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はい、今日のテーマは、学ぶって言葉以外の要素が多い? あなたは誰の背中を見て育ちましたか?
学ぶって、僕はずっと言葉で学ぶことだと思っていました。 誰かの話を聞いて、本を読んで教えてもらって、
でも最近気づいたんです。 僕はきっと、
言葉で学ぶ以上に、人の背中や姿勢や行動を真似して学んできたんだなって。
言葉じゃなくて、体で学んでいたんだなって。 例えば、店員さんに対しても、
当たり前のようにありがとうございますという姿。 人が帰る時、自然と立ち上がって見送る姿。
これをやっておくと、部屋がきれいになるからと黙々と想像する姿。 説明された記憶よりも、
その背中の記憶の方が、なぜかはっきり残っている。 ごめんねって思うこともある。
ちゃんと教わったわけじゃないのに。 勝手に見て、勝手に受け取って、
勝手に真似して。 でも、それって僕だけなのかな。
虹に落ちているゴミをさっと拾う人。 誰にも見られていなくても、丁寧に人に接している人。
困っている人に、優しく道案内をしている人。 立派な行動よりも、何気ない行動の中に、
その人の人間らしさって出るんだなって思ったんです。 言葉よりも背中、姿勢、行動、
そこに本当の学びがあるのかもしれない。
はい。 少し補足していきます。その言葉ってでも、言うてすごい大切なことだと思うんですよね。
その、なんていうか、言葉で整える部分だったり、 もちろんその言葉があったからこそ救われたことだったり、
その言葉を胸に生きられるってことももちろんあると思うんですよね。 だけど、
それ以外というか、その、なんていうのかな。 なんか体を使った学ぶっていうか、その、
なんていうのかな、背中とか姿勢とか行動って、 どうしても、なんか嘘をつけない気がするんですよね。
その、言葉っていくらでも包み込めるっていうか、 その、嘘で丸めることもできるけど、でもなんかそういう
体で出す部分っていうのって多分嘘がつけないっていうか、 そういうなんか、無意識のところにその人の本音やあり方が出るような気がするんですよね。
なんかだからこそその、私たちは知らないうちにそれを感じ取っているのかなと思って、
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その小さい頃にこうしなさいって言われた記憶よりも、 その誰かが黙々とやっていた姿とか、
あ、そうした方がいいんだっていうことの方がなんか深く残っていることがあるような気がしたんですよね。
だから学ぶって教えられることだけじゃなくて、感じ取ることなのかなって思ったんですよ。 その空気を読むとか、
魔を感じるとか、その人の呼吸の仕方とか、あ、そうやって私たちは、 その人を見て育ってきたんだなっていうか、だから、
なんていうのかな、その背中を見るっていうことって、なんか生き方とか、 そういう人生を学ぶっていうことでもあるのかなって思ったんですよ。
その、ね、だからこそなんか自然がそれに近いのかなと思って、
その、だからその自然から学ぶことって多いなと思ったんですよ。 その自然って言葉がいらないっていうかないじゃないですか。
でもその中に例えば、生き方とか、その人に対しての、なんていうのかな、思いやりっていうか、その、なんか、
そういったものをやっぱ言葉がないからこそ僕たちに教えてくれることがあるのかなとも思ったんですよね。
言葉以外の部分で、その立ち方とかでっていうか、なんかそういう部分が言葉以外のものに宿ってたりするのかなと思って、
だから言葉が、言葉だけで全部を全部学ぶっていうよりかは、そういうなんていうのかな、ノンバーバルというかそういう、
言語を使わない部分での学びっていうのが、今はすごい大事になってくるのかなっていうか、
その言葉だけで、あ、知識知識知識じゃなくて、その奥行きがあるような気がしたんですよね。その言葉じゃない部分で学ぶことっていうのは。
その分、その自分の中に落とし込める深さが違うっていうか、その学ぶって、まあ言葉の部分も大事ですけど、それ以上に、
その言葉じゃない部分で自分の体に落とし込むっていうことがすごい大切なんだなっていうのを、はい、思ったっていう今日このゴールでした。
じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
言葉よりも自然なあなたの姿勢が物語っていることがあります。言葉以外も僕は大切にしていきたいなと思いました。
はい、今日もここまで聞いてくださりありがとうございます。それじゃあまたね。