AIにアイデア出しというのは、このラジオでも取り扱っているはずですが、現状を整理すると、AIだけでアイデアを出すことは難しいし、出してきたものを評価するものはやっぱり人間なので、
いつまで経ってもどこまで行っても、95%AIだ、99%がAIだ、99.9%がAIでも残り0.1%人間が残る。じゃあその99%とか言っている割合は何だろうね、となっていくんですけど、
一つは、リスナーのあなたご自身も考えていただきたいのですが、自分がアイデアを出したってどういう関与ですかと。これは著作権とかもわかりやすいですよね。自分の考えた文章作品って何ですかというので、
ショートショートとかAIに書いてもらっているとかやっているんですけど、あと取り組みですよね。以前も共有しましたが、文章を書かせる、過剰書から文章を書かせるようなことをやっているんですが、これをやると一定程度まとめて話した甲斐があるので、聞いてもらったらいいんですけど、どこか忘れてしまったので。
簡単に言うと、やりすぎるとつまらないよねって話でした。確かに楽なんだけど、それ何?みたいな。全部AIの使い方にもよるんですけど、自分の過剰書きを元にした自然な文章生成ができるから、自分の過剰書きが自分のアイデアだったらそこまで違和感はないんですけど、
文体とか文章のリズムとか、あと書くことはやってないわけですよ。だから職業的に文章を書いている人、ライターの人とか、小説がちょっと違うか、文章を書くような人が書く時間がないとか書かなきゃいけないんだけど、ネタはあります、それをサポートするっていう意味では今はいい時代なんじゃないかなと思います。
しかもその文体というか、その人らしさを出さなきゃいけないとか、その人のものっていう時で、らしさって何?っていう時に視点とか考え方だったら、それで多分AIによって失われるものってそこまでないかもしれないです。
あと、それで終わり。あと、文章を書く技術とか、書いてないから、喋って書くみたいなことをやっていると、喋って書くっていう技術は身につくんでしょうね。
だけど、実際に打ちながら書くとか、メモしながら書くみたいなのが衰えていくかなと思います。漢字が書けないのと一緒ですよね、書いてないとね。打ち込んでると。
それで、自分の使命が書けないとかあったら致命的ですが、そうでなかったら通っちゃいません。今漢字を書かなきゃいけませんなんていう人ってなかなかいないですよね。いてもいたらごめんなさい。
だから、その要は、今書いてキーボードを打つとかスマホで入力するとかってところで、いわゆるまかり通りってことですね。通じてしまえばいらなくなるみたいなところがあるとは踏まえつつも、僕の中では改めてそればっかりやってて書かないと自分で。
自分に苛立ちというかつまんないなって思ったっていうのがありますから、僕はですよ。あくまで僕はなんで。それはですね、あなたご自身がということですが、どこまで使ったらいいか、もしくは失うのか。要はつまんなくなるかってことですね。
面白い部分とつまんなくなる部分と、いろいろあると思います。それだけじゃなくて、つまんなくなるんだけど楽とかね。つらいけど面白いとかあるじゃないですか。つらいけど面白いっていうのはちょっと一概に言いづらいんですけど、その物差しいろいろ違いますよね。
ところがありました。なんで僕なりにですね、文章を書かせたりとかアイディア出させたりっていうのがやっているのがありますと。最近だと謎かけみたいなので、謎かけ最近言ってないですけどね。画像生成とかで遊んでたんですけど、画像生成もいろいろできるなってことで。
これもですね、生成物が変わるんだけどAIで出させるってことには変わりがなくて、ただあとはどこまでやっぱり関与ですね。人側がアイディアを入れてどこまでやっているかかなと思います。
正直なところですね。AIと人とのアイディアってところでいくと、人が言っているとかもありますけど、僕の中でやってみたところですよね。自分の中でやってみたところでは、最初のアイディアの部分をどこまで譲るというか出すかかなと。自分がですよ。
でも、さらに突っ込んでしまってわかりづらくなるんですけど、自分が考えたアイディアというのは日常生活の気づきだ、みたいなことを言ったじゃないですか。仮にその違和感で気づいたものから発想したとしてもですよ。
それに気づくってことは、今までの蓄積とか経験とか、誰かから人から影響を受けたものがあるから何とも言えないんですよね。
それを如実にというか、あからさまにこれから取ってきたとか、いわゆるAIで、最近はもう聞かなくなってきましたけど、ジブリ風というね。
チャットGPTでの画像生成というのが、いわゆるスタジオジブリですね。のものをジブリ風と入れていいのかどうかみたいな風に著作権はあるのかどうかとかね。
いろいろあって、僕はやってないですけど、いっぱい上がってましたよね。ある種ミームみたいになって、インターネットミームみたいになってて、どうなんだとか思いますが、
一旦そこを置いておいて、あからさまに指摘するとかを置いておいて、ただじゃあどこまでが許されるというか、許すとかもないんですけど、
どこまで目くじらを立てないぐらいのレベルなのかなっていうのは正直わからない。誰もわからないと思いますよ。別に僕がわからないだけっていうだけじゃなくて、
誰かそれ答え出してる人は聞いたことないですし、答えなんかないですね。だから少なくとも自分が考えたのはこうですよねっていう風に言えるぐらいのものというか、なると。
ただこれ何度も言ってますが、アイデア発想におけるロジカル的なものっていうのは、この間のラテラルじゃないですが、半分ぐらいしか説明できなくて、
違和感から言いましたってことは言えるけど、でもそこから飛ぶジャンプして、その気づきからそこ行けるんだみたいなところのジャンプは説明が不可能なんですよね。
そう思いましたとか、閃きましたしか言えない。
だから説明、これもまた聞いたことないんですけど、あなたのアイデアの出し方を全部説明してくださいって説明できる人いない?
説明できるというのは、僕が言っているロジカルな部分は言えますよ。
違和感とかこういうのからね、発想でこうなったらいいなと思って。
思っての部分は言えるんだけど、その思う部分の細かい説明はできないわけですね。
飛んじゃってるってことです。
話戻していくと、そういうところでいろんなやり方とかあるんですが、AIと今の話をまとめると、
AIとアイデアを出していくところで、自分の人間側が数パーセントでもいいからアイデアをやっとかないと、
持ってかれるというか、AIに持ってかれるような感じがします。
最近の危惧としては、想像的でも何でもいいんだけど、考えることをサボらないかと、やめてしまわないのかってことでした。
これは既有な部分もありますが、こんな風に言うと良くないんですけど、
考えて使う人は考えて使ってるんで、別にどうでもいいというか、ほっといてもいいんですよね。
それで人は、さっきのライターの話をしましたけど、文章を作れるならそれで出せば、考えなくていいじゃんって思うわけですよね。
僕もわかります。それで任せればいいじゃんって。
でも任せられないんですよね、本当は。だから見て判断しなきゃいけないですよね。
これは誰でもわかるというか、そのままです。文章をAIに書かせて、読まずにして、そのままペタッと貼り付けてしまう。
個人の方だと思いますが、Kindleとか見てるとそういう文章が出てくるわけですよね。
これはさすがにこのままだなって。
それで何も得られないので、これは全然違いますけど、中国とかだと低品質な、
いわゆる動画VTuberみたいなやつですけど、2D、3Dモデルのアバターがいて、
それでECコマースみたいなのをやって売ってるみたいなやつは低品質なので、
ずっと同じことを繰り返したりとか、パターンの動きしかできないので、
同じ音声を喋っててもね、怖いですけどね。
それは見たことないですけど、日本で。見たことある人いるかわかりませんが、
日本でもあるかもしれませんが、そういうの禁止してるらしいんですよね。
禁止して、やるなって。
だからたまに驚くんですが、AI生成で自動化してコンテンツ作れるみたいな。
例えば僕が言ってた過剰書きでAIで出させるみたいなのを素朴にやることはできますが、
素朴というのは手動で試して記事を書くことができますが、
AIにそれこそアイデアを投げて、それを自動で文章を書かせて、
ワードプレスみたいなやつでネットでブログを上げてみたいなことを、
もしかしてやってる人はいるんじゃないかなと思います。
あとサービスがあるとそういう。
それが悪くは思わないですが、まさに低品質なものが量産できるので、
本当にやめていただきたいという感じはします。
なんでやめていただきたいかというと、
低品質なものがインターネット上にできて、どんどん悪化していくわけですよね。
例えば自分がAIで調べたものがあったときに、
AIがAIで調べたものを出してきて、
言い方が悪いですけど、バカになっていくみたいな感じですよね。
そこにその人とか運営側のアイデアが入っていて、
それを記事化しているというぐらいだったらまだ全然アリかなと思うんですが、
そういうアイデアでもなく、
書かせているアイデアもインターネット上でAIで調べさせて書かせるみたいなやつで、
そうなると何が起きるかというと、
もはや人が介在しないんだけど、
よくわからないネタをずっと出し続ける怖い情報サイトになっていて、
それを搬送させられる。
そればっかりになっていくと思う。
ひどいことになっていく。
だからSNSがまだ人だから信頼できるみたいなことを言い始める人もいるかもしれませんが、
そのSNSでさえ自動化されていて、
自動販売機じゃないけど、
自動販売機を見てあなた人ですかって言わないじゃないですか。
じゃないんだけど、
今もそうですが、これは人が書いているときに、
2択になっていて疲れますよね。
だから何なんだろうなとは思ったりします。
ちょっと脱線しましたけど、
そういうところで、
今回はベストプラクティス、
最適ではないんだけど、
実践的なプラクティスというか、
これは当たり前かもしれませんが、
共有したかもしれないです。
何ですか?重要だと思うので、
何度も話していきましょうというところで、
違和感発動というのもやっています。
そのときに僕が違和感を
プラクティスしているときに、
その違和感発動というのを
プラクティスしているときに
僕が違和感を見つけます。
これはAIは多分難しいんじゃないかなと思います。
中国だとロボットマラソンみたいなのをやっていて、
すごいシュールですけど、
面白いなと思いますが、
AIがフィジカルなものを得たときでもいいんですけど、
それなんだろうなというのがあります。
ラボットみたいな、マスコットキャラロボ、
マスコットロボみたいな、
人間の心理というか、
存在はペットみたいなやつですね。
それでも学ばせたとしても、
主人とか家庭とかの環境、
AIに聞けば別にやってくれると、こういう風に考えてくださいと言えばやってくれる。
だけど、そのAIの創造というのが、
一応その心身系のクリエイターみたいな指定をしているんですけど、
別にそうじゃなくても、
何でもいいんですが、
結局そのクリエイター視点とか何でもいいんだけど、
指定したところで、AIが出すものが全てであるし、
それをどう僕ですね、
支持する側、人間側が、
期待する側が何を期待しているかというだけになるので、
究極的には。
文字通り心身系のクリエイターの考え方だからいいよね、
なんていうことは思っていないわけですね。
それを思っていたらちょっとまずいですから、
それは批判的に見ないといけないわけです。
指定したものはちゃんと出てくるかということで、
ハレーションとか幻覚ですね、
AIがよくわからないことを言ってくる可能性もありますから、
それを見て考えると。
最後に投稿する。
最初にまず自分で出し切るというのが難しいんじゃないか。
次にAIにそれを支持できるかどうかという問題です。
どういうふうに言語化して、
AIに考えてもらうかというところが、
発想法というのも言語化が半分しかできないと言っていますが、
でもその半分のところはしっかり言語化して伝えなければいけない。
少なくとも、
リセラーのあなたがもしくは同じようなことをやるなら、
自分のアイデアの出し方というのはこういうふうにやっていますということが
説明できなければいけないんだけど、
これはアイデア出しにおいて手前ミスですが、
中級者以上、慣れていない人だとできないです。
慣れている人でも説明できない人がいらっしゃるので、
説明する必要はないですからね。
誰かにやり方を。
それを共有したかったり、誰かに仕事術として
高めたいとか、
他の人と共有したいという人がなければ、
言わなくていいなと思います。
だから別にみんなができるわけじゃない。
アイデアを出せる人がみんな説明できるわけじゃないということに気づくかなと思います。
つまりアイデア出しと言語化が必要。
さらにAIに支持するということで、
AIをある程度使ってないとできないですが、
言語化できて説明できる人だったら別にAIは使えますから、
別にAIのリテラシーの話は出てこない。
でもAIは使ってないといけない。
あとはそれを共有するメディアなり場なりがないといけない。
というのが統合されてやっと
ここのポーズガストでいっているという感じになります。
でもこれを一般の人にやってくださいというのは
しんどいかなと思ったりするので、
別にリサーナーのあたりそれをやれというわけではなく、
あくまでもエンタメ、もしくは学びとしてね、
そういうふうにAIを使っている人がいるんだというふうに気づいてもらってもいいですし、
アイデア出しにおけるそういう会話、
一つのやり方として自分で考えましょう。
AIにも考えてもらいましょう。
お互いを刺激して、
少なくともお互いという概念ではなくて、
自分にAIの刺激をもらってヒントにしてやると。
その期待値が
毎回絶対必ず出せるというのは
ちょっとコクだと僕は思っているので、
5回に1回かな。
2割、3割くらいで
いいのがあったらいいなというぐらいです。
逆に言うと、5回やって4回ハズレがあると。
別に普通だねというのがあってもいい。
これはどういうふうに
慣れていけばいいかというと、
AIを使っていって、そうなるよねというのを
対話というかやり取りしてやっていくしかない。
それは思います。
コミュニケーションというか分からないですけど、
人に対しても全く同様で、
何か言うじゃないですか。
それがすぐ分かりました、こうですねという人って
優秀な人だと思うんです。
なぜその人がすぐ分かっていけるかというと、
それを何万回やってきたり、
何度も違うやり方なんだけど同じようなことやってきたりして、
それを考えているからある種予習していたり、
すでに習得済みだから言えるわけですよね。
出ない人がそれはさすがにできないじゃないですか。
ということで何度も言って、
学習してもらうもしくは学んでもらうしかないかなというのは、
結局一緒なのかなと思います。人だろうがAIだろうがね。
ただAIは僕は別に人格とか認めてないというか
ないかなと思うので、
あったとしてもそれは錯覚かなというふうには
僕はあくまでも考えています。
というわけで今回はアイディア脱出というところで、
AIと人間でアイディア脱出していくというときに、
最近の危惧であった批判的思考、
クリティカルシンキングと言われるものとか、
この間のラテラルシンキングでもいいですが、
結局人が考える、
無駄なものであろうがそれは何?と思われるようなものであろうが、
人が一旦考えて受けて考えるということが
めちゃくちゃ大事で、
それを文章の話にもしましたが、
AIが書いてくれる、やってくれるからと言って、
怠けるわけですね。やらない。
その臨界点ということは良くないですか。
行き地みたいなのはまかり通ってしまう。
要は別に漢字書けなくても打てればいいよねみたいなので、
まかり通れば漢字書かなくなるみたいな話が一緒で、
僕は一緒だと思っていて、構造的に。
それが問題が起きなければいいやっていうところで、
AIで出してそれで問題が起きないからいいよねみたいなのが
起きてるんだろうなと思います。
むしろ、
ババ抜きじゃないんだけどトランプの。
問題ないよね。
問題ないでしょって通していく。
通しをしていくということで、
いいよね。
AI使ってそれで問題ないからいいよねってなっていった時に、
人の思考として考える量が減って、
批判的でもいいし、
本当かなっていうのをサボるわけです。
人間って別に僕が
みんな学ぼうとかって思ってるわけじゃなくて、
僕も含めて、僕もですよ。
サボろうとかやめようとかめんどくさいからやめようみたいな。
考えなくていいよみたいな。
AIに全部任せればいいじゃんみたいな。
感覚で本能的にサボりたいと。
でも面白いのかなみたいなのがあると。
僕の中に最後に残るのが面白いのかなってなって、
別にAI投げてそれで成立しちゃったら
別に自分が関与する余地ないから
なんかつまんないよねってなるわけですよね。
分かります?その感じ。
これは人によって全然違ってくると思うんですけど、
まさにそこで僕がアイデンティティというか、