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はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。よろしくお願いいたします。
今回のテーマはですね、何度も話していますが、AIを使うと考えなくなるのか、もしくは思考をしなくなるのか。
話してはいるんですが、再度考えていこうかなと思っています。
シゴクリ的に言えば、そもそもその仕事とかビジネスとかやらなくていいんじゃね?みたいな感じになるのかもしれないですね。
人間が、例えば僕が考えてこういうことをしてみようかな、こういうのを解決しようかなっていうのを、AIが勝手にやるとは思えないんですけど、
最初に考える思いつくアイデアの部分は人間が考え、後はAIがやってしまっている状況があるかもしれないですね。
まとまってはないんですけど、考えていることをAIを使うと考えなくなるか、そんなテーマで話をしていきたいと思います。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。
テーマは、AIを使うと思考しなくなるのか、正確にはAIを使うと人間が考えなくなるのか、そんなテーマですね。
これ何度も言っているかと思いますし、どうなんでしょうね。リスナーのあなたも何か考えがあるかなと思ったりします。
AI自体を、初期の頃でもいいんですが、めちゃくちゃ触っているかっていうと、今別にそこまでめちゃくちゃ触っている感じはないんですよね、僕がね。
思考とか考えることっていうのは、生成AIに指示を出すでもいいし、自分の意見をまとめさせるでもなんでもいいんですけど、アイデアを出させるとかね。
その時に、AIのアウトプットを読むわけじゃないですか。もういいよ、みたいな。
伝達みたいな感じで、出てくる計算式はいいよ、みたいな。伝達じゃなくてもいいんですけど、だいたい合っているよね、みたいな。
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信じるっていうのもあるんですが、確認みたいなのは結構ポイントで、たぶん誰しもが考えているんじゃないかと思います。
全く考えていない人はいない。
例えば自分の考えであるよねっていうのが明確にあったとして、いろんな仕事をしていった方がいいよね、みたいな考え方があるとするじゃないですか。
逆に仕事は一つにした方がいいっていう考え方もありますね。
それがどちらでも別に正解じゃないんですけど、例えば僕が仕事はいろんなものをやっていた方がいい、みたいな考え方があったときに、
そういう主張や意見を書いてAIに要約させると、もしくはAIとディスカッションするというかね。
どうですかーですかーって言ってたときに、まとめてくださいって言ったときでもいいんですけど、
そのAIがまとめた出力を読んで、もしくは読もうとしたときに、それがまさにいろんな仕事をしていいよねっていう考え方に基づいているか、
もしくはそれに近い主張をしているかどうかっていうのを確認したいわけじゃないですか。
もしくは確認しようとする。
だけど、たぶんこれね、ご経験がある方もいると思うんですが、
じゃあその確認を怠る、もしくは、まあAIさん、AIくんが言っていることはだいたいあっているから、まあいいや、みたいな。
でですね、そのAIを出して確認しないっていうことが、別に法律違反でもないですし、
常識っていうのもおかしいんですけど、よくないっていうことかと言われると、ちょっとよくわかんないわけですよね。
で、ただ、ただですよ、社会通年上王っていう話で、
僕が、例えばノートでもいいですけど、アウトプットしたものは、
AIが、そのAIを僕が使っていて、未確認で出しているっていうことは、あまりしないわけです。
あまりしないというのは、しない場合、その意見がなんか変なちがはぐだったり、
もしくは真逆で一つの仕事をしていった方がいいというふうにAIがすり替えていても、
僕は気づかないわけですよ、確認しないんで。
それを読んだ人がいて、AIじゃなくて、読んだ人がいて、
大橋さんは一つの仕事をやっていた方がいいと考える人なんだねっていうふうに読み取ってしまったら、
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これは誤解じゃないですか、僕自身が伝えたいこと。
AIが変えてしまったっていうのも、それもリスクとして受け入れますと。
そういう違った形になってしまうっていうのも、受け入れますというのであればOKじゃないですか、
っていう僕は思っています。
ここは確率の話になるんですけど、10本書いて大体良かったからもういいやっていう人が出てきてるんじゃないかなと思うんですよ。
むしろAIにまとめてもらった方がより伝わるっていう人も多いと思うんですね。
ここらへん伝わりますかね。
そこで問題というのが、じゃあもう信じるというか、せっかくで未確認で、もしくは確認をほぼしなくて、
ふわっと斜め読みして、いいや、バンって出していくっていう行為が、いいのかどうかみたいなね。
それは考える行為とはちょっと違うんですけど、ただ自分の意見というのを出させて、
AIに出してそれを要約させるというところで、ちゃんと自分の意見はこうですよっていうことを改めてまとめたり、
自分でまとめたり、なんか微妙に違うよねっていう風に修正していっていくことは、
割と趣向なんじゃないかなと思って考えるってことだと思ってます。
っていうことを手抜くというか、やらなくなると、当然ながら、僕の考えですよ、これは。
AIを使うというよりも、AIの使い方によっては未確認ですね、確認をしないということを続けていけば、
このPodcastでも話をしたと思うんですが、過剰が来ていくつか自分の主張を並べて、
あとはAIに文章を作成させるというか、文章を生成させるというか、作成よりもことができるわけですよね。
これはご存知というか、聞いている方はもう誰でもできると思います。
だけど、最初の過剰書きは必要ですよ、自分で。
だけど、書いた文章は、これは僕が思ったっていう話なんだけど、つまらないわけですよ。
もしくは自分っぽくないと。
そこには言葉の使い方だったり、特にリズムですね。
どこで話を区切るか、区等点ですよね、点とか。
どこで開業するのか、流れですね。
っていうのがないわけですよ、AIに書かせると。
それを自分の、自分の癖を読み込ませて作らせることもできるんですけど、
そこまで行った時に、何だろうねって思ったのが、僕の感覚で、
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あんまりAIに書かせたくないなっていうふうに正直思ったわけですよ。
だからAIに予約させたり書かせるってことが悪いとか、それやるなとも思わないです。
時間がないからまとめさせるっていうのもありかなと思います。
この辺については、自分で考えて、
普段書いてる人がAIでちょっとやらせるっていうのはOKだと思ってます。
全然いいと思ってます。
むしろそういう人がAIを使うとより考えるから、
頭への負荷がもっとかかってるから、逆に考えすぎにならないかとかね、
頭への負荷が心配になりますね。
それが楽しいっていう人はいいなと思います。
だけどそこで、AIを使わなくても考えることはできますから、
その辺りはちゃんと節度というか、
疲れない程度にやる必要があるかなと思ったりします。
考えなくなるっていうのもちょっと大げさなんですけど、
ただ筋肉みたいなもので、
喋るもそうですけど、話すっていうことをしなければ、
話し方を忘れたり、
どういうふうにコミュニケーションをとっていけばいいかわからないみたいなのが結構出てくるんですよね。
これわかります。
1日で誰とも喋ってませんみたいなのって、よろしくないわけですよ。
話も固定化されて特定の話しかしなかったら、
話の展開ができないから、
展開力とか具体中消化力みたいなのがあると思うんですけど、
全然広がらないみたいな。
退屈じゃないですか。天気の話しかしなかったらね。
そうじゃないよと。
っていうのも鍛えるしかないというか、
やるしかない。話すしかないですよね。
上手というのは話が上手くなりたかったら話すしかないみたいな、
もともとない話のことなんですけど、
考えるのが上手くなりたかったら考えるしかないですよね。
本当に。
なんていうんだろうな。
普段あんまり考えないよとか、
文章だけじゃなくてもいいんですけどね。話すでもいいんですけど、
やってない人がAIに頼ってやってしまうと、
単に筋力と言いますか、話す力とか考える力っていうのはつかないですよね。
考えるっていうのはちょっと分かりづらいかもしれないですけど、
問いを立てるとか批判するとか疑ってみるみたいな。
それでいい。例えば疑ってみる。
例えば僕が言っていることに対して疑ってみる、批判してみるみたいな時に、
それをせずに、この人が言っていることは正しいのであるとか、
この人が言っていることは間違っていないというのは、
ある種の思考停止じゃないですか。本当なのかっていうね。
それを吟味した上で受け入れるというのだったらありですけど、
これはあれじゃないですか。学問じゃなくても、
人の考え方をどうするかっていうところでは、
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一つの基本としてはあるような気がしています。
多分。そういうことをせずに、
それこそそんな人いないと思うんですけど、
テレビが言ったとか、YouTuberが言ったとか、
芸能人が言ったとか、国が言った、政府が言ったとか、
偉い人が言ったとか、もしくは上司が言った、社長が言ったと。
言ったから正解みたいな。そんなのないですよね。
っていうぐらいの批判というか疑う力は、
なんだ免疫みたいな感じですか。
持っておいてほしいなというのは心から願っている。
これは僕自身の願いです。
だけど、誰かが偉い人が言った、
偉い教授が言ったから正解だみたいな人がいて、
そうなんだとか、フォロワーが多い人が言ったから正解だっていう。
そんなわけないじゃないですか。
それを疑わないようにしていくと、
それは思考とか考えることが見かかれないですよね。
今言っている疑う、問いを立てる。
なんででしょうねっていう。
なんでだろうねってなったら、
それを研究とは言わなくてもいいんだけど、
調べたり考えたり、本当だろうかって言って、
実際の生活上とか、生きていく中で
それを見極めていくってことが必要じゃないですか。
それがまさに考えることだと思っています。
それがAIによって、
例えば調べて出てくるものはだいたい合っているみたいな風にして、
本当だろうかと疑わなくなると、
よろしくないんでしょうねって思います。
その回数とか頻度とか時間とかがね、
もしかしたらふわっとして、
何かやってないなと思っている人がもしいらっしゃったら、
多分それは衰え始めているような気がします。
めちゃくちゃ直感的な話してますけど、
多分そんなもんでしかわかんないですね。
これは僕の感覚になってしまうんですけど、
例えば最近考えたり何か話してないなみたいなときに、
本を読んだり、
すごい吸収できるときがあるわけですよ。
空のスポンジが水を吸収するみたいな。
空のスポンジ?
要は乾いたスポンジが水を吸収するみたいな感じってありませんか?
そういうのすごい好きなんですけど、
でもその状態って、
乾くっていう状態って、
それなりに何か違うことをしたり、
集中したりして、
スポンジが1個じゃなくていっぱいあって、
1個のことを集中していたらそれは充実しているんだけど、
他のものが乾いていって、
そっちも湿らせにいくみたいな。
そんなイメージかもしれないです。
これはもう言い尽くされているかもしれないですけど、
そういう意味でウェブとか、
インターネットとかの記事を読むのも全然僕は好きなんですが、
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それも読んでいって、
ちゃんと集中って言ったら変なんですけど、
考えや意見や言葉や、
状態っていうか感情っていうかね、
こっちに自分の脳の中に入って、
読み取り、それが処理されるか、
要はさっき言ったように、
ツッコミ入れたり投票入れたり批判したり、
自分の中に思い巡らせながらっていうことができるかどうかですね。
っていうのはどちらかというと、
これは僕の感覚ですよ。
ウェブ記事でもいいんだけど、
デジタル端末でもいいんだけど、
やっぱり紙に印刷されたものの方が、
なんか集中しやすいっていうのがありますね。
だから紙の本読めっていう話でもあるんですけど、
そうやって読むと集中できるんで、
そこで入っていける。
だから小説を読むみたいな感じで、
物語みたいなのを作っていく感じと、
その人の思考、
この人は何を言おうとしてるんだっていうのって、
僕は似てるんじゃないかなと思ってます。
想像してね。
その部分を磨くには、
本を読むとか、
人と話すとか、
めちゃくちゃアナログなんですけど、
それしかないんですよね。
で、じゃあそういう本を読みます、
人と話しますっていうのが、
AIを使うことで減りましたと。
AIを使うことで減りましたと。
っていうのは多分あんま良くないんじゃないかなと思ってます。
AIを使うから減ったってことで、
AIとやり取りして解決しますとか、
人と話さなくていいですとか、
本を読んで他の人の考え方を学ばなくていいですっていうのは、
どうなんでしょうねっていう感じはします。
それ以上にAIを使って、
思考して自分で何かやってっていうのだったら、
また話は違ってくるかもしれないですけど、
正直わかんないんですよね。
何を調べるんですかとか、
生き方の問題になってくるんですよね。
例えば仕事繰りっていうのも、
新しく起業したりビジネスを作ったり、
自分で仕事を目指そうっていう、
クリエイティブな想像的な話で、
別にいいですよ、
飲食店で働くとかでも仕事繰りだと思うんですよ。
自分の中で違うことをやったらね。
だけど、
趣味っていうか個人の信条の問題ってやつで、
そんなんしなくてもいいじゃないですかって言われたら、
そんなん別に仕事繰りなんかしなくてもいいじゃないですかって言われたら、
話終了なんですよね。
ありますからね。
だから別にそれはわかるけど、
僕はそうじゃ思いませんよね。
僕はこっちがいいですよってやりますわみたいな。
別に批判はしないけど、
同じ決められたことをやって、
言われたことをやり続けるなんて、
もう耐えられんわみたいな話になるわけです。
対立ではないんだけど、
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自分が選びたい方の道を選びましょうみたいなことを言いたいし、
僕はそうしたいって感じですよね。
ってなると、
自分で企画ですよね。
自分で考え、
このような道筋やもしくはこのようなことをやっていくには、
これでいいんだろうかみたいなことをやっていくと。
まさに仕事繰りです。
仕事繰りっていうのは思考するし考えるしってことですね。
AIを使うのは別に否定しないでAIはいいんだけど、
人間が思考するとか考えることを下げるとか、
効率化するからやめていいっていうことは、
これは何度か言ってると思うんですけど、
誰も言ってないような気がするんですよね。
AIを使うので学ばなくていいよねっていう人がもしいるとしたら、
それは本末転倒な気がしません。
やったらいいですよね。
電卓みたいにいろいろね、
暗算はある程度でいいと思うんですけど、
計算っていうのができるのであって、
その上で電卓を使うならいいと。
だけどそれができないのにやってしまうと、
自分が思考しているように思うけど、
それは実はAIがやってるだけですよねっていう風になりませんか。
結構ここは恐ろしい話だなと思います。
考えるって何ですかっていうこと自体が、
全員がですね、AIを使う人がまず考えなきゃいけない。
だからAIリテラシーみたいなのが、
講座とかセミナーとかあるかもしれないですけど、
考えるって何ですかねみたいなところからいったほうが、
哲学ですけど、面白いと思います。
それをね、議論してもいいし、
議論しなくてもどうなんですかって考えていくことが、
まさに頭を鍛えているような気がします。
いろんな仮説立てでいいんじゃないですか。
例えば、思うというのとは違いますとかでもいいし、
考えるっていうのは、実行してあだこーだ試行錯誤することなんじゃないですか、
とかいう自分の感覚でいいんで、
を言葉にしてみたりして、
じゃあそれAIと違いますよねとか、
もしくはAIと一緒の部分もあるかもしれませんね。
それは分かんないです、別に。
そのAIと仮にほぼ一緒だとしても、
その美さって違うところで、
僕は僕、もしくはリスナーのあなたが人、
人が聞いているともリスナーのあなたは人ですよねっていう、
その人との違いっていうのも、
続くわけじゃないんですけど、
そうやっていかないと面白くないんじゃないかなって思ったりしています。
まとまりは悪いんですけども、
ぜひですね、
重たいなとか難しいかなって思われる方もいらっしゃったかもしれませんけど、
考えてなんすかねって話と、
AIで考えさせてみたいなのも、
自分が考えているものがあって、
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それがAIがいてっていうのだったら全然いいんですけど、
自分で考えてないなーとか、
AIに任せてるなーみたいな風に思ったら、
多分それはちょっとアラートで、
自分で考えるってことを、
サボるとまでは言えないですけど、
任せた分は考えてみるって、
改めて考えてみるってことを、
してみた方がいいんじゃないかなっていう風に思ってます。
って言ってるからには、僕も考えて、
こうじゃないか、じゃないかっていうので、
怠けずに毎日何か述べてます。
よかったらまた聞いてみてください。
それが高尚な考えとか、
世の中で使えるとかそんなのは知らないですよ。
正直知らないんで、
使えそうだったらうまく使っていただいて、
使えなそうだったらもういいや、みたいなね。
そんな風に取捨選択いただければいいかなと思いました。
今回は以上となります。
四字熟理ラジオ大橋でした。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上失礼いたします。