2025-09-06 1:48:16

リスナーリクエスト! #大どんでん返し 映画『#シャッター・アイランド』妄想と現実の境界はどこに? Listener’s Pick! #ShutterIsland: The Big Twist and the Blurred Border of Reality


“Which would be worse - to live as a monster, or to die as a good man?”


ーーーーー


どうも、パーソナリティのまこです。

今回はリスナーリクエストということで「#シャッター・アイランド」を語らせてもらいました。


しかしこの作品、面白いね。

最後まで展開が読めないというかなんというか。

謎に包まれながらも最後までその先を讀ませない。

それでいて退屈しないようにところどころでヒントやミスリードが挟まれて・・・。


どんでん返しものってどうしても賭けみたいなところがあるんですけど、しっかり成功しているし、もう一度見るとさらに奥行きが増すんです。


レオナルド・ディカプリオの名演技も光っています。


ところがどっこい私ことまこ、眠すぎて精彩を欠いております。

記憶が飛びまくるなかで語った新説、皆さんに届いているでしょうか。

僕もこれから聞き直すので怖いです。



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podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。

語りたい映画なんて尽きることない!

エピソードの公開は毎週or隔週となります。


ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPal でツイートをお願いします。

いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。

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⁠⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠⁠


これからも番組をよろしくお願いします。


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“Which would be worse—to live as a monster, or to die as a good man?”

Hey, it’s Mako, your movie-talk host.
This time, I tackled a listener request: #ShutterIsland.

Man, what a ride this film is.
You can’t predict the ending—it keeps you wrapped in mystery and never lets you read ahead. At the same time, it sprinkles in just enough hints and misleads so you never get bored.

Twist-ending movies always feel like a gamble, but this one totally sticks the landing. And on a rewatch, it opens up even more layers.

Of course, Leonardo DiCaprio’s performance is absolutely stellar.

But here’s the kicker—me, Mako, I was so sleep-deprived I could barely keep it together. I ended up spinning some new theories in a half-dream state… Did they even make sense to you? I guess I’ll find out when I listen back myself. Honestly, I’m a little scared.

🎙 Hosted by Mako (@_macobana)
Yomoyama Kobanashi (#まこばな) is my spin-off podcast, born out of all the extra movie talk that won’t fit into the main channel Pocket ni Numa o (#ポケ沼).
There’s always another film to discuss, and I’m here for it.

📅 New episodes drop weekly or every other week.

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📨 Or email me directly: yomoyamakobanashi@gmail.com

Thanks for listening, and stick around for more movie talk!


00:17
Reel Friends in TOKYOにようこそ。この番組は話題の新作、黄年の名作、謎を聞き作からぶっ飛びB級映画まで、あらゆるフィルムを倫理、宗教、歴史に陰謀、多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。お相手はパーソナリティのマコと、
ダブルダッチが未だに全く理解できない男、オーマです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。ダブルダッチできない?
いや、ダブルダッチ、そもそもやったこともないんですけど、どういう理屈で飛んでるのか、未だに物理的に理解できてないっていう。
あれね、僕飛べるし、飛びながら回してる人と交代できるんですよ。
どういうこと?
あれもね、やったことない人は見るとすごく意味不明に見えるんだけど、そもそも至近距離で見てないし、試すっていう具体的な体験がないから意味不明に映ってるだけで、
実際、至近距離で見てみる。縄の動きを見てみる。なおかつ、自分で入ってみるっていう経験がそこにくっつくと、あっという間に、なるほどねっていうふうにはなっていく。
そうなんだ。こう飛ぶじゃない?こう飛んでるからさ。
こう飛ぶがね、リスナーに伝わらないんだって。
足踏みみたいに飛ぶじゃない?その足踏みしてるってことはさ、片方の足浮いてるとき、片方の足地面についてるじゃない?それでなんで飛べてるの?っていうのがマジ意味わかんないんだけど。
それはさ、そもそもボクサーにも言えることじゃない?原料中のボクサー。原料中のボクサーもステップ踏むじゃん。
入れ替える瞬間に足ついてるね。入れ替える瞬間に一瞬空中浮いてるわけじゃん。
じゃあ、この時に縄がプンプンって入って、こう行って、また足を組み替えてちょっと上がった時にプンプンって行ってっていう、その繰り返しなんだ?
疑問に感じてる場所が予想外すぎて戸惑ってんだけど逆に。お前それ駆け足飛びしたことないって言ってるようなもんじゃない?
僕、縄跳びって苦手なんですよね。
あ、そうなんだ。
そもそもさ、僕身長が193なんですけど。
そうするとね、まず小学生時代に学校とかで縄跳びやるじゃない?
やりますね。
で、市販で縄跳びとか買うじゃない?
03:02
で、二重跳びやってる連中とかを見るとさ、ゴムみたいなプラスチックのゴムみたいなさ、使ってるヒューヒューにいくやつあるじゃん。
あれ短すぎて僕使えなかったのよ。
ですると、僕買ってもらったの、ごっついロープみたいな感じの縄跳びだったの。
昔ながらのね。
昔ながらの。
持ち手が木でできてたりするようなやつ。
そうそうそうそう。パキーンって割れるようなやつ。
重いじゃん。
で、前跳び後跳びぐらいはできるようになったんだけど、それ以上の技をやろうとすると、このロープのスピードが追いつかなくて。
なるほどね。
俺はもう縄跳びなんかいらねえってその時決めた。
そしたらね、改めてやろう?
今から?
あのね、縄跳び超奥が深くて、僕は一時期縄跳びを研究してたんですよ。
だから二重跳びなんて無限回跳べるし、スタミナさえ続けばずっと跳べますよ。二重跳び。三重跳びもできますし。
三重!?
あとは早草でしょ。
あとはね、交差跳びっていうのがあるのと同じように、前後交差跳びっていうのがあって。
前後交差跳びってなんだ?
右手を体を横切るように左脇に持ってくるじゃない?
で、左手を背中側を通して右側の脇に持ってくる。
その状態で縄を斜めに回して跳ぶっていう前後交差跳びっていうのがある。
ちょっと前にネットで流行った意味わかんないダンスみたいな動きするってこと?
そうそう。ニャンコスターさんがやってたやつ。あれはね、スイングキックっていう技ですね。
あとはアリーナですね。マリーナか。
マリーナとスイングキックぐらいしかやってないですね。
あれはもうどっちかというとチューの下ぐらいの技なんで、誰でもちょっと練習すればできるようになります。
僕がやってる中で一番習得して嬉しかったのがトードっていう技で。
どういう技かもわかんない。
わかんないでしょ。何がどう引き換えるのかよくわかんないですけど。
要は交差跳びなんですよね。
交差跳びと普通の前跳びを繰り返すっていう、いわゆるあやとびの派生系で、
早跳びのうちクロスした手の下の方に来る腕を上げた膝の下に通すんですね。
は?
つまり、左足を上げて、左膝を上げて、膝の下に右腕を通した状態でクロス跳びをするっていう。
06:05
いいや。これできちゃうぜ。
動画で見てください。
一瞬見ると何がどうなってるかわかんないけど、僕は動画をひたすらスローモーションで見たりして、
だんだんとわかってきて、できるなってなって練習して習得したんですよ。
これが意味することは一つあって、僕らが小学生の頃なんて、
専門的に長跳びをやってる人みたいなものが近くになると、そんな跳び方を知ることもないし、
仮に知ったとして、改めて見るとか、自分の好きなスピードで見返すっていう機会を持つことはできなかったわけじゃない。
だから、ある種すげーで終わっちゃってたものが、
ちゃんと自分が習得したいと思ったら分析的に見たり、
あるいはトライアンドエラーの中で習得していくツールが手元にあるような時代になったと。
これってめちゃくちゃでかくて、だから子供の頃にできないな、自分にはこんなことできないんだって諦めたものが、
大人になってやってみると環境が完璧に揃ってるから、
それこそ理屈の上から入っていって、習得に至ることができるっていうことなんですよ。
だからこれってめちゃくちゃ嬉しいことで、ある種自分の中でコンプレックスがいろいろあるわけじゃない。
だから俺なんかも結局体がクソでかくて、成長のスピードがものすごい速かったからね。
それも多分あるのかと思うんだけど、体の動かし方がわからないうちにどんどん体重が重くなっていったから、
二重跳びなんて一回もできなかったわけよ、小学校のとき。
そういった中で大人になっていろいろ体がちゃんとできてきて、
動かし方っていう技術レベルっていうところが体の成長に追いついたときに、
改めてやってみるとびっくりするほどいろんなことが簡単にできるようになってくるわけ。
だからこの感覚っていうのは、ぜひ今生きている大人の皆さんにもやっぱり味わっていただきたくて。
今度ちょっと俺、逆上がりの練習しようかな。
そうそうそうそう。逆上がりも俺結局ほぼ大人ぐらいのときに初めてできましたから。
18ぐらいですかね。
今たに俺、一度として成功したことないんだよね。
大丈夫、それも。それももう動画の時代だから。
どこでどう踏み切ればいいのかとか、自分の動きのどこが悪いのかを録画して見返すことすらもできるわけで。
だから本当に完全な環境なんだよね。
自分を見返すというか、自分の課題に気づくみたいな。
そういうことが当たり前のようにできるような時代になって、これって非常に素晴らしいなと。
確かに僕、よくボラダリングをやるんだけど、自分のことを撮影するんですよね。
特にナルシズムでやってるわけではなく、
この時のこの手はこの順番で上げたほうが良かったなとか。
結局ボラダリングって体を使ったパズルゲームなんで、
09:04
足はここのほうが良かったとか、こういう動き化したほうが良かったみたいなのを復習できたりするから、
それをナワトビとかに応用していけばいいってことだよね。
だから間違いなく学びたいと思う人にとっては夢のような環境になったんでしょうね、今ね。
そういうところから自分を振り返るっていうのが大事になってくるんだね。
そういうことなのよ。
というわけで、今回は作品としても、自分をどうやって理解していくのか、
そういったアプローチについて考えさせられるような作品を触れてみましたということで。
今日もイートスしたな。
わざとらしい。わざとらしいし、お前がそういうわざとらしいフリをしちゃうと、
ここまでが規定路線でお話を持ってきたみたいな感じに受け取られちゃっても困るわけですよ。
完全なアドリブですからね。
ここ本当に皆さんに改めて言っておきますけど、
元より別に今回のテーマにつなげなきゃいけない枕としての機能は持たせてたかったんですけど、
ちょっとここ最近俺がなんとなくやってたせいで、
ちょっと最近もうつなげなきゃいけない空気になってきちゃったよね。
これあくまでオープニングトークは完全にオーマの最近の近況報告っていうだけの機能しか本来持ってないので、
どうつなげるかみたいな打ち合わせは一切しないでやってますから、
そのあたりは一応知った上で甘めの評価をしてくださいということで。
じゃあよろしいですか?
はい。
はい、そんなわけで本日も参りましょう。
はい、ということで本日のテーマは、
大どんでん返し映画シャッターアイランド 妄想と現実の境界はどこにでございます。
妄想。
想像と妄想の違いっていうのは何かって言ったら、
想像は自分がコントロールできてる空想の世界ですよね。
妄想っていうのは現実との区別がつかないような状況。
そんな空想の世界を妄想というふうに呼ぶわけですけれどもね。
妄想と現実っていうものの境界線って一体どこにあるのかなみたいなお話をしていきたいなと思いますけれども。
そんなわけでシャッターアイランドでございます。
今回はリスナーリクエストなのか。
そうそうそう。
さちこじゃなくて、せつこさん。
せつこさんから。
はい、せつこさんありがとうございます。
ありがとうございます。
改めて一応確認しておきましょうかね。
せつこさんからのメッセージ。
そうですね。
12:00
せつこさん、せつこさん、せつこさん、せつこさん。
はい、せつこ、それはドロップじゃなくてエアドロップ屋さんからですね。
こんにちは。いつも楽しく視聴してます。
ありがとうございます。
映画のリクエストですが、何度かお話の中で出てきているシャッターアイランドをぜひ本編で預かってほしいです。
お二人が言う通りエンタメ性が高く、私もお気に入りの映画の一つですということでね。
はい、いただいております。
ありがとうございます、せつこさん。
ありがとうございます。
シャッターアイランドの話はオウマがちょいちょい出してたかな。
そうだね、たぶん一番最初に出したのが、某は恐れているで。
あの辺、そうだね、某は恐れているのときに触れてたわ。
そうそう、なんとかエンタメ版シャッターアイランドだみたいな話をしたのが最初だったっけな。
アート版じゃないですか。
アート版ですね、アート版。
今回本作に関してはエンタメ性が高くというふうにせつこさんもご評価されてますけれども、確かにね、これは誰だっけな。
撮ったのが、大御所中の大御所でございます。
マーティン・スコシッシだね。スコシッシ映画だったと思います。
スコシッシさんね。
はい、ディパーテッドを撮りましたね。インファナルアフェアのハリウッド版ということでディパーテッドも撮りましたし。
あとなんだっけな、スコシッシ映画といえば。
沈黙。
沈黙?
って書いてあった。
ジョーカーそうじゃなかったっけ?
違うでしょ。
違うか。
違う違う、ジョーカーじゃなくてアビエーター。
アビエーターそうか。
アビエーターと、あと、ちょっと待ってね、調べるからね。
キングコメもそうじゃん。
キングオブコメディ。
うん。
はいはいはいはい、そうですね。
ジャングルオブニューヨークもそうだね。
はいはいはい。
そう考えると、アビエーターしかり、ディパーテッドしかり、シャッターアイランドしかり、ディカプリオとは縁がありますね。
そうですね。
はい。
いろいろやってますね。
はい。ただまあそんな彼の作品の中では結構確かにね、これはエンタメ性が高いなというのはちょっと僕は感じましたね。
なんかこう、人間性、人間のドラマっていうところの深掘りはもちろんしてなくはないんだけれども、彼の他の作品に比べると結構エンタメ的なアプローチが多かったような気がしますけれども。
はい、そんなわけでじゃあ早速ですがあらすじの紹介からいきたいと思います。
2分間。
はい、ということで本日見たのはシャッターアイランドでございます。
物語の舞台は1954年ボストン沖に浮かぶ謎の孤島です。
15:01
そこには精神を病んだ凶悪犯だったりが収容されている精神病院アッシュクリフが建っています。
連邦法案官のテディ・ダニエルス、そしてその相棒のチャックはそこから1人の女性患者が脱走したという知らせを受けて調査のために船で乗り込んでいく。
これがオープニングです。
さてですね、島に着いた2人を待っていたのはとにかく奇妙な出来事ばかり。
嵐で足止めされてしまった2人は捜査を進めていくものの職員たちは何か怪しい目つきで2人を見てくる。
なおかつ謎に卑怯力的です。
テディはこの島では政府が患者を使って危険な実験をしているのではないかという疑いを目を向けて熱心に捜査に乗り出していきますが、
そんな中で島の外れに立っている灯台を怪しむテディ。
彼は果たして島に隠された秘密を暴くことができるのかというふうな軸で物語が進んでいきます。
ただそんな中、テディは島に入ってきてから悪夢や幻覚に油断されることばかり。
戦争中に目にした打破を強制収容所での惨状だったり、あるいは火事で亡くなった妻の姿であったり、
そして自分と因縁があるという謎の男、アンドリュー・レディス。
そんな影がちらつく中、少しでも真実に迫ろうと足掻き続けるテディ。
ところが捜査を進めていくうちに、彼はついに島の秘密が実は自分自身の秘密だったということに気づくことになります。
テディに隠された過去とは、そして妻が死んだ過去には一体自分はどう関わっているのか。
そして委員長が企んでいたわけじゃないんだよね。
この辺がどこまで説明していいかわからなくなりましたが、最後、ドン電返しが待っておりますのでぜひご覧ください。
はい、というわけでね、ただ語るには全部話さないといけないから、
ネタバレが嫌な人はここで一回止めていただいて、実際に見てください。
いやいや、もうネタバレしてるからね。
あらすじの中でもうネタバレしてるからね。
いやいや、わかんないじゃん、まだ。まだわかんない。まだわかんない。
自分に何か隠されてるの?みたいな感じになってるんで。
一応説明しておくと、家に放火して妻を殺したと言っていたアンドリュー・レディスは実は自分自身だったと。
そして妻が死んだ経緯としては、放火ではなく、自分の仕事にのめり込んでいたレディスに精神を病んでしまった妻がですね、
愛する我が子二人を湖に沈め、最終的に自ら焼かれて死んだんだっけ?
違う、普通にテディが射殺したんだよ。
普通に射殺したんだ、許せなくて。
あれ、きついですね。
18:04
あそこきつすぎるんですけど。
あれきついよ。
きついですね。
それ以来、彼は現実を受け入れることをやめてしまうと。
存在しない妻を殺した犯人というものを追いかけ続ける妄想の世界にこもり、そしてアッシュクリフに運び込まれてくるわけなんですけれども。
本来ですね、この一番初めから描かれてきたテディの捜査ですね、連邦保安官テディ・ダニエルスの捜査っていうのは、
アンドリュー・レディス自身が現実から目を背けるために作った別人格というか、別の役割演技のキャラクターで、
治療のために相棒のチャックは医師で彼の妄想に付き合っていた、島全体で付き合うという実験的な診療というか治療を行っていたんですね。
で、こいつがうまくいかなかった場合は、もうロボトミー手術をするしかないということで、
本当にテディ、テディじゃない、レディス自身のですね、今後行く末を左右するような最終治療だったんですけれども、
最終的にはうまくいかずというか、うまくいかずだったのかどうかっていうのをちょっと匂わせつつ終わっていくんですね、ここね。
ラストが非常に怪しいところでございましたけれども。
さて、ということでちょっとまずはジャブから行きたいんですが。
ジャブ、一個いい?
はい。
この間もちらっと話しちゃったんだけどさ、この精神科医がさ、後々物理学者になって世界を救うって思ったらさ、ちょっと感慨深いよねって。
あー、ハルクね。
そう。
相棒チャックはインクレディブルハルクを演じた俳優さんなんですけれども。
ただね、どうなんすかね。
ん?
いや思うのはね、相棒チャックはね、診察する側ですけど、ハルクこそ精神疾患を抱えているようなキャラクターじゃないですか。
まあそうだね、あれはたぶん、なんだっけ。
じきりとはいどを元にするから。
そうね、じきりとはいどがモチーフになってると思いますけれども。だからね、なんかちょっとこう、真逆なキャラクターですけどね。
将来的に精神を病んだことによって、ガンマ線を浴び、病んだ精神の暴力的な部分と元々のチャックの意思としての部分を残しつつ、最終的に融合して統合していく。
21:13
別作品なんで、リスナーも混乱するのでやめてください。
僕の中でインクレディブル・ハルクは未だにエドワード・ノートンなんで。
あ、そうなんだ。
エドワード・ノートン。
まあまあ初代だからね。
いや初代じゃないです。初代はもう一人いますからね。
初代ではなくて、もっともっと古いじゃないですか。
もっと前です。なんて名前だったかな、あの人。忘れちゃった。
まあともかくですね、知ってる顔が出てるとちょっと嬉しくなるってことですね。
そうですね。しかもあの人もさ、どの作品で言ってもあの人なんだなって思った。
そうね。結出するような派手さはないけれども、その分だからどの作品にも溶け込むんじゃないのっていう気はしますね。
キャラ的には同じキャラクターだったね。
確かにね。授業の姿を見せるタイプ。
そうそうそうそう。
まさにそんな感じでしたね。
しかも尖ったやつと付き合ってるっていうさ。
そうね。
あとまあ俺俳優に言ったらあれですね、レディスの奥さんの女優さん好きですね。
あの人なんか見たことあるようで思い出せないんだよな。他何に出てる人?
Venomに出てますよ、確か。
Venom?
Venomで主人公の彼女だったと思いますよ。
え、マジ?
Venom、キャラクターと、ミシェル・ウィリアムズ。
ミシェル・ウィリアムズ。
Venom出た。Greatest Showman出てるね。
出てます出てます。
は?
出てますよ。
鬼教師Mr.グリフィンっていうふうに出てるらしいですよ。
それは知らないですけど。
テレビですね。
スピーシーズに出てるんだけど。
え、マジ?全然覚えてない。
伝説の作品スピーシーズに出てますけど。
まあでも少女時代って書いてますから、ちょっとそういうシーンではないみたいですけどね。
オズも出てるんだね。
新しい方のオズ始まりの戦いの方。
そうですそうですそうです。出てます出てます。
白い魔女の方でした。それで俺すごい可愛いと思った覚えがあります。
シャットアイランドの方が先に出てますね。
ベイウォッチ出てたんだ。
ベイウォッチ?
ベイウォッチ出てたらしいよ。
ホービーのファン、ブリジット・バウワーズっていうキャラクターで、数エピソード出てるらしいですね。
そうなんですね。
僕は全然覚えてない。
24:00
ベイウォッチはドウェイン・ジョンソン版で映画になった方しか見てないですね。
ドウェイン・ジョンソン。
ドウェイン・ジョンソン好きなんで。
あれドウェインウォッチじゃね?
ドウェインウォッチ。
ベイウォッチもすごいくだらなくて好きだったな。
筋肉を賛美するだけの映画なんで。
でもあれは波打ち際から走ってくるのをちょっとしたスローモーションで筋肉がプルンプルンってするのを見るだけの映画ですから。
それ以上でもそれ以下でもない。
映画版ベイウォッチでは、僕が大好きな、スイ君も大好きなんですけれども、ミュージカルヘアスプレーに出ていた超爽やかイケメン俳優ザック・エフロンがですね、ゴリマッチョになって帰ってくるという。
覚えてない。
ザック・エフロンは本当に綺麗な目をした美青年だったんですよ。
ちょっとスキッパーなんですけどね。
超かっこいいんですけど。
ザック・エフロン。
この人ね。
ベイウォッチで検索するとゴリゴリにマッチョになって出てますからね。
本当だ。
そしてこの人もグリーデス・ショーマンの右腕の人じゃん。
そうだね。
懐かしいね。
ザック・エフロンを見てるとね、やっぱり向こうでは筋肉がないと生きていけないんだなっていう。
そうだね。
むしろ細身で出頭してて、顔立ちも中性的でね。
日本の芸能界だったら、もうドンピシャでワーキャーされるような容姿をしていても、アメリカでは筋肉がなきゃ生きていけないんですよ。
トキシックマスキリニティですね。
これなんですよ。
あんなに火の打ち所もないような美少年だったザック・エフロンがですね、実はコンプレックスに悩んでたんじゃないのかっていう。
腹筋を収め去って、胸筋をケツのごとくするように頑張ってたんだろうね。
そういうことなのよ。見事な肉体ですね、ほんとにね。
すごいですね。
尊敬しちゃいますね。
ちょっとね、もういい、もういい。ごめん。
俺もノリノリで話してたけど、シャッターアイランドの話なんですよ。
筋肉賛美の時間じゃないの。
ついやっちゃうんだよね。ごめんね。すいませんね。
リサノミオさん、ぜひザック・エフロンの大胸筋および腹筋を見てあげてください。
27:02
大いに成長したんで。
ちゃんとビフォーアフターで比べてあげたほうが彼も喜ぶと思います。
ヘアスプレーを見てから。
ヘアスプレーを見てからお願いします。
という感じで、ジャブ、あとなんかある?
リカプリオの演技すごくねっていうのを、もう一回喋っとかないといけないと思った。
ここは本当にね、我らがこのリール・フレンズ・イン・東京、公式リカプリオファンなんで。
何が公式なのか分からないですけど、公的に発言します。
我々がリカプリオのファンですというのを公的に発言するチャンネルとしてやらせていただきますけれども。
やっぱすごいね。
すごいよね。
俺何よりすごいと思ったのが、やっぱラストシーンのあの一言よ。
あれ本当にさ、下手な人やるとさ、どっちかがどっちかだなってなっちゃうと思うんだけど。
分かんないもん。
読ませないよ。だから彼はね、目の演技と顔の演技、別々でできるんだろうなって気がする。
確かにね、確かにね。
多分だからね、そこが一番上手いところなんじゃないかなと思ってて。
だからこそそういう役柄がオファーとしてくるんだろうなと思うんだけれども。
要は二面性を抱えたキャラクターのその二面を一つの顔で複合的に表現ができちゃうんだよね。
だから口ではすごく強いことを言ってるんだけれども、明らかにものすごく満身創痍で、傷だらけで今にも壊れそうだっていうふうな人間。
それがやっぱり目と顔を別々で表現してるから、やっぱりどっちにも見えるようにできちゃってるんだよ。
そういうところだよね。危うさみたいなものとか脆さみたいなものを、しっかり奥行きを持って表現してくれるというか。
それこそね、島の秘密みたいなものだったり、自分の過去みたいな話を冒頭と時に興奮しながら語っていくシーンがいくつもあるわけじゃないですか。
特にね、その嵐に襲われて、雨に降られて廃墟みたいなところに潜り込んで、チャックと話をするシーン。
本当に見事に自分にとって都合の悪い、要するに辻褄が合わなくなる部分を、必死に新しい作り話でつなげていってる自分みたいな。
でもそれを自分で気づくわけにはいかないから、興奮しながらもそういうところに目を背けて、必死に自分の世界を守ろうとしてる感じ。
見方によっては、要するに初見で見た時はね、まだ彼が話してることっていうものが、本当に彼自身が操作していく中で見てきたものであるかのように信じさせられてるから、
30:09
すごく興奮しながら自分自身が人生かけて操作してることについて語ってる男に見えるんだけど、
どんでん返しを迎えた後、改めて見返すとそのあたりの彼の表情の、自分の状況に戸惑ってる感じというか、
ここで辻褄が合わなくなったら全部壊れるっていうことへの恐れみたいなものが顔に見えてきちゃうんだよ。
それはどこから来てるのかなっていうふうに思ったら、やっぱり目なんだよね。
ものすごい怒りに任せて語ってるように見えて、目が結構虚ろに見えるんだよね、あそこ。
やっぱすごい上手いなっていうふうに思いました。
すごいよ。あれの時もさ、やっぱ目が俺すごい印象的だったんだけどさ、毛皮の人。
レヴェナントね。
レヴェナント。でもやっぱりこの目の演技っていうのがすごかったけど、今回もやっぱりね、行ってたね。
冴え渡ってますね。
いや素晴らしいよ。
もうちょっとね、レオナルド・ディカプリオに会いに行く回とか作んなきゃダメだね。
オファー取りましょうかね、今度ね。
俺のポケットマネーで十分だ。
いやむしろ向こうから来てくれるよ。
向こうからオファーね。
そうそうそうそう。
出させてくださいって。
まあいいよ。
来てくれるかな。
ディカプリオ。
来てくれるよ。
パピプリオ。
女子さんとオオマさんと話せるんですかって。
この日のために日本語めっちゃ勉強しましたーっつって。
おーっつって。
でも目が笑ってないんでしょ。
そう、この野郎つって。
怖いなー、怖いなー。
はい、まあそんな感じでディカプリオは実に素晴らしいというお話をしています。
良かったですね。
あとはそうですね、あのー、拳銃が壊れるシーンも好きです。
あー、あれもすごかったよね。
うん。あれは良かったですね。
俺あっこでびっくりしたもん。
うん。
なんか、なんていうの、あそこがまさにどんでん返しのトリガーになってるよね。
銃だけに。
うん。
あそこで全部切り替わっていくというか、え?って一瞬なっていく。
でもあっこちょっと俺ツッコミたいんだけどさ。
まあ過去、僕よく音が鳴るだけのパンパンするさ、駄菓子屋で売ってる銃とかでよく遊んでたんだけどさ。
あれどんなに力込めたらパキッてあんな綺麗に終われねえよ。
33:03
だからあれ、モナカだったでしょ?
モナカか。
うん。
なるほどね。
その後のシーンちょっとパクパク食べながら。
食べながらやってる可能性はある。
あー、なるほどね。
まあでもリアルな話、パキッてやった直後、おがくずみたいな細かいホコリか煙みたいなの出てたから。
だからしょうもない、木か何かでできたものなんじゃない?
たぶんね。
そういうことなんだよ。だから本当に木のおもちゃなんだよね、ただの。
しかも信用樹でできてるクソ安いようなやつで。
安い。うっさいベニヤのやつなんだろうね。
全然作りも粗雑で、そう見えなくもないというか、おもちゃだったらギリ許せるぐらいのものなのかもしれない。
けれどそれすらも本物の銃であるとマジで思ってしまうぐらい、完全に硬骨の状態にあったんじゃないのかなっていうふうに思うと、それはそれで怖いよね。
いやーでもすごいよ。
本当にでもね、よく調べて映画作ってるなっていうところ。この後ちょっと片手から、今あんま深くは言わないんだけど、その辺の解像度は非常に高いなっていうのは、この映画見てすごく思ったところだから、そこはもうね、スタンディングオベーションですね。
あとはね、これはジャブで言っていいのかわかんないけど、奥さん。
奥さん。
じゃあ灰になって消えるシーン好きですね。
あーそうなってるのね。
夢の中で。あれもよかったね。ファーってやつ。あの辺よかったなと思って。で、なんで灰になる必要があるのかなと思って。
うん。
これ火事関係なかったでしょ?
そうよ。
火事じゃないんでしょ?
そうよ。
火事である必要ないじゃん。
僕はそこに関しては一つの答えを持っている。
で僕は、僕でそれはまた、例のホニャララ卿のあれが関係あるんだと思ってるんですよね。
はいはいはい。
これ僕の本筋に関係ないんで僕の説言っておきますけど、ここだけどね。
あれはだから単純にこのアッシュトゥアッシュみたいなね。灰は灰に的な発想で差し込まれてるんじゃないのかなっていう。
人は死んだら地に帰るわけじゃないですか。あるべき場所に帰っていくという。
だから妻は別に燃え死んだわけじゃないけれども灰になって消えてもらうことによって、死んだ人はもう戻らないという。
なおかつ自分が腕の中で死んだんだよね。火事だったら腕の中で死ねるわけないのに、妻が腕の中で帰らぬものになったという記憶が彼の中に戻りつつあるっていうのを、
36:08
キースト教的な視点からのアプローチで灰は灰にということで表現したのかなっていうふうに思ったんだけど。
とにかく映像美としてとても面白かったし。
やっぱりああいうシーンがいちいち差し込まれるのよね。だから飽きずに見れるのよ。
中だるみがない。ずっとテディは常に何かを探し求めていて、何かに迫りつつあるんだけれども全体像は見えなくて。
そのうちとテディが探っていることと全然関係ないところの記憶みたいなものがいくつも差し込まれていく。
一体こいつは何者なんだっていうのを、だから僕らはテディの操作を追っていたつもりがいつの間にかテディってこいつ何者なんだっていう方向に、
だんだんと視点をシフトされていくっていうふうな感覚が非常に面白くて。
だからあっという間に見れちゃうんだよね、シャッターを選んだって。
俺シートに入り込んだところあったじゃない。
あれでちょうど職場の燃え入れ機についちゃって切ったんだけど、「え?まだ半分なんだ?」ってびっくりした。
思ったよりね。
思ったより長いんだよね、意外と。
多分密度が高いからじゃない?情報が。
だからパズルピースもいっぱいこちら側に与えられてくるから、それを組みながら見てると、
思った以上にすごい2時間の中に密度が高いドラマが描かれてるって言ってもいいのかなって気がしてる。
なかなかいい映画ですわ、これは。
そうですね、楽しいですけども、ぼちぼちね、
一緒にペンと言いますか、我々のそれぞれに持ち寄ってきたお話をしていきたいと思います。
素晴らしい。
なになになになになになに?
いや、これ音源ここに用意してあったけど一回も使ったことなかったなと思って。
ちょっと入れてみたわ。
新しいのやつ来たね。これはお手つきした時のやつ?
これはそうね。でもお手つきした瞬間にこれ入れるの無理なんで。事実上使い道はないですけど、とりあえず完成も上がったところで。
今日はどっちからいきますか?
じゃんけんする?
でもね、俺のはね、細かい作品の構図を説明してもらった後の方がいいんじゃないのかなって気がしてるから、
俺今回こうこうでいいよ。
OK。ここでいいじゃなくてここがいいんでしょうね。
逆にこうこうが良かったりする?こうこうが良かったら別に俺全然先やってもいいんだけど。
僕どっちでもいいよ。
39:01
じゃあこうこうで。
はい。
じゃあ、何々説っていうわけではない。今回そういう系ではないんだけど、
この映画全体を通して、精神疾患というものに関してすごく解像度が低く、低くじゃなくて高く描かれてるなっていうところが、
僕一番感動したんですよ。
はじめに言っちゃうと、メタワーとなっているもの、空間っていうものが非常に面白く作られてるなっていうのと、
はっきり作られてるなっていうところが面白くて。
先ほど真子ちゃんが言ってくれた火のイメージ。
これが妄想のメタファーになっていて、逆に水が現実のメタファーになってると僕は思ったのね。
ほうほうほう。
なんでそう思ったかっていうと、火がある時って必ず妄想の中にどっぷりつかれてる瞬間なんですよ。
例えば最初の暖炉の前で精神回避をちょっとやり込めるシーン。
もともと人付き合いがそんなにいいわけではなかったテディが、
ユーモア的なところでやり込めるっていうところの、
なりたい自分の妄想の姿みたいなところをできた瞬間だったりとか、
あるいは元精神回避の女性と出会ったときに、
どっぷりと自分が妄想していたものとの融合を共有するシーンであったりとか、
あるいは地下で自分がボコボコにした青年と会ったとき、
マッチが消えた瞬間とマッチのつけてる瞬間っていうところの話の内容の差だったりとか、
それこそ妻が灰になって消えていく。
つまり火のイメージっていうところから、
黒ずんだ灰みたいなのがずっと降りしきってたりするじゃない。
サイレントヒルみたいな。
そうそう。黒いのがずっと降ってたじゃん。
やっぱりこの火のイメージって、この妄想の世界のイメージっていうか、メタファーになってるのかなと思って。
水は逆に言うと、現実に引き戻す際に使われたりするのね。
例えばベッドで寝て、妄想の中で妻と会ってたんだけれども、
水が雨漏りしてベタベタってなったから、現実に引き戻されたとか、
あるいはその現実を、それこそ霊廟みたいなところで雨漏りしてるシーンなんて、
42:03
現実を受け入れられないような状況にテディがなっていたからこそ、
あんなによくわからないことを言って、否定に死にかかるとか。
あるいはそもそも、海でボートでやってきたっていうシーンで、
非常に吐き気を催しているっていうのも、現実が囲われた世界の中で、
自分が馴染めないみたいなところもあるんじゃないかなとか。
っていうところで、やっぱり水と火っていうのが、そういう妄想と現実っていうところのメタファーになってるし、
あと灯台っていうのが、そもそもは、やっぱりこの海から見て、
こっちが陸地だよっていう道標になるような場所になってたんだけれども、
結局このテディにとっても、灯台というものが自分の真実を知るための道標になっていた場所だったみたいなことになると、
非常にメタファーの描き方としてすごく綺麗だなっていうのが、書館の最初の一つ。
なんで火と水なの?
そこは特に考えてない。
あ、考えてないんだ。
うん。
奥さんがやっぱり水で自分たちの子供たちを殺したっていう。
あ、そういうことか。
最もレディスにとっては目を向けたくない現実が水に投影されて、
だからこそ水と杖になる存在として火が妄想のメタファーになったんじゃないのって。
いいじゃん。採用。
多分今の論調に合わせるならそういうことなのかなって気がしたよ。
そういうことですよ。
わかりやすくないだって。
確かに確かに。採用。
じゃあそういうことで。
そういうことします。
ここでこの映画をちょっと見るために、ちょっと深掘りする知識っていうところをちょっとみんなで共有していきたいんですけども、
何を共有した方がいいかっていうと、この精神医療に関しての歴史をちょっとね、やっぱり知っといた方が、
なんでこのシャッターアイランドの場所でスキンヘッドのおっさんがあんな厚く語ってるのかっていうのが多分わかんないと思うんで。
これはね多分知ってみないと、結末の意味もちょっとよくわかんないと思うし。
だからその辺はね本当に大前提として知っておくといいのかなっていうのを思ってたんでお願いします。
シャッターアイランドの舞台っていうのが1950年代の精神病院アッシュクリフ。
この時代っていうのが本当に精神医療における転換期の過渡期になってくるんですよね。
それまでの精神医療っていうのはどういうふうに行われてたかっていうと、
45:02
まず精神医療という形作られた、それまでは結構精神を病んだとなると、
本当に閉じ込めて日の目を浴びさせないように力をに閉じ込めるとか、あるいは塔のてっぺんに閉じ込めるとか、
あるいはそもそも殺してしまうみたいなことが往々にしてあったりとか、
いわゆる魔女裁判にかけたりとか、宗教的なことに悲劇すべきものとして処刑したりっていうことがよくあったんですけども、
やっぱりそれが精神疾患っていう一つの病気なんだよっていうところが発見して、
治すべき対象だってしたのが1930年代から40年代ぐらいですね。
2次世紀前半のその辺の時代っていうのは身体ショック療法っていうのが主でした。
例えばなんですけど、メトロゾール痙攣療法って言って、薬で痙攣をガーッて誘発して、
その痙攣を起こすことで妄想とか幻覚っていうのが改善するんじゃないかっていうような考えられたっていうような療法があったりとか、
あるいはインスリン混水療法って言って、大量のインスリンをポーンって入れることによって、これも気絶させるんですね。
だけど、この混水から覚醒をするっていうことをリセットするみたいな、そういうイメージで行われてたっていうのだけども、
両方とも結構死亡リスクが高かったっていうところがあったんですね。
今で考えると、とんでもねえ治療やってるなっていう気はするんだけども、
これもやっぱり初期の精神疾患っていうものが何なんだっていうところがよくわかんなかった時代に何とかどうにかしたいなっていう、
必死の考えのもとの産物なんだろうなっていうことではあるんだろうけども、そんなに効果はなかったなっていうところになってくる。
1938年ぐらいには電気系電療法、ECTって呼ばれてたんですけども、がイタリアで開発されて、いわゆる電気ショックを行って精神疾患を治そうっていうような。
そうなんだよ。実は理にかなってはいるんだよね。やっぱり脳みそが過剰に動いてしまったりとか、あるいは過剰に動かなくなってしまったりっていうことで精神疾患って誘発されたりもするので、
その電気ショックをある程度のところで与えることで治療ができるっていうところは大発見だったんですね、当時は。
今でも一応、鬱とか僧病には結構有効だって言って、実際に行われてる療法の一つでもあるんだけども、
1950年代だったか38年代スタートした頃には麻酔も何もせずに、電気医師のごとくガチガチにやってたので、
48:00
やけどはするは痛いわですごいことになってたらしいっていうのが、そういう本を見るとあったらしいですね。
次に35年ぐらいになるとロボトミー手術っていうものが、作中でも言われてたんだけども、
何をやるかっていうと前頭腰の白質っていう部分、脳みその前の方にある部分があるんですけども、それを切り取っちゃってしまおう。
ここで物を考えたりとか人の情動っていうものがつかさどられてるよっていうふうなことだから、
これを切り取っちゃって落ち着かせることで何とか精神疾患っていうものが治るんじゃないかって言われてたんですけども、
作中でも語られてるように確かにおとなしくはなるんです。
ただ脳の活動が極限まで抑えられているだけであって、何にもならなってないっていうのがこのロボトミーなんですね。
でも実は1949年にノーベル賞まで受賞されるほど画期的な治療だっていうふうなことは言われてたんですけども、今は100%やられていってないですね。
1950年代、この映画の時代になってくるとクロルプロマジンっていう作中でも語られたお薬が登場していきます。
これが今いわゆる口鬱だったりとか精神疾患で使われるような大元の大元になったお薬。
精神の過剰な興奮を抑えたりとか、あるいは過剰な精神の抑制をちょっと上に上げていくようなお薬みたいなところの大元になって、
外的な療法じゃなくて内科治療として行えるものなんじゃないかっていうところの療法が始まったのがこのクロルプロマジンの登場で、
そこから内科的治療としてこのセッションの治療だったりとか、あるいはカウンセリングだったりとかっていうことを積極的に取り入れて、
今まで閉じ込めていって治療していったものをどんどんオープンにしながら、社会の中で治療していこうよっていうのが今現代の考え方っていう。
この流れを知っておくと、またちょっと深みが増すんじゃないかなと思うね。
だからちょうど委員長が、我々は対話によって治るということを信じているんだみたいな。
今までの療法は決してなんちゃらかんちゃらみたいなことをすごく熱く語ってたと思うんだけど、
当時でいう最先端の医療を行って、精神疾患の方々を本当に委員長のあの人っていうのは、
人間として扱って、本当に人間として治療していきましょうよっていう、
51:02
あの当時でいう本当に人道的かつ最先端のことをやっている病院だったんだよっていう。
そこをまず知ってもらいたい。
だからあの見た目でめちゃくちゃ聖人だという。しかも戦犬の命があるというか。
有能すぎるマンなんですね、あの見た目で。
そうなんですよ。
あの人ね、アイアンマンだったかな。アイアンマンか。
で、しょうもない小物をやってたんで。
あ、そうなんだ。
めっちゃテンリングスみたいな、超巨悪、巨大な悪の組織の親玉みたいな感じで出てきたけど、
実は作られた、雇われ、スケープゴートで、すごいしょうもない人間だったみたいな、
そんなオチの感じで使われてた人なんですけど。
あ、そうだったんだ。
なんかね、あの見た目と映画の作り方の、なんかこう、
なんかこう、あれでさ、すごいうさんくさいオッサンに見えるけど、
あの人ガチ聖人なのよ。
ガチ聖人なのよ、だから。
それこそね、ロボトミー手術っていうのは結局なぜ称賛されたかって言ったら、
どんな患者であろうが、要するに本当にコントロールができない。
自傷高い恐れがある人たちはね。
そういう人たちを絶対に落ち着かせることができるわけですよね。
それは患者の立場に寄り添った成果ではなくて、むしろ完全にその周囲の人々にとっての成果でしかないんだよね。
だからこのあたりが本当にまだ人間意識がめちゃくちゃ低くて、
ある意味ではその本当に落ち着かせるということだけ、その人のためにじゃなくて、ただ落ち着かせる。
ただその場にいられるようにするだとか、ただ座っていられるようにするみたいな、
そういう結果を追い求めている人たちからすると、それは間違いなく画期的な技術だったわけですよ。
でもそれは違うよねっていうのを、この院長先生はこの時代に既に持っていて、
だからこそロボトミー手術がレディスに行われるということをどうにかして記載したかったっていう。
そのためにこそ相棒チャックとして、もう一人の協力者である医師に相棒についてもらって、
フォルプレイ治療みたいなものをした、その最後のチャンスがこのシャッターアイランドで描かれた、
冒頭からの物語だったということが最終的に明らかになった時に、院長の見え方が変わってくるっていうのも、
54:05
これはスコセッシが狙ったことなんだと思うんでね。
テディから見た彼っていうものを今まで僕らは一緒に見てきたから、なんか信用のならない怪しい院長だ、
こいつは絶対に裏で何かやってるぞって思っちゃうんだけど、いざ全てが明らかになると、こいつマジ成人やんけっていう。
僕らが見てきたものっていうのはやっぱりあくまで虚構に過ぎなかったんだっていうことを、
これでもかと突きつけてくるためにこそ、あの院長の見た目と実態っていうもののものすごい乖離っていうものが、
意図的に配置されてるんだろうなっていう気はしました。
なんかちょっと話せそうな感じで、ニヒルの白髪のおじいちゃんいるじゃない。
最初にやり込められる方。
すごく話が通じるようで、あいつロボトミ推進派だから、最初から最後まで寄り添ってないのよ。
そうね。実はね。
実は。最後の最後でこう、たぶん鎮静薬かなんか打たれるシーンがあるけども、
それぐらい患者のことをマジ信用してない。ずっと持ち歩いてるっていうような医者だったみたいなところもあって。
だからすごくその辺を知ってみると、またこの作品のより深みが増すし、
あとその統合失調症だと思うんですよね。レジスに関しては。
統合失調症ってたぶん怪理性人格障害だったりとかそういうところになってくると思うんですけども、
そこの臨床像みたいなところもちょっと知っておいてほしくて。
統合失調症っていうのは人口の1%ぐらいが発症すると言われるような性質疾患で、
だいたいね、思春期ぐらいから青年期の成人、だいたい2,30代ぐらいまでのところでよく現れるっていうような疾患の一つ。
特徴が大きく3つあって、陽性症状と陰性症状と認知障害っていうここの3つがあって、
陽性症状っていうのが何かなっていうと、その幻覚と妄想と幻聴みたいなところが、
幻覚と幻聴はちょっとアセットにされることもあるんだけど、
思考のまとまりが低くなって、ありもしないものが見えたりとか、
ありもしない現象が現実として認識されたりとかっていうような症状が出てきたり。
途中で亡き妻の姿が見えるとかっていうところもそうだし、
それこそおもちゃの銃を本物だと思ってたとか、
あと陰痴をパーンって打ったときに血が出てくるように一瞬見えたとかっていうのがまさにこの陽性症状になってきて、
あとは陰性症状として感情の乏しさだったりとか意欲の低下だったりとか、
引きこもるみたいなような、たまに時折出てましたよね。
57:03
もう俺はダメだみたいなところになったりとか、
閉じこもって誰とも話したくないみたいな感じになったりっていうのが、
その陰性症状みたいなところがよく出てくるし、
あとは認知障害として注意力とか記憶力とか、あるいは何か行動する能力みたいなのが低下するみたいな。
だからその事件の記憶みたいなのがこの人も、
自分が起こしたことっていうことの認知っていうのができなかったから、
自分が誰かっていうのもわかんなくなっちゃったし、
妄想と現実っていうところの区別っていうのがつかなくなっちゃったみたいな。
だからそういう、よく精神疾患のこと、心が壊れる病気だみたいなことは言う、
っていうふうに認識されてる方が非常に多いなって僕は感じてるんだけれども、
実はそうじゃなくて、世界の認識とか理解の仕方が変わる疾患なんだよっていうところを知っておいてほしいなと。
ここからちょっと僕が言いたいところの本筋になってくるんですけど、
この映画ってすごく僕らの感情というか、
シャッターエランドってどんでん返し映画にはなってるんだけれども、
誰の何のどんでん返しかっていうと、
我々の精神疾患という人に対する偏見だったりとか、
あるいはラベリングだったりとかっていうようなものが、
お前あったじゃねえかっていうのを突きつけてくるっていう意味でどんでん返しがあるんですよ。
歴史的にも、現代的にも、統合失調症っていうのは危機だったりとか予測不能、わけわかんないみたいなところのイメージで語られる。
20世紀前半では収容施設に入れられて閉じ込められたりとか、
あるいは今でもメディアとかで何かの事件が起こって、
実は統合失調症でしたとか、うつでどうのこうのでしたとかっていう風になると、
ああやっぱりかみたいな目線を向けたりとか、あるいは道端で陽性症状が強く出てる方を見て、
やべえ奴いるみたいな感じに疑似するようなところっていうところは、
多分社会的にも多く存在すると思うんですね。
ちょっと怖いなって思う面に関しては、僕は全然しょうがないと思うんですよ。
正直僕だって怖いこともある。
駅中で普通にいて、陽性症状がすごく強く出てる患者さんだろうなっていう方がいらっしゃったら、
ちょっと危害加えられることももちろんあるから、
ちょっと怖いなって思う気持ちはわかるんだけれども、
それを認識を必要以上にしてしまうことで、
1:00:00
こちらが加害している行動にもなり得るんじゃないかなっていうことに、
気づかされる映画でもあると思うんですよね。
そのテディの姿っていうのが、やっぱり統合失調症のすごい、
陽性症状、陰性症状と認識障害っていうところをすごく綿密に描いていて、
でもテディにとってはそれが現実になってるんだよね。
テディにとってはそれはもうその世界で生きてて、そういうふうに生きているから、
テディにとっては社会とか見えてる世界の方がおかしいんだよって、
自分が何か認識が変わってるとか、認識が歪められてるっていうようなことには気づけていないというところになると、
何て言うんだろうな、観客が統合失調症の人たちの世界にどっぷり入っていって、
それが鈍然返しされることで、そこの偏見がお前あったろう、
でもこの人たちはこういう世界で生きてるから、そこを何か忌避するっていうのでどうなん?
っていうような、そういう目線の向け方にもなるんじゃないかなと思うんですよ。
で、それが一番色濃く出たのが最後のシーンだと思ってて、
やっぱりそのモンスターとして生きるのか物語として生きるのかっていって、
最終的にテディがその自己認識ができていたのかどうなのかっていうところは語られないんだけれども、
彼は自らロボトミーをおそらく受けに行っているんじゃないかなと僕は考えてるね。
だからその妄想の世界に生きるぐらいだったら、自分で自分の世界を完結させるっていうふうに言ったんじゃないかなと思うけど、
その辺で結局、社会が彼の存在を許さなかったっていう、
僕らが精神疾患だったりとか、そういう障害を抱えている人たちの存在を許さなかったからこそ、
彼はそっちの道を選んでしまったのではないかなっていうところが突きつけられてくる。
そうすると、じゃあ今、我々はどうやってそういう人たちに接していく、
共にあるべきなのかなっていうところを、また今いうちに考えなきゃいけないような、
っていうところを考えさせられる映画の一つになってくるんじゃないかなと思って、
特に現代だとリカバリー志向であったりとか、ピアサポートっていって、
相助関係とか地域の生活の支援っていうのが医療に中心になってきてるんだけれども、
1:03:04
そこをよりインクルーシブルではないようなことになる結果、
より加害を我々はしてしまってるような状況があるよね。
だから、現代における倫理性の在り方みたいなところっていうのをすごく突きつけてる映画なんではないかっていうところで、
この映画を見ると、何回見ても最後の鈍点返しがこうなるんだよねっていうのが分かってても、
めちゃめちゃ何回でも見れる映画なんじゃないかなって僕は思うから、この作品すごく好きですっていう。
やっぱり世界をどう見てるのかっていうのは、どう頑張ったら自分の目からしか見れないわけだし、
他者が見てる世界は全然違う世界なのかもしれないっていう感覚は持ちたいなっていう気持ちにはなりますよ。
この作品は。本当に冒頭からひたすらレディースの目を通した世界が描かれるんだけれども、
拳銃のシーンからそこがクルッとひっくり返って、一瞬で外側の世界を通したシャッターアイランド世界っていうものがいきなり見えてくるから、
そこでやっぱり気づける感じはしますよね。
人によって見てるものって本当に違うんだなっていう。
同じものでもそこに込められる意味合いが変わってきたら、全然違う感想にもなるしねみたいな。
そういうところが非常に面白いと僕も思いました。
よろしいですか?
とりあえず僕は以上でございます。
もうね、1時間経ってんだよね。
大丈夫だよ。だいたい1時間半で予報だから。
いきましょう。ということで、いろいろとご丁寧にお話いただいたんでね。
僕はもうとんでも説担当みたいな感じで最近なってるんですけど。
最近よく分かんないけど、日中の仕事の生活、すっごい眠いんだよね。
すごい眠そうだったね。
やばい、本当に。別に話がつまんないとかじゃなくて、
何だったら自分で喋ってても喋りながら寝ちゃうぐらいの状況なんで、
ちょっとなんとか語り終えてから寝たいんですけど。
ちょっとね、皆さんすいません。お聞き苦しいところがあったらごめんなさい。
半分寝た状態で喋ってると思ってください。
レディースよろしくね。もう一人の俺が喋ってる可能性ありますんで。
というわけで、今回僕が持ってきた説はですね。
Aがシャッターアイランド。
陰謀論批判映画説でございます。
1:06:00
この作品は、精神疾患を患って現実から逃げるしかなかったアントリュ・レディースの悲劇っていうものを
序章的に描いたんですね。それでいいとこうサスペンス的な様子も含めて、
エンタメとして見ずつもその悲劇に一緒に涙するみたいな構図を楽しめるような作品ではあるんですけれども、
その一方でこういう見方もできるんじゃないのかなという一つの例として持ってきたのが、
陰謀論批判映画説でございます。
ご存知の通りですね、ディカプリを演じる主人公のテディ・レディースはですね、
精神病棟に潜んでる政府の陰謀みたいなものをアバコードしていくわけですよ。
明確に始めは、脱走した女性患者を探していくっていうストーリーだったのに、
途中からだんだん政府の陰謀みたいな話に変わっていく。
島全体は本当に一種閉鎖空間みたいなものになっていて、それをカメラで抜いて見てるから、
観客も彼と一緒に何か巨大な秘密があるんじゃないのかな、
その秘密を解いていくのがこの映画なんじゃないのかなっていうふうに気づいたら思い込まされてる。
ある意味では、映画館全体、あるいはこの映画を通して映画を見る瞬間を共有してる人たちにとっては、そこがエコーチェンバーになるわけですよ。
この先どうなるんだろうね、あの人怪しくないとか、この診療所どういう組織なの、
何か絶対大きな力払ってないみたいな気持ちで見ていってしまう。
だからそれって本当にSNSで毎日起きてる現象の一つですよね。
こういうものだという情報が先に入ってきてるから、例えば短文で出てきた言葉にも過剰に反応してしまったり、
拡大解釈を行ってしまうという節はあるんじゃないのかなと。
これをもう少し細かく見ていく上で、陰謀論って何で広がるのかなっていうところを確認しておくと、
これが面白いぐらい後につながってくると。
まず一つ目は知識の独占欲としての要素ですよね。
要するに周りは知らないけど我々は知っているっていう。
そういう構図って陰謀論を拡散する投稿とかに必ず見られるんだよね。
意外な事実とか何割の人が知らないみたいなことをやっぱり言うんです。
それは本当に知識の独占欲をくすぐってきているっていうところがあるだろうと。
あとは確証バイアスですね。信じたいものしか信じないと。
レディスは本当に自分自身の作った過去につながるようなものしかやっぱり触れようとしたがらない。
そういう自分自身が妻を亡くして精神病院にいるみたいな、そんな事実は知りたくないわけじゃないですか。
だからもうあくまで自分自身が仮説として立てているこの診療所にいる患者たちは、
政府の陰謀によって人体実験の餌にされているみたいな、
1:09:03
そういう話にちょうどそぐような情報ばかりを集めていくっていうところがあったんじゃないかな。
あとは不確実さによって煽られる不安みたいな話もあって、
やっぱり陰謀論が広がるときって必ず社会的な不満っていうのが下敷きにあるんですよね。
なんで自分たちはこんなに苦しいんだろう、なんでいつまでも変わらないんだろうみたいな、
そういう癖激とした思いっていうものがだいたい陰謀論への飛びつきエンジンに変わってくるわけですよ。
っていうふうに考えるとシャットアイランドの中では嵐とか霧の演出がかなり多くて、
自分は一体何を求めているのかみたいなことすらもわからないような不確実さとか、
未来の余命なさみたいなものに対する日本人のスタンスみたいなものがそこに描かれてるんじゃないのかなという気がするんですよ。
日本人なんて明日滅ぶって言われるとたぶん今まで通りの生活を行いますからね。
まあね、あんだけ地震が終わっても翌日就舎しますからね。
あとはリアクタンス効果っていう、要するにサイコロジアカルリアクタンス。
ダメだよって言われたらやりたくなっちゃうっていう、いわゆる背徳感というような甘美な果実がそこにあるわけですよね。
っていうふうに考えると、このテディが自分自身で追いかけている物事っていうものの全体像が明らかにならないっていうのは、
ある意味ではその続きっていうものを常に出していかないと自分が飽きられてしまうところもあるだろうからかなというふうに思っています。
あとはナラティブトランスポーテーション論ということで、人間は辻褄が一見合うような物事にどんどん寄り添っていくわけだ。
レディスの場合は結局周りの人なんて巻き込んでないから、自分さえ納得できればそれで良かったわけだよね。
だから他の人と共有できないから、他の人は全員文字通り何かしらの疾患を抱えている人たちだろうなというふうに思うけれども、
彼女はそこに染まろうとしないで、ちゃんとソファーに座るときはソファーに座って背筋伸ばすみたいなことをやってるわけだよ。
その辺から見ると、彼女ないしはこの作品を見たい人たちっていうものが、どんどん飯目当てじゃないけれども、
そうでないならということで、どんどん離れていっちゃうような位置にもなりかねないなというふうに思いました。
こうやって見ていくと、インボーロンというものがどうやって手招きをしてるのかっていうのはなんとなくわかってくるよね。
だから一つ言えば、東大なんかもそうですね。
東大の上で一体何が行われているのかみたいなことは、誘われなきゃ見れないみたいな感じがありましたけれども、
1:12:03
やっぱり誰もが大阪万博の太陽の塔を見に行った世代っていうものが僕らよりも上にいるわけなんですけれども、
そこら辺で考えていくとですね、
ダメだ。何て言いたかったか忘れてしまった。
もう今全東洋が仕事してないのよ。
ロボット見された?
いやマジでそうだと思うんだよね、本当に。
今全然わかんなくなっちゃった。
ごめんなさいリサの皆さん、今僕脳みそが寝てて何を喋ってたか全部抜けました。
東大がありましたよね。
ということですね。東大に関する解釈は大間とかなり重なる部分はあって、
嵐へと霧に囲まれて閉ざされた孤島っていう中で唯一東大がキラーっと光ってると。
東大は結局進むための道しるべなわけだから、テディが東大に吸い寄せられていくのは無理はないわけです。
真実を求めているから。
陰謀論者にとっての東大っていうのは必ずあるべきはずの決定的証拠なわけですね。
自分たちの陰謀論の主張が通る決定的な証拠っていうのを常に追い求めて動いているわけなんだけれども、
実際にたどり着いてみると東大の中にはレディスが言ってたような研究施設みたいなものは全然なくて、
普通に誰がいたんだっけ、院長先生いたんだっけ。
院長先生とチャックが後からやってきて。
そうですね。いろいろお話をしていた。レディスに対する治療方針の話をしていたわけなんですけれども。
つまりは東大には現実が詰まってたわけじゃないですか。
ここも陰謀論とすごくつながるところがあって、一生懸命自分たちの論を強調するために、
天気をしっかり明確にして強めるためにいろいろ調べていくんだけれども、
結局調べれば調べるほど都合の悪い現実の情報しか入ってこないんだよね。
これが陰謀論の皮肉なところで、自分たちの論を強化するためにやってることが自分たちの論を弱体化させてしまうという、
そういうネガティブな要素をどうしても持っているというのが陰謀論のあるあるなのかなという気がしているんです。
一歩踏み込んでいきましょうね。
ロボトミー手術のお話もありましたけれども、ロボトミーはいわゆる診療外科と呼ばれる、今やない部署というかジャンルの医学になるんですけれども、
ロボトミーなんかも当然メタファーとして活用されてるんだろうなという気がするわけですよ。要するにヘッドオフするわけですよね。
これは3Bホールと同じだと思うんですよ。
1:15:00
前頭腰を切り取るっていうのは、さまざまな判断がつけなくなるっていうのもあるし、感情でいうと、対人への感情だったり、感情の表現だったりっていうのが非常に乏しくなると。
これっていうのは、完全にアイデンティティの喪失っていうのが3Bホールのときに言いましたけども、そこらへんと繋がってくるんじゃないのかなって気がしています。
つまり、陰謀論にハマって、どんどん深みにハマっていく間に、結局自分が何をしたかったのかよくわからなくなってくるというか、自分が目を向けるべき場所がわからなくなってきてしまうところがあると思うんですね。
シャッターアイランドにおいては、ロボトミーっていうのは実際に行われてきて、社会に適応できないとされた人たちがアイデンティティを奪われていってしまうっていうふうな現実が実際にはあったんだよね。
そういうところで言っても、陰謀論と繋げて語ることは十分できるんじゃないのかなっていうふうには思っています。
だいたいこれが2001年の作品なんだけれども、2001年って何が起きた時期ですかね。
ノストラダムスが去っていって、ミレニアム問題が起こった直後。
そこらへんも象徴的じゃないですか。
確かに。陰謀論全盛期だからね。
陰謀論そのものが世界中で報道ベースで流れていたっていう時代なわけですよ。
さらにこの2001年、この辺りを区切りにして、若年層の携帯所有率っていうのがうなぎ登りになって、
情報っていうものが非常に近いものだったり多様なものに変わったのがこの時期だと思うんですよ。
っていうふうに考えると、人々は反乱する情報の中で自分は何を信じればいいのかわからないと思いながら、
目についた情報の中で一番自分にとって共有しやすいような事実っていうものを、
自分で継ぎ接ぎができるようになったっていうのもあるのかもしれないなっていうふうに思っています。
そうやって考えると、時代の設定しかり、レディス自身の……なんだ?
またいきなり全部飛んだわ。
妄想とかそういうこと?
うーん、もう全然わからなくなっちゃった。別のバースの俺が今飛んできて、俺の中に入ってる感じ。
別バースの俺が来ました。
レディスとか、2000年問題が……
そうね。だから2000年代からインターネットがダメだって言ったじゃないですか、一番初めに。
1:18:08
2000年代からネットがグイッと携帯の普及に伴ってグイグイ上がっていくことになるわけだよ。
っていうふうに考えると、当然ネットっていう情報の渦を中心にして、いわゆるデマゴギーだったりだとか、
陰謀論っていうものが爆発的に普及していく。陰謀論も爆発的に普及していく時代だったと言える。
っていうふうに考えると、それを予期してマーティン・スコセッシュが陰謀論というのはどう広がっていくのか、
危険性とは何なのかっていうものをエンタメに昇華した作品であるというふうに見ることもできるんじゃないかというふうに思うわけですね。
まとめていきますけれども、舞台となるのが孤島であるということ。
そして海の中にある孤島である。閉じた空間であり誰も外に出ていけない。
外部の検証っていうものが一切効かなくて、そこで起きる出来事っていうのは1日1日に毎回ぐるぐるぐるぐる回り続けていくっていうのは、
ある意味ではSNSで氾濫していく陰謀論の構図とほぼ同じだなというふうに思ってるんですね。
ショート動画しかり、非常に短い動画だったりで常識をあえて崩すようなことを言うと、そうするとみんな食いつくからね。
食いついたところで画像とかで集客を行ったりとか、あるいは外部サイトに繋いだりとかいうことをし始めているわけなんですけれども、
そういう舞台となることっていうのは本当にSNSの中である陰謀論に関するコミュニティの姿とも言えるんじゃないのかなと。
嵐とか霧とかっていうのは自分自身が見たくない事実っていうものを乱反射によってチラして見えなくする。
ただその結果ですね、ディガプリはものすごいスピーディーに島の秘密みたいなものに迫ることができてしまったがために、
かえってうまくいかなかったっていうところがあるかもしれないんですけれども、
その辺りも今回の仮説に繋がってくるんじゃないのかなというふうに思っています。
ロボトミーに関してもさっき説明がされていたので特別に言う必要はないんですけれども、
患者に寄り添わない診療外科というアプローチの治療だけですよね。
これに関してはもう止めようがないから僕は何もしてないわけですし、
実はアメリカも有意的にそれが減ったのか増えたのか全然よくわからない状況ですけれども、
ただやっぱりそれを陰謀論に当てはめて考えていくと、
陰謀論にとらわれ続けたがためにレディスは結局ロボトミーを受けざるを得なくなったわけじゃないですか。
そうですね。
これはもう間違いない。
テディは自分は正気だっていうふうにずっと信じて疑わなかったんだけれども、
それがどうも違うようだっていうことに最後の最後で気づき始めるわけだよね。
1:21:03
その確信っていうのは彼自身を現実から切り離していってしまうんじゃないのかと。
つまり妄想の世界に使ってですね、
それを人に迷惑をかけることもあるかもしれないけれども、
うだうだと甲骨の中で生きていくのか、
あるいはもう今もう死んで全て終わりにするのかみたいな選択肢っていうものが最終的に出てきて、
レディスがどう答えたのかっていうところが意見が分かれるところではあるんだけれども、
ロボトミーを受けるっていうのは現実にアクセスができなくなることじゃないですか。
でも陰謀論も結局現実に目を向けないことを主軸にするわけですよ。
痛いところに落ち着けるために情報を継ぎはぎしていくっていう姿っていうものは、
まさしくですね、陰謀論に囚われ続けて、
自己破滅を迎えていくレディスの物語と繋がるんじゃないかなっていうふうに思っています。
もろもろ見ていくとですね、僕の中ではこいつはもうそういう作品なんじゃないのかなって結構まとまってきちゃったんですけれども、
他にもいろいろと用意してた気がするんですけど、全然思い出せないんだよね。
非常に耳が痛い話ですね、僕にとっては。
なんだっけな。
陰謀論に関してなんだけど、ここ数年の陰謀論は僕はっきり言って嫌いなんですよ。
何かって言うとね、ロマンがないの。
昔語られてた陰謀論ってさ、イルミナティが世界を牛耳ってるとかさ、
失われた13種族が日本に実は来てて、日ユドウソロンだみたいな。
日ユドウソロンね、フリーメイソンですね。
ピラミッドパワーとかね、宇宙人古代遺跡とかね。
今、人間を支配している宇宙人が何種類かいて、その一族の家系が実は天皇家だったとか、なんとかっていうような、いろんな陰謀論があるんですけど、
嘘でも楽しいのよ。
嘘だろうなって思ってても面白いんだけど、最近の陰謀論って、実害があるか、私たちが生活が苦しいのか、政府が悪い、みたいなところで終わってんだよ。
そこにロマンを何も感じないんだよね。
1:24:02
正しく陰謀論なんじゃない、それが。
我々が陰謀論と呼んで、ワクワクテカテカしてた頃の話っていうのは陰謀論じゃなくて、ただのエンタメデマですよね。
そうね。
っていうところがあると思う。
でも本当にそういう話が、リアリティを持って人々から伝達している間に本当にリアルになっていってしまうみたいな構図って、今まさに自分たちの社会に起きてることなんじゃないのかと。
要するに社会の中で不満を持って、その不満っていうのはどうも国のトップ、表のトップではない、もっとより力を持った何者かによってもたらされているのではないか、みたいな。
そういう話がやっぱり陰謀論には常に出てくるわけじゃないですか、今のね。
でもだからそれの危うさっていうものをシャッターアイランドが伝えてくれてんじゃないのっていう気はしてるんですよ。
そうですね、なるほどね。
陰謀論にのめり込めばのめり込むほど気持ちはいいんだけれども、結果としてどんどん現実との距離っていうのが開いていきますよねっていう。
やっぱりレディス学校の言動っていうのはそのまま陰謀にハマっていく人たち、陰謀論にハマっていく人たちと同じ姿をしてると僕は思ってるんですね。
つまり真実はいつも隠されていて見ることができない。
だけれどもその真実を推察できるだけの情報を俺だけが知っている。
これだけでもだいぶでかい。
そして自分自身が陰謀によって自分たちの生活っていうのは脅かされているんだという。
彼の場合は妻を失った悲劇っていうところが妄想の中で描かれているけれども、
そういういわゆる陰謀にハマっていく人に好ましい環境がものすごい構築されてるわけですよね。
だからその辺でいうと非常に、これは陰謀論っていうものを表に出して語った映画作品であるということも難しいけれども否定はできないんじゃないのかなという気はしているんだよね。
いやでも面白いね。面白い視点だな。
だってもう本当にレディスの行動ってまさにもう全部陰謀論者のあれじゃないの?
すごい。しかも論士が破綻していることにすら気づいてなく、ノリとテンションだけで全てを否定して引きかかるっていうところが確かにそうだね。
自分で過去のことを思い出しながら喋っていたはずなのに、気づいたらその着からのそれってこういうことだったのかいっていうのをどんどん取り入れて話を強化していっちゃうっていう。
1:27:03
別にそこに整合性なんてのはどうでもよかったりして、その場でのやり取りの中で彼の中での現実がどんどん増えていく、より充実していく、実を結んでいくっていうところに恐怖があるのかなっていう気はしますね。
確かにそれちょっと思い出して笑っちゃったんだけどさ、霊病でのシーンなんだけど、多分陽性症状でテディがどんどん世界の政府の陰謀なんだみたいなことを言い始めたとき、チャックめっちゃ煽ってない?
そうそう、めっちゃ煽ってる。なんで君に白羽の矢が立ったんだっていう。
やっちゃダメでしょ。精神回答してダメでしょ。
俺はあれ2回見たときどういうことかなって思ったんだけど、改めて見返してみると、あれは煽って煽ってそのまま深みに連れ込むんじゃなくて、煽って煽って彼から思いつき発言を増やしていくことで、論理的な破綻を浮かび上がらせて、結果として彼を現実に引き戻すつもりだったんじゃないのかと。
あーなるほどね。
つまりだからなんていうのかな、そもそも女性患者が逃げ出したからといって、なんで連邦政府の捜査官である君に協力の要請が来たんだっていう。
これはだから、はいかいいえじゃ答えられない質問じゃん。
つまり状況を説明しなければならない。
で、そういう環境でその場その場で思いつきの物語っていうのを語っていくことによって彼らは、レディスは自分の世界を守っているわけなんだけれども、その場で思いつき発言でどんどん設定を増やしていったら、当然論理的な矛盾は生まれていくから、
むしろそれを狙って彼はあそこで焚きつけていっぱい饒舌に語らせて、はい、違うって言いたかったんじゃないかなっていう。
なるほどね。
じゃあ、あの監視庁みたいな人があそこで来なければ、意外と…。
落とせてた可能性はあるな。
監視庁ギャップ邪魔だったね。
しょうがなかったね。
彼、すごい寄り添ってないもんね。
そうね。だからまあ組織も一枚柄ではないということをわかりやすく描くための舞台装置としての彼だったんだろうなというふうには思いますけれども。
まあでも本当にこれを見ると陰謀論にハマる人ってどんな人なのかなっていうのはなんとなく理解できるような気もするので、そういう視点で見てみるのも一興かもしれませんということで。
そうですね。
本当はもっと喋りたかったんだけど、ちょっとね、頭が本当に寝始めてる。
寝てるよ?
もう本当に何言ったか全然覚えてないさっきから。急に全部飛ぶ。ツンって全部飛んでっちゃう。
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この収録さ、結構聞き返して、あ、俺こんなこと言ってたんだっていうことって結構あるんだよね。
それはわかる、それはわかる。それはわかるんだけど、今回特にヤバいかもしれない俺は。マイナスの方向で。
ちょっとこの収録時間を変えるっていうのもちょっと一向した方がいいかもしれないですね。
そうですね。
まあとりあえず本作は陰謀論というものを下敷きにして、陰謀論の危うさと陰謀論の虚しさっていうものを表現しているっていうことも言えそうだぜということなんですね。
面白い、面白い、面白い。
なんだっけな。そんなもんかな。
はい。
じゃあこの妄想と現実の狭間はどこにっていうところですね。
そこを語って終わりにしていきたいなと思いますけれども。これ難しいですよね。
これ難しいし、結構さ、妄想って誰でもするんよね。
はいはい。
先ほど僕が精神疾患っていうところで語ってしまったので、病気と病気じゃないところの狭間っていう意味での妄想と現実の狭間っていうところを話すとすると、
自分の中で自己完結できていれば病気じゃないんですよ。これ精神医学としての定義としてね。
自傷互いの恐れなければ、それ精神疾患と言わないんですよ。
例えばなんだけど、例えば幼女が性的に好きだとか言ってても、自分の中で誰にも迷惑をかけずに終了していればそれはそれで別に。
社会的には良くない面も確かにあるんだけど、それは疾患とは言えなくなる。
それが周囲だったりとか、あるいは自分に危害が加えた瞬間、それは疾患であったりとか治療の対象っていう風になるとすると、
自己完結ができるか否かっていうところが妄想と現実の狭間なのかなって思いました。
人様に迷惑をかけないということが非常に重要だよね。
いやでも難しいな。俺は教会などないと言っちゃいます。
本当に難しくないですか。今回の作品を見たことでより鮮明にわかったけど、要するに妄想の世界に生きてる人たちはそれが妄想の世界だと自覚してないわけじゃないですか。
1:33:05
現実世界の出来事だと思って過ごしていて、実際その時に行ったことのリアクションでもって日常生活を送っているんだとしたら、
もはやそこに線引きなんてできないじゃないかなっていう。本人が見てる世界がこれが全てですって言ったら、それが全てなんだろうしみたいな気持ちになっちゃう。
だから妄想と現実の世界はどこにあるのかって言っても、限りなくシームレスに繋がっていて、ある瞬間からこれは現実だっていうふうに気づくはずなんだけれども、
でもやっぱり気づかないでもいられるわけじゃないですか、レディースのように。
だとしたらレディースから見た現実世界はむしろあっちなんじゃないのって気もしてしまうわけですよ。
この世界で生きたいって思ってるんだから。
思ってるからその逃避の世界にずっといて、自分自身に目を向けて悲しんだり、どうしたり、そのまま終わりを選んだりだとか、
そういう思考の自由っていうものが当人にあるはずだと思うんだけども、どうもそういうものはあんまり趣旨感じられなかったので。
だとすると、要するに何が言いたいかっていうと、妄想も信じ続ければ少なくともお前の中では現実だと。
お前の中ではなって。
それでいいの悪いのっていう話は、それこそさっきから散々大間が言ってる自称互いみたいな、そういうお話に多分なってくるんだろうし、
そういうものはないんだったら別に全然問題はないだろうなと。つまり現実も妄想も境界など存在しなくて、滑らかに実は繋がっているよと。
人によっては例えば同じ現実を見ていても違う感想が生まれるのって何ですかなって言ったら、
やっぱりその結果に対してプラスな期待をしている人は上振れするだろうし、マイナスの予想を立てる人は同じ成功でもより完成度が低く感じられて、
自分に満足ができなかったりなんてことはあるのかなって気がするんですよね。
だから妄想も現実もある意味では観測者からしたら等価だけれども、そこに第三者が登場したときに初めて妄想と現実の境目っていうのが生まれる。
なぜなら同じ世界を見れないから。ということは妄想と現実の境界っていうものは国境の線は引かれてないんだけれども、ちょうどその真ん中に第三者が立ってますということです。
なるほどね。確かに日本の歴史を見ても、例えば統合失調症だろうなって思われる歴史で書かれている文書の中で、
それが狐月とかシャーマニズムと結びつく面があって、神託を授ける存在みたいな人たちが集められている場所みたいなところの記録みたいなのを見ると、
1:36:03
今でいう統合失調症であったりとか鬱病であったりとか、そういう人たちなのかもしれないなっていうのは結構あったりもして、
でもその人たちがその社会の中で生きていけたっていうのは、神託を授けられると思われてたから、社会から重宝されていたみたいな。
社会の中でその人たちをどう受け入れるのかなっていうのによって、区別するのか差別するのかっていうのは、
すごく境界が曖昧になっていくっていうことも、さっきの真子ちゃんの話聞いてちょっと思った。
はいはいはい。それも非常に危険だよね。見たいものだけ見て生きていくっていうことがまだ生きてしまう世の中なので。
テディ・ダニエルスことアンドリュー・レディスも結局それをしてきているわけじゃないですか。
自分の見たいものだけを見て、見たくないものは徹底して見ないという選択をしたからこそ、ずっとそれをループしていたということが分かるんだけれども、後々。
やっぱりそこに幕引きをするっていうのが彼自身の真の自由なんじゃないのと。
だからこれはこうなんだっていうふうに、もう一度入ってきた情報をずっと信じ込んで、全く殺心をしないでずっと訴え続ける陰謀論者と、
いやそうじゃないぜと、もう俺は受け入れてモンスターとして生きることはないんだということで、彼がその後の外科的な治療に進んだのだとしたら、
それはある意味では解放なわけで、陰謀論っていうものから解き放たれて自分の目でものを見る。
彼の場合はもうその目が何かを捉えることはないのかもしれないんだけれども、自分の目で自分の未来っていうものを透かして見たときにその選択をしたんだろうなというふうに考えることができるかもしれない。
いや面白いね。
いや面白いんだけどさ、眠いんだよね。
なんでだろう。ちょっと楽しみすぎたから今こんなに眠いのかな。なんでかな。
シャットアイランドすごい良い作品なんでね、ぜひ皆さんしっかり見て、僕みたいに眠くないときに語らせていただければいいかなというふうに思っております。
そうですね。
じゃあちょっとそんなところで今日はよろしいですかね。何か言い残したことが一応あれば聞きますけど。
先ほど院長成人だっていう話をしたんですけども、独自の面があって、それ僕最後に一言だけ指摘したいんですけど、トイレぐらい行かせてやれよって。
趣味について語る知事がポケットに沼を。このポッドキャストではメインパースナリティーと呼べられる趣味に余ってしまう。
1:39:00
沼にビットコートスワンプーマンをゲストにメディアなスポーツからマイナーな食品に似ているまでゆっくり語る楽しみ。
トイレ行けないシーンあったっけ。
いやなんかあの、たぶん看護職員の一人が、トイレに行って1分ほど席を外してみたって言ったら、万年筆パーンって置いて、そりゃ規則違反だってブチ切れるシーンがあったんですよ。
いや行かせたれやんって。
市民です。
市民かー。
公開市民で配出してくださいっていう、そういう職場なんじゃないですか。明るくフレンドリーでアットホームな職場ですね。
昔さ、僕入院週間ぐらいちょっとしたことがあったんで、その時マジで立ち歩けなかったから、市民でしようとしたことがあったんですよ。
人間ね、シチュエーションが変わるとね、おしっこは引っ込みます。
そう簡単にできたもんじゃないよね。
何回か看護師さんに言われてうんちしますかって言って、ベッドの上でできる便器みたいなのを差し込んでもらったんだけど、すごくしたい気持ちがいっぱいあるの。出ねーよ。
そうだよね。俺もね、入院は何度もしてるんですけど、そのうちの1回が集合の病室で6人ぐらいだったかな。
俺は入院始めて1週間終わるか終わらないかぐらいの頃。1ヶ月入院だったんで、まだ序盤も序盤なんですけど、そのぐらいの頃に夜中寝てたら、
シャーってストレッチャーが来て、空いてたベッドに1人来たんですよ。
どうも交通事故かなんかで救急の処置を受けて、その後もそのままベッドまで連れてこられたみたいな感じっぽいんですけど。
話を聞き耳立てただけなんで実際何も見てないんですけどね。カーテンの向こう側からその真夜中だから控えめにこそこそ話して看護師さんとお話してるのが聞こえるんですよ。
どうもその人はね、交通事故になってるから結構大けがしてるようで、「トイレってどうすればいいですか?」みたいな話をし始めたんですね。
当然このままじゃトイレ行きませんからね、みたいな。大人用のおむつとか抵抗あるかもしれないですけれども、そういうのもつけていただくこともできますみたいな説明をしてて。
その後どういうやりとりがあったのかわかんないけれども、「じゃあどうぞ。」っていうふうに看護師さんが言って、
その人は両足骨折してたらしくて、トイレにも移動ができないと。
1:42:03
じゃあどうぞって聞こえたから、「どうぞってここ?」って思ったら、その0.5秒後にカーテンの向こう側から、ブリブリブリブリブリブリってすごい排泄音聞こえて、
俺はこれからこの空間で寝るんだけどなってすごく不安になった思いがあります。
まあね、しょうがないんだけどね。
どうしようもないんじゃない?
どうしようもないんだけどね。
どうしようもないんだけどねっていうのがありましたね。
いやでもね、その辺の尊厳ってさ難しいよねってすごい思う。
尊厳なんていうのはやっぱり存在しないものなんですよ、たぶんね。
みんながそういうのを信じてしまうからその場にあるように見えるんですけども。
それこそ禁断の身なのかもしれないですね。
知らなければそんな別に気にすることはないですよね。
知ってしまうとやっぱり気になり始めてしまうっていうのもあるかもしれないですね。
今日もちょっと楽しく語らせていただきましたね。
ありがとうございました。
ありがとうございました。ということでリスナーリクエスト会ということでやらせていただきましたけど、
次回どうしましょうかね。
次回またホラー特集に戻ります?
そうですね。
そろそろ僕ホラー飽きてきたんですけど。
そうなんですよね、申し訳ないです。
シャッターアイアンの話をしたので。
でもね、問題がありまして、ホラー作品に飽きてきたみたいですよね。
次のホラーで終わりって思ってるじゃないですか。
終わりたいね。
終わりたいですよね。
トークテーマの投稿が入ってる。
ホラーリクエストですか?もしかして。
紹介していいですか?
お願いします。
ぷんちゃんさん。
ぷんちゃんさん?
ぷんちゃんさん以前いただきましたよね。
ぷんちゃんさんいただきましたね。ありがとうございます。
何いただいたか全然覚えてないですけど。
ぷんちゃんさん。
グラディエーター?
違う、グラディエーターは菜の花からしらえさんじゃなかった。
エイリアンのぷんちゃんさん?
バックトゥーズフィーチャーだよ。
バックトゥーズフィーチャーだ。
そう、バックトゥーズフィーチャーだね。
ぷんちゃんさん。
ありがとうございます。
どうもお世話になってます。
こんにちは。
こんにちは。
ホラー企画めっちゃ嬉しいのでリクエストさせてください。
とは言いつつスクリーム会はまだ映画を見ていないので聞けてません。
聞けよ!
長編的な。
怒るな、怒るな。
2回目投稿してくるときっと気付くよ。
長編的なホラーとは少し外れますが、ゲットアウトも近年見たホラーの中で結構好きな部類だったのでぜひ語ってほしいなと思ってます。
1:45:09
あとはセブンとかもいいですよね。
どっちにしろ考える余地をくれるホラーって何度見ても面白いのでぜひ採用してくれると嬉しいですとのことでした。
まあセブンはもうみんな見てるよね。
だからもうゲットアウトですねこれはもう。
ゲットアウトですか。
今回ゲットアウトを来週見て、再来週をもうホラー企画のラストにしましょうよ。
ん?
はい先生。
はい、なんですか。
ゲットアウトで終了じゃダメだよ。
だってなんかちょっと2人で見ようって言ってたのもあるじゃん。
まあまあ。
どっちも見たことない?
どっちも見たことない。
そっかじゃあまとめてやっちゃうか。
それね危険よ。
危険かな。
いや違う作品、シリーズ物だったらまだしも違う作品一気に語ると多分3時間4時間回になるよ。
なるか。
しかもなんか考えさせられるやつなんでしょ。
そうね。
しかもゲットアウトなんか今Amazonのやつで見ると白人黒人問題みたいなの出てくるじゃない。
そうなんすよ。
いやこれは火つくんじゃないですか俺らの。
だからゲットアウトやったら火つくからゲットアウトやってその火のままホラー映画もう一本やって終わろうよ。
じゃあはい。
これはあくまでホラー映画企画じゃなくてリスナーリクエストということでいただいてますんでね。
ノーカウントです。
はいというわけで。
じゃあどうしますか。
次回ゲットアウトでいいか。
で大団円は僕らで用意したものを語らせていただくとなりますんで。
ちなみにプライムで無料で見れますね質問が。
素晴らしいですね。
じゃあまとめちゃいましょうかね。
今回はリスナーリクエストの第何回かっていうのは全然わかんないですけど。
もうカウントしなくてもいいんじゃないですかね。
はいというわけでお聞きいただきましたのはリールフレンズイン東京リスナーリクエスト大団円返し映画シャッターアイランド妄想と現実の境界はどこにでした。
番組では皆様からのご感想をお待ちしております。
Xにいたハッシュタグリルパルをつけてポストしてください。
なお公式Xアカウントはリールフレンズで検索ドシドシフォローしてください。
簡単投稿フォームを用意しておりますのでそちらにもご感想をいただけると幸いです。
この番組はアップルポッドキャストをはじめとする主要なポッドキャストアプリで配信しております。
1:48:00
本日のお相手はまことゴーマでした。
それじゃあまたね。
またねー。
01:48:16

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