作曲の基本の理解
耳で聴くうちやま作曲教室ってことでやってきますが、作曲に慣れていない人からすると、ちょっと作曲に関連する知識を身につけて、
その知識を後ろ盾にして作曲をやっていこう、やっていけるであろうっていうね、そういう考えをもとに知識をたくさん入れるっていう風に行きがちなんですけど、
例えば、音楽理論みたいなものも、音楽理論をいっぱい一生懸命学んでね、覚えたからといって、
じゃあ作曲ができるようになるかと言われると、決してそういうわけではないんですよね。
理論を学んだところで作曲ができるようにならないと、作曲ができるようになるにはやっぱり作曲をやるしかないっていうね、
そういう現実というか、そういう実体があるんですよね。
これ、簡単に言えば、知ってるっていうこととできるっていうことが混在してる状態っていうかに近いんですよね。
例えば、すごい簡単なことであれば、知ってるとできるが連動するっていうか、
例えばすごい簡単な例でいくと、袋を開けるとか、右と左の袋の端を持ってビジって破れば袋は開くじゃないですか。
袋の開け方を覚えれば袋は開きますよね。
例えば、そういう簡単なことであれば、やり方を覚えればできるんですよ。
でも作曲みたいにちょっと手の込んだものとか、明らかに慣れが必要なものとかっていうのはやっぱりやり方を覚えたところで決してできるようにならないと。
やっぱりそのやり方を前提としながら実際に自分でもやってみて、体感としてやり方を身体に馴染ませていくっていうかね。
そういう作業になってくるんですよね。
これ、スポーツとか語学とか全部同じですよね。
サッカーも足を出して前に蹴って、蹴ればボールは前に飛ぶよと言われるけど、
でも実際それやったところでうまく蹴れないし。
だからその蹴り方を体で覚える必要があるっていうか、そういうものじゃないですか。
だから音楽理論を学んで、こうやってこうやって音を積み重ねればこういう感じの曲になるよとかね。
覚えて、それを実際にやらないと曲にはなっていかないんですよね。
メロディとかもこういう感じでメロディを繋げるといい感じのメロディになるとか。
で、知識で覚えたところで実際それを自分で歌ってみるとかね。
うまく楽器で表現してみるとかってやらないと決してメロディになっていかないっていうかね。
そういう問題があるんですよね。
だからやっぱそこを履き違えないという、そういう意識が必要になると言えますね。
だからやっぱ理論としてまず覚えるっていうのはいいと思うんですけど、それを実際にやってみると。
で、そのトライアンドエラーというかね。
実際に音を出してみて、音を自分がリスナーとして聴いてみた感覚で、
これはいいなとか、これはそんなに良くないなとかね。
理論の活用法
で、実際にやると自分が得意なものというか、自分が好きなものというか、そういうのも分かってくるんで。
だからそれが自分ごとになっていくんですよね、その知識がね。
だからある意味その知識だけを覚えている状態っていうのは平均的な、基本的にはこんな感じなんですよっていうのを知らされているだけであると。
で、それを実際に自分でやると自分の癖とか、自分の中の感覚としての心地よさとか、そういうものがそこに加わっていくんで。
それが自分ごととしての自分の曲になっていくみたいな、そんな感じに近いんですよね。
だからそれをやってみて、で、自分の中で、これはいいなとか、こういうメロディーは自分に向いてるなとかね、自分が作りがいがあるなとか、
こっち側の曲のこの感じは全然好きじゃないなとか、そういうことを自分で色々感じながら、で、それを実際に自分の曲にしていくという作業がやっぱり必要になりますよね。
で、その理論っていうのはもちろん標準的なものの詰め合わせみたいな感じなんで、だから曲作り進めていくときの裏付けにはなるんですよね。
でも結局それでしかないっていうか、裏付け、その筋道というか裏付けというか、ここをこうするとこうなるみたいなところが理論を使うとわかっていくんですけど、
ただそれを元にどう判断するかはやっぱり作曲者自身なので、だからうまくいかないときに何でうまくいかないかっていうのを突き止める材料にはなるかもしれないですね、理論がね。
でもその理論だけ単体であっても、それがすごい魔法のように作曲レベルのステップアップにすごいそれが効果的に働くかと言われると、
そういうわけでもないですよね。やっぱり自分でこうやって、自分の中で階段を登っていく必要があるっていうか。
そのときにちょっと理論があると負荷を軽減できるみたいな、そんな感じかな。
あとその理論があることで、同じことを同じ最低限の労力でできるようになっていくんで、
だから再現性が高まるみたいなところがあるんですよね。だから自分がやってることが自分で理論的に説明できるようになるんで、
だから同じことがもう一回できるっていうか、キーが変わっても同じコード進行を作れるとか、
メロディーラインの構造がわかっていれば、別のテンポが変わってリズムが変わっても同じようなメロディーの雰囲気を盛り込めるとか、
そういう感じに持っていけるんで、だからそういう良さはありますよね。
自分で作って、理論で裏付けを自分なりに考えて、またさらに次の曲を作っていくみたいな、
そんな感じで回していくと、理論をきちんと作曲に活用できるっていうかね、
作曲レベルに理論を上手く取り入れていくことができる、レベルアップに取り入れていけるっていう感じですね。
やっぱその理論があまりにも前に、理論も含めた作曲の勉強的なもの、勉強情報、学び情報的なものがあまりにも前に出すぎちゃうと、
そこにとらわれちゃうっていうかね、そうやんなくちゃいけないのかなみたいな風になっちゃうんで、
だからやっぱり作りたいっていう欲求が先にあって、それを元に作って、
作っていく中で、そういった情報をうまく活用していくっていう、そういう主従関係がやっぱり理想的ですかね。
だからやっぱ慣れてない頃どうしてもね、知識をたくさん入れなきゃみたいな風になるんですけど、
それよりも自分が好きな曲とか、こういう感じが自分の理想みたいなね、
理想というか目指す部分というか、そういうのがもしあればそういうのを見つけて、それを真似するような感じでやっていくっていうのがいいですかね。
あくまでもそういう知識情報系は後付けって感じでいいと思うんで、
実際の作曲を補強するようなものとして取り入れていくっていうのもやっぱりお勧めしたい。
そんな感じですかね。
今ね、作曲やってて知識専攻になりつつあるような場合にはですね、そこをちょっと改めて考えていただいて、
理音を学べば、作曲法的なものを学べば作曲ができると思われがちなんですけど、
それはさっき言ったサッカーの例のようにね、そういうものではないと。やっぱその知識はあくまでも知識でしかないと。
それを実際に自分が体を動かして作曲をやっていく中で、自分の好きなものとか自分のセンスとか癖とか、
そういうのを基に、得意なものとかね、そういうのを基に自分の中で咀嚼していく必要があるんで、
そういう類のものだと理解してですね。
理論は本当に作曲上達に効果あるんですよ。
そういう方法があるんですけれど単体では上達にあまり作曲作りをするっていうね、
そういう経験というか体感が絶対必要なんで、それをちょっと改めて考えていただいてですね、
うまく自分の作曲活動に、そして上達に、理論とか作曲に関するテクニックとかね、
そういうのをうまく使っていけるように、そういう主従関係で向き合っていっていただければと思います。
そんなわけで、今回はですね、作曲上達に音楽理論などの学び情報は単体では作用しないと、
上達するために必ず作曲そのものをやることが必要になってくるというね、そんな話をしてみました。
お伝えした内容をぜひ参考にしてみてください。
では今回はこれで終わりになります。ありがとうございました。