運動習慣と周りの人
野沢トピックを取り上げて、健康について考え直す番組、Rethink Healthということで、今回は森野くん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今回は、なぜ働いていると運動ができなくなるのかっていうテーマで、文字った感じなんですけど、
ちょっと最近話題になってる、なぜ働いていると本が読めなくなるのかっていうところから、応用した話をしてみようかなという感じで、
まあ、とはいえ、お互いに結構本を読んだりもするし、本の話もしつつ運動に置き換えたりしながら、
まあまあ、なんだろう、いい働き方ってどんな感じかなとか、運動とか本読むってどうしていくといいかなみたいな話をしてみたらいいかなと思います。
はい。
まあ、お互い働いてる年代って感じだと思うけど、
はい。
運動をどんな感じでしてるみたいな話をとりあえずしてもいいかなと思うんですけど、
そうです。
森野くんはどんな感じかな。
これは今週1.5でジムに行ってるっていうのが、今のところ運動習慣としてはそこと、あと月に1回草ラグビーをしてますね。
それは大学の時の知り合いとか。
そうですね、ラグビーは、まともとは高校のラグビー部の先輩、後輩とか同級生で始めたんですけど、
そこからなんか友達の友達みたいな感じで呼んでいったりして、今では全然関係、自分の直接の知り合いじゃないメンバーとかもいるような、
なんかちっちゃいサークルみたいな感じになってますね。
いいね。あとなんか例えば通勤とかそういうのは。
はいはい。通勤で言うと毎日の時間は20分ぐらいですかね、往復で。
運動とは言えないぐらいの。
そうですね、ぐらいですかね。
ちょっと歩いて電車移動みたいな感じ?
そうですそうです。
なるほど。
しろさんはあれですよね、送り迎えとかで。
そうだね。
大体のルーティンは朝、自転車で片道10分ちょっとぐらい。
子供2人ちょっと別だから、保育園が。
でもそれも電動自転車だし、あんまり運動って感じではないけど、送っていくみたいな感じと、
自分大体ジム一応契約してて、本当同じぐらいかな1.5ぐらいって感じで、
なんかあれだな、森戸くんみたいな感じで腰をちょっと痛めてちょっと前に。
そうですね。
子供の保育3館で何か無理やり遊びに付き合いすぎて腰を痛めて、
ちょっと最近いけてなかったけどまた同じぐらいのペースに戻ってきたって感じで。
なるほどなるほど。
あとはね、やっぱ週末とかも子供と一緒だから、
なかなかではボートやってたけど、ボート漕ぐとか自転車行くとかそういうのはあんまりできずに、
本当に子供の遊びに付き合うみたいなのが運動になってるかなみたいな。
なるほど。
子供と遊ぶのも結構運動量としてはありそうですけどね。
いやーね、結構広い公園っていうか大きい遊具があるとかとか連れてくともう危ないし、
身とかないと。
追いかけていくだけでなんだかんだ結構動いてるかなーとか、
肩車してとか抱っこしてとか、なんかいろんな体を使ってるなーみたいな。
ちょっとあれですよね、自動的というか借り立てられるような感じも絶対ありますよね。
だからジム行くみたいのは労働的で、
多分自分が行かないと思ったらもう行かないけど、保管ってことは大体自動的みたいな感じかもね。
布巾とかも自動的な運動ですよね。
行かないといけないっていうか、環境によってそうなってるみたいな感じだよね。
だからまあお互い、働きながらも運動は最低限してるって感じだと思うけど、
周りの人見たりするとどうかな、動けてる人とかあんまこの人動けてないなとか見えたりする?
そうですね、同世代で見ると会社のメンバーとか部活の同期とかだと半分いるかいないかぐらいじゃないですかね、運動習慣あるのは。
同じようにジムに行っているのが一番多くて、
あとはなんか自由でやってますみたいな人もたまにいるぐらいですかね。
まあね、お互いもともと体育会系の運動部って感じだから、比較的身の回りの人も運動してる人が多いと思うし、
めちゃめちゃ運動してるっていう人もまたおそらくいるじゃない。
そうですね。
働きながらでも。
なんかその、例えば親とかなんかもうちょっと別のつながりの中で働きながらこの人全然運動できてないなみたいな人もやっぱいる?
そうですね、僕の親はちょっと特殊でめちゃくちゃ運動してるんですよ。
親はピラティスやってたりとか、父親は今でもフルマラソン走ってたりするんで、ちょっと特殊なんですけど。
でも、そうですね。
まあ、でも割と多い運動習慣ある人の方がどっちかっていうと多いですかね。
なるほどね。
まあ自分の周りだと、あえてあんま動けてなさそうだなみたいな人と例を挙げると、
やっぱなんかこうアーティスト系とか絵描く仕事してるとかの人って話聞くと全然動けない。
6時間ぐらいずっと絵に向き合ってますとかっていう人もいるし。
あとは多分エンジニア系とか研究者系。
特にデータ扱うような人とかは、意欲的な人はスタンディングデスク使ってますみたいな人もいるかもしれないけど、
本当に座りながらやってて、ミーティングとパソコンいじってますみたいな人は本当に動けてないんだろうなーって感じがするかな。
そうですね。確かにそういう仕事の環境がもう運動しない、止まった環境にいる人って結構パキッと分かれますね。
する人としない人。
たぶんなんか自分とか森野くんだと、あんまりに運動しなさすぎるともう気持ち悪くなってきちゃうっていうか、
分かります。
人によっての最低限の運動のレベルが違うよね、おそらく。
確かに、あるでしょうね。
森野くんの中でも最低限、本当にこんだけ動かなかったらもう気持ち悪いなみたいな。
筋トレ1.5できてるときだと、やっぱり丸い習慣しなかったらなんかお風呂入ってないみたいな感じになりますね。
なんか、やんなきゃみたいな感じは、なんか一定習慣がついてきたら、
そんな義務感というよりは、なんかその、やんないと気持ち悪いみたいな感じになる気がしますね。
デスクワークと運動不足
で、まぁちょっと今回のテーマの元になった、その本読めなくなるのかみたいな話からも考えてみると、
あれだと結構明治時代ぐらいから、現代に向けて働きながら本読むっていうのがどう変遷していったかみたいな話だけど、
いや、まぁなんか仕事に直結する部分とか、なんか自己啓発的なものは読むみたいな感じではあったから、
なんか多分どんだけ仕事忙しかったとしても、通勤は最低限動いてますとか、
仕事によってこんだけ体動かさないといけないみたいなときは最低限はやってるかもしれないけど、
それ以外の動きをしなくなって、体痛みやすくなったりとか太りやすくなったりとか、
そういうのがおそらくあるんで、仕事のバリエーションが結構狭まっちゃうみたいなのはあるのかなーって気はしたんだけど。
なるほど、なるほど。このバリエーション。
だから、まぁまぁ何だろうな、デスクワークとか多いとあんまりバリエーションって感じじゃないけど、
例えば運送業をしてますみたいなことかだと、例えば車乗って荷物の持ち運びとかはするけど、
ほぐすような柔軟の動きはしてなくて、どんどんこう、
あとなんか農作業で腰曲がったおばあちゃんみたいなイメージすると、ずっとこう低いところで作業してると腰反ったりとか、
安泰に動かす機会なくなっちゃうから、姿勢が固定しちゃうとかあるような気はするから。
確かに。
健康的な体っていうと、やっぱりそれなりにいろんな関節の柔軟性があって、
筋力としてもあって、しなやかな体みたいなのが良さそうな気はするけど、
うん。やっぱり運動不足、いわゆるそんな感じになると、
なんかね、しなやかさっていうよりはどっかに固定化していっちゃうのかなみたいな。
確かに確かに。
そうですね。
今、デスクワークが中心、外勤、営業行くとかはあるにしろデスクワークが中心の人って、
世の中の何割ぐらいいるんですかね。
どうなんだろうね。何割。いわゆるホワイトカラー、ブルーカラーみたいな感じだと思うけど、
どうなんだろう。何割ぐらいなのかな。なんだかんだね、もちろん医療介護福祉みたいなこと、
その中でもカルって書いたりする時間はあると思うけど、
他にもね、一次産業、二次産業、三次産業みたいな考えた時に、
まあでもやっぱり体を動かす仕事をしている人は少なりにいるだろうから。
そうですね。
いわゆる自分自身もデスクワークが多かったりする、ざっくり分けるとホワイトカラー的な方だと思うんですけど、
働いていると本が読めなくなるのかのところでいくと、
デスクって結構ホワイトカラー的観点から書かれてると一緒ですかね。
はいはいはい。
そこって、なんかたぶんブルーカラーの人たちはどういう意味なんでしょうね、この働く自己実現っていうところと。
ブルーカラーワーカーの運動状況
まあ、でもなんかうちの父親とかは製造業の会社とか、でどっちかっていうとブルーカラー寄りだったから、
たぶんなんか仕事に関してはそんなやっぱ知識とか、もちろんいるとは思うんだけどそんなに格式で本読むとかっていう感じではないし、
娯楽で言えば、なんかその中にもあった囲碁とか将棋とか、パチンコとか、なんかギャンブル系とかで遊んでたって感じな気はするから。
まあでもわかんないけど、なんとなくイメージはそのブルーカラー寄りの人は、いろんな小説とかもちろん好きな人もいると思うけど、
本読むっていうの違う娯楽を入れて、本読む時間は少なめなのかなみたいな感じはするかな。
情報処理するっていうよりも体を動かすっていう感じだと思うし。
本の中ではどっちかっていうとこう、ホワイトカラー寄りだよね、たぶん店で。
そうですね。
こうなるとこのブルーカラー的な働き方の人は、働いていると運動しなくなるってことはあんまりなかったりするんですかね。
まあね、仕事の中で体を動かしているという感じだろうから、だからその体を動かしてはいるけど、動かすバリエーションが少なくなる。
それこそ本でいうとノイズみたいな話だったけど、ノイズ的な運動は少ないのかなみたいな感じはするかな。
そうですね。自発的に動かそうとかこういう運動しようっていうのはあんまり発生しないですよね。
まあその辺なんかスポーツも近いっていうか、例えばアスリートも仕事として捉えれたとしたら、何かの競技のアスリートだったら大体その競技の動きを繰り返すだろうし、
なんかコンディショニングも含めてちょっと違う競技する時間作るとか、まあそういうことで怪我防ぐとかっていうのもあるとは思うんだけど、
だからまあそれがやってる人やってない人っていうのはいるのかなっていう感じかな。
確かにそうですよね。アスリートもか。
なんか子供の時ってなんかゴールデンエイジみたいな言われるけど、12歳ぐらいまでみたいな。
だからその時はいろんな動きしておいた方が神経伝達が幅広がっていいよねみたいな感じだと思うけど、
それが多分特定のことやってたら凝り固まっちゃう。それでその領域で伸びる可能性もあるとは思うんだけど、
まあまあ大人に関しても、やっぱり自分にとって意味がつながってるっていうか、つながりがある運動はしやすいだろうけどね。
子供時代の運動と特化
まあ森野くんで言えば、今例えばラグビーの運動をするって別に仕事にはそんなに直接関わるわけではないかもしれないけど、
まあ今はやってるって感じで、もしめっちゃ仕事忙しくなったら、
ジムは行くけどラグビーはできなくなるとかあるかもしれないよね。
そうですね。ノーターンはついちゃうかもしれないですね。
なんかちょっとふと思いつきだけど、もし忙しくなったら草ラグビーかジムかどっちから減っていくんかな。
なんでしょうね。結構違いがある2つだなと思ってて、まあ集団でやるっていうところと自分でやるところなんで、
なんとなく草ラグビーの方が残る気がしますね。
あーそうなんだ。
はい。なんかさっきの働いていると本が読めなくなるのかの本でもあったと思うんですけど、
その自己実現っていうところをその仕事の方で叶えようとすることになると、
その自発的に運動することで今僕が得られているようなこうなんか自己肯定感みたいなことか達成感とかっていうのが、
なんか必要ないって錯覚しちゃいそうな気がするんですね。
なるほどね。
ってなると、まあそことは少し違う、
ラグビーはほんと遊ぶみたいな感じなんだと思いますと、
そこの喜びっていうのはなんかそこになんか食われることはあんまりない、
忙しさで食われることあんまりないかなっていう気がしますね。
なるほどね。なんか自分の性格的にはなんか想像すると先にそっちが減りそうな気がしたんだよね。
中断でやる方の方が、なんか忙しくて行ける日とか行けない日とか出てきちゃったら、
なんかちょっと申し訳ないなとか都合つけるの大変になって、
ジムとかだったら別に自分のスケジュールでコントロールしやすいから、
まあそっちだけは残しとこうかなみたいな感じになりそうな気がして、
その辺もちょっとなんか性格の違いがあるのかも。
確かに確かにそうですね。
確保しておきたい時間として、今はもうクサラクビーが結構大事になってるんですね。
運動の歴史と文化の影響
また自分の、自分でやるトレーニングとは少し違う色がある気がしますね。
確かに。
あと何かな、まあその本の方だと時代の編成によって変わってったって感じだと思うんだけど、
まあこれはお互い情報集めてないから想像でしかできないけど、
昔であれば多分ジムとかもなかったわけじゃない?
そうですね。
今みたいな24時間のジムとかもないだろうし、
運動ってどうしてたんだろうね。
確かに。
おじいちゃんおばあちゃんの世代とかそれより前とか。
まずこのトレーニングで健康を維持していくっていう考えがいつからあったのかっていうことですよね。
なんかまあなんとなくこうラジオ体操が始まったみたいなのは、
最低限運動しとこうよみたいなのはあった気はするから、
その辺は境目な気はするんだけど。
あとなんかあの懲罰的な、罰としての運動とかもあったんですかね。
筋トレ、スパルタ的な。
まあなんか部活とかだとありそうよね。
学校とかでもパッと来なさいとか、うさぎ飛びとか。
うさぎ飛びとかもですね。
大人ではどうかわかんないけどね。
確かに確かに。
大人で罰でなんか体動かされるって。
なんかわかんないけど消防士とか、
ああいうとこだと例えば遅刻してきましたとかだったら、
売り立て何回とか。
雰囲気を感じてしまったけど。
そうですね。
自分のためにする運動っていうのがどこで芽生えたのかはやっぱり、
ラジオ体操なんですかね。
わかんない。どうなんだろう。
なんか日本の文化として昔からあったのか、
なんか欧米とかから入ってきたのか。
どうなんだろう。なんかエアロビクスとか、
自分たちの親世代だとなんか流行った時期があったとかあるような気はするんだけど、
そのフィットネス的なね。
ああいうのもやっぱ外国から入ってきたって感じなのかな。
そうですね。日本来のもので、
ああいうものってあんまり。
そうなると、だから例えば対極拳とかね。
ああいうのはだから中国とかではもともとあっただろうから、
武道とかっていうのは昔からなんか、
そこは健康維持とかだけじゃなくて精神性もあると思うけど、
そうですね。
まあまあ根付いてそうな感じはあるよね。
なんかその精神性を自分の武士道を作るために、
その身体の鍛錬もしてるっていうのは多分ある気がして、
あとあの、
えっと、あと思ってたのはお辺路とか、
あの辺もまあなんかその宗教的なこう色もあると思うんですけど、
気づいたらめっちゃ歩いてるみたいな。
ね。
で、多分そっちからリードされて、
身体もついていってるみたいな。
確かに。
のはあるかもですね。
なんかまあ仏教とかの修行とかの概念の運動は、
なんかどんな状況であってもやろうとかはありそうな気がする。
確かに確かに。
ありますね。
ここが自分のためにっていうので、
そこから変遷してきたかっていうのが面白いですね。
ね、確かに。
だからそういう意味では、
なんか外部的なのか内発的なのかっていうと、
昔もそういう修行とか、
例えばそういうお辺路さんとかも、
だからどっちかっていうと、
まあ内発性もあったかもしれないけど、
そういう文化っていうか、
外からの環境でそうしてたみたいな感じなのかな。
そうですね。
そうなると、
自分のためにする運動がまず芽生えて、
運動意識が芽生えて、
で、働き出すとそれが目がなんか閉じちゃうっていうのが、
同じようなのがどっかで始まったんですかね。
ね、そうだよね。
あとはこうなんだろうな、
生活習慣病みたいなことが出てくると、
やっぱり若いうちから落としとこうよとか、
最近だったら高齢者でもサルコペニアとかフレイルとか、
ああいうのがあると中高年のうちに早めに落としとこうよみたいな感じになるだろうから、
ポジティブなっていうよりも、
科学的にそういうのが出てきて、
運動しとかなきゃなみたいなのも多分、
どっからの年代はあるよね。
確かに確かに。
そこはなんか自分の意識っていうところ以外の、
社会的な背景とか、
そういう文脈に動かされるところは、
特に健康ありそうですよね。
戦前戦後とかで結構大きく違うだろうし、
こういう運動の歴史みたいなまとめがあるかわかんないけど、
でもなんか運動の神話っていう本があって、
オーディブルとかでも聞けるんだけど、
それは本当に、
戦獣民族の部族みたいな人がどういうふうな体を動かしてるのかとか、
そこから本当にこう、
運動の歴史みたいな、
かなり世界通してまとめてるやつが全部は読み切れてないんだけど、
ああいうのもあったから、
それ見ていくとまた新しい話できるかもなっていう。
確かに。
あとはダイエットとかもいつからからあったんですかね。
ね。そうだよね。
まあそれも本当結構世界の文化によっても違う気がするし、
まあ日本だと特にこうなんか痩せてるほうがいいみたいな。
あれもいつから過剰になったとかわかんないけどね。
自己実現としてのなんか運動と、
なんか近からず遠からずなところはありそうですよね。
やっぱなんか文化価値観と運動の流れみたいな。
その変遷と土地による違いと。
あとはなんか地域によっても違うような気がして、
なんか自分だとこうなんだろう愛知県とかだし、
寒い地域と暑い地域での運動の価値観と運動習慣の違い
森の雲関西中心とかのほうからあれだけど、
やっぱなんか東北とか北海道とかだと、
なんか雪めっちゃ降るとか、
あとこうなんか生きていくためにこう雪かきしないといけないとか。
全然運動の価値観というか違うような気がする。
そうですね。
なんかこの想像ですけど、
寒い地域とかだとなんかその体を動かす気にもならないみたいなのもありそうですね。
寒すぎてとか。
ね。どうなんだろうね。
逆になんか自分とかだと、
寒いんだったら体を動かしたいってほうが暖かくなるみたいな、
体育会系っぽい発想もあるけど。
確かに。
どうなんだろう。
気候によってその運動習慣が変わる、違うとかあるんですかね。
ね。
でもなんか、つい先日タイ家族で行ってきたけど、
なんか結構マラソンとかやってる人いるみたいな話も聞いたし、
どんだけ暑くてもいるんだーみたいな。
確かに。
うん。
すごいですね。
ね。
どっちによっても同じ国の中でも結構違うから。
なんかイメージカリフォルニアとかだと走りたくなる気がするんですけどね。
うん。
なんか暑いのにって思ってますね、その外から見たら。
なんかね、マラソンの大会みたいな、あるっていうの聞いたし。
あれ何でしたっけ、ホノルルマラソンとかね。
ああいうなんか温暖で過ごしやすい気候であればすごい暑そうしやすいんですけどね。
ですけど、ちょっとね。
だからね。
アフリカとかマラソン強い国とかの人は基本暑いところで走ってるんですかね。
確かにね。
まあ暑いかもしれないし、その標高が高いから涼しいっていうところもあるかもしれないし。
確かに。
またね。
仕事と運動の関係の歴史的な流れ
マラソンの身体能力、遺伝子的なところから違うっていうのもあるんでしょうけど。
そうだね。
みんながみんな走ってるのか、トップアスリートだけがヒーレーで走ってるのか。
その辺もなんか運動の神話っていう本に書いてあったのがちょっとあって。
なんかそのめちゃめちゃ走るの早い部族っていうか地域みたいなところに行ったら、
もうみんな走ってんじゃねえかみたいな感じでフィールドワークで調査行ったけど、
もう全然走ってない人は普通にのんびりだらりとしてるみたいな。
だから結構その特殊な人があえて走るの早いみたいな。
とかも書いてあったりしたし。
なんかなんだろうな。
なんか一般的なイメージで言うと狩猟祭衆民とかはずっとなんか狩りする人は体を動かしてとか、
すげー運動量あるんじゃないかみたいな感じだけど、もちろんそうじゃない人もいるっていうかね。
そうですね。
だから狩猟祭衆の時代から農耕になった時にまた同じ動作繰り返すから、そこでいろいろ体の不具合とかも出たかもしれないしね。
確かに。そこは運動の歴史がまた別で紐解いてみたいですね。
そうだよね。
だからさっきの狩りとか農業とかはどっちかっていうと仕事を通して体を動かしてるみたいな感じだと思うけど、
スポーツみたいなのはちょっとまた余暇的な活動で。
確かに。
でもそれもね、たぶんなんか仕事的に体を動かしてた人がこいつめっちゃやり投げるの。
飛ばすなーとか。
オリンピックの始まりみたいなね。
みたいな感じだから、やっぱ働くっていうのと運動機能とか運動する機械は密接だとは思うから。
確かに。
気になるとこだね。歴史的な流れと運動の代わりに。
働くことから運動、スポーツがなんかスピンアウトしてきて、今度はなんかそれがなんか実現できなくなってきて、
働くにもう一回スポーツを、余暇を取り戻そうとしてるみたいなのが今の現在地かもしれないですね。
そうかもね。そうかも。
いやちょっとまだね、全然運動についての理解が、歴史的なあれの理解が甘いから。
割と取り組んでる方だと思ってましたけどね。
知らないみんですね。
ちょっとその運動の神話っていう本は面白そうな感じだったから、自分ももう一回読んでみようかなと思うし、
スピンコミやったら読んでもらって。
そんな感じかな、とりあえず。
はい、じゃあ今回はなぜ働いていると本が読めなくなるのかじゃなくて運動できないのかみたいなことをちょっとしゃべってみました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。