-
-
高見知英
これらのいろいろな活動を通して、こういうような活動をするようになった理由っていうのを何か伺えてきますでしょうか。
東恵子
そうですね、もともとシャーロックホームズの立ち上がった経緯からお話させていただきますと、私はこのシャーロックホームズの現在理事長をやっておりますが、
先代がいまして、シャーロックホームズを立ち上げた人はまた別なんですね。
私、2代目の代表をさせていただいています。
創生通社である今井良枝さんという、とてもカリスマ性のある面白いキャラクターの方がいるんですけれども、
その方が西区にありますご自宅を改装するときに、3階部分を地域に開放したことがシャーロックホームズの始まりで、
もともとどうしてそういうことをしたのかというと、話を聞いている限りですと、自分が小さい頃石川町で育った、今井さん石川町の育ちなんですけれども、
その中で日頃、いろんな人が自分の家に行く気して、いろんな人たちとのコミュニケーションの中で育っていったというご自身のおいたちがあって、
今住んでいる、結婚して西区に来て、住んでいる土地でもいろんな人たちの共有できる場所っていうんですかね。
そういうものを作りたかったそうで、そのご自宅改装の時に3階部分をフリースペースにして、
自分探しっていうその探偵っていう意味でシャーロックホームズっていう名前と、あとそこにホームズのホームに家っていう、
ホームっていう家であり、場所っていうものを大切にしたいということで、名前に込めてシャーロックホームズという団体を立ち上げたそうなんですね。
当時はちょっと学校に行きづらかったりとか、ちょっと社会に馴染めなくていい若者であったりとかが集まるようになった場所だったらしいんですけれども、
だんだん飛び込んでくる方が、もっと子どもが小さいお母さんであったりとか、赤ちゃんを抱えてドアを叩いて来られるような駆け込んでくるような方たちもいて、
そんな中でですね、やっぱりこのもうちょっと子どもが小さい頃からの親子の関わりを応援していくということが大事だなってすごい感じたそうで、
ちょうど2003年ぐらいの時にですね、横浜でそういう親子の居場所づくりっていうものが始まってくる時なんですけれども、
そこで親と子の集いの広場っていう親子の居場所を運営する機会があって、そういういろんな世代の人が集まる場所がシャーロックホームズという場所だったんですね。
私はその頃はまだ横浜に引っ越してきたばっかりぐらいの頃で、西区といってもですね、線路で西区って分担されてるので、
シャーロックホームズがある千元町っていうのかな、三澤の公園に上がる方の地元なんですけれども、そのエリアと私が当時住んでた戸部エリアっていうのは全然、
用がなければ別に行くような場所でもない、お互いにキックするような場所でもないんですよね。
なので、私子育てしながらシャーロックホームズのことは知らなかったんですけれども、ただその当時横浜で、初めて私横浜に引っ越してきて、横浜で子どもを出産して、
初めて育児始まるっていう時に、当時2003年ですね、それが2003年1月に第一子出産してるんですけれども、インターネット上に全くですね、地元の情報がなかったんですよ、当時。
高見知英
確かに。
東恵子
探してもある情報って東京の情報ばっかりで、なんでこんな都会で、私もともと埼玉の田舎から出てきたんで、埼玉の情報がないのはよくわかるんですけど、横浜ってこんな都会なのに、しかも西区って中心部なのに、全然情報がないわって思ったのが始まりで、
ちょうど妊娠期のトラブルで仕事は辞めていて専業主婦だったので、時間もいっぱいあったっていうこともあって、自分が歩いていろいろ西区内の情報を集めて、それをネットで公開していくことで役に立ってもらえるんじゃないかなって思ったのが始まりなんですね。
そういうふうな情報発信みたいなこと、当時はブログサービスがすごく流行っていて、ブログだったら簡単に入れられますよね。それでインターネット上で西区の子育て情報を自分で自ら発信するようなことをやっていたんです。
やっている時にちょうどシャーロックホームズの今井さんと出会う機会があって、シャーロックホームズとしてもその西区の子育て情報を今後ちゃんと事業化して発信していくことが大事だということの認識があって、一緒にやってみないかって言われたのが始まりで、その時にシャーロックホームズという場所を初めて知ったんですね。
そんなような関わりがあって、もともとだから子育て支援に従いとか、そういうことを思ってたわけじゃなくて、やってたことが活かせるなら関わってみようかなっていうのが始まりでやっております。
それが当時はまだ、乳幼児の居場所、親と子の勤いの広場が事業化されてただけで、他はまだ小学校の授業もやってないですし、情報発信はこれからだっていう時に、みんなでいろいろ工夫しながらいろいろ授業を拡大って言いますかね、賛同して関わる人たちが増えていって、だんだん小学校のやっぱり
今は乳幼児でも、いずれは小学生とかになるから、続けて面倒見たいよねとか、見守っていける体制必要だよねということで、関心ごとがやっぱり子どもの成長とともに自分たちの関心ごとも上がっていくじゃないですか、また変わっていくんですよね。
そういうところも踏まえて、もうちょっと子育ての幅を広くとって、全体の子育て、子どもが大きく自立するまでの子育てを応援していこうというようなスタンスから、だんだん人が増えていって、今スタッフ100人ぐらいいるんですけれども、そのような大きな所帯の団体となってきています。
高見知英
ありがとうございます。子どもが自立するまでの子育てを応援していくっていうのは、本当に必要なことだなと思います。
そして本当に最初のきっかけの共有できる場所を作りたいっていうところも、個人的にもすごく共感できるところだなと思いました。
やはりいろんな人が出入りしていろんな人と出会う機会っていうのは、やっぱり特に小さい頃とかにはすごく影響を与えるものになると思いますし、じゃあそういうような場が今あるかというと意外とないので、何かそういうようなものが作れればいいなっていうのはありますよね。
ありがとうございます。
そうですね、本当にやったことは生かせるからということで活動されているということは何よりだなと思います。
ありがとうございます。