業務連絡とテーマの導入
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事作りに関して話をしていく番組となっています。よろしくお願いいたします。今回ですね、まずテーマに入る前にお知らせです。珍しいですがお知らせです。
業務連絡ですね。業務連絡面白いな。今年ですね、去年はお知らせしたかと、一昨年かも忘れてるんですけど、ポッドキャストは突然、今年は終わるわけではなく、余裕を持ってですね。
26日ですね。仕事納めなので、26日の配信をもって、2025年は終わりというか終了。今年は終了となります。ただ、気が向いたらやるかもしれないですけど、まあね、年末年始だし、ちょっと掃除とかしたいですし、いろいろ振り返りもしてるんですけど、やっていきたいと思うので、お休みします。
26日までですね。仕事始まり1月5日月曜日予定なので、5日から通常通りやっていこうと思いますので、少し早いですけど、良いお年を。クリスマス前ですけどね。クリスマス無視して、良いお年をお過ごしください。
今回のテーマは具体性の罠みたいな話です。もうちょっと説明すると、具体的なものは一時期ブームといいますか、分かりやすく分かりやすく分かりやすくみたいな、
分かったつもりにもなるようなのが同時にあるような気がします。そういったことをもしかしたらリスナーのあなたも感じたかもしれません。分かりやすい説明というのは、実は分かったつもりになるので、
一時的にはドーパミンじゃないけど、快楽物質みたいなのが出て、スッキリしたみたいになるけど、忘れちゃうというか。スマホで検索してすぐ調べるのはいいんだけど、自分でそのために考えるということをしなくなるのは良くないという、この間が分からなくて。
誰か研究してる人がいたら教えてほしいんですよね。辞書を調べるとかでも、調べた方がいいんじゃないかなと思うんですけど、考えないのは良くないんでしょうね。その意味を考えない、こういうことかなとか、答えが待っててそこに行けばあるみたいながしかないというのが良くないんじゃないかという説ですね。
ちょっとこの辺り適当すぎるんですけど、でもまあそんなもんかなと思ってます。今回は具体的とか具体というのが悪いわけじゃないんですよ。抽象的に考えるのはいいよってことじゃなくて、多分両立というかセットで考えないと良くないよねっていうところで、具体の、抽象的ってどうも嫌われるんですよね。
で、どういうことなのみたいになると。じゃあ具体的に示したらいいのかって言ったら、全部具体的に示すってことでしょ。そんなこと言ってないと思いますけど、自己紹介してください、あなたの仕事を教えてくださいみたいなこと言われて、私はですね、1年間やってきた仕事を全部言うのかと。言わないですよね。だから言えないですよね。
言ったら圧縮しないと1年かかりますからね。そうなんです、わかります?だからそういう意味ではこの配信で喋ってますけど、これは僕が考えたことを圧縮して抽象化してまとめたものを言ってるんですよね。ということは具体がポロポロポロポロポロポロって言ったら怒られますけど、いっぱいあった上でまとまってるわけですね。
がないと例が弱いから体験とか実践例ってことですけど、やっぱりフワッとしますし、そんなものも別に僕よりもいっぱいありますから、別に言ってることが正しいとかそういうことじゃなくて、偏っているものとかがあると思います。
そういうところを含めて今回ですね、具体的っていうのが、もちろん的とは言いませんが、具体的にっていうのは思考において考える罠、要は邪魔になってないかっていう、このあたりどういうことかちょっと説明していって楽しい配信できればいいかなと思います。
思考ですね、考えることについて興味ある方はぜひ聞いてみてください。それを深めたい方もいいのかもしれないです。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、しごくりラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。今回ですね具体性の罠、もうちょっと説明すると具体的に考えるということにより、具体的な例があることで考えるということをやらなくなるのではないか。
実際わかんないですよ。ではないかという問いかけですね。それを少し考えていきたいなと思います。少しというか、それが毎日のテーマになります。
まずですね、具体的というのは何かという話ですね。例えばですね、ここにみかんがあるんですが、みかんというのは何ですか。
ね、わかんないですね。冷凍みかんだったら給食で出ているかわかりませんが、そういう学校給食の好きなおやつじゃないですね。果物みたいな、デザートみたいな、スイーツ、パフェ。
みかんそのものだとそのまま剥いて食べるということが多いかもしれませんが、調理としてみかん、コンポートじゃないけどジャムにするとか、料理に和えるとかわかりませんが、なんかそういったいろいろ使えますよね。
実際にみかんって何と言われたら果実とかいうのかわかんないですけど、その人によって変わるじゃないですか。この時に、例えばですよ。みかんというのは、みかんジャムみたいなのを作れる、甘いものです。甘くして食べましょうみたいな。
それこそパンとかトーストに塗ってみかんジャムを塗って食べましょうみたいな。マーマレードとか皮があるかどうかわかんないですけど、それを言うじゃないですか。そうした時に、もしみかんというものを全く知らない人だったら、これはみかんジャムというふうにこうやって食べるものなんだなってなりますよね。
で、なんでならないかというと、それ以外のみかんの食べ方とか、みかんの調理とか、みかんのもしかしたらすごく詳しい方がいらっしゃるかもしれませんが、みかんにもいろいろ種類あるよとか、そういうのになるわけです。
例えば3日目みかんしか知らない人は3日目みかんしか世界にはないと思っているわけですよ。それは良い悪いじゃないですよ。その人にとって、別にみかんに詳しい人ばっかりじゃないと思うので、それが良い悪いじゃなくて、その場合ですよ。
具体的にみかんというのが3日目みかんですみたいな人は、3日目みかんしかない世界に生きているわけですよ。これは多分異論はないと思います。実際に僕も3日目みかんしか知らなかった時に3日目みかんしかないなと思っていたり、みかんって3日目みかんとかですかしか聞けないから、3日目みかんしかないんですよ。
それが世界で認識しているというか、自分の見える範囲だよねって話なんですね。みかんって何ですかっていうと、ちょっと哲学的になりすぎているので、もうちょっと普通の話にしていくと、
じゃあですね、果物とかデザートとかそういうのが食べたいです。もしくはそういう食べるとこがいいですという時に、みかんというのをこの場合出せる位置というか、これはイメージの話なんですけど、
この中の引き出しの中に入れておく。記憶するという意味じゃなくて、記憶でもいいのか。もしくは引き出しの中に入っている状態、参照できるようにしておかないと、たぶんみかんって出てこないわけです。
たとえばスイーツとか甘いもの食べたいみたいな時に、みかんが出てくるかどうかっていうのになるんですよね、きっと。もう一回言うと、甘いもの食べたいなって誰か友達に言われた時に、じゃあみかん食べに行こうよ、パフェ美味しいとかあるよみたいな感じで言えるかどうか。
言えてないからダメじゃなくて、言えてないとたぶんそれはさっきの話ではみかんジャムをトーストに塗って食べるみたいな風にしかないと、朝ごはんの食べ物みたいな感じになってて、もしくは自宅で食べるものみたいになってて、もしくは自分で作って食べるものみたいな風なカテゴリーに入っているわけですよ、きっと。タグ付けというかね。だから友達と一緒に甘いもの食べに行こうというところにはならないわけですよ。
伝わりますか。何を言いたいかというと、そのみかんというものを具体的に見ているかと抽象的に見ているかというところで全く違ってくるわけですね。これがまさにアイディアでもいいし、具体的な問題解決でもいいし、企画でもいいですし、困った時にどうするかということと直結しているかなという話になります。
生成AIとの関連性
さすがにこれだけだと不安というかスワッとしているので、友人と話した時に思ったというか、その通りだなと思ったんですよ。最近見た記事でも同じことを言っている方がいて、そうだなと思っているのが、AIありますよね、生成AIを使われている方が多いかなという前提でいきました。
そこでよくあるのが、生成AIに支持文というプロンプトを書きます。画像を作ってください、文章を書いてください、こういうのです、こういうのをまとめてください、これを調べてください。
ここで具体的なものを批判するというよりも、この具体性ですよね。要はこのプロンプト文、支持文を書くと事業計画書ができますみたいなのがあるわけです。
それはプロンプトがあるというよりも、お手元で当たり前かもしれませんが、想像していただいて、使ったことのない方も想像していただければいいのですが、チャットGBTとかジェミニとかいろいろありますが、何でもいいのですが、事業計画書を作ってください、こういう事業をやりたいですというのをいくつか出す。
それこそみかんでいきましょうか。みかんを使って新しい商品を作りたいですと。対象者はこういう人に売りたいですみたいな。事業規模はこれぐらいですとかね。何でもいいんです。
そういうのをやってもらうと、AI側が書いてくれるというよりも、それを基づいて、正確には確率とかいろいろ基づいて、こういうのをあなたは望んでいるんじゃないか、売っている人は期待しているんじゃないかみたいなのに寄せてくるわけです。
それって人間のコミュニケーションも結構そういうのもありますから、いいと。で、出てきたのが事業計画書、もしくは事業計画書たたき台みたいになるので、スライドにするなり画像とかは今出せますが、どういう風にするかは置いておきましょう。ただ事業計画書らしきものが出てくる。
この時に指示文として、プロンプトと言いましょう。みかんを使った新規事業もしくは事業計画書でもいいんですが、っていうのが出てくるこのプロンプトが使えるかどうかなんですよ。
使えるかどうかというのは、最初に生成アイドルを使って初めてだという人はそれでしょうがないと思いますが、指示文を覚えておいてこう打てばいいよねっていうのは多分初心者的な考え方だと思います。
これはもうそうだと思っています。つまり、この指示をいくつか覚えておいてこうすればいいよっていうのはもちろん有効なことはあるし、やった方がいいと思います。
でもそれはある程度抽象化されて、こういう時はこうだよなとかっていうようなパターン化とかをしないと、とてもじゃないですけど、じゃあ今度はリンゴになったらどうなんだっていう時に、リンゴの事業計画書を作る時に、みかんでやったからリンゴではこうだよねっていう風にやれたら抽象化されていると僕は思うんです。
つまり学んでいるという風に僕は解釈しています。だけどみかんのやつはできたけどリンゴはできませんとか、もしくは健康器具の場合はできませんとか、それでも今は有形というかものづくりというか見えるものじゃないですか。
でも漫画の翻訳サービスみたいなのを考えますときに、それでは出てきませんとか思いつきません。これ人間側の話ですよ。つまりAI側に指示するプロンプと指示文を作る人間側が抽象化していない。
つまりみかんの事業計画書の具体的な指示文しか覚えていない。もしくはみかんの事業計画書というのはこういうものなんだよねっていう風に、本当に特殊ケースということですよね。具体的な特殊のケースでしか覚えていない場合は、
リンゴの事業計画書とか、もしくは健康器具とか、漫画の翻訳サービスみたいなのに事業計画書を作るときに使えないなと思うわけですよ。このあたりは伝わりますかね。これがまさに具体と抽象の話なんですね。具体的に覚えることは否定しないし、最初はそういうので試していくしやっていくしかないんですよね。
誰でも最初はそうだと思います。抽象の名前はとか言って違ってたって言って、わらみたいな感じのものをやってもいいんですけど、それでどうなのみたいな話になってきて、どんどん習熟してくるはずなんですよね、している人は。使っていない人はさすがに習熟はしようがないんでいいんですけど。
じゃあそのプロンプト文というのが具体的に示すことが意味があるのかって話なんですけど、多分意味は何もやったことなくてこういうのがやったら出せるよねっていう、いわゆるチップスというかハウツーというかノウハウみたいなやつですね。
いまだに見かけるわけですよ。本でも遅いけど出たりすると。要は逆引きですよね。授業経験書を作らせるにはどうしたらいいかみたいなときに開いたらこういうふうに指示すればいいよねってある。
だけどそれは本質ではないわけです。本質ではないというのは、それは別に一つの例であり使い方であり、本来本質というのはここではリスナーのあなたが使うのであれば、例えば僕が使うのであればAIをね。
自分がやってみたいこととかやらせてみたいことがあり、それを指示して出てくるものを期待する。もしくは期待したいものを出させる。もしくはそこから学ぶ。もしくはそれを土台にして考えるとか次のことをやるってことなんですよね。
具体例の価値とリスク
言ってることがわかります。例えばですね、この文章全体を見るのがちょっとめんどくさいなと思って、もしくはまとめなきゃいけないなってときに木銃を作ってくださいって言ったら多分木銃を作ってくれるんですよね。
わかります。ということは、木銃を作らせたくてAIに投げればいいよなとか、食わせるっていう人もいますが、AIにチャットで送信する、もしくは資料としてアップロードするといいよねっていうふうになるわけですね。
このときにやりたいこととやらせたいことが明確になってないと、AIを使えることにはなってないってわけですね。
話を戻すと、具体的なプロンプトっていうのの価値は、ここではあくまでも初心者とかそれをやったことがない人が参考学習としてやるには良い。
もしくはもう一個ちょっとトリッキーな感じがしますけど、そういう使い方があるんだっていう新しいAIの使い方を知るにはありかもしれないです。
しかし実質、実際にはリスナーのあなたも含め、僕も含め、使う人が何を求めて何をしたいかで変わるわけなので、それはここにやっと到達できるんですけど、プロンプト群を自分で作らなきゃいけないんです。
プロンプト群を自分で作るというのは、まさに自分はみかんの事業計画書はいらないと、りんごを使った新商品の事業計画書が欲しいんだと、作りたいんだというのであればそれを入れればいいんです。
ということで、みかんとりんごの違いっていうのは、みかんを具体例として、僕が人に示されたものがあると、を元にりんごっていうのもできるよねとか、出版したいので電子書籍出版の企画をしたいとか、わかります?
そういうふうに変えていくことですね。例えばプレスリリエスのデータが欲しいならそれを出してもらう。もしくはそういうものを一旦自分のアイディアがあるからそれを入れて作ってもらうとかね。プレスリリエスの構成案とか簡単に出してくれると思います。
で、それがまさにみかんがここではですね、みかんというのを示された場合、みかんを事業計画書、みかんを使った事業計画書というのが具体的な例として示された。それはあなたも僕も考えてなくてそういう例があったとね。
っていうのを元に自分のやりたいことを具体例として自分の例としてですね。具体例というか自分が考える例としてりんごだとか健康危惧だとか漫画の翻訳サービスだとかそういうのを入れればいいと。入れればいいというか入れることがまさに考えることになるんじゃないかということですね。
つまり具体例というのは示されるものでなく、自分で具体例を出すと。自分でやってみるというのが一番の考えるだと思います。ここでじゃあみかんからりんごに起きているのは何かというと、僕が考えるに人から示した例は具体的で具体性があるから分かったつもりになるし、多分分かっている人もいると思うんだけど、
それでは自分で考えたことにならないわけです。これがりんごでも健康危惧でも漫画の翻訳サービスでもある程度出せるよねっていう風にやった経験があったりそういうことをやった上で初めて考える、まさに実践してみるってことで具体的になった、具体的に考えられるっていう風になるんじゃないかと思います。
これを具体として考えている、例を一個一個覚えていったりするっていう風に考えている、暗記ゲームみたいに考えていると結構きついというか、まとまらないような気がする。まとめるパターン化するみたいなのが抽象化とか抽象的っていうのがあります。
なのでちょっとこのまとめは良くないんですけど、何々を対して物質問わず、実体を問わず、有形無形問わず、サービスでもね、見える見える商品でも事後計画書を追っていったらそういうものを作ってくれるんだなっていう風に理解ができると、
何でもいいのでバカな人と言ってたら怒られますが事後計画書って入れたら出てくるよと。事後計画書を作るってことだから、あとはテキスト欲しいのか画像とかスライドが欲しいのかとかそのアウトプットをまた変数というか自分で調整すればいいというのもどんどん理解していってできるようになると。
具体と抽象ですよね。実際の例を見て自分でやってそれをパターン化したりまとめて使えるようにするっていうのがまさにこういう時はこういう指示をすれば事後計画書は出せるよねっていうような風に得得とか対得したことをAIの指示プロンプトが使える、もしくは自分がやりたいことをある程度できるという状態になるのかなと。
ちょっと長く言われましたけど、考えてます。
冒頭のポイントなんですが、具体的にみかんの事後計画書みたいなのの具体的な指示例、プロンプト例を見てそれを入れてやるのもいいし試してみるのも全然ありです。
だけどそれをやったから、1回入れたからといってそれが使えるとは限らないですね。使えるとはAIを使えるようになった、もしくは事後計画書を出せたからじゃあどうなのって話になってきて、それはAIで何か出せるんだよねっていう風に多分わかったつもりっていうのが多分適した表現なんですよ。
わかったつもりがダメとは言わないですよ。でもわかったとは言えない。で、わかるとはつまり、じゃあリンゴでもできますよねと。
全然いいんですよ。静電気余計バンドでもいいし、新しいメガネでもいいし、何でもいいですよ。散歩の面白いイベント、散歩イベント作りたいからその事後計画書でもいいし、何でもいいわけですね。
わかります?っていうことを言えるかどうか。で、今度事後計画書じゃなくてみたいな話で、何ていうんだろうな、企画書も一緒になりますがイベント企画書でもいいし、何かの報告書でもいいし、何かの議事録でもいいし、
様々なパターン化された、もしくは定型化された、もしくはテンプレート化された文言があれば、別にそれを議事録と言わずに、例えばフォーマットを示すことでこういう形式で書かせることができるっていうのも、
多分AIを使っている方だったらわかっている、もしくはわかってくるはずなんですよね。それも具体的な例が示されたり、もしくは何ていうんだろうな、ちょっと応用になりますけど、別にAIでこういう風にやったよっていう具体的なプロンプト例がなくても、
何ていうんだろうな、料理に近いんですが、例えばみかんを使った料理を食べたら、これみかんを使ってこうやってやってるなって味の予想ができる、推測ができるので自分のうちで試してみると。そうすると、リバースエンジニアリングじゃないですが、既にあるアウトプット、料理からそれを食べた自分が想像してその味を再現することができる。
特殊というふうに思われるかもしれませんが、多分料理をやっている人で、なかなか料理のレベルが高い人というか熟達者であれば多分ある程度できるんじゃないかなと。もちろん到達しない隠し味とかがあったらわかんないかもしれないけど、相当程度できるんじゃないかなと僕は思っています。
つまり、AIを指示で出せるというふうに使っている人というのは、人がこういうアウトプットを出してきたらこうやって出しているんじゃないかというのが大体わかるんじゃないかなと思います。それは別に特殊なスキルではなく、学んでいる人だったらわかるんじゃないかなと思います。
学んでいるということは具体的な例でわかったつもりになるのではなく、自分で具体例を考えられる、もしくは出せる、もしくは違うパターンを出せる、もしくはこれでパターン化してますというようなことを言われたら言える、もしくは言語化できるというような状態にあるんじゃないかなと思います。
考えることの重要性
今回言いたかったのは、具体的なものというのは示されたらいいんだけど、示されたそれを学ぶためにやるのはいいんですけど、考えるというときになると具体的な例ってそこで逆に思考が提出するんですよね。
つまり今回みかんを使った自己計画書みたいなことを連行してますけど、それを今僕がちゃんとJPとかでやったわけじゃないんですよ。だけどそれを入れたら動いたみたいな話でみかんの自己計画書ができたとリスナーのあなたが実際にやってみたら、思うかどうかというと結構怪しいじゃないですか。
AIが出力しただけで、そのみかんを使った自己計画書が実現できるかはもちろんわからないし、そんなにみかんを使ったアイディアとか、そもそも事業計画書に興味がないとか、いくらでもあるじゃないですか。アウトプットもよくわからなくなってくるので、
実際にはご自身が一番最もやってみたいことを書いたり、新しい香り、香水みたいなのを作りたいんだったらそういうのを入れて自己計画書を作る方が、たぶん学びというか自分ごとみたいになるから、自分の興味が湧くんですよね。
定着しやすいですよね。それを繰り返していって、こういう時にはこう使えるよねっていう風にAIの動かし方だったり、AIの調整とかコントロールができることがまさにAIの使い方がわかるという風になっていくので、それが考え方じゃないんですけど、具体的なものを示されて終わるんじゃなくて、具体的なものをまさに逆に自分で示せることが学んでいる、もしくは考えているという風に言えるんじゃないかなと思いました。
冒頭にもちょっと言いましたけど、具体的なものを示してくださいっていう人、例えばどういうことですかっていうのは大事ですよね。大事なんだけど、それは具体的な例がわからないわけじゃないですか。
ということは知っていなかったり、自分が詳しくなかったりするというのを否定しているわけじゃないですよ。だけど、そういうことって実はこういうことですかとか、違う分野で言えばこういうことですかっていうように、要は頭を巡らせるというか考えるということは、具体的なものが知らないならこうして言える、言えたところでじゃあこういうことが言えるんじゃないですかっていうことをパターン化したり、もしくは違う例で例えてみたりとかっていうことを
やらないと多分考えたことにならないかなっていう。具体的なものを示されると、人って実はもっとやりたくなるっていう人ももちろんいると思うんですけど、そこで考えるのやめちゃうんじゃないかなって思ったんですよね、今回話してみなかったら。
じゃあ、抽象的な数式みたいに事業計画書とか、要はご自身の興味かけるテンプレートフレームワークみたいなふうにイコール、あなたの出せるアウトプットみたいな謎の式が出てくるじゃないですか。やります?ってあるじゃないですか。わからないじゃないですか。
しかもそれを覚えても意味ないですからね。覚えるんじゃなくて、自分でいくつもの具体例だったり実際例を試していって出せるようになると思いませんかっていう話なんですね。それはもうその通りですっていう人だったらこんな話聞く人はないし、ないです。
だけどそうなんだっていう人は是非ですね、具体的な例が示されたら自分で試してみるということですね。まずみかんのやつをやってみる。じゃあそれがハンドクリームでもいいよねっていうふうに気づいたら多分学びになっていると思います。
それは抽象化に近づいたことになります。じゃあハンドクリームでもいいし何でもいいってことはこれ何でもいけるんかって話になっていろいろ入れることに気づくと。それがまさに学びだと思っていて、じゃあそれ授業計画書じゃなくて違う組織というかテンプレートでもいいわけですよねとか。
何でもいいんですよ。ピラミッドみたいな構造にしてくださいとかなんちゃらストラクチャーにしてくださいとかそんな知らなくてもよくて自分が見た画像とか面白そうなやつにしてくださいって言ったらやってくるわけですよ。面白くないですか。僕は結構面白いなと思って。
そうやってまさに具体的なものは出されたらまずは抽象的に考えられないかまとめられないかパターンはなんだみたいに考える。もしくは抽象的なものがあったら例えばこういう例があるよね。もしくは遠い例があるんですか。自分はここまでがわかるんですがっていうふうに具体と抽象を行き交うことがやっぱり考えることになるという話になります。
これがまさにちょっと前にアイディア出しが具体と抽象を行き交う行為だとかいろいろ言ってたんです。ここの職業ラジオでも何度も言ってるんですが初めて聞く方向けに行くと日常のネタを見つけます。これ違和感でも何でもいいですよ。違和感じゃなくてもいい。これ面白いな。それがまさに具体なんです。
ご自身の自分の具体的な体験や例を抽象化します。抽象化するというのはこういうふうにキーワードやまとめやパターンにならないかということですね。
例えばちょっと話が長くなるのですごく端的に言えばチョコザップですね。チョコザップというフィットネスジムなのか。セルフフィットネスジムって言えばいいんですか。セルフジム。
この会社が経営方針として直営店舗なんですよ。直営というのは本部が自分たちでやっている。それに対して直営じゃないというのは委託と言いますかフランチャイズ契約というのは多いと思いますが
その別の事業者、要は会社が多いですね。法人に任せてロイヤリティというのをもらう形が多いですが、何らかの形で委託する。委託というのは経営権なりライセンスというのを付与して、チョコザップという看板でやっていいから見た目は一般消費者の人とか僕から見てもこれはチョコザップだなとしか思わないわけですね。
フランチャイズの新しい試み
例えばマクドナルドとかもフランチャイズというのが割とあったりします。コメダコーヒーとかいっぱいあるわけですね。チョコザップというのはそういうのを今までやってなかった。それを今後やっていくには直営じゃなくてフランチャイズでどんどん広げていこうということで4倍だったかな。2000円から8000円店舗とかかなり増やそうとしていて、それが今度たまたま見かけたんですが長野県の安住野市だったかな。
穂高町だったかな。そこまで書かれてましたけどリリースで。これを見た時に僕はこれはどういうふうに感想だったり気づきを得るかは人それぞれだと思うんですけどこれを見た時にそうなんだっていう人ももちろんいれば僕はその経営方針を知ってたんでこの初の例として、初と書いてありますがリリースって。
直営からフランチャイズっていうのの一つの象徴的な切り替わりだったり事例として、もちろんそれが田舎にあるから車で通ってやるってことになると都会でチョコザップで通勤通学の通学はあんまないのかな。
わかりませんけどそのついでに寄るっていうね。家の近所にあるから寄るっていうのじゃなく車で行くことになるんですね。
そういう生活様式ということで、わざわざ田舎だと車がないから足がないからってことで車に乗ってどっか行く普通だけど車に乗って行ってやるっていうのは耐えられるというかビジネスとして来てやれるのかは正直僕はわかんなくて。
だけどそういうチャレンジをしているなっていうふうには取れるわけです。
となると今突っ込んだように都会の形式では成り立ったが田舎の車が普通だよねっていうところだと成り立つのかっていうふうに見えますよね。
とか新しい経営スタイルや経営方針というのがどこまで行くかっていうふうにもなりますよね。
もっと言えば新しいチャレンジみたいなふうに取れますよね。
僕は取られたわけです。
っていうふうな事例として僕はインストールというかインプットしたわけです。
これが別に僕のように取るのが制限ではもちろんなく、リスナーのあなたがどういうふうに取るかよくてチョコザップフランチャイズやるんだってっていうぐらいでもいいですし、
気にならなかったらそのまま別にするというか、いろいろなやり方あるよね。広げてるんだねっていうふうにも言えますよね。
具体例と抽象化
っていうふうに今のが抽象化というかどういうふうに自分の中のストックパターン化していくっていうところに近いかなと思います。
だから興味ない人は全然興味ないと思いますよね。具体的なチョコザップがね。
じゃあ全然違うアニメとかのアニメカフェとかね。コンセプトカフェはちょっと違いますが、アニメとかそういったですね、体験でグッズが売ってたり、
そこで例えばチーカがどうかは僕は別にすごい好きで何かやってるわけじゃないんでチーカファンの人だったらあれですけど、
例えばチーカというのが行ったときにチーカカフェみたいなのがあって、そういうふうになんちゃらカフェみたいなのを作るわけですよ。
それはイベントというかポップアップとして作るんだけど、それも一つのパッケージじゃないですかっていうふうに見えるわけですね。
アニメカフェとか漫画カフェみたいな感じですね。そこで自分が推したいものを買えるし、そこで期間限定で出すものとか、
特にあるのが食べ物ですね。フードとかドリンクですね。色がついたものとか。それを怒られるんでしょうけど色付けただけじゃんとか、
ひどいやつだと炎上しますけど、そういうのを分かった上でそこでしか体験できないから買うよね、消費というか。
行くんだよねっていうところを真理をうまくついているんだと思います。知ってても買うのがファンなんでしょうね、多分ね。
ファンレベルはありますけど。それも一つのパッケージというかまとめた見方になるわけです。それが抽象的な見方ですね。
だから抽象的な見方をすると、人間は生きて死ぬだけなんだみたいになってて、つまんないというか、いやそうだけどみたいになりますよね。
別に僕はそれを推奨したわけじゃないですよ。だけど具体的に言っちゃうとパターン化ができないから、全部新鮮すぎて毎日が新しくなっちゃうわけですよ。
毎日が新しいとか刺激がいいのはいいんだけど、それって変なんしお金の計算ができなかったりとか、
食べ物を買うときにどこに行けばいいかわからないとか言っていることがわかりますよね。そのパターンとか行動をうまく軸を作れなくなってくるから、とたんに不安になるわけですよね。
だからこのあたりはすごく学習とかにつながっているというかまさに学びの話になるんですけど、そうやってパターン化してみるといいんじゃないですか。
で、すると僕の場合だと、ちょっとお名前忘れてしまいましたけど、その抽象化アブチダさんだから、仮説志向みたいなことを書いている方がいるんですけど、
その方も書いてましたけど、結局引き出しにどういうキーワード、抽象化したパターン化したやつっていうのを入れているか。
だからAIの使い方みたいなのに今回入れていただいた方もいれば、僕が何か言ってたよねみたいな風に入れる人もいれば、
なんかわかんない話してるなぁみたいな、なんだよ具体と抽象だって思っている方がいるかもしれませんし、
細谷さんですね。抽象と具体という本を書かれているKコンサルタントの方だと思いますが、
本も読んだりしましたが、今でも書店に売ってたりするので、もしかしたら本屋に行ってくれた時にビジネスショーコーナーとかに、
具体と抽象っていう変な漫画があるんだみたいな、ゆるい4コマ漫画がついていて、内容はただのハードボールドっていう、すごく面白いんですけど、
そういうのに触れて、何かこういう風に言ってたなっていう風にして、どんどん具体を重ねて同じ例を、
具体的な例も1つだと言わないですけど、3つくらいやると何か見えてきたりする。
それが別に間違っていてもいいというか、合ってなくてもよくて、それをアップデートしていくって感じですよね。
抽象化していくって。です。いかがでしたでしょうか。
なので、具体的にやると考えなくなるっていうことじゃなくて、具体例を見たら自分で試さなきゃいけないよねって。
具体例を自分で示されるようになると、より考えてるようになるよねって思ったりします。
かつ抽象化でパターンで示せたら、今度はもう具体的にこれこれこれって言わずにも、こういうパターンだよねっていう風に話していけるような気がします。
思考というか考え方というのは、型とかいろいろなものがあるから、別にそれがね、あれなんですよ、
哲学とか経営学のフレームワークを持ってないといけないわけじゃなくて、
ご自身が例えばより分かっている、たとえばみかんだったらみかんでもいいですし、植物だったら植物でもいいですけど、
考えることの重要性
好きだったり興味があるもので構築しておいた方が僕はいいかなと思います。
それで紐づけられるから、全部みかんで例えてもいいわけです。
僕はやらないですけど、そのみかん好きのみかん大好きパーソンがいたら、それで例えてもらったらいいんじゃないかなと思います。
でも学問とか研究者っていうのはそういうことをやっている人が多いと思うし、
クリエイターだったらクリエイターでじゃあ全部このイラストの世界のところに全部落とし込んでみる、
日常エッセイみたいなそういうのないですか。
そのワールドで世界を再構築するみたいな、もしくは世界観を示すと。
誰も傷つくことがない世界っていうのは漫画とかフィクションでは絶対にあると思いますし、
それでいいんじゃないかなと思います。
っていうのを練習していくというか、具体的に抽象を生かすということを生かすところがまさに考えることなんじゃないかなと思いました。
考えることは考えることなしに進めないというパラドックスと言いますか、逆説的なものがあるんですが、
実際に考えてよって言っても考え方が分からないということはありますが、
考え方が分からない前に何が分かったか分からなかったかを分けることが必要ですよね。
分かった部分までをこれロジックの話で理屈の話でしょ。
分かっているのはここまでですってことが言えたら分からない部分はその先とかその手前とか分かりませんが、
そのずらしたところにあるわけですよね。
じゃあなんで分からないんだろうってなるんで、調べたり聞いたり自分で本当にまさに考えてこういうことを言っているのかなっていう風になっていくわけですね。
だから具体の切りもないですよね。どこまでいったら具体なのか、どこまでいったら抽象なのかの限度もない。
なので、無とか空とかね、抽象化するとね。
だからよく人が生きる意味は何ですかみたいなこと、生きる価値は何ですかとかいろいろあると思います。
仕事って何ですか、仕事の意味は。答えないんですけど、でも考えたい人がいるわけじゃないですか。
僕も考えたいんですよ。でもそれがこういうことなんだっていう意味付けはぶっちゃけなくても人によって違うわけですよ。
だからですね、僕は批判的に扱ってますが、お金のために生きるんだ、それが私の人生ですっていう。
仕事っていうのはそういうものなんだっていう人が思い浮かぶんですが、それは否定できないんですよね。
お金だけっていうかね、本当に。
それが楽しいよと言って、それで満足というかいいなら、いらんお世話じゃないですか、僕からするとね。
一方で、いやお金だけじゃないよねみたいな。お金はもちろん大事だし、生活していかなきゃいけないから。
だけどそのお金だけとか言ってると、なんかいろいろ見失わないですか?ってか見失ってますよねみたいな方が、僕は好きかなと思います。
面白いかどうかみたいなところがまずあるんでしょうね。そこのお金があればいいみたいな人って、面白さがないんですよね。
お金だけあればいいっていう人で、その面白さを追求できるかっていうと、しんどいかなって思いますね。
お金すっげえ追求してて、面白さも追求してるっていう人って、あり得るのかって話なんですけど、
お金をいっぱい得た人が面白さを追求し始める余裕だからねっていう人はいるかもしれないですよね。
だけどそれって、リサラのあなたもいろいろ考え方があると思うんですけど、お金を得た人の立場が面白さを追求できるかっていうと、
コンテンツとして面白いかは、はなはな疑問で、その著名だったり有名だったり、財を成したから、いわゆる成功者だからやってるだけで、
全然面白さはないよね、にはなるかもしれないですよね。
両立ができないとは思わないんですけど、別にこれは著名で成功した人しかできないみたいな話になるとか嫌なんで、
そうじゃなくて、別にお金はほどほど稼いで、じゃあ別にやりたいことやるってもいいじゃないですか、みたいなね。
そういう人も思い浮かぶんですけど、その場合、仕事をほどほどにっていうのが、手を抜くというか、頑張らないみたいな感じっていうのがあったりするわけです。
それは僕は全然推奨してなくて、それって言われたことを右から左に流したり、ここで言う批判ですが、本質的じゃなくて表層で、まさに具体ですよね。
具体的な何かをやってるんだけど、それはあくまでも誤解がないように言えば、具体例として誰かが支持したことをただこなすだけであって、
自分が考える具体ってやつですね。つまり考えてないわけです、自分は。自分は考えずに何かやっている。自分でこういう風にしたらいいですかって言って充実すると僕は思いますけど、
それはまさに自分が考えていることなので、そういう充実度がある人っていうのは、つまんなくこなすっていう風には僕はならないんじゃないかなって、これは仮説ですけど、思ったりしています。
ちょっと長くなりましたけど、そんな感じですね。具体的なものは分かったつもりになりやすい罠があるんじゃないか。具体的に自分で、ご自身で考えて試すっていうのは全然違ってて考えることになるんじゃないか。
考えるっていうのを通すときに、まさにその瞬間に抽象化、パターン化、まとめ、自分にとって使えるんじゃないかみたいな問いが生まれてきたりします。
これがまさに考えるっていうのの動き方だと思います。考えるに答えはもちろんないし、正解はないんだけど、自分の中でその問いとか仮説とか、こういうことをしてみたらとか、これは違うんじゃないかっていう、
ここの職業グループラジオでもずっと言っているテーマではありますが、それがあるかどうか、好奇心でもいいですよね。なんか興味ないけどみたいなのでもいいし、興味あるでもいいし、なくてもいいし、
そういうのがあることがまさに考える一部だし、それをやることが考える。そうすると具体例で示されたものが変わるわけですよ。解釈が変わる。解釈が変わるのも考えるだと思います。
良くないですか、その偏見で自分の思い込みがあったけどちょっと変わったよね、みたいな。ちょっとじゃなくてもいいですけど、劇的に変わることもあるし。
考える力の重要性
それがまさに大事なわけですね。例えばコロナ禍っていうのを過ごした人と知らないで、赤ちゃんとか赤毛の人はそうですし、震災とかもそうですし、何でもいいんですよね。事件事故じゃなくてもいいし、
すごい良かったと、めちゃくちゃすごい人いったみたいなのは、僕はやっぱり覚えてたりするし、そういう人いるならいいなとか、なんか捨てたもんじゃないよねみたいなね。
別に社会捨ててないんですけど、日本とか捨ててないんですけど、そういうのがいいなと思うわけですよ。だからそのパラダイムシフトってことでその社会通念というか考え方が変わることがありますよね。
カルトみたいに追い込んで考えさせるようにして思考停止するやつじゃないんですよ。そうじゃなくて、自分でこうかなあかなって学んでいって、それって少しずつですか、劇的に変わるのは危ないです。
少しずつやっていって変わっていくってことがまさに考えることじゃないか。まさにそこにというので土台や軸が作られていくってことで、考えましょうってね。
すごい荒い締めですけど、考えていきましょうと。僕も考えていきます。そんな感じになります。
具体的な例を示されるんじゃなくて、自分で具体例を示せるようになるのが考えること。もしくはちょっとでも会社が変わったり、仮説や何かアイデアが浮かんだりすることが考えること。
ぜひですね、考えてみてください。ご自身の考えるってのは何だと思いますか。ぜひですね、それを突き詰めていくと面白くなるかもしれません。
だから面白くない人もいるかもしれないので、面白くなるかもしれません。少なくとも主語繰りとかやろうとする人は、考える人だし考えたい人だから、ある程度面白いんじゃないかなと思います。
そんな感じで今回は終わりたいと思います。
四国にラジオ大橋でした。ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上失礼いたします。