このチャンネルではなるかなと思いますので、
一旦その基礎情報みたいなところをお聞きしたくて、
えりこさんはライフコーチとして活動されているっていうことなんですけれども、
今ですね、
プロフィール欄とかでこういうことだよっていうの掲げられてると思うんですよね。
そこをちょっとご紹介いただければなと思うんですが、
そもそも私自身がもともと、
かなり自分を抑えて周りの期待に応えてずっと生きてくるそんな人生を歩んでいて、
そこに大きく疲弊をして心身も本当に壊してしまったんですよね。
そこからやっぱり生き方を変えていこうっていうふうなところで、
働き方も自分で自分の仕事を作っていく、
生き方自身も自分でちゃんと軸を持って、その軸を大事に生きていく、
他人から言われた大切だよっていうことをそのまま布にするのではなくて、
やっぱり自分で何を大切にしたいか、どうしたいのかっていう軸をしっかり持って生きていくっていう生き方に自分自身がシフトしていっている。
そうやって生きている中で、同じように自分を抑えて、
自分を自己嫌悪とか自己否定になりながら、どうして自分はうまくできないんだろう、やれないんだろう、
なんで頑張っても報われないんだろうってなっている方に向けて、
同じように自分の大切にしたい軸、誰かの期待に応える、応え続けるんじゃなくて、
自分の大切にしたい軸を一緒に見つけて進んでいくっていうようなお手伝いをしたいというところで、
そちらをやらせていただいております。
はい、ありがとうございます。
なるほど。
じゃああれですね、すごい他人の期待、他人の期待っていうのがちょっとここが誰なのかなっていうのは後でお聞きしたいんですけど、
そういうところで頑張り続けてきたけど、心身を壊すっていうことで強制ストップがかかって、
そこからおそらく元保育士さんっていうことだったので、お仕事もご退職をされて、
やっていること、やっているというか取り組んでいることと、提供したいなって考えていることは大きく2つ。
1つは自分で自分の仕事を作るっていうこと。
で、もう1つが生き方も自分軸っていうところで、これは自分が大事にしたいことを大事にできるようにしようっていう、そういうイメージ。
そうですね、はい。
なるほどですね。
ちなみに、この自分を抑えて他人の期待に応えるっていうのは、その保育士さん時代のお話なんですかね。
保育士時代の話もそうですし、そもそもなんで保育士を選んだかっていうような心でも、
自分の両親の期待を半分かなえるためにっていうのもあったので、そうなんですよね。
なので、そういう形で、じゃあ自分の働き方とか仕事を選びをする時にも、自分の両親の思いを組まなきゃっていう思いもあって、
導き出した答えが保育士だったことがあるんですよね。
はいはい。
で、働いていたその環境の中で、他の人の期待に応えるっていうだけじゃなくて、人生単位の選択でも、
誰かの期待に、誰かの期待と、でも自分でもやっぱりこういうのはやりたいっていう思いもあるから、
それをかけ合わせて、どうにかうまく人の期待に応えながら、自分のやりたいことをやれないかみたいなことを、多分模索してきた、そんな人生だったので、
純粋に自分がどうしたいかを一番に考えるというよりかは、どうにか他人の期待も応えなければっていうのがやっぱりすごい大きかったので、
なので、今までのその人生自体が他人の期待も応えるっていうのが、やっぱりすごい大きく影響してたなというふうに思いますね。
じゃあ、学校、保育士さんになるということは、どうやってなるんですか?高校を卒業した後に。
私の場合は、高校を卒業した後に大学に進んで、いろいろ道はあるんですけど、保育士の場合は。
私は幼稚園の先生の免許、教員免許も取りたかったので、そうなるともう大学か短大に進まないと取れないので、
私の場合は、4年生の大学に進んで、幼稚園の先生の教員免許と、それから私の行った大学では、単位を取得して実習とかをしっかりすると、保育士の資格も一緒に取れるというものだったので、
そこで、その大学に進んで、幼稚園、それから小学校の免許も取りましたね。小学校の教員免許も取り、あとは保育士の資格も取るっていうようなかたちで。
すごいですね。
そんな簡単に取れるもんじゃなさそうですけど、
だから、幼稚園の免許、保育士の資格、小学校の教員免許、
じゃあ、この大学選びの段階からも考えてたんですか?
もともと子供が大好きなので、子供ながらに小さい子供が大好きで、もともとその子供に携わる仕事をしたいっていう気持ちはあったんですね。
はい。その時にずっと、私としては保育士とかそれぐらいの子、0歳から6歳ぐらいまでの小さいお子さんの施設というか、
そういう子供に携わるような仕事がしたいっていうふうに思っていて、
で、そっちの道に行こうと思ったのが、もう小学校、高学年とか、それぐらいからやりたいって思って、
なので、大学もそうですね、ちゃんと自分がやりたい免許や資格、取れるところを目指して受験とかをしていったっていう感じでですね。
じゃあ、まだ小学校、高学年の時に、ちっちゃい子が好き、関わりたいみたいなのは、わりとあれですかね、えりこさん自身の純粋な気持ち?
そうですね。純粋な気持ちでずっとあった感じです。
ここからその両親の期待でっていうのが、これはどういうことなんです?
私の両親が小学校の先生をしていて、
なるほど。
小学校の先生になりなさいとずっと言われて、
なので、大学に行くのも、小学校の免許もちゃんと取りなさいとお話で、
それも取らなければいけないよねって思って、小学校の免許は取ったっていう感じなわけです。
あとは、その働く先を考えたときに、
例えば幼稚園の先生、保育士もそうですけど、幼稚園の先生も保育士も、公立のところもあれば、私立のところもあるんですけど、
公立だと公務員扱いになるんです。公務員扱いというか、公務員としての採用になるんですけど、
公務員として採用されなさいっていう親の期待があって、
自分が純粋に、こういうところでこんなふうに働いてみたいっていう形よりかは、
公務員試験を受けて、公務員として先生の仕事をできるみたいな、
こういうのを、もう親の期待があったので、そこを叶えてたっていう感じですね。
なるほど、0から6歳に携わりたいと思いつつ、その親御さんの希望も叶えるというか、
大学進学にあたって、ちょっと説得するために、小学校教諭の免許も取っておくみたいな。
そうですね。
すごい戦略ですね、これは。
そうですね、なんか自分のやりたいことを叶えるために、期待も応えておきますみたいな。
でもここであれですね、その小学校の資格も取ったけど、自分でやりたいなと思っていた職業には、一旦ついたんですかね?
そうですね、一応公務員の試験を受けて、公務員というかたちで先生をしていましたね。
一応採用元は公務員っていう、市町村の所属の先生の仕事をしていました。
そうなんですね、すごいハッスルしてる。
ちょっと順序が、トライしながら続きお話できればと思います。
大丈夫ですか、一旦止めましょうか。
大丈夫と思われます。
わかりました。
あって思ったらストップって言ってくださいね。
ありがとうございます。
はい、そうか。
でも、公務員として採用されてみて、
この元保育士さんっていうのはまた別になるんでしたっけ?
保育士さんも公務員として?
最後保育士をやっていたのは、公務員ではなくて、職場を結局いろいろ変えてるんですね。
そうなんですね。
なので最後に保育士をやっていたのは、私立の保育園だったので、公務員ではなかったんですけど。
はいはい。
転職っていうのはどんな感じでされたんですか?
そうですね、まずその一つ目の公務員として、公立のその幼稚園保育園の先生として働いたのが、
結局そこでも心身を壊してしまって、一番最初そこがまず大きく心身を壊してしまって、
親からは給食をして続けたらいいってずっと言われてたんですけど、
せっかく公務員になったんだから、給食をしながらでいいから続けなさいってずっと言われてたんですが、
ヘビーですね。
親がそういうふうにしてきたんですよね、自分自身が。
公務員だったら給食っていう、一応そういう救済制度があるから、
ちゃんと所属したままお休みができて、心身が回復したらまた働けるから、
ちゃんと所属した状態で休業というか、休むことができる制度があるんだから、
それを使って公務員を続けなさいっていう、やっぱりそういう思いが強かったんですね、親には。
でも、私はそれをやった先に幸せがあるとは思えなくて、やめたっていう感じだったんですけど、
公務員としてそうやって、ずっとそこの場所にずっととどまって縛られてというか、
ちょっと言い方がよくないかもしれないですが、縛られた形でずっとそこで、
心身壊しても休めばいいよねっていう考え方で生きるのはちょっと嫌だなっていうところで、
やめてからは、1回ちょっと全然違う仕事を挟んでいて、
そこで全然違う仕事も経験してみて、やっぱり子供と携わる仕事がしたいと思って、
保育園の先生を今度するときには、公務員って採用に枠があるんですよね、その年齢の枠とか、
そういうのの関係もあって、私は公務員だったら、その採用枠にはちょっとギリギリ当てはまるかどうかぐらいだったので、
最初から公務員の方は考えず、私立で自分がもっとこういうふうにやりたいって思うようなところを探してっていう形で、
私立の保育園の方に行きました。
なるほど。
で、ここでもまた心身を壊しちゃうんですね。
ですね、はい。そうなんです。
でも、この公務員やりなさいっていうところから全然違う仕事をやってみて、
やっぱり自分が好きなのってここだよってなって、私立の保育園の先生に行ったっていうのは、一個大きな出来事ですよね。
そうですね。
そこは、やっぱりその自分が結局子供が好きだと思って始めた仕事なんだけれども、
それ自体の思いが違ってたんじゃないかっていうのを確かめるのもあって、
たぶん違う仕事を選んだのかなと思うんですけど、
そうやったときに、やっぱり自分がやりがいを感じるところとか、
自分がこういうのをやっぱり仕事で実現していきたいとか、そういうところを考えたときに、
やっぱり子供と携わって、その子供の成長に一緒に仕事をしていきながら、その成長を一緒に見届けたいとか、
そういう思いがすごく強い。自分が関わっていたいっていう思いがすごく強いんだなっていうふうに思って、
そこで、公立の公務員になるっていうのも、ちょっともう枠が限られて死亡、ほとんど可能性がない状態だったので、
そっちにかけるより、自分がもっとこういう環境だったら働けそうっていうようなところに飛び込んだ方がいいなって思って、
私立の方に行ったので、
そうですね、そう考えると本当に、どうにか親の思いも実現しなきゃと思ってやっていたときよりは、
だいぶ変わったなぁと思いますね。
なんか軽くなりましたね、ちょっと。
うん、そうですね、確かに。純粋にその自分がやりたいことをやっていくためにはどうしたらいいだろうの視点。
で、考えやすくなってたかなと思いますね。
はい、しかもなんかこの1回全然違うことをやって離れてみたからこそ、
自分本当に好きなのここだって確かめられたのもいいですよね。
そうですね、なんかちょうどその挟んだ仕事が接骨院の受付の仕事だったんですけど、
なんか受付ってやっぱり業務的に誰かの何か悩みを解決したりとか、
誰かに近く深く関わって寄り添うみたいな形ではないので、
でもすごい受付のこと話をしていくのが楽しいっていう人たちもいっぱいいて、
ってなった時に、私は上辺だけの関わりじゃなくて、やっぱりその人の深いところに関わりたいっていうのがすごい思いとしてあって、
なんかそれに気づけたのはすごい大きかったですね、やっぱり。
なんかちょっとお聞きしてみたいのが、
子供が好き、0から6歳の子に携わるお仕事がしたいっていうのと、
生骨院の受付では満たせなかった誰かの悩みに深いところまで寄り添いたいっていうことと、
今まさに活動されているライフコーチっていうものも、
ライフコーチもその生骨院の接骨院か接骨院の受付もどちらも大人相手のお仕事じゃないですか。
ここは、どういうことなんでしょう。
そうですね。
そうですね、なんか、たぶんその一番最初に生骨院の受付を選んだ時の前に、
一応子供と携わる仕事を5日間だけチャレンジしてみたことがあって、
子供の写真を撮る写真館のスタッフのスタッフをやってみたことがあって、
その5日間で、私は子供の成長に携われないのは無理だって、すぐ悟ってやめたことがありまして、
その人なので、子供が好きっていうのと、たぶん人の成長とか、人の悩みとか、その人に深く関わるっていうような二軸があって、
子供と携われてればいいのかって言ったら、そうじゃないって気づいた。
で、今度、たぶん、生骨院の受付で、子供じゃなくても大人の人でもっていうところで、
いろんな人と関わってみた時に、表面的な関わりは私嫌なんだ、もっと深く関わりたいんだ、に気づいた、という感じですね。
たぶんそこの2つの気づきがあって、私立の保育園に行った時には、
本当に少人数の、本当に一人一人と深く関わりやすい環境の保育園に行ったんですよ。
なので、子供の子供に携わる。さらに、携わっている子供も少人数だから、より深く関わりやすい、みたいな環境のところにやめる前のところは勤めていたので、
そうですね。なので、たぶんその2つをいろいろ経験してきた中で気づいたっていうところは大きいですね。
このなんか深いところっていうのと、その子供の成長なのか人の成長なのか、変化ですよね。
そうですね。
ここがなんかすごいキーワードになりそうですよね。
そうですね。確かに。そこが、たぶん今のライフコーチをやりたいって思って進んでるところに、すごい関わってきてますね。
そうですね。今どっちをお聞きしようかな。その保育園の先生でから心身を壊すっていうところを聞こうか。
それとも、そのやっぱり、保育士さんからライフコーチって結構な異業種、異業界だと思うんですね。
ここのきっかけをお聞きしたいなと思ってまして。
はいはいはい。そうですね。
まず、どうしようかな。心身を壊したところの方がいいですかね。どうなんだろう。
お話ししやすい方から、でもライフコーチになろうっていうところを触っていったら、そこも触れることになりそうな感じがしますね。
そうですね。ライフコーチになろうのところなんですけど、そもそも保育士をしていて、どうしても保育士の働き方って、やっぱり子供が一番なんですよね。
お預かりしてる子供が一番。
で、そうなったときに、自分自身をだいぶ削って削って子供にかかわるっていうかたちになっていて、私自身の働き方が。
で、そうなったときに、自分を削ってかなりおさえて、子供の成長のために、たずさわる子供の成長のために自分を削って、尽くしてきてみたいな状態で、私は働いていて。
で、それを、自分の子供ができる前までは、自分を削っている分を、家で、あー疲れたーって言って、あーもう動けないって言って、エネルギーチャージすれば、なりたっていたんですね。
で、それが、自分の子供がありがたく授かって生まれてから、お育児として復帰してみたら、職場では、自分を削って、お預かりしているお子さんとか、保護者の人とか、あとはたずさわっている先生たちに、の期待をこたえながら、尽くして尽くしてってやっていて、
すごい疲弊しきった体で、今度自分の子供のためにって思っても、自分の子供のためにいろんなことができる状態になくって、それでもやっぱり自分の子供のためにも、こういうのやってあげたい、ああいうのやってあげたいっていうのを、頑張ってやっていたら、最終的には、本当に体も心もボロボロになって、起き上がれないとか、
もう本当にずっと体調をくずして、ずっと薬飲みながら仕事に行くとか、そういう状態になっていて、そこで、でもそれでもやっぱり自分は、自分のがんばりが足りないんだってずっと思っていたんですよね。
なるほど。
はい。自分の、ただキャパがなくて、自分のがんばりが足りないから、仕事でがんばった後、家でもがんばれないのは、自分がだめなんだになってしまっていて、
その考え方とか、やり方みたいなのが、そこを見直す必要があったっていうよりは、全部自分のせいにして、がんばらなければっていうふうに変換した結果が、もう本当に限界で、
本当に決定だとなる出来事が、結局自分の子どもたちには、もう職場で携わっている子どもたちにするような声をかけてあげられないんですよね、なんかしっかり。
はい、すいません。今、ちょっと機材トラブルで音声が途切れていました。えひこさん、すいません。今、つながりましたかね。
はい、ありがとうございます。
はい、今、すごい大事なことをお話いただいていたと思うので、ちょっともう一度お話いただいてもよいでしょうか。
はい、保育士として、最後働いていた時に、自分の仕事で関わっている子どもたちに、しっかり余裕をもって話を受け止めてっていう形で、
じゃあどうしたいの?とか、じゃあどうする?っていうのを一緒に考えていくっていうような、そういうかかわりをやっているにもかかわらず、
じゃあ家に帰ると、自分の子どもにはどうかっていうと、自分の子どもにはそうやって、もう話を受け止める余裕すらなく、
ただ一方的に、こうすればいいじゃんって、ただ怒って、こうしなさいってガミガミ言って、ひたすら怒ってしまうっていうような、そういうかかわりしか自分の子どもにはできていなくて、
もうほんとに家に帰ると余裕がなさすぎて、もうそういうかかわりをしてはいけないって思ってるけど、
自分の子にはガミガミ怒ってっていうかかわりをして、結局自分で、なんでこんなふうにちゃんと自分の子どもにかかわってあげられないんだろうっていうのを、すごくディレイマーに感じていて、
その時にやっぱり自分の子どもには日常的に怒っていて、子どもとしてはやっぱり受け止めてほしいし、怒るままじゃなくて笑顔のままでいてほしいってあろうに、
すごく申し訳ないなっていう気持ちがある中で、自分自身がもうほんとに心身疲弊しすぎて、もうほんとに薬を飲みながらずっと毎日、なんとかはいつ配って仕事に行ってたので、
で、ほんとにふとある時に、3歳の娘たちから、もうママ無理しないで、もう休んでいいんだよっていうふうに、すごい言ってくれたのが、もうかなり3歳の子どもに気を使わせてるって何なんだっていうふうに思ったんです。
なるほどですね。
一番身近で見ている子ども視点だと、このままだと本当に、もう壊れかけてたと思うけど、本当にお母さんが壊れちゃうっていうのもあっただろうし、
そうですね。
なんかえりこさん自身がその、あれじゃないですか、ご両親の期待みたいなところで、いろいろなんか思考をめぐらせてきたから、気を使わせちゃってるなとかも多分わかるんでしょうね。
あーそうですね、そうですね、確かにそうですね。
そうですね、なんかそう考えると、私自身がすごく忙しくてイライラしてる、自分の両親の顔色をうかがって生きてきたんですよ。
で、たぶん自分の子どもには、もちろんそうやって顔色をうかがうことで培われる力っていうのもあるんだけれども、
なんかこう過度に自分が生きるために、この人の顔色ずっとうかがい続けなきゃっていうような、なんかそれが日常になってほしくなかったというか、
っていう、たぶん自分の経験からのこういう思い、こういう経験は減らしてあげたいっていう気持ちがたぶん、子どもに対して強かったんだと思います。
そうですね、だからその、それが今の何だろうな、えりこさんの個人の人生のお話としてもそうだし、今そのライフコーチとしてっていうのもそういうことなのかなっていうのをお話を聞いてて思って、
だからその、えりこさん自身が苦しかったわけじゃないですか、その他人の期待に応えるとか、その両親の顔色をうかがって、ああかなこうかな、今これ言うのやめとこうとか、たぶんすごく考えを巡らしてたと思うんですよね。
でその、何だろうな、言ってみたら負の連鎖を自分のところで断ち切りたいなっていうのが、たぶん一個テーマなんですよね。
ありますね、そうですね、ほんとだ、そうですね、なんかそれ、負の連鎖を断ち切りたいは、私すごい思いとして強いかもしれないですね。
だからもしかするとその、ライフコーチでその寄り添いますよっていうのも、そういうふうに同じように負の連鎖を起こしている人たちの気持ちがわかるし、そこを断ち切るサポートがえりこさんならできるんじゃないかなと思っていて、
はい、はい。
だからその寄り添うとか、深いところとかっていうのも、そうですね、その一番最初に言ってくださった自分軸というところとかもつながるんじゃないかなって思いますね。
そうですね、まさにそうですね、やっぱり負の連鎖がずっと続いている中で、自分自身も自分の子供にその負の連鎖をそのまま渡しそうになっていたことに気づいて、
いや違う違う、そうじゃない。やっぱり自分で何を大事にしたいのかをちゃんと思った上で、その大事にしたいものをちゃんと大事にできるために、
だらき方だって変えたらいいし、自分の生き方だって変えたらいいし、その大事にしたいものを大事にするために生きてるんじゃん、私たちっていうような感覚ですね、確かに。
そうですね、だからこの負の連鎖を断ち切る、そのために何だろうな、ガラッと変えるっていう、ここを何回も起こしてきた人なんだなっていうのを今お話を聞いてて思ったんですね。
はいはいはい。
例えばそのお仕事も、なんだ、単発でやったのも入れると4つぐらいやってますかね。
そうですね、職場変えてっていうのも含めると5つぐらいかなと思ったんですけど、その時のこともお聞きしてると、この場所にいても、例えば公務員として給食制度を使ったとしても、体壊したら休んでまた戻ればいい、これだったら何も変わらないじゃん。
それは嫌だ、断ち切りたいっていうところで、全然違う仕事に行ってみるとか。
その自分、えりこさん自身が親からされてすごく悲しかったこととか、本当はもうそんなに顔色をうかがうとかじゃなくて、高圧的だったのかわかんないですけど、高圧的ではなくて寄り添って欲しかった、じゃあ自分の台で断ち切りたいなとか。
そういうことをいろんな局面でされてきたんだろうなっていうのをすごく感じますね。
そうですね、それを断ち切るためにひたすら働き方とか、仕事先もそうですし、全部そこにつながってる感じがしますね。
断ち切って、自分が本当はどうしたいか、自分がいろいろ見聞きした中で、一番こういうふうにしたいよねとか、これを大事にしたいよねっていうところを、
そこをちゃんと軸に据えて生きる人生にやっぱり変えたい、どうにか変えたくてもがいてきたなって思いますね。
そうですね、この大事にしたいもすごい大事だと思ってて、辛いからやめようじゃないじゃないですか、えりこさんの場合。
もちろん心身の限界を、強制ストップがかかったら、一回やめて休むことが人間必要なので、もちろんそうやってとにかく一回終わらせるっていうのもやるんですけど、
その時に、例えば全然違う仕事をしたけど、保育園の先生に戻った時は、私はやっぱり子供が好きなんだっていう、自分が一番当時喜びや情熱を感じていたところに、
そこを大事にするために、たぶん全然違う仕事から戻ってきてるし、保育園の先生っていう、本当にやりたかったところですよね。
で、その後にライフステージが変わって、今度私の人生で一番大事にしてあげたいのは、自分の子供たちだ。
じゃあ、働き方をガラッと変えなきゃっていう、大事なものを大事にするために、何度も何度もガラッと変えるをやってきたっていう、この歴史がすごいですよね。
今、さきさんにそれを言っていただいて、今までのいろいろやってきた経歴を、自分の中でちょっと逃げに感じてたんですね。
全然ですよ。
そういう捉え方をすると、確かに自分の中でこれが大事じゃんって思って、その都度その都度、やっぱりこっちが大事、やっぱり私は今これを大事にしたよ、
それをちゃんと大事にするために、いろいろ変えてきたなと思いますね、確かに。
ありがとうございます。
どうですか、私はここがえりこさんが伝えられることだし、これからライフコーチとして伝えていってほしいなと思ったんですよ、今ずっとお話を聞いてて。
本当に大事にしたいものを大事にするために、いろいろなことを断ち切ってきたっていうのが、えりこさんの本当に強みというか、強みだし勇気づけられる人たくさんいるんだろうなと思ったんですよね。
そこって強みだったんだって今思いました、言っていただいて。
強みですね、どうですか、だって変えたいなって思っていても、変えられない人って多いと思うんですよ。
そういうときに、私はこうやって変えてきたよっていう人生の先輩がいたら、すっごい希望になりません?
そうですね、確かに。
そして、それを私が変えたいけど動けていなくて、ずっと私が我慢すればいいんだ、私が頑張ればいいんだっていう答えにしかなってなかったときに、でも模索していろんな人の発信を見ていたときって、
例えば、経歴で同じように元保育士で、全然違う仕事してますっていうような人の発信を見て、めちゃくちゃ勇気もらってたなっていうのを思い出しました。
それですよ。
そういえば。
なるほど。
確かに、それをたぶん毎回、何かあるたびに、やっぱり自分の大事なものをこのままじゃ大事にできないじゃん、どうにかしなきゃって思ったときに、
同じような境遇の人が、こうやって変えてきたよとか、もう思い切るしかなかったから思い切って飛び込んで、こんなふうにやって、今があるよっていうストーリーを聞いては、何というか疑似体験して自分もできるかもみたいな、
そういう気持ちに自分をふるい立たせていくのに、すごいそれを見ていたなって確かに思い出して、それをやればいいのかって思いました。
なるほど。