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#91夜に届いたひとつの荷物から、「〇〇」に気付いた
2026-03-03 06:09

#91夜に届いたひとつの荷物から、「〇〇」に気付いた

夜22時に届いた、 ひとつの荷物。 そのとき浮かんだのは、 「もう少し早かったらな」という ほんの小さなつぶやきでした。 でも翌朝、 玄関先で箱を手にした瞬間、 心に浮かんだのは まったく違う言葉でした。 こんな遅い時間まで 届けてくれた誰かがいる。 まず出てくるのは、 「ありがとう」なんじゃないかって。 自分の都合よりも、 先に出せるものがある。 感謝。 陰徳。 慈愛。 それは、 自分を消すことではなく、 “心を先に歩かせる”ということ。 自分が、自分が、ではなく、 まず真心を差し出すこと。 その小さな気づきが、 世界の色を 少しやわらかくしてくれました。 夜の荷物が教えてくれた、 「心が先」という生き方のお話です。 画像拝借元 Image by StockSnap from Pixabay https://pixabay.com/photos/hand-palm-box-cardboard-danbo-2600996/ BGM拝借元 ベルガマスク組曲 第3曲 「月の光」 BGM:Kamatamago (https://kamatamago.com) --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/67c149f59dcfb50335375e4a

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はい、今日のテーマは、夜に届いたひとつの荷物から、「〇〇」に気付いた、感謝、忍徳、慈愛、心を先に出す、ということについてお話ししていければと思います。
昨日の夜、10時頃にAmazonの荷物が届いたんですよね。
で、玄関のメールが来ると思うんですけど、届いたよっていう置き場にしてたんで、その通知を僕は見たときに、もう少し早かったらなーって思っちゃったんですよ。
そのお風呂入った後だったので、そういうふうに思っちゃったんですよね。
で、今朝、荷物を取りに行って、荷物を開けたときに、僕思ったんですよ。
まず出てくる言葉っていうのが、遅いなーとか、もう少し早かったらなーじゃなくて、こんな遅い時間まで届けてくれて、まずはありがとうございますだろうがーって思っちゃったんですよね。
なんかその、自分の都合とか、ちょっとした不満とか、自分のエゴとか、そういったものが前に出ると、私が私があって、どうしても気持ちがどんどん自分中心になっていってしまうなーって思ったんですよ。
ただ、あるYouTuberさんが、感謝・尋徳・慈愛、この言葉がすごく大切だよーっておっしゃってたのを思い出して、あ、なるほどなーって思ったんですよね。
この3つの言葉たちって、まず自分が先なんじゃなくて、心が先なんだなって思ったんですよ。
そのまずありがとう、誰も見ていなくても誰かのために、自分だけじゃなくて、周りに目を向けるとか、でもそれっていうのは自分を消すっていうことではなくて、その自分とみんなをちゃんと真ん中に置くことなんですよね。
自分だけを真ん中に置くんじゃなくてっていうか、みんなの中に自分もいるよっていうことっていうか、だから、自分を強く押し出すんじゃなくて、まずは心を先に出すっていうか、差し出すっていうことなのかなって思ったんですよ。
その後に自分がついてくるっていうような、もしかしたらそういったことが真心っていうものなのかもしれないなって思ったんですよね。はい、少し補足していきます。
エゴとか執着って、悪いものではないと思うんですよ。もちろんこういったものもよしよしで見るっていうものでもないと思うので、どうしても人間だからこそというか、私っていうものを確立してるからこそどうしても自分が先に出てしまうっていうことはどうしてもあると思うんですよね。
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それが生存戦略的にも正しいなと思いますし、ただ、どうしても早すぎてしまう時ってあると思うんですよね。自分のこうしたい、ああしたいっていうか、そういう時って周りがどうしても見えなくなってしまうというか、そういったものになると気持ちが濁るような気がするんですよね。
色が重くなるような気がするというか、どうしてもうまく流れていかない、透き通らないような、そういう感覚が僕はあるなって思ったんですよ。
ただ、ほんの少しだけ間を置いてというか、間を置くというか、自分との間に、その間にありがとうっていう、そういった自分をまず置いて気持ちを先に出すと、心の流れがそっと整うような感じがするなって思ったんですよね。
もちろん感謝をするっていうことはもちろんそうなんですけど、そういった自分よりまず心を先に出すっていうことは、自分を小さくすることではないというか、もちろん陰徳とかも誰かに評価されない部分だと思いますし、
その、慈愛っていうのも自分と他者を分けないっていうような、その、愛すよっていう、その分け隔てないっていう思いもあると思うんですよ。だからこそその、どっちも心が先にあるっていうか、その、なんていうのかな、自分を消すとかそういうのではないんですよね。
その、一緒に温まるっていうような感じですかね。その、なんていうかな、なんか自分だけが温まればいいじゃなくて、その、焚き火をみんなで囲むっていうような感覚なのかなって思ったんですよ。なんか、それを、その、さりげなくその日に、その木をくべることだったりとかっていうのにもなるのかなと思って、なんかそういったのが真心っていうような感じなのかなとも思ったんですよ。
その、自分を消すんじゃなくて、まず自分よりも先に心をこう、歩かせるというか、まず先に心に行かせてあげるっていうか、自分ではなくまず自分の心とみんなの心を共にするっていうような、なんかその方が安心する面もあるし、なんか気持ちいいんですよね。
そういう、なんか、うーん、部分があるとっていうか。僕はそれを昨日の夜の荷物が教えてくれたのかなっていうのを、はい、感じたっていう今日この頃でした。最後に一言言って終わろうと思います。
まず、ありがとう。心を先に。それだけで、世界の色は少しだけ柔らかくなるのかもしれません。
はい、今日もここまで聞いてくださりありがとうございます。それじゃあ、またね。
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