1. シゴクリラジオ!
  2. 面白いから聴いてもらえるので..
2026-02-16 13:11

面白いから聴いてもらえるのではなさそう

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https://withnews.jp/article/f0260215001qq000000000000000W03510101qq000028528A
こちらの記事面白かったですー。
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サマリー

この記事では、ポッドキャストが最後まで聴かれる理由が必ずしもコンテンツの面白さだけではないという点が論じられています。ウェブ記事が短い時間で読まれないのに対し、ポッドキャストは「ながら聴き」が可能であるため、作業中や移動中など、様々な状況で聴取されています。しかし、面白くなければ聴かれないというわけでもなく、聴き始めたら習慣や縁で聴き続けるケースも多いと指摘しています。また、自分が提供する価値と相手が感じる価値のズレに焦点を当て、そのズレこそが新たな価値創造や仕事づくりに繋がる可能性を示唆しています。

ポッドキャストの聴取率とウェブ記事の比較
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。よろしくお願いいたします。
今回のテーマは、ポッドキャストは聴いてもらえるという話を話していきたいと思います。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、シゴクリラジオ大橋です。今回のテーマは、ポッドキャストは聴いてもらえるという話です。
シゴクリではないのですが、ポッドキャスト自体の話になります。
記事があるので、よかったら読んでみてください。
これは最新文芸のメディアですが、簡単に言うと、PCウェブの記事などは15秒くらいで半分くらい読まないと。
1段落くぐらいで600文字、普通の人が読むなら、その4分の1段で450文字ぐらいで、1段落くぐらいでバババッと30、40文字のものを読んで、うーんと言って離脱すると。
一方で、ポッドキャストは6割ぐらいが最後まで聴くと。
このシゴクリラジオも、結構聴いている方はいらっしゃってありがとうございます。
聴いたら全部聴いておくかみたいな、そんな感じになると。
世の中にポッドキャストはいろいろありますし、たまたまご縁があって聴いていただいて、初めての方ありがとうございます。
シゴクリラジオというのを普段やっているので。
普段やっているというか、これもシゴクリラジオなんですけど。
今回は伝え方の話をしています。
面白いなと思ったのが最後です。
この記事の最後の方に、出版メディアですよね。
朝日新聞ということになりますが、新聞メディアというところを運営というか立場として提供している側、取材したりとかね。
メディア側から言うと、記事がポッドキャストだったら聴いてもらえるという話になるんだけど、面白いから聴いてもらえるわけじゃない。
という思い込みがあるんじゃないか。
つまり、記事が面白くないから読まれないんじゃないかという。
要は、ちょっとごめんなさい、代表しているわけですね。
記事中で明確にウェブメディア、紙とかカツジ等はPCメディアとは読まれない。
ポッドキャストは聴いてもらえる。
でも聴いてもらえるのは、なぜかと言ったら面白いからではない。
ポッドキャストが聴かれる理由:面白さ以外の要因
ながら劇なんですよね。ながら劇というのは、この四国ラジオ、ポッドキャストももしかして皿洗いとか、
音楽を聴きながらは難しいと思いますけど、何か作業しながらとか、お風呂入りながら聴いている人はいないかもしれませんが、夜寝る前とかね、自由に聴けますよね。
ランニングとかね、散歩しながらとか。
でも最近なんかすごい、イヤホンとかしながら歩いている方いらっしゃいますけど、
程々にしてくださいね、危ないのもあります。
僕はあんまりやってないです。
散歩とかだったらいいと思いますけどね。
通勤とか、道を渡ったりとか、判断しなきゃいけないところは、結構音聞こえないので大変なんで、
これは個人の感覚ももちろんあると思いますが。
気をつけてくださいと。
そういうふうにですね、ポッドキャストは聴いてもらえるから、面白いから聴いてもらえるんじゃないかということを思ったんだけど、
そうでもないよねっていうのが記事だと思いまして、
このポッドキャスト、四国よりラジオも面白いから聴いてもらえるわけでもなく、
たまたまご縁があって聴いて、それでルーチになってたりして聴いてもらえるみたいな。
ルーチになると言っても、YouTubeではちょっと違いますけど、
ポッドキャストは聴いてるのはありますけど、それも面白いから聴くのはありますが、
何かやりながら聴いたりとかが多いですね。
全く面白くなくてつまんないなとか、というのであれば聴かないですからね。
それはどう捉えるかですよね。
何かお内容が面白いからというよりも、聴き始めたら聴くと。
今回は岡田さんの話は微妙だなと思ってしても、聴くかみたいな。
ありがたい限りですけど、そんな感じで聴かれてるんだと。
価値の提供と受け手の認識のズレ
これですね、簡単に感じたことを言うと、例えば何がいいんだろう。
最近はクイズゲームを作りましたけど、ツールでもいいし、
仕事というかリサーチでもいいし、何でもいいですけど、アイデアでもいいですけど、
自分が思ったものが人に伝わるのは嬉しいじゃないですか。
自分が頑張った部分を褒めてくれたら嬉しい。
だけど自分と人って違ってたりしませんか、ずれてたりしませんか。
そこが嬉しいんだみたいなね。
例えば相談でよくあるのが、主語クリエもいいんですけど、
話をアドバイスしたのがよかったっていうふうに相談に乗った側ですよね。
例えば僕が相談に乗るなら思いたいんだけど、そうじゃないんですよね。
分かります?価値。
相談に乗ったところでアドバイスをしたのがよかったんだなって言ってるしね。
だけどそういうよりもその手前の話で、そもそも相談に乗ったっていうこと自体がよくて、
あとは後付けみたいな。
っていうと怒られるかもしれないですけどね。
だけどそんな気がします。ほとんどが。
だからアドバイスをするということをしなくてもいいまで言わないんですけど、
自分がこれすごい主語クリだなと思ったのが、自分が思っている価値が相手に届いて嬉しいとは限らないということですね。
もちろんそのまま行くこともありますよ。
自分がいいなと思ったポイントが相手からしたらそうなんだって。
でありますよね。
でもなんか人からの期待とかって、逆でもいいですよね。
リスナーの中で自分が誰かに対する期待ってどういうのがあります?
例えばマネジメントしてる人がいて、なぜかマネジメントの話になるんですけど、
その人が自分の言った通りに動いたから嬉しいっていう人ってあんまりないと思うんですけど、
じゃなくて、勝手に自律的に動いてくれるっていうところがある方が嬉しいみたいなときに、
マネジメントしてどうこうするっていうのって難しいんですけど、
たくさん上長とか上司とか部下とコミュニケーションしたから、回数が多いからいいよねってもしかしたら思う人もいるかもしれないですけど、
一方ですよ、これ見方によりますけど、すごいあの人忙しそうだよねっていうときに忙しいから話しかできないとか、
もしくはその人に聞かなくてもいいことを聞いてたりとかね。
つまり話せばいいというわけでもない話なんですよね。
で、そういうときにどちらの立場でもいいんですけど、
価値交換と仕事づくりの可能性
リツラーのあなたが上司だとしたときに、部下とコミュニケーションしてない回数が少ないからよくないと。
それを増やしていこうっていうのって、必ずしてもいいわけじゃないですよねっていう。
状況によりますよねみたいな。そんな話です。
だから価値交換っていうのが僕は結構好きなんですよね。
自分ができること、僕だったらこうやってラジオで喋ってるっていう、なんかポッドキャストね、自分でやって喋ってますけど、
なんでやってんだろうねみたいな、そもそもなんでやるんだろうねっていう。
それそもそも論が好きな人もいるでしょうけど、
そもそも論というかね、多くの人はそんな好きじゃないんじゃないかなって思ってます、僕は。
だって、そんなの知らんがなみたいな。
そういう思いがあってやってるんだねって、それは偉いけど、すごいと思うけど、だからといってみんなやってるしみたいな。
やってる人と比較しても意味ないというかね。
で、そういうときに全然やれないですとか、自分はできないからすごいですねっていうのは別に嫌味でもなく、できる人は素晴らしいと思うんです。
だったらそれを生かせばいいだけなんで、なんか話しているからすごいわけでもなく、話していることが気にならずにできるということは、
その力というか才能というのは重たいんですけど、ものを生かしていけばいいっていうね、っていうような感じがします。
おさまりいいですか?
だから自分にとって、今回ですね、活字というか文字とポッドキャストの話で、ポッドキャストが聞かれるって言うんだけど、
だからポッドキャストをやればいいよねって話でもなく、コンテンツを作る側であるリスターのあなたがやるのであれば結構めんどくさいですよね、時間をとって。
これ喋ってますからね。それに慣れなければ喋り続けることはできませんから。
だからやればいいとか、やりたいならやればいいけど、やったらみんな聞いてくれるとかね、そういうことでもないですよね。
それが内容が面白いから聞いてくれるというのとはまた別だろうなというふうに思います。
とはいえ内容が面白くなかったら聞かないっていうのは僕もあるので、このバランスではあるかなと。
で、それらを踏まえた時に至極的なポイントというのは、自分がいいなと思っている価値っていうのが必ずしも相手がそれに対して同調というか同意というか賛同してということは限らなくて、
だから関係性がつけられないとか、自分の価値が届かないんですっていう話じゃなくて、違うところですよ。
違うところをその相手がいいよねって思っている可能性があるよねっていう、そっちですね。
だからズレてるよねって価値ってズレやすいですよね。
ズレているが故に好感ですよね。
僕自身は話してどうする。
じゃああなたは別に話さなくてもいいから文章で書こうと。
取材してくるとか分析するとか。
なんかチームというとね、ちょっと大げさですけど、あなたはどうですか。
あなたはこういうのがあるよね。
じゃあ私はこういうのがありますよね。
じゃあ一緒にやれるならやりましょうというようなのとか、
もしくはそれを交換するということが良ければ、それが成立するじゃないですか。
そこがですね、なんか醍醐味じゃないのかなみたいなことを、その記事を読んで思いました。
リスナーのあなたもぜひ、記事を読むとは言いませんが、
なんでそのポッドキャスト聞いてますか。もしくはなんでポッドキャストやってる方がいたりやってるんですか。
価値ですよね。自分が価値だと思うこと、もしくは自分が価値だと思って提供していること、
そのズレがあったりしないでしょうか。
そのあたり少し考えてみると、仕事づくりにつながるのがあるかもしれません。
今回は以上となります。
しごくりラジオ大橋でした。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上失礼いたします。
13:11

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