それでもヨーロッパにいると、日本の歴史の通訳を求められることがあります。
その度に何とも言えないバリアを感じ、個人としての私と日本人としての私が分離できなくなる瞬間があります。
皆さんは、自分が選んでいない何かを説明させられたことはありますか?
世界から見る日本の今回のエピソードはいかがだったでしょうか?
リスナーへの呼びかけ
科学系ポッドキャストの日なのに、歴史系ポッドキャストみたいになってしまってすみません。
世界から見る日本では、リスナーの皆様からのお便り、質問なども概要欄にあるお便りフォームからお待ちしております。
世界から見る日本、残念ながらまだお便りを一度もいただいたことがありません。
番組が気に入っていただけた方は、ぜひ番組のフォローおよびSNSで、
ハッシュタグ世界から見る日本で感想や投稿をしていただけたら、必ず返信いたします。
お相手は海外在住歴30年以上、現在オランダに住んでいるユキでした。
また次回、お待ちしております。
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