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#79好き・嫌いを超えたところにあるもの
2026-02-19 05:56

#79好き・嫌いを超えたところにあるもの

この回では、「好き」と「嫌い」を超えたところにある感情について、やさしく見つめていきます。 私たちは普段、あの人は好き、この人は苦手、と心の中で分けながら生きています。けれど時々、そんな区別の中にいない存在がいることに気づきます。 良いところも、困ったところも、まるごとそこにある。好きと嫌いが溶け合って、もう切り分けられない状態。 それは、カフェオレのように分けられないものかもしれません。 評価や見返りを手放し、「どう思われても変わらない」という静かな想い。 好きだから愛するのでもなく、嫌いでないから愛するのでもない。 ただ、そこに在ることをそのまま受けとめること。 そんな“愛”のかたちを、そっと言葉にしていく回です。 画像拝借元 Image by Thomas G. from Pixabay https://pixabay.com/photos/graffiti-art-wall-painting-spray-8805385/ --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/67c149f59dcfb50335375e4a

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はい、今日のテーマは、好き・嫌いを超えたところにあるもの、もしかしたらそれが愛なのかもしれないという話です。
あの人は好き、この人は嫌い。そんなふうに私たちは日々、心の中で分けています。
でも時々、好きとか嫌いとか、そんな言葉の次元にいない人がいます。
好きとわざわざ囲わない。嫌いという根札も張らない。その必要がない。
だってもう、好きと嫌いが溶け合ってしまっているから。 カフェオレからコーヒーと牛乳を別々に取り出せないように、
いいところも困ったところも全部ひっくるめてそこにある。 だから好きでもなく、嫌いでもなく、
ただある。 それは人を愛してると呼ぶのかもしれない。
はい、少し補足していきます。 そのまあどうしても僕たちで今の世の中というか今のこの現代を生きていると、どうしてもその評価って言われているものの中で生きているっていうものになってしまうと思うんですよ。
そういう好きとか嫌いとかっていうものの世界にいるっていうか、 でも
例えばあの人は優しいから好きとか、あの人は冷たいから嫌いっていう、 なんかそういう評価すら手放すっていうよりかは、
なんかある一定のレベルっていうか、何だろうなこの 乙女ゲームで言うと好感度が
その好感度っていうものを観測した時に多分ですけど、 なんかもう好きとか嫌いとかじゃないっていうか、もうなんかその分ける必要がないって
いうことに行くのかなって思われたんですよね。 なんかその逆にもうそう思っている人の前だともちろんその
冷説というかその存在に扱っていいわけじゃなくて、なんかそのどう思われてもいいというか、 なんかもう評価を禁止してないっていう感じなんですよね。
だけど、その 優しくしたりとか、なんかそういうなんか何かをその人にすることに対しての
その理由づけがいらなくなるっていうか、なんかその理由づけがなくなった時っていうのが もしかしたら
人が世間一般で言う、愛しているっていうことなのかもしれないなって思ったんですよね。
なんかもう なんていうのかな、なんか
嫌いとか好きとかっていう事件じゃないっていう、なんかもうその 例えば親がこう愛しているっていう時ってそうだと思うんですよね。なんか別に
子供からどう思われてようが まあそれが支配になってないっていうあれだったらいいんですけど、なんかもう
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その人のためだったら、もうなんか理由とかいらずに全別としますみたいな 理由がなくなる時なのかなとも思うんですよね。
なんかもちろんでも、その愛し方って変わるというか、その人それぞれだと思うんですよね。 その
愛にとってのその距離感が変わることだってあるし、もちろんその時間が経てば関わり合うことっていうのも変わっていくと思うんですよ。
その なんていうか、それ愛っていうこと、愛っていう愛し方とかその愛って言われているもの自体も
普遍的っていうか、変わらないっていうことなのかもしれないけど、でもどこか 自分の状態によってどんどん変わっていくっていうか、そういうものなのかなと思ってて
でもその 愛してるっていう事実そのものは変わらないんですよね。その
なんていうか事実っていうか もうなんかなんていうのかな
もうあるんですよね。そこになんていうか そのあるんですよね。だからその好きとか嫌いとかを超えて
その尊徳とか評価っていうのもなくなくなるっていうかもうないんですよね。そこに だからその存在をそのままもう
置いておけるっていうかそのままでいいっていう感じなんですよね。 なんかそれがなんていうのかな
超越とかっていうのじゃなくて その
私がない状態でもあるのかなと思ったんですよ。なんか理由とか私とかなんか 言葉がいらないっていうかそういう世界になったっていうのがもしかしたら
その愛っていうものの形なのかなっていうか その
条件づけがないんですよね。その好きだから愛するとか嫌いにならないから愛してるとかっていうんじゃなくてっていうかもう
そういう好きとか嫌いとかも全部含めてそこにあるし なんならそれすらも愛してるんですよね。なんかそれすらも含めてっていうことがもしかしたら
愛してるっていうことなのかもしれないなって思って なんか
なんかそんな境地がもしかしたらそこにはあるのかなっていうか もしかするとこの愛っていうのは悟りってみんなが言ってるものとニアリー
イコールだったりもするのかなっていうのはちょっと思いました。 はいじゃあ最後に一言言っておろうと思います。
もし今日好きか嫌いかで迷うことがあったらその外側にも静かな愛があるかもしれないと少しだけ思い出してみてください。
はい今日の放送はここまでにしたいと思います。ここまで聞いてくださりありがとうございます。 それじゃあまたね。
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