最強人材は「優秀で無害」
こんにちは、みなべ りんです。 今日もちょっと夜、富士山の夜散歩をしながら収録しています。
今日は、そうですね、人としての能力の話をしたいなと思っています。
結論としては、優秀で無害な人が人材としては最強っていうのが結論ですね。
この放送を撮ろうと思ったきっかけは、今日のお昼の12時からやっていた先日、今週ですね、7月7日に
スタンドFMの副業の教科書の東京の講演会を実施されて、それの振り返りのライブを今日のお昼の12時からされていた
いがらしかりんさんの放送、ライブですね。 そこで関わった、私も含めて、私は今回受付とか裏方させていただいたんですけれども、
私とか、あと美子さんとか、おはるさんとか、とんきつさん、みねさん、杉広さんとか、いろんなそこで関わった人たちのことについて、かりんさんが
語るっていう、いつもの面白いやつです。
その中で、結構私が面白かったなって思ったのが、かりんさんのそういう運営、運営のメンバーではないけれども、運営に関わってくださった人、杉広さんとかはVIPなので、
運営って呼ぶにはちょっとあれなんですけれども、関わってくださった男性陣にちょっとフォーカスすると、皆さん優秀なのに無害っていう、全員そうですよねっていうことを話していました。
みねさんも杉広さんも加工さんも、なんか皆さんどっかちょっと癒す系なポイントもありつつ、かつすごく優秀なのに無害っていう、なんかすごく安心して、かりんさんが一緒に運営をできるメンバーだっていう褒め言葉をおっしゃっていて、
で、無害であるっていうことは、一見、なんか人畜無害みたいな感じで、
まあ、そんな良い意味じゃないようにとられる方もいるかもしれないですが、かりんさん的には無害っていうのはスキルであり能力であって、重要なポイントであるっていうことをおっしゃっていたんですよね。
で、私それを聞いて思い出したのが、以前の放送でもちょっと撮ったことあるんですけれども、人を選ぶ技術っていう本の中で、エゴンゼンダーっていうエグゼクティブサーチというか、CEOの社長の後継者とか、
会社の中でも重要なポジションを選んでヘッドハンティングするみたいな会社、それ専用の会社があって、そこで働いていた人が書かれた人を選ぶ技術が人をどう見極め、見立てているのかっていうところを言語化して本にしたものがあるんですけれども、
そこで書かれていたのが、人としての有害か無害かっていう話だったんですよね。それを思い出して、一番採用すべき人、見逃しちゃいけないのが優秀で無害な人、これが最強であるっていうことをそこの本にも書かれていたのを思い出しました。
「無害」のスキルと見極めの重要性
っていう意味では、この講演会に関わった男性陣3名は、皆さん最強人材だなって思っているのと、あと一番注意しないといけないのが、優秀なんだけど有害である人、優秀で有害な人は惑わされやすいんだけど、
そういう人を採用したら、その後がリカバリーするのとか、その人のせいでいろんな人が辞めてしまったりとか、大変だから、ちゃんとそこを目利きしないといけないのであるっていうことは書かれていましたよね。
なので、そこの本でいうと、そこは直感を信じるっていうのもあるし、ただとはいえ決めつけない。この人は有害だって思ったら、有害なポイントばっかり目についてしまったり、もしくは無害、優秀だから採用したいと思ったら、ちょっとした無害なんだって思って、いいところばっかり目についてしまったりするので、
フラットに人のことを見るスキルというのが必要なのであるっていう話が書かれていますね。
そのためには、その人の話を聞いて、その人がどんな価値観で、これまでどんな経験をしてきて、これからどんなポテンシャル、好奇心を持って発揮できるのか、問題を解決していけるのかっていうところを見るために、
その人がどんな人格的に深い部分で、表面的な行動というよりは信念として、その人がどんな使命感と劣等感を持って、これまで人生生きてきたのかっていうところを深掘りするっていう話が書かれていましたね。
そんな感じで、優秀、そもそも優秀じゃない、無益、無益で無害、無益で無害だったら、あんまりいてもいなくてもいい人となるし、
優秀で無害な人が最強であるっていう、そのくくりが私は結構印象に残っています。
身近な「無害」な人の例と「有害」な人の経験
私の身近で言うと、優秀かどうかは別として、人として無害な人が私の家族にいるんですけど、それが私の20歳の娘なんですよね。
私の娘は結構私とタイプは違って、多分夫に似てるさんだと思うんですけど、いつも私の前でもそうなんですけど、娘が私の母ですね、おばあちゃん、娘からしたらおばあちゃんのところによくご飯食べに行って遊びに行くんですけど、
その時におばあちゃんとも話をして帰ってくるんですけど、いつも私が母のところ、おばあちゃんのところに行くたびに、ゆらちゃん本当にいい子よねってことを褒めていて、
絶対余計なことを言わないのよって言っていて、余計なことを言わないっていうのは娘のいいところなんだなっていうのを母から聞いたっていうところで、ただ母もあんまり父とそんな話をしたくないみたいな感じだから、
子供たちが来たらめっちゃ話をするらしいんですけど、話をしたことはすごくちゃんとうんうんって否定せずにめちゃくちゃ聞いてくれる、一応フラダンスやったりしてフラのイベントに行って話とかするみたいなんですけど、あと人間関係の話とか、
いろいろ話を話は聞いてくれるんだけど、一切余計なことを言わないのがすごいわね、みたいなことをいつも私の母が言ってるので、やっぱり無害、人の気を悪くさせないっていうのは、ある意味なんかアドバイスしないとか余計なこと言わないとか、
そういうこと、沈黙でいる、言わない品格みたいなものが無害であることの一要素でもあるのかなと思って聞いていました。
あとは有害な人、会社の中の私の経験で言うと、やっぱりコンサルティング会社って結構優秀な人を採用するっていうのは前提として優秀で有害な人が紛れ込みやすい業界かなっていう、人の入れ替わりとかも結構激しいし、人もどんどん辞めるし、
新しい人もどんどん入ってくるみたいな中で、そういう人が入り込みやすい環境、特に人手不足の業界だったりプロジェクトだったら特にそうかなと思うんですけど、私は今結構安定的に有害な人たちがいない組織で、自分で選んで移ってきて働いてるからすごく働きやすい。
やっぱりそれは優秀で無害な人たちが、自分もそうでありたいし周りの人もそうだなって思って働けてるのがすごい恵まれてるなと思うんですけど、以前はそうじゃなかったこともあって。
有害って言ってはちょっと失礼かもしれないけど、私が7、8年前、まだマネージャー成り立てだった時に、メンバーが5人いて私がプロジェクトの管理者、マネージャーとしてそこに入っていて、メンバー5人の構成は男性4人と女性1人だったんですけど、そのうちの男性2人が入社したばっかり、入社してそんなに日は経っていないんですけれども、
やっぱり私と全然合わなかった。
その2人の男性がすごく仲良くて、ただ2人仲良く私のことを敵対して、
私のちょっとした、例えば資料を作ってって依頼したんだけど、彼が作ったスライドをクライアントに見せるときに、そこは省略してアペンディクションとか話さなかったみたいなところに、たぶん根にもって。
それ以降、私とはもう口聞きたくありませんみたいな感じで、コミュニケーションを全然メンバーと取れなくなってしまって、その2人と男性と。
すごい大変な思いをしたことがあったのを思い出して。
やっぱり有害というか、一緒に働く人たちと協力的に協力するよって、お互いに協力しましょうっていうスタンスで働けないとすごくやりづらいし、チームの雰囲気を悪くしてしまうなっていうのはありますね。
「無害」であるために必要なこと
無害であるために必要なことって、人と協力してやるっていうポジティブなスタンス。
別に反対意見とか異論を言ってもいいんですけど、建設的であること。
反対だけ言って相手の逃げ場を作らないみたいなところはちょっと人としてどうかなって思うし。
協力的なスタンスであることと、あと余計なことを言わないっていうのも最初に言った通りそうかなって思ったりはしていますね。
皆さんの職場の周りでも無害な人と有害な人いるでしょうか。
ということで今日は優秀で無害な人が人材として最強だよという話と、
私、カニさん周りの運営に関わってくださった男性たちはみんなそうだねっていう話をさせていただきました。
最後までお聞きいただきありがとうございます。ではまたバイバイ。