1. りゅうちゃんの独り言
  2. #153 哲学寄りの爆運⛩️🙏
#153 哲学寄りの爆運⛩️🙏
2026-04-27 26:23

#153 哲学寄りの爆運⛩️🙏

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りゅうちゃん

1997年、大阪生まれ、徳島在住。関西大学人間健康学部卒業後、大手人材会社に就職。2年で退職し、お寺の一角を借りて2023年「対話する、図書館:遊観(ゆうかん)」を設立。武蔵野大学大学院人間学専攻在学。

感想

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サマリー

今回のエピソードでは、パーソナリティのりゅうちゃんが、日々の生活における「幸運」を見つける習慣について語ります。これは、ポッドキャスト番組「ギチの完全人間ランド」のリスナーコミュニティの取り組みに触発されたもので、毎日の小さな幸運をツイートすることで、ポジティブなマインドセットを育むことを目指しています。この習慣は、困難な状況でも前向きな側面を見つける力を養い、日々の生活を豊かにするきっかけになると述べています。 また、りゅうちゃんは、個人の生活、哲学的な思考、スピリチュアルな感覚、経済活動など、多岐にわたる要素をどのようにバランス良く取り入れていくかという難しさについても考察します。特に、他者との関わりにおいては、これらの要素を相手との関係性の中で調和させることが重要であると指摘します。最近読んだ「中導体」に関する本に触れ、能動と受動の二極化だけでなく、その中間的なあり方や、人間関係における多様な関係性について深く掘り下げています。 さらに、AI技術の進化を踏まえ、人間が持つべき「感度」や「思いやり」の重要性についても言及します。AIが高度な成果物を生成できるようになったとしても、その背景にある人間の感情や意図を理解し、相手の立場に立ってコミュニケーションを取ることの価値を強調します。最終的に、りゅうちゃんは、これらの考察を通じて、他者への配慮や共感を持ちながら、自身の役割を果たしていくことの重要性を再認識し、リスナーにも同様の視点を持つことを促しています。

「今日の幸運」を見つける習慣の開始
冷蔵庫の中身の使うのうまいと思う。
りゅうちゃんの独り言
おはようございます。よろしくお願いします。
わぁ、久しぶりやわ。ちょっと撮るの。なんか、めっちゃ久しぶりな気分。
2週間ぶり、まぁでも実質2週ぶりぐらいか。ですね、はい。
久しぶりです。まぁ1週間ずつで配信はしてるんで、聞いてる分には久しぶりじゃないんですけど。
悩みがありますね、1週間あると。
うーん、そうやなぁ。悩みがあるね。
4月ももうすぐ終わりそうですね。5月になるんで。
27日ですよ、もう。
今日はね、4月26日の日曜日のお昼12時47分ぐらいに撮ってるんですけど。
もう5月ですね。
はい、まぁでもね、徐々に僕も調子が良くなってきてる気がしますね。
お花、桜も見終わり、富士も終わり、緑の季節がやってきましたね。
はい、まぁそんな感じで、そんな感じで、今日もやりますね。喋っていきますね。
今日はね、久しぶりすぎて何喋ろうかなっていうところがそうなんですよ。
何喋ろうかなっていうところで。
えーっとね、ちょっとやっていきたいなっていうことを一つここで言うとこかな。
またね、毎日みたいな話ね、始めようと思いますと。
あのね、うーん、どう説明したらいいんかな。
ギチの完全人間ランドっていうポッドキャスト番組があるんですよ。
好きで聞いててずっと聞いてるんですけど。
そこでだいぶ説明走りますよ。
LINEのオープンチャットがあってある。
で、僕そこには入ってないんですけど、なんかね、話聞いてる感じめちゃくちゃ良さそうやん。
それ真似しようと思ったんですよ。
何かっていうと、今日の幸運をツイートするっていうことをやってるらしくてね。
そのオープンチャットの中でつぶやきするっていう。
今日の幸運。
今日の幸運じゃん。
今日の幸運ね、幸運。
今日の幸運、デイワンからね。
昨日からやり始めたんですよ、デイワン。
で、最後幕運って書いて、
リーの絵文字と拝んでる絵文字、手合わせてる絵文字を書くっていう。
これもXじゃなくて、また別のコミュニティのつぶやき機能があるコミュニティがあって、
そこでちょっとつぶやいていこうと思ってね。
で、これがね、もしこの実感を他に聞いてる人がそのコミュニティ内に来れば、
気づいてくれるっていう仕組みでもあるんで、
まあそういうのも思いつつ、
まあでもね、今日の1日の中でツイートを毎日にするってなったら、
幸運を探さないといけないんで、
じゃあ幸運を探そうというマインドにどうしてもなるので、
はい、楽しみ。
楽しみというか、そういう感じでね。
日々を保護していけたらなーっていう。
それすごくいい。
今日の幸運を探しながら、
何かしら実際幸運はどっかに落ちてるはずなので、
それに気づけることもそうだし、
それを見つけようという姿勢がね、非常にいいなと思って。
あの、やられてる方はすごく、あの、ね、
結構でも真剣にやられてるんで、
僕もちょっとそれにいいなと思ったんで、
やってみようと思って、
昨日から始めて、
今日は2日目ですね。
やっていきたいなと思ってます。
楽しい。
楽しみというか、
そういう心持ちになろうと思えてる自分もまあまあ、
好きというか、まあいいよねって思えますし、
楽しみというか、
いいですよね、そういう心持ちで。
何かね、不幸というか、
嫌なこととか悲しいことがあるのは仕方ないんですけれども、
それでもやっぱり生きているのでね、
生きていかなきゃと思ってですね、はい。
まあその、何も言えないような、
になる気概は誰一も持ってるので、
まあそういう時には、
そういう時でも、
その今日の幸運という言葉とパクッと
つぶやくことができたら強いんだろうなーっていうのは思ったんで、
ちょっとやっていきたいなと思って、
やり始めてみました。
ちょっと反応とかね、
あったらちょっと面白そうだなと思って、
まあ実験的にですけど、
でも僕もマインドがね、
そういう幸運を探すマインドになってきてるので、
やっていきたいなと。
多角的な視点と人間関係のバランス
スピってんな。
まあまあまあ。
そうなんかスピってるね。
なんかスピリチュアル過ぎてもね、
なんか、
難しいなと思って最近考えてるのが、
自分の生活、
それぞれ皆さんね、
一人一人の生活もあるし、
もっと大事な、
普遍的なというか、
人類規模というかね、
まあそこまで大きくない、
地域とか、
都道府県レベルぐらいのことを考えていくことも、
まあ大事じゃないっていうことはないと思うんですよね。
周りのことを考えるっていうのはね。
で、その周りのことを考えることが、
ゆくゆく自分のことに帰っては来るんですけど、
なかなかね、それができない。
やっぱり自分の、
喫緊の、
あのー、ね、
あれがあるんで、生活があるんで、
周りのことばっかりは考えてられないけど、
考えた方がいいのは周りのことであってね。
そことの塩梅がすごく難しいなとは思っててですね。
そう、
うーん、
まあ僕もね、結構いろいろ考える立ちじゃないですか。
哲学というか、
倫理というか思考というか、
そういうこと考えないですか。
それも大事だし、
さっき言ったスピリチュアルというかね、
感じるというかね、
そこに五感を置くみたいなのも、
大事だと思うし、
資本というか経済の中で生きるのも、
大事だし、
全部大事じゃないですか。
これを、
はい、
難しいなと思って、
うーん、
自分一人で生活してる分には、
どれを選んでもいいじゃないですか。
でも、
誰かと関わることになると、
スピリチュアル過ぎてもいけないし、
哲学過ぎてもいけないし、
自分の生活過ぎてもいけないし、
というか、
そこの相手との関係性の中で、
いいバランスを取りながら、
喋るなり、
何かことを起こすなりを、
していくということを、
あまりこういう言い方はしたくないんですけど、
しなきゃいけないじゃないですかね、
これは。
しなきゃいけないという時点でも、
させられてるみたいな感じなんですけど、
最近そういう本も読んでてですね、
すべきなのか、
させられてるというか、
能動的なのか受動的なのか、
っていうことさえも、
二極化で考えすぎてるというか、
中導体っていうのがあるんじゃないか、
っていう本を読んでてですね、
これまさに僕が最近までずっと言ってたことでですね、
こうしたいっていう能動があって、
されるって言われて、
でも、
それだけじゃないじゃないですか、
これまでもちょっとどっかで喋ったんですけど、
仕事とかたいこともそうなんやけど、
やらなあかんからせざるをえないみたいな、
これは能動でもあり受動でもあるみたいなことは、
いろんなところで起こるわけで、
それは中導体っていうことがね。
この中導体なんですけど、
能動と受動の間だから中導体って言ってるわけではなくてですね、
この能動とか受動とかも、
中導から出てきてるのかっていう説も一つあるらしくてですね、
そういう面白い本があるので、
中導体っていう世界、
中導体の世界っていう本があるので、
またぜひ読んでいただけたらなと思う。
能動と受動だけじゃなくて、
僕らも英語とか習ったらさ、
受動体みたいなの習うじゃないですか、
能動体みたいなの習うじゃないですか、
使役とかね。
それだけで語れるものではないというか、
ほんまに言語は、
僕らの感じている世界の一部っきりとっているしかないんだなっていうのを、
すごくひしひしと感じる本でもあるしね。
そうなんですよ。
他の人とのコミュニケーションの話に戻るんですけど、
そうなんですよ。
だからスピリチュアルによりすぎ、
生活によりすぎてもそうやし、
哲学とかね、
そういう考える方向ばっかりに行き過ぎてももういけないしみたいなね、
その辺を考えさせず非常に難しいなと。
政治とか、
社長だったりとかもそうかもしれないですけど、
そういう人たちはね、
いろんな人と関係を持っているわけで、
関わりがたくさんあるわけで、
だからいろんなバランスを取るのも非常に難しいだろうし、
その辺のバランスをね、
どう取ろうかと。
もう少しね、でも、
哲学の領域を増やしてもいいのではないかと思うんですよ。
哲学の領域を少し増やしてもいいと思うし、
なんならここから哲学が来るのではないだろうかなというトレンドにね。
トレンドというか、
流行りというわけじゃない。
ずっとあるんでね、哲学は。
流行りとかではないんやけど、
もう少しこう、
なんだろうな、
ウェイクアップするというか、
起き上がる感じがあってもいいのではないのかなと。
ちょっとそういうところに僕はかじっちゃってるところがあるので、
大学院に行くとかね、
本読んでそういうの考えるの好きとかね。
だから、
そういう役割もあるのかなみたいなのもちょっと思う。
やっぱり僕はもう少し考えていかないといけないというか、
考えることを提供するというか、
一緒に考えていこうよということを
言うのかな、
なっていくのかもしれないなと。
AI時代における人間の役割と感性
これまでは
僕自身も
僕自身の生活があるから
いいバランスをとってはいたけど、
やっぱり1年2年と
20年30年と
生きてくるといろんな人と関わってくるわけで、
そうなってくると、
僕が誰かに何かを伝える側にもなるし、
伝えられる側の方がたくさん多いんですけど、
それこそ中道体じゃないですけど、
伝えたいとか伝えられたいとか、
そういう伝えられる
能動中道の関係じゃなくて、
伝えなきゃいけないみたいなね。
伝えたいし、
なんて言ったらいいの?難しいな。
能動でもある、自動でもある
みたいな立ち位置も
あると思うんですよね。
これができるから
やらなきゃいけないみたいなね。
嫌じゃないけど、やっとくかみたいなね。
そこにちゃんと
思いとか気持ちとかも
載せてやっていくみたいな
イメージですけどね。
なんかちょっと今日
ふと思ったんですよ、朝掃除しながら。
大人って何かなって思ってですね。
伝えるとか教えるというか、
継承するみたいな
そういうところがあるかなと思うんですよ。
僕も僕で継承されるものもあるだろうし、
継承していくものもあるのかなと思ってですね。
まだまだ若いし、
まだまだそんな
28そこそこが
みたいなのもあると思うんですけど。
でもなんか分野とか
領域とか
考えによっては
僕が何か
伝えれることもあるし、
伝えるときに考えなきゃいけない
もう少し相手のこととか
伝えた先のことまで
考えなきゃいけないみたいな
ところも
ありそうやなみたいな
そう思ってですね。
気をつけるじゃないけど、
どうしたらいいんだろうね。
それこそね、最近
大阪行って
クロード
AIの導入だったりとか
パソコンの設定とかも
初期の初期のパソコンの設定とかも
教えに行って
友人とかにね。
オンラインでもそういうことを
友達にやったり
とかしてて、
それをやってるときにね、
僕、まあまあ得意な方なんだ
ってことを気づいてですね。
僕は当たり前にやっちゃってるから
教わってる側でもあるんですよ。
いろいろ調べて、記事とか書いてくれてる
わけですよ。YouTubeとかブログとかにね。
こうやったらできますと書いてくれてる
わけで、その人たちのほうが
何万倍もすごい
わけでですね。
そこを見てから僕も
教わってる側ではあるんですよ。
そこにリーチする
情報の取り方とかね。
その情報を取った上で
活用の仕方とかは
それなりにできる方だと
思ってたんですけど、
それをもっと吸収して
誰かに伝えられるまでになってるのは
これができることでもあるのか
みたいなことを
思ったんですよ。
そうか、これ得意なこと
でもあるんかと思って。
僕の同年代もそうやけど、
4,5,10代とかも
やっぱりパソコンとかAIとかは
まだまだ全然
なので使い方とか
をね、
伝えてきたんですよ。
ショートカットキーとかね。
ほんまに最初の初期の
設定とかさえも
本当どうしたらいいか分からない
みたいな人もまだまだたくさん
おるので、それさえも聞けばいいやん
と思うんですけど、聞き方が分からんとか
あってですね。
足しそって。
うん。
で、そういう時に伝え方で
せめつぎになってくるのは
その人たちの
立場というか
思いもあるわけじゃないですか。
これまでの背景というかね。
それもちょっと考えつつ
失礼にならん
失礼にならんようにというか
上からものを言うばっかりじゃなくてですね。
僕が分かってるから
分かってることを
そのまま伝えるんじゃなくて
やっぱり相手の
相手の立場に立って
どう伝えたらいいかな
とか
この言い回しでいいんかな
みたいなのを考えないといけないか
と思って。
それがやっぱり友達やったら
そんな別に考えなくてもいいと思うんですよ。
考えたほうがいいとは思うんやけど
それは友達じゃなかったり
それこそ何
初対面とかもあるわけで
でも最初に言ってた
最初に言って
今年の1月に言ってた
相手のことばっかにしないとかは
なんかでもできてる気がするという
上れたらダメなんですけど
これがそうかってちょっと思ったな。
そうか。
俺最初に言ってたな。1月に言ってたなそういえば。
悪い道にしないっていう中に
相手のことばっかにしないとか
相手のことちゃんと分かろうとするみたいなのを
書いてたわ。
言ってたね。ここでね。
それの
今年は練習でもあったのかなっていうのが
この最近の大阪でのことでも
あるんやけど
なるほどね。確かにそれは。
あとね
AIとか
パソコンもそうなんやけど
こう
使ってると
なんかもう俺結構適当なんですよ
僕。
結構適当人間なんですよ
こう見えて
なので
例えば資料とか作ってもらったりとか
なんかこうチラシとか
いろいろ作ってもらったりするんですけど
僕自身も
いろいろ作ったりするんですよ
画像とか
チラシとかね
そう
作るんですよ。
僕的にはそれなりに気をつけて
相手の
良い分というか
相手のイメージを
気をつけて
それに気をつけながら
いろいろ作ったりするんですよ
相手の要望を聞きながら
AIに任せる分も
あれば僕自身が
01で作る分もあったりとかして
やってるんですよ
で、それが出来た時に
これでやっぱり一発目自分がね
時間をかけたりとか
AIに投げてたとしても
出来たものはこれいいやんって思うわけじゃない
サイトに見せた時に
頂けるわけで
ここも少しこうせなあかんのかとか
全部AIやったら
全部AIで投げたことはないんですけど
全部AIやったらあかんのかみたいな
その辺のこう
ピンとくる感じというか
感度というかね
それやっぱ大事やなと思って
改めて思ったんですよ
正味作るもんとか
僕よりも
もう来年ぐらいには
僕が作るよりも
AIが作る方が
すごくいいものというか見やすかったりとか
デザインの素晴らしいものが
出来るようになると思うんですけど
自分が確認したりとか
相手の
相手がほんまにそれを
欲してるのかどうかみたいなことはやっぱり
対人
人対人で通じ合うもの
だと思った
というか
なので
なのでですね
人の話聞くとか
AIに全部任せたらいいやみたいなことも思うんやけど
適当やから
やけどやっぱり人の
相手のこともちゃんと考えたりとか
相手のことを思ったりとか
道というか僕が思ってる
そういう姿勢じゃなくて
分かろうとする
みたいな姿勢が
大事だなと
気づいて
そこをちょっと危うくなるというか
AI使ってると
その感度が非常に薄まるというか
めちゃくちゃ
気を付けなあかんなと思って
それこそパソコンをずっと
使ってるんで
パソコンの奥に人が
おるってまだ思えてない
若干思えてきた感じなんですけど
やっと今ビデオ通話とか
ズームとかしててもやっと
この画面の奥に人がおるのは
動画じゃないんだということを
分かっていき始めた
ので
そうですね
だから
うーん
パソコンの奥に
人がおるということを分かった上で
物を作るというか成果物を
完成させるみたいなことを
しようと改めて
思ったのでここに残しておこうかなと
思いました
日本の文化と他者への思いやり
もちろんこのポッドキャストも
聞いてくれてる方がいらっしゃるわけで
そうなんですよね
だからあんまり
下手なこと言えへんみたいな
下手なことって
何って話なんですけど
最近ね
僕の
僕が聞いてるだけやからかもしんないんですけど
ポッドキャスト盛り上がってきてるんですよ
非常に
その波は
僕は感じてるんですよね
AIみたいに
ビッグウェイブでバッシャーンみたいな
大きな波じゃないんですけど
じわじわと波が大きくなってきてる
みたいなのはあるんです
やっぱりそれはね
時間が経つにつれて
ポッドキャスターというか
配信者側が増えてくるので
その波はあるしそれが増えれば増えるほど
周りの人たちは聞いてくれるから
リスナーも増えてくるわけで
それはねじわじわ増えてくるのは当たり前なんですけど
来てるんですよね
やっぱり僕の
中では僕の周りでは
それと共に
ポッドキャストの波もあるし
AIの波ビッグウェイブもあるし
最初に言ってた波も来てると思ってるんですよ
AIの裏でね
それこそ来てると思ってて
この波に
僕がちゃんと
勘付けたりとか
乗りこなさなくても
いいのかもしれないけどな
飲み込まれてもいいのかもしれないけど
やっぱりそうやな
でも僕も28なんで
乗りこなせる歳でもあると思うんですよ
はい
サーフィン1回しか
したことないけど
そう
だからねその辺の情報の
キャッチーさとか
ちゃんとして
で考えられるところで
ちゃんと考えてみたいなね
そんでちゃんと場を設けてというか
人とも喋って
でその際に
やっぱりその奥におる人のことを
ちゃんと思うみたいなのは
大事で
そうやな
そうやわ
この前夕刊で
映画流してて映画見て
映画の感想を僕は毎回
言わせてもらってるんですけど毎日だって
でもうブーメランやなと思って
帰ってきたんですけど
日本の良さみたいなことを
映画から勘ですみたいな
話をしたんですよ
顔が見えるか見えへんかは
どっちか分からんけど顔が見えるにしても
見えないにしても日本人は
物を作ってそれを渡して
渡されたのは自分ですよね
それを
あの人が作ってくれたんだろうなとか
あの人がっていう顔が
名前とか知らなくても
誰かが作ったものやなみたいなことを思って
それをもう一回加工して
次の人に渡すっていうことを
ずっとずっとしてきたわけで
なんかその
思わんばかれる感じ
エモーションか
それが日本っぽさというか
それこそハイコンテクスト文化
って言われてるね
すごく精度の高い文脈の中で
やり取りがなされてる
みたいなのは日本の
良さではあると思うんですけど
お茶の会とかもあるじゃないですか
茶室
言葉じゃなくて音で伝えるとか
仕草で伝えるとかも
本当にノンバーバルなところで
非言語のところで
伝えてるとか伝わってくるもの
とかがあるわけで
それを聞いてるわけで
その文化が
凝ってるし
それを思わんばかれる
僕たちも思わんばかれる側だと思うんですよ
現代の日本さえも
それが日本人の良さだな
っていうのを
言ったんですよね
それを僕に返ってきて
俺それで来て言ったかなみたいな
思ってですね
だから今日はこういう話したんですけど
自分に返ってきてるし
パソコンの奥に居る人とか
何か成果出したものを
伝える先に居る人とかのことを
ちゃんと考えていかないといけないな
っていう
いかないといけないというか
そうしていく
そうしていける時間を
持てるようになってきたというかね
AIでいっぱい何でも何でも
作れるからこそ
そこが一番大事
人との思いとか
人が作ったものの思いとか
背景とか
それと哲学とかね
こういう思いを持って作った
信念を持って作ったとかね
大事だなって
思いました
ありがとうございます
じゃあ今日はこんな感じで
終わろうかなと思います
りゅうちゃんの独り言ではみなさんの独り言を募集してます
概要欄のフォームに
何でもフォームみたいな感じで載せてるので
ぜひ良ければ
送っていただけたらなと思います
ということでみなさん
今日も明日もお元気で楽しんで
癖強めで
さよなら今日は
回り道ですね
思われるようになりたいなと思っているので
皆さんもぜひ良かったら
何か感じていただけたら
バクーンですね
バクーンでいけたらなと思います
ありがとうございました
バクーン
26:23

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