そんなね奇跡に満ちた一晩のことをご存知でしょうか。
1985年の1月28日ロサンゼルスのA&Mスタジオで、アメリカのトップアーティスト40名以上が一度に返し、たった一晩で一つの楽曲We are the worldを録音した。
エチオピアの木が救済のために企画された1枚のシングルなんですけれども、
まさにですね、この何千万枚と世界中で売り上げたシングルが音楽の力で世界に影響を与えたというのは、
ある意味ではですね、ポップスというものですね、ポップミュージックというものが世界を動かした最後の輝きと言ってもよかったんじゃないでしょうか。
このプロジェクトを指揮したのは、ライオネル・リッチー、そしてマイケル・ジャクソンの2人、そしてプロデューサーとしてクイーン・シー・ジョーンズ。
基本はこの3人の力で話が進んでいくといったようなところです。
何よりですね、ポップミュージックが最高潮に盛り上がっていた時代に、その時代ヒットソングを次々飛ばしてきた数々の音楽界の住人たちが集まってですね、たった1曲をわずか1晩のうちに収録する。
もうね、夢のような話なんですけれども、そもそもなぜそんなことが可能だったのか、そして実際に収録の中でどういったやり取りがなされ、
そしてそのわずか準備期間とした10日ほどとなるんですけれども、10日間のうちに名曲が生まれるまでに、いったいどのようなドラマがあったのか。
実際にですね、手動してきたライオネル・リッチー本人のインタビューをベースにですね、当時のことを覚えている何人かのアーティストからの実際の声も集めて、
一つのドキュメンタリーに仕上げたものが、今回私たちが見たポップミュージックが最高に輝いた夜です。
みなさんもいま一度この作品を見てですね、青春時代のあの曲を思い出してみてください。
まあね、青春時代のあの曲をとか言いましたけど、僕らの青春とはかすりもしてないですけどね。先に言っておきますけど、1985年の話ですから。
これ生まれる前なんで、我々からすると。でもだからそこもある意味では、彼らがなぜレジェンドと呼ばれているのかがはっきりするのかなって気がするんですよね。
僕らからしたら生まれる前の出来事だし、生まれる前の人たちなのに、その人たちの代表曲を聞くと聞いたことがあるものばかりっていう。
どこで聞いたか、タイトルは何か、歌ってる人は誰なのか、そんなことは全く存じ上げなくても知ってるってなる。
それってある意味ではやっぱり表現者としての一つの到達点だよねって気がするんですよね。
そうだね。ゴホという名前を知らなくても、ひまわりを見るとわかるとかさ。
やっぱり結構ね、表現者って表現したそのものに価値を持たせる人だと思ってるので、本人がどうじゃないよねっていう、
やってるうちにちょっとどこかで忘れてしまって、暗唱に乗り上げる瞬間があったりだとか。
あと、もう一個笑い話に過ぎないっていうふうにも見えるかもしれないけど、
えーと、彼女ね。あのー、誰だっけ。
Girls Just Wanna Have Funの。
えーと、エイムじゃなくて。
Time After Timeの。
えー。
Time After Time、ダイアナロスじゃなくて。
じゃなくて、シンディ・ローパーね。
シンディ・ローパー。
シンディが歌うときに毎回ノイズが入るって言って、
なんだこれはって言ってみんなで何回もやってるんだけど全然わかんないって言って、
今結局あの、イヤリングとかネックレスっていう、
彼女が本当にアイコニックにたくさんつけてたものがなってたっていう。
そんな見るわかるやんって思うんだけど、
でもね、もの作ってる時ってね、やっぱりそういうこと起きるんですよね。
びっくりすると思うんだよね、本当に。
あのー、まあ本当にプロの方々と比べてもしょうがないんですけど、
僕とかハコベラがね、学生時代に一緒にこう映像とか撮ってた時に、
本当に撮影中も誰も気づかなかったし、
編集中も誰も気づかなかったんだけど、
めちゃくちゃこうシリアスなシーンで、
役者会ってる友達が隣に座ってる人に向かって静かに語りかけるシーン。
公園のベンチで座って静かに語りかけるシーンで、
撮影のために持ってきた三脚がずっと背景に映り込んでるんですよ。
公園にふと撮影用の三脚が立てかけられてるなんてことありえないじゃないですか。
でもね、びっくりすることに撮影中もカメラマンも監督も、
そして編集を務めたやつも、誰一人それに気づかなかったよね。
全部出来上がってから、よっしゃ見てみようかどうしてって。
見てしばらく経ってからようやく気づいて。
もうね、盲目になってるんだよ。
もう一つの何かね、ものを作るっていうその目的に全部取られちゃって。
本来だったらそういう細かいところに目が行くのがプロの仕事だと思うんですけれども、
そういうところさえも見失うぐらい、みんな熱い思いを持って何かに取り組んでると、
そういうこうちょっとしたポカみたいなものが出てくるっていうのも、
結局やっぱりどんなに天才たちが集まってるって言っても、やっぱり人間なんだなっていうのがすごい感じて嬉しかったですね。
あとなんか似たようなところで言うとさ、もう作曲と作詞使っててんのが、
あのライオネルリッジとマイケルジャクソンじゃないですか。
はい、そうですね。
天才と天才が競合して作った曲なんだけど、
いやこっちの方に変えた方がいいなとかっていうのが後から後からどんどんどんどん出てきて、
最終的に僕らがよく聞いているWe are the worldになってくるじゃん。
で、その最初のアイディアのものを聞くと、やっぱり最新版の方が良くなっているっていうのがあって、
やっぱりその天才の人たちでもブラッシュアップする余地っていうのは、いろんなものづくりの中で絶対あるんだなと思ったら、
自分らがものづくりしているときに、不備があって当然だなっていうところを、
ちょっと自分で自分のことを認められたっていうのはすごく学びとしてでかかった。
やっぱね、歌詞一つとっても、英語の歌詞って非常に公文が単純だから、
日本語のような、日本語の持つ詩的なものとは違うものがある。
それをだから人によって、やっぱり日本語の方がいいよね、みたいなことを言うのかもしれないんだけど、
僕はなんかすごい逆にこれを見て、英語ってやっぱり奥深いなと思った部分があって、
You and me、You and Iじゃなくて、みたいなことをマイケルジャクソンとクイーンシュージョンズが喋ったシーンがあったと思うんですけど、
You and meとYou and Iは全然違う。
まったく同じ、I、meは格が違うんですけれども、
その主格ではなく目的格にするのかっていうところ。
そのわずかな本当に日本人だったら、もうなんかIだの、meだのってもうなんかなんとなくで使ってますけど、
歌詞っていう限られた文章の中で、その単語を使う上では、そこに込められる意味がだいぶ変わってくるというか、
それによって全然印象が変わってくるんだなっていうところを、
やっぱり英語で詩を作る人たちはものすごくやっぱり意識してるんだなっていうのが伝わってきたし、
本当にこうなんだろうな、
さっき大間が言ってたのを繰り返しになるかもしれないけれども、
はじめ仮絵歌詞を入れて歌っていくわけなんだけれども、
その仮の詩で歌ってるマイケルの音源とかもあったりするんですよ。
これはフルバージョンもなんかで聞けたと思うんですけど。
あ、そうなんだ。
これはもう僕はマイケルファンだったので、
マイケルのあらゆる音源を集めていた時代にそれも持ってたんですけど、
今ちょっともうどこ行っちゃったかわかんないですけどね。
サブスクの時代になっちゃったからサブスクに切り替えちゃってさ。
データをどこに保存したか全くちょっとわかってないんですけど、
やっぱり全然歌詞違うんですよ。
ところどころ違う、ところどころ。
Better DayとBrighter Dayね。
だからやっぱりマイケルはBrighterを使いたくてしょうがなかったんでね。
歌ってるとBrighterになっちゃうみたいな。
画面。
あの辺もだからやっぱりどっちを使うかっていう。
そうね。やっぱ当時はオリコンシットチャートのトップ10みたいなのをみんな把握してるぐらいの勢いで。
なんかこう、新曲出たってなるとみんなそんな話ばかりするじゃないですか。
そうだね。
おっとっとっと、出す出せたかなんだか知らないですけども。あれが一時経ったのかどうか知らないですけど。
浜崎あゆみとかもね、前世紀だったじゃないですか、あの頃は。
もろもろありまして。
僕らもそれを聴いて当時は思い出すんで、それなりに聴いてはいたのかもしれないんだけれども。
みんながその曲を知っている必要はあるのかみたいな。
最近その紅白歌合戦があんまり面白くないみたいなこと言う人もいると思うんですけど、
それもまあある種当たり前の話で、万人に響く歌って正直もうなくなりつつあるんじゃないのかと。
それはなぜかって言ったら別にそれに乗る必要がないっていうのをみんなが知っているから。
あれその話のネタじゃないですけれども、その歌についていかなければならないんじゃないかっていうのをなんとなく感じている自分もいたはずなんですよ。
実際このアメリカのアメリカンポップスっていうのがこのWe are the worldの頃にはやっぱり流星の極みにはいたと思うし、
だから僕らが洋楽って言ったらやっぱりアメリカの音楽だったはずなんですよ。
マレニーズとかありますけれども、基本はやっぱりアメリカがある種ポップミュージックの中心地だったと言っていいのかもしれない。
ただ今やそうでもないよねっていう。
もうさ、ストリーミングが強いのよ。
ストリーミングのいいところって、他の国もそれこそアメリカとかイギリスとかじゃなくて英語圏じゃないところの音楽も平気で聴けるよね。
でもそれこそさ、ポップスっていうジャンル、ちょっと僕あんまりその辺詳しくないから違ってたらちょっと申し訳ないんだけども、
例えばさ、今英語圏内の人たちが有名どころで言うとさ、エドシーランとかデュアリーパーとかさ、その辺がいいけど、あれがポップスかと言われるとちょっとハテナな気がするんだけど、そこの認識は合ってる?
まあいいんじゃないの。ポップミュージック自体が別にポピュラーから来てますから。話題の中心にある音楽みたいな。
そんな意味合いでもいいのよ。
そういう意味で言うとポップスか。
そうそう。だからね、非常に文化的な意味合いのある言葉なので、音楽的な特色ではまたないんだよね。
あ、そうなんだね。
だからそれで言うと、マイケルはキングオブポップとか言うけど、音はキングオブポップ、ロック、R&Bみたいなさ、いろいろ、アンドソウルみたいな。
なんかLGBTQみたいな。
でもいっぱい付くのよ、本当は。一番響き的にもキングオブポップで切る言い方が多いけど、もとより彼がグラビー賞の最優秀賞を取ったのは、R&Bとか国字音楽の枠内だったんですけども。
ただね、それがやっぱりできちゃう世の中になると今度は自分の好みに合わないものを聴かなくなるっていう怖さもありますけどね。
自分から探して自分でこういう歌が好きだからってそういう歌ばかり聴いていく。
そうなってくると、いろんな音楽に触れる機会っていうのはちょっと難しくなってくるみたいな。
そういう点でいうと非常に一長一短なところがあると思いますけど。
マイケルやライオネル・リッチーっていう本当にその時を輝く人たちが作ったっていうことも、
もちろんこの作品というかこの音楽、この曲を持ち上げる一つの大きな事実なんですけれども、
僕としてはそれらが本当になされるべき時になされたということに価値があるんじゃないかっていう気がするんだよね。
だから今の時代に同じことをやってもうまくいかないよっていうのは、やっぱりそれは社会がすでに変容しているからね。
そういったことが起きる前の段階でですね、このプロジェクトが進んで実際に成功を収めたっていうところは非常に大きなことなんじゃないのかなって気がしてますけど。
ただね僕はねポップスが死んだって言ってうわーっというか思ってるわけじゃないんですよ。
鬼の首とったようにうえーみたいな。
俺らはあの頃知ってるぜとかでもないし、あー終わっちゃったっていうわけでは全然なくて。
なんていうのかな、そのポップスが死んだって言うとやっぱりなんかさ文化が衰退したかのように思われるような気がするんだけど。
でも音楽が好きな人は依然としているわけですよ。
っていうふうに考えると別にポップスは死んだんじゃなくて、単純にそれはねなんていうのかな、ポップカルチャーというものが変容しただけ。
今まではそのものすごく大きなコミュニティによって支持されることがポピュラーで、そこにみんな安心感を覚えているからポップカルチャーっていうものが親しまれてきた。
今はねそのポップかどうかじゃなくてやっぱり自分が好きかどうかっていうところだよね、あくまで。
主観的な好き嫌いでもって人々がものを選択できる時代になったわけだから。
ある意味でもさっき言ってたのと同じで、自分にとってポップかどうかを判断すればいい。
予想は予想、内は内っていうね。
それはねむしろ衰退じゃないですよと。
昔は良かったおじいさんとかじゃなくてまあ進化ですよね。
ただまあその上でねやっぱりね、そうすることでジャンルを超えた音楽同士の関わり合いがもっと進んでいって、
みんながこれ好きとか、私はこっちの方が好きっていう風に感じれるようないろんなバラエティーに富んだ音楽っていうものが世の中に出ていくのがベストなんじゃないのかなっていう風に思うと、
ポップスは死んだんじゃなくてポップスは種になったんだと。
これからの音楽の文化を支えるね。
あの輝きがこれからの音楽をどんどん作っていくと。
だからまあ世代交代の区切りだったんじゃないのかという風にちょっと思ったりするわけなんですよね。
デストロイヤーにつながる部分があったと、そういうことだよね。