みんなの声を届けよう!樋口塾。音声コンテンツをもっと身近な存在に、ポッドキャストラボ福岡。
シュウの放すラジオは、誰でもポッドキャストを始められたらいい、という思いのもとに集まった樋口塾。
そして、RKB毎日放送と日本一のポッドキャスター樋口清則によるプロジェクト、ポッドキャストラボ福岡の一員として配信しています。
世界からの続き。
思ったりなんかして、瞑想される方なんで、まあまあ全然違う種類ですけどねって僕が言ったら、その方が、まあまあ瞑想自体、瞑想のやり方はいっぱいあるからねって。
これも特集だけど、他にももうめちゃくちゃいっぱいあるからねって言った後に、その人が言ってたのが印象的だったんですけど、でも瞑想は一つって言ったんですよ。
へー。
へー。
いろんな、じっとしてるだけじゃなくて、動く瞑想もあるということも今初めて知った次第ですが、
はいはいはい。
まあじっとしてても、その動きながらでも、体をどういう状態に持っていく感じなんですか?
えー、でもまあそれで言うとさっきの話と矛盾して聞こえるかもしれないですけど、結局たどり着く境地は無心らしいんですよ。無心というか。
自分がない状態みたいになるみたいなことをその、僕にそのいろんな瞑想あるけど、でも瞑想は一つっていう風に言った彼女が言ってたのは、
自分っていう、自分が自分という風に普段考えている私みたいなものがもうなくなっている無心な状態みたいな感じの言い方を、多分僕の今の言い方とは違う言い方で言われてました。
ちょっと思い出せないんですけど、表現は。
その状態に持っていくという言い方があれなのか、ごめんなさい、わかんないですけど、その状態、無心の状態に持っていくために、例えば座って目を閉じたりして、脳の中はどういう動きをしているんですか?
静かに呼吸を整えたりして、身体の側を落ち着けていくと、脳がそういう状態になっていくと言ったことなんですか?
僕は彼女みたいにいろんな瞑想を体験した上で、全体いろいろあるけど一つみたいなことは言えなくて、一種類しか今回受けた10日間瞑想合宿で教わったことしか言えないんですけど、
それで言うと、そのさっき言ったみたいな、全身の感覚にひたすら意識を向け続けるだけなんですよ、やることが。
その無心になるイメージ持ちましょうとか逆に一回も言われなくて、ただただその唯一の現実である自分の体の感覚に集中するというか、気づき続けるみたいな言い方をするんですけど、
その僕が参加したビパッソナ瞑想合宿では、大事な柱というか自転車の両輪みたいなのが2つあって、その今言った感覚、自分の体の感覚に気づき続けることみたいなその気づきと、あとは心を平静に保つことっていう2つが同時に必要っていう、自転車の両輪みたいに必要っていう風に教わったんですよね。
それをひたすらやっていったら、確かにその他のことを、過去のことだったり未来のことを考えてたらおかしいんですよ。おかしいというか。
それができていないのは大体そうやって、過去に起こったことをうちうち悩んでたり、未来の起こってもいないことを勝手に不安があったりして、ずっと意識が他の方向に飛んでいっちゃってて、あ、しまった今瞑想してるんだったって戻ってきたときには、もう何も気づいていな、体の感覚には気づいていなかった、心が平静じゃなかったってことに気づけちゃうから、
結果として、その2つに気づき続けることで無心になるんだなってことは、わかったっていうのが今の僕ができる。で、それをやろうと今も毎朝毎晩練習はしてますけど、まあまあなかなかそんな簡単には気づき続けられない。
まあ、その時間だったり大きさは違うけど、アニッチャーする性質においては全く同じなんだっていうのを、自分の体験を通して確信しなさいみたいな話なんですよね。
だから、こう、頭のてっぺんに意識向けてる時に足が痛かろうがなんだろうが、その足の方は、頭を感じてる時にはもう無視しないといけないんですよ。
おー、へー。そうなんだ。
そう。
へー。
一箇所を感じている時に、まあまあ一箇所って言いながら、その一箇所がどのぐらいの大きさなの?みたいな、まあまあ10センチ、15センチ四方みたいなのを最初はイメージしてくださいみたいに言われるんですけど、
たとえばその10センチ、15センチ四方の範囲の中に何も感じませんっていう人もいるわけですよ。僕もまあそういうタイプなんですけど。
でも、たとえば偶然その中に痒みが、ある一点に強い痒みがありましたとか、ちょっと他のところでは柔らかい空気の流れを感じましたとか、
偶然一箇所を感じている時に、その中に複数の感覚が出てきたとしたら、より弱い方を選んで感じなさいって言うんですよね。
へー。弱い方。
はい。なんでかって言うと、強い方の感覚に意識が行くのは当たり前で、
でもそんな瞬間も、他の場所では自分の体を生かすために、すべての粒子が動き続けてるんですよね。
それを全部全く同じように感じていかないと、目が曇ることになるわけですよ。
痛い時に痛いものを感じられるのは、それはもう目が曇る曇らないとかいうレベルじゃないけど、
微細な感覚が常に全身にあるみたいなのを平等に全部に感じるっていうのは、
ちゃんとその心が平静で気づき続けるっていう唯一の現実を本当に感じようとしたら、
弱いものを見落としてたら、それは現実にちゃんと気づけてないってことになるっていうロジックなんですよね。
ロジックなんですね。
ありがとうございます。
すごい。初めて瞑想のことをきちんと。
いやいや、これはきちんとしたい。だいぶフィルターがかかってるんで。
これでは分かったみたいに思われちゃうとちょっとまずいかもしれないって思い始めてますけど。
とっかかりとして。
はい、とっかかりぐらいで。
ありがとうございます。すごく体に目を向ける。
そうですね。
てっきり頭の中で、本当ににわかでしか知らなかったですけど、無心になる、よく言う無になるっていうのをずっと勝手にイメージしてて。
でも全然違いました。意識を体に向けていく感じ。
そうですね。
ありがとうございます。
例えば朝1時間練習なさって、その後日常と言いますか、生活をされる、いわゆる本番を迎えていくわけですよね。
その時にやっぱりうまく今朝練習した分が握手できてるっていう感覚になる時もあるんですか?
まだほぼないっていうのが正直なところですね。まだまだですね。
そのまだまだとおっしゃいつつも、例えば練習、瞑想で練習したことが本番に活かせるのはこういうことといった何か理解はもうあられるんですか?
うーん、まだ具体的なイメージまでは言っててないんですけどね。
そうですね。
本当にこれは違うかもしれない。僕が勝手に予想してる部分もあるんで。
しゅうさんのご意見として、ぜひ聞きたいです。
そうですね。練習であろうと本番であろうと、本当に自分がその感覚をちゃんと得た上でじゃないと本当はっきりしたことは言えないので、今僕これから言うのはただの僕の予想なんですけど。
ぜひぜひ、はい。
その瞑想してない練習が終わってというか、瞑想、座る瞑想が終わった後に日々の生活に戻るときに何かやることの方に意識を集中しなさいっていう教えだったんですよ。
頭のてっぺんから足の先まで感じるっていうのを一日中やるのは現時点では逆にダメです。
サラレをするならサラレをするっていうことに意識を集中する。
何かスポーツをするならそのスポーツに意識を集中するっていう風にしなさいって教わったんですけど、
それだけだと、なんか瞑想練習としてやる意味があんまりないかなって僕感じてたりしてまして。
ただ一生懸命やんなさいっていうだけに聞こえちゃうし、実際こうアスリートの方とか走ってる時が瞑想みたいな風になってるっておっしゃる方も何回も聞いたこともあるし、
実際そうだとは思うんですけど、それはやっぱりこのビパッサナ瞑想でやろうとしていることとはちょっと偶然状況が似てきただけで違うんじゃないかと僕は予想してまして、
その瞑想しているその練習状態みたいなことが何かに集中しながらも同時にできる状態が完成形なんじゃないかって勝手に思ってました。
集中しながらも同時にできる状態が。
全身の感覚に気づいてると、今の段階では例えば皿洗いとかをやろうとしたら皿洗いに集中できなくなるからやめなさいって言われてますけど、最終的には両方できるんじゃないかなって勝手に予想してるんですよ。
それってもう本当にものすごいことなんで、この人生で僕できると思ってないレベルなんですけど。
でもそんなぐらいの意識になれれば、僕は短い言葉で言っちゃうと、ほとんどのことに同時なくなると思ってまして、
そういうのが僕にとってのやりたい状態、なりたい状態なんですよね。
予想というより願望なのかな。
願望なんだと思うんですよ、僕にとっての。
HSPっていう先天的なビビりでもあるし、ビビる性質は死ぬまで変わらないんだけど、
ビビった瞬間に、瞬間にというかビビった何秒後でもいいんですけど、
そのことを俯瞰した視点から感じられる、その感じられるまでのタイムラグというか、時間が徐々に短くなるみたいなのをイメージしてるんですよ。
はっきり言った理想状態っていうのはもうほとんどビビった瞬間に気づくぐらいなのが本当の感性系とは思うんですけど、
それにはたどり着けないかもしれないけど、今は例えばめちゃくちゃ今日ビビってしまって、
翌日に昨日ビビったなってやっと冷静に考えられるみたいなのが、いずれは半日後になり、1時間後になり、
それが短くなること、いかに短くなるかによって、僕が思う理想的な状態に近づくなって思うから、死ぬまでそのベクトルを向け続けるだけで十分だなって思って、
毎日その足がかりとして練習してるみたいな感覚ですね。
なるほど、なるほどとしか言葉が出てこない。
いや予想ですよ、本当に予想です。
ありがとうございます、そっか。
自分の本当の本位に気づくっていう言葉を僕よく使うんですけど、
このしゅうさんがおっしゃったレベルにはいってないけど、
自己に向き合って、
ですよね、私よくキャリアコンサルタントとか、コーチングなどなどの個人事業もやっていて、
いろんな方のもやもやとか、お悩みとか、お悩みだけじゃなしに具体的な目標があって、どう進めばいいかっていったお話を聞くお仕事も一方でしてるんですけども、
多くのもやもやが、やっぱりしゅうさんさっきおっしゃった言葉で言うと、今ここに目が向いてなくて、
もしかしたら、そうです、もしかしたら全然やってこないことかもしれないことにすごい不安が出らしたり、
逆に今大変なことがもうずっと続くと思っていらっしゃったり、
っていう相談者の方が、やっぱり複数、複数というか、よくいらっしゃるっていう印象なんですよね。
なんか、今日は明日の準備の日、みたいな。
なので今日は不完全な日、ゼロにもいってない日、みたいな捉え方をされてる方が多いなという印象があったので、
ずっと自分はどこかが欠乏しているとか、ずっと私は何かが足りないんじゃないか、みたいなことを思われて、
このままでいいんだろうか、ということですね。
いったことを捉される、捉というのは口に出される方がいらっしゃるんですけど、
やはりずっとこう、ご一緒してお話を数ヶ月伺っていくんですけども、
やっぱり何かのきっかけでご自身の本位に気づかれる瞬間があって、
その時に、何でしょうね、僕がご支援を始めて最初の方に本位らしきものを聞くんですよね。
どうしたいんですかって言ったら、こうしたいと思ってますっていうのは、大体の方がスッと返ってくるんですけど、
でも何回かセッション繰り返していくと、また違った本位が出てくる。
それを僕、本当の本位みたいな言い方をしててですね、
いろんな役割を背負ってて、お母さんとか誰かの子どもとか、会社だったら役職を背負ってる、
いろんな役割を演じてるとは言わないですけど、果たしている中で、
だんだん本当にご自身の体とか、ご自身の心が持った、
私は本当こうしたいとか、こうありたいとか、こういう状態であったらご機嫌みたいなものがどんどんすり減っていってですね、
被せられたというか、被ってる役割で、
メッキの本位というか、被ってる方がいらしてですね、
それを剥がしていく作業をする。作業っていうのはずっとこうやって聞いてるだけなんですけど、
話を聞いてると剥がれていったりするので、
やっぱり自分に向き合うって大事なんだなと思いました。
自分に向き合うっていうと、多くの方がどうやったらさ、じゃあそれは向き合うってことになるんだろうっていう、
向き合う方法も思いつかなかったりするんですけど、
まずは自分の好きなもの何ですか?ぐらいの話かな。
好きなものを、例えばケーキが好きなんだったら、じゃあケーキ食べましょうよぐらいの。
なるほど。
ケーキは美味しいですよね。
ケーキは美味しいですからね。
大好きですね、ケーキ。
そういう、大好きっていう気持ちをどこかで蓋しちゃってるんですよね。
それを蓋せずに、毎日食べると食べ過ぎなので、
ご自身のご予算とか、体の状況に鑑みて、
じゃあ週1回食べるとかですね。
ご自身なりのいい状態が発見できれば、
前向きにもやもやしていたものが少しずつ取れて、明るくなっていくお姿をよく見かけるんですよね。
だから、しゅうさんがおっしゃったその瞑想レベルには到達してないけど。
いやいやいや、僕も頭で理解してるだけで全然ですよ、体感伴ってないんですけど。
でもそうですね、私が分かりやすい言葉で言うと、やっぱり今ここの自分に、
ちゃんと目を向けてあげるっていうのはすごく大事なんだなと、また別の角度から共感いたしました。
ありがとうございます。
いやー、瞑想のことが知れてよかったです。
瞑想にもともとご興味があられたんですか?そんなわけじゃないですよね。
何人か、瞑想いいよって言ってる方がいろんなところに私、知り合いでいてですね。
あの、樋口さんってね、樋口卿さんも昔瞑想行かれたっていうのは複数行かれた方を昔から知っててですね。
どんなものなのかなっていう、思ってました。勝手に座禅のイメージしか知らなくなってるんですけど。
まあまあまあ、細かく分けるとっていう話ですけどね。
全然座禅でもだいたい同じようなことになるのかもしれないんですけど。
ありがとうございます。
いやいやいや。
えーなんか、僕の話めっちゃさせてもらっちゃったんで、
もやりしさんの話も、なんかお聞きしなきゃみたいな感覚がちょっと湧いてくるタイプなんですけど。
はい、ぜひぜひ。何でもお聞きになりたいと思います。
なんだろう。
うーん、まあ分かってるようで分かってないんですかね。もやりしさんがその。
うーん、聞いてはいるはずなんですけどね。
さっきはどういう表現でされましたかね。
広告のお仕事をされていて、でもそれは離れようとされて、
それとは別で個人事業主で人の話を聞くみたいな。
うんうん、はい。
それはもやりしさんとってどういう動機でそうされているのかなみたいなのが、
ふわっと今分からないから聞きたいのかもなーみたいに思ってはいるんですけど。
はい、ありがとうございます。
いえいえ。
なんでしょうね。何で変わったんだろう。
あの、コロナ期間中に1回私体調崩したんです。
あー、はい。
その時も仕事を数ヶ月休んでたんですが、それがやっぱ大きなきっかけでしたかね。
体がしんどくて休んだ時に、僕とか、
僕その時営業のマネージャー、平田偉太課長みたいなことをやってた時に、
僕とかチームに何が起こってたのかなと思って、
休み期間中にいろいろ勉強をしたんですよ。
はい。
で、その時に私やっぱりあの、昼間コロナ期間中で子どもが保育園行けなかったり、
はいはい。
その時に次女が1歳だったんですけど、ちょっと病気になって1ヶ月入院したり。
あー、はいはいはい。
とかですね。
では、営業部門を複数の部門を統合するみたいなことを2年連続で手がけたりして。
えー、すごい。
今聞くとよくなったなっていう。
あーはい。
もうあんな働き方できないですね。
日中なので子守りして、看病して、夜仕事して、
うん。
で、3時、4時ぐらいに我に帰るんですよね。
あれ?一人で何やってんだろうみたいな、みんな。
あー、はい。
で、途方に暮れた経験が強い思い出として残ってまして、
うん。
で、あの、いろんな、えー、何でしょう、前向きにお仕事ですとか、
はい。
生活に取り組むための勉強をしてきて、スキルもつけてきて、
うんうん。
ということも一方であるんですが、
うん。
もし今この瞬間どっかで、あの途方に暮れてるやつがいたら、
うん。
もうすぐ行って助けてあげたいみたいな。
なるほどー。
はい。
そういうすごい強い思いが、
はー。
うん。22年、23年ぐらいですかね。
うんうんうん。
っていうのが湧き上がってきたんですよね。
あー、じゃあまだ3年みたいな感じなんですね、今のスタイル。
そうです。まだ始めて今もない、
うん。
えー。
です。
そっか。
それまでやってきて、BtoBのお仕事をずっとやってきて、
はい。
BtoBと広告代理店と一緒に、僕はメディアにいた、
うーん。
すごいですね。
いえいえいえ。
どうなって、もう人の仕組みがどうなってるのかなっていう、
組織とかチームに人が入っていたときに、
どういう活躍ができるのかなとか、
どんな役割が発揮できるのかなっていうのに興味があってですね。
そこを調べていった、もう学んだというか調べていったっていうイメージのほうが強いですかね。
はい。
そっかー。
いやーね。
一時期、コテンラジオの界隈でというか、
僕がコテンラジオのコミュニティに入ったりした時期に、
ストレングスファインダーとかもめちゃくちゃ流行って、
受けたりしてたんですけど、
僕はまあこんな暮らしなんで、
有料だしまあまあ高いんでっていうのがあってね、
受けなかったりしましたけど、
あとは、ストレングスっていう言葉自体にも抵抗を感じるぐらいな、
感覚なんですよね、僕ね。
ただの表現なんでしょうけど、
なんか弱くても生きていけるみたいなのを、
僕自身が証明していかないと、
もうどうにもなんないなみたいな生き方してるもんで、
そんな意味で。
強みという言葉ですよね。
そうですね。
ストレングス。
受けなかったこととかありましたけど、
でも、まあまあその、
まゆりさんが人を継承する中でのツールの一つ、
みたいな意味で言うと、
さっき言われてたみたいな、
仕事でのどんな風にそれを継承していく中で、
戻っていかれるかみたいな、
風なことをやってらっしゃるっていう意味で言うと、
僕はそういう、
どっかに雇われとして所属していない状態なので、
その僕が継承の対象になるとしたら、
どんな切り口になるのかなっていうのが、
興味本位で今湧いちゃったんですけど。
強さを求めてない人はどうしたらいいんですかね。
強さというか強みというか。
強み、ストレングスっていう言葉を出していただいたんですけど、
我々、ギャラップっていう会社ですとか、
ストレングスファインダーでギャラップっていう名前の会社がやっているので、
ギャラップの認定コーチなんですが、
その時に教え込まれたことをそのまま申すでもあるんですが、
強みって聞くと、
なんかすごい鎧きた。
バッキバキに強い人みたいなイメージもするんですが、
我々が強みとして捉えていただきたいのが、
自然とやってしまうことっていう言い方をしてるんです。
なるほど。
僕よくワークショップとかで、
冒頭でやるちょっとしたワークショップか、
としては、目の前に、イメージしてくださいねということで、
目の前に白い紙とボールペンがあったとして、
1分間でできる限りたくさんご自身の名前を書いてください。
はい、スタートって。
名前を書くんですか。
そうです。
何でもいいんですけど。
じゃあ1分間測りますんで、用意スタート。
イメージの中ですよ。
イメージですか。
イメージの中で。
実際に書かない。
はい、で、スタートって言ってすぐストップって言って、
さあ今どっちの手でペンを持ってますかっていうことを聞くんですよ。
で、ここで大体の方、大体というか100%の方が、
聞き手ですねって言ってくれるんですよね。
で、その時にどっちの手でペンを持つか、
考えましたかっていうふうに私から尋ねるんです。
で、考えましたって言われたらそこの研修も終わりなんですけど。
それ聞き手でペンを持つときぐらい、
それぐらい自然にやってしまうことっていうのが、
あなたそれぞれにはあるので、
それを活かす方法を考えましょうっていうのが、
ストレングスファインダーのストレングスの我々が伝えたい意味なんですよね。
なので、さっき僕は組織っていう言葉を前面に出したんですけど、
組織の中でももちろんですし、
お一人にいらっしゃるときもそうなんですけど、
ご自身が自然とやってしまうことをきっちりと言いますか、
安定結果をもとにより知っておきましょうっていう。
知った上で言動すれば、思考を言動すれば、
あなたらしさがもっと活かせるんじゃないでしょうかっていうご提案をしていくんです。
例えば、私の資質判定の結果の一番上には、
個別化っていう名前の資質があるんですが、
そもそもストレングスファインダーは人間の才能を、
才能というのは人間を動かすときの動機になるものっていうふうな定義なんですけども、
何か行動を起こすときの動機の元となるものを34グループに分けているんですよ。
で、その34個をどれを普段よく使ってるか。
それがあなたが自然とやってしまうことのモチベーションの源泉ですよっていうことなんですが、
例えば私の一番上は個別化っていう資質があって、
例えばインタビューをこういうふうにお話をするときも、
そのインタビューという行動の裏側には個別化という私にはモチベーションがあって、
もう個別化というのはその人のことを詳しく知りたい。
人じゃなくても物事もそうなんですけども、
一つ一つのお一人お一人の人、一つ一つの物事。
人間であられたら一つ一つの言動の裏側とか。
詳しく詳しく対象について知りたいっていうモチベーションが湧くんですよね。
めちゃめちゃ向いてますね。最初から。
うまい!もう一杯!
湧き水は体に良いんですよ。
たまたま選んだこういう対人支援の取り組みですが、
やはり人の話、人のことを知りたいっていうモチベーションが裏側にあったんだなっていうのは、
後からがてんがいったっていうのもありました。
そうですね。お一人で活用されるときは、
例えばですが、なんで私って続かないんだろうって。
日記書くの日記が続かないんだろうっていう場合なども、
そうですね。私も物事を続けるのがすごく苦手な方なんですが、
ポッドキャストを始めるときに、
僕一人ではなかなか難しかったので、奥さんを誘ってやったら、
続いたとかですね。
あるいは、続かないっていうときは何か、
例えば調べるのが好き、調べるということを自然とやってしまうという方であれば、
何か日々の中で調べるというときは必ずそれをメモしておく。
それが日記の代わりになるとかですね。
そういったことに、ご自身から気づいていただけるように、
問いかけをしていくっていうことを我々コーチがやってまいります。
はぁはぁはぁ。
僕の場合は、あ、ごめんなさいね。
健全ではあるけど邪魔っていう、
絶妙なところなんですよね。
絶妙なところですね、はい。
それが一番大きいですか?他にもあったりしますか?
うーん、あとは単純に環境問題としてのゴミとして出してしまうと、
それが、なんか特に燃えるゴミならまだいいんですけど、
燃えないゴミ系は単純に地球にとってのよろしくないものを
僕が排出することになるなっていうストッパーみたいなのもありますね。
あー、なるほどですね。
もったいないなとか猫じゃないなとか。
はいはい、そうですね。
そういったところが、一方でそれはご自身としては健全と思いつつも、
当時を阻害しちゃうものでもあるっていうところもあるんですね。
そうですね、はいはい。
昨日は血が去って掃除なさったですよね。
はいはい、そうですね。
その時は、そのストッパーはいかがだったんでしょうか?
ストッパーも相変わらずあるにはあるんですけど、
いかんせんネズミさんが癒やすぎて、
もうその動かないものの中でもそのネズミさんが食べる
イネの、イネとかモミがあるあたりはもう
踏ん切りをつけて、まだ食べられる米粒の入ったモミがいっぱいあるけど、
もうそこは未練を断ち切って、
一旦外に出したっていう、完全に捨てたには言ってないんですけど、
外に、家の外に出したっていう状態までは昨日行けたんですけど、
逆にそれだけはもう本当にネズミが癒やすぎるから、
その癒やさをバネにして何とか成し遂げたっていう感覚ですね。
なるほど。
その身軽さという中の一部分ですかね、
そのネズミがいないその要素、何でしょうね。
ネズミがいないことで得られる身軽さを、
昨日はじゃあ獲得できたという感じですかね。
はい。
じゃあ癒やさ。
癒やさ、言い換えれば何でしょうかね。
もしその癒やさというものを言葉に言い換えると、
どんな言葉になるんですかね。
どんな感覚でしょう。
同じかもしれないですけど、嫌悪感ですかね。
瞑想では嫌悪とかに引っ張られるなって言ってるんですけどね。
怖いよなんですよ、そこが全然まだ僕でも整理ができてなくて、
いや話がちょっとぼやけちゃうかな。
いいですか。
もちろんです。
その、瞑想合宿では最初に教わる5つの、
なんだっけな、いましめみたいな、
向こうの言葉でシーラシーラっていうもんで、
シーラっていう単語しか覚えてないんですけど、
やってはいけないことみたいなのが5つあって、
その中の1つに生き物を殺してはいけないっていうのがあるんですよ。
前々から僕もそんな風な発想の人間ではあったんですけど、
よくよく考えると、
生きていく以上は何らかの生き物のエネルギーを食べ続けてるから、
100%殺傷しないっていうのはちょっと無理なんだよねみたいな感覚もあったので、
その意味で殺傷も100%しないのは難しいという意識で僕は生きてるんですけど、
大前提としてのいましめの中にそれがあったので、
それはそれとして捉えたまんまで過ごしていて、
でもその意味で瞑想の中でも、
さっき言ったピパッサナ瞑想という自分の体の感覚に意識を向けるものと、
大きく分けて2つあって、
もう1個サマタ瞑想っていう名前の、
生きとし生けるものの幸せを願う瞑想っていうのがあるんですよ。
そういうセリフを頭の中で唱えて、
それによって心の健全さを実現する的な、
心を浄化する的な瞑想法があるんですけど、
それをしながら僕、ネズミさんの音に剣を感じてるわけですよ。
生きとし生けるものが幸せでありますようにって、
心の中で唱えながら、
ネズミさんうっとうしいって思ってるんですよ。
このバランスはどうとったらいいんだっていうのが悩みのあれですね。
その、ソウジと向き合うことの延長にある、
それをどう捉えてどう整理したらいいんだって、
自分で分かってないみたいな。
なるほど。その思いについては今、
整理中といった、どう捉えようかなとしている状態ですかね。
はい、分かんないなーって思ってるって感じですね。
分かんないなと。
はい。
一方でその身軽な状態といいますか、さっきおっしゃった具体で言うと、
瞑想というね、時間を大事にしたいという気持ちもある中で、
もし、少し明日片付けしてみるとしたら、
どういったところならやりやすそうですか。
ただ、ネズミさんが食べるイネとかワラとかの、
もみがついたメインの部分は片付けられたんですけど、
ワラ在庫とかが作れるようにと思って、
稲藁だけごそっと置いているものとかはまだそのままなんで、
それをまた、どうせワラ在庫もやりたかったけど、
もう何年もやってない、結局踏み切ってないから、
それも断ち切って捨ててしまうって思ってるんで、
それを捨てるところになると思います。
明日かもしれないし、もうこの収録終わったらやるかもしれないんですけど。
次やるとしたらそこなんですね。
でもやっぱり今断ち切るっていう言葉が出てきましたですね。
はいはい、出てきましたね。
断ち切る動作と、実際にこうよいしょっと運ぶ、
実際の動作どっちが秀才にとってはハードルが高いですか?
断ち切るの方ですね。
作業自体は別にそんなに嫌がってないんですけど、
でもついついやってしまうことではないですね、作業も。
ついついやってしまう。
ではないけど。
作業自体は手軽と言いますか、そんな重いものではないけど、
やっぱりねずみさんの気持ちとか、地球環境の。
ねずみさんを守りたいっていう感覚ではないんですけどね。
さっきの例はただ僕の中で整理ができないっていうだけの話で、
ねずみさんには別にどっかで幸せに生きてほしいけど、
ここでは生きてほしくないっていう、生きてというか、
ここにはいてほしくないっていうだけなんですよね。
でもその稲藁がまだ、僕がもっと本当は本気を出して、
縄を縄ったり、縄を縄って言い方するんですかね。
縄って言いますよね。
縄ったりするのに、ここに置いておけばいつかやろうと思った時にやれるから置いておきたいっていう、
その執着があるから、それを断ち切る方がハードル高いですね。
はい、お話伺ってるとあれです。
ちゃんと動作を起こす前に、しっかりお気持ちに向き合おうとするようなお言葉が、
よく聞こえてきますね。
未練ですとか、断ち切るもそうですし、
どういうことなんだろう、その瞑想で教わった考えと、
実際のご自身の気持ちが矛盾しているようなところがあるから、
それはどういうことか捉えたいとかですね、そういったお言葉がたくさん聞こえてきましたので、
しゅうさんにとってのお片づけは、ただただ動作としてのお片づけではないんだなっていうことが伝わっていて、
すごく伝わってまいりました。
わーすごい、ありがとうございます。
いえいえ、とんでもありません。
そっか、聞いていてすごく興味深かったです。
いやーでもなんかもう、しゃべってる中で、だんだん本当に片付けたくなってきました。
えーすごい。
ちょっと楽しみにする自分もちょっと生まれてきた気がします。
うんぎりがついた気がします。
ぜひですね、この後か明日か、タイミングはあれですが、
お片づけなさった後の、その時のご自身のお気持ちについても、
言葉として残しておいてくださいませ、みたいなことは最後言うんですが、
しゅうさんももう十分なさっているので。
そうですね、絶対しゅうさんのスタジオで言っちゃうとは思いますけど。
その時その時の自分がどう思ったかを、
何かしらにするのではなくて、きちんと温めてあげてくださいね、みたいなことはですね、よく申しております。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
いやーすごいですね、やっぱり。
こんなあの、こんなすごい、あの、
傾聴していただくのを、ただでやってしまって、もらってしまってよかったんでしょうか、みたいな感覚でした。