はっきり言ってそれは逆だと思ってるんですけどね。
生命が都合がいいように進化しただけの話なんですけど、どう考えても。
ただそう考える人はいっぱいいるみたいで、
あるいは人間だけが高度な認知能力を有するようになったみたいなところも結構謎に包まれてるわけじゃないですか。
例えばマッコウクジラの脳みそって9キロあるんですよ。
人間は1.5キロなんで、単純に脳みその大きさで決まるんだとしたら、
マッコウクジラの方が人間より数倍頭いいはずなんですよ。
そんなわけじゃないわけで。
考えるとやっぱり人間の脳の進化っていうのは結構謎に包まれてるみたいなところがあると。
そういういろいろな背景をもとに、何かしら超自然的な力によって、
超越的な何かしらの生命体によって人間が作られたんじゃないのかっていうふうな、
そういうお話を引っ張ってくる人が一定数いたりするわけですね。
僕に言わせると、その超越的な力を持った生命体は逆に一体誰が作ったんだよっていうね。
お話になるんで非常にナンセンスなお話だと思うんですけれども、
そういうお話を引っ張ってくる人もいっぱいいるし、
そこにロマンを感じる人もいっぱいいるっていうのが一応背景にあるというお話ですかね。
さらに言えばですね、僕はすごく思うのは、
なんで人間だけがこんな高い認知力を持ってるんだ。
きっと神が作ったに違いないみたいなことを言う人いるんですけど、
逆にですね、認知力が高まったから神みたいな概念を語れるようになったわけで、
むしろ因果関係は逆ですと。
人間が認知力を上げたから神という概念が生まれたということですね。
神を作ったのは人間なんじゃないかなっていうふうに僕は思ってますけど、
それは人間いろいろな考え方ありますんで何とも言えませんが。
とにかくですね、現在においてはこの宇宙っていうブラックボックスを根拠にして、
人間というものが抱いている起源の謎だったりっていうものの謎の正体、
あるいは答えをインスタントにそこに求めるっていうふうなムーブメントが存在していて、
実際文化的な躍進というものは本当にいろんなところで起きたわけで、
それを文明というふうに呼んでるわけですけれども、
シュメル人のメスモトミア文明しかありですね。
あるいはマヤ文明のバレンキャンスキャンセーカーとかも有名なところで。
あとギザのピラミッドの配置がありえないほど正確だみたいなこと言うんですけど。
何もありえなくないと思いますけどね。
そもそも解剖学を極めてるようなイカれた連中が古代エジプト民なんで、
その程度余裕でやってんのけって当たり前だと僕は思ってます。
リドリー・スコット自身も結構そういうの、ロマンを抱くタイプの人なのかなというふうに思うので、
本作においてはそこが焦点化されてきたっていうお話なんじゃないのかなと。
実際リドリー・スコットといえばですね、
ブレードランナーか。
ブレードランナーもリドリー・スコットだよね。
で、拍手が送られるみたいな、そんな感じの短い映像があった。
これ気になる人はぜひ見てください。非常に面白いんでね。
これもある種、テクノロジーは世界を変えていいのかどうか問題っていうところにつながっていて、
実際こういう議論が本当に出てきてるね。
特に巨大企業の社長ほどそういうのを支持する傾向にあって、
例えば有名なところで言えば環境問題に関するスタンスなんですよね。
いわゆるCO2を排出する量を減らさなければならないぞと。
じゃあ減らすためにどんなことができるのかな。
製造工程の中で工夫をして、なるべく環境への影響が少ないようなステップを踏んでやっていきましょうねっていうのが、
いわゆる今までメインストリームだったものの考え方じゃないですか。
一方で、テクノロジーで解決しようよっていう議論が実はあって、
要するに今やってる生産性を落としてまで環境への配慮をするのではなくて、
むしろ積極的に経済を回していきながら、
技術革新をしてCO2を積極削減できるような科学技術を作ればいいんじゃないかっていう。
これはイーロンマスクなんかも確か支持してたと思うんですね。
あとは地球温暖化に関しても、地球の表面にガス層を作って、
人間の力で地表の温度を下げようみたいな、そんな研究にどんどん出資しようみたいなのも、ビル・ゲイツもそれに出資してたと思います。
だからそれこそ、今まで人間がそこまでやっていいんかみたいなふうに思ってたことも、
科学技術で解決しちゃおうぜっていうふうな話が出てきたのもこの辺りからなんですよね。
っていうふうに考えると、まさにこのプロメテウスやコベナントの中においては、
ウェイランド社がやろうとしていることっていうものを、デイビッドがより大げさに行うことによって、
科学の慢心とか、むしろ傲慢になってきてないかっていうことを提起したかったんじゃないのかっていう気はするんです。
そういうふうに考えていくと、
この本作は本当にリドリー・スコットが、人間はどこから来たのかっていうのをオカルティックにドラマに仕立てて見せてくれましたよっていうだけの作品でもあるんだけど、
だからそこに乗っかって、面白いな、やっぱオカルト最高って思ってもいいんだけれども、
その中に一応テーマとして、科学ってどこまで行っていいのって、いわゆるザ・フライで見せたような、
エンジニアっていうのがファーザーだとしたら何なの?っていうところと、
あとはキリスト教の神って基本的には沈黙の神なんだよね。
何か最後のところまで起こすまでは神はずっと沈黙している。
悪が勝とうが善が勝とうがっていうところが、現代においては沈黙がある。
昔はいろいろやってくれてたけどねっていうところが、第二章のコヴェナントで描かれている内容。
ここに共通して出てくるデイビッドさんっていうところなんですけども、
両陣営のハイブリッド型の神として描かれていて、人間によって作られた創造物。
だから聖書的にはまさに息子、ファーザーの息子としての子供っていうところで描けれるし、
芸者神話的にはAIだったりとか、そういうものによって反映をもたらす存在であったりとかっていうところで言うと、
人工的な非そのものって言ってもいいのかなと言えると思います。
その非そのものっていうところが、デイビッドが想像を望むようになるんだけれども、
その動機が愛ではなく美、美しさだったりとか、完全さっていうところを求めるっていうのもダビデっぽいなと。
結局はそのダビデっていう、今で言うミキランジェルだっけ、ダビデ像って。
ミキランジェル。
だよね。
有名なやつでしょ、石持ってるやつでしょ。
そうそう石持ってる、円盤投げのやつが一番有名なんですけども、
あれは結局なんで有名になったかっていうと、人間の一番美しい身体っていうところが描かれているというか形成されているから、
ダビデ像っていうのがいいっていう風にされているんだけれども、
そんな感じの美意識からこのデイビッドの動きっていうのが始まっている。
そのデイビッドっていうのが想像すること自体が目的になるから、つまり神になる。
擬似的な神になりたいというような、機械仕掛けの神としての立ち位置をやろうとするっていうところが、
このプロメテウス・コベナントで描かれていた内容なのかなというところで、
最終的な結論に関してはちょっと真子ちゃんと別の視点になったんだけれども、
なんでこれを旧約とギリシャ神話とエクスマキナっていうところを絡めてきたのかなっていうと、
結局事故矛盾の話になるんだと思ったのよね。
僕は宗教側の視点で立ってちょっとものを考えたので、
結局、創造主がいて人間がいてAIを作ったとすると、
人間がAIをより成功に作れば作るほど、人間という存在の信仰する神っていうものの存在が危うくなっていく。
なぜかというと、人間が創造物を作ってそれが反映すればするほど、人間というものがより神に近しくなるからこそ、
じゃあ自分らが信仰している神の価値がどんどん下がっていくっていう話になったけどね。
なぜなら自分が神だから。
そうすると、自分の信仰とは何ぞやっていうものの再定義をしないと、
人間の今ありとあらゆる信仰だったりとか宗教だったりっていうものの基盤が今、科学によって崩壊しようとしているよねっていうところがやりたかったのかなと。
ここまでのエイリアンシリーズをちょっと振り返ってみると、
1では、僕の説ではこのエイリアン女性説っていうところで、
生命を生み出すっていうのはやっぱり女性からっていうところが描かれていて、
そこがコヴェナントシリーズで命を設計することができるようになるっていう、
今現代の人間ができるようになってきたことみたいなところを描いていて、
コヴェナントになって、自分の人類が作り出したものが擬似的な神になったとしたら、
じゃあ自分らの神とは何ぞや、あるいは自分らとは何ぞや。
もっと言うと、自分らが倫理的な背景で取捨選択しているその倫理って結局は神が作って、
神の指針というところで今の基盤っていうのが作られているわけだから、
自分らの倫理も正しいのかどうなのかっていうのすら決められなくなるみたいな、
いろんなものがこの現代社会におけるいろんなものががかいずるよねっていう。
じゃあ今、それこそその信仰を再定義しなきゃいけないんじゃないとか、
今まこちゃんが言ってくれたような、科学の倫理性だったりとかっていうのの再定義っていうところの見直しが今こそ必要だよねっていうところに
結論付けたかったのかなっていうのが、結局言ってることほとんど一緒なんだけど、
でもそこに、正直多分この映画そこの決め打ちで、そこ以外出てこないんだよね。
だからまあ明確にそっちにシフトしたからやっぱ3,4でもって。
それこそ前回は大間がドリーを引っ張ってきましたけど、
そうだね。
一方でこの2012年にですね、
これ僕は全然詳しくないんでよくわからなかったですけど、クリスパーキャスナインっていう、
要はゲノム編集技術のうちの一つらしいんですけれども、
これがですね、論文でまとめられたらしいですね。
その汎用的な編集方法として。
要はDNAの二重螺旋構造の一部を切断するんですね。
そこから切断されたら修復が行われるわけなんですけれども、
その修復過程においてエラーが発生することによって、
突然変異みたいな形でケースに変化が生まれると。
それを人為的に引き起こすことによって、
意図した形に編集をすることができるというような、
簡単に言うとそんな感じの技術。
詳しくは詳しい人に聞いてください。
要するに、編集ができる生命をもっていう風なイメージが、
結局また改めて議論の土台に上がってきたということなんですよね。
で、それを考えるとまさにコヴェナントでデビットがやってることってそれなわけですよ。
生命というもの自体を編集して、
より強いもの、より優れた存在っていうものを作り出そうとする行為に、
結局彼は溺れているわけですから、
言うなら現代においてできるようになったことっていうのが、
果たして願うがままに行ったらどういうことが起き得るのか、
あるいはそれらの行為によって生み出された生命に対して、
人間は責任を持つことができるのかっていうのを、
ある種人間の創造物であり人間ではないものであるデビットにやらせることで、
我々にちょっと距離を取った上で突きつけてくるわけですね。
これ人間がやってたらだめじゃんってすぐに切り捨てちゃうんだけど、
人間でないものがそれをやることによって、
人間である我々観客はちょっと冷静な目で、
良し悪しを考えることができるんじゃないのかっていうところがあるのかなっていうふうにも思いました。
だからなんかこうやっぱり宗教的な偶案に見せかけつつも、
一応やっぱり社会的なその流れの中で上がってくる様々な論争をピックアップして、
その後やっぱり若干保守的なスタンスで主張してくる作品なんだなというふうにちょっと思いましたね。
随分今日は語りましたね。
いやー喋ったね。
まだメインテーマ話してないですから、一応最後に聞きますけど、
人間はどこから来てどこへ向かうのかということなんですよね。
リドリーはそれを描きたくて描いてるわけですから、我々も考える最後に述べてまとめないとと思うんですけど。
まあそうだね。どこから来てどこに行くのか。
どこから来てってのはよくわからんけど、どこに行くのかっていうのをちょっと考えたいね。
なんだろうな。
まあでも、一つの面白いなって思う想像、倫理観とか全部抜きにして面白いなって思うのは、
アフターマンの世界観になったらちょっと面白いなって思うし、それを観測してみたいっていう気はするけども。
まあそれはちょっと一回置いといたとしても。
でも、このまま人類の技術っていうものが進んでいったら、
より人間が動物的になっていくっていうのが進んでいくんだと思うんだよね。
結局AIの進歩だったり、ロボットの進歩、技術の進歩っていうので、
人間が働かなくて済むよっていう世界観っていうのが、多分どんどん現実的になっていくと思うんだけれども、
そうしたら人間という種が、より野生化していくんじゃないかなっていう気がしてる。
なるほど。どうなんだろうね、実際ね。
どこだっけな、古代ギリシャだっけ?
ほとんど奴隷が労働してて、いわゆる市民というのは、
後の世における貴族と同じで全く労働する必要がなかった文明って。
ローマでもそうだね。
寝っ転がって飯食う用の指につけるフォークみたいなものが出土したりするらしいんですけど。
しかもローマにおいては、奴隷に飯食わしてもらって、お腹いっぱいになったら吐いて、湯を空っぽにしてまた食べ始めるっていう謎の行動もあったっていう。
ズーランダーがよくやってることなんじゃないですか。
でも本当にだから、そういう世の中になってもおかしくはないよねって気がするよね。
欲求を乱す行為のみに集中するようになっていく。
それ以外の生産的な活動っていうものは機械やナナヤリに任せてっていうことになってくると、
本当にいわゆる動物的な部分だけが残っていくのかもっていうのは何となくピンとくるかなって気がしますけどね。
でもやっぱりこのどこから来てどこへ向かうのかっていうのは、みんな一度は考えることなのかもしれないけど、
僕はやっぱりどこから来たのかって考えるだけ無駄だなという気はしますね。
僕自身もやっぱりどっちかっていうとフカチローンに近い部分はあって、やっぱり自分で観測したものしか理解はできないし、
その観測したものの本質を捉えることっていうのは一生できないと思うんですよ。
あとね、どこから来たのか、どこへ向かうかもそうだけど、
連中がそんなクソみたいな生命体だったらもう殺しちゃおうぜということで、黒いやつを持って行く途中だったと。
地球にね。だからもう地球は滅ぼされる寸前だった。
要するにこれは最後の審判みたいなかもしれないですよね。
あそこの解決方法は一個だけですね。
あれも殺された時さ、パーンって言って殴られて殺されたじゃない。
簡単だよ。反対の方を差し出せる。
じゃかましい。
石投げていい奴は一度も謝ったことがない人間だけだっつって。
そんな感じで説法をかませば生き延びれた可能性もありますね。
そこらへんは本当にいろいろと聖書ネタが多くて、それをどう見たいかっていうか、
どこまで理解してみたら面白くなるのかみたいなところは、
僕もそんなに詳しいわけじゃないのでわからないですけど、
そこが強くなっていけばいくほど日本での収益性は下がりますね。
ちょっとうるせえってなっちゃうっていうのは日本人あるあるなんでしょうね。
っていうのはちょっと感じますけど。
映像美はすごく良くなったし、何よりデイビッド役の人の開演ですね。
デイビッド役は本当に絶妙に不気味ですごく良かったです。
今までの合成人間で一番合成人間っぽくて、なおかつ合成人間らしい不気味さ。
人間なんだけど人間じゃないということの恐怖みたいなものを上手に表現してくれていたので、
間違いなく合成人間アワード第1位ですね。
それは間違いないと思ってます。
次典でビショップあげたいけど、コールがかわいいからコールです。
ということで、よろしいですかね。
次回はコヴェナンと飾って、イエンシリーズは一度締めくくるということにさせていただきたいと思います。
プレデターシリーズというテレビ番組シリーズのアースも今回は取り上げませんので、
次回大団円を迎えていきますから、ベッチさんもベッチさん以外の皆さんもぜひお楽しみにお待ちくださいということで、よろしいですかね。
じゃあ終わりましょうか。
次で終わっちゃうから、誰か次のリクエストお願いします。
お待ちしておりますので、ぜひどんどんどしどしフォローおよびリクエストお願いします。お待ちしております。
ということで、愉快なCMの後はエンディングトークに進んでいきます。
お聞きいただきましたが、リールフレンズイン東京リスナーリクエストエイリアンシリーズそもさん、プロメテウスエイリアンコヴェナンと人類はどこから来てどこへ向かうのかでした。
番組では皆様からのご感想をお待ちしております。
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