2025-08-06 1:00:15

【Replay】映画『#LUCY』人類の次のステージとは? [Replay] LUCY — Where Does Humanity Go From Here?

I am everywhere.

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映画談義ポッドキャストパーソナリティまこです。

今回は #ポケ沼 よりオーマを迎えての収録です。

#LUCY  について。

AIをテーマにした作品に触れてきましたが、今回は人間が第二ステージに突入する話。

知識が極限まで増幅された人間はどこに行き着くのか。

脳の潜在能力10%理論とかいうど定番フィクション設定からのぶっ飛び展開。

エンタメ作品としても楽しめるけど、突っ込んでみると割と考える余地があるかも。

後半に行くにつれ睡魔に負けて何を口走っているのかわけわからんくなるまこと、通信の遅延に悩まされるオーマをお楽しみください。

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podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『よもやまこばなし』の公式アカウント。

ゲストを招いてのトーク回もあります。

エピソードの公開は毎週or隔週となります。

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これからも番組をよろしくお願いします。



“I am everywhere.”

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Hey, I’m Mako — your movie podcast host.
This time, joined by Oma from Swamp in Your Pocket (#ポケ沼).

Today’s topic:
LUCY.

We’ve been talking about AI lately, but this one’s about a whole different kind of evolution:
What happens when a human reaches the next stage?

If the brain’s potential really is only 10%, what happens when you unlock all of it?
Yeah — it’s a total sci-fi cliché.
But even as a popcorn flick, there’s something about Lucy that gets you thinking.

Where does limitless knowledge lead?
And where does humanity end?

Fair warning: by the second half of this episode, I’m half-asleep and barely making sense, and Oma’s fighting through some serious connection lag.
Enjoy the chaos.

#Lucy
#ScarlettJohansson
#SciFiCinema
#BrainLimitTheory
#MovieTalk
#まこばな

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Hosted by Mako (@_macobana), this is the official podcast account for Yomoyama Kobanashi, a spin-off of Swamp in Your Pocket (#ポケ沼).

Sometimes solo, sometimes with guests.
There’s always more to talk about.

New episodes drop weekly or biweekly.

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Thanks for listening — and keep evolving.

00:04
Reel Friends in TOKYO Back Number 過去のエピソードをプレイバック!
はい、ということで、本日のテーマは、映画『LUCY』人類の次のステージとは。
何?何?
毎回慌てるのやめてくれる?もう分かってんだから。何かが来るのは。
いや、分かってはいるよ。分かってはいるんだけどさ。
あなたは用意してる側だからいいよ。
こっちいきなりポンと言われてね、お前後で考えとけよって。
言う側なんだからさ。そこは配慮が必要ですよ。人類の…。
次のステージとはということで。
次のステージね。
いいですか?
頑張ります。
じゃあ、まずは早速ですね、あらすじの方からいっていきたいと思いますけれども。
これさ、iPhoneが更新されてからさ、ショートカットキーがどれがどれかよく分からない。
ちょっと分かるかも。
すごい難しくなったでしょ。なんかポップになったからさ、逆に分かりにくいっていう。
はい、じゃあいきましょうか。
よーい、ドン。
はい、ということで本日も2分間であらすじを紹介したいと思います。
今回見たのは映画『LUCY』です。
皆さん、人類の脳は能力の10%しか使われていない。
もしもね、それが本当だとして、その100%を使えるようになったら、一体何ができると思いますか?
はい、ということでね、今回の映画のテーマはですね、まさにそこがポイントになってきております。
主人公のルシーという女性は、ひょんなことから事件に巻き込まれて、全く新しいドラッグを体内に埋め込まれ、運び屋として仕事を支えられることになります。
ところが、とあるチンピラみたいなやつにお腹を蹴られて、なんとお腹の中でドラッグが大爆発します。
そのほとんどを体内に吸収した彼女は、著しく能力が拡張され、次から次へと新しい世界の扉を開き始めていきます。
まさに一番初めにお話した通り、潜在能力の10%が、20%、30%と作品の物語が進んでいくごとに能力が開放されていき、最後には100%に達するわけですが、
そんな彼女を追いかけるマフィアと彼女と接触する科学者たち、一体これから何が起こってしまうのか、そして彼女はこの後一体どこに向かっていくのか。
彼女自身の力が覚醒していく段階で、精神神経が過敏になったりだとか、今まで感じられなかったもの全てを感じられるようになったり、記憶の特に奥深くに眠る幼少期の記憶が蘇ったり、
03:10
初めはそんな感じなんですけれども、徐々に能力が拡張されて他者に影響を及ぼしたり、時間や空間に干渉したりといった描写が巻き起こっていきます。
映像を見ていくだけでも非常にアクションもたっぷりで、展開も複雑ではなくシンプルな構成で、何も考えずにも楽しめるんですが、今回は少し哲学的な問いに応えていきましょう。
伸びたね、今回はね。 楊 伸びた?
いや、今回は0.5秒ぐらいはね、オーバーしたよ。 楊 してないから。
いやいやいや、これ聞いたら分かるよ、絶対。今回は絶対伸びたよ。 楊 言っとくけど、仮に伸びてたとしても、俺編集で変えられるからね。
楊 しませんけど、というわけで、今回のあらすじはそんな感じなんですけれども、おおむねそんなところですよね。
おおむねそんなところですね。 楊 おおむねそんなところなんだけど、一番初めの問いかけなんかは、よく誰かしらどこかで言ってるというか、たまに聞く。通説とは言わないですけど、デマですよね。
都市伝説ですね。 楊 そうです。ただこの都市伝説が、非常に創作をする上で活用しやすい感はあって、割と日本の漫画とかでもね、こういう描写ってありますよね。
楊 潜在能力の何パーセントしか使っていない、残りの何パーセントを解放したらみたいな、そういうくだりはやっぱりよく出てくるんで、ひょっとしたらマジで信じてる人もいるかもしれないんですけど、これ当然嘘ですから。
はっきり言いますけど、デマですよね。 楊 なわけあるかいという話なんですね。
なんかね、期限が特に、これが変に広まったっていうところは確証がないらしいんだけども、前にちょっと調べた話だったんですけど、ウィリアムス・ジェームスっていう心理学者がいて、
その人が人間の潜在能力みたいな学説みたいなことを喋ってたんだけども、それの発言でまだ人間には隠された能力がいっぱいあるよみたいな話をしてたのが、この10パーセントっていう尾ひれがついて広まったっていう話があったりとか、あるいはそのMRIとか、あるいは脳波みたいなのが、
本当に脳科学を初めて初期の段階でやったときに、この電位の発動っていうのが、この刺激が入ってからファーって動いて、そこの有因な電位が動く、カッパー化して、そこを中心に他の電位が動くっていうところなんだけども、
06:09
一瞬に脳波が動いてないように見える部位っていうのがどうしてもやっぱり出てくるっていうところがあって、それがじゃあこれは使っていないんじゃないか、じゃあここを使えるようになったら脳はもっとすごくなるはずだみたいな、いう話から広まったとかっていう説が一応あると。
一応今の学説では脳全体がちゃんと間髪化してるけれども、タスクに応じて特定の部分が優先的に行われるもので、脳の各部位っていうのは一応相互に活動電位を出し合っているっていうのがまず一つ。
だけどちょっと夢のある話としては、まだ脳科学ってまだ全然発展途上の部分ではあるから、一回はこうやって覆されたけども、もしかしたらまだ使ってない脳の部分があるのではないかっていう学説も捨てきれなくはないよねっていう。
まあだから否定できないっていうだけの話だよね。結構ブラックボックスなところはあるから。ただ一つ言えるのは、使わないところは形質として残らないから。どう考えても。
そうなんだよね。
そう。だからね、さらに言えば人類ってそれこそ進化の過程の中で脳の溶石がどんどん大脳新質がどんどん拡張されていって増えていったわけだから、それ必要に応じて増えていってるわけだよね。
大脳新質の溶石が大きいやつほど生き残りやすかったわけだから、ということはつまりやっぱ使ってるんですよっていうだけの話なんだけど、やっぱなんか超能力みたいなさ、そういう夢のある話につなげていきたいなっていうふうに思ったときに、実は脳にはまだ使われてないものがあって、そこが活性化すると新しい能力が目覚めるって。
なんかこう、ちょうど科学とフィクションとの橋渡しになる、それこそSFのアプローチになるというか、だからすごく便利な舞台装置になってるのかなというふうに思いますけど、でもやっぱり今回も作品としてはそういうラインから始まっていくから、点で来て列な話で終わっていくのかなというふうに思ったんですけど、
まあ見方によっちゃトンデモ学説からスタートするトンデモアクション映画で終わるっちゃ終わるんだけど、でも何かしらの問いかけを我々に残してくれてはいるんじゃないのかっていうふうな展開だったなというのを改めて見返して思いました。
そうだね。
まあリュックベッソン作品ということで、リュックベッソンといえばレオンとかですよね。
09:14
レオンは見た気がするぞ。
ナタリー・ポートマンが子役時代に出てますね。
あれを見た見た見た。ドラえもんの人だよね。
超オシャレ。オシャレ度MAXみたいな作品ですけど。
オシャレドラえもんジャンルの。
ゲイリー・ウォルトマンも出てたと思いますけどね、最高の映画の一つではあるかなというふうに思いますけど。
ただ、オシャレでストーリーラインも素晴らしくエンタメとしてすごい完成されてるんだけど、何かしら我々に生きる上で考えて欲しいようなことみたいなものは特に感じるような作品ではないなというふうに思うんですね。
レオンに関しては。
本当に人を楽しませるという一つの完成形ではあるけど、何か問いかけてくるものはなかったなと。
それでいうとルーシーは結構話の展開は乱暴なところがあるなというふうに思うんだけど。
乱暴なところがあるんだけど、ただ問いとしては非常に面白いなというふうに思ってた。
これは非常に同じ人の作品でも全然対照的だなというふうに思っています。
ラスト10分のためをやりたかったから作ったけど、ストーリーを作る気力はなかったみたいな。
やりたいことが多分あったんだと思うね。だからストーリーはもうジェットコースターでいいんだろうというところもあったのかなっていう気はするのよね。
逆に余計な作り込みをしない方がスピーディーな展開で描けるからっていうのはあるのかなっていう気がして。
順々にまずどうでした?絵が。
まあ、つまんなくはない。
つまんなくはない。
面白い。つまんなくはない。面白いよ。面白いけど、わーすげー!この映画は最高だ!っていうレベルではない?
そうですね。ここがポイントの一つ目になると思うんだけど、一定程度見る側のこっちがちょっとアホなふりして見た方が楽しめる作品ってあるのよ。
それって単純なアクション映画とか全部そうだと思うんだよね。うわーすげー!みたいな。かけー!みたいなふうに思った方が楽しい作品っていっぱいあると思うんだよね。
12:07
デッドプールとかもそうじゃないですか。
そうだね。エクスペンダブルズとかね。
そういうジャンルの皮を被ってくれてる作品なので、こっちもそういうテンションで見た方が絶対いいよねっていうのがあって。
その一方で、この後触れていきたいんですけど、何かモチーフにしてるものも実はあるんじゃないのかみたいなことをちょっと考え始めていくと、少し見方も変わっていくんじゃねえのかななんてことは思ってるけど。
だからその辺が僕が言ったちょっと展開乱暴だよねってところにもあるのかなと。ただ言い出したらね、この作品のスタートラインが潜在能力の残りを覚醒させる未知のドラッグっていう時点で、そういう緻密な設定みたいなものはフルスイングで胴に捨ててるから。
だからまあ、これはこれでいいと思うんだよ。それで正解だろうという気はしてます。今回ね、僕が語りたいこととしては、モチーフですね、ルーシーの。
ルーシーは一体何だったのかということですね。今日はまあ人類の次のステージについて語りたいんですけど、その前にルーシーとは一体この作品において一体何だったのかっていうところにちょっと迫っていきたいなというふうに思っています。
ただまあその前に何かショージャブ的なものがあれば。
ショージャブ。まずはなんだけど、セクシーすぎん?
いや本当ね。もうね、本当にセクシーの擬人化です。
いやいや、もうやばいのよ。それはね、韓国人だか中国人だかがさ、地下室で閉じ込められた時にさ、腹蹴られて覚醒した後にちょっと誘うみたいなのでさ、騙すシーンがあるじゃん。
それあの人があんな行動したら、ホイホイ言っちゃうよ。しょうがないよあれは。
まあホイホイ行くにしてもホイホイ行きすぎだけどね、あれはね。あれはホイホイすぎる。早ってなると思う。
まずちょっと警戒しようよみたいな気はしましたけど。
まあでもね、いや本当に素晴らしい女優さんだなというふうに思いますね。綺麗だし、演技も大当たりでようやってますわ。
しかもやっぱり表情の演技がすごい絶妙。某とはまた違う意味でさ、だんだんと無表情になりつつ、でも初期の頃は容赦容赦で人間の顔をポンって取り戻すみたいなところがちょっと挟み込まれつつみたいなところで。
15:18
特にすごく印象的だったのが、思い出のためよって言ってチューしながら、ちょっと人間っぽい顔になるみたいなシーン。
運び屋の3人が捕まって、そこに韓国人たちがワーって行って、バキュンバキュンしながら薬を全部取り出した後に、
俺に何ができるんだ、みたいなことを刑事がボソッと言った時のセリフですね。あのチューの仕方はずるいよ。
くるっときちゃうよ。
あれはさ、なんだろうね。あれはさ、ちょっとなんだろうな、なんだろうねっていう。僕はいいよ、セクシーだったんだけど、セクシーだしグッときたけど、いらねえって思っちゃったの、あのシーン。
え、そう?
絶対いらねえと思った、俺。あれはね、ちょっとね、いらないよ、どう考えても。
僕あれ、結構大事なシーンだと思ってるさ。
あのシーンが、ルーシーの最後の人間性だったんじゃないかなと思ってて。
人間に戻る表情の演技をしたのが、あれが最後なんだよ。
それ以降ずっと無表情みたいな感じの演技をずっとしてたから、何言われてもどういう風になっても鉄面Bみたいな感じになってたから、
あこが多分、もともとのルーシーの人格のラストのところだったんじゃないかなと思うと、あのくさいシーンはどうしてもやっぱ挟まなきゃいけなかったんじゃないかなと思うよ。
あのね、キスである必要がないのよ。
キスしたいじゃん。
そこなのよ。そこが僕はもうね、あーうるせえって思っちゃうよね。
だってさ、あのね、そのシーンに至るまでにあのケイリさんとさ、もう実はすごく密なやり取りがあって、
で、なんかこう、なんだろうな、こう互いにちょっとこう探り合いながらも関係性が構築できてきていたみたいなのがありゃいいんだけど、
うん、別になんもないやん。
だってそれはさ、ルーシーもともとビッチだから。
だからね、そこなのよ、だから。
18:00
だったらあんなしっとり言わないでしょっていう。
だからそう、整合性がとりあえず。
もうそのさ、私にこう本当に一握り残された人間性を確認するためにあなたみたいに、こうなんか人間くさい人を隣に置いておきたいのよ、みたいなことをその一言の中に込めるんだったら、キスじゃないなーっていうふうに思うんすよね。
そう、なんかこうとりあえず、ハリウッド映画のその典型例で言うと、とりあえずで差し込まれるラブシーンみたいな、そういう感じがして、
今回のこの作品はスピーディな展開が多いですから、セックスシーンなんて入れるのはちょっと大変なので、
まあとりあえずしっとりチューでもしときますか、ここでみたいなのをちょっと僕は感じてしまって、
うーん、なんかせっかく流れできてるのにこういうのいらんのだがなあ、みたいなふうにちょっと思ってしまいましたね。
ああ、そっか。
いやでも、スカーレットヨハンソンのキスを見れるという、そういう価値はあるんですけど、
彼女は本当になんだろうな、目が綺麗ですしね。
いやそうだよね、本当にあんな目で見つめられたらさ、コロッときちゃうよ。
あのね、大丈夫、スカーレットヨハンソンがお前を見ることはないから。
えー。
ないから、それもう安心してほしい、安心してほしい、ないし、ないし、急にキスされることもないし、
なんかこうちょっと企みのもと誘ってくることもないから、大丈夫です、そこはもう安心してください。
えー。
でもなんかこう真っ直ぐこっち見てるようで、どこかこうちょっと目が合わないようなミステリアス感はありますよね、彼女の目ってね。
うんうん。
そういうところもなんかとても素敵だなというふうに思います。
うん。
あともう僕からもジャブいいですか。
はい、お願いします。
舞台が台湾なんですよね。
あ、あれ台湾なんだ。
あれ台湾なんですよ。台湾の国旗も入ってきたし、
タイペイリーみたいなね、ちょっと読み方忘れましたけど101って書くんですけど、
あのなんかジグザグした巨大なタワーあったじゃないですか。
はいはいはい。
あれ台湾の有名な建物で、はい。
はい。
で、僕台湾は何度も行ってて、結構好きな国なんですけど、街並みのね、ちょっと程よいカオス感がいいよね。
うんうん。
で、またいわゆるアジアを身近に感じられるような場なので、
差し込まれたイメージカットの中にもあったと思うんですけど、原付の数がめっちゃ多いのね。
あー。
そう、とんでもない原付の量が車バーッと走っていく中で原付がブヨーッとワラワラワラって走ってたりして、
あーなんか本当に異国に来たんだなーっていうのがなんかちょっと感じられるような空間で、
21:03
今回の作品の舞台が台湾だったのも多分、外国というかそのね、欧米の人たちからも同じような目で見られる国なのかなーっていう。
まあ国とか言ったらちょっとなんか厄介な問題に足を踏み入れちゃう感じがするんで、ちょっとぼかしますけど、そういうエリアなのかなというふうに思いますけどね。
でもなんか本当に僕は台湾大好きでよく行くんですけど、なんか今回みたいなそういうなんか謎のドラッグとか、謎のなんかこう組織みたいな、
あるかもしれないですけど、別にそんな危険な国じゃないんで、皆さん安心して台湾に足を運んでいただいて、いっぱい小籠包食べてくださいという話です。
じゃぶすぎん?
別にだって何もないもん。台湾が出て嬉しかっただけだから、俺の好きな国出てきたみたいな、そんなだけの話。
うわーってちょっと懐かしげーみたいな感じになったんで、いや最高だぜっていう話ですね。
今までなんかジャブないですかって言ってさ、必ず映画の内容のツッコミだったりとかが入ってきたわけじゃん。今回のジャブさ、映画関係ないよ。
関係ないよ別に。まあシーティーエヴァだからそのアジア的なカオスを感じられる街並みみたいなところが、このルーシーを何かしら日常から非日常に引きずり込むためにはそういう舞台設定が必要だから、ちょうどいいなっていうふうに思ってくれたんだろうなっていう気はしましたけど、
まあでもね、台湾ってやっぱいいねーって思ってまた行きたいな、小籠包食べたいなーみたいな気持ちになりましたよっていう。それは僕の日記です。
日記ですね。 日記です。じゃあそろそろ行きますか。 ジャーナリングですね。はいはいはい。
今日さ、ちょっとごめん、なんかさ、ラグすごくない? ちょっとラグってるよね。
ラグってるよね。 少しラグってます。僕の方別に全然ビンビンなんで多分オウマのせいですね。
ああそうね。 オウマがたまになんかこうちょっと顔が止まったりとか、顔が止まって声だけ聞こえたりとかするんで、まあなんとかなるよ。
OK。じゃあまあなんかお聞きの皆さんはちょっと今日オウマのところのインターネット環境が少し悪いんだなっていうのをご了承の上お聞きください。
以上だから台湾のオウマさんと喋ってるみたいな感じになってるかもしれないですね。台湾のオウマさーん。
小籠包。 みたいな感じになると思うんで。すいませんがその辺ご理解いただいてお聞きいただければと思いますが、どっちから行く?
えーとでも話題がそのなんだっけ?ルーシーとは何かっていうところに迫っていくって話でしょ?
ちょっとそれ聞いてみたいな。 聞いてみたい、はい。
24:01
名前はルーシーなんですけど、作品でも言われた通りルーシーってアフリカで発掘されたアウストラロピテクスの骨につけられた名前なんですね。
そうなんですよ。僕小学生の時にあのなんか子供ニュースの、NHK子供ニュースってあのなんか豚の、鼻がカメラになってる豚がマスコットキャラクターのあれ、スクープ君って言ったと思うんですけど、
あれのなんかこう本が売ってて、それを買ったらそこに載ってたんですよね。世界で初めて見つかったアウストラロピテクスの骨は女性の骨だったことと、
発掘作業中に発掘班が、あるいはラジオか忘れたけど、ちょうどね、ビートルスのルーシーインザスカイウィズダイアモンズが流れてたんですよ。だからその発掘した骨にルーシーっていう名前をつけたっていう。
へー。 そう、だから僕はその話を知ったのはルーシーインザスカイウィズダイアモンズを聞く前だったんで、
初めてその後ね、イエローサブマリンのアルバム買って聞いた時はもう感動しちゃってね、この曲が流れてる中でアウストラロピテクスの骨が発掘されたんだなーっつってね。
ごめんなさい、また日記です。本題に入ってきますけど、今回このルーシーはやっぱり人間を超えていくっていうプロセスを考えると、非常に神との同化みたいなね、あるいは神の位に到達するみたいな、そういう性質があるのかなっていうふうに思いますし、
これはまあ多分誰でも気づくというか、誰でもそういう発想になるだろうと、人間が人間を超えた時何になるか、それは上位存在としての神なんじゃないかと、多分それは別に日本人から見ても多分それはそう見えると思うんでね。
ただやっぱりこう本当になんか我々のこの映画談義はもう二言目にはキリスト教キリスト教になるんですけど、今回もそうだよねっていう話なんですよね。
そうだね。
どう考えても。
やっぱり。
うん、やっぱり。
やっぱりこう、唯一神、絶対神、一神教っていうところが強く出てきますよね、この映画も。
そうなんですよ。そういうパターンというか、そういうあたりで見ていくと非常に何ていうのかな、わかりやすい構造になってるなという気がしていて。まずはルーシーですね。ルーシーは独身女性ですね。
27:10
若き独身女性なんですけど、彼女がこの異能の力みたいなものに目覚める経緯はあらすじで説明した通り、お腹にドラッグを埋め込まれてその袋が破けたことによりっていう風な描き方なんですけど、まずねこれ、諸女解体ですよねっていう話だと思います。
なんならあと、ルーシーはお腹にドラッグを埋め込まれたことに気づいてなかった、主体告知みたいなもんなんですよ。
そうですよね。あれもまさにそう。さらにこのCPH4っていう新種のドラッグっていうのが作品内に出てくるんですけど、これ自体が当然架空のドラッグなんで皆さん信じないでくださいね。
これが胎児がお母さんのお腹の中で発達していく過程で一時的に分泌される化学物質であると。その化学物質によって爆発的に体細胞が成長していくみたいな、応じて必要な形に成長していくんだみたいな説明がされていて、
それを人工的に構成したものがルーシーのお腹の中で弾けるみたいな話なんですけど、これ別にそんなホルモンっていう話する必要ないじゃないですか、設定的に別に。
でもそこで胎児みたいな話がわざわざ出てくるのって、これも諸女解体をモチーフにしてるっていう多分一つの根拠になるのかなという気はしています。
当然そんなものはないので、信じないでほしいですし、なんたら別にCPH4だのなんだのとかじゃなくて、大事なのは溶酸なんで、皆さん超能力に目覚めたいなら溶酸を飲めよっていう話になっちゃうんで。
そういう話ではないんですけど、まさにそういうことなのかなって思ってみていくと、わかりやすくはなってくるのかなって気はするんですよ。
だとしたらルーシーは聖母マリアの位置づけになってくるんですよね。
ところが作品としては最終的に神の領域に近づいていくのはルーシー自身なんで、ルーシー自身がどんどん知覚が発達していって、ついに他者にも影響を及ぼすことができるようになる。
具体的には他人を空に浮かせたりだとか、物を増やしたり消滅させたりだとか、時間を巻き戻したりだとか、いろんな空間に行ったりだとか、そういういろんなことができるようになっていくんですけれども、
30:07
ただ作品の最後に彼女はフラッシュメモリーを残して、肉体としての死を迎えるんですね。
肉体としてのという言い方をしたのは、その後もI am everywhereっていう言葉が出てくるんですけど、私は全てに存在しているっていう、まさに神の領域ですよね、時間空間に全く縛られず存在はそこにどこにでもあるっていうのは、
全知全能の神、神経における全知全能の神のイメージだと思うんですけれども、ただ肉体としてはもう完全に消滅をしているから、肉体としては死んでいるんですが、彼女が最後にフラッシュメモリーを残すっていう行為は、まさに神を産んだ。
さらにそのフラッシュメモリーにおそらく収められているであろう情報たちっていうのは、作品の中ではつまりは人類の文明っていうのをまた一歩先に進めるような情報なわけで、これは言うなれば世界を救うもの、要は救世主メサイアですよね、っていう風に考えると、あれはキリストをモチーフにしているんじゃないのかという感じにもなってくるわけですよ。
だからやっぱりこれは一人の女性が神と同化するような力っていうのを手にした時に、キリスト教的な視点でいうと聖母マリアのように世界を救う何かっていうのを生み落として消えていくっていう、なんかそういう造形に見えてくるなというふうには思うんですよね。
たしかにね、なるほどね。同じキリスト教の話をしようと思ったけど、切り口が全然違ったからです。
どう見ました?
僕はね、創世記だった。
創世記って言ったら旧約聖書の方ですかね。
そうですね。
だとしたらあれか、ユダヤ教になるのか。
そうだね、ユダヤ教の方に、キリスト教と言っても今旧約聖書の方になってくるから、キリスト教っちゃキリスト教なんだけど、ルーシーがいるかなって。
っていうのも、まずここの映画の全体的なテーマとして、人間性を失うごとに知能が発達するっていうところ。
この知能っていうところが、やっぱりその旧約聖書のジェネシスの部分でいうとさ、やっぱり現在の一番最初の罪は何だったのかっていうと、その知恵の実を食ったことであると。
それでなんか知識を得たとかいうところからスタートするっていうところもそうだし、あとは最初ダンジョからスタートしたじゃない。
33:12
ダンジョン?
ダンジョ。
ダンジョね。
なんでダンジョなんだよ。
ルーシーダンジョンから脱出するみたいなスタートだったっけ?
ちゃうわ。テーマ変わってくるからね。
本当にポッドでの男性で、すぐ死んだ男性ではあったけどさ、もともと天国というか理想郷的なところではアダムとイブっていうのがいて、
アダムにそそのかされては全くなくて、アダムといない場所で、アダムがいないところで一応蛇、サタンとも呼ばれたりもするけれども、そこにそそのかされて知恵の実を食ってからいろいろと戦いが始まるよっていうところがすごく被るなっていうところがあって。
で、やっぱりそのイブっていうのが人類のすべての母、アダムが人類すべての父であるように、ってするとその最初のルーシーとさETしたシーンあるじゃん。
ありましたね。
そう、っていうところにもずっとつながってくるのかなとかっていうところで、ちょっとイブに僕は投影した。
まあそういう視点は絶対あるよねっていう気はしますね。
まあそれでいうとさ、もうなんていうのかな。
いやなんて言えばいいんだろうな。
僕もそっちの切り口でものを見ようとすると、もはやアダムとイブを作る前段階の話にもちょっとつながるんじゃないかという気はしていて。
要するに混沌とされるその世界というか、まだ世界がない状態、その混沌の中に秩序あるコスモスを生み出していくわけじゃないですか。
はいはい、光あれ。
そうそうそう、光あれって言ってね。
結構そこら辺の無から有が生まれるみたいな、なんかそういう流れっていうのは結構日本の神話の中でも語られるんですけれども。
要するに今あるこの世界の秩序が生み出される前はやっぱり混沌だったんだよね。
その混沌をコスモスへと、カオスをコスモスへと向かわせる力っていうのは、やっぱり何か強い力が必要であるはずで、
おそらくそこがまさに全知全能の神という存在、光位の存在っていうものがそこに介入することによって初めてできるものだみたいな、やっぱりそういう考え方あると思うんです。
36:10
だとすると、これまさにルーシーは一層神そのものに最終的に到達したというふうに見ると、
この現代のこの社会そのものはカオスじゃないですかっていう提示にも見えてくるんですよね。
実際最後一人死にました。死んだのはマフィアのボスです。
あれってまさにこう堕落の象徴じゃないですか。
はいはいはいはいはい。
言うならばそうですね。あのなんて言うんですかね。あの堕落の街といえばどこでしたっけ。名前忘れちゃったな。
キリスト教の?
そうそうそう。
えーっと、えーとソトムとゴモラだけじゃなくて。
ソトムとゴモラだと思います。
でいいんだよね。合ってるんだよね。
ゴモラって言うとなんかもうあのウルトラ怪獣が頭に出てくるんですけど。
そっちじゃない?
本当にだからもう救いようのない混沌の象徴なのかなっていう堕落そのものじゃないですか。
人を食い物にして、そして自分が良ければ人を傷つけても良いというような。
そんな彼が最後の最後のシーンで死ぬわけですよね。
死んでルーシーがさっきまで座ってた椅子に座るという。
なんかこうなんていうのかな。あれって一つのその混沌が終焉する予兆というかそのメタファーになってるんじゃないのかっていう気がするんです。
ただこの今この社会ってやっぱり混沌だからそこを何かコスモ秩序のある状態に持ち込んでいくためにはやはり工事な力っていうものは必要で。
でまさにそれをルーシーは最後に生み落として消えていくわけじゃないですか。
だからそのあたりは本当に神がそれこそ混沌からコスモを作り上げる過程だったりするかもしれないし。
さっきも言ったようにマリアが救世主であるキリストを生み落として去っていくっていうような。
そういう見え方もやっぱりしてくるんじゃないかなっていう気がしている。
やっぱり知恵のみの話は俺もちょっと余儀った。
やっぱりまさに知識知恵っていうのが人間を人間たらしめているものであるっていう認識はやっぱりその神話の世界から神話の時代からやっぱりあったわけで。
だとしたらやっぱり今回のこの知識知恵が行き着く先っていうものを描く上で、
そこをおそらくイメージソースとして全く意識してないはずは絶対ないと思うから、やっぱりそういう側面は絶対あるなというふうに思ってますね。
39:04
いやでもね、なんだろうな。
しかもさっき、ああごめん。
はいごめんごめん。
マコちゃんがマリアって言ってくれたし、僕がイヴだったんじゃないかっていうところでさ、
そこの二人っていうのも正反対で聖書の中で描かれてるから、そこを同時に重ねられるように描いたっていうのも、
そのマコちゃんが言ってるこのカオスを表してるんじゃないかなっていうところもあって、
イヴっていうのは旧約聖書でいうと、神から定められたルールを破った人間、
神に背いた罪の多い人っていうふうに描かれるんだけれども、
一方マリアっていうのは神からの啓示を受けて、
キリストが去ってた後はあんまり描かれないから、
神の啓示にずっと順次て、従順に行ったっていう存在みたいな感じで描かれているから、
そこをあえてごっちゃに描くことで、カオスっていうものの表現をより強くしたのかなって、
今の話をマコちゃんの話を聞いてちょっと思った。
なんかね、やっぱりマリア的な要素は強く出てるんじゃないかなっていうふうに思う一つの理由として、
やっぱりマリアって慈愛の象徴としてやっぱり描かれるものじゃないですか。
僕なんかは本当に、以前話したかもわからないですが、
ミケランジェロのピエタっていう作品がめっちゃ好きでね、
スマホの待ち受けはもう長らくピエタなんですけど、
これピエタっていうのは、ミケランジェロは生前3作品ぐらい作ってるんですよね。
1作品に至っては完成しないまま、未完成の状態で残ってるんですけど、
それだけモチーフとして、ものすごい彼の創造的な欲求を刺激する何かがこのモチーフにあるんだなというふうに思いますが、
これはですね、キリストの亡骸を抱くマリアなんですよね。
キリストの亡骸を抱くマリアの像なんですけど、
これどのピエタか忘れましたけど、多分ルーヴィスか何だろうなと思いますが、
マリアがね、なぜかしらすごい若いんですよね。
ピチピチリアルなんですよ。
42:00
キリストの亡骸を抱いて、でもその顔ってものすごい物憂げではあるんだけど、
やっぱり慈しみの表情をしてるんだよね。
やっぱりすべてを受け止めてくれるような、そういう本当に存在として、
やっぱりマリアっていう存在は多分理解されている昔から。
このルーシーを見ると、彼女もまさにそれそのものじゃないですかって気がするんですよね。
もう知識が暴走して、人間性を失いつつあるというか、ほぼ完全に最終的には失っていくんですけれども、
そういった中で彼女が最後にしたことって、やっぱりそれを人に継いでいくことじゃないですか。
それっていうのは、死死存存に至るまで自分自身が生きた証を残すための行為で、
ある種、本当に慈愛の究極体だと思うんですよね。
そこに繋がる話をモーガン・フリーマンが言ってるんですけど、
なぜ情報を伝えていくのかっていうのは、それは子孫に重要な情報を伝えて、
生き残れるようにしていくためみたいな、その話をしていると思うんですが、
結局彼女は最終的に人間性を失っていくみたいな話はあるんだけれども、
一方で動物としては極めて自然なことをしている。
つまりは、自分は子供は残せないんだけれども、
でもその子孫たちがよりよく生きるための何かを残していく。
しかもその後、彼女が神に近いような存在になったのとしたら、
ある種、人類みんなが子供みたいな感じになってくるわけですね。
というふうに考えると、彼女が最後にしたことっていうのは、
母性でありなおかつ動物性っていうものが非常に強く出た行為なのかなっていうふうに思って、
マリア的な様子をすごく感じるなというふうには思いますね。
そうだね。面白いね。ここまで話がかぶると思ってるんだからさ。
もう今後キリスト教廃絵物価値ですからね。
いや、くっそーと思って、今回はもうイブの話で終わりかなと思って。
いやでもね、僕としてはね、こんななんていうのかな、
こういう切り口よりももっとぶっ飛んだのが欲しいなというふうに思ったんですけど、
やっぱちょっとね、切れが悪いですね。
アンドリューほどの切れ味があるような定義、というかね、定期ではないなというふうには思うんですけど。
まあでもなんかこう、映画の性質としてさ、
割とこの多分最後の10分間っていうぐらいのところをやりたかったってすると、
45:01
じゃあそれをどこに乗ってるかって言ったら一番最初、分かりやすいというか、
とっかかりやすいスタートラインっていうのがやっぱりこう聖書だったりとかさ、
そういう宗教だったりっていうところがやっぱり乗せやすくなってくるから、
そういう意味ではその、なんかじゃあマリアだイブだとか、
マグダラだみたいなところに乗っけてくるっていうのはまあしゃーないんじゃない?
しかも今回女性が主人公だったとしたら、だいたいもう聖書で出てくる女性それぐらいだからさ。
まあやっぱりね、聖書っていうのは本当にフリーの資料ですよね。
しかもみんなが知ってるから、そこにモチーフにしても分からないがないっていうさ、
何かに例えてるけど何かわかんねえっていうことになりにくいっていうような、そういうところはありますよね。
だからまあ非常に便利だしっていうのはおそらくあって、
まあ実際それも結構映画見慣れてくるとその辺が見えてくるから、
まあピントはくるのかなって気がする。
ただ一方でやっぱり日本人的な感覚でない部分はやっぱりいっぱいあるなという気がしていて、
神ってそんなに万能じゃないしね、日本の神官って。
そうね。
事実上ほぼ人間だしね。
そもそも、なんていうの、そもそもさ、全知全能だったとしたらさ、
全てのことを自己完結できるわけじゃん。
なんで人間にそんなに関わんの?
そうね。
人間を生まない。
人間に関わろうとしてる。
不完全なものに関わろうとしてる時点で何かを満たそうとしてるわけでしょ?
その行動が出るってことは。
その時点でもう不完全じゃんっていう矛盾をはらんでしまうんだよね。
まあわからないですよね。
我々の次元では理解できない何か背景にあるかもしれないですね。
かもしれないけどね。
でもその感覚っていうのは、日本人はあんまり何も考えなしにピントを合わせづらいというか、
フォーカスポイントがずれるよね。
だから多分要はわからんなってなっちゃうのかもしれないけど、
そこに一旦焦点を合わせた上で見てみたら、言いたいこともだいぶわかってくるしっていうような気はしましたね。
そういう楽しみ方っていうのをちょっと一旦覚えていろんな作品見直してみると見え方がだいぶ変わるんじゃないかなって気はしますね。
そういう意味ではやっぱりアメリカ映画とかハリウッド映画を見る上で、
聖書っていうのは一つの絶対マストで見なきゃいけないものの一つだし、
48:02
キリスト教学みたいな、神学ともちょっと違うけどさ、
キリスト教の歴史的背景だったりとかっていうところは必ず抑えておいた方が、
これこういうことかっていうのがやっぱりピンとくるし、
文化の違いみたいなところってさ、やっぱり宗教と文化って切っても切り離せないからさ、
キリスト教が持っている得意性の文化っていうのがどっから来てるのかなっていうのを見解いていくためには、
やっぱりキリスト教の聖書ぐらいは読んでいかなきゃいけないと思うよね。
じゃあ皆さんちゃんと読みましょうと。
そうそう、でもそんな気構えなくていいのよ。
出張行った時にビジネスホテルに必ず置いてあるから。
ベッドの横の引き出し開けたらなんかボソッと入ってますよね。
絶対入ってるんだよ。
入ってるんですよ、不思議なことに。
それ読めばいいのよ。
ぜひちょっと読んでください。
じゃあちょっと革新的な部分に行きましょうかね、そろそろね。
今回はルーシーを見た上で、人類の次のステージって一体何なのかなっていうことに迫っていきたいんですけど、
どうですか?話で考えまとまりました?
そうね、ちょっとね、段階がいくつか出てくるのかなと思ってて、
まず僕が思う次のステージの第一歩って、銀河鉄道3-9の世界観なのかなってちょっと思ったんだよね。
鉄の体を手に入れるってことですか。
そうそうそうそう。
まさに本当にそれでさ、今いろんなデバイスが非常に進化して、
このウェアラブルっていうところでいろんなものが便利になってきて、
そのウェアラブルっていうのはまだまだ発展途上だと思うよ。
例えばどうしてもスマホみたいな物体を体の外で使っていかないとどうしようもできないとかっていうこともあるし、
じゃあそれをメガネ型にしてみようってすると視野がちょっと狭まったりっていうところがあるとかっていうことが、
いろんなデバイスが進化してるけれども、そこに関しての物的な壁っていうところが超えられないとすると、
次の次元で来るのが、おそらく今って疑似だったりとか疑測だったりとか、
あるいは人工内臓みたいなところって言うんで、何かしらの障害だったりとかいうところを埋めるためのものっていうような扱いになってるけれども、
今後もしかしたら、自分の体をプラス方向に持っていくためのデバイスを体にくっつけるっていうようなことが流行っていくというか、
51:13
そういう世界観になっていくんじゃないかなっていう気がしたよね。
SFに振り切ったらそれこそゴーストイン・ザ・シェルみたいなね。
小垣同体のあの世界観よね。
ゴーストを移植して、擬態で動くみたいな。
そういうことにもいずれはなるかもしれないというか、それは多分迎えるよりも前にテセウスの船的な話になってくると思うんですよ。
体の部分を少しずつ機械に置き換えていったときに、一体どのタイミングで自分が自分でなくなるのかというか、
同じ自分と言っていいのかみたいな話にも多分なってくるのかなという気がするよね。
人間の次のステージみたいな話を考えていくときに何かしらそういう機械と、機械でないいわゆる生物とのラインとか、
そういうものがひょっとするとちょっとずつ境界線が曖昧になっていったりするかもしれないし。
難しいね。人の次のステージって何かなっていう。
僕は、体の進化ですね。
体の進化。
ここまでひたすら知能っていうものを武器にしつつ、その知能を別の肉体とは外側の具体物として出力することで人間は文明を作っていり上げてきたと思うんですよ。
そのベクトルがもしも体内に向かったらいいってどんなことが起きるのかなってすごく興味があるので、
人間が行き着く先はむしろ自分を消していくことなのかもしれないなと。
少しずつ自分たちの体っていうものを作り変えていく。
そういう何か試みっていうものが生まれてくるんじゃないのか。
そうした時に人間は人間というステージから神のステージへと少しずつ進めていくんじゃないのかみたいな気がしてますね。
なるほどね。今すごい思いつきでふっと思い出しただけなんだけどさ。
もうタイトルがすっごい、もう全然覚えなせないんだけど、世界のいろんな生物学者とか歴史学者とか地理学者とかがより集まって空想本を書いたって図鑑があるんですよ。
なんだっけ?
空想生物の図鑑?
そうそうそうそうそうそうそう。それにね、人類の先々みたいなのがね、あったなっていうのがね、ちょっと今思い出して。
54:03
なんかあのすごい顎がなくてデブっちょで手足細い絵?
あ、そうそうそうとかさ、なんかそれに確か今パッとすごいフラッシュバックしたんだけど、書いてあったのが、さっき僕が言ったような自分の臓器を機械に作り変えていくみたいな感じの絵があって、
それの説明文はまだ僕は読めない時期に買ってたから、よくわかんないんだけど、そういう絵があるっていうのと、
まこちゃんが言ったように、自分の体に好きな臓器だったりとかを取り付けていくのがトレンドになる時代みたいなのも書いてあって。
あるだろうね。
もう一回あの日本読みたくなったんだけど、あれ確かすっげえだけんだよ。
なんだっけな。
だからやっぱり感心っていうものがずっと外に向いてきたんだと思うんだよね、人間っていうのは。
道具っていうものを作って、それで自分たちの位置上にしていくっていうものが徐々にウェアラブデバイスの登場から、今度はおそらく埋め込み式っていうのも出てくるだろうし、
歩行だかどうかはもうすでにICチップ埋めてるような気がしましたけど、そういう体っていうものをどう使っていくのかっていうところに何かしらの改造じゃないですけれども、
変化を加えていくっていうのがこれから先の展開なんじゃないのかな。
一方で思考すること、云々観念に関しては結構AIのニューラルネットワークの進化がものすごいことになっているので、そちらにお任せしちゃう可能性も全然あるよねっていう。
それはなんかありそうだよね。前にもなんかちょろっと話したけどさ、知識を持っているとか記憶しているっていうことの価値が多分これからどんどん下がっていくだろうから、
多分そういう意味で思考するとかっていうことの価値っていうのも下がる時代っていうのがまた来るんだろうね。
多分まだ今はまだ必要だけど。
本当にこれからこの変化っていうのはずっと加速度的に進んでいけば、そういう未来もやってくる可能性は十分あるよねっていう話ですね。
でも本当にルーシー見たことでね、人類の次のステージすごい僕は興味が湧いてきたんで、
潜在能力の10%とかいう前提がまず間違っている以上は何かしらどでかい爆発的な変化っていうのがいつ来るのかしらっていうイメージは湧かないんですけど、
でも言い出したらそれこそ10年20年前まで別にインターネットがかかってて使えるなんてことも正直なかったわけですから、
使えばするけどね、今とは比べ物にならないような環境だったわけで、
っていうふうに考えるとそういう新しいものっていうのが世の中に出てきて、
人類の生活あるいは人類の生き方っていうところが何か大規模に変わるようなパラダイムシフトがやってきてもおかしくはないだろうなという気はしますね。
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なるほどね。
ちょっと僕は一言で言うとルーシー、人類の次のステージとは決めてないから言えないです。
何にも思い浮かんでないです今。
まずいですね。
次のステージ。
次のステージ?
次のステージとか言いながら、退化だと思います僕は。
もう一回みんなで何かを作る社会にしようっていうような動きがひょっとすると生まれるかもしれない。
ほうほうほうほう。
貴族意識が薄れきった日本人というか現代人の多くは貴族意識を生み出すことができないから、
ゲームとか通して、ゲームの通信とかを通して何か繋がりを視覚化してるんじゃないのかなみたいなことを考えることがあって、
だとしたら、やっぱり人間が次のステージに進んだとしたら、やっぱりそれをクリアできるような、
自分の関心の源にアクセスできるようになっていくっていうような感じはしますけど、
だからやっぱり人類の次のステージっていうのは、むしろ外側ではなく内側に何かを求める時代、それが次のステージなんじゃないのかっていうふうに僕は結論付けておきます。
なるほどね。
僕は、今の肉体が持つ以上の能力を肉体に付加する時代っていうのが次のステージ。
例えば脳にチップを埋め込んで、脳から直接インターネットに接続できるようとか、あるいはすごい力が出る腕のアームを取り付けたりとか、
そういう外部デバイスを肉体の中に入れていくっていうような時代っていうところになっていくのかなとかっていうのを思った。
そんな日が来たら何をつけたいかみたいなことを話したいところなんですけれども。
時間もちょっと良きところにはなってきていますので、最後にルーシーを見た上で、
イスランの皆さんに一言言っておきたいことというか、語り残していたこととかあれば最後聞いておきたいんですけどどうですか。
そうですね。今回キリスト教の話から始まって、人類がどういうふうに進化していくかとかっていうような話をしていたんですけども、
まずここで脳の100%使うっていうところをもう一回ちょっと振り返ってほしいんですけど、
今僕が欲しいのは脳を100%使える能力じゃなくて脳を100%休める能力が欲しいです。
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趣味について語る1時間ポケットでの間を、このポッドキャストではメインパーソナリティのハコベラがあらゆる趣味にハマってしまうヌマリビットことスワンプマンを月間にメジャーなスポーツからマイナーな食品に至るまでゆっくり語り続けます。
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