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2025-04-08 31:22

0から1になる楽しさは一生思い出せる

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サマリー

このエピソードでは、0から1になることの重要性や、そのプロセスにおける喜びについて語っています。特にYouTubeでの登録者数の増加を例に、初めての成功体験がどれほど特別で忘れられないものであるかを探求しています。また、コンテンツ制作におけるサムネイルの重要性や、視聴者とのコミュニケーションの変化についても言及されています。さらに、ゼロから一を生み出すことの喜びや、そのプロセスでの意識の変化についても触れています。0から1になるプロセスは、自己発見や目的意識の重要性を再認識させる要素があります。YouTubeやポッドキャストなどのメディアを通じて、楽しみながら成長することの大切さが強調されています。

0から1の重要性
こんばんは、シゴクリラジオの大橋です。今回もシゴクリラジオを始めていきたいと思います。今回のテーマは、0から1にする大事さ、ですかね。
最近、YouTubeをやっているんですが、YouTubeをやると言っても、特に既存のもので公にしていない、いわゆるこっそりやっている、探そうと思ったら探せるかもしれませんが、結構難しいんじゃないかと思います。
それから、登録者が今まで0名、要は特にサブスクライバーという人はいなかったんですが、なんと最近1名登録していただける方が増えまして、非常に噛み締めている、嬉しさを噛み締めるような状況があります。
この0から1というのは、数字上は1から2とか0から1というのは、数字のプラス加算として1なんですが、0からの時の1と1からの時の2は全く違う、0から1の間隔ですね。何か共有できればいいかなと、今回話してみたいと思います。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、しおくりラジオの大橋です。今回のテーマとしては、0から1への大事さ、0から1になることの間隔です。
0、1ってよく使ってますが、リスナーのあなたはどうでしょうか?使ってますか?
一概には言えないんですが、今回であれば、YouTubeの登録者が増えたという話になります。
これは、例えば、ここならというようなプラットフォームでもいいですし、そこで初めて出品しました。出品するのはできるじゃないですか、頑張ってね。
出品したことがない人も、もしかしたら0から1かもしれませんが、そこで初めて売れるという感覚は一緒かなと思います。
前回はちょっと長かったですが、その前かな、分かりませんけど、高校の時にプリソフトを作って、0、1っていう意味では、近いのは雑誌に載ったと。
雑誌に掲載された、要は他社、編集部側で評価されて、掲載し送ってきていただいたというのがありました。
そういうのってめちゃくちゃ嬉しいわけですよね。今までやってきたことが何か形になる、もしくは評価されるっていうのは嬉しい。
これもSNSとかもそうですが、フォロワーというのは承認欲求ではないんですけど、見た盾されるわけですよね。
それはそれで全然いいと思うんだけど、承認欲求というか数値を高めていった時に、影響力が高まるみたいなのは、別に否定しないしその通りだと思うんですが、
ただ、その人数が増えたから何か良くなるとか、そのためだけにやるというのが目安としては良いです。指標の一つとしては良いですよね。その指標だけというのは良くない感じもしてます。
だからYouTubeであれば登録者数だけ見てて、国境かもしれませんが、登録者が増えれば何やってもいいということでいくと、炎上系YouTuberというのが漏れてくるというわけですね。
それだけ考えていたらそうなりますよね。
ダメなわけですけどね。断じて良くないというのはありますよね。
炎上すれば炎上しても良いから何やっても良いんだよねっていうのを是非として、いやそんな関係ないじゃん。別に良いんじゃない個人の自己責任論ってやつですか。あんまり好きじゃないやつです。
責任でって言う人もいらっしゃると思うんですよね。リスナーのあなたかどうかは分かりませんが、それやってしまうと関係みたいなところが全部壊れるわけです。
何言ってるかというと、世の中に関係していない人っていないと思ってまして、この前提ですよね。一生出会わないから関係ないよねっていうのはちょっと危なくないですか。
最近であればお米の価格が上がって米食べてますかみたいになってくるんですけど、そういうところでお米農家さんに会ってないけどめちゃくちゃ買ってるわけじゃないですか。
政治とか政策もめちゃくちゃ影響されますし、別に会ってない人にめちゃくちゃ影響を受けてますね。そういう仕組みが世の中にあって、リレーでもいいし制度でもいいし経済でもいいしめちゃくちゃ影響しちゃってるんですよね。
それは想像力の話なんでこれぐらいにしとくんですけど。
0から1の話に戻していくと、YouTubeは今回はそういう例だっていうことなんですよね。
ここでですね、ドーパミンというか興奮物質じゃないんだけど、この0から気づいたらですね、アナリティクスというか動画をアップロードしたときにちょこっと見てるんですけど、見たときにプラス1とか言ってなってて目を疑いまして記念のスクリーンショットを撮りました。
でですね、涙が出そうという例をして周りの人にも共有してたんですけど、人から見たら大したことないんですよね。
リスナーのあなたはどうですか?登録者数がプラス1名になったら喜んでる人聞いたことあります?
たぶん喜べない人もいるんじゃないかな。
例えばよくありそうなのがVTuber、YouTuberでもいいですよね。
初めて何か数百人来ましたとか、全然ですとか言う人っていそうじゃないですか。
数百人ってすごいですよね。めちゃくちゃすごいと思うんですよ。1年とかですよ。数百人めちゃくちゃすごいと思います。
1名ですからね。
それが何ヶ月間かかったというと、これは11月ぐらいなのでちょうど5ヶ月かかってます。
5ヶ月かかって登録者数が1名。どうですか?
毎日はさすがにやってないですけど、週に1回なので20本ぐらい月に4本あげていくんで、
20本でやっとスタートラインというか、初めて登録して待ち遠しいよねって思わせた1人にありがたい感謝です。
このラジオを聴いているとは思いませんが、リツアーのあなたではないんですけどね、と思うんですが、
思い出せる経験
もしかして重なってたら大変ありがたいです。もしかしたらその可能性もないわけじゃないのでありがたい。
スタートラインに立ったということでいくと、結構変わってきたんですよ。
多分意識の話と嬉しい話というので、この2つかなと思ったりします。
嬉しい話はさっきも話した通りで涙が出そうというのは、高校生の時のフリーソフトが掲載されたとか、
初めてオフ会で話して面白かったとか、そういうのに近い。
ただ、自分が作る、もしくは提供する、売る、何か出したものが売れるっていうのを初めてやることは全く同じことじゃない。
全く同じことって多分ないんで、やるじゃないですか、似たようなことでもね。
YouTubeって別に僕自身やってきたわけでもないですし、
四国ラジオのポッドキャストでも初めてフォロワーの人がいいねついたりとか、コメントくれたりとか、何でもいいんですけどね。
そういうもので来るんだ、もらえるんだみたいなところを思うと、その初めての経験というか体験として非常に喜ばしいというかですね、嬉しいなっていうところになります。
何でかなっていう、僕の言葉で言えば初めてのお客さんがつくみたいな感覚なんですけど、
これ何で嬉しいんだろうな、何で面白いんだろうなっていうところなんですよね。
あなたもそういうのがあるのか、初めてのお客さんがつくことが嬉しいかどうかっていうところは、
僕はあんまり人と共有したことがないというか、そんな話を結構したことがないんで、
そのテーマでね、本当に嬉しいんですよって。
でもあるんじゃないかなって思ったりします、そういうおおかれつく中でね。
さらにこの感覚は自慢してるわけでは全然なく、
人によってはですね、もっともっと高い感じの人、早く実績というか結果を出してやる方もいらっしゃる、
早く成果を出す方もいらっしゃるし、5ヶ月でやっても無理だよっていう人もいらっしゃると思うんですよ。
だから別にそれを比較してることは全然なくてですね、自分の中でやってみてどうかっていうことを、
主語繰りこれはポイントだと思いますが、自分の中でやっていただくのがいいんじゃないかなと思います。
要は自分の目安ですね。自分が何かやる時にこうだったよなっていう意味での目安としてもらえればいいという話です。
だからある人がこれぐらい5ヶ月やったら1名ついたから、自分も5ヶ月やったら1名つけるよねっていうのはやめた方がいいと思います。
全く参考にならないというかね。やり方もね、いろいろあると思いますから。
この感覚ですね。0から1、初めてお客さんがついたってところが文字通りですね、言葉通りなんですが、一生ですよ。
これは本当に一生忘れないんだろうなっていうのはあるんですよ。
もっと正確に言えば、一生忘れない、覚えてますってことじゃなくて、思い出せるってことですね。一生思い出せるってこと。
だからこの感覚を僕が忘れてしまったら、たぶん仕事クリエイターというものが崩壊するというか、消えるぐらいのインパクトというか、
インパクトじゃなくて重要性があるということで、一応今回は取り上げてみたって感じです。
これがですね、例えば一生忘れないってどういうことか、つまり何回でも都度思い出すってことなんですけど、思い出せるっていう状態ですね。
今回のようにYouTube配信みたいなことを始めるときに、思い出そうと、この感覚を思い出すためにやってるんだってことは正直そんなのなくてですね、ないんですよ。
ないんだけど、ちょっとやってみちゃおうかなっていうのがありまして、この四国ラジオで取り上げている、たまに言っているスケッチを始めて、
一昨年の話ですよ、スケッチを始めてでもあんまり続かなかったっていうのがあったんです。3ヶ月ぐらいだったかな、実際はね。
5ヶ月、わかりません、1年続かなかったかなっていうところからいくと、もう5ヶ月でペースをつかんでまして、なんかやってますねっていうのがあるんですね。
で、それをやって、一つ結果っていうところですね、結果成果。分かりやすいところで言えば登録者するってことですけど、そういうのが出てくるよねっていうのが、
期待しているというか、やれば当然粘っていけば何か出るってことなんですけど、そこがやっとできて、そこで一つ目安というかね、
これで終わりというわけではないですけど、一つ区切りとしてあったよっていうので振り返っているって感じになります。非常に良いと。
もう一個ですね、視点をやや変えて、変わってきたっていう話をしたと思うんですけど、何が変わったかっていうと、
YouTubeってご覧になられる方が多いかなと思いますが、YouTube動画プラットフォームですね、Googleがやっている動画プラットフォームですが、
さまざまな動画が無料で見える。無料で見えるのは広告がついているからですが、有料でももちろん見えますと。
サムネイルの重要性
そういう中でですね、さまざまなコンテンツがある中で、サムネイルというのは一覧に出てくる画像のことですね。
この動画が何を指しているかを示すある種の顔であり目次みたいなものですが、それを見て選んだりするじゃないですか。
これだよねとか、もしくはタイトルとか説明とか読んで、もしくは再生数とか人気なものを見ている方もいらっしゃると思うんですが、
そういうのを総合的に見て選んでいる、もしくはレコメンドされたりから見るというのがあると思います。
僕の感覚でもレコメンドされて、個人の方というか知らない人が回数が回っていない、PVという視聴数が少ないものが減ったときに、
結構見ないと思うんですよね。
結構見ない。
何だろうねという、個人の人がちょいちょいとやっているだけかなと思っちゃうというところを持っていたんですけど、
まさに自分がそれをやっていて、何でかというとサムネイルであったり、顔を出しているわけでもないので、本気度が足りないんじゃないかと思われる。
顔を出したら本気度が高いというわけでもないと思うので、結局内容でもあるよなと。
とはいえ、最初の顔としてのサムネイル動画もある程度整えないと、店の入り口がわからない店みたいなのとかで、
それが隠れ家ですよみたいなこととか、場所がわかりづらい店も隠れ家なんですよと言えばいいかもしれないけど、
隠れてわからないからいけなかったら意味ないじゃないですかという根本的なところですね。
表面的なもので取り繕うというか、ごまかすわけじゃなくて、サムネイル画像というのはやった方がいいかなと思ったんですよ。
今までは別にそんなに作っていなかったんですよ。
作れよって思うかもしれませんが、逆に言うと5ヶ月ぐらい、まだ後でいいやっていうか、そこまで余裕がなかったというかね。
コンテンツを作っていく流れとか、週刊課に近いですけど、流れみたいなものをやっていった時に、
まずはその中身というか内容を出していこうみたいな風にしていたので、最近ちょっと余裕ができてきたのか、
矢印がですね、5ヶ月ずっと自分の本を見ていただけじゃないですけど、内容を伝えるということはこのラジオのように変わらないんですけど、
ただ作ったものをどう見てもらうか、楽しんでもらうとか、より伝えるにはどうすればいいかみたいな。
そういうのが変わってきた感覚があるんですよ。
その結果サムネイルを変えて、要は整えて、お店に来てもらう人に分かりやすくしたり、
ここですよ、やってますよ、よく飲食店とか和食だったらノレン出すじゃないですか、入り口のところに掛けて。
そんな感じでノレン出したり、看板出して、やってますよっていう営業中の札をね、
準備中じゃないよってやってるよっていう風に出して、どうですかっていうのはやっぱりやらないと良くないと。
別にそのうるさくやるわけじゃなくて、そのサムネイルもメッセージをつけて、
こんなんですよっていう風に伝えていくといいんじゃないかと。
なのでまだまだYouTubeの機能、配信動画の機能っていうのもあんまり理解してないんで、
その辺りの理解も深めていかないといけませんが、それもやりながらですね。
結局それをそれためだけ勉強してやるって多分ないんで、やりながらやっていって、
こういう意味があるんだったらやろうってことを一個ずつやっていくっていう感じで、かなり楽しんでやってます。
だからですね、この感覚ですよね。
このラジオで言えばですね、ぐっと変わったっていうのが、最近はね、別に喋ってない様子は変わりません。
変わったのがですね、その目の前の人に伝えるためにジェスチャーを入れるようになったみたいなのがあって、
毎回ジェスチャーをすごい今こうしてやってるわけじゃないんですけど、
伝えたいとやっぱり体が動きますから、それでこうなんですよってことを言っていく。
それがですね、大事かなと。
それは別にラジオだろうがどういうものであろうが、やっぱりですね、ゼロというかですね、数値として見えないところで、
視聴者とのコミュニケーション
いわゆるこの四国立的に言えば水面下ですよね。
何も起きてないように思われるかもしれないけど、やってる側はすごいいろいろ起きてて、
その中で粘っていくって感じですけど、ある程度のものができるまで粘ってやっていくと。
その中で意識が変わっていくと、そこが非常に大事なんじゃないのかなと改めて感じました。
サムネイルの話で言えば、いきなりですね、見栄えのするサムネイルを作るとするじゃないですか。
サムネイルをね、だけね。でもコンテンツが全然みたいなのが、人によっては多いんじゃないかなって思いません?
要は、サムネイルとかすごい綺麗なんだけど、アイキャッチってことですけど、
中身が別に何それ?それ普通じゃないみたいな。
普通っていうのはあれですよ、取り留めもないみたいなことで。
だから誰もがやっているようなことをやるのが全く価値がないとは思いませんが、
サムネイルによって期待値が上がって、それほどでもなかったっていうのもあるわけですよね。
すごいことが起きそうだみたいなサムネがありますよね。
顔写真が載っていて驚いていて、若干持っていると思うんですが、
まさか何々があったかね、そういう。
いいんですけどってところですよね。
それに慣れてしまっている人は何も思わないかもしれません。
僕もそうかもしれませんが。
正直に言うと、まさか何々があったかって言うほどでもないよねっていうツッコミです。
っていうのを僕は好きじゃないんで、そこまでやらないかなっていうね。
そこは控えめに全然意識して控えていきますけど、
そこを持っていってどんどんプッシュしていくと、今度壊れるかなと思います。
壊れるというのは、どんどん強いメッセージになっていって、疲れちゃいますねお互い。
聞いている方も、見ている方も、自分も、これどこまで盛るのみたいな。
もういいでしょみたいな。
盛りすぎた結果、その盛りの感じが普通になるから、
この人とかこのチャンネルを盛るんだみたいになって、
下手したらコンテンツの方も盛ってるっていうね。
実際にコンテンツ盛ってる可能性もありますからね、そこまでいくと。
それはちょっとどうなのっていう話になりますから。
っていうところです。
要は粘っていくとかどんどんやっていくと、意識は変わっていって、
伝え方とかも変わっていくんだよなっていうところです。
ただいきなり最初から伝え方がいいふうにやろうとしてもできないなっていうのも同時に思いまして、
なんかやってって必要だなとか、見てもらうためにこうしなきゃいけないんじゃないかなっていうのを、
いきなりやるんじゃなくて、やっていく中で変えていくからできる。
これを何もやってなかったり、計画とかですよね。
計画だけして、こういうふうにやっていけばいいですよねとかいうタスクですよね。
WBSですか。
タスクに切ってどんどんこうやっていけばいいよっていうふうにやっても、
面白くないですよね。タスクをこなしているだけなんで。
って思いますけどね。
そこはもう人にそれぞれなんで、計画して決めたものをやっていくっていう気持ちいい方もいらっしゃると思うので、
やり方はいろいろあるかなとは思ったりします。
今回まとめますと、最初の0-1ですね。
最初に0から1、1から2とは数字の上では一緒だけど、プラス1なんだけど、
全く意味が違うんじゃないかと。
今までやってきたことが報われるっていうとちょっと大げさですが、
間違ってなかったっていうかね、自分の中ですよ。正解ではないですよ。
自分の中ではこういう取り組みをしてきて、価値として感じてもらえる人が一人でもいたよねっていうことが
証明されたわけじゃないですか、そのプラス1。
それは初めてのものを売るとかサービス買ってもらうとかもいいですし、
何か自分の中でアイディアとかやってきたものが何かに評価されるっていう瞬間ってことですね。
それがあると今までのことが満たされるっていう感覚が僕にはあったりします。
満たされるし同時にドーパリンじゃないオキシシンじゃないんだけど、
幸せとかいい感じになって、僕のロジックではそれでまたより人に優しくなれるというか、
想像的になれるというかね。想像はこっちはイメージの方もあります。
どういう人に届けられたら、もしくは届くのか、もしくはフィードバックじゃないけど、
何を期待されているというか、こういうものを出していったらいいんじゃないかっていうのをまたやろうというモチベーションになるじゃないですか。
今までゼロだと、ある種一人で喋って、それで何もリアクションがない状態ですというのはありますね。
ちなみにこれ何でできるかっていうところを、不思議な人も多分いらっしゃると思うんですけど、
ゼロから一を生み出す喜び
何でできるか説明が難しくて、やりたいからやってるっていうのと、
面白くないですかっていうのでやってますっていうところが現世であるので、
何かのためにとか、今まで散々批判している、お金のためにやるのはダメじゃないですよ。
クリティカルな仕事作りでお金を得るっていうのはあるんで。
ただお金のためだけってなると、ちょっとおかしくなってくるんです。
だからお金を得るとかっていうのを全然否定しないし、やったほうがいいんですが、
お金のためだけだとか、評価のためとか、成果のためとか、成功するためとか、
そういう自分の物差しみたいなのがなくて、他者の物差しなんですよね、成功とか。
自分が成功したいって言ったら自分のことだよって、もしかしたら思われるかもしれませんが、
それは成功の定義次第ということですね。
自分が何をすると心が動いていいなと思うかっていうのが自分の矢印ですね。
他人の矢印というか、他者がどうとか、社会的にはこうだよとか、分かります?
社会には自分も属しているんだけど、あまりにも他人側の、自分じゃないところの物差しが強すぎると、
自己発見のプロセス
みんなが面白いと思うとか、評価されたものじゃないと意味がないというふうに思うんですよ。
それは別に否定はしないんですが、それだけということですね。
それだけでやると辛いですね。
だから何のためにあなたはYouTubeをやってやるんですかっていう。
その動機づけというか動けないじゃないですか、何もないから。
ゼロだと、広告収益ってもっと先の先の話なんで、そんなのないですし、お金じゃないですし。
それはもしかしたら勘ぐる人は、それは建前であって本当は違うんでしょっていう勘ぐる方がいらっしゃるかもしれませんよね。
別にそれ考えていただいてもいいんですけど、正直ないですよ。
逆にそれをやってみて、ご自身でそれが続くかどうかっていう、プログラムじゃないけど、練習メニューっていうのがあると思ってまして、
記事100本書くとかそういう感じで、何かやってみて、別にできなくても全然よくて、
それをやってみる中で、自分の感覚ですよね、自分の心の在り方とかが出ちゃうんでしょうね、きっと。
というのは思います。悟りではないですけど。
やっていく中で、本当にこの人、お金じゃないよねって言っときながら、めちゃくちゃお金のことだけしかやってないとか嫌じゃないですか。
僕も自分のこと嫌ですからね。
逆にお金ですよねって言ってるのに、お金のことをやってないのも嫌じゃないですか。
結局そこって言動が全然違うと、信頼されないってことになりますよね。
僕は信頼されてるから、そこはもうお任せですが。
やっていくと形になるところまで粘れるかってことですかね。
この粘りっていうところが結構難しいのかもしれないですね、世の中的に。
やっていくんだけど、これがビジネスとか仕事としてやってると人気がないから終わりですっていう風になっちゃうんですけど、
実習企画で自分でやってるのであれば、自分でやってるときに、
お金をそんなにかけなければ、正直一生できるし、きりがなくなるというか終わりがないわけですよ。
終わりがないのが悪いわけでもないし、やろうと思ったらそのままできるし、
それで何をやりたかったかっていうところですね。
YouTubeだったら僕だったらYouTubeで何をやりたかったかってことは設定してあって、
ポッドキャストのやりたかったことは設定してあって、
それが曖昧であろうが、定量的な何かっていうのもなんでもいいんですけど、
とりあえず掲げておいて、僕の感覚では企画書みたいなのをちゃんと作っておいて、
自分の中でですよ、こういう風なものを目指したい、
こういう風なものをやっていきたいということを掲げておいて、
自分でやっていくことを、自分の中でやっていくことを、
作っておいて、こういう風なものを目指したい、こういう風なものをやっていきたいということを掲げておいて、
それがどこまでできたか、できなかったら即終わりとかではないんだけど、
それを見ながら、実際には日々というか一回一回を楽しんだり、
楽しく成長する
こういうことを伝えたかったけどとか、
毎回確実に強いメッセージというか、
毎回必ず強いメッセージが飛ぶとは思っていませんし、決まってはないし、
ブレブレなことはもちろんあるけど、
少なくともやる原動力みたいなのはそんなに変わらないんじゃないかなって思いながら、
それを楽しみながらやるのが一つのコツなんじゃないかなという風に思いました。
なんでですね、そうやってまとめ長くなりましたけど、
まさに集合送りだと僕は思いますが、
YouTubeをやっていったら幸せになれますか?じゃないけど、
幸せになれますか?っておかしいですよね。
で、儲かりますか?とかね、それもちょっと疑問というかちょっと違うんですよね。
ちょっと違うんですよね。問いかけが全然違う。
だけど、リツアーの頭を含めて見ている人、聞いている人、
何でやっているんだろうとか、それをなぜ続けられるんだろうとか、
その人が見たいような視点で見るのはもちろん分かっているので、
なるほどなぁという風には聞かれたら思いますけど、
原動力みたいなものっていうのは、結局ですね、
感覚として遊びというか、やったら面白いんじゃないかっていうところを先行してやって、
で、やっぱり面白いよねって。
伝わる感覚もしくは伝わっていないところがあるところを見ていって、
少しでも自分ができることをやっていくというところで一つになっていくかなと思います。
今回は以上となります。
四国レイラジオ大橋でした。ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上失礼いたします。
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