仕事づくりの基本
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。よろしくお願いします。
はい、限定に変えているわけじゃないんですが、仕事づくりとか、仕事クリエイターとかね、何度や、何してるのとかね、そのことほとんど言われないんですが、結局、仕事って何かですよね。
仕事とですね、教科。なんかあの、デンマークの、キュッケなのかちょっと名前忘れましたけど、ビュッフェみたいな名前。キュッケかわからないですが、要は休むことみたいな。休暇ですよね。休息、休息というか、休養みたいな。話を聞いたときに少し思ったのが、
仕事を早く終えますと、平日とかで、他のことできていいねっていう人と、割合までは分からなかったんですけど、人と、そんなに早く終わってやることないじゃんっていう人が分かれると。
日本人でですね。で、実はあの後はどうですか。1日に時間が限られてて、それでいろいろやりたいことがある。で、時間が足りないって。で、その時間が足りない中に、スマホなんかいじってて、もう時間ないですとかは、もうちょっと知らないですけど、いろいろ爪に詰め込んだり、もしくは、ちゃんと時に休憩をしながらやるんだけど、もっとやっぱりやりたいですって。
過去には、本当に冗談でもなく、学生時代か、睡眠時間8時間で、1日24時間足りないんで、48時間で動きますみたいな。
ちょっと意味わかんないですけど、要は2日で、例えば1日分しか休まないとか、それやったみたいで、本当に。なんか体壊したみたいですね。寝ましょうみたいなね。食事と睡眠は多分、どんな人でも必要なので、取ったほうがいい。
今のはね、特にそうですけど、僕が言った仕事っていうのは、何でもいいんですけど、仕事。自分がやってみたい仕事でもいいし、携帯も問わず、別に雇用だからダメとか、業務委託とか、フリーランスか、会社経営とかのそういう事業、企業化ですよね。
だからいいとかって話じゃなくて、いろいろやればいいんじゃないっていう話なんですよね。で、その人にとって、自分にとって、リスナーの中にとって、最適なものって何なんですかねっていう。が、まず問いとして出てくるかっていうのと、ぶっちゃけ、これ何度も言ってますけど、そういうことした人ってどこまでいるか正直わかんないんですよね。
わかります?で、あと、クワガタ、カブトムシじゃないんですけど、好奇心の話で、クワガタとかカブトムシとか興味ない人、興味ないじゃないですか。
なので、仕事づくりに興味がありますって言っても、興味のモチベーションも好きじゃないんですけど、引っかかるところが違うというか、お金が得られるなら何でもいいっていう人だと、言い方悪いですけど詐欺でもやるんですかっていう、何でもいい人ですよね。
怖いじゃないですか。犯罪したいわけでもないし、犯罪をしろというわけでもないし、かかりたくないですよね、マジで。そういうことをまず言わなきゃいけないっていう時代がおかしいですよね。そんなことはほとんどないと思いきや、っていうところですね。
興味と働き方
その仕事というのは、僕の定義は、自らやれることだったり、やりたいことだったりじゃない人もいらっしゃると思うんですが、人に役立つっていうですね。感謝されるというかね。
誰かの課題や何かお困りごとを解決する。だから基本的に、ありがとうとか感謝されないっていうのはちょっと嫌ですよね。それがいい感じで感謝の声をかけるかはわかんないですよね。
だけど聞きたいよねって。それで、お金っていうか適切なお金をいただいていったら、多くの人がですよ、僕が考える多くの人は満足するんじゃないかなと思ってるんです。その仕事をどこかで選べるかっていうのと、調整できるかと、作り出せるかですよね。
ここがクリエイティビティみたいになっていくし、想像ですよね。話になるんですけど、既にある仕事から選ぶっていうんです。それは新卒とか経験が浅い人はそうならざるを得ないですよね。何でもそうじゃないですか。
自分が経験がなかったり、仕事じゃなくてもいいんですけど、わからなかったり、技術や体験がなければ、例えばボーリングとかもどうやって転がしていけばいいかわからないですね。身を見真似でやっていくみたいな。これはスポーツの話ですけど、ダーツとかでもいいですよね。英会話とかの勉強でもいいですが、そういうウェブ制作でもいいです。
そういう時にわからないじゃないですか。だからまず勉強したりやるということで、試してみる。自分が実際になってみることが大事だし、重要性は変わらないかなと。
で、それをやっていればいい。もしくは、やっている中で課題だとか、こうしていったらいいなとか、人の課題ですよね。育成とか。
あとはお客さんの質を上げるといったら怒られますが、なんかちょっと違うよなみたいな。その時によく言われがちなのが、経営者目線とかでやるっていう。これってものすごく難しいなと思うんですよ。
というのは、企業とか自分で作りたいっていう人にとっては、経営者目線っていうのをしていった方がいいんですけど、そうじゃない人にとっては、うざいって言うとわかりますけど、正直そこまでやりたくないわけじゃないですか。
だから、成長させるとか成長するっていうのがものすごくここで難しいなっていう。学校ですよね。小中高とかだったら、クラスに何十人いて教えるみたいな感じじゃないですか。もちろんみんながみんな熱意を持ってやるってこともなく、新学校でさえみんながみんな勉強するぞっていう風でもない。
高いんでしょうけどね、熱量はそれでも。だけど、みんながみんなやるわけじゃないよねっていう時に、どこまでサポートできるかっていうのは正直な話で難しいじゃないですか。だから塾があったりするっていう。
で、その時に勉強が単に苦手だとかそういうことではなく、本当にそこまでやりたくないっていう状況がある。で、まだ学校の教室クラスと企業の組織っていうのを、組織もいろんな組織あるんで、小規模な数十人以下で部署がそんなにたくさんあるわけじゃないぐらいでいいんですけど、
そういう時に全員がやるぞみたいな人っていうのも、ちょっと気持ち悪いって言ったら怒られるかもしれないですけど、ちょっと特殊かなっていう。それを維持するにはガス抜きというか、卒業しますとか、イベントが発生するとか何かがないとしんどいと思いますよね。そういうのって。持続ができないというか、続かない感じがします。
で、そういう時に全員が全員そんなにやりたいわけじゃないよねっていう。ある種の諦めというか見極めみたいなのが必要で、だと思うんですよ。その時に、さっき言った経営者目線でやりましょうとか考えましょうって言われた時に、それを末端のアルバイトの人に求めるのかいということになるわけです。
このあたりはいかがでしょうかね。別のあなたが考えたことがあるでしょうか。その時に自分が将来起業したいとかなんかやりたいから考えなきゃいけないんだなと。そういうことまで考えられなかったら、勉強してこう学んでこうやっていこうっていう人はいいんじゃないですか、それで。だけどそうじゃない人もいるよねみたいな。
教育と育成の難しさ
この比率ですよね。で、起業家っていうとか起業死亡者っていうのが数十万人とか十二十万三十万人ぐらいしかいない。もしくは起業家がそれぐらい?わかんないですけど。なんかデータが中小企業長からデータがあって、そんな数百万人いるとかなくて、死亡するなんかやってみたいなっていう人がいても百万人とかぐらいのイメージ。
だから、いませんから起業してみたいですとか興味ありますっていう人。めちゃくちゃそういう人はいるんだけど、実際にやるとなると面倒くさいわけですよ。本当にこんなことやらなきゃいけないんだみたいな。ちょっとリスクというか未知すぎるというか。
と思うんですよね。このあたりはどうなんでしょうね。僕はそれでめんどくさいっていうか、そこまでやりたくないって人が多いんじゃないかなと思うんですよ。なんかつまんないというか。さっきのね、食われたカブトムシの話に戻しちゃうんですけど、そこまでカブトムシ興味ないよねっていうのと一緒で、そこまで企業に興味ないよねって。
わかります?食べ物とかエンタメとかで、アイドルとか音楽とか様々な映画でもあるし、めちゃくちゃ娯楽があるから、なんて言うんだろうな。さっき言ったように、仕事します、それで行きます、息抜きにアイドルのやつ見てOKですっていう。
それは別にダメだっていうことは全くなくて、そういう人の生活スタイルとかライフスタイルにケチをつけるんじゃなくて、その中に何かやってみようっていうのが生まれるかですよね。そうなると結構固定されるんじゃないかなって思うんですよ。
つまり、好奇心でもいいし、何かやってみたいなっていうのは好奇心だと思いますけど、ぐらいのちょっとした気持ちでもいいし、さっき言ったやってみたけど何かちょっと違ったみたいなのでもいいんですけど、それで新しく何かやっていくってことがものすごくたくさんあるような状況なのかなっていうことをよく思うんですよね。感じるというか。
だからそれをやって教育っていうより、社会全体で言ったら教育とかになるんですけど、育成とかね。そんな狙ってできるものかなっていうのと、一方で野良で罪悪というか、勝手にそんな風に生まれていってポコポコポコポコ生まれていくような仕掛けが現社会にあるかっていうと、非常に怪しいわけですよ。
だから、事業とか企業ってことで、企業化育成講座とかアントレプレーナーシップとか、いくらでもそういうのはあると思うんですけど、スタートアップスタジオとかね、ビジネスプランコンテストとかね。
いいと思ってて、それって。前はもっと否定的だったんですけど、意味ないんだと思ってたんですけど、そういうのでもあることで、すごく期待値低いんですけど、他の人でこういう考え方がいるんだって。
まさにこのラジオ、四国レジオと一緒で、こういう人いるんだみたいな、こういう風に考えてるんだなっていう。やってることがね、こういうことでやってますっていうのが、こうやって代表的に言えるものがなかったり、アップデートしていくときに成功事例というのはあげるのは難しいんですけど、失敗ばっかりなので。
そこはもうしょうがないでしょ。でもやらないと失敗も生まれないから、ここも期待値低めで、さっきのイベントと一緒のように、こうざらいワークショップやったら、こんなのがあるんだなって気づいてもらえるぐらいにしといて、そこから何か起業家が生まれる。
だからアイデア村とか発火村とかもそうですよね。そこから何か起業したいっていう人が本当に生まれるかっていうと、発火村とかそういう風に作り込む人でも、何かもう作って満足するというか。作った後に何かやっていこうとすると、これ何かめんどくさいぞとか、金融とか言ったけど金融ってみたいな。めっちゃ怪しいじゃんみたいな。
問前払いされるよとか、会社設立しても別にその人の繋がりとかそういうのがなければ話が進まないわけで、めちゃくちゃ泥臭くないですか。繋がりがないからできないとか。
それ泥臭いと僕は思うんですが、それめんどくさいっていうふうに思ったり、ちょっと無理かなとか。もしくはそれにやっていきたいっていう気持ちがあるがしかし動けてないとか。そんなもんだと思いますよ、実際って。
やる気というよりも、手を動かしたくなる何かみたいなところがなければ、参加をポチッとしたり、誰かにメッセージを送るとか、文章を書くとかね。そういうのもできないような気がしますよね。
それはAIがフォローしてくれる分があったとしても、決めるのは自分だから、その辺りですよね。なんで話を戻していくと、結局至極理っていうのは何かなっていう話になるんですけど、
自ら自分で、社会に価値を提供することって言った方がいいんですかね。喜ばれることを考えていきましょうっていう考えることからね。実際にやって、ビジネスでもいいし、非営利的なものでもいいし。
絶対ビジネスでしなきゃいけないわけじゃなくて、趣味でお金を取らないよみたいなプロジェクトでもいいんじゃないかなと思います。だけど、それって価値ありますよってことで、趣味をお仕事にする危険性みたいなのもあるんですけど、
やってないと分からないし、自分の中で伝えられるものがないんで、やっぱりやっていった方がいいかなと思います。至極理の最低限というか、期待値の最低限というか低いところで言えば、何かやってみようと思うことでいいんじゃないかなと思います。
価値提供と実践
で、なかなかはっきり言うことが難しいんですけど、自分の中でのスタイルというのを確立するのがいいんだけど、確立って言っても人によって違うわけなんで、分かります?働き方から生き方の話なんで、一概に言えないわけですよ。
人によっては、集合でフルで働いてやるぞっていう方がいいっていう人もいれば、残業とかいっぱいしてね。一方で、そんな働きたくなくて、最低限働くのを抑えて自分がやりたいことをやるっていう。
さっき冒頭言ったデンマークの人たちは、全員がもちろんじゃないんだけど、そういう考えが、個人の幸せってなんだみたいな。定義ってなんだみたいな。家族と過ごすことだったら、家族と過ごすことに比重を置けばいいんですよ。
それを日本になると、みんながやってないとか、共有できないものとか、共感できないものをかなり否定的に扱うというか、批判的というかね。数の暴力みたいなのがあるんですけど、いいんじゃないですかみたいな。
例えば、週に一回山に散歩に行くのが好きですっていう人がいたときに、なんでその山の中で散歩に行くのっていう、いらんこと言う人が多いわけですよ。こっちの勝手じゃんみたいな。
わかります?そんなんですよね。まだまだ、そういうのがあって、生きづらいとまではいかないんだけど、ようそんなこと言うなっていう。
陽気言い上げますなっていうことなんですけど。そういうのを社会で生きるっていう意味でいくと、こういうのが実践だと思うんですけど、適度に無視して。
あと何度も言ってますけど、お前ケンジさんの話ですけど、環境を変える。要は付き合う人を変えるってことですね。そういうケチなこと言う人って、やっぱりそんなに付き合わない方がいいですよ。
そういうのを省いていったとしても絶対残るんですよ。それはもう学生の時とかでも思いましたね。だからどこでもいるな、こういう変な人みたいな。
だから、そこで社交事例とか、ごめんなさいっていうちょっとぐらいの言うと、そういうふうに変な人が寄ってくるときって、自分の心が弱かったり、迷いがあるときとか、
あとそういう人も断れない程度の軸がぶれてたり、性格もありますよね、断りづらいとかね。あるんですけど、寄ってきますよね、そういう人ね。
だからそこはしっかりと断ったり、はっきりと示すことで来なくなりますね。それはちょっと訓練になると思います。
ポータブルスキルみたいな話だとちょっとうさん臭いですけど、人を見極める力。この人は信頼できるのか、もしくは怪しいのか、もしくは信頼できるレベルまで話してないのか、もしくはそのリスクにかけてみるのか。
たまに言いますけど、変なものにハマる人って、詐欺とかですけど、そこがぬるいというか、判断してなかったりしますよね。
判断の根拠が自分じゃなくて、自分が良いと思ったからぐらいで、良いと思ったものを詰めていくと、それは相手が良いと思っているってことしか言ってなかったりする。
だから完全にやられているってことですよね。
そういうわけで、私語繰りって何?みたいな話でちょっとだけ話してみました。今回はこれぐらいにしていきたいんですが、コンセプトから、やっていく方向から、生き方から、仕事を作っていって実践していくから、
僕からするとめちゃくちゃ面白いんですけど、いろんな要因とか変数がある上に難しそうだって思われるわけですよね。
絵をあんまり描いたことがない人が漫画家になるぐらい難しいというか。
そのあたりは僕の実力不足と言いますか、伝えきれていないなっていう部分と、伝えて何かわかったみたいな、そういうもんじゃないんですよね。
自分で何か手触りというか試行錯誤してやらないと何もわからないんで。
だからそのハードルという意味では一歩背中を押すっていうところをまずやっていくとか、そういうことをしていかないとダメなんだろうなっていう。
例えばアイデアコンテストとかあるわけです。ビジネスコンテストがありますけど、そういうのに出す人ってどれくらいいるのだろうなっていつも思うときに、もちろんイベントとか規模によりますけど、100件もあれば十分成功なんでしょうね。
ものによりますよ、期間とかテーマにもよるんですけど、そんなにないっていう。あったとしてもやめようかなっていう。
応募するアイデアとかビジネスとか考えた必須っていうのはもちろんあるんだけど、なんか宝くじとか全然僕は買うとかそういうの推奨しないですけど、
宝くじが好きな人がいらっしゃって、実は何でも好きかもしれませんが、好きな人ももしかしているかもしれないですけど、そういう人ってだいたいあれじゃないですか、買わなきゃ当たらないって言いますね。
それがわかるなら別に宝くじの話じゃなくて、行動したり何か試したり何かしないとわからないよねっていうのは、やっぱり僕からは言えるよねって僕でも言えるというか、やらないとわからないですよね。
あと後悔ですよね。海の王じゃなくて、懺悔じゃないけど、やらなきゃよかったなって思うという後悔ありますけど、後悔って僕からすると、これも人の考え方にありますけど、
やらなかったなっていうことの後悔と、やったけど上手くいかなかったな、やらなきゃよかったなっていうのって、天秤にかけられないんですよ。
なぜならやったこととやらなかったことは、やらなかったことは全部想像でしかないんですけど、やったことは事故だし、それを踏まえて生きていくしかないんですよね。
良いことも悪いこともですよね。自分にとって。戻したいとかあるじゃないですか。戻らないですよね。
だからゲーム能なんてたまにね、最近はないですけど、リセットできるとか、ポチッとボタンを押したらマイトを戻してセーブの書から行けるってあるんですけど、ないですよねそれはね。
本当にそれができると思ったら、漫画とゲームのやりすぎではあると思うので、そんな人いないと思うんですけどほとんどね。
じゃあ現実はそうじゃないですよね。1回やって時間かけて、4時間やったら、その時間は取り戻せないですね。取り戻すことはできないです。
葛藤と行動
でも次に4時間をくぐすことができるみたいな。結局ね、学習して学んでフィードバックして、そこでどう自分の目指す方向に近づけていくかっていうには、
何だろうなぁ、しっかりと言って、そういう意味では分かりづらいのかなと思います。
一方で、その分かりづらい観念を伝えたいっていうよりも、僕の中ではさっき言ったように、具体化の話をね、先週とか先々週くらいで吠えてましたけど、
そういうので、自分がより背中を一歩押すというか、そういうのを愚直にですね、毎回その別にこの四国ラジオ聞いた人がやってみようっていう風に思えるように願いつつも、
みんながやるとは思わないし、その葛藤ですよね。葛藤を抱えながらも、何とかみたいな。分かるんだよねって。いや、押し付けたいんじゃなくて、ああそういうことですか、分かりません。
でもこういうことって、その振り幅というか、相手とか自分とか、自分の中の話はいいですね。自分としては何かやりたいんだ。でもやれないんだ。でもやってみよう。
いやでもね、みたいなその動きっていうんですか。悩みにしてそれをぐるぐる回しててもしょうがないんで、どこかでやっぱり断ち切って、ここの部分だけやろうっていう。
それもなんかすごい借金をして、リスクをいっぱい背負ってやれってことは絶対思わないです。だけど、完全に安全で石橋叩いてやれるっていうのもないわけじゃないですか。
要は、石橋叩いたら壊れるかもしれないっていう。石橋を叩きすぎて壊すっていう方言を昔してましたけど、そういう人もいますよね。叩きすぎじゃないみたいな。
だからそのバランスが本当に難しいというか、決まってないというか、そんな感じがしてますね。
それがですね、面白さというか、一つのあり方というか、感じはしたりしますね。
というわけで、今回はこれぐらいにしたいと思います。
リスナーの中にとって仕事の定義は何でしょうか。
仕事の定義
お金を稼ぐことから自己実現をするとか、さまざまなことがあると思います。
結局ですね、この仕事理っていうものが人生設計なり人生戦略とか、中小化して横文字でごもかすっていう意味ではなくて、
自分がどうしたいかっていうのがやっぱりないと、1ミリでもないと作れないのだなと。
1ミリですね。
その火種というか、こういうことをしていきたいなというのが、少し1ミリでも本当にあれば、それを助力というか支援というよりは怪しくなるんだけど、
お互いに、僕もですし、私国立スペースもありますし、僕ができることはまずやっていこうという。
そういうので、私国立ラジオもそうです。やっている形です。
この取り組みとかが、こうやって言っていることも含めて、どこまで世の中の人を動かせるかは正直わかんないです。
だけど、目の前に来た人に対して、あなたそのことやっても意味ないですよねとか、無駄ですよねとか、
そういったことは僕は言えないというか、言わないですよね。
無駄というか、切り捨ててしまうようなことですよね。
そういうのをすごい不安な人もいると思うんですよね。言われるんじゃないかって。
でも、中にはそういうことを言ってしまう人もいるんでしょう。
ごめんなさいねっていう。でも別にその人と同業という意識もないし、
その人、その言った人は知らないんですけど、方もいらっしゃると思うんですよ。
悪気がないという人もいるけど。
しかもすごい実績があったりやれる人だったら、バッサバッサ聞いていいのかって言ったら、
それも違いますよね。言っていい立場の人っているんですかね、そんなことね。
単に失礼な人ですよね。僕はそういう人と関わりたくないです。
実績がすごいって言ってもね。まあまあいいでしょう、そのあたりは。
だけど、僕なりにその主語送りっていうのは、
話したことは一部か、これが全部とは思ってないんですけど、
ちょいちょい言い続けて3年経ったねってこのラジオですねって思いました。
という意味で、また引き続きね。前も3年だからどうって言いましたけど、
今回も3年経って変わったかな?変わってないのかな?分かりませんが。
少しずつね。
目の前の人を、具体化っていうとちょっと違いますけど、
やれることないかなっていうのを、もっともっと詰めて丁寧にやっていければいいかなと思います。
だけど、強制するわけじゃないですからね。
自分で考えて何か作らなければ、人じゃないとか、
それは言い切れません。
自分で考えて何か作らなければ、人じゃないとか、
それは言い過ぎですよね。そこではないですよ。
だから望む人とかやってみたいって思う人じゃないとつまんないし、僕も言えないというか。
でもそんなもんじゃないですか。自分でやる気がないとかそんなにないのに、気持ちがないのにやるってことはなくないですか。
で、あと自分がそんなにやりたくないことをやるとやらされてるっていう風になりませんか。
それが一番嫌ですね。
で、ならないようにしていきませんかっていう提案ですよね。
今回はこれぐらいにしたいと思います。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
四国にラジオ大橋でした。
以上、失礼いたします。