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はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオはパーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。よろしくお願いいたします。
今回のテーマはですね、最近あったというか、アイデア出しの仕事もしてるんですか?
女子の正しい使い方ですね。
アイデアを納品するというかね、このシゴクリラジオでは話をしていますが、アイデア自体の商品化みたいなことを言っているかなと思います。
ここではですね、アイデアって形にしなきゃ意味ないじゃないですかっていうのは、めっちゃわかるんですけど、その手前のアイデアそもそもなかったり、どもそも何考えたらいいのっていう方がいらっしゃるわけです。
でないと、この仕事はその仕事だけで成り立っているわけじゃないですけど、その仕事として成立しないじゃないですか。
何言いたいかというと、アイデアに困っていて、アイデアが困っているから考えてほしい、考えていただきたい、もしくはなんかヒントが欲しいっていう方がいて、それはボランティアではなくですね、お金を出さないわけじゃなくて、ちゃんとお金を出します。
それでわかりましたと、考えますという話なんですよね。
で、なんかよくわかんないですけどね、生成AIとか出てきてアイデアが出せるようになりましたみたいなことを、もしかしたらいう方がいらっしゃるとは思うんですけど、そのアイデアは何なんですかねみたいな。
1個だけ補足しておくと、その生成AIにアイデアを出させて、それ面白いですねっていうふうに拾える人は、多分アイデアを普段出している人で、アイデア自体の取り扱い方が上手いんじゃないかなって思ったりします。
逆に言えば、それが下手というか、やってない人はたぶん生成AIにアイデア出しをさせないですし、あとさせたところでこういう印象を受けるんじゃないですか、なんか全部似てるなみたいな。
なんで使わない、使えないなってことで、AIでアイデア出ししない、みたいになってくるんじゃないかなと思ってます。
っていう方もいらっしゃったかなと思います。そういうAIで出してみたけど微妙だったっていう話もしたような気がしますけどね。
というわけで、そんな中でお決まりではありますが、そこから得た知見というと大げさですが、今回改めてアイデア出しの価値、人がアイデアを出す価値、もっと言えば僕自身がアイデアを出す価値は何ですかって言われた時に、
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そういうことは言えるわけはありませんが、それについて考えていきたいと思います。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いします。今回のテーマはアイデア出しの価値。
僕自身がアイデアを出して仕事としてやっているところでのフィードバックを踏まえて、振り返りみたいな感じですかね。話していきたいと思います。
まずアイデア出し自体の価値って言ってもちょっと分かりづらいと思うので、フィードバックというか、いただいたコメントというか感想というのは公開はされていますが、
いったところで拾っていくと、やっぱりそのご依頼いただいたお客様ですよね。方が考えてもいなかったようなこととか、視点ですよね。そういうふうに考えられるんだというようなことを提供できた。
いわゆる他視点ですね。違う視点や違う角度から考えてくれた。もしくはその人になかったものがあったということを評価いただいたという感じですね。
これはですね、よくここでも言ってますけど、僕自身のバリューと言いますか価値ですよね。バリューよりも価値の方がいいのか。コンソールっぽいですもんね。
カタカナを使うとコンソールっぽいですからね。そこでですね、自分自身の価値だと思っていることがお客様にとって価値、それを求めていたというところになったのでもいい例ではありますよね。
一方で、毎回それを再現性高くやらなきゃいけないというのもしんどいとは思いますが、そういったところで、自分がこれは価値だよね、こういうのあるよねって言っても、それは知ってるよそんなのみたいな人がいないわけじゃないと思うんですよね。
だけどさすがにその率ってほとんどないですね。で、なんでそういうことになってるかって言ったら、別に僕自身が特殊なことをやってるわけではなく、世の中のですね、このPodcastにも取り上げたりするようなことがあって、それって僕自身が面白いなとか興味あるなとか、そういうことをピックアップしているだけで、そういうのがたくさんあるわけですよ。
5万とあるというか。直近で面白かったのはウェブ誘惑システムですね。ケーキ屋さん向けのウェブ誘惑システムみたいな。ウェブ誘惑システムをやられている方がいて、そのマーケティング手法が面白かったって。誕生日の向けの人がほとんどだってっていう話ですね。
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覚えてる方はいたら嬉しいんですけど、覚えてない方はよかったら探してみてください。ガダンダンっていう面白い会社の名前のサービスでしたね。で、そういうネタですね。話題ニュースを毎日のようにピックアップしてます。
だからやろうと思えばこのポッドキャストでもそれはできるんですが、まあね、ちょっとそれだとしんどいわけじゃないですけど、ちょっと固いなっていう感じもしてて、一方でたまにそういうのもあったりなかったり。
仕事繰りって何?ってなっていくと、そこで必ず企業とか仕事作りのヒントがあるとは限らないですね。僕が面白いと思っているだけであって、そこまで響かないっていうのもありそうなんで、そこまではシビアに設定してはないですけど、そういう風にやられる方もいるんじゃないですかね。面白かったってね。
ただ、そういうのをインプットしてた時に、そこで考えるわけですよね。何で面白いんだろうとか、何があるんだろう、社会にどういうことが起きるんだろうとか、これを仕掛けた人はどういうことを考えてるんだろう、そういうのが議論でぶわーっとあって、それを拾えるものは拾って、考えられるものは考えてるよっていうことを毎日のようにしてるわけです。
そうすると、これは言わずもがなっていう表現が正しい適切だと思いますけど、アイデアを出すのが得意とか、インプットが得意とか、調べるのが得意とか、そういうことを言う必要もなく、それをやっているので、そのインプットや考えたことが記憶されたり、もしくは頭の中に引き出しの中にいっぱいあって、引き出されていくっていう感覚が強いです。
いつもアップデートしてるというか、そこにインプットされてるんで、引き出しを引いてみたら、いろんなものが出てくるって感じです。その引き出しの中に中身を入れとかないと、ご依頼があって引いても何も出てこない感じがします。
全く自分が知らないジャンルとか、考えてみたこともないこととか、もっと端的に言えば、頂いた問いというか、アイデアを出してくださいっていうようなことに関して、問いかけが出てこないんですよ、僕の中で。
これ何?という、塊のままというのだと、あんまりダメでしょうね。ダメというか、さすがにそれがないような状態にして仕事は進めてますね。事前に聞いておくのもいいでしょうね。
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そこで期待値が高すぎたりとか、低すぎるはないと思うんで、高すぎるということは調整したり、条件としてはあるけど、実際はどんな想定をされているかとか、コミュニケーションを取ってますね。
そういった中で何度も言っているのが、僕自身が、しごくり、成功法則でもないですからね、しごくりの極意というのはちょっとおかしいですけど、ルールもちょっと気持ち悪いんで、しごくりポイントと言ってますよね。
これが一番繰り返されていると思いますが、自分が価値があるとかすごいと思っているわけじゃないことを、人がいいねと思ってくれるところがいいよねって話なんです。
自分が頑張ってやってることっていうのは、たぶん、頑張ってやってるんだよっていう人がもしいたらごめんなさいってことになるんですけど、たぶんそこじゃないんでしょうね。
頑張ってやるっていうのじゃないって。これ伝わります?自分が別にアイデア出しとか得意じゃないとか言ってようが、言おうまいがどちらでもいいんですけど、ついついやってしまったり、気にせず勝手にやっているみたいなことです。
だから僕自身はしごくりと言ってますけど、ゼロから何かやろうとしている人とかの行動とか、実際にやったこととか、考え方とか、チャレンジしている人の視点とか、ものすごく好きなんですよ。
だから自分もそうありたいし、そうしていこうというところで、盗むというか参考にしつつ、自分も取り入れていって、もしくは自分でやっていって、あわよくばってことで自分もやってるんで、よかったら。
僕が上から目線か、こうしなさい、あじなさいって言うんじゃなくて、ご一緒にどうですかっていう感じで生きているわけですね。
別にそんな深い話でもなく、そういうふうにしているだけであって、実際にどうなっているかは知らないですよ。
そういう時に、僕自身がものすごくアイデアを出すために頑張らなきゃいけなかったり、ITのこともそうですけど、頑張っているわけじゃなくて、あと言葉もね。
新しいことを調べるとか、そういうのも頑張るんじゃなくて、気になるから調べるよね。調べたら誰かに話したいよねみたいな。
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そういうコンボと言いますか、連携と言いますか、セットと言うか、枠組みと言うか、統合と言うのかわかりませんが、パッケージ?
そういう一連のサイクルか、循環みたいなものを作るというか、作っておけばいいんじゃないかなって話なんです。
作りなさいっていうのもおかしくて、多分やってるんですよね。すでに気づいたらやっているようなものというか。
何かやろうと思いますじゃなくて、やっていますっていうものが、多分それは至極理的に適切なんじゃないかなと思います。
そしてですよ、自分がついついやってるわっていうようなことで、かつそれに対して評価です。
人がいいなとかやってほしいっていうようなことがあるんじゃないかなと思います。
それを見落とすというか見過ごすというか、ガチなんですよ。
なんでかっていうと簡単なロジックでわかると思うんですけど、自分は別にアイディアは出せるし普通だと思っているから、
人がそういうふうに出せるのすごいねって言われても、別になんとも思わないですっていう話になるんですよ。
この視点とかで言えば、僕は別に何か考えているっていうよりも、いろんな人の考え方とか、自分はどうなんだろうねっていうふうに批判しかり、
意見をぶつけるしかり、もちろんぶつけるだけじゃなくて、相手の意見を聞くとかもそうですけど、
そういうのが普通なんですよ。それは普通じゃないですよって思った方もいらっしゃると思うんですよね、多分ね。
でも考え方っていうのがすごく大事だと思うし、考え自体もね、好きなんで、そういう人が周りに多いですよね。
どういうふうに考えているのっていうのを、もしかしたらある方は、実際の方でそういう方がいらっしゃるか分かりませんけど、
詰める、リクルートではお前はどうしたいのっていうふうに詰められるっていうふうに聞くんですけど、知らないですよ本当は。
それは別にね、本当に詰めてるって、冗談ですよ。詰めるっていうのは、その人の意見をちゃんと主張するというか、
意見を言ってください、その人の考え方を教えてくださいっていう意味で詰め寄るっていうニュアンスですが、
その時に、普段考えたり、こうしていきたいっていうふうに思って考えるか、
実行したりなんかやって固めていって、普段からそういうことをやってる人は特段気にならないですよね。
どう思うんですか、こういうふうですかねって言える。
だけど本当にそれを考えていない人にとっては、どう思うのっていうのがめちゃくちゃ辛いんですよ。
だって考えたことないし、そんなことを求められなかったし、困りますみたいな。
わかります?
例えば、この例がいいかわかんないけど、飲食店でアルバイトしてて、新しい季節のメニューを作らなきゃいけないと。
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それはいつも店長がやってたんだけど、あなたがアルバイトで働いてて、僕がアルバイトで働いてて、
店員してた時に、店長がちょっと今度考えてみてよ、新しいメニュー考えてみてよ。
もちろんそれはアルバイトとして、仕事としてっていうよりじゃないんだけど、
そういうのもやってみたらどう?やれるんじゃない?って。
お客さんの好みとか、もしくは今の季節とかを踏まえて。
そうじゃないの、今までじゃないものを作りたいみたいなことを言った時に、
それはアルバイトの範疇を買ってますって言ってやらないっていう人もいると思うんですけど、
そういうのを置いといて、ちょっとめんどくさい話は置いといて、やると。
その時に、そんなの私考えたことないんでとか、そういう方もいらっしゃると思うんですよ。
あと自信がないっていう意味で、やりたくないと。
分かります。
だけど、そういうところで、考えたことないんだけどやってみますとか、分かんないけどチャレンジしてます。
それは店長の上司というか、上の人の振り方とか、指示の仕方とかはもちろんありますよ。
マネジメントの話はありますよね。
ありますが、そういうふうに振られて、もしくは考えてみてよって言われた時に、
全く何も想像つかなかったらやっぱりできないわけじゃないですか。
だけど、そこでちょっと話としてはやってみるんじゃなくて、やってみることが全くなかったら大変ですよねって話だから。
無理強いはないんですけど。
話を戻すと、そういうふうに僕自身は考えることっていうのが、割と普通にやってるわけですよ。
あるからニュース見たり、人の話聞いたらこういうことも言えそうですね、こういうことも言えますよね、
立場違うけどこういうこともなりますよね、みたいなことがいろいろ出てくるわけですよ。
別にこれは、僕自身が特殊能力を持っているわけでも全くなく、考えている人だったらできる職業というか、
作業でもないか、技な気がしますよね。
少なくとも考えていただきたいのは、自分の視点しか見てないよねっていう人は基本的には仕事ができないですよね。
仕事ができないからダメっていうわけじゃないですよ。
だけど仕事ができないイコール、ここで言っているのはお客さんから見てどうかっていうことになる。
例えばですよ、そんなことないと思うんですけど、
例えばスーパーの品出しとかして、出札が乱れてるから直すとかっていうのは、割と基本だと思うんですよ。
たぶんね、知らないですよ。
それが斜めになったり飛んでったり全然違ってたり、もしくは椎茸がドーナツの値段になっているとか、
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出札がドーナツになっていて、椎茸ドーナツじゃないですよね。
それは商品提供を販売するものとしてはダメじゃないですか。
だから直しておくとか。
例えば椎茸の価格のラベルが逆になっていて見えないとかね。
そんなことあります?って思うことがあり得るわけじゃないですか。
っていうのを基本というからやらなきゃいけないというよりも、
言わなくても価格のラベルの100割を考えたら、それを見えるようにするっていうのが基本になるわけですよ。
きっとね。ごめんなさいね、僕は別に販売業をやってたわけじゃないですけどね。
だけど見えなかったらダメじゃないですかっていう話になってきて、
そういうものが当たり前じゃないんだけど、
それは何もせず当たり前のようにやりませんっていう話を言いたいわけですよ。
その当たり前っていうのが、
リサーナーだったらご自身が当たり前だと思っていることは実は当たり前じゃないんですよね。
っていうのを1回でも気づくか、もしくは単純にその人に感謝されたり、
あれおかしいな、自分ではそこまでっていうギャップですよね。
何か差異、違いを見つけて、
もしかしてこれって自分が思っているより人ができなかったりするんだけど、
自分にとっては全然苦じゃないな、苦じゃないがいいと思います。
好きとかって言うとちょっとこじらせ気味になるんで、
っていうのが一番いいんじゃなかろうかなっていうふうに改めて思ったっていう話になります。
今回の話で言えばアイディアを出すこととか、もしくは考えることに関して、
特段なんか僕自身が頭に負荷をかけて、ものすごく消耗して出すみたいな、
そういう感じじゃないんですよね。
もしかしたらそういうふうに思われているかもしれない。
一方でお客さんから感謝いただいたときに、
そんなに考えてくれたとか、いろんな視点を見てくれたっていうのはあるかもしれないですけど、
それを別にやっているからって言って、
そのお客さんから見たらもしかしたら100倍時間かけたみたいな、
もしくは100時間かかったみたいな、納期としてはそんなにないんですけど、
思ったかもしれないですよね。
だけどそもそも考えている量がたくさんあるし、いろんなものを見ていて、
その人の考えとか欲しがるものとか、問いかけとかアイディアについて考えているので、
いろんな引き出しがあるわけですよ。
多分。
僕自身が言うと手前ミスなんだけど、それはお客さんが言っているからもういいですよねって話ではあるんですよね。
これはもうだいぶ前に吹っ切れていまして、もういいからいいじゃんみたいな。
僕が言ったんじゃないですよ。お客さんが言っているんですよみたいな。
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いいですよね。
そういうふうに評価いただくわけですよね。
だからそこがポイントですよね。
そんなにやってくれたんだみたいな。
こちらは別にこんなにたくさんありましたよなんてことは一切言ってないですよ。
だって言う必要がないですからね。
だからアウトプットで成果でアイディアというもので示せばいいだけで、
それにご満足いただいてそういうふうに評価をいただくと。
これは別に僕が他の人に依頼をしたときに考えてくれたか考えてくれないかどう思うかということなんですけど、
僕自身もアイディア出しとか他の人に仕事というか依頼をしたときに、
ちゃんと考えてくれる人というのはわかるわけじゃないですか。
そうしたら感謝しますしありがとうということになるから、
こういうお客さんの気分でこんな感じかなというのは容易に想像できるわけですよ。
別に依頼をするというような状況のシチュエーションじゃなくても、
さっき言ったスーパーしかりコンビニしかり飲食店しかりでサービスを受けるお客さんの立場になると、
それはわかるじゃないですか。
気持ちいい対応があったり気持ちよくない対応があったりするときに、
気持ちいい対応してくれる人もしくは気持ちいい対応してくれる店、
そういうことになってきませんかねという話ですよね。
その気持ちいい何々とかプロの何々とか安定したサービス提供みたいな、品質とかわからないですけど、
それをものすごく頑張って何かやるというよりも、
ろうせずそこまで自分にとって苦労しているわけじゃない、苦にならないかなというのをやってた方がいいかなと思います。
そういう話をすると一個だけ批判という意味ではコンフォートゾーンみたいな感じで、
腕が上がらないというか技術が上がらないとか成長しないみたいなのがもしかしたらあるかもしれないですね。
だけど基本的に全く同じことをずっとやっていくということは多分できないような気がしていて、
毎回変わると思うんですよね。
それと成長しませんとか、これ以外やりませんというのはちょっと違うかなという気がします。
その時の成長って何ですかね。
同じことをやり続けているとか、いわゆる単純に成長している感が自分の中でなかったり、
学びというやつですよね。刺激とか変えたりとかやり方をね。
そういうのがないとダメというか面白くないかなと思います。
という感覚を頼りにするしかないかなと思いますけどね。
その辺りは難しいと思います。
要は自分が苦にならないことをやるんだけど、でも苦にならないからイコール、
今自分がやっていることだけ淡々とやっていけばいいかなという話ではないんですよね。
これ新卒とか社会人で経験が浅い方とかが若い人いたら、
勘違いされる方がいると思う。
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もしかしたらいるかもしれないし、そんな方いないかもしれないので、
老馬心の中で言っておくと、今学生さんとかが今まで勉強してきたこととか学んだことを使って、
はい、そのままずっとそのままで走り切れますよみたいな時代では全然ないんですよね。
そういう時代ではないわけですよ。
就寝雇用40年みたいな時でもアップデートしていったはずなんですね。知らないですけどね。
要は社会人だろうが、どんな人だろうが、どんな年齢だろうが学んで、
やれることを増やして、もしくはやれることを磨いていって、
それを提供するということしかないという、もともとない話になってきます。
何か大変ですか?一定程度できるようになったら、あとは消化試合みたいなね。
消化試合っていうのは、試合に勝ち負けを、勝ちを求めなくても負けでもいいっていうような、
あまり良い風に使われない、ただ試合数をこなせばいいっていう、まさに消化じゃないですか。
概念ですが、どうなんでしょうね。
消化試合みたいな仕事の仕方嫌じゃないですか。
そんな感じです。まとめますと、アイディア出しっていうのを、
僕は主語繰り的に言ったら、労せずやってるって感じです。
だけど、当然お客様から感謝されてるんで、別にいいなって思ったりします。
一方で、じゃあ楽かって言われたら、労せず苦にならないって言ってるけど、
楽かって言われたら、多分楽じゃないんじゃないですかね。分かんないですよ。
僕自身が苦労してやってるわけじゃないですけど、
インプットして、時にニュース見たり考えたり、これ調べたいなとかって時に調べたり、
あと、これが通われるんじゃないですか。全く自分が関係ないとか、ジャンル、特にエンタメとか、
何その分野みたいなのを、怖いもの見たさみたいな感じで、
全然興味ないけど何なんだろうなみたいな意味で逆に興味があるパターンがあるわけなんですけど、
そういうのをやりますっていうのは結構ありますよね。
それやらなきゃいけないってわけじゃないですか。
例えばドーナツに全然興味ないのに、ドーナツについて調べてくださいって言われたら、
どうします?っていうような話です。分かります?その感じで。
だから、何でも興味を持つっていうことは言われるかもしれないですけど、
何でも興味を持つことは難しいと思いますよ。ぶっちゃけね。
だけど、そのドーナツっていうのを食べ物じゃなくて、
難しい概念としてやりましょう。
単純に仕事としてやりますみたいな感じでやったらできる人もいるじゃないですか。
自分がドーナツが好きではなくても調べられる人と、好きじゃないと調べられない人がいたら、
好きじゃないと調べられない人は好きだから調べられるっていう人だけで、
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それについてあまり得意じゃないよねとか、自分が好きじゃない、例えば何がいいんだろう。
魚が好きじゃなかったら魚について調べてください。魚嫌だ嫌だ嫌だみたいな人も多分いると思うんですよ。
これ調べるんだったらね。そんなもんじゃないですか。
例えば小説家もそうですけど、これについて書いてくださいって言われたときに、
これが全く興味がない。どうします?みたいな。断ります?やります?みたいな。
ことが逐次ですよね。問われると思うんですよ。
主告理もそうかなと思います。自分で仕事を選べるっていうと、
すごい贅沢なような聞こえるかもしれないですけど、別に贅沢とかではなく、
単純に自分が仕事を作って起業するなら、やりたいことをやりたいわけだから、
じゃあやりたいことをやります。でもやりたいことを順度を高めすぎると、
友人のところで喋ったんですけど、そのやりたいこと、ドーナツについて関わることしかやりたくなかったら、
ドーナツじゃないからやめますっていうね。ケーキはやめますとか。
わかります?シュークリームはやめます。バームクーヘンはドーナツではないみたいな。
いろいろこだわり出してきて、真ん中に穴が開いてなかったらドーナツじゃないとか。
定義は知らん。あとドーナツに関わるってもわからないです。
だけど、そのこだわりがいいこともあれば悪いこともあるというか、
状況によりますよねって話になってきて、
何もしてない。ドーナツにこだわってて、ドーナツの仕事がないから何もできてませんっていうのは、
ぶっちゃけ言い訳にしか聞こえないですよね。
もしくはそれをこだわりとしてリスクとしてるから別にいいんだっていう人だったら別にいいと思いますよ。
だけどこれは何度か言ってますけど、農業とかもそうですが、やっぱり経験がなかなかできないじゃないですか。
作物を育ててやる回数が少ない。趣向回数っていうのが少ないから、
やっぱり学習しづらいっていうのがあると思ってまして、
ゆえに参入障壁になるかなと思いますが、それが増やした、その学習を増やしていったほうがいいかな、
経験を増やしていったほうがいいかな、トライアンドエラーの回数は増やしていったほうがいいかなっていう意味で、
今言ったようにドーナツにこだわって、バームクーヘンの仕事って何かわからないですけど、
辞めるっていうのは僕はあんまりお勧めしないですね。
だったらバームクーヘンでいいって言って、それで試しにやってみて、ここがポイントなんですよ。
具体的なことをやったところで、その具体的なバームクーヘンでの仕事か何か知らないけど、
そこから得られた仕事の流れとかは得られるんです。抽象化できるんです。
だから何でも経験だってよく言うじゃないですか。
その真意は結局そこで抽象化できて、具体的なこととか一部のことしか覚えてなくても、
実はこういう経験があったからこういうことを言えるよねっていう抽象化していることがよくあるんですよね。
だから何でもやったほうがいいんじゃないですか。
こだわることも大事です。
でもこだわりすぎて動けなくなったら、やっぱりもうとうもこもないと言いますか、
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意味ないんじゃないかなって僕も思うんで、やったほうがいいんじゃないですか。
だから僕自身がアイディアにこだわってて、アイディアに関する仕事しかやらないかって言ったら、
そんなことは一切言ってないですからね。
それは誤解している方ももしかしたらいるかもしれないですけど、
例えば絵本作家って言ったら絵本に関することしかしませんっていう風に言うと、
たぶん仕事の幅を狭めてしまいますよね。
だからさっき言った、純度が高すぎ、こだわりすぎるとできなくなる。
一方で広げすぎて何でもいいやっていう風にやると、何者かわからなくなりますよね。
だけどわからなくなろうが自分は自分楽しいしいいっすって言ったら、
別にブレてはないと思いますし、いいんじゃないかなと思うんですよ。
だからそこの捉え方がものすごく人によって変わる。
もしくは正解がないので、ないんですよ。
だから僕がこういうバランスでいいなって思っているのも、
人によっては全然リスクあるし、人によっては全然保守的だって思うかもしれないわけです。
だからそれを見つけていくっていうのがまさに至国理かもしれないですね。
というわけで、自分が労せず感謝されることをやるというような、
至国理ポイントの繰り返しになりますが、
是非頑張らないっていうんですかね。
やってしまっているみたいな、レディー状態じゃなくてもうやっちゃっているみたいなことを、
是非誰か、お客さんなのか、人にいいじゃん、それって言われているようなものをやるのがいいかなと思います。
言われているからいいっていうよりも、
いくらでも出せるんだなっていうようなものがあるっていう感覚が大事かなと思いました。
今回は以上となります。至国理ラジオ大橋でした。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上、失礼いたします。