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101品目 自己評価と自己肯定感
2026-09-20 26:10

101品目 自己評価と自己肯定感

あかりのメンタルが不思議/ギブアンドテイク精神/「私は幸せでなければならない」/心理的安全性を高める旅/いざというときに味方してくれる/仲良くない人と飲みに行かない/よくやってたよね/寄せ書きメッセージ


感想は「#さいふる」まで🍽️

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サマリー

あかりは、自分を「ポンコツ」と認めながらも自己肯定感が高く、周囲から愛されることを疑わない。一方るりは、愛情を受けるには自分も何かを与えている根拠が必要だと語り、あかりは「私は幸せでなければならない」という強い義務感について話す。高校の文化祭では役に立てなくなった不安から、誰もいない教室を一人で掃除していたという具体的な経験も明かされる。 二人は、自己肯定感や心理的安全性が家族との関係や集団での経験からどう形成されたかを振り返る。あかりは家族に「いざという時は味方してくれる」と感じて育ち、るりは褒められて育ったことで、何もできない自分には価値がないと思い込みやすかった可能性を話す。あかりは、親しい人にだけいじられ、嫌な境界線は示せる一方、大学時代の大人数の集団では人間関係を諦めて一人で過ごすこともあった。サークルで得た「全員と仲良くしなくていい」という学びと、少数の心理的安全性の高い友人とのつながりを財産として、これからも居心地のよいコミュニティを作りたいと締めくくる。

自己評価と自己肯定感の違い
最後の晩餐はフルコースで
るびです。
あかりです。この番組は、現実と戦いながらも、欲張りに日常を生きる2人が、誰かにちょっと聞いてほしいを共有するポッドキャストです。
私、あかりんと、もう15年ぐらいですか?
そうだね。そうだね。
付き合いになるんですけど、
まだまだあかりについてわからないことがたくさんありまして、
そうかな?
こんなわかりやすいのに。
わかりやすいはわかりやすいんだけど、
なんか不思議。あかりんってめっちゃ不思議な人やなって思ってて。
そうなの?言われたことないかも。
そう?
なんか、あかりんって、
自認ポンコツやん。
自分のことポンコツって言うやん。
だけど、そんなポンコツな自分のことがけっこう好きだし、
そんなポンコツな自分が、
自己肯定感が高いかも。
そうそう、自己肯定感が高い。
自己評価はあんまり高くないけど、
自己肯定感はすごく高いなと思ってて、
そうだね。
その、なんか、自分が周囲の人から愛されることに、
なんの疑いも抱いてない。
すごい、いいなと思ってるのよ。
ありがとう。
でも、それって、どこから生まれてくるんだろうと思って。
えー、そうやな。
え、でも、なんかわかんない。
そんなもんじゃないの?って思っちゃう。
そんなもんじゃなくない?
わかんない。
ちがうの?るりは。
私は、けっこうちがうかも。
あ、そうなんだ。
うん。
なんか、周りの人から愛情を誘いでもらうことに、根拠がほしい。
へえ。
「私は幸せでなければならない」という感覚
なんか、私はこの人に対して、こういう対価を払ってるから、
愛されて当然だよね、みたいなふうに思いたいタイプなのよね。
なるほど。
自分はこれだけ与えてるはず。
だから、自分があまり何も与えられてない状態で、
誰かから愛情を誘いでもらったら、
なんでこんな私に?みたいな気持ちになるかも。
なんか、なんやろ。
でも、私、自分が何もできてないっていう状態はめっちゃ嫌いやね。
うん、なるほど。
そう、だから、なんかね、私、ちょっとわかんない。
自己肯定感とかと若干ベクトルが違うかもしれへんやけど、
なんか、たぶんずっと思ってるのは、
私は幸せでなければならないって思ってんねん。
すごくない?それ。
なんか、でもそれは、なんていうのかな。
でも、自分が不幸せな状態だって認識することをめちゃくちゃ怖がってるって感じなんよね。
だから、今、なんかうまくいってないとか、
自分の理想と違う状況にあるっていうこと。
で、それで自分がなんかつらい思いをしているみたいな状態になるのが嫌すぎるっていう感じやね。
だから、あるちょっと呪いみたいな感じになってて。
だから、私は幸せでなければならないから、
もし、だから、この状況も、いや、ほんとは幸せなんだみたいな感じに、
なんか、無理やり思い込もうとするみたいな。
例えばさ、こうなんていうのかな。
私、すごい結構印象に残ってる出来事があるんやけど、
学生のときに、高校生のときに、なんか結構文化祭とか、うち結構盛り上がるタイプだったんだよね。
文化祭で役に立とうとした経験
で、もちろん私は行事ごとが大好きなので、
そういう文化祭とかでも、クラスのね、出し物。
で、結構こう、別にリーダーをやるわけじゃないけど、
でも、中心人物の、中の一人みたいな。
それで、なんかみんなの練習メニュー考えたりとか、
結構サポート役が好きだから、なんか練習考えたりとか、
なんかこうプロットを考えたりとか、いろいろやって、
だから、そういうなんかコミュニティの役に自分が立ってるなっていう感じが、
結構好きなの。
それで、自分の自己肯定感も保たれるみたいな感じ。
だから、私はここの役に、みんなの役に立っているっていう。
で、
あ、じゃあそこは私と一緒かも。
そうそう、そうだと思う。
なんの役にも立ててないなと思うと、すごい言い心地悪くなる。
そうやね。
で、私、その文化祭の途中で、
なんかそこそこみんな軌道に乗ってきてさ、
それぞれのチームで、
なんかそれぞれのチームリーダーが練習を進めたりするようになって、
それって何をやってたの?演劇とかすると。
あー、なんかパフォーマンスみたいな。
そうそうそうそう。
なので、なんかダンスあり、なんかちょっとストーリーありみたいな感じ。
でも、それぞれのチームに分かれてダンスとかもやるから、
各チームで練習が進みだしたときに、
え、私は何をすれば?みたいな感じになったことがあって、
で、なんかなんでそう思うとか忘れたけど、
なんかすっごい朝早く学校に行って、
教室を掃除してたの、一人で。
えー。
そう、なんか結構さ、夏休み中とかやったかな。
ちょっと、なんか割とみんな遅くまで残ってさ、
もうなんかそのまま帰っちゃったりするから、
なんか、なんかやらないと。
なんか自分が気持ち悪くて、別に人からどうとかじゃなくて、
自分が気持ち悪くて、なんかその役に立たないとって思って、
あの、ほんまに一人で朝から、なんかクーラーもつけず、クーラーもついてない中で、
なんか教室掃除してっていう日々を送ったことがあって。
心理的安全性を高める旅
へー。
そう、だからなんか、その辺は結構やっぱあるかも。
なんかそういうこう、役に立ちたいみたいな。
役に立ってることが幸せなの。
あ、そう、たぶんそうやと思う。
だから、なんていうのかな、その、幸せ、まあそうだね、役に立ってることが幸せ。
だから、自分の居場所を作りたいみたいな感じかな。
あー、なるほどね。
ここにいていいんだって思いたいみたいな。
あ、そうなんだ。
のはあるかもしれない。
自分が役に立ってなかったら、ここにいちゃいけないみたいな気分になる?
うーん、集団によるかなって感じ。
なんか本当にもう自分のことをわかってもらって、
なんか私がこういう人ですっていう、
なんかその、まあいわゆる心理的安全性みたいなのが完全に保たれてるって、
自分で思える場やったら、たぶん役に立たなくても別に、
まあ私は私なのでって思えるかもしれへんけど、
なんかそうじゃなかったら、あんま思えないかも。
あ、そうなんや。
そう、だからたぶん、その、なんやろ、ルリとか、その仲良くしてる人々の中では、
なんかこんな、いえいポンコツだぜみたいな感じでやってるのは、
そのイメージ。
そう、それはたぶん心理的安全性がバカ高いからやと思う。
あ、そういうことなんだね。
そう、でもそれあるかも。
なんか私の人生は心理的安全性を高める旅みたいな感じかも。
旅。
それはなんか結婚式のときに、
あ、そうそうそうそうそう、そうでしょ。
なんかそれこそさ、サークルとかでも、
あの、最初やっぱちょっと、私はあんまり活動もそこまで多くなかったから、
やっぱりなんかみんなほど、めっちゃ仲良いみたいな感じじゃなかった。
サークルのメンバーと?
あ、そうそうそうそう、サークルのメンバーと。
けど、なんか3回生ぐらいから、なんかすごい、なに、みんなになんか面白がってもらえて、
なんかそこらへんからすごい一気に、心理的安全性が高まった記憶があるのね。
私も。
なんかそれで、自分もなんか素でいられるようになったっていうか、
だから、自分なりにこういろんな人と歩み寄ろうとしたりとか、
なんか飲み会で話しようとしたりとか、
なんかそういう、やっぱ心理的安全性を高めないと、
なかなかその境地に至らないっていうのはあるかもしれない。
あ、そうなんや。
家族から受けた愛情と自己肯定感
でもなんかそれも含めて、だから自分は幸せでないといけないと思ってるから、
そうさ、自分は幸せじゃないといけないっていうのはなんなの?
なんやろうな、でもなんかずっと思ってるねんな、それは。
なんか自分が、
なんかさ、その、最近結構話題になってるセルフネグレクトとかさ、
その、人を大切にすることはできるけど、自分のことは大切にできないみたいな、
なんかそういうのが問題になってたりするけど、
あかりんはそうじゃなくて、自分は幸せになるべきだ、みたいな、ならないといけないって思ってる。
そうそうそうそうそうそう。
なんか、なるべきだっていうより、なんかそう、権利があるっていうより、
なんか義務感みたいな感じかも、そっちに近いかもしれん。
誰に対する義務感?自分に対する義務感?
自分に対してじゃない、だから幸せじゃないって自分で思うことがしんどいって感じやねん。
うーん、それは自己肯定感が下がるみたいなことになるのかな?
うーん、かなぁ、たぶんそうやと思う。
なんかそれこそさ、なんか私、転職活動が最初あんまりうまくいってなくて、
ほんとになんかもう、いったん持ちごまがゼロになったことがあったぐらい、
最初ダメダメやったんやけど、やっぱそれってさ、どう考えても幸せな状態じゃないやん。
そうね。
そう、で、え、つらいみたいな感じになって、
だからもう、それはもう言い逃れできないっていうかさ、
これをどうポジティブにとらえようとしてもとらえられないから、
けっこうそういうときとかはめっちゃしんどかった。
あかりあんまりさ、しんどいとき言わないよね?終わってから言うよね?
あ、そうかもしれん。
あ、でも家中のときあんまり言わなくない?
家族にはめっちゃ言ってる。
あ、そうなんや。
家族にはすごい言うかな、なんかこのいわゆるSNSでめっちゃ書いたりとかは、
あんましないけど、
そうね、でもなんかどっからきてるんやろうな、なんか。
まあでも自己肯定感は高いと思う。
なんかそれはまあ普通になんか周りから、まあ家族かな、からやっぱ大切にされてきた感覚がやっぱりずっとあるかなとは思うけど、
でも別にそんななんか箱入りとかでもないし、
なんなら関西の家やからさ、アホやなみたいな感じで別にずっと育てられてるからさ、
別になんかすごいあなたは大事な子なのよみたいな感じで育てられたわけじゃないから、
なんかそれはもう根源的な、まあおじいちゃんおばあちゃんもそばにいたっていうのもあるし、
なんかこういつでもなんか家族が味方してくれるみたいな、なんかいざという時に味方してくれるみたいな感覚がずっとあったのが大きいのかなとは思うけど。
たしかにね、なんかその家族からのその扱われ方というか、
ちょっとそのあかりんちはさ、関西らしい、そのあかりもさっき自分で言ってたけど、なんかアホやなみたいな、ちょっとこう下げ、愛のあるやけどいじりとか、ちょっとこう下げる発言みたいなのが日常的にあるやん。
我が家は全然それなかったのね。そういうまあいじりみたいな文化そもそも地域的にもないし、
なんかあなたはこれができてすごいね、こういうところがえらいねとか、その他人と接するときでも、なんかこうあんまり私のことについて家族は謙遜しなかったんだよね。
褒められて育ったことの影響
ああそうなんだ。なんか国人者さんとかから、例えばルリちゃん勉強できてすごいねとか言われたりする。そうするとさ、他のご家庭だと、いやいやそんなことない、こういうダメなことがあって、こういうダメなことがあって大したことないよとかって言ったりするやん。
我が家はそうじゃなかった。それ結構気をつけてくれてたんだと思うんだけど、でしょうちの子すごいんだよ、この親から生まれたとは思えないよね、自分のことは下げて、子供のことは下げないって。
めっちゃ素敵、いいね。
それはすごい嬉しいと思うと同時に、なんかその無条件に存在を認められてるっていう感覚があんまりなかったかもって思った、アカリンの話聞いて。
アカリンはあんたアホやなしょうもないな、でも大事やでっていう言葉にしてない愛情があるよね。
私はいつもなんか割と褒められて育ったから、これができてすごいね、あれやってすごいね、これ頑張ってすごいね、あなたすごいよっていう教育だったから、
なんか自分が何もできない場合は何の価値もないみたいな、言われたことはないけどさ、なんかそう思っちゃってるかもって、ちょっとアカリンの話聞いて思った。
どうなんやろ、まあでも確かに周りからお勉強ができてとか、しっかりしてるねとか言われることは結構あった。
しっかりしてるね?
え?
あれ?
しっかりしてたの、過去、ちっちゃい頃はね、ちっちゃい頃は年齢の割にはしっかりしてたの。
そうだったのね。
けどなんか、なんかね、まあそれは、まあ親、まあでも確かに親はいやいやみたいな感じだったとは思うけど、でも私も別にそれ言われて、
なんか言われに行ってるみたいなところも若干あったっていうか、まあ例えばよくあるやん、なんかさ、いい子だねとか言われて、なんかいい子にしてないとダメなんだみたいな、そういう葛藤みたいな子供のね、あったりするけど、むしろなんか、え、いい子にしてたら、なんかこんな褒められるんだ、みたいな、
ポジティブ。
そうそうそうそう、え、じゃあいい子にしてよ、みたいな、え、じゃあもっとしっかりしよう、みたいな、なんかそういう感覚やったかもしれない。
ああ、なるほどね。
私も当時は普通に褒められたら嬉しい、単純に嬉しいっていう感覚だったと思うけどね、でもなんか当時は世界も狭かったしさ、
まあそうだよね。
本当に自分のことすごいと思ってたし。
はいはいはいはい、いやわかるよ、でもそれはあるあるじゃない?中学生ぐらいまで全能感すごくなかった?
うん、すごかった。
で、高校ぐらいでやっとさ、ね、なんかこう、世界が広いんだなっていうことを知るんだな、みたいな、見たことない点数だが、みたいな。
あるあるだよね、それはね。
そうそうそうそう。
でもなんやろな、なんか、まあでもなんか周りに恵まれた、なんかこれ言うと元も子もないけど、うん、だろうなっていうのはすごい思う。
まあ人間関係で悩むこともあったけど、なんか私基本狭く深くみたいな感じだったんよね、ずっと学生の頃から。
でもなんか、この人みたいな、自分がそれこそ素でいられる、その心理的安全性が高い人に出会えたら、そこで勝ちみたいなところはあったかもしれない。
全員とうまくやらなくても、みたいなこと。
親しい関係と人間関係の境界線
あかりんってさ、まあ素仲いい子たちの中ではさ、どちらかというといじられキャラやろ?
そうだね。
でさ、なんかいじられキャラの人って、その、いじられ役に徹しすぎて、なんか病むみたいなの結構あるあるかなと思うよ。
その、愛のあるいじりやったらいいけど、無神経ないじられ方をしたりとか、自分がほんとに傷つく、言われて嫌なことを言われたりとかして、
でも、面白おかしく帰りしちゃうとか。
で、帰ってから一人で落ち込むとかさ、それで病んじゃう人って周りにも結構いたんだけど、
そこはあかりんあんまないなって思ってて、そのいじられキャラではあるけど、こっから先はダメですよっていうのをちゃんと持ってるよね、あかりんって。
こっから先は触れないでというか、ここはいじらないでねみたいなのをちゃんと意思表示するっていうか。
あると思うし、なんかそれをわかってる人にしかいじられてないと思う。
あ、そうなんや。
たぶん。だから、そのなんていうの、結局さ、そういう何デリカシーなないいじりみたいなのってさ、
なんか結局自分とそこまでこう深い関係じゃない人から言われることが多いと思うんやけど、
そもそもそういう人からいじられない。
そうなんや。なんかさ、よくあるのはさ、例えば飲み会とかで仲いい人もそこまで仲良くない人もいる場で、
仲いい人が誰かの他の人のこといじってたら、他の人もこの人はいじっていい人なんだってなって、
その関係性の薄い人からもいじられるみたいな現象ない?
あんまり仲良くない人と飲みに行ったことない。
そう、狭く深くだから。
そういうこと。
うん、でも結構ほんとそれはある気がする。
そうなんや。
そんなにこういう関係が広くない?良くも悪くも。
そうかな。友達多くない?やっぱり。
そうだよ。そんなことないよ。
そうなんや。
そう、だから、たぶんルリは絶対そんなことないと思ってると思うんやけど、
そんなに親しくない人からすると好きがないって思われてると思う。
え、ほんまに?
そうでしょ?
信じられへんねんけど。
そうやろ?だからバグってるねん、ルリとかは。
そうなんだ、知らなかった。
大学サークルで学んだこと
だからそこのなんかやっぱあるかもしれへん。
別に自分も大人になったからさ、そこのバランスも上手くなって、
そこそこどこでも自分らしい感じで生きていけるようになったけど、
やっぱ学生の頃とかは、集団の中でどう振る舞うかとか結構悩んだよ。
サンクルとかでも。
大学の時?
大学の時とかも。やっぱ人数が多かったやんか、すごい。
そうやから、最初の飲み会とかでもどうしていいか分かんなかった。
誰と喋るとか。
確かに。
結局もう住っこのほうでからあげ食べてた。
からあげ?食いしん坊やな。
そうそう。
で、なんかね、サボっちゃうところがあるねん、人間関係を。
これは結構昔からやけど、もういいや、みたいな。
私は悪い意味で、私は私なんで、もういいです、一人で楽しみます、みたいな。
ちょっとシャットダウンしちゃう、みたいなところがある。
だから、それはこそ飲み会とかでも、本当はいろんな人と友達になりたいって思ってるし、
この人と喋りたいとかもあるけど、そこの一歩が乗り越えられなくて、
なんかもういいや、みたいな感じで、もうなんかそこで座ってよう、みたいな。
とかは結構あった。
それもだからもしかしたらさ、幸せなければならないっていうところが若干。
だから、こんなみんないる中で、私は孤独だって思うのが嫌やから、
あえて一人なんですよ、みたいな感じにちょっと変えちゃう、みたいな。
なるほどね。
そういうのは結構最初のほうはあったかなって思う。
だから結構人数の多い集団で生きていくのはね、私は結構苦手。
なんかようやってたなと思う、今思い返すと。
そうやで、ほんまに思う。
でもそれも本当に周りに恵まれたなって感じよ。
私もなんか、サークルの飲み会とかさ、普通に100人とか200人とか行ったやん。
私そんなに居心地悪かった覚えないんだけど。
うん、ルリーはなんかうまくやってたよ。
今だったらできないと思う。
私コミュニケーション下手になってんのかな。
そうなの?
ルリーはだって最初っからすごいいろんな人とも仲良かったし、先輩とかとも。
いや、そんなこともないけどね。
そうかな?
うん、先輩に嫌われてたりしてた。
一部でしょ。
懐かしい。
ね。よくやってたよ、みんなあんな中で。
よくやってたよね。なんか結構いろいろあったやん、サークル。
楽しかったけど、いろんな要素あった。
グループで何かをやるっていう、グループ内の衝突もあったしさ。
人数が多いゆえに競争みたいなこともあったしさ。
よくやってたよね。
過酷な環境だったと思う。
いや、そうだと思うよ。
だいぶあれで鍛えられたなって思うもん、人間関係とか。
確かに。なんかあんまりどうじない変な人に出会っても。
変な人ばっかだったから。
会う人会わない人はどうしてもいるよねみたいなところは、どう頑張っても会わない人はいるなとかは、そこで学んだかも。
だから、あえて別にみんなと仲良くしなくていいんだみたいな。
全員と仲良くなる人はないなみたいなことは、そこで学んだね。
そうだよね。
でもやっぱり、今でも仲良くしてる友達って、大学のサークルの友達が一番多いから、私は。
だから、その意味では本当に、そういう少数性の心理的安全性がめちゃくちゃ高い自分のことを100%わかってもらえるって思えるような存在に出会えたのが、やっぱ一番財産かなって思う。
そうだね。あれはすごい濃い4年間だったし。
そうね。
良かったなって思うけどね。
居心地のよいコミュニティを作る
でもあれだよね、あかりんと話すようになったの、ほんと卒業してからのほうが。
卒業後でしょ。卒業後のほうが仲良くなったよ、ルリは。
そうだよね。
ま、時々なんか遊んだりしてたけど。
そうね。
在学中もね。
なんかさ、最後アルバム作ったやん、みんなでサークルで。
そう、寄せ書きさ、みんなにしてもらってさ。
あかりん、私何書いたか覚えてる?
覚えてない、ごめん。
なんかさ、寄せ書きってさ、書いてもらった後はさ、何回か読み返したりしてさ。
覚えてるけどさ、自分が書いたやつってマジで覚えてないよね。
全然覚えてない。
こわ、何書いてたんだろうと思って。
でもあかりんは、なんかこれからも、今まで仲良くしてくれてありがとうみたいな。
これからも、ルリに私の本性がバレない程度に仲良くしてほしいって書いてあった。
そうだいや、バレちゃったね。
まだちょっとその時、明かしてなかったんかな、私。
ちょっと恥ずいな、それ。
何年前の話ですか?10年以上前の話だけど。
そうだよね、もう完全にバレちゃって。
でも仲良くしてくれて、ありがたい。
いやいや、そしたらこそありがとう。
私から見えてるあかりんが、みんなから見えてるあかりんと違うんだってことが今日の発見だった。
あ、ほんと?
意外とそうなんだね。
そうそうそうそう。
意外とこう見えて、いろいろ試行錯誤しながら生きてきました。
そうなんだね。
自分の居心地のいい場所を作るっていうのが、私の。
だからその結婚式の時の、ルリが言ってくれた言葉がめちゃくちゃ嬉しかったの。
やっぱ自分が言ってくれたことは間違いじゃなかったんだなって思った。
うん、そうやな、確かに。
それが現れてた結婚式だって。
だからそれはね、すごい嬉しかったし。
まあね、私もそんななんか、めちゃくちゃたくさんの人と仲良くするのが得意な方じゃないから、
これからもうまいこと、その自分が居心地のいい、
心理的安全性の高いコミュニティを細々といろんなところでね、
作っていけるといいなと思っています。
なるほど。
またひとつあかりんのことがわかりました。
はい、よかったです。
恥ずかしい。
意外となんかこういう、自分自身のことみたいな話してなかったね。
そうよね。
確かに。
今後はそういう話もできたらしていきたいと思います。
はい、ではここまで聞いてくれてありがとうございます。
はい、ありがとうございます。
概要欄にお便りフォームのリンクを貼ってますので、そこからお便りいただけますと嬉しいです。
はい。
Xでの感想ポストもお待ちしております。
はい。
ハッシュタグサイフルひらがな四文字でサイフルをつけてポストしていただけますと見に行きますので、
ぜひぜひお願いいたします。
はい、お願いします。
それではまた次回お会いしましょう。
はい、さよなら。
26:10

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