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#30 ポッドキャスト読書会:カフネを語る
2026-06-18 40:19

#30 ポッドキャスト読書会:カフネを語る

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【ポッドキャスト読書会】作品名:阿部暁子著『カフネ』

2025年本屋大賞受賞作の『カフネ』を読み、感想を語るポッドキャスト読書会第一弾!家事代行サービス会社『カフネ』を舞台に41歳バツイチ主人公・薫子と料理担当のせつなが出会い、ボランティア活動を通じて少しずつ心を通わせていく物語です。

「善意って油みたいなもの」「人間は行き違うもの」「必要とされることと愛は違うのか―本の印象的な言葉を引用しながら、愛とは?相手を理解するとは?を考えます。


▼耳で旅する週末、世界から見る日本とのコラボ収録回

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▼ヤドフェス2026 応募要項詳細

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▼『大丈夫じゃなくて大丈夫』

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▼『ジュエリーボックスにメリケンサック』

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▼『ポッドキャスト読書会プレイリスト』

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世界から見た日本はどう映るのか?他国と比べると何が違うのか?

文化・歴史・制度の違いを通して、より良い日本へのヒントを探り、世界から見る日本といった視点をリスナーの方々と共有する番組です。


🎧 ナビゲーター:ゆき海外在住歴30年以上/現在オランダ在住


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サマリー

このエピソードでは、2025年本屋大賞を受賞した阿部暁子著『カフネ』をテーマにしたポッドキャスト読書会が開催されます。番組ナビゲーターのゆきさんは、家事代行サービス会社「カフネ」を舞台に、41歳のバツイチ主人公・薫子と料理担当の節菜が出会い、ボランティア活動を通じて心を通わせていく物語について語ります。 物語の中心には、「善意って油みたいなもの」「人間は行き違うもの」といった印象的な言葉があり、これらを引用しながら、愛とは何か、相手を理解するとはどういうことかを深く掘り下げていきます。特に、人を助けることで自分が助けられる感覚や、必要とされることと愛の違いについて、自身の経験も交えながら考察します。また、家事代行サービスという現代的なテーマを通して、現代社会における人々の繋がりや、困難な状況における希望の持ち方についても触れています。 番組の後半では、主人公の薫子が自己肯定感を高めていく過程や、節菜との関係性の変化が描かれます。さらに、人生の選択、特に死の選択についての作者の考えや、登場人物たちが互いを理解しようと努める姿を通して、人間関係の複雑さと、コミュニケーションの重要性が強調されます。この読書会は、リスナーに「愛とは何か」「相手を理解しようとしているか」といった問いを投げかけ、深い思索を促す内容となっています。

オープニングと近況報告
世界から見る日本へようこそ。 世界から見る日本は、海外の視点から日本社会を考えるポッドキャストです。
番組では、世界から見た日本はどう映るのか、他国はどうなのかといったことを比較しながら、より良い日本へのヒントを探り、世界から見る日本といった視点をリスナーの方々と共有します。
海外在住歴30年以上、現在オランダに住み、日本とオランダをつなぐ事業開発サポートをしている私、ゆきが、文化、歴史、制度の違いを通して、日本の当たり前を外から見直す番組です。
ヤドペス2026サマージャンボリー。 7月4日19時よりスタンドFMラマレヤドロクとYouTubeにて同時ライブ配信決定。 6月1日から6月8日まで発信を募集中。あなたの歌詞が夏の夜を彩ります。
はい、みなさんこんにちは。6月連続配信の3週目です。みなさんいかがお過ごしでしょうか。
先週のワールドカップ、日本対オランダ戦、みなさん感染されましたか。前半は緊張の展開だったのが、後半になって一気に動き出し、最後の最後まで追いつくんだっていう強い意志が、そのプレーにも見えたサムライジャパン。2対2の同点でしたが、見応えのある試合でしたね。
先週の日本対オランダのエピソード配信、山本真弘選手のサッカー人生の歩み、エージェントなどいない中サッカー選手契約をどう勝ち取るのか、キャリアヒストリーについてもインタビューしている回ですので、初戦は終了しましたが、この山本選手のお話が本当に素晴らしいので、先週の配信を見逃した方は是非お聞きください。
そして、世界から見る日本、本配信で30回目となりました。そしてなんと、明日の6月19日が配信1周年記念となります。
何も1周年記念企画を考える余裕はなかったです。今は仕事もプライベートも忙しいので、何事もなく普通にまた進んでいく感じです。
何もお楽しみがなく、ごめんなさい。基本的に各週配信にてまだ30本しかない小さなポッドキャスト番組ですが、幸いにもこの30本の時点ではまだ楽しく続けられているので、引き続きお付き合いいただければと思います。
そしてですね、私、先日初のコラボ収録というのを体験させていただきました。耳で旅する週末、略して耳旅のりょうたさんとのコラボレーションが先週の金曜日に配信されています。
いやー緊張しました。初コラボ収録。緊張しすぎて完全な台本なしのフリートーク収録なので、すごい早口になっていて、普段この世界から見る日本の私とは全然違う雰囲気ですので、そちらも気になる方はぜひ聞きに行ってください。びっくりすると思います。
ポッドキャスト読書会企画の紹介
こちらも概要欄にリンクを貼っておきますね。今回はポッドキャスト読書会という企画会に参加しています。
こちらの企画をしてくださったのは2つのポッドキャスト番組を持っているしおりさんです。しおりさんと大学の同級生のみのりさんがお二人で配信されている番組は、「大丈夫でなくて大丈夫」という30代のお二人が日々のモヤモヤを語り合い、笑い合い、解決したりしなかったりしながら、明日のエネルギーを得る雑談番組。
そしてお一人で配信されているジュエリーボックスにメル検索では、様々なコンテンツを通じ女の人生をゆっくり考えるポッドキャスト番組です。
私も両番組聞いておりますが、2つともとても聞きやすく、「大丈夫でなくて大丈夫」はお二人の雑談に共感を感じることも多々あり、ジュエリーボックスにメル検索ではしおりさんが日々考えているその脳内の内容を覗き見している感覚もあり、いろいろ学びもある番組となっています。
しおりさんは私も直接お会いしたことはないのですが、声は可愛らしい感じですが、どちらかというとかっこいい魅力的な女性というのが私の印象です。概要欄に両番組リンクを貼っておきますね。
また、本企画に参加されているポッドキャスト番組の方々のプレイリストも概要欄に貼っておきますので、ぜひ皆さんいろいろ聞きに行ってください。
今回はこのポッドキャスト読書会という企画の記念すべき第一回目になります。
その内容は、直近5年の本屋大賞に選ばれた課題図書を読み、その感想を6月15日から21日の間に配信するというものです。
今回は課題図書が5冊ありました。
この中でどれについて話そうかって考えた時に、まだ読んでいない作家さんにしようと思いました。
安倍昭子さんと藍坂東雄さんはどちらも読んだことがない作家さんです。
初めに読んだのが安倍昭子さんのカフネで、収録時点ではまだ藍坂東雄さんの本を読み終えてなかったため、今回は安倍昭子さんのカフネを取り上げていきたいと思います。
小説『カフネ』のあらすじとテーマ
この物語の主人公は法務局に勤める41歳×1のカオルコ。
彼女の弟が急に亡くなったことから物語は始まります。
亡くなった弟の遺言書執行人として指名されたカオルコが、家族や寄贈団体以外に唯一遺言書に明記されていた女性、小野寺節奈と喫茶店で会うシーンから始まります。
読者としては、なぜカオルコの弟春彦が亡くなったのか、小野寺節奈と弟春彦にはどのような関係があるのか、カオルコとはどのような人生を歩いてきた×141歳なのか、そして兄弟のカフネはどういう意味?というような疑問を持ちます。
そしてこれらの疑問が物語の中で工作し、少しずつ明らかになっていくという感じです。
いやー、あのですね、この読書感想ポッドキャストって難しいですね。
本を読んでいないリスナーの方にカフネに興味を持ってもらう伝え方って言って悩みました。
このポッドキャスト読書会の企画をXで見た時は、いろんなポッドキャスト番組の方が感想を言い合うのを聞くのも楽しいし、自分の読書習慣を取り戻すためでもいいじゃんっていうノリで参加しますって手を挙げたものの、ちょっと安易に参加を表明してしまったのではと若干後悔し始めています。
話を戻すと、この題名であるカフネとは家事代行サービス会社の名前なんですね。
死んだカオルコの弟のハルヒコは生前、オノデラセツナと共にこの家事代行サービスでボランティアをしていたのです。
ちょっとこれだけを聞くと勘違いしそうなのですが、このカフネという家事代行サービス会社はボランティアだけで家事代行をしているのではなく、もちろんクライアントさんから代金をもらって家事代行サービス、いわゆる掃除、料理などのサービスを提供しています。
その中で、カフネのサービスをリピートしてくださるクライアントさんには、カフネの家事代行サービスを無料で体験できる無料券、本ではチケットと呼んでいるのですが、
このチケットを配布し、もし周りにカフネのような家事代行サービスを受けられたらいいなと思うご家庭をご存知でしたら、この無料体験チケットをその方に渡してくださいという感じで配布しているのですね。
カオルコの弟、ハルヒコはそのチケットで行う家事代行サービスのボランティアとして掃除を担当し、オノデラ・セツナは料理を担当していた。同じボランティア仲間という関係だったんです。
ここで今話したカフネについて、オノデラ・セツナの視点からカオルコに向けて説明している場面があるので引用したいと思います。
ともかく家事に限っていえば、お金で解決できる余裕があるのなら、チケットで家事代行を体験して検討してほしい。
それで、もし家事代行を頼むのなら、カフネを使ってほしい。
そういう下心もちゃんとある活動なんです。
そういう善意100%じゃないところが好きです。
善意って油みたいなもので、使い方と量を間違えると相手を逆に迷らせてしまうから。
家事代行サービスと自身の経験
はい、家事代行サービスって皆さん使われたことありますか?
私は日本の友達でトマホアだらけをしている友人が家事代行サービスを使っているのを知っています。
かく言うこの私も家事代行ではないのですが、毎週家のお掃除を3時間してくれるヘルパーさんを雇っています。
えーって、自分の家くらい自分で掃除しなさいって。
自分で掃除できないくらいの大きな家なのかしらと思う方もいらっしゃるかもしれません。
いえいえ、とんでもないです。そんな豪邸ではなく、ここまで話すのならもう少し具体的に話さないとフェアじゃないですね。
うちは3階建てのだいたい150平米の家で、オランダによくある長屋タイプの家です。
そのくらい掃除しろよって皆さん思いますよね。
私もそう思いましたし、今でもそう思っている自分もいます。
でも、友ばだらきで子育てもしていて、毎週末夫と誰がどこをいつ掃除するかの会話に疲れてしまい、
お金で解決できるのであればお掃除をお願いしようと思い、そのようにしてからもう10年以上経っています。
お掃除と3枚夫のマイシャスのアイロン掛けを頼んでいます。
夫は自分でアイロン掛けをしたくなく、私もアイロン掛けが苦手で、自分のものはもちろん自分でアイロン掛けしますが、
このお掃除と3枚のアイロン掛けをしてもらっています。
お掃除ヘルパーさんがいれば、自分がお掃除することがないというわけではなく、
自分で掃除機を掛け、トイレ掃除、水回りなども掃除しますが、
週1回、3時間、きれいにしてくれるヘルパーさんがいることで、
今やらなければとか、時間がなくてなかなか掃除に手が回らない時も気分的に楽ですし、
その掃除の時間を他のことに費やすことができます。
知らない人を家に上がらせるのは、色々心理的ハードルも確かにありますよね。
しかしオランダでは、このようにお掃除ヘルパーさんを雇っている方も、私の周りには結構いるんですね。
私の周りにいる親しいオランダ人、友人、12人中6人はそのようなヘルパーさんがいます。
家庭でこのような家事代行サービスを定期的、あるいは定期的でなくても、
例えば体調が悪い時など、そして大切なのは、男性の専業主婦でも女性の専業主婦でも、
専業主婦という存在がある家庭も自分が利用したいと思えば、
そのような家事代行サービスを利用することに対して、寛容な社会であればいいなと思います。
自分の体調、心の平安はその人しかわからないものであり、
家事代行サービスがその平穏を保つのに有効であれば、絶対利用すべきだと思います。
話が逸れてしまいました。
「善意は油」とボランティアの心理
カフネに話を戻すと、先ほど引用した最後の文章、
善意って油みたいなもので、使い方と量を間違えると相手を逆に迷らせてしまうから。
はい、これうまいですよね。
この歌詞を読んで、あ、そっか、善意って油ねって、うまい表現だなって思いましたね。
主人公カオルコが亡くなった弟、春彦と同様、小野寺節菜さんとタグを組んで、
カフネの家事代行のチケット、つまりボランティアを行っていくようになります。
ここでのカオルコの家事代行サービスのボランティアを得た時の心理描写が本にあるので、そこも引用します。
たったの2時間、それも大したことではない。
それでも今、ありがとうって言ってもらえた。
今私はあの人を助けたのではなく、助けてもらったのだ。
はい、今私はあの人を助けたのではなく、助けてもらったのだ。
うーん、まあこれわかるなーって思いましたね。
これはこの前に出てきた小野寺節菜から見る善意とは、少し感じが違いますよね。
人を助けることで、自分のある一部分が助かる感覚って、多くの人が共感するんじゃないかな。
うーん、このカオルコは普段は法務局で実績を積んできた頼れる女性。
しかしその一方では、×1の離婚歴がある41歳の女性。
結婚していた夫との間では子作り、人格がうまくいかず、あらゆる方法を試したものの、
それに挫折し、そのような時間の流れの中で夫とも距離ができてしまったカオルコ。
そんな子供がいないカオルコの心理なのですが、
私はこの一文を読んで、子育てに通じるなーって思いました。
あの人を助けたのではなく、助けてもらったのだ。
子供を育てている今、親として子供を育てている。
子供を助けているけれども、その体験の中から、実は助けてもらっているのは私だって思うことが多々あります。
これは子育てだけでなく、私は知的障害者の方と接する機会が仕事でもあるのですが、
社会的に見れば、この知的障害者の方を助けているのは私という構図になりがちですが、
その体験を通じて、今まで見えなかった世界や感覚をもらっているのは私、助けてもらっているのは私という感覚があって、
それがこの一文にすごく通じるなーって思いました。
節菜の視点と希望のメッセージ
その一方で小野寺節菜は、この家事代行のボランティアで料理を担当している女性なんですね。
この人は訪れたクライアントさんの1週間分だか数日間分の料理を2時間ぐらいで複数品作るような女性です。
この節菜から見た家事代行サービスの視点が描かれている部分がありますので、こちらも引用させてください。
未来は暗いかもしれないけど、卵と牛乳と砂糖はよっぽどのことがない限り、世界から消えることはない。
あなたはあなたとお母さんのプリンを自分の力でいつだって作れる。
これはですね、この無料チケットを利用する家庭っていうのは、やはり家庭内で問題を抱えている状況が多いのです。
母子家庭でお母さんが朝も夜も働いて、娘は1人。
なかなかきちんと栄養があるものを料理する時間も心の余裕もない、母親のもとにいる女の子に放った言葉です。
彼女はプリンが好きだったんですね。
卵と牛乳と砂糖は世界から消えることはない。
あなたはあなたとお母さんのプリンを自分の力でいつだって作れる。
これもそうだって思いました。
人は思うようにいかない状況にある時ありますよね。
どんより曇り空が自分の上に常に覆いかぶさっているような感覚。
そこは息苦しくてもうそこから出られない自分。
そしてそんな自分にがっかりする自分など、
すごいこの未来は暗いかもしれないけどっていうこの一文にそんなような状況を思い浮かべました。
でも卵と牛乳と砂糖があればプリンが作れる。
これは希望ですね。
問題がある時っていうのは人はその問題をすごくやっぱり大きく捉えがち。
そこから逃げられない感覚。
問題が大きすぎてどうしたらいいのかわかんない。
そんな時はやっぱり小さな具体的ステップが大事っていうことを
この卵と牛乳と砂糖に表しているような気がします。
それは状況を一転させるような大きなステップではなく、
その息苦しい状況の中でもとりあえず息ができるようになれる
小さな具体的なステップの積み重ねが
そのアーン立ち込める状況をダーすることにつながるんだよ。
しかもそれは小さなことだけど自分でできる。
プリンは自分で卵と牛乳と砂糖で作れる。
自立する大切さとかそういうことをこの文章で感じました。
わかるかな。伝わってますかねこれ。難しい。
薫子と節菜の関係性の変化
そしてこのタグを組んで家事代行ボランティアをしている
カオルコとセツナの2人の関係はどんな感じかというとですね。
このセツナという女性は非常にガードが高く
亡くなった春彦がセツナに残した遺産も堅くなり拒否。
カオルコが亡くなった弟、春彦とセツナの関係を問いただしても
なかなか話せなかったり。
カオルコとしてもセツナと心を通わせることが難しい描写が
本の前半続くんですね。
それでも先ほどのセツナのプリン発言などを聞いたりしながら
カオルコもセツナに対する偏見がなくなっていったり
セツナも徐々にではあるのですが
カオルコに対し心を開いていくのです。
それがわかる場面があるのでこれも引用しますね。
あなたは自分をかなり見下げているように言いますけど
少なくとも春彦さんにとってはそうじゃなかった。
誠実な努力家で、真っ当にへこたれては
不屈のレスラーみたいに立ち上がる人だってよく話してました。
私も顔合わせの時、なるほどなと思いました。
ご両親が私につまみを作れていった時
すぐに取り出してくれたのはカオルコさんだったので
今もわりと嫌いじゃないです。
これはカオルコという人柄をよく表しているのと同時に
セツナ目線で捉えるカオルコもよく表現しているなと思いました。
なんとなくこれで2人の関係やカオルコの性格も
リスナーさんに伝わったかと思います。
自己肯定感と承認欲求
そんなカオルコが自分自身を振り返った時に
話す言葉も印象的なので引用しますね。
仕事があり、家があり、いつか自分の元に生まれてくるこのために
貯めておいたお金もあり、きっとこれからも生きていくことはできる。
だけど、私はそれだけでは心を保てない。
お前はそこにいてもいいのだと誰かに認めてもらえなければ
自分が生きることを肯定できない。
皆さんどうですか?
これは多くの人に当てはまる言葉ではないでしょうか。
仕事や家や貯金だけでは人間不自由がないとはいえ心は保てない。
うーん、確信をついてますよねこの言葉。
お前はそこにいてもいいのだと誰かに認めてもらえなければ
自分が生きることを肯定できない。
本当にそうですよね。
それが家族であれ、同僚であれ、友達であれ、ネット仲間であれ
みんなこの肯定を求めて人生生きているのかもしれませんよね。
Kindleハイライト機能への意見
私はオランダ在住なので、Kindleでこの本を読んだのですが
この部分は269人の方がハイライトをしていると出ていました。
このハイライト、私あまり好きじゃありません。
皆さんどうですか?
このハイライトって非表示にできるのかな?
線が引いてある状態?
棒線が引いてあるような状態ですね。
私これKindleを読んでいる一つの難点だと感じています。
この本を読んだ大多数の人がどこに心を惹かれたのかという情報は
私にはいらないんです。
あくまでも本を読む時は私はその本とだけの世界に浸りたい。
周りがどう思っているのかとか知りたくないのにって思ってしまいます。
皆さんはどう思います?
もしよかったら、Xやインスタグラムなどで教えてください。
そして物語はこの刹那と香る子が
「行き違うもの」とコミュニケーションの重要性
いろいろな家庭を家事代行サービス会社カフネのボランティアとして訪問し
そのお家を掃除し、その家に住む方々が食べれる料理をふんだんに作っていきます。
そういろいろな家庭を訪問してみる風景、
そしてその家庭で刹那と香る子の距離も近くなるという流れです。
その中で2人がある家庭を訪れるのですね。
そこは突然奥様が家を出られて
彼女がどこに行ったのかもわからないという旦那様とお子さんがいる家庭です。
そこで放たれた香る子と刹那の2人の会話が私の印象に残っていて、
こちらも引用させてください。
部外者には何があったかわかりませんし、
それだけの理由があったんでしょうけど、
それでも黙って出ていくのはなしだと思います。
人間なんてただでさえ行き違うものなんだから、
言葉で伝えることまで放棄したら相手にはもう何一つわからない。
奥さんにはそういうつもりはないのかもしれないし、
伝えることもできない精神状態だという可能性もあるけど、
私には黙っていることで旦那さんを痛めつけているように見えます。
それに子供は置いていかれたことをきっとずっと忘れないと思う。
こうお刹那は香る子に言うのですね。
それに対して香る子は、
それでも話してくれたらって思うね。
一度だけでも一緒にいるためにダメなところを直す機会をもらいたい。
努力さえさせてもらえないのは辛いというようなことを言います。
人間はただでさえ行き違うもの。
これね、そうだよなーって。
私はオランダ人の夫がいるので、
彼とはオランダ語で会話をしているんですね。
そんな国際結婚をする私に、
私の父は同じ日本人さえ分かり合えないことがあるのだから、
あなたはオランダ人と結婚するっていうことは、
文化も言葉も違う人と一緒になるっていうことだよ。
これは人の3倍以上は努力しないといけないっていうことだ。
って言ったんですね。
その頃は若かったし、
大丈夫っていう若さ特有の楽観的な気持ちが大きかったのですが、
本当によくぞ言ってくれたって今は思いますね。
私たち2人は言葉で伝えることを放棄したら成り立たない関係です。
同じ国籍を持つ者同士より、
3倍あるいはそれ以上、
言葉を尽くして語り合う。
これがもう必須となってしまいました。
やっぱり長く結婚生活をしていると、
それなりに山あり谷ありだと思うのです。
でもカオルコが言っていたように、
一緒にいるためにダメなところを直す機会をもらいたい。
努力さえさせてもらえないという状況だったら、
私と夫は生き延びることができなかったなって思います。
あくまでも私たちの例なので、
他の人たちには当てはまらないかもしれませんが、
やっぱり同じ日本人でも出身地が違う、
育ってきた環境が異なるだけで、
本当にいろいろすれ違いがある。
結婚だけじゃないと思いますよ。
でも言葉を尽くす、語り合うのは大事。
でも語るのが面倒な時もある。
私も昔、日本語で話せるパートナーだったら、
どんなに楽かって思いましたけど、
同じ言語でも話さなかったらわからないわけだから、
やはり察することも大事だけど、
話し合うことはもっと大事かなって思いました。
「必要とされること」と「愛」の違い
カオルコっていう人は努力家で、
結婚して子供がある幸せな家庭を夢見ていた。
亡くなった弟は、笑顔が素敵で人懐っこい性格、
誰の懐でも簡単に入れるような、
誰からも好かれ求められるタイプ。
カオルコからすれば、両親の愛情だって、
自分の弟の春彦の方により多く注がれてきたと感じた人生だったんです。
本の中でも次のように言っています。
両親に愛されたいと、
あの家で暮らしていた頃ずっと思ってた気がする。
だがそもそも愛されるとはどういうことなんだろう。
必要とされるっていう意味なら、
今確かに自分は父と母に必要とされているはずだ。
それなのにこんなにも虚しい。
はい、これは弟の春彦が亡くなり、
カオルコも離婚したのだから、
両親はカオルコに対し、
そんな結婚してた時に二人で住んでいた大きなマンションに、
まだ一人で住み続けることはない。
売り払って実家に帰ってきなさいよ。
だってその方がお父さんもお母さんも安心よ、
みたいにカオルコに伝えるんですね。
それはあなたが寂しいんだろうから帰ってらっしゃいっていうよりかは、
我々親も年をとってきているから、
あなたが実家に帰ってきてくれた方が、
何かと私たちの世話もしてくれるだろうから、
安心みたいな下心が見えるような、
そんな気持ちにカオルコがなってしまうような、
帰ってきなさいよ、だったんですね。
両親二人に必要とはされているけど、
これは愛されているということなのか。
いや、なんでこんなにも虚しいんだろうっていう、
そういう感情ですね。
必要とされることと愛は違うのかを、
私たちに突きつけてくる文章ですね。
必要とされることと愛は違うと思いますか。
仕事でも必要とされたりしますけど、
代わりの人はいくらでもいると。
そう、愛はその人へのあふれる気持ち。
この人に与えたい、守りたい、
そばにいて見てみたい、みたいな感じかな。
代わりはいないって思える気持ち。
その人のためなら、火の中でも飛び込めるって感じですかね。
私にとっては、
「死に方を選んでいい」というメッセージ
このカオルコ、親からの愛情は弟の春彦ほど、
自分には注がれてなかったと思う一方で、
亡くなった弟春彦に対しては、本の中で、
間違いなく彼らにこの世で一番愛されていたのは、
あなただった。
でも、絶え間なく注がれる愛を重く感じたことはなかった?
もっと自由になりたいとは思わなかった?
って言うんですね。
そう、愛を注いでる方は良かれと思って注いでいても、
受け取る側が必ずしも、
同じ熱量で受け取るとは限らないっていうね。
ありますよね、こういうことも。
だから難しい。
そして、愛を語りながらも、
生きるっていうことにも、作者である阿部さんは触れていくんですね。
春彦とボランティア仲間であり、
今はカオルコとボランティア仲間としてタグを組んでいる。
小野寺刹那を通じて、こう言っています。
誰だって好きで生まれてくるわけじゃない。
勝手に生まれさせられて、
どこでどう育つかも、どんな目に合うかも選べない。
だったら、死に方は自分で選んでいいと私は思う。
命も人生もその人だけのものなんだから、
それくらいは許されてもいい。
この文章にまた285人がハイライトしているんです。
何かしらこの言葉に共感を得ている人たちがいる。
この文章を本の流れの中で読み触れると、
すごく説得力があるんですよ。
確かにって思わせるものが、この文章にあるんですね。
冷静に考えてみると、
多くの人は自分の死を選べないですよね。
どんな事故死とか、病死かなんて選べない。
でも、自死、自殺ということは選べる。
好きで選ぶ人はそんなにいないと思うのですが、
選ばざるを得ない境地にいる人たちがいると。
死に方は選んでいいと思うというこの文章に、
希望や共感を持つ人たちが一定数いるというこの社会。
実際、とても救うようがない状況ってありますからね。
現実に。
見ていられない状況にいる人もいるし、
死で楽になる人も絶対いる。
その選択肢があるということはある意味重要なことで、
私はこの選択肢があることには賛成なのですが、
積極的行使を進めたくないというスタンスです。
物語の結末と作品全体のテーマ
生まれてくることも選べなければ、
いつ死ぬかも、どう死ぬかも選べない。
生死に関しては何も選べないというのが、
この世の説理のように思います。
そして物語は弟春彦の死も、
小野寺刹那と弟春彦の関係も解明し、
香る子と小野寺刹那は、
はじめはボランティア仲間として、
その後、お互いの存在を大切な友人として認識し始め、
互いの距離を徐々に縮めていく。
風邪ひいた刹那の部屋に出向き、
彼女の面倒を見たり、
香る子は罰一である自分、
子供が産めなかった自分に折り合いをつけ、
自分と向き合い、
ありのまんの自分を肯定していくんですね。
そして物語のラストは、
香る子からある提案を小野寺刹那にすることで終わります。
このある提案とは、
皆さん、本を読んでみてください。
この本は、今自分も人生の折り返し地点にいるからこそ、
共感することができたのではって思うし、
このタイミングで読んでよかったなって思える本でした。
大きく言えば、このカフネは愛の本だと思います。
自分に対する愛、家族、兄弟、パートナー、子供に対する愛、
愛とは、相手を理解するということを問う本だと思っています。
いろいろな文章を引用してきましたが、
本には、人間は自分以外の人間のことは何一つわからない。
わかったような気がしても、それは思い込みに過ぎないとありました。
皆さんが思う愛とはどんな形でしょう。
そして、あなたは今、誰かを理解しようとしていますか。
それとも、誰かに理解されたいって思っていますか。
そんなことを思いながら、読んだ本でした。
世界から見る日本の今回のエピソードはいかがだったでしょうか。
エンディングと今後の配信予定
6月は3週連続配信で走ってきましたが、
各週配信に慣れている私としては、かなり頑張った感があります。
毎週配信をされているポッドキャスターさんは尊敬でしかない。
世界から見る日本はこれで連続配信は一旦終わり、
通常の各週配信に戻りたいと思います。
したがって、来週は配信がなく、その翌週7月2日が次回の配信日となります。
番組ではリスナーの皆様からのお便り、質問なども概要欄にあるお便りフォームからお待ちしております。
いただいたお便りは大切に、必ず番組で紹介させていただきます。
番組が気に入っていただけた方は、
ぜひ番組のフォローおよびSNSで、
ハッシュタグ世界から見る日本にて感想や投稿をしていただけたら、
これまで必ず返信いたします。
お相手は海外在住歴30年以上、現在オランダに住んでいるユキでした。
それではまた木曜日にお待ちしております。
40:19

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