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2025-12-15 55:13

やってみることが大事。一回でも一個でもやっていきませふー

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サマリー

このエピソードでは、仕事作りにおける「やってみること」の重要性が語られています。リスナーは、自分のアイデアを試し続けることの大切さと、成功には経験が必要であることを理解します。このエピソードでは、AIの利用状況や特に創作活動におけるアイデアの重要性について議論されています。リスナーはAIの使用経験をもとに、自分の限界やアイデア出しの難しさを理解し、自己成長の必要性について考えます。このエピソードでは、AIサービスの活用や試すことの重要性が語られています。特に、プロンプトを使ったAIの使い方や、実際にやってみることで得られる経験の価値が強調されています。このエピソードでは、行動を起こすことの重要性に焦点が当てられ、時間を使い、経験を通じて学ぶことの価値について語られます。また、プロジェクトやアイデアを実行することがビジネスにおいてどれだけ重要かが強調されています。やってみることの重要性と、アイデアを実践するための環境作りについても議論されています。

やってみることの意義
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。
このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。よろしくお願いします。
今回のテーマは、いくつかあるんですが、恒例ですね。定期的ってことでもなく、良い例なのかわかりませんが、定期的の方か。
やってみることが大事という、シゴクリおなじみとは思いますが、初めての方向けに行けば、アイデアを出したらそれが上手くいくとか、一発で上手くいく事業プランがあるとか、上手くいく副業みたいなのがあって、
それをやると一発で上手くいくみたいなことはないですよね。それだと道徳じゃないけど説教みたいなアドバイス、地味なもので、わかるんです。
どうすれば上手くいくかを、相手や誰かに聞いちゃいけないんですよ。聞いてもいいんだけど、聞くには自分はどこまでやったり考えたかを言わないと、
リスナーのあなたが聞く場合ですと誰かに話して、どのレベルかわからないわけです。全く何もやったことのない仕事づくりに関して、考えたことがない人だったら、初心者って言ったら失礼かもしれないけど、初めての方ですね。
ということで、一回考えてみましょうか。美容院とか、病院ですよね。病院と美容院がだいぶ違いますか。問診票じゃないけど、何かありません?今どういう状態ですか?何で来られましたか?
美容院だったらどういうのを望んでますか?髪型とかね。それを書くじゃないですか。あれってマニュアルっぽいなって思う人もいるし、好きじゃない人もいると思います。僕はあんまり好きじゃないですけど、でもわかるんで書きますよね。
なんでかというと、相手からしたらわからないわけですよ。あなたが何か、つまり僕が患者というかお客さんだったらわからないと思われてるんで、こういう状態ですよって言わなきゃいけないですよね。っていうのをもってどういうしていこうかって言ったらありですね。
じゃなかったら、相手もこの人はプロなのか初心者なのかわからないっていう。2択じゃないですよね。どんな状況かわからない人に適切なものはできない。それに関してはアドバイスは違いますという。
初心者さんという方も言われてますが、当たり前だなと思ってて、左とか右とか分けるわけじゃないんだけど、目の前に初心者の方がいて、その人のアドバイスと右にプロの人がいて、プロへのアドバイスとは違いますよね。やってみないとわかんないっていうのは、たぶんプロ向けじゃないんですよ。
初心者の方とかこれからの人向けなんですよ。言っててね。僕も明確にしてるんですけど、当たり前なんですよね。やってる人にとっては。やってる人が自己啓発みたいな意味で、再確認する意味で、やらなきゃいけない、やるの大事だよねっていうのはありなんだけど、
アイデアの試行
今のやらなきゃいけないよなっていうのの感覚や振り返りも、聞いた瞬間に全然違うんですよね。やってない人とやってる人が聞くとね。それはご想像できるんじゃないかなと思ったりします。
だから話を戻すと、うまいアイディアとかそういうのじゃなくて、やってみるといいよね、やるの大事だよねっていうのは、やれば、これもさらに長くなっちゃうんですけど、やればうまくいくわけじゃないですよ、絶対ね。
その特性とか性質を踏まえた上で、やらなきゃいけないってことです。つまり、輪投げとかでいいですか?輪投げぐらいだったらご想像つきます?輪投げっていうですね、屋台とかにある遊びゲームですか。輪を持って、輪っかを持って、1メーター2メーター先のところの対象物。
なんか尖ったものとかね、引っかかりやすくないギリギリのものがあるかもしれませんが、その対象のところに輪をうまく配置するというか、投げると。それがダーツでもいいですけど、それって狙ったところに飛びます?って話なんですよ。結構難しくないですか?
だから多分その調整という意味では、やったことないと一発でこの力加減をやらなきゃいけないんで、そこなんでしょうね。慣れてたらうまくいくかもしれないですね。でも慣れてる人でも100発100中は無理ですよね。
それこそ踏み込みの角度とか、投げる腕の高さとか、移動の位置とか。疲れてたら腕が痛かったりとか、利き手が使えるかどうかとかもありますし。
あと、ないかもしれないけど、風とか空気があったりとか。あと輪っかですよね。輪投げの輪っか自体が大きかったり小さかったり重かったりすると、この重さだとどのくらい投げたらいいかわかんないなとか。
なんで輪投げの話をしているかというと、仕事作りでもいいし、仕事作りにおいて言えば、一回やってうまくいくってないですから、何度も何度もやりましょうという話になります。
だから一回うまくいかないからというのと、何度も何度もやれるのもまた違うんだろうなと思ったりします。だから一発で魔法のアイディアみたいなのがあってって思ってなくても、
あわよくばみたいなのを思っている人が多いのかもしれないですね。それはあってもいいんですよ、そういう期待が。これもしかしたらすごい儲かるかもしれない。それ嫌いじゃないですよ、そういう考えが。だけどなんないんですよね。
っていうことを知っているか、言われただけじゃなくてやってみて、ウェブサービスでアプリとか開発された方いらっしゃるんじゃないでしょうか。実践者の人だったらね。でもそんなうまくいかないんですよ。
一発でね、二発三発やって、ようやくとかね、四発五発とか、十発ぐらいやってやっとなんか見えたとか、それはもう人によるんです。その流度が違いますからね。やるね。そのやる流度が人ごとに違うからこそ、
人のやり方とかは別に参考にはしてもいいんだけど、自分に落とし込まなきゃいけないですよね。僕が一回二回三回やるって言っている一回の流度どないやねんとかね。リスナーのあなたご自身の感覚と体感といっていくと。
例えば僕が罠投げなんて簡単ですよね。投げて入れるだけじゃないですか。入れれますよみたいな。言ってたらちょっと怪しいじゃないですか。その一回の思考がね。この人罠投げのプロなんじゃないみたいな。そうそうそういうふうに批判的というかずれというかを見ていかなきゃいけないですよね。
取り組みの比較
自分に生かすならばね。生かさずにただそのエピソードというかその消費としてね。物語としてそれこそ異世界創作、ハリポッター。ハリポッター前出なかったんでハリポッターで言っておきますけど。
読んでないんでわかってないですけど、ハリポッターみたいなものがほら25周年なんかわかりませんが見かけましたけど、そういう物語として消費しているのであれば自分とは関係ないじゃないですか。
人によってはその物語小説からも学んで気づいてこういうのあったらいいよなっていう。あれなんだっけ。吉本バナナかな。海のフタかな。これある方にお勧めされたんですが良かったんで。
主語繰りとか仕事作りしたい人はぜひ読んでみてください。柿氷屋さんをやるって話ですけど、確かそういう世界観いいですよね。作品で出てる世界観、版画ですかね。あれは文庫版カラーだったかな。
僕から小説はお勧めするなんて珍しいと思いますが。海のフタと。調べてみてください。気になれば。
やってみるのが大事ということで、最近の気づきも踏まえて少しだけ補足的にお話しできればいいかなと思います。大事だなと思った方は作業と仕事をやってみてください。
まだ聞いて聞くよっていう方はぜひ続けてね。弁当の終わってその後にちょっとだけ残ってるみたいな感じの要因で話しできればいいかなと思いますが、今回もよろしくお願いいたします。
はい、主語繰りラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。今回テーマはですね、やってみることが大事というわけで前段というかですね冒頭でちょいちょい話しました。
簡単に言えば上手い話じゃないよということで、上手い話があったところでやってみて上手くいかないわけですね。そんな上手い話は騙される話だったりするわけで、じゅっちゅうに落ちてると言ってもいいでしょう。
まあそれを置いておきましょう。一方でじゃあ何すればいいのかって言ったら自分が面白いとか人がやったらいいんじゃないかみたいなことでもいいですし、とりあえずなんかやってみることなんですよね。
すっげーふわっとしてますけど、そんなもんだと思います。
すごいこれでなんか稼いでるぜみたいなのがまだまだ全然増えてないんですけど、一方で違和感発想というのはちょっと頭というか軸としてずっとやっているところです。
まだ40人ぐらいかわかりませんが話を聞きながら体感してもらってとかいうのがある中、別にそれだけでやらないとダメだとかいうことはないので、僕の検証していくことっていうのはもっともっとやってもいいしやっててもいいかなと思ってます。
自分が飽きないとか、これやって何なのっていう、なんていうんだろうな、人から言われてもいいですよ別にね。
いいんですけど、自分が思ってこれ意味ないなとか思ってたらまあ良くないなと思うんで。
それはよくあります。人がなんかこれ意味ないよねと思ってたりするんだろうけど、いやこれ価値があるんですよっていうのは割と好きなんですよそのギャップ。
それ別に見返してやるとか、世の中や社会が恨みとかね、そういうのじゃないですか。
そのあたりをちょっと勘違いしてほしくない。ただ、昔何度もこすってますけど、面白いことは儲からないよねって言われたことはすごく心外なんで、そこはちょっと何くそとは思いますね。
それは違うんですよ。違うんだなと思うのは、その人がそういう世界で生きてて、例えば今飴がありますが、飴で飴っていう飴玉商品を作って儲けることはできないみたいなこととか思ってる人がいるとするじゃないですか。
レースラーの中ではどうですか、飴とかね。でも飴で事業を成り立たせることもできるわけじゃないですか。
だから飴を侮るなというか、要は自分が知らないことに対して、知らないです、勉強不足です、そういうのもあるんですねっていうふうに言っておけばいいってことじゃないんですよ。
でもその態度が全部に出るんですよね。結局ね。それがいきなり変わると思いますね、普段話してて。いきなりワールドが切り替わるみたいなのはないと思ってるんで、それが出ちゃうんですよね。
そこが面白いというか、なんか不思議なところですが、そういう人に限ってやっぱり気づいてないわけですね。自分は狭い世界だなとか思わないし、別にあれはありますよね、価値観として別にお仕事とかやることに対して面白さ求めてないんです、お金もらえればいいんですみたいな。
そういう方もいらっしゃるじゃないですか。その人に何か言っても説教じゃないですか。仕事作るんだよって言って、仕事別に作りたくないっす、もらってやれればいいですみたいな。
方は聞いてないと思います。もう今聞いてたら多分もう、再生やめて、変なの聞いちゃったとか言ってなるだけなんで、別にいいんです、全然大丈夫です。
面白いことは儲からないよねとか言う人にはさすがにどうなんだろうと思いますが、なかなかそうやって言ってくる人も少ないと思いますが、話としてはそうやって自分でやってみることっていうのが大事ですよね。
その冒頭でお話した通りでその流動がね、最後の方では流動ということで、自分がやってる取り組みと、取り組みって言葉がいいと思います。プロジェクトでもいいですね、活動でもいいですが、じゃあ僕がやってる取り組み、活動があったときに、それを比較することが難しいわけですよ。
もし、もしですよ、ないと思いますけど、リスナーのあなたが発想法みたいなのを考えたり編み出したりしてて、それをどう広げていこうかって言ったら、奇遇ですけど、僕と同じようなことをやろうとしてますよね。
だけどやり方も違うし、視点も違うし、どう形にしていくかとか、どういうふうに深めていくかとか、もしくは深めないっていうんですか、どこまでのものまででいいと思うのかっていうね。
例えば、IT系でSaaSビジネスとかやってた人は、これはもうサブスクだみたいなふうにする人もいれば、AIがすごく興味があればAIにすれなきゃいけないとかね、あるかもしれません。僕はそこまでないんですよね。
むしろバーとかフィードバックみたいなことをすごく価値だなと思ってるんで、そっちになるか、あとアイディアっていうものにやっぱりこだわりがあった。アイディアを出すところまでのこだわりって多分、この間友人とも話してたんですけど、そこまで世の中にはないだろうなっていうね。
アイデアの価値と創作活動
そうなんですよ。だから僕はこだわってるだろうなっていうのは、理解しているつもりではあるんです。だから同じものを求めて得られますよみたいなことは別に言わないし、思ってないですよ本当に。
っていうのが出るんじゃないかなと思うんで、別に思ってなくても思ってなくても変わらんかなと思います。どう思ってますかって言われたら思ってないです。つまり、アイディアっていいよねっていうのはある程度共有できるかもしれないけど、
じゃあそのアイディアっていいよねっていうのは、例えば創作活動をしている人にとってはアイディア大事じゃないですかみたいな。でもその人にとってはアイディアって大事だけど、それを創作活動の中に入れ込んで、そのキャラクターが動き始めたりとか、そういうプロットを書いたりとか、そういうのがなかったらあまり意味ないですよねっていうのはと思うんですよ。
それはものすごくわかります。僕も別にそこまで形にこだわってきたっていうことがなかったりするんで、だから今こそその違和感発想法とか発想法っていうのを形にしていった時に何が起きるかを実験しているという感じですし、それを見ていかなきゃいけないわけですよね。
それがうまくいく、うまくいかないっていうのもずっと見ていって、うまくいかないなら変えていくっていう、そういう感じでやってますね。
何だっけ。あ、そうです。
例えば最近っていうところで、そのヒアリングってことでいくと、違和感発想法の話は何度もしてるんで、一旦置いておいて、別の課題をやってたりしますと。
それはAIの、皆さんAIをリスナーのあなたご自身がですが、AI使ってますかと。使っている人がさすがに多い時代ですと。ある調査では3割しか使ってないってあるんですけど、年代じゃないかなと思います。
若い人、10代20代はもう8割9割使っているんじゃないかな。大学の冒頭だとか、就職エンドレシートとか、様々なことで使っているんじゃないかと思います。
使っちゃダメっていう大学とかもあるかもしれませんが、多くの大学で結構使っているんじゃないかなと勝手に思ってますし、なんかデータも結構あった気がします。
多くは使ってないかな、大学で。20代もそうだけど、30代40代になってくるとちょっと減ったりして、使っている人は使っているかなみたいな。
シニアになるとなかなかない。あと使っているのも何で使うかって言ったら、ほとんど多分ですがAI検索ってことが多いと。つまりGoogle検索に変わっていくと。
ゼロクリック問題はあるけど置いておきましょう。あとはレポートを作るとか、社会人になったら資料を作るとか、メール書くとか、そういうテキスト系のやつとか。
あと画像になっていくとどんどん減っていくと思いますから、画像を作るとか、動画だともっと減ると思います。よりリッチなものになっていくと減っていくような気がします。
なぜなら、創作画像とかもしくはコンテンツとして作らないがあるっていうことが出てくるからですね。
例えばライターの人だったら使っているんじゃないですか。ただそのネタとかを持ってくることをやらないとできないよねっていうのと、
あと自分に気になるのは自分の書く力っていうのが劣らないかっていう程度に自分で構成したりとかやらないといけないから、そこは大変ですよね。
もっと大変だなと思うのは、別に僕も全然楽してるってわけじゃないですが、余裕でも全然ないんですけど、
AIを使うことによってクライアント側の方に入ることで、要はそれ別にライターの人いらないんじゃないかって言われているAIによって仕事が奪われるっていうのは普通に起きていることだと思いますし、
奪われたっていうよりも雇用ではないから業務委託だったら蹴られる、もしくは編集部自体の人員が減るとかね。
もっと知覚変動みたいな一気に変わっているっていう感じは僕は受けてますけど、
思考と経験の重要性
それはやっている仕事と受けているものとAIの普段のものと状況によっては全然違っているんで、同じようにAIがどんどん生えてきているって言うけど、
何かイメージしているものが全然違っているんだろうなっていうのは想像しながら聞くと面白いかもしれないですね。
それでも話を戻すと、ヒアリングというかいろんな人に聞いてて、何人だろう6人くらい聞いたんですけど、
要はAIを使って課題って何があります?って、例えばアイデア出しだったらアイデアって出ます?みたいなことを聞いたんですけど、
これは1回ぐらいは話した気がします。2回、3回は話したいと思いますけど、ざっくり結論だけ言えば、
やっぱりAIを普段使っている人が向けなんですけど、使ってますと。一方で、より高めたりより突っ込んだものになっていくと、
やっぱりAIのアウトプットというのは期待できないですよね。もしくは期待しているんだけど出せないですよねっていう。
つまり、これは友人も言ってたんですけど、AIは人の自分の鏡ってことになると。リフレックですよね。跳ね返ってくるわけですね。
ゆえにそのAIが使えないっていう人は、AIを使えてないっていう自分がいるわけなんで、自分が使えてないっていうことを認めているっていうだけなんですよね。
これを二重の意味で正しいですよね。自分の出せる力がないっていうのと、それをゆえに使えないっていうのは正しい。結論的には正しい。
だからそうじゃなくて、今は現状は使えてない、もしくはできていないアイディアが出てこないとか、このヒントが欲しいってことが出てこないし、
この知識や知見が欲しいっていうことをプロンプトってことでAIに入力して出してもらうわけですね。
AIっていうのはちゃんとGPとかの生成AIのことを指してるんですけど、ここでは。それで出てこないんですよ。
出てこない場合どうするかって言ったら、改善はあるんだけですし、やらなきゃいけないんだけど、やっても出ないわけですね。
ここに認識の問題というのがあるんですけど、ヒアリングした人もちょっと言い方が悪いんですけど、バカとかね。
バカではないというか、ちょっと言い方が悪いですけど、それを使って何が問題かを、問題を指摘できる方々なんですよ。
だから使ってるんですよ、普段。で、ここは僕の仮説なんですが、AIを使ってたら、ある程度使ったらこれができそうだとかできなそうなのを感度これがわかってくるわけですよ。
レポートだったらある程度はできるだろうけど、爪は自分でやらなきゃいけないなとかは多分わかるんですよ。
やってたらね。そこはその人の力を信じているところです。わかんない人もしかしたらいるかもしれないですけどね。
で、じゃあわかっているというところで、そのAIの問題とかできない限界がわかっていて、人の方がやらなきゃいけないなというところがわかっている状況で、じゃあどこまでやるかじゃないですか。
なっていった時に、自分ではふわっとしたヒアリングの意図というか、やろうとしたのは、自分でAIを使っていてはわかんないけど、僕とか人が開在することで違うアドバイスや価値が生まれるんじゃないかなということを期待したわけです。
つまり独学やセルフでは気づけないが、誰かその指導者やメンター、もしくは先生というか教える人とか客観している人がいたら、それはAIとは違うわけなんで。
それはAIに振って何が悪いと思いますかと言っても、多分ループしているだけでよくわかんないってなると思うので、人がどうということを言うことが大事なんじゃないかと思いました。
それは実は、価値はそこそこあるんじゃないかなということはわかりました。だからそれはAIをある程度使っている人限定になると。
もっと言えば、AIでこう使っているんだけどどう思うというような、AIを使った話をしたいという感じですね。
ここで大事なのはプロンプトのテクニックとかそういうことじゃなくて、そういうのも結果的に含まれるんでしょうけど、違くてどういうふうな意図で使ってどういうものを出そうとして、
それがうまくいかなかった、もしくはそれは方向性としてはどうなんだということですね。
つまりそれがある程度出るでしょって思ってやっているのか、出ないでしょって思ってやっているのかでだいぶ違ってくると思います。
これで出ないと思っているからだめとか、出ると思っているからだめというよりも、それを試して検証してどうなのかということを繰り返さないと、
ある程度AIの使い方って高まらない、深まらないようなみたいなことがあったりします。
だから価値としてそのヒアリング自体はもう一旦終える感じにしたんですけど、
AI自体を高めて、AIの使い方を高めるっていうのはある種ありなんだけど、限界があるだろうなっていう。
ここでも何度も黒いこと言っているんですけど、AIで簡単になったり楽できる部分ができたから、
その部分何使うんですかっていうディテールというか細かいところとかを詰めていってうまくやるようにできるよねっていうように、
違う作業や違う仕事や違うアドバイスに力を使えるなら使っていくってことで、
自分を高めていく、成長させていくとか学んでいくってことがない限り、あんまり意味ないですよねっていうのは僕の中でですよ。
やっぱりそういう結論になりましたし、それ以上はないなという感じがしました。
僕がサービスというか使い方を教えるじゃないけど、使い方改善を目指すっていうようなことをサービスでやったときに、
例えば僕が全然知らないジャンルのことを言われたとしても分からないんで、こういうふうな例で違うやり方はできますよねっていうふうに言ったり、
それはこういうことでもうちょっと視点を開けないですかとか、視点の問題なんですよ。
どういう方向性で見ててやってるかっていうのを自分で認識してできるならば僕は全然いらないわけです。
でもみんなさん認識できてるわけじゃないんですよね。
よくはないんですけど、あんまりいいものがないんだけど、
飴玉があるんですけど、飴ってどういうふうに飴を作るかって切っていってるというふうにしたら、
大きな長いものを切っていって後で丸めてるっていうふうに考えたら、
その大きなものをイメージして小さく分割されたものを飴として見ているのか、
飴という飴玉みたいなものがあるから、それがそのままあると思って見ているのがだいぶ違いません。
で、その小さな飴玉が最初からあると思っている人は、
大きな棒みたいなものとか、どうやって作るかわかんないですよ。
水飴じゃないけど、混ぜて作るみたいなところを想定できてないわけです。
それで抽象具体の話になってきて、作り方とかどういうふうにそれが生まれるかみたいなことを考えて知ってたりとかね、知識としてね。
構造や仕組みや設計みたいな話になってくるんで、じゃあもともとの仕組みのところが理解できてないなら理解していこうとかね。
飴玉工場見学行けとかそういうことじゃないんですけど、その視点がなければ理解が得られなかったりすると。
知識の断片の部分だけ知ってて、卵、ゆで卵みたいな作り方で卵をゆでるんだけど、
じゃあいつ止めるのみたいなね、火をね。火は結構早めに止めていいんですけど、ずっとやってなくてもいいんですけど、
そういうのもやってないとわかんないですね、料理とかね。
だからものすごく言えるんですけど、そのやっていることとか知っていることっていうのが、
と、そのAIが出してくるその本当に上っ面の表層的な、ただずらずらと知識だけで出てくるのは意味ないですよね。
AIが出せているけど、それ思考してるのかって言ったときに結構怪しいみたいな。
人間の思考との違いという意味では、その体験や経験や、特に感情ですよね。
嬉しい悲しいとか喜怒哀楽ってものじゃないから。
飴が好きな人は飴をもらったら嬉しいけど、AIは飴玉もらえないし、
AIに飴玉を出したところで飴玉もらえるの嬉しいんですよっていうのは、
人間の文章とか動画とかわかんないですけど、
人間が飴をもらうシーンみたいなところから推測してるだけっていうだけなんで、
そこからは新しいものが生まれづらいですよね。
飴の事故とかもあるわけですよね。強引にしちゃってね。幼児、乳児がね。
飴からいろんなことをもしかしたらAIは全方位的に出せるんだけど、
AIサービスの活用
その全方位がものすごく閉じてたり、ものすごく偏ってたら意味ないというか、
あんまり使いづらいわけですよ。
だからそれはAI自体の学習バイアスみたいなやつで偏見と言われてて、
白人側とか、黒人の情報がないとか、要は女性が仕事をしていないことになっているみたいなこととか、
普通に出てくるんですよ。
だってそういうものだったり、そういう社会化になってるじゃんっていう風に、
現実の現れでもあるわけですよね。
世界をそういう風にAIを作らせたのかは置いといて、
学習させたらそうなっちゃうっていうのはあるんでしょうね。
そこがAIの限界というか、面白さではあると思います。
それがすなわちダメとは言ってなくて、そこからではどうしていくの、
課題があるからどうしていくのということにはなっているかなと思います。
すみません、ちょっとAIのそういう話になりましたけど、
今回はテーマを戻すと、やってみるとわからないという話ですよね。
やってみるというのは、AIサービスを作るというのもいいんですけど、
僕の中ではAIサービスというのは、その添削ですね。
AIの使い方の添削しますみたいなことを、アドバイスしますみたいなことですけど、
それはもういいし、ヒアリングということで今言いましたけど、
そういうのをテーマを持って、解説を持って聞いてみたらどうですかということで聞いたわけです。
聞いてみると、そういうやりとりで価値を感じてもらえる人がいるということも良かったんだけど、
一方でAIの使い方に関しては、使い方でどう高められるかというと結構厳しいだろうなというのも感じたわけです。
これ多分そんなもんじゃないかなと思います。
アイデア出しというふうに常識してますけど、
別に創作からビジネスもあったかな、そういうテーマいろいろやっていったんで、
別に世の中はそんなもんかなと一旦仮説として見てますけど、
そうじゃない全然違う使い方をAIを教える人もいると思いますけど、
一旦そのAIでよくあるじゃないですか、プロンプトをこう書けばいいとかありますけど、
それはそれでいい部分もあるんですよ。
だけどプロンプトを改良したからというのは、改良したプロンプトを入れて出てくるからいいわけじゃなくて、
プログラミングの例、サンプルコードと一緒で、今回はこういう風に作りましたっていうのを丸々コピーしてやればプログラムって動くんですよ。
初心者の人だとそれで動かすのも大変ですけど、動かせるわけですよ。
動かせるんだけど、コピペして動いたからできたっていうかというと、
何とも言えない気持ち悪さが多分出るはずなんですよ。
そこに気持ち悪さ感じなかったらどうなんだろうって僕は思うんですけど、
どういうことかというと、コピペして作ったからそれは自分が作ったとは言えないはずなんですよね。
コピペしたっていうのがある。
作ったっていうのは記事を書いたり本を書いたプログラミングした人のものを学べたよねっていう。
だからそれが悪いわけじゃないですけど、学ぶためにね。
自分でそれを作ったと言えるからには、例えばですよ。
例えばAIであったら企画書を作るっていうのがあったら、
それを自分が作りたい企画書に変えていく。
つまりプロンプトの方をいじる。
で、これが出てきたよねっていうのはアリだと思います。
で、出てきたら満足じゃなくて出てきたものをそれを実際にそのまま使わないんだけど修正して使っていくんであれば、
その人が考えたプロンプトだったり、さっき言ったプログラミングだったらそのサンプルコードを修正したり、
もしくはサンプルコードなしでこれは一部組み合わせればこういうことができるよなっていう他の組み合わせたりしてね。
ツギハギをするってことじゃなくて、自分でそれ考えて打ち込んで修正して作っていくってことが
まさに自分で作ったということになるかなと思います。
まさにコードを理解している。
プロンプトの指示側によってどういうアウトプットが出てくるかを想定したり、
想定していなかったものも含めて自分で使える。
試すことの重要性
さっきの企画書だったら企画書というものに持っていくってことがまさにプロンプト、
プロンプトというよりもAIを使っていると言えるんじゃないかなと思います。
だからサンプルコードとかサンプルプロンプトっていうのを指定しているんじゃなくて、
それはきっかけに過ぎないんですよね。だから逆ですよね。
逆というのはプロンプト集とかからコピーして使うんじゃなくて、
それはあんまり脳が動いていないかなと思います。
脳を動かして考えていくっていうのは、自分でそれを生み出して
こういうプロンプト集がありますよねっていうのに示せるかかなと思います。
多分そうだと思います。
で、示してなくても多くの人でAIを使っているという人は、
こうやってやっていったらできるかなってことを試して、
自分なりに確認して、じゃあ画像でこういうふうに作りたいときはこうだよね
っていうふうにAIについて知見を高めているような気がします。
テキストでも全然いいと思いますけど。
例えば感情的なこととかですよね。
例えば1回は言ったと思うんですけど、
AIにJPGでもクロードでもパブリックシティでもいいですけど、
今日面白かったことを教えてくださいって言っても、
多分わかんないですよ。
だって肉体もないし身体もないから、
ジェミニー自体は人間の求められたことをやるってことだから、
今日っていうのがいつからいつまでで、
面白いことっていうのは何かっていう定義ができないから、
それは定義しなきゃ出てこないんですよ。
プログラミングで言えば変数とか関数とかいうのを勝手に名前つけても、
それを定義されていなかったり、
コードが書かれていなければそれはよくわかりませんってことで、
文法エラーとか定義されていませんっていうような記述が出て、
定義エラーみたいなのが出て動かないわけなんですけど、
そういうのと一緒だと僕は思っています。
こういう見立ても一つ学びかなと思いますけど、
何かそこで教えてあげないとできないわけです。
っていうのも言われてそうなんだって思う人もいれば、
実際に気になってやってみる方もいたりして、
それで自分がやれる範囲で本当そうなのかなと思って、
今日面白いこと何?ってエラーに言わせて、
やることが意味あるんじゃなくて、
自分が気になったことを調べてみて、
それで自分の知見というか感覚に落とし込んで、
確かに感情って出ないようだっていうのは、
本当にそれで理解しているのであれば、
とっさに出てきたり、
そういう経験を元に生かせられるんじゃないかなと思うわけですね。
シンギュラリティとか言われてますが、
要は人工知能がAIが人間を超えるみたいなことで理解してますけど、
感情とかっていう面ではかなり怪しいわけで、
自分が作っているという感覚も多分、
AIが持つことはなかなか難しいんじゃないかなと思いますよね。
すごく今人間の話をしてて、
さっき言いましたよね、
プロンプトなりプログラミングなり、
サンプルのコードをコイペしてやったことが、
多分人間が学んだことにならないかなっていう話。
もちろんそれはわからないことをごくごく一部やって、
それでこうやってやっていけばいいかなとかはあると思うんですけど、
それは全然。
だけどそれは全体、
大概というか80%、9割がそれでできているわけじゃないわけですね。
だと思うんですよ。
だからとても曖昧。
シナプス回路かニューロンか分かりませんが、
一部が入れ替わったりして、
アップデートして、
このコードを作ればプログラミングできるよとか、
プロンプト入れて作れるよみたいな感覚っていうのが、
人によって全然違うんだと思うんですよ。
だからっていうのをAIが決まって、
自分は学んでますとか、
そういうことってなかなか言いづらいんだろうなっていう。
研究が進んできても結構難しいよなっていうね。
FMRIっていう脳の、
前頭脳じゃないけど、
どこが活性化してるかっていうのは、
かなり分かるようになってきてる話あるんですけど、
活性化するから何?って言ったら、
結局神経細胞というか、
神経物質というか、
超高速に行って刺激してるぐらいの話で、
なんで刺激されるんだっていうのは、
そういうものだからっていう話になっちゃうわけですよね。
だいぶ話が飛びましたけど、
やりましょうっていうことですね。
自分でプロンプトもしっかり、
自分の考えた仮説とかもしっかり。
試すとかヒアリングもそうだけど、
これは友人とも話してて思ったのが、
個人みたいなものが大事なんでしょうね。
もしくは捨ててもいいんですけど、
仮説持って何か試します、
ダメだっていうのが1回のサイクルとするじゃないですか。
ダメというかあんまりうまくいかないなって思った。
で、そのうまくいかないのはいいんです。
だけど、ここでさっきの話も繰り返しになるんですけど、
やったことで、
ご自身がね、リスナーのあなたがやったら、
やったのはあなただけしかないんです。
あなたが得た経験はあなたしかなくて、体験も。
思ってあなたがやることが大事なんですよね。
これはね、ものすごく声を大にして、
声をね、そんな大きくしゃべってないですけど、
声を大にして言いたいなと。
熱量の高いユーザー
小さくする必要はないかなと思います。
それを過小評価しない方がいいと思います。
自分で評価って、
まあまあまあ、いいか悪いかとかぐらいはいいんですけど、
ちょっと分かんなくて、それって本当に分かんなくて、
人によってはそれがハマるとか当たるということで、
ぜひやってほしいっていうのもあるわけですよね。
人によっては、なんか全然いらんわみたいな。
これは何度もね、
僕が実際に聞いててやってるからいいんですけど、
違和感発想もツール、
これは別に怒ってとかすごいじゃなくて、
そうだろうなって思うのが、
違和感発想っていう発想法も別にアイディア、
そんな求めてないから言いませんとか、
ちょっと面白いとは思うけど、
ツールは無料かなとか、
要はお金は払えませんという人は確実にいるわけですよ。
それはそうだと思うんですよ。
その興味の話で。
ゲーム、別に興味ない人にゲームの話したら
ゲームやりませんかって言われても、
ゲームちょっとって言われて終わるじゃないですか。
そんな話で。
一方で、本当それだけだったら終わるんですけど、
僕の試そうとする仮説世界は終わるんですけど、
そうじゃなくて、これは面白かったです。
これぐらい払ってもいいと思いますとか、
もちろんそれを実際払ってくれたってわけじゃないから、
時間とアンケートっていう部分の期待値が入っている。
社交事例とかも入っているから、
それもさっぴいていくべきでしょうけど、
あとは何かって言ったらコンバージョンですよね。
つまりトラクションとか言われますが、
一人目のユーザーとか、
実際にお金を払ってやってくれるとか、
時間を自分から、
僕がやりませんかって言っているんじゃなくて、
自らエントリーしていただいてやるっていう人は、
ものすごく熱量が高いと思うので、
ユーザーの発掘と時間の使い方
そのユーザーをまだ発掘できていない、
開拓できていないなっていうのがありますから、
そこを見つけられるかっていうところはあるかなと思います。
見つけられないかっていうと、
別に運とかももちろんあると思いますけど、
運とかじゃなくて、
どういう人がいいんだろうかを考え、
適切にパスする。
もしくは提供していって声を聞くと。
本当その繰り返しです。
そうやって聞くとめっちゃくちゃ地味じゃないですか。
あと僕は泥臭いとは思いますけど、
泥臭く感じないですかねっていうところで、
それがまさに主語繰りだと僕は思ってますし、
その先に明るいのか、
暗い未来は別に描いてないですけど、
発想法、研修とか何でもいいんですけど、
がお金に変わっていくっていうのは、
いきなりお金に変わらないですよ。
まだね。
落ち着いていただいて、
その先はまずその価値として感じていただくってことが
まず段階があります。
要は時間を使うのか、時間を使っていただくのか。
時間は貴重じゃないですか。
時間がめちゃくちゃ余ってて、
暇つぶしにやりますっていう人だったらダメだけど、
時間は他にもあるんだけど、
使わなきゃいけないんだけど、
ちょっとやってみたいってことで費やしてくれる。
だからユーザー情報ですね。
メールアドレスとか、
わざわざ個人情報みたいなの出さないじゃないですか。
連絡してほしいとかないですよね。
という意味でメールアドレスで登録するっていうのも、
価値の検証とビジネスの成り立ち
ひとつの未然にレベルっていうのは高くなっていくと思います。
あとはお金をもちろん出すっていうのもそうだし、
イベントをやるから来てくださいとか、
そういうまさに時間を使うものか、
お金に近い個人情報を出してくれるとかっていうのが、
まさに価値があるような状態だと思います。
それをどれぐらいできるかっていう風になっていって、
その上で後は、
この辺からどんどん話としては面白くなくなってくるんですけど、
どれぐらいの人がお金を払ってくれるか、
もしくはどれぐらいの価格だったらやってくれるかを詰めていって、
後は事業ビジネスとしてどの程度成り立つのかってことですね。
例えば僕が講師としてやるんだったら、
大変だけど、
誰か他の人に講師にしたり、いろんな仕組みですよね。
集客の方は他の人にやってもらってコンテンツだけ出すとか、
でもそれも集客する側とか、
組むパートナーにメリットがなければ絶対動かないので、
そこは企画的な話と一緒で、
やる人のメリットがなければ動かないですよね。
メリットっていうのは、金銭的な話ももちろんありますが、
それだけじゃないと。
あとお客さんっていうのは、
実際に受講する人も、それによって違和感発想を受けたらどうなるんだと。
ビジネス長じゃないけど怪しいね、
言ったら人生変わりますとかめちゃくちゃ怪しいじゃないですか。
そういうのはもちろん僕は言いたくないので言わないですけど、
どういう効果がありそうだっていうのを地味に検証しないといけなくて、
調子悪くなったっていうのもあると思うんですけど、
大体世の中で物事って、
一旦最初入れ込んだらわからなくなるっていうのが適切だと思ってて、
何がわかったかわからなくなったよっていうのがあって、
初めて次に進めるような気がするんで、
調子が悪くなったっていうのも割といいんじゃないかなと思ってますけどね。
ネガティブな話に行くかもしれませんが、
それぐらい世界が変わったってことになりますから。
ということを検証すると見えますよね。
そしてすごく地味ですよねっていう話なんですよね。
僕のこれは仮説というか見方ですけど、
派手に綺麗にうまくとかやろうとする人が多分できないんじゃないかなと思ってます。
だから愚直でよくて地味でよくて泥臭くていいんですよ。
ちょっとずつでいいんですよね。
一回一回を毎回意識しようとしてもできないぐらいだから、
それを何度も何度もやっていってうまくやろうっていうね。
ゲームの攻略とかと一緒だと思いますし、
テニスだりギターだりピアノでもいいし、パソコンプログラミングでもいいし、
そういう熟達していくっていうかどんどんうまくなっていくものと、
僕は主誤繰りも同じだと思ってます。
ビジネスとかも同じだと思います。
例えば20代前半ぐらいの人で新卒で会社入って今何ヶ月?
8ヶ月ぐらいの人がもしかして聞いてるかもしれないけど、
最初の入社1ヶ月2ヶ月目と今だいぶ立ち回り違うじゃないですか。
人ってやっぱり学んで変われるんですよ。
と同様に僕は主誤繰り自体もやっていくとうまくなるってことを思ってるし、
自分もそう思ってやってますから、
そういうのってなんていうんだろうな。
知らないですよ。実際うまくなったかわかんないけど、
変わったなって思うんですよね。ある時に。
やっててね。やってて、あれこれなんか前と同じパターンだな。
だから違うやり方しようとか、もしくはこのパターンだったら
割とうまくいくよねみたいな。
そういうのが見えてくるわけです。
それがまさに学習だし気づきだし、
たぶんビジネス力が上がったっていうすっげーふわっとした言い方をすると
なるんじゃないですか。
だけどビジネス力を上げようとか、新規事業だとか仕事を作ろうみたいな力を
上げようと言われても全然ピンとこないわけですよ。
知らない人とからしたらね。
でもそれっていろいろあっていいと思うんですよ。
絵を描く力って何?みたいな話と一緒で
観察すると、それを真似たりちゃんと撮るとか、
あと設計するですよね。
それこそ工程というかどれくらい時間かかるかわかるとか、
自分の苦手なものがわかったり撮ったりするとか、
デザインだったら、構成ということで、
どういう風に撮るといい印象を与えられるかとか、
めちゃくちゃ絵を描く力でも、リサーチの力もあると思いますけど、
いろいろあるわけですよ。
レーダーチャートみたいな感じで10個くらいあって。
それは仕事を作るのもそうだろうなと思ったりします。
僕は多分仮説考えてアイデアってなったときに、
それを形にしていく過程がものすごく好き。
なんでこうやって言語化しているんですけどね。
伝わっているかわかりませんが、しゃべっているところです。
だからこれがどんどん流度が高くなり、
そこまでわかるんだというか、しゃべっていけるんだみたいなところに
どんどんアップデートされていっているはず、もしくはされているはずですね。
たぶんね、ずっと言っていたらさすがに、
雑な例をいくと、
ビジネスになったならなかったとかね。あるじゃないですか。
それは雑すぎませんか。
なったならなかっただと、全然あ、なったやつからって言うけど、
実はそれにならなかったやつから学べませんかとか、
なったやつから学べたくないですかとかね。
わかりませんということ。
成功事例って学べると思いきや、
実はそれはきれいにパッケージ化されていて、
それこそうまくいかなかったとか言っているけど、
そのうまくいかなかったポイントって全然学べなくて、
物語と商品みたいなね、成功事例と一緒に商品になっていないですか。
ビジネスショーとかもありそうですよね。
か、それを本当に思っていなくて、本当に思っていても、
いわゆる生存者バイアスってやつで、成功者バイアスか。
うまくいった人の話にまとめられちゃっているから、
その局面でそれ出せなくない?っていうのがあった瞬間に、
シャメって読んじゃうってあるじゃないですか。
面白いプロジェクトの実行
それもあるから、
あの、何て言うのかな。
学ぶものとか試すものっていうのが全然違ってくるっていうのはあるんじゃないですかね。
めちゃくちゃあると思うんですよ。
だから改造堂っていうのは一つ目安になりますよね。
ビジネスができるとは一体何なのかと。
できないとは何なのかと。
基本的にできないことを一個一個課題を潰していけば、
理屈ではできるようになるわけですよ。
ギターだったら、弦ですよね。
抑えるのがうまくいかないとか、スムーズにいかないのが練習していったら、
指にタコできるかもしれませんが、できたりすると。
で、できなかったらやるしかないと。
精神論に若干なりますけど、
そこでやれたらできるかもしれない。
だけど、それは何度も何度も練習してやっとできるのと一緒で、
いきなりビジネスっていうのはこうやってやります、こうやってやればいいんですよ、
課題を持ってヒアリングしていい風に見つけたら、
ぶつかるまで頑張ればいいんですよ、みたいな。
っていうことになるんですけど、
信じられます?って話なんですよね。
だから分かんないじゃないですかね。
だからちょっとずつやるしかないと思います。
だけど、やらないっていう選択肢はなくて、
もちろん全部思いついたことを片っ端からやるってことは言ってないんですけど、
これいいんじゃないかなと思ったら、
しらべるなり聞くなり、誰かに話してみるなり、
検証するってことを、癖をつけるってことがいいんじゃないか、
それからやってみるってことになるかなと思います。
それをやって、能力値が減るとか、
時間の無駄遣いになったとか、
悪いことないんじゃないかなと思いますね。
すごい鍛えられるんじゃないかと思いますね。
会社員とか立場が起業しなくてもいいというか、
そういう状況でもね。
会社員の場合は問題があって、
それをやらなきゃいけないなっていうのはなりづらいというかね。
スマホをいじって休憩した方がいいみたいな。
それは極論ですけど、そうじゃない人もいますけど、
資格の勉強をしようと思っても別にまあいっかみたいな。
それってめちゃくちゃあるじゃないですか。
そんなの毎日じゃないですか。
それだけですね。
それをどういうふうに変えていくかもありますし、
楽しいポイントみたいなのも大事だと思いますけど、
ちょっと長くなるんで、それを割愛しますが、
自分が成長してくるのが面白いとか、
知らなかったことを知れるというのも楽しいとか、
世の中ってこういうニーズや課題や何があるかっていうのを、
社会が面白いなっていう人はめちゃくちゃ起業とかしごっくりですよね。
おすすめですね。
だから面白くないですか。
僕から言いたいのは面白くないですか。
世の中にある仕事だけじゃないんですよ。
こういう仕事なんかよくわかんないけど、
アメ玉クリエイターみたいな仕事を生み出しましたってすごくないですか。
めちゃくちゃ僕はかっこいいと思うんですよ。
そういうことなんですね。
自分が考える仕事もしくはビジネスもいいし、
ビジネスじゃなくてもいいんですけどね。
プロジェクトでもいいんですけど最初って。
これやったら面白くないですかっていうのを言い続けてやっていって、
言うだけじゃなくてやると。
やって言うと。
その繰り返しを自分が見える範囲ではやるということを
僕自身はしごっくりというふうに言っているからにはやっていくし、
何かしらね、さすがに聞いている方には知見を共有して
やってみることの大切さ
これですよということはどんどんまた言っていきたいなと改めて思いました。
ちょっと長くなりましたが、すみません。
今回は以上となります。
ぜひですね、アイディアがあろうがなかろうが、
人のアイディアでもいいんですけど、これいいんじゃないと思ったらやってみるっていう。
やってみるのは人に聞く、誰かに話してみるね。
僕のチャンネルで、レターでもコメントでもいいですけど、
やってもらえるのもいいし、しごっくりディスコードもやってますから
ここに来てチャットをしていただくこともできますし、
それはもう僕ができる、これ言い方をするとちょっとうるさんくさいかもしれないですけど、
機会やきっかけというチャンスみたいなものですけど、提示はしていきたいと思います。
それがないからできませんでしたというのは言わせない。
あるからそれをやらないのはご自身の問題ですよね。
要は自分がやれるならやれるよっていう環境を僕は用意していくというのは
これは社会のために意味があると思いますし、
そういう人が腐らずにどんどんやっていくっていうね。
なんかダメなんだって思わずにどんどんやっていきましょうよって。
うまくいかなかっても次やりましょうよっていう風に、
やっぱりそこは傷の舐め合いじゃないと思います、僕はね。
やっていきましょうよってことを言い合える、いい関係っていうのは僕ができるなと思ってますし、
そこをすごくエモく感じたら一緒にエモエモ。
エモエモしましょう。
今回は以上となります。しごっくりラジオ大橋でした。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上失礼いたします。
55:13

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